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はてなキーワード: あいまってとは

2017-03-26

1999年の夏休み

1999年の秋、僕はカンボジアでバドミントンをしていた。その後はスパゲティ・カルボナーラを食べて談笑したり、埃っぽい街を50ccのバイクで徘徊していた。

この国の20年前にはクメール・ルージュが共産化のため、知識人を中心に200万人を虐殺した。10年前はポルポト派とベトナム軍と内乱の真っただ中で、やっと数年前に民主政権国連の手によって樹立されたばかりだった。

とある通りには、ピンク色の電灯が灯る屋敷が建ち並ぶ。ベトナム人少女がいる置屋で、10代前半から後半の彼女たちは$300程度の借金でここに売られ、$5で客と寝る。

少女を買う知り合いについて行った。入り口のドアを開けると黄ばんだ白いネグリジェを着た少女らが、小さい子は走り回り、大きい子は座って話したり、爪を切っていた。

知り合いは買う女の子が決まっていて、早々に奥に消えて行った。どうしようかと思い始めたときに、少女が和やかに近づいて来て、自分の顔を指差し同意を求めたあと、僕の手を引いて階段を登って行った。

手摺のない階段を手を引かれ登る。二階は洗濯場と台所らしく、おばさんが洗濯物を抱えていた。ここで服を脱げ。シャワーだ。とジェスチャーされ、現実感の無い時空だったので言われるまま脱ぎ、セメントの壁から生えているシャワーの冷水身体を洗った。バスタオルを渡され身体に巻き、三階に登った。

廊下のドアを彼女が開けると、そこは一畳の部屋だった。不快ではないけれど空気は湿り、床は万年床で、壁も電灯も薄暗いベージュ色だった。奥の壁の角に小さな机、の上にはラジオ。

誰とでも、回数を重ねても、せっくすの前は緊張して慣れない。ドキドキして挙動不審になる。正座して座ると彼女も座り、僕の顔を覗き込み、笑った。軽くキスをされ、ネグリジェをたくし上げて脱ぎ、と、ここからはあまり覚えてない。彼女はふつーに若く可愛らしかったけど、感情は伴わなかったから、教科書的なせっくすを可及的速やかに終わるよう努力した。彼女はショーツは履いてなくて「股間にチューブから出したゼリー的なものを塗っていた」か「何もしてないのに入るのかな入るんだ」のどちらか。コンドームは自分で付けたか付けてもらったか記憶曖昧

基本的彼女たちは国連やら世界保健機関やらが救援物資として配る避妊用ピルを飲んでるから、時になかなかいけないと、抜いてパチンとコンドームを外し、そのままでいいよ。とされるけど、判断は間違えない。

僕が正常位で頭の中のデータベースから、読んだ成人コミックのエロいシチュエーションや場面をフル検索して早々に射精しようと腰を振ってるあいだ中、彼女は少し笑顔で、興味深そうに僕の顔をじっと見てた。

3分からず終わり、大袈裟に息を切らす。振り。をすると、両手を首の後ろに回され、僕の上半身を支えていた腕がかくんと折れた。

その後、彼女の横に仰向けで寝た。いま居る場所隣の女の子、した行為、など賢者時間あいまって頭の中がスパークして、どういう表情をしていいのかわからないし、天井を見上げながら、記憶喪失の人がいまの状況を思い出そうとしてる、よくある映画登場人物みたくなった。

一畳の部屋なので僕の左腕は彼女の右腕と触れ合っているし、彼女は手をつないで、ぎゆっと握った。ここが何処で僕が誰であろうとも、手から伝わる暖かさから、隣に誰か、女の子で年頃で裸の、がいることは確かだな、と物事を難しく考え始めかけたとき彼女身体を横に起こして、また僕の顔を興味深そうに覗き込んでいた。自然彼女の左脚が僕の左脚に乗り、膝がちんこに触れて、状況的には悪くないのに恥ずかしいので(なんで出っ張ってんだよ!)と八つ当たり気味に思った。

彼女は静かに笑いながら、私の方を見なさいよ。とずっと僕の瞳を追うから恥ずかしい。けど顔は見たいから、視線を移す振りしてちらっと見ることしかできない。なんて自分が不甲斐ないので、開き直って意を決して視線を合わせる。と向うは余裕の表情で視線をそらしたくなる。のを堪えると、指でぴこんとちんこを弾かれて、ぁうっ…としたときに軽くキスされた。

頭がぼーっとしたまま二階に降りて、一緒にシャワーを浴びて洗ってもらって、そこから1人で帰ったか知り合いを待ったか憶えてない。

因みにここまでは、書きたいことの前振りなので続く。

次の日、その知り合いに会うと「うん、昨日の娘は良かったよ。なんかね、こうね…」と熱心に話し始め、あーなんか嬉しそうだな。と、どんな娘だったか見てもいないのに顔を思い出そうとするところで「だからさ、今日は持ち帰っちゃおうとか考えてるんだけど、あいぽん君も、ほら、昨日の娘なんかと」と誘い水を差されたので、またお店に一緒に行く。

この知り合いは、見た目は爽やかで会話の物腰も柔らかく、秘かに彼のことを好きな女子は多いんじゃないかなと思う、くるり岸田繁似の青年だか、所謂ロリコンだった。ここでロリコンと書いてしまうと、赤いランドセルを背負った低学年の女子の胸に(;´Д`)ハァハァ するとか、弱者である幼女支配することで性的欲求を満たすようなステレオタイプロリコンが頭に浮かばれるだろうが、彼の恋愛観は同性を好きになってしまゲイのそれと同質な哀しみ。だと僕は思っている。深く話し合ったことはないので想像だか。

また来ちゃったよという照れと、好きな女子に会えてニコニコしてる知り合いを他所目に、昨日の女の子を目で探すけどいなかった。休みか他のお客さんの相手か、そんなこともあるしと、座っていた2、3人の女の子の顔をざっと見て、なんとなく長く視線が合った娘を選んだ。

この娘のことは記憶にない。ファンキーに明るかったくらい。彼女たちは親の借金のカタに異国に連れて来られ、数百円で男と寝なければいけない毎日だけど、生まれた時からそうした環境文化の中で育ち、それが当たり前ならば、明確な理由もなく毎日勉強させられ、友だちとも遊べない生活のほうがおかしい。と、すうっと納得できるような明るさ。

下の階に戻り、女の子の間にちょこんと座り天井の隅を眺めてたら、昨日の女の子が僕に向かって真っ直ぐに歩いてきて、彼女の顔を見上げる僕の頬をばちん平手打ちした。打たれた時に(あ、他の女の子と寝たからだ)と気付いたけど、後から知り合いにも「他の女の子と寝たからだよ」とルール的なものを教えてもらった。だって君がいなかったからと言い訳けようと彼女を見ると、体は真剣に怒ってるけど瞳の奥と口の端しは笑っていて、僕らを見る数十人の女の子も笑っていた。

2017-03-10

家族の中で私だけが異質らしい

「俺がお前の普通に会話が出来るのは、俺がお前に気を使って会話の内容を選んでるからだ」


ついさっき父親に笑って言われた言葉だ。

家族構成は父母私弟の四人。十年以上前離婚して私は母親に引き取られた。

お金問題があったので両親は離婚しているだけで会っていたし、諸事情離婚後に年単位で同じ家に住んでいたこともある。


父は切れやすく、母はその愚痴を私に話す。弟は、特に何もしてなかった気がする。

自立する前は両親の間にはいって仲裁をするのはいつも私の役目だった。


好き勝手やってきた自覚はある。

その代表高校を辞めたことだ。国から奨学金高校に行ってた。払うのは卒業後の私だ。

単純に借金をしてまで行く意味を見出せなかった。

田舎なので私立は滑り止めで受けてた。行きたかった市立高校には少しだけ偏差値が足りなかった。

じゃあ一つランクを下げようとしたら当事の担任から「お前の学力だったら受かるけど、ここを受験しろとは勧めらない。そういう校風だぞ」と止められた。ものすごくお世話になった担任だった。今でも恩師だと思っている。そんな人が止める学校を受けようと思えなかった。

結局ランクをもう一つさげた。すると運の悪いことに偏差値もガクンと下がった。

私は少し足りないだけなら挑戦したかったけれど、母親に「私立に行くお金は無い」といわれ結果として行きたくもない高校に行くことになった。

そのこともあいまって結局辞めてしまったのだと思う。私自身ここは後悔していない。

両親の猛反対を押し切って高校をやめたとき約束を一つした。専門か短大が四年大、どれになるかはわからないけど、高認取って進学するよ。

最終学歴ちゃんと塗り替えるよ、と。

数年掛かったけどフリーターをしながらなんとか無事高認を取ったとき、弟が大学受験だった。

母親に言われた言葉は「弟が受験から一緒に進学しないで」当事の私はもっともだと思った。

別に普通から逸脱してしまったのだから一年ぐらい遅れてもいいや、と思った。「別にいいよ。私のまだ進路決めれてないし」と。


弟が受験を失敗した。滑り止めも受けていなかった。それはまぁ、仕方が無いことだとも思う。

来年チャレンジするよ、という弟。母親には「次は待たないからね」とだけ言った。

後に弟が「ほんとは大学受かる気なんてしなかったんだよね。受験の頃から専門学校行きたくてさぁ」と言い出したことに殺意を覚えたけれど、それは今回は流す。


犯罪心理学勉強がしたかった私は家から通えそうな大学を調べ、受けたいところを一つ見つけた。

ここなら一人暮らししなくても実家からなんとか通えるだろう。家のこともできるし、なんとかなる。

偏差値は高く、しか予備校に行くお金も無い私はとにかく友人知人に教科書参考書を貰ったり、勉強を教えてもらったりしてた。

当事は大学キャンパスの中でバイトをしていたので大学生の知り合いに訪ねたりもしてた。

しかバイトから帰宅してみると母親電話越しに声を派って喧嘩している金切り声が聞こえてきた。相手は大体父親だ。

電話が終わった母親に呼び出されて言われた言葉は「うちは解散するので貴方たち二年後には自立してください」

当事は百年に一度といわれる不景気真っ只中。ことが順当に運べば二年後は私が大学二年の秋になる。

三年生から就職活動が始まるのに、そんな中で追い出されるなんて溜まったものじゃない。

「私四年大行きたいって言ったよね」と喉まででかかった言葉は「お母さんもうお母さんやめたい」と泣きながら溢した母には言えなかった。


結局私も弟も二年で終わる専門学校に行った。犯罪心理学が学べる専門学校は無く、まったく別に進路を選ぶことになった。

自分で決めた学校なので後悔はしていないが、母のあの言葉が無ければどうなってたのかな、と思う。

母を解放してあげなければならないのだ、と思ったあの頃の私に一言伝えるなら「お前が背負う必要はどこにもなかったよ」とだけ伝えたい。

なぜなら二年以上たち弟が正社員として働いているにも関わらず、家をでたのは私だけだったからだ。


専門学校の進学と同時に父親に頭を下げて家を出た私は、今も一人暮らしを続けている。

二年後の卒業との時「私はあなた言葉に従って家をでたけれど、弟はどうするの?ちゃんと解散するんだよね?」と母に聞けば「弟ちゃんはまだ仕事が決まっていないから」

弟の就職が決まったときに「就職決まって何ヶ月だったの?家は解散しないってことかな?引越ししないの?」と聞けば「引越しはするよ!あんたも早く残してた荷物取りに来てよ」

弟を言い訳にし、次は飼っていた犬を言い訳にし、最終的に母が私に言った台詞は「お母さんはでていけなんて言ってない。あんたが勝手に出て行ったんでしょ」だった。

一人暮らしをして、知ったのは自分母親洗脳されていたことだった。

上京した友人は「いやーインフルかかったって親に電話したら次の日にはおかゆとポカリ黒猫で届きましたね」と言った。

別の友人は「奨学金は私の名前で借りてるけど、親が払ってくれてるよ」と学生生活を楽しんでいた。

年末年始に犬の顔を見に帰った私が母親に言われた言葉は「あんたが帰ってくると金が掛かる」だった。服なんて強請ってない。化粧品だってだってない。そんなもの買う余裕があるならご飯が食べたかった。食費を世話になって言われる言葉がこれなのかと思った。

スナックコンビニバイトしながらなんとか生活をやりくりして二年頑張った。付き合いが悪いといわれてもクラス飲み会に参加する余裕が無くとも、なんとか卒業目標に頑張った。

無事に卒業し、一人で生活を回していたけれど、体調を崩しどうにもならなくなった。

母に戻りたいんだけど、と伝えれば今までの喧嘩はどこへやら「戻っておいでよ」と言ってくれた。

泣きながら話し合った。

私は「弟にも許可取らなくてどうするの。貴方一人で決めても安心して戻れないよ。弟と相談しなくていいの」といえば「弟がなんと言ってもあなたが戻ってくればいい」と言ってくれた。

洗脳されてたなんて錯覚だったのかもしれない、私がひねくれてただけなのかもしれない、と思った。


後日母親に伝えられた内容は「弟ちゃんが貴方に戻ってこないで言ってるからうちにはこないで」だった。


泣きながらの話し合いはなんだったのかと思った。母が母であることを辞めれるようになんとか自立した私より、寄生している弟の方が優先されるんだな、と思うと情けなくて情けなくて一人で泣き喚いた。


一人暮らしをしてから、何かと私を助けてくれたのは父親だった。

月に一度は連絡をくれ「ご飯は食べれてるのか」「生活はやっていけてるのか」と心配をし、父も母にお金を渡しているので財布は厳しかったと思う。それでも、時には食費を送ってくれ、時には夜行バスの乗車賃を肩代わりしてくれ、何かと自主的に世話をやいてくれた。

「お前は自分から言い出せないだろう」と。

母親から聞かされていた父は「浮気をする」「殴る」「すぐ怒鳴る」「すぐきれる」「女癖が悪い」他にももっとたくさん愚痴を聞かされていた。

そのうちのいくつかは私も目にしているけれど、少なくとも私に手を差し伸べてくれる父は、母よりもずっと親だったように思う。

「毎月やってあげれるわけじゃないけどね」「出来るときだけしかできないけどね」と言いながら、何かしら声をかけてくれたのは父だった。

から自主的電話が合ったことは一度も無かったけれど。


今も現に父には金銭的にとてもお世話になっているので食事に連れて行ってもらうことが多い。

冒頭の台詞今日食事で言われたことだ。

父は「お前が変だから母親も弟もどうしていいかからないんだ」「俺がお前と会話できるのは俺が会話を選んでるからだ」となんの悪気もなく言われてしまった。

から見た私は、私が変だから関係おかしくなったんだ、と思っているんだなと思うと涙が止まらなくなった。


父は知らないのだ。私が本当は大学に行きたかったことも、それを諦めた経緯も。父がいなくなってからずっと、私は常に弟よりも優先順位が低かったことも。私がどんなに頑張っても、何をしても、何もしない弟の方が愛されていたことを。

父は知らないのだ。


からすれば両親や弟の方がずっと変なんだよ。

私の知ってる親は、小学生の子供を残して毎日パチンコには行かないんだよ。

責任を問えば「またそうやってお母さんのせいにして!」と自身発言責任を認めない母親は変なんだよ。

私の影に隠れてなんの責任も背負ってこなかった弟が「言うことを良くきく子」と評価されているのも、私のとってはなんか違うんだよ。

家族の中に優先順位がついてるのってすごく変なんだよ。

でもこれを伝えても「お前が一番じゃないことが気に食わないんだろ」って言われてしまうことも変なんだよ。


つらい。私が変だからおかしいのかと思うとつらい。

これって最初からいなきゃよかったのと同じじゃないか


追記:20170312

まさかこんなにたくさん反応されるとは思っていなくて驚きました。

トラバ(ここでは枝?になるのかな)やブックマークコメントでお言葉を下さった方ありがとうございました。

私とは違った視点意見や、厳しい言葉などはっとさせられるコメントもありました。

また家族以外の言葉意見を目にしたことで少し前向きになれました。ありがとう

上記はあくまで私の視点であり、両親や弟から見れば私はおそらくろくでなしなのだと思います

両親も変だな、と思いますが私もきっと変なのだと思います。変でも別にいいじゃんと思っているか家族の中で浮くのだと思います

悔しくて悲しくてやるせなくて泣きながら書いた誤字脱字誤変換(今見返してみると本当に酷いですね。笑)まみれの吐き捨てでしたが、色々な意見をいただけて吐き捨ててよかったと思いました。

病気が治ったら(鬱等のメンタルヘルス系ではないです)バリバリ働いて家族とは少し距離を取ろうと思います。犬ももう死んでしまったしね。

なんというか、何回言うんだよって感じなんですけど、厳しいのも優しいのも、同調するのも、全部コメントありがとう。色々と救われました。

根性だして頑張ります

2017-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20170308171221

穴を拡張すれば出し入れできそう

てのと増田という場所あいまってもうあの単語しか浮かんでこない

2017-03-05

(毒)親との距離感

親に育ててもらったことへの借りを返す必要はない

人間的に尊敬できない親のことを感謝する必要はない

これから自分のことは自分自身で引き受ける。親には投げない

自己効力感を奪う親の存在は、人生のかじとりをしていく上で大きな障害である

もしほんとうにヤバいときはこちらから連絡するし、逆の場合も親を受け入れる


もう親とはこれくらいの距離感でやっていこうと決めた

親のせいでも親のためでもない、自分人生自分のものである

人によっては、このような親離れ・子離れのステップはあたりまえで、無意識的に達成されることかもしれない

しかし、親が自分のことを無力化して自己存在価値を高めようとする以上、こちらから決別するしかない

一度開けてしまったくさいものに再びフタを閉じてしまうことは、もうできない


父親は母を拒絶して家庭に居場所を失い、ワーカホリックとなってうつ病で死んだ

母は勉強しかできない無愛想な自分に、そんな様子じゃ社会でやっていけるはずがないというレッテルを張り続けた

そんな自分社会参加や人との交流を恐れ、もれなくうつひきこもりを経た。うつはまだ寛解への途中である

ところが、いざ働きはじめてみたら意外となんとかなっていて、業務以外の雑談すらできるようになっていた

それと同時に、母に植え付けられたセルフイメージのせいでずっと苦しみ続けてきたことへの憎しみが抑えられなくなった


正直なところ、自分は軽度のASDかもしれない。いわゆる「愛着障害」というものにも該当すると思う

勉強ができることで親が喜んでいると思っていたら、じつはそんなにデキのいい子どもはいらなかったらしい

世間から見ればうらやまれるような大学に入ってしまったが、そもそも母は「学び」や「教育」価値見出していなかった

母は死に体自分に、生産工場検査をするような仕事ならいくらでもあるから早くうちに戻っておいで、と言い続けた

そんな自分も、なにかの間違いでいい大学に入ってしまったが、本当は大卒になることすらおこがましい存在であると思っていた


ところが就活社会参加への恐怖とあいまって、母の望まない学問研究の道に逃げ場を見出し博士号までとってしまった

ただし心の奥では、また身の丈に合わない経歴をつくりあげてしまった、典型的高学歴ワーキングプアの完成である、と自虐していた

重度のうつと復帰のサイクルを繰り返していたころ、幸か不幸か地元にある大学教員ポストの紹介がきた

そのときうつ症状がマシだったので、ここで逃げ出してはいけないと思い、紹介を受けた

しかし次第に、また自分能力とは見合うはずのないところへ踏み出そうとしていることを自問し、うつに舞いもどった


それでも、やっとこれで親を安心させられると思い、安堵している部分があった。面接でも、なんとか健常人のフリをして押し通した

しかし母にとって、社会参加ができない無力な自分実験の「お手伝いさんしかできない存在であり、大学教員になるなどとは想像だにしていなかった

不安に耐えきれなくなって母にほんとうの気持ちを打ち明けたとき、なんでもっと身の程を知って行動しなかったのか、と責められた

今度も「お手伝いさん」の仕事をするのだと思っていた、こんなことになるなら、もっとちゃんと話を聞いてわたしが食い止めるべきだった、と言われた

自分も同じように反省した。自らの無力さにもかかわらず、できるようなフリをしてしまったことへの欺瞞からくる罪悪感で、心がツブレた


ところが今どうなっているかというと、上司ボスとは円滑にやっているし、決してデキのいいとはいえない学生たちをいかモチベートさせるか試行錯誤している

ある日、自分主体的に考えたり行動する能力がなく、いわれたことすら満足にできない無力な存在であったはずなのに、何かがおかしいと気づいた

たまたま自分に合った仕事につけて運がよかっただけかもしれない。しかしこれまでのセルフイメージとは全くことな自己の振る舞いに、自分自身がおどろいていた

もちろんクスリ底上げされている要素はかなり大きい。ただそれ以上に、自己像が根本から書き換えられていくようなフローがあり、かつてない大きな地殻変動を感じていた

これまでに双極性の症状を示したことはないが、このある種の成功体験がまた新たなうつの引き金となる可能性は当然あり、注意しないといけないと思う


地元に戻り、母から物理的な縛りつけを受けることによって、これまでの精神的な抑圧やダブルバインド的な母のやり口に気づくようになった

それからカウンセラーメンター意見も聞き、たどり着いた自分なりの結論が冒頭のものである


これから親との距離感を調整していく過程は、かなり難航するだろう

でも、そのことの負担リスクを引き受けた上で、自分自分のために行動することを決めた

2017-03-01

眠りたい2017

 「記録廃棄」し証拠隠滅 首相関与の疑い増す

 また、2014年10月31日に森友学園学校設置認可の申請が認められたが、大阪府私立中学校設置認可の審査基準では「校地・校舎その他の施設自己所有を原則」とし、借地の場合は「当該借地の上に校舎がないこと」と定められている。借地の上に校舎を建てる計画だった森友学園の認可申請は、本来なら基準違反で突き返されるべきものだが、文科省は「今後購入することを念頭に置いた定期借地による国有地の借用を目指していると聞いていたので、自己所有と同等とみなした」とのべた。売買契約の7カ月前に、森友学園が「10年契約土地を借り、買い取るという契約」をすることを前提に認可申請を受け付けていたことになる。

 航空局財務局森友学園国有地を売るうえで、他者排除して公益法人を優先する「公共随意契約」としたが、そのためには学校設置認可が必須条件となる。そのため不動産鑑定士土地価格評価を依頼するまえに、当事者間で土地価格や売却手順をすり合わせ、担当各省が「国の信用」を担保にして認可をゴリ押ししてきたことを露呈している。森友学園の「認可適当」の判断を出すために臨時招集された大阪府私学審(15年1月)では、大阪府私学課が「(土地売却と学校設置の)双方で認可が下りるということを前提で話を進めてきた。条件付きで認可しかるべしとなると、国は契約に走る手はずになっている」「国と話が付いている。何かあっても国が相手から大丈夫」と発言していたことが議事録に記されている。昨年6月、国有地評価額の10分の1の価格で売却されたが、その後の私学審ではこの経緯について審議はおろか、報告すらされていない。

 さらに、近畿財務局が昨年六月売買契約を締結した国有地の売却に関する交渉記録について、財務局は「行政文書管理規則に基づき、“保存期間は1年未満”であり、平成28年6月の売買契約の締結をもって廃棄した」と答弁。南スーダン自衛隊日報と同様に「証拠隠滅」で防衛策を敷いているが、隠せば隠すほど疑惑を膨らませるだけとなっている。

 明らかになった一連の経過を見てみると、2012年に大阪府松井知事)が「幼稚園を設置する学校法人が小中学校等を設置する場合でも借入れを認める」よう学校設置認可基準改正し、13年9月に森友学園豊中市国有地取得を要望。14年10月に大阪府に「瑞穂の國記念小學院」の認可を申請した。

 そして、森友学園が「瑞穂の國記念小學院」の開校延期を発表した2015年、9月3日に安倍首相国有地処分管轄する財務省理財局長と面会し、翌4日には異例にも国会を休んで大阪へ飛び、公明党冬柴国交相(故人)の親族経営する料亭で会食をしている。まったく同じ日に、近畿財務局九階で森友学園工事関係者近畿財務局大阪航空局面談し、森友学園への補助金交付を決定。翌5日に前述の安倍昭恵氏による塚本幼稚園での講演会がおこなわれ、「瑞穂の國記念小學院」名誉校長への就任が報告された。森友学園をめぐる不可解な土地取引スタートを切った日を前後して、首相首相夫人が同時に大阪入りしていたという事実が、「はじめて知った」とシラを切り、「まったく関与していない!」と全否定する安倍首相必死さもあいまって疑惑を膨らませている。

http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/kokuyuutitatakiurinokuromakuhadareka.html

大阪府私学審議会(15年1月)、

大阪府私学課「(土地売却と学校設置の)双方で認可が下りるということを前提で話を進めてきた。条件付きで認可しかるべしとなると、国は契約に走る手はずになっている」「国と話が付いている。何かあっても国が相手から大丈夫

昨年6月、国有地評価額の10分の1の価格で売却されたが、その後の私学審ではこの経緯について審議はおろか、報告すらされていない。


大丈夫ではない。お陀仏したい。

2017-02-25

森友学園国有地取得で会計検査

森友学園国有地取得で会計検査

https://this.kiji.is/207438898890506241

情報提供の受付

https://www.jbaudit.go.jp/form/information/index.html

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51052?page=2

二次創作」の愛国教育は、戦後社会に見られるひとつ伝統芸であり、サブカルチャーであり、この分野に詳しい者にとっては見なれたものである

戦前っぽいもの」のパッケージは、戦後長らくつづいた保革対立のなかで形成されたものである

保守勢力自民党文教族文部省など)は、教育の荒廃が叫ばれると、かならず国旗掲揚国歌斉唱、「教育勅語」の再評価修身の復活などを主張してきた。

国旗国歌問題に火をつけた第三次吉田茂内閣天野貞祐文相は、その嚆矢である内藤誉三郎(文部事務次官参議院議員第一大平正芳内閣の文相)のように、「天壌無窮の神勅」を学校で教えるべきだと主張した例もある。


教育機関国民国家歴史や意義を教えることは必要である国民国家は、現在国際政治基本的単位だ。これを否定するつもりはない。

グローバリズム時代国民国家というシステムいかに無理なく保守管理運用していくか。政府への盲従や排外主義などの欠陥は認識しつつも、こうした問題に取り組んでいくことは欠かせない。

パッケージを丸呑みするかいなかの二者択一は、あまりに単純すぎる。


ナショナリズムはいつどこで芽生えるか →戦争で負けている側である

あるいは学歴を誇る人間はいつ登場するか。→落ちぶれてそこしか砦がなくなった時である

東大卒のりょーすけさんなどは、もう道具として使う。ふつうはそういうものだ。

東大生かくあるべし、みたいなことを言い出すのはかなり痛い


今日ほど「君が代」に関する議論劣化した時代はほかにないだろう。

君が代」を歌うか、歌わないか問題はあまりに単純に二分化され、歌えば保守愛国であり、歌わなければ左翼反日である即断される。そしてこの単純な白黒図式に基づき、「愛国者」を自任する者たちが、気に入らない相手に食って掛かるしかも、驚くべきことに、この「愛国者」を自任する者たちの多くは、「君が代」の歴史意味をロクに知らないのだ。「君が代」は、敵と味方を判別し、敵を吊るし上げるための単なる「踏み絵」と化している

1999年に「国旗国歌法」が施行された

ネットモブ」が「ネット右翼」と呼ばれたために、その主張も「保守」や「右翼のもの勘違いされてしまった。この結果、昨今のナショナリズムの「再評価」とあいまって歴史的な経緯に詳らかではないネットユーザーのなかで、劣化した議論が急速に肥大化してしまった。

1890年2月帝国議会の開会を直前に控え、地方治安維持をつかさどる県知事(内務官僚)たちは、「文明と云ふことにのみに酔ひ、国家あるを打忘れた」自由民権運動抑制するため、「真の日本人」を育成する国民道徳樹立を求めた。

→とはいえ、当初の「教育勅語」の内容は、後世の文書などにくらべて、意外にも慎ましいものだった。

日本神の国であり、世界指導する権利がある」などという大それた神国思想は、「教育勅語」のなかに見られない。これは、『国体の本義』(1937年)や『臣民の道』(1941年)などで、教育界に広められたものである

しろ教育勅語」の内容はかなり抑え気味だった。たしかに、「我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ」「天壌無窮ノ皇運」など神話にもとづく記述もあった。だが、そこに掲げられた個々の徳目現実的で、日常的な振る舞いに関するものが多くを占めた。

当時の日本に、空想をもてあそぶ余裕などなかったのだ。

日本日清戦争日露戦争勝利し、帝国主義列強一角を占めるにいたって、かえって問題が指摘されるようになった。大国日本国民道徳として、「教育勅語」はあまりに物足りないのではないかと注文がつきはじめた


君主たるもの特定政治的宗教的思想的、哲学的立場に肩入れする言葉を使うべきではなく、またその訓戒も「大海の水」のごとくあるべきで消極的否定言葉を使うべきではない

また、井上帝国憲法の起草者として立憲主義尊重し、「君主臣民の良心の自由に干渉せず」と述べて、「勅語」を軍令のように考える山県の構想も牽制した。

もちろん、自由民権運動対策念頭にあったこともあり、独立自治などにつながる徳目が慎重に排除されていることは見逃せない。その一方で、その内容は、神国思想軍国主義権化のごとき過激ものでもなかった。


追加修正

西園寺公望は、明治天皇の内諾を得て、「第二の教育勅語」の起草に着手した。

1919年、『勅語衍義』の執筆者井上哲次郎によって「教育勅語修正を加へよ」という論考が発表された

この提言の背景には、同年に朝鮮で起きた三・一独立運動の衝撃があった。

結果的に、「教育勅語」の不足分は、ほかの詔勅の発布で補うかたちが取られた。1908年発布の「戊申詔書」、1939年発布の「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」などがそれにあたる。

1948年6月衆参両院の決議では、「教育勅語等」として「教育勅語」だけではなく「軍人勅諭」「戊申詔書」「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」などがセットで排除および失効確認されている。これらの詔勅が一体的に理解されていた証左

教育勅語」は、狂信的な神国思想権化ではないが、普遍的通用する内容でもなく、およそ完全無欠とはいえない、一個の歴史的文書にすぎない。その限界は、戦前においてすでに認識されていた。

2017-01-27

[]幼女戦記漫画版)3巻まで

人事で他人くびきりまくって有能だったけど恨みをかって駅のホームで突き落とされて死んだエリートサラリーマン

神と話して、お前女になって戦時に転生して苦労しろって言われて転生

でも魔法能力みたいなのと、生来のまじめさ、頭のキレがあいまってどんどん出世活躍していく

本人は安全な後方でエリートコースぬくぬくしたいと考えた結果のふるまいをしてるのに、「こいつそんなに前線で戦いたいと思ってるのか(驚愕」みたいに相手には受け取られて本人の目的とは真逆の方向にばかり進むギャグ(?)



アニメ1話だけみたけど、あの女キャラちょっとしかまんがにはでてこんかったな

情勢説明とかは読み飛ばしてもそこそこ読める

よーはこっちの世界での大戦時のドイツってことだから

幼女である意味あんまねーなと思ってたけど、漫画アニメだとビジュアル的にすごくインパクトあって、こういうラノベならコミカライズアニメ化する意味あるなあとなんとなく腑に落ちた

作中で幼女であることに対するのが「幼く見えるのに異常なやつだ」的な反応ばっかりでつまらんなー

幼年学校?では幼いのに主席?だったか上級生を半殺しにしようとして問題になったとかそこらあたりの話をリアルタイムで見たいな

転生してから貧しい家でどうふるまってあそこまでいったか学校とかどうしたかとかのところ

最初からそんなのをチンタラやってたらつまんないからやってないのかもだけど、見れるもんなら見たいな

無職転生的な感じで



3巻の途中で視点ブルージャイアントみたいな「将来の人物から、今の人物いかにやばかったかを語る」的な話もあって、戦記っぽい?というかちょっと珍しく感じた

これも原作読みたくなりますねえ

2016-11-29

劇場版艦これ、すごくない?

ネタバレあり感想です。

脳内整理のために書き殴ったメモです。だいぶしっちゃかめっちゃかです。










良かった点

戦闘シーンが良かった。

全体的に艦娘固有の艤装が活きていた。

最初の第八艦隊戦闘とかもう最高。古鷹の腕ってあん甲冑みたいになってたんだな。普段名前に隠れてるから全然知らなかった。めちゃくちゃカッコええやんけ。

天龍の刀が活きてたのも良かった。牙突みたいな構えしてたからそういうことすんのかなー、って思ってたら結局普通に発砲する。これがいい。あれは実際に敵を斬るためじゃなくて、印象づけておいてプレッシャーを与えるための武器なんだな。案外クレバーだ。怖いよ天龍ちゃん。

あとは何をおいても大和の発砲シーンですね。超火力・超迫力。やっぱり大和はこうでなくちゃ。まさに最終兵器

艦娘以外も良かったです。艤装の細かい稼動とか、見ててテンション上がった。

妖精もいい仕事してましたね。戦いの場には似つかわしくないビジュアルだと思ってたけど、それがむしろ張り詰めすぎかねない空気緩衝材になってて良かった。

妖精の空戦シーンもよかったしね。いっぺん翼を「クイッ」ってやってから旋回するやつとかね。あれめっちゃカッコよかった。




艦娘の描かれ方が良かった。

全編通じて、「それそれ!それが欲しかった!」って感じ。ポンコツは一人も居ない。ハラショーしか言わない娘とか、終始一人遊びしてる娘とか、男もいないのに行き遅れキャラでいじられる娘とかが居なくて本当に良かった。

個人的には金剛姉妹が良かった。TV版ではほとんどギャグ要員だったけど、今回は軍議の一端を担う重要役割金剛はなんだかんだで政治力ありそうだし、気も回りそうなんだよな・・・軍議にもしれっと紅茶出してたし・・・

大淀も良かったです。公式からは「スレンダーなお姉さん」という印象を受けるけど、今回の劇場版では完全に中学生体型。身長軽巡とそんなに変わらないし、頭身・肉のつき方・顔の丸さなんかも中学生のそれ。長門かだれかと並んだときにはそれがますます際立って、もうかわいくて辛抱たまらんかった。

他の艦娘も、TV版のようにやたらキャラが尖っていなくて良かった。ゲーム内のセリフも、無理なく混ぜ込まれていた。

あと艦娘同士の絆の描写もよかった。睦月如月関係はもう「睦月依存しすぎちゃう・・・?」と心配になるくらい痛々しかったけど、それが良かったし、

加賀も良かった。あのお互いを認めあっているものの素直にそれが言えない距離感な。この関係性がフレッシュでよかった。艦これベタベタ百合だけじゃないんや。

ほかには大和が座るとき描写、あれがなんだか面白かったな。普通体操座りするときって、いったん見苦しい動作が入るんだよね。手を後ろについて支えたり、急にドスンと腰を下ろしたり。でも、大和が座るときはそれがなかった。重心が一定したまま、スッと座る。あり得ない挙動だけど、美しい。あの描き方はアニメではよくある手法なのだろうか?それとも、女の子が完全に理想化された「艦これ」だからここまで徹底したのか?なんにせよ、ちょっとしたこだわりが感じられて嬉しかった。




・流血表現が良かった。

そう。今回の映画、流血表現あったんですよ。流血。艦これで流血。なかなか思い切ったなあと。いや、ストーリーもっと思い切ったことしてるんですけどね。

最初鳥海が流血したのを見て「あ、血出るんだ」と軽くショックを受けたけど、彼女を皮切りにそれ以降みんな続々流血。海の色もあいまって絵面の陰惨さがすごい。

でも、なんだか艦娘が血を流してると安心するな。「あ、彼女らも僕らと同じなんだ・・・」って。「赤い血=人間の証明」みたいなのってホントにあるんだなあ。

もちろん絵面に陰惨さを加えるための血も良かった。如月が「なんで消えないの・・・」って言いながら血が出るまで腕をこすってるとことかね。あと睦月深海棲艦に顔を掴まれて押し倒されるあたりも良かった。ここは血が出てたかどうか覚えてないけど。いや、ともかく今回リョナ心をくすぐるようなシーンがやたら良かったな。おびえ方がいいというか。




ストーリーの筋が一本通っていて良かった。

これが一番。TV版は何がしたいのかさっぱりわからなかった。「深海棲艦はなぜ存在するのか」「吹雪はなぜ特別なのか」といった謎も投げっぱなしだったし。

しかし、今回の劇場版は、そうしたいくつかの謎をできるだけ解消するという筋が一本通っていたぶん、非常にわかやすく楽しめた。

艦娘が戦う理由」みたいなのも良かったよね。護りたいもの云々と大層なことを言っていたけど、結局一緒に戦ってる仲間のためっていう。このへんがちょっとリアルに感じられて。マブラヴかなんかに「前線で戦ってる兵士たちは、国のためとか大義のためじゃなく、結局仲間のために戦っている」みたいな話があったけど(うろ覚え)、そういう感じで。

轟沈艦を出さないことが将来の勝利につながる」という設定も良かった。将来への希望が見えたし、この戦いにも「将来に繋がる重要な緒戦」という意味が見いだせた。これだけの戦闘轟沈が出ない理由にもなったし。

深海棲艦まわりの設定について、一部では「公式世界観名言しちゃっていいの!?」なんて騒がれてるみたいだけど、公式っつってもメディアミックスの一環だし、まあほとんど二次創作と扱いは変わらないでしょう。

気合の入った二次創作アニメを、1800円で、総集編同人誌より安いくらいの値段で、楽しむことができる。これだけでもだいぶすごいことだと思うけど。

上のような楽しみ方ができるのは、TVアニメ版がひどすぎたおかげなんですけどね。ちょっと卑屈になりすぎてる気もする。



悪かった点

深海棲艦に迫力がない

う~ん、「深海棲艦は轟沈した艦娘の成れの果て」という設定上、深海棲艦が親しみやすい絵になるのはしょうがないのかもしれないけど、にしても弱々しい。

単体ではかよわそうだし、かといって物量もないし、いまいち脅威に感じられなかったな。結局「僻地の小競り合い」って感じに見える。ゲーム内でも史実でも、そんな生易しいものではなかったはずなんだけど・・・




それくらいか。案外思いつかなかった。あとは下の疑問点が残ったことくらいですかね。



疑問点

・結局深海棲艦まわりの設定ってどうなってるの?

深海棲艦は轟沈した艦娘からまれ艦娘轟沈した深海棲艦からまれる」「深海棲艦は元いた場所に帰りたいと思い進軍を続けている」というのはわかった。

でも大元の「なぜ深海棲艦は発生したのか」というところがおぼろげにしかからなかった。いや、わかったつもりでいたんだけど、誰も言及してないかだんだん不安になってきた。

ので、ここからほとんど憶測になる。




おそらく、今回の艦これでは、深海棲艦が発生した理由は、

大戦で沈んだ艦が、自らの存在を人々から忘れられないために、自身の闇の感情記憶である深海棲艦を作り出し、光の感情記憶である艦娘と戦わせているから」というものなのだろう。

言うならば、この戦いはすべて、実艦が生み出した狂言だったのだ。

深海棲艦と艦娘無限輪廻を繰り返し戦い続けることで、人間軍艦の恐怖/輝かしさを覚えてもらう、思い出してもらう。

その際パワーバランスが偏って戦争が終わってしまわないように、艦娘たちは実艦と同じ場所で沈む運命にある。

しかし、その「運命」システムを崩す鍵となったのが吹雪であった。

・・・う~ん、これがぼくの深読みでなければ、ずいぶんエグい設定だなあ。

でも、めちゃくちゃ面白い設定だ。ゲームとも符合する。艦娘美少女である理由もわかるし、深海棲艦は艦娘しか倒せない理由もわかるし・・・

この設定を、ファン層が広い「艦これ」の、全国公開劇場版に持ってきた度胸。これが一番劇場版艦これのすごいところだと思う。

これだけでアニメ1クールくらい作れそう。それをなぜTVアニメ艦これ・・・なぜ・・・




でも、そうすると、


・「提督」とはいったい何者なのか?

艦が自身を覚えていて貰うために狂言とも言える戦争を創り出しているのだったら、

人間深海棲艦に被害を受け、艦娘応援するだけで役割にそぐうはず。

それなのに、わざわざ人間に「提督」というポストを用意してやるのは、いったいなぜなんだろう?

それとも、「提督」は人間ではない・・・

そうすると、具体的な見当はつかないな・・・吹雪を重用するところから、この戦争を終わらせる意思をもったものらしいということはわかるけど・・・

なんとなくTYPE-MOONでいうところの「霊長」とか「アラヤ」みたいなもの想像してしまうな。さすがにこれは妄想だけど。



吹雪はなぜ「希望」なの?

これが一番よくわからんかった。

闇の感情記憶と分離してるから・・・みたいな説明がなされてたような覚えがあるけど、それで他の艦娘と何が変わるのか?

TV版の最終話のような、「運命を変える鍵」になりえる理由がそれなのか?

最後精神世界描写は、結局吹雪が実艦吹雪の闇の記憶を消し去ったということなのだろうか?

う~ん。納得するにはちょっと理由が弱いような・・・





なんだか最後の方はほとんど妄想になってしまったけど、感想としては以上です。

いや~、いいメディアミックスでした。久々に艦これにワクワクさせられた。




追記:タイトル修正いたしました。

カテゴリーをつけるつもりだったのですがうまくいかなかったので結局削除しました(かわいい

2016-11-18

[]こうの史代この世界の片隅に」(再読)

映画化されたので再読

やっぱりあのシーンは再読でもくるものがあったな・・・

知らない人のところへお嫁にいくのが普通戦争で死んでも普通な世界ってのがやっぱ異常に感じた

でもすずさんのいい意味での能天気さが読んでて唯一の救いだった

これですずさんが鬱屈した人だったらとても何度も読めるもんじゃなかっただろう

確かにどっかのブコメであったとおり、途中明らかに左手で背景が描かれてマジカ・・・と思った



映画の話にそれると、PVにあのシーン入れたのはネタバレになるからやめたほうがよかったと思う

原作と同じように日常ものとおもいきやああいショッキングなのもあるってのがまたいいのに、あのPVはそれをスポイルしちゃってる

片渕須直監督も、ラストあたりがああなることしらずに映画化したいって思ったらしいし、同じように映画ではじめてな人にサプライズをあげたらよかったんじゃないかもったいないなーって



閑話休題

おざわ ゆき「あとかたの街」 を読んだ後だと、当時の一般市民の「生活感」という意味ではひもじさがあんまり前面に出てこないのが気になったか

節約レシピみたいなのをやってるとことかはあるけど、現実問題めっちゃひもじかったってのがなかったかちょっとふわふわした童話みたいな感覚がある



またちょっと映画の話にそれるけど上で映画PVのあるシーンは駄目だっつったけど、好きなシーンもある

バイオリンみたいにまな板の上で包丁動かしながら切ったはっぱを鍋におとしてるシーン

音楽あいまってすごくいいシーンをチョイスしたなって思った

原作だとさらっと終わっててまったく印象にも残らないとこなのに動いて歌がつくだけでなんかすごくいい画になってて感動した

からこそPVに上述のネタバレをもってくるのがなおさら残念でならないんだけど

2016-10-20

予期しない形で「聲の形」が印象に残ってしまった

聲の形」見に行った。

で、その時は、「障害者差別かいじめっこいじめられっこ問題とかよくわかんにゃいけど映像がねっとりきれいでよかったにゃんな〜〜」という感想で終わった。

それで後日、用事があって役所に行った時、すごい美少女出会ってしまった。いや美少年…?よくわからんけどとにかく中性的で色白で、顔の整った中学生ぐらいの子だった。

すごい美少女って言っても、後ろ姿と横顔しか見えなかった(顔をしっかりとは見ていない)から服装とのギャップダボダボパーカーによれよれのジーパン)もあいまって強烈な印象に残ったんだと思う。

の子も何らかの用事があったのか、窓口で受付のお姉さんと色々と書類をやり取りしながら話をしていたんだけど、最後、窓口から去る時に、お姉さんに向かって手を降っていったその仕草が、もう、様になりすぎていた…。

後々気づいた。「そうだあの子聲の形の結弦くんとそっくりだったんだ…」

というわけで、市役所で見かけて依頼妙に印象に残ってしまった女の子(?)…にそっくりな女の子が登場する作品として、「聲の形」は私の中に強烈な印象を残してしまった。

おわり。

2016-08-14

他人好意を周囲にバラすことの罪の重さ

同性愛であることをバラされて自殺した大学生の話を聞いて、思い出したことがある。



自分は当時転校生中学生(女)で、まだ親友のような友達はいなかったが、仲が良くなりかけている友達はいた。

ただ、どちらかというとクラスでは孤立していて、容姿の悪さと、持病が起こしてしまう行動(※無意識)もあいまって避けられていたと思う。



当時は子供だったので単純で、

かっこいい人が好きだったので、見た目が好きで好きなった男の子がいた。

「○○君が好きで…」という内緒話を女子友達にしたことがあるのだが、

翌日にはクラス中に伝わっていた。

好きな男の子にも伝わっており、まだ本人には何も言っていないのに「気持ちいから俺のこと好きになんてなるなよな」と言われてしまった。

好意を聞き噂を広めたボス女子取り巻きたちからは元々嫌われていたが、

それからその男の子やその友達からいじめられるようになってしまった。

ボス女子男子を中心にハブされ続け嫌われ続け、

ぶっちゃけその男の子のことはもう好きではなくなっていたからどちらかというと憎かったし、

学生生活が苦しくて自殺も考えたし、本当に嫌な中学生活になってしまった。

学校で銃を乱射していじめっこを殺して自殺するいじめられっこの気持ちがよくわかった。

自分20代後半だが、以来自分男性を好きになったことは一度もない。

その後異性ではなく、同性を好きになったこともあったが、

自分が誰かを好きである、ということは、本人にも親友にも伝えるつもりはない。

地獄を見るのは一度でたくさんだ。



異性愛でもこれなのに、

同性愛LINE10人グループでの暴露だなんて本当に酷い話だと思った。

それが、どういう差別や苦しみを生むのか想像ができないのだろうか。

この大学同性愛理解のない環境だったそうで、そんな友達グループの前で本人もいる前で大暴露なんて論外だけど、

同性愛に寛容な環境だったとしても、人としてするべきではない。

異性愛だってそういうことはあるでしょ自殺した方がおかしいなどと言っている人もいたが、

その人たちはそれが原因で死を思い描くほどの本当の地獄を見たことがないからまるで想像ができていないんだと思う。

2016-07-14

2016年・夏アニメの第1話 感想まとめ

なるべく放送順。原作はすべて未見で事前情報ほぼなし。


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タブー・タトゥー

あらすじ:特殊能力持ちの人たちが戦うっぽい。


貶すだけで終わらしたくないので5分ほど考えたがよいところが思い当たらない。原作が11巻出ているのが不思議ですらある。話の展開がよいのだろうか、とも思ったが続きを見る気がしない。シリアスギャグ唐突に挟み込まれるわざとらしく古くさい「萌えイメージキャラクター感情の起伏、背景のトーンとキャラのやりとり、あらゆる点がちぐはぐな感じ。opやedを見る限り、なんかやたらに露出度の高いチャンネーが多いのも個人的に気に食わない。あと主人公髪型昭和フォークシンガーみたい。いわゆる「中二」ぽいのは大好物だけど「かっこいい」のが前提だから…。



甘々と稲妻

あらすじ:お父さんと娘と女子高生うまい飯を食うっぽい。


上記「タブー・タトゥー」と続けて見たんだけど、開始10秒で冗談じゃなく、こんなに違うものかと驚いた。ちょっとした描写に神経が行き届いており、見ていて気持ちがよい。「ちょっとした描写」を丁寧に積み重ねることが、この作品にとってよい方法であることを制作側がはっきり意識しているのだと思う。キャラクターもよい。微妙に力の抜けたデザインもよいし、演技の方向性が第1話にしてまとまっており、トーンが統一されているのがすごい。モブ(お父さんの同僚)ですら! もう1回見る。もちろん視聴継続。あ、一点気になることがあった。「手作りの飯」を持ち上げるために「コンビニ弁当」を貶めているところはちょっと気になる。やむなしか。



「NEW GAME!」

あらすじ:みんなでゲームをつくるぞい。


最近、たまにある「仕事モノ」。明らかに「謎部活モノ」の系譜である舞台を「仕事」にすることで「みんなが気になるあの現場実体は?」みたいな小ネタで興味を引けるのかなーとか思ったけどそんなことはどうでもいい。なんというか今の日本萌えアニメのド直球、ドノーマルはここだ、という感じのアニメ普通を極めた感がある。新しさはないものの極めているだけに出来はよい。しかしここまでのレベルでなければもはや「普通」にもなれないのだ、という意味で業が深い。原作見てないけどアニメ版作品としての品質は段違いなんではなかろうか。とりあえず2話までは見てみようと思います



サーヴァンプ

あらすじ:イケメン吸血鬼が戦うぽい。


いかにも腐ったお姉さん方が喜びそうな雰囲気がすごくて二等身キャララバストみたいなのがじゃんじゃん出る未来がありありと見えたと思ったら翌日まさしくゲーセンで大プッシュされておりさすがえげつないと思った。こちらこそ「中二」作品本命というかベッタベタながらキャラの立ったキャラ、まじめとアホのメリハリもしっかりしていてだいぶ見やすい。あと音楽川井憲次で驚いた。役者もそろっており、手堅くまとめてきた感がある。グッズを売らなきゃいけないんだね…。お兄さんが変な演技をするのが好きな人なら見たらよいと思う。自分はもういいです。



この美術部には問題がある!

あらすじ:美術部で片思いするっぽい。


部活モノ日常系かと思いきや片思いする女子主人公のまっとうなラブコメだった。部長がぐうたらという設定や、その風体あいまってどこか昔懐かしいアニメっぽさ(「あ~る」とかあそこらへん)を感じる。そのうえで女子に慕われる男子は「二次元大好き」と言ってはばからない今風(?)な人物という設定のミスマッチちょっと楽しい。あと女の子がイキイキと動いているのでよいのではないでしょうか。第1話にしてちょっとした山場をちゃんと持ってきたのはすごいなーと思いました。ラブコメ全然見ないけど個人的には「デンキ街の本屋さん」の方がアホっぽくて好き。それはそうと男子生徒が描く「理想二次嫁」のセンスが壊滅的では。



「魔装学園HxH」

あらすじ:ちちくりあって戦うぽい。


なんかそういうのがあるっていうのは聞いてたんですよ。なんかそういうエロバカ枠みたいのがアニメにはあると。「これか~なるほど~」てなった。「セーフティエフェクト※」じゃねぇわ。ちょっとおもしろかったです。よい経験になりました。ありがとうございました。

※際どい部分を隠すための要するにボカシ処理なんだけど妙にデザインが凝っててそれを「セーフティエフェクト」と言い張っている。



ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン

あらすじ:若者頭角を現すっぽい。


絵がとにかくすこぶるダサい時代に取り残されている感がある。21世紀アニメと思えない。銀英伝でも始まったのかと思った。なんとなくNHKっぽい空気がある。それで「うっわー」と思いながら見てたんだけど、なんか見ているうちに話がおもしろいような気がしてきて次回も予約してしまった。謎。あと主題歌が「天鏡のアルデラミン」ていうんですよ。「作品と同じタイトル主題歌に付ける」とか、そもそもタイトルの「ねじ巻き~」ていうセンスとか、やっぱり昭和時代にお蔵入りした企画かなんかが四半世紀を経て平成も終わりそうな今、やっと日の目を見たんでは。



91Days

あらすじ:怒って酒を売るっぽい。


復讐譚とのこと。終始重々しく暗い画が続くがきれいである。第1回のみと思われるopもかっちょよかったが次回からは凛としてる人の曲になるんだろう。ずっとこれで洋画風を貫いてもよかったのに。復讐燃える主人公とトンチの得意な友人、という2人はエレンアルミンぽさある。主人公境遇もそこはかとなく似ていなくもない。アレをリアル世界に置き換えたらこうなりましたみたいな感じだろうか。それはそうと何もかもが淡々としており、主人公が急に巨人になるとか実はみんな巨人でしたとかヒロインの腹筋がバキバキ割れてるとか、アニメもっとはっちゃけてほしい自分としてはここまでというところ。



タイムトラベル少女

あらすじ:昔の偉人に会うっぽい。


なんだこれ。文科省ご推薦アニメかなんかか。Eテレで午前中にやってる知育番組と言われたら信じるレベル(AEDの使い方も教えてくれるよ!)で、そう思うとキャスティングも「とりあえず金はあるから!」って(微妙に旬の過ぎた感のある)有名どころを適当につまんだ感じに見えてくる。タイムトラベルしたのは制作スタッフなのではないかと思える90年代ぽい絵柄や演出(目がハートになるとかマジかよ)をなんで今!? 誰が? どうして? としか思えず個人的アニメ枠の今季暫定No.1を思うがままにしています



一人之下 the outcast

あらすじ:ゾンビキョンシーです。


小森霧絶望先生)みたいのが飛び回りながら包丁ゾンビ無双をする様が見たい、ぜひ見たい、という方がおられましたら見るとよいと思いますが第1話だけでは世界観あんまりよくわからなかったのでおすすめかと言われると何とも言えない。原作制作中国スタッフだそうで、絵柄も日本アニメアメコミ中間といった感じで珍しくおもしろかった。「へー、ゾンビものなんだー」と思ってたら「キョンシー」の一言で我に返る。edは恐らく日本人制作で非常にわかやす日本人(のおっさん)の萌えが溢れており本編とのテンションの差が愉快ではある。



クオリディア・コード

あらすじ:県を背負って戦うぽい。


「ぼくらの」が好きなんだけど、鬼頭莫宏の冷たい目線で「ベタロボットものを描いたらこうなりました」っていう。思えばエヴァだってある種の「リアル」を打ち出した作品だけども、「ぼくらの」もっとずっと「死」が身近でウワワと思ったものです。翻って本作は「子供戦争に駆り出される世界」を描いているんだけれども、そこに「死」のにおいは一切なく、しかしそれが「あえて」であって少しずつ表面化してゆくのならおもしろくなるかもと思いました。何しろあのお姉ちゃんの歌はファンタジック能力を装いながらあからさまに戦意高揚だし、千葉神奈川東京は陸・海・空軍だし、また学生服とは即ち軍服であるダブステップ(今更感もあるが)をbgmに敵をブッ殺しまくっている少年少女を見ていたら、なんだかアメリカ軍人は分厚いヘルメットの中で大音量メタルを聴きながら作戦遂行している、みたいな話を思い出したりして。果たして「9条改憲」だとかいった話が取りざたされる昨今、この作品が放映されているのは偶然なのかそうでないのか。個人的には、より陰惨な展開になることを期待しています



アンジュ・ヴィエルジュ

あらすじ:世界の滅亡を防ぐっぽい。


風呂アニメ。本編24分(op・ed含む)のうち、実に12分(思わず計った)にも渡り風呂に入っている。しかも視聴者を飽きさせないように大浴場、露天風呂サウナ、打たせ湯と種類も豊富日本アニメ界が過去数十年に渡り研鑽を重ねてきた「謎の湯けむり」「謎の光」といったセーフティエフェクト(覚えた)の髄を見た気がする。次回以降もぜひこのテンションでやっていただきたいと思います。見ないけど。片翼のキャラの背後に広がる雲が、失われた翼のように見えるカットはきれいでした。



あまんちゅ!

あらすじ:海に潜るっぽい。


「ARIA」原作アニメも割と好きで、こちらの作品に於きましても「うぴゃー」だかなんだか、あーいつものって感じ。のほほんとした空気をまといながらも見る人を相当に選ぶソリッドな作風であり「恥ずかしい台詞禁止」ってこっちの台詞だわ、といった向きもあるのだが、それも含めて海のように広い心で見ることができれば平和のもの先生の言葉に体の力が抜けてしまったり、ぴかりかわいい! とかツイッターに書いたりすることになる。同じ画面で(各キャラごとに用意されている)デフォルメの顔と素の顔が共存するあたりからも、そういった「差」を乗り越えて全部まるっと母なる海のように受け入れるぞ! という世界観が快い。ちくしょう! なんだかくやしい! と思いながら継続します。ところで勝手に「海女」の話と思ってたけど、どちらかというと「スキューバダイビング」の話なんだろうか。



モブサイコ100

あらすじ:霊を清めるっぽい。


おっしゃれー。原作の人は相当に絵が下手だったような気がするんだけど、下手な絵故の「空白」がたっぷりあってそこにもうアニメーション可能性がみっちみちに詰め込まれ状態である。話がどうとかは割とどうでもよくて「わーこんな絵が! 今度はこんな絵が!」といった楽しみ方ができます。つくってる方も楽しいんじゃなかろうか。個人的にはハマらなかったけど。


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以上、2016年・夏期アニメ14本の第1話を見た感想でした。

視聴継続は「甘々と稲妻」「天鏡のアルデラミン」「NEW GAME!」「あまんちゅ!」の4本。

今までアニメ新番組の第1話を全部見る、ていうのやったことなくて、

さすがに全作品は無理と思ってできる範囲でやってみたが大変に疲れた

それにしても、これだけの数と品質アニメが毎週無料放送されているとは、

なんて贅沢なことだろうと思いました。日本人でよかったね! おわり。

2016-07-02

自分も大概なクズコミュ障だが、その自分から見て「ああ、真性のコミュ障ってのはこう言うのを言うんだな」ってのを前職を辞める直前で見かけたので備忘録がてら書き連ねる。

対象

転職してきた新人男40台前後経験社数10弱。

香水臭い

ありえない程匂いのきつい香水をつけてくる。どれくらいきついかと言うと20畳程はあるだろうかフロアがその匂いで充満する程きつい。体臭等の理由があるのかもしれないがそれでも度を過ぎていた。隣りに座っている自分毎日匂いのきつさのあまり頭痛に襲われた。


■やたら細かい所にこだわる、自分意見を曲げない、人の意見を受け入れない

その会社では作成した画像正式納品物以外は透かしを入れていた。持ち逃げ対策しかしこれが気に食わないらしく「なんでこんなことをするんですか、必要ないでしょう」と言って聞かない。持ち逃げ対策事業部当初からの慣例だと言っても「そんな必要はない」と言って一歩も譲らない。

最終的に「そこは議論時間をかける必要もないし、これ以上時間をかけるのも無駄からこの話はしない」とはねつけたんだが、そうすると「そんなレベルの低い話をしたくない」と尚も食い下がる。もううっとうしいから言ってることを無視して自分作業に戻ったがこれが1週間ほど続いた。ありえない。

それだけでなく、自分は見聞でしか無いが経理側の慣例となっている作業に噛み付いて、そこでも2時間程お局とぐだぐだやりあったらしい。そこでも「レベルが低い」発言が何回も飛び出したそうだ。

10社も経験してれば入社数日の自分意見会社の慣例を変えられる訳もなく、それをする為にはまず社内で実績と信頼を勝ち取り、意見が通る環境を整える必要があることくら分かりそうなものだが、それが絶対的理解できず「自分意見絶対的効率的で正しくそれが理解できないのは君のレベルが低いからだ」が思考の基本形式らしい。


物事優先順位がつけられない

ぶっちゃけると、俺はその会社退職までの最低猶予期間である2週間きっちりで辞めるよう手続きしていた。担当している仕事分量は多く、はなっからまともに引き継ぎできるともしようとも考えていは居なかったが、形式としては一通りの引き継ぎをしたと言う「建前」は必要だ。

なので一応ざっとした引き継ぎスケジュールを作り、それに基づいて引き継ぎ作業を行おうとしたのだが、今やっている作業が終わったら引き継ぎ作業を行うから声をかけてくれと言ってから2時間、3時間たっても一向に声をかけてこない。しびれを切らしてこちらから声をかけた時の会話の概要が下記の通り。

「手が空いたら声をかけてくださいって言いましたよね。今までの時間全く手が空かなったのですか?」

はい

いくらなんでも3時間全く手が空かないってことはないですよね?何やってたんですか?」

「(作業説明)」

「それは急ぎじゃないですよね、いつやってもいいですよね?俺、後一週間(※)でいなくなりますよ。引き継ぎ全然進んでないんですけど、その辺分かった上でやってます?」

はい

「分かってるんならどうして引き継ぎの作業じゃなくて、優先順位の低いそっち作業をするんですか?」

「そう言うレベルの低い話はしたくないです」

「(またそれかよ)」

※…上記のようなやり取りが延々続いており、引き継ぎ進行率は残り1週間で切った所で20%もなかった。


■人の政治宗教信条にズカズカ入り込んでくる

俺は30代後半で子無し嫁無し家庭無しだ。主原因は俺のコミュ障にあるのは明らかだが、生まれ育った家庭環境関係もあって結婚と言うものに期待も希望もなく、普段エロゲ、時に風俗で十分満たされており、今後もその生活を変えるつもりは全く無い。

結婚の話になって「俺結婚するつもり無いんですよ」と言われたら、それなりに裏を色々察してそれ以上突っ込まないのが、普通感性の持ち主の反応だと俺は考える。だが奴は違った。

「え?なんで結婚しないんですか?頭おかしいんですか?何かの思想信条ですか?それともなんか宗教的理由ですか?」(入社3日目・原文ママ

相当親しい人間同士の砕けた会話でも、宗教思想信条と言う言葉を使っては会話しないだろう。ましては入社3日目、顔を付き合わせて3日目の人間に聞くべき話じゃない。流石に俺はキレ気味に

「それは仕事には関係のないことだし、それをあなたに話す義務もないし、そんな会話を赤の他人とするつもりは一切ない」

と断言した所

コミュニケーションでしょ、会話でしょう、僕とコミュニケーション取るのが嫌なんですか?」(同上)

と来た。

思えばこの時点で「ああ、こいつ無理だわ」と結論づけて会話に壁を作って、引き継ぎ作業にかなりの悪影響を与えたことが今となっては分かるのだが、当時は香水の臭さとあいまってもはや近くにいるだけで文字通り頭痛を覚えたのは記憶に鮮明だ。



人間落ちる所に落ちる

経歴だけ見れば大したものだった。業界では名が知られた会社を何社も経験していたし、資格欄にもカタカナ英文が踊っていたように記憶している。

一方、その会社は規模は小さく、給料は安く、将来性もない。俺はメンヘラで数社を転々とし「落ちる所まで落ちた」結果、入った会社だ。

なんで大手をやめてこんな所まで落ちてきたのかと経歴だけを見れば思うが、実物を見てみれば成る程「こんな会社まで落ちてくる訳だ」と納得する人間だった。

被った在籍期間は3週間程度だが、それでも「ああ、こいつは絶対に有り得ないわ」と思えるエピソードが他にも多数あった。

例えば、少し物言いがきつい先輩社員に小言を言われた直後、「社長に呼ばれたか作業に戻ります」と嘘をついて30分程姿をくらます等、細かい話をあげればまだまだあげられる。

そいつ普通じゃないことは明らかだが10社近くも経験しているなら、そいつなりには入社1ヶ月未満と言う自分立場を弁えた上で、自分なりの「入社まもない転職組が取るべき当たり障りのない立ちふるまい」をしているはずだ。

3週間はまだその範囲内だろう。地が出てくる1ヶ月後、3ヶ月後、社内で起こすであろうトラブルは俺の想像範疇を超えている。

そうやってどこに行ってもトラブルを起こし、社内での信頼や信用を失い続け、最終的に退職勧告を受けて辞めざるを得ないことを何度も繰り返してきたのだろうと俺は見ている。

ここまで来れば何らかの発達障害を疑い同情して勘案すべきってのが模範解答かも知れないが、それなら相応の診断を受けて、その前提で受け入れてくれる企業に行くべきだろう。

周りに通院を勧めてくれる人間がいないことは当人にとっても周りにとっても不幸なことかもしれないが、それは赤の他人が推測してやらなければいけない事案じゃない。

どれだけ立派な資格を取るだけの知力があっても、コミュニケーション能力がなければそれを生かすことはできないのだと生々しく実感した。

一方、少なくとも技術職に分類される社会人に求められるコミュニケーション能力と言うのは、巧みな会話スキル時事ネタに通じている等ではなく、

・先輩や上司に当たる人間会社の慣例を受け入れ自分の考えをすり合わせること

他人タブーに踏み込まないこと

の二点程度で十分なのだとも思う。

顧客要求を読み取り、技術的に実行の可否の判断必要スケジュールを弾くのはコミュニケーション能力でなく、技術職の「技術」の範疇に入ると俺は考える。



■辛い3週間だったが

同席した3週間はとにかく辛かったが反面教師として得るものは、皮肉なことだが1年程在籍したその会社の中で一番濃く実用性が高いものであったと思う。

引き継ぎは結局ろくにしないまま退職した。社会人としてそれは筋が通ってないと責められる点かも知れないが、それは本筋でないから触れる程度にしておくが、筋を通さないといけないような立派な会社ではなかったと言う点については明記しておく。ならば退職意志を示してから2週間の猶予を持つと言う法律を最低限守っていれば責められる謂れはない。

新しい会社に入って1ヶ月をちょうど過ぎた。まだ試用期間ではあるが、直上の上司である社員からは「もうすっかり馴染んでるね」と評価を貰った。自身ひどいコミュ障である俺にとっては、これはかなり上々な評価といえる。

それには反面教師から学んだことを少なからず活かした結果であると考えている。

根がコミュ障であり引きこもりである俺は頻繁に自己世界に逃げ込みたくなる。その度にその3週間を思い出して踏みとどまