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はてなキーワード: 中島義道とは

2017-02-04

なんで勉強するのか

ここで細かいプロフィールを書いても釣りっぽさが増すだけだけだが。

私は東大卒なんだよ(学部卒、就活に失敗した負け組)。で、中2の娘がいる。めっちゃかわいいくそかわいいぞ。うらやましいだろ。反抗期だけどな。

さて、この前、娘に「なんで勉強するのか」と問われて、答えに窮してしまった。

院進しなかったから「学問のもの価値」について説明する資格もないし、そんなもん分からない。

就活に失敗して自殺未遂までした身だから、「勉強すれば良いトコに就職してお金持ちになれる」と言うこともできない(余談だが、自殺未遂とき救急車を呼んでくれた人がいまの妻)。

かろうじて「勉強すれば、くだらない嘘に騙されなくなる。水素水とか、EM菌とか、怪しい新興宗教とか」と言うと、「水素水の何が嘘なの」と返された。「健康効果があるって言ってるけど嘘だよ」「健康効果があるって具体的にどういうことを言ってるかちゃんと調べたことある?それに、嘘だってパパがちゃんと立証したの?論文かなにか読んだの?」と言われてしまった。「みんなが嘘って言ってるから嘘って思ってるだけじゃないの?そんなの水素水を信じてる人と変わんないよ」「いまちゃんと調べて反論しようか」「そういう話じゃない。パパが勉強して得たものは、知識自分の頭で考える能力じゃなくて、信頼のおける情報元とそうでない情報元を識別する能力だけなんじゃないの?学問って権威に服従することなの?」

娘の言葉遣いは本当にこんな感じだった。中二病なんやろな。

はいえ、「反抗期つらい」じゃすまされないなあと思った。

言ってから気付いたが、オウム真理教幹部高学歴が多かったのはあまりにも有名な話であって、「怪しい新興宗教に騙されない」って例示はあかんかったなぁ。

そりゃあ、私にも、東大受験するために毎日勉強していた時期もある。毎日毎日英単語帳を捲り、世界史教科書を隅から隅まで読み、文系なのに手が痛くなるほど計算していた。でも、「勉強していた自分」が遠い遠い過去になってしまったいま、なぜ子ども勉強するのか、なぜ私は勉強していたのか本当に分からなくなってしまった。

追記1:娘に読まれてもバレない程度にはフェイクを入れている(妻に読まれたらおそらくバレる)。ただ会話や内容の本質は損なっていないはずだ。

追記2:結構伸びてて嬉しい。娘の頭が良いというコメントがいくつかあるけれど、少なくとも勉強に関しては、数学が異常にできるのを除いて、これといって優秀なわけではないよ。最低限のことはやっているみたいだけど、そもそも勉強が全く好きではないっぽい。「勉強しないと社会普通に生きていくことができないか勉強するのだとしても、ではなぜ社会私たち勉強要求するのか」あたりが質問真意だったと思う。

つーか今気づいたけど、娘も私も「勉強」と「学問」という言葉ほとんど区別せずに使ってた。これが問題だったのかもしれない。

追記3:娘は、私が答えに窮しているのを察するや否やさっさと消えてしまったので娘の本当の気持ちは分からない。私の推測でしかないが、「一応東大卒父親」を試したんだろう。娘よ、期待に応えられなくてごめん。

自分東大を目指して勉強したきっかけを考えてみると、何かやりたいことがあったとかではなくて、「周囲の人間尊敬されたい」「親を喜ばせたい」「モテたい」あたりの気持ちしかなかったと思う。もちろん勉強自体きらいではなかったし、だから続いたのは確かだけどね。

追記4:親が言うのも変だが娘は多分文化系リア充グループ所属している。先生に怒られるような問題をおこしたことが皆無で、成績も中の上、似たような同級生たちと楽しく生活している中学2年生の女の子に、「将来の選択肢が増える」とか言っても実感が湧かないのかもしれない。娘は教員に怒られるようなことはしないけれど、内心では先生学校を酷く軽蔑しているようで、「中学システムはぜんぶクソ、教員馬鹿ばかり、数学教員数学を分かっていない」などとよく言っている(娘はいつも先生のことを教員と呼ぶけれどこれも中二病かな)。勉強強制されているという感覚がある一方で、(勉強が好きではないけれども)学問に対する憧れはあるのかもしれない。というのはこの前、娘の部屋で中島義道哲学教科書」を見つけたから。自分利益不利益からもっと勉強しておけばよかったなんて思ったことはないけれど、娘に適切な助言をできないのは本当にかなしい。大学に入ってからも誠実に勉強しておけばよかったと心から思う。

追記5:当たり前だが追記にもフェイクを入れてある。

2014-09-21

私は働くのが大嫌いです

私は「働く」ことが大嫌いです。少なくとも今の仕事には何のやり甲斐も見い出せません。

それなら何故「働く」のかと言われれば、ひとつ理由として飯を食うための金が必要から、と答えます

夢も希望もないですが現実です。働かなくては生きていけないから


かつては、こんな私のような人間も「働く」ことに対して意欲的になれる環境が整っていたのだと思います

終身雇用制と年功序列制度。人は働けば働くほど給料が上がることが保証されていました。

しかし、ご存知のようにそれはもう遠い昔の話です。「働く」ためのモチヴェーションは失われてしまいました。

幾ら働いても惨めなままで過ごすしかないのであれば、「働く」ことから降りる人間が生まれるのは当たり前の話だと思います

まり、今こそ何故人間は働かなくてはならないかを問うべきである、ということです。


私が「働く」理由にはもうひとつあります。それは働かないでいると人間世間との繋がりが切れてしまうから、というものです。

引きこもって外に出なければ人は実社会のことが分からなくなり、狂気をこじらせてしまます。少なくとも私はそうです。

でも、ここで大事なのは必ずしも引きこもっていることを私は否定しないということです。

「働く」というのは世間とのコミットメント手段ひとつに過ぎません。

引きこもっていても何らかのかたちで「外」と繋がっていれば、それはそれで(もちろん親の経済力に余裕があり、親が寛容であればの話ですが)悪くないことなのではないかと思います

このあたりの議論をする際に、私は中島義道氏のことを思い出します。氏も一時期引きこもっていたことがあったそうです。

しかしその期間中、月に 50 冊の本を読み勤勉に勉強を重ねておられたと聞きます引きこもりは勤勉であれ、というのが中島氏のメッセージです。

そして外との繋がりを断ち切るな、と。このあたりは私自身読んでいて、非常に得心の行くものを感じました。

私自身引きこもっていた時期に図書館大江健三郎全集などを読んで過ごしていたので。


今の私は、基本的貧乏でもあるのでどこに行くことも出来ずに引きこもっています

ただ、日銭を稼ぐ仕事があるのでそれに参加して最低限の税金を収めているだけです。そんな私にはだから引きこもりの人の絶望が分からないです。

ただ、先に書いた半年ほどの引きこもり体験の間に感じていた薄っすらとした絶望は今でも思い出すことが出来ます

私のそういう期間は二十代初めだったので私は何とか辛うじて社会復帰することが出来ましたが、三十代になって引きこもっている人の絶望は大きいものだと思います

私には何も言えません。ただ、「働く」という大嫌いな手段を通して先の見えない人生を送っている男がここにひとり居るということ、

そんな人間引きこもりについてどう考えているか書くのも無駄ではないと思い、メモのようなかたちで残しておくことにします。

2014-08-08

知識人読書量・知識量ランキング

SSクラス 江藤淳柄谷行人、廣松歩、栗本慎一郎谷沢永一村上泰亮中村元


クラス 小室直樹浅田彰福田和也渡部昇一、呉英智蓮實重彦永井陽之助中村雄二郎すが秀実佐伯啓思高澤秀次筒井康隆小谷野敦菅野覚明養老孟司 見田宗介佐藤誠三郎大森荘蔵西部邁


クラス 丸山眞男吉本隆明長谷川三千子丸山圭三郎橋本治村上陽一郎佐藤優松岡正剛伊藤貫、猪木武徳坂部恵坂本多加雄大澤真幸中川八洋永井均野矢茂樹小浜逸郎飯田隆河合隼雄片岡鉄哉鎌田東二梅棹忠夫竹内洋山本夏彦山口昌哉、入江隆則


クラス 猪瀬直樹坪内祐三中沢新一御厨貴橋爪大三郎鷲田清一北岡伸一池田清彦中西輝政立花隆山本七平宮台真司桶谷秀昭宮崎哲弥司馬遼太郎古田博司市川浩東谷暁苅谷剛彦秋山駿関岡英之加藤尚武浅羽通明松原隆一郎東浩紀


クラス 中島岳志鎌田哲哉兵頭二十八内田樹森本敏村上龍西尾幹二仲正昌樹大江健三郎齋藤孝森岡正博富岡幸一郎小泉義之井沢元彦、桝添要一、中西寛中島義道鄭大均山内昌之村田晃嗣山形浩生林道義松本健一


クラス 斎藤環福岡伸一副島隆彦榊原英資梅原猛寺島実郎佐藤健志大塚英志五木寛之笠井潔潮匡人高橋源一郎岸田秀山田昌弘竹中平蔵池田信夫萱野稔人大川隆寛、大森望櫻田淳上田紀行手嶋龍一和田秀樹藤原正彦、中野剛志


クラス 佐々木中村上春樹三橋貴明田原総一郎木村太郎池上彰竹田恒泰切通理作島田雅彦酒井信、夏野剛苫米地英人上野千鶴子姜尚中、鷲田小爾太、竹田青嗣小阪修平佐藤亜紀


クラス 糸井重里加藤典洋中上健次勢古浩爾北田暁大藤原和博小熊英二佐々木俊尚西條剛央玄田有史城繁幸茂木健一郎岩田温千葉雅也、岡田斗司夫


クラス 小林よしのり宇野常寛勝谷誠彦荻上チキ鈴木謙介勝間和代伊坂幸太郎濱野智史赤木智弘坂本龍一いとうせいこう上杉隆酒井順子


クラス みのもんた久米宏古舘伊知郎ハマコー太田光水道橋博士テリー伊藤、リリー・フランキー、コシミズ、香山リカ森永卓郎、ホリエモン、津田大介ひろゆき中村うさぎ雨宮処凛桜井誠


異論がある人は修正版をトラバでどうぞ

2014-07-04

http://anond.hatelabo.jp/20140704011647

自演じゃないしお前みたいな差別心に無自覚馬鹿はお呼びじゃない。

中島義道でも読め。

2014-07-02

最近何に価値があるかわからなくなってきてしまったのです。もしかしたら、何にも価値がないかもしれないですし、あらゆること、は価値があるかもしれないとも考えています倫理的でないこと-例えば、人を殺す。しかも、特に理由なく。それすらも価値があり、また価値がないとも考えています

また今、体調を崩していまして、仕事をしていません。働かない理由の一つにすることもしないことにも価値を見出せないことが一つかもしれません。

また、生きることについて、死ぬことについても考えています。まあ、これは在学時、また、それ以前からも考え続けたことでありますが。「社会的」(社会という単語もここでは自分日本語以外の言語が使用できないので日本社会のことを指します)に意味があるとされていることは本当に意味があるのか、建前は意味があると装っていて、実はそこまで辛い思いをしてまで建前を貫き通すことが出来ない人が増えている。そのように、私(のみているパースペクティブ)としてはそう思います。それがニートであり、そこからさら抑制された状態で、いわゆる「無敵の人」なのだと考えています

彼らは社会ハイコンテキスト空気適応出来ず、社会の無言の圧力抑制された存在なのだと思います社会倫理に虐げられた人間に今更、社会倫理で説得しようとするのは無駄なことでしょう。しかしながら、刑罰という面において従順なのが不思議なのです。それは、おそらく、日本教育、〜しなければならない(must be)が蔓延している結果なのでしょう

最近永井均中島義道に興味を持っています。私がその気になれば、すこしくらいなら直接話ができるくらいの距離にいます

彼らになぜ興味を持っているかと言うと、恐らく彼らも、哲学という手法を用いて意味価値、生、死について問いづづけた人だからでしょう

今、自分自身がどうしたらいいかわからないのです。社会的には休養して仕事をするという回答をえられるでしょうが、今の仕事は、マニュアル化しコンサルタントによる効率化によって、(世界的も含み)社会コモディティ化されている。それを経営者はわかっているので、マスメディア的にも経済社会的にも、現在若者ゆとり世代といい、多くの問題最近の若者的な問題すり替え押し付けている。俺たちの時代もそうだったと昭和世代はいうのだけれど、無縁社会化、監視社会化、昭和的なあなあさの消失失われた10年年金問題等々、当時の社会とは違い成長や豊かさという大きな物語が失われたのに関わらずのに同じもの、いやそれ以上のものを求められている。

また、就職活動においてもビジネス化が進み、自分世代もそうだったが、もはや、通過儀礼(イニシエーション)ともいえるものを乗り越えなければならない。しかも、この通過儀礼文化人類学的な単純なものではなく、ホンネとタテマエが入り混じり、時にはそれが入れ替わる。欲望、または純粋希望。そう言ったものが入り混じりそれを通過するにも。とてつもない精神的苦悩のあるものである

その通過儀礼を通過したとしても、ビジネスモデルとしての使い捨て、いわゆるブラック企業跋扈している。厳しい競争を勝ち抜いても、その後に、さらに厳しい社会へと放り込まれるのだ。

今の会社グローバルな競争に向かわざるをえず、主要企業の行っていたビジネスモデル一年たらずで崩れてしまう。

企業倒産による、失業リストラ些細なミスによる解雇、これらは社会においては自己責任であり、手を差し伸べるものでは無くなってしまった。

働かざるは食うべからず。行く場所行く場所そう言われる。

生活保護を受けるのは非国民のような扱いを受ける。そもそも生活保護を受けるのも役人によるしぶとい駆け引きに勝たなければならない。

しぶとく、適応性があり、あらゆることに精通しており、強く、人に従い、文句を言わず、逆らわず、なんでもやってくれ、生活できればどんな安い賃金でも耐えられる人間をどの会社も欲している


障害を持つものも、内臓疾患であれば甘えと言われ、精神疾患も同じく。足がなくとも、同じ状況にある人間ががんばっているんだといい、目の前にいる人間言葉無視する。

重要なのは、働くことのみである

たとえ儲けが出なくても、働かざるは食うべからずという圧力仕事が作られる。

駅でお菓子を売っている障碍者たちは働かざるは食うべからずの精神で駆りだされ売っている。全く売れなくても「そうしなければならない」のだ。

彼らの中にはそういった欺瞞性に気付くものもいるが、どうすることもできない。運営してる福祉ですら、その欺瞞性を飲み込んでいかなければならない。

初めは人を救うという意志があったものの、欺瞞性政治の結果、福祉の人として道を外れてしまい、いわゆる「腐った福祉」になってしま

しぶとく、適応性があり、あらゆることに精通しており、強く、人に従い、文句を言わず、逆らわず、なんでもやってくれ、生活できればどんな安い賃金でも耐えられる人間をどの会社も欲している

朝。そこには雀の気持ちいい鳴き声すら気づかない。

昨日の疲れが取れなかった苦しみだけが残る。

殺気立った満員電車突っ込み

痴漢冤罪にならないことを恐れなければならない。

改札のタッチミスで舌打ちが聞こえ、時に電車が止まる。

人身事故だとしても、その人を心配する人はおらず、

しろ遅延証明書遅刻の報告のほうが重要なのだ

知らない人間の命は関係ないーー

こういった風景を見てきてどうすればいいかわからなくなりました。どうすればいいでしょう

2013-12-14

中島義道ウィーン愛憎」

ウィーン愛憎読んだ。中島義道は1、西洋人傲慢さ 2、それに対する日本人の卑屈さ に違和感を感じてると読んだんだけど、ぼくはそれには同意するけど、それに立ち向かうのは精神に負荷がかかり過ぎるので、自分ではきっと妥協する。噛み合ない議論を続けて精神が蝕まれるよりも適当なところで妥協して傷が広がるのを防ぎたい。じゃあ中島義道をすごいと思うかというと、彼は立ち向かうことで生きやすくなったり幸福になったりしていないから、立ち向かうことがいいことだとは思わないし、すごいとも思わない。ただ、彼は立ち向かうという生き方しかできない(妥協すると彼は自分を生きられない気がする)ので、結局偏屈になってしまうのは大変だな、と思う。

何故学士2つ、修士1つを取ってなお私費留学するに至ったかのくだりは、とても共感してしまった。これは俺だ、とさえ思ってしまった。やっぱり、偏屈になってしまうのは大変だな、と思う。

2013-06-03

先日、フェミな人たちとの飲み会(会合?けっこう大規模)に参加した

自分はまったく畑違いの上高卒フェミニズムがなんたるかもあまりわかっていないが

SNS経由で友人からの紹介があり参加した

驚いた

あいつらスイーツじゃん

俺は男なので女のファッション系統など詳しくないが(女の服だとユニクロ百貨店の服の見分けがつかないレベル)

要はそのような人間からすれば「スイーツ」で一括りにできるような容姿の人々ということだ

露出度が高くてビッチとすら言えそうな容姿の女もいた

なんかい匂いしたし

もちろん一見スイーツっぽくない女もいたが、よく見るとそれは別枠のスイーツ(ロハス?というのか)だった

しか若い

ほとんどが20代で、30代が2、3人

スッピンのオナベみたいな女とかオカッパの某フェミニストみたいな女ばかりかと思っていたから拍子抜けだ

というかブスばかりだと思っていた

顔面も、中の中から上の下というくらいの出来

正直、なんでフェミなの?と頭にクエスチョンマークが乱舞した

危うく口説きそうになったよ

更に驚いたことに、話しぶりは攻撃的でもなんでもない普通の女

さすがにお酌は頼めなかったがw

気難しいだろうなと構えていたが、むしろ気楽で話が面白い

映画漫画音楽にも詳しい

いちいち自信満々な物言いなのが少し憎たらしかった

俺は渓流釣りと航空が趣味だが、その話題すらカバーできる女もいた

聞けば学歴もすごい

それとこれはなぜだかわからないが、日本語以外の言語を話せる人が多かった

家柄までは聞けなかったが明らかなブルジョワ階級のにおいがした

半分以上が彼氏持ちか既婚者であり

大学卒業してすぐに結婚したという女もいた

こいつは一生独身だろうというような女は1人しかいなかった(そうとは言わないが明らかにレズっぽかった)

ただ、適齢期にもかかわらず子持ちは1人もいなかった

(あとになって考えてみれば、夜の飲み会だったので子育て世代が来れなかっただけかもしれない)

(↑というか、オバサンが少なかったのもそのせいかもしれない)




最終的にフェミっぽいなと思ったのは一人だけ

そこそこ美人なのにそれをわざと無駄にするような服装と言動の女

その人からだけ非常にフェミを感じた(小並感)

それ以外の女からは、俺の思うフェミっぽさを1ミリも感じられなかった





しかったと言えば楽しかったが帰り道なぜかイライラした

まず自分の嫁を思い出しもやもやとした

なぜ嫁のことを考えたのかは分からないが

嫁とフェミの人を比較してなんとも言い難い心境になった(嫁とは不仲ではないし大事に思っている)





やはり自分より程度の高い女に囲まれると心の底から楽しむのは難しいと感じた

中島義道なども読むので男根主義的な思考には自覚的だしそこから少しは遠ざかれている方かと思っていたのだが

なかなか難しいな

仕事で関わる親会社エリート社員などとの飲み会で感じる劣等感とはまた別種の(劣等感とはまた違うような)イラだちがあった

俺より程度の高い男というのに囲まれてもなんというかどちらかといえば自虐的な物寂しい気持ちになりまあ素直に凄いなぁと思えるのだが、

俺は相手が女だとそうはいかないらしい。自分が情けない。





あとは、そこそこハイカーストの女じゃないとフェミニズムに関わる意味なんてないんじゃないかと思ったな

俺の妹なんて女だから云々とかいう以前の問題だものなあ

貧困とか労働問題とか




家に帰ってから彼女らのSNSブログを読んでみると、

モテないとかブスだとか女性貧困だとか書いてあって猛烈に違和感を覚えた

君たちその全部に無関係じゃない?と




ただ、俺の妹のような階層の女は今日を生きることに精一杯で

女の権利拡大のための活動なんてやってられないんで

そういうハイカーストの女に

代わりに活動してもらうしかないのかもしれないとも思った

2012-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20120219035241

中島義道の本を読んでください。今すぐにです。

2011-10-27

http://anond.hatelabo.jp/20111025124909

上の書評ネタとしては面白いけれど、書評としては不適切なのではないかと思う。

トラバありがとうございます

ご指摘の通り、例の書評ハックルさんこと岩崎夏海さんを茶化すように書いたものであり、正しい本の内容を示していないかもしれません。

不快に思われたのであればお詫びします。



一点誤解のないよう補足しておくと、

書評についてはおちょくるためにわざと脚色して書いたというわけではなく、私には本当にあのように読めたということです。

唐突ですが、私は中島義道のことが好きなんですよ。

そして、岩崎さんの記事を読むたびに、ああこの人はひねくれもの中島義道とよく似てるなぁと思ってるんです。

岩崎さんをもうちょいあけすけで技巧的な感じにしたら中島義道になるかな、と。

そんでもって、岩崎さんの方が技巧的でない分だけ私に馴染みがある存在かな、くらいに感じています

そういう意味で、私は岩崎夏海さんに好意を持っています尊敬に近い感情といっても構いません。

何でもかんでも彼の言いたいことを否定したがるアンチというわけではなく、むしろかなりシンパシーを感じている側です。

書評ではそんな私が「小説の読み方の教科書」という本を読んだ時に感じたことをそのまんま書いたつもりです。

彼が自分のひねくれぶりを頑張って抑制しつつ、キレイものを目指して旅立とうとしながら、己のひねくれぶりに足を引っ張られ、

それでも好きな作品を語るとき子供のように目を輝かせて勇み足気味に語る。

この手探り感のある本を読んでいて、素直に面白い、微笑ましいと感じた、という事実に嘘はありません。

なので、私はあなたの「読み」には必ずしも賛同するわけではありませんが否定をするつもりもありません。

そのかわり、私の「読み」についても、これが正しいと言いはるつもりは全くありませんが取り消すつもりはありません。

この点のみご了承願います

2011-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20110719222017

わかるっつーか、俺好きよ、この文章。いや、釣りじゃなくてマジで書いてんならよ。

何がわかるってよくわかんねー頭ん中うずまく衝動だとか、衝動というか憂鬱で満たされるよく分かんないあれだとか、

こういうグルーブ感で書けるぐらい賢さはあるのけど、だからって俺はこの人生をどうすりゃいいんだってことだとか

ありがちな思考の飛びと流れが分かるし、つーか全部俺も考えたことがあるようなことで

ようは俺にとってあるあるってことよ。なんつーの、モラトリアムあるあるってやつよ。

俺は人の悩みを「それ古典的な悩みだよね」とか言って傷つかせたことがあるけど、たぶん俺のもお前のも古典的なんだよ。

でも、古典的だろうが俺の状態は俺にとっては現在的だからさ、困ったもんだよね。

人生を半分投げたっていうのはさ、中島義道に影響されてんのか、そうじゃないのか分かんねーし、何書いてあったか覚えてないけど

欲望を大事にすればいいと思うよ。これは竹田青嗣に影響されてんだけど。

あと、音楽ダンスが好きな奴はあっち側に逝っちゃわないって菊地成孔が言ってたけど、それも多分同じことでさ。

根源的な欲望っつーか、ブッキッシュなだけな奴は病むよ。肉体に生じる官能的な快感がつないでくれるっつーか。体育じゃだめだ、なんつーか色々と。

俺の場合人生半分投げて、俺の欲望だけ大事にしてから回復してきたからさ。結局、人生のどうしようもない意味ってのを欲望に変換しただけなんだけど。

あいいや、俺も正解見つかんねーし、見つかったら教えてよ。

2011-02-25

ある本との出会いに、久々に感動した

中島義道先生の「人間嫌いのルール」っていう本。自分が小さいこから感じていたことがそのまま書かれていて、

やっぱりこういう人、こういう考えってあるんだなって思ったし、自分だけじゃないんだってことに驚いた。


人付き合いとか、地域とのつながりとか、同情とか、昔から全く興味がなくて、でもそれを強要してくる世間や

みんなの考え方っていうものも理解できる。それに対して真っ向から「興味ないでから」って言ってしまうと

和を乱したムードも悪くなることも解っているから、嫌々ながらも付き合って、いい顔をしてしまう。

ものすごく空気が読めてしまから、そういう場でも上手にこなせてしまい、それがまた自分ストレスになったり。


この本にはこういうことが細かく書かれていて、ページをめくるたびに「そうそう!わかる!!」の連続

自分は他人に何も期待しないし、何も求めない。だからほっといてくれ、と。

「対象であるその人間には興味がなく、その人が持つ経験能力、話の内容に興味があるだけ」っていうくだりなんかは

まさにその通りだと思った。「同情」や「共感ゲーム」についての考察も。まだ読了していないから、この先も楽しみだ。


こんな本を読んで、こんなことを考えているのに、明日は友達の集まりに参加しなければいけない。。。

最初はうっすら拒否を匂わせたんだけど、来てくれないと困るよってことがうっすらと匂う返事が帰ってきた。

断れなかった。。。


仕事も生活もバラバラで、ただ古い仲間だっていうだけでわざわざ集まり、下らない昔話に浸って一体何が楽しいのか?

誕生日の人や新婚の人もいて、そのお祝いも兼ねてるらしいけど、そんなの祝ってどうするの?自分は別に嬉しくないよ。

他人は他人、自分自分でしょ。世の中は他人の幸福や不幸を共感し合わないといけないらしい。そうしないと冷たいやつ、

頭のいかれたやつだと非難されるんだ。そういうふうに育てられてくるよね。まさに全国一律の共感ゲーム


「お祝いしてあげようよ!きっと喜ぶよ!」「おめでとう~☆」この空気の中に身を置くのがもう最悪。意味不明

お祝いしてあげてる優しい自分と、その空気に浸ってるだけでしょ。そういう自分イメージを相手に押し付けたい

だけなんじゃないの?そして、次に自分が主役のときは祝ってもらうっていう見返りを内心では期待してるんじゃ?

人に話したって誰も理解してくれないし、頭のオカシイ奴って思われるから言えない。中島先生もそうだったと。

何度でも言うけど、何も期待しないし何も求めないから、ほっといてくれ。共感ゲームに誘わないで


こんなことを考えてるのに、明日はまた全力で空気を読んで、完璧に振舞って場を盛り上げるんだな俺は。しんどいよ。

2010-08-12

中島義道著 ひとを〈嫌う〉ということ 感想

簡単に言えばp210から読めばいいだけの話で、

人が人をいろんな濃度で嫌うのは当たり前で、

現に自分だって様々なささやかな理由でひとを嫌っているではないか、…という話。

それを、いわゆる「みんな仲良く」的な道徳のしばりで片付けてしまって、

自分をただ責めたり、「ひとを嫌う/嫌われる」というこころ重要な動きや感じ方にそっぽをむいたり

押し殺したりすることはいかにも人生無駄いである、と、偏屈この上ない中島氏は言う。

まあ、カミュじゃないけど、哲学のひとは、宗教倫理に押しつけずに、

自分自身の生を重々しく生きよ、と言うわな。

そしてわたしもかつて哲学の徒であったわけだからな。

こういうタイトルに引かれる人間は、概して嫌う嫌われる好く好かれるということに

非常にコンシャスであるわけで、その中には明確な理由のあるトラウマ持ちさんのような

重篤な患者も多々いらして、そういうケースは想定されていない。

わたしは明確に重篤患者なのであるが、逆にその分、ひとを嫌い嫌われる部分において、

自分の患部をほじくりかえす必要もなく、普通に嫌い/嫌われればよい、ということがわかって

少し気が楽になった。



さて。

Twitterでご丁寧に「おすすめユーザー」というのが表示されていて、

そこに最初に出てきた方のうちふたりにわたしはブロックされていた。

明確に「嫌われている」わけなのだが、

特にわたしはその方に何か悪いことをした覚えはない。

片方の方には、「まぶしすぎてつらい」という意味のわからないことを言われた。

何もしなくても、しかも共通の知り合いであるのに、

そのように激しく嫌われるのだな、というのがわたしの発見で、

そういえば小中学生の時に、同級生にいじめられたりしたことを思い出して落ち込んだ。

そういう残酷な手合いは、逆に嫌い返せばいいものを、

どうにも自分の中の何が悪かったのかを反省してならない。

多分、生理的嫌悪なのだろうが。


それすらも、重く正当に受け止めて、人生を味わい尽くせと中島氏は言うのだ。

あたかもシーシュポスのごとく。

2010-06-20

http://anond.hatelabo.jp/20100620093001

なに親のせいにしてんの?

中島義道の本でも読んでみれば

2010-02-18

[]哲学病にかかっていたとき

考えることが何よりも大切になってしまうと、

それ以外のすべてが無駄に思えて仕方がなくなってくる。

そういう状態のことを「哲学病」だと中島義道は言っていた。

僕は哲学病だった

目の前に物質が存在していることが不思議でならなかったが、

どうやら大半の人間はそんなこと気にもとめていないようだった。

それがまた一層奇妙に見えた。

だって、みんな無駄なことを一生懸命やっているのだから。

そして考えるということも、どうやら無駄だと思えた。

すると自分の存在も奇妙で仕方がない。

でも考えることは次から次にわいてくる。

携帯の電源を切り、家からも出ず、考えることに没頭した。

少し読書もした。

考えるために、最低限の食事だけはとった。

だが、考えているだけではそのうち食べられなくなってしまう。

僕は哲学病をやめなくてはならなかった。

2009-12-12

http://anond.hatelabo.jp/20091212004905

中島義道でも読め。社会は不条理だけど、そんなことに悩んで時間を浪費するくらいなら自分に都合のいいように傲慢に怒鳴り散らせばいい。

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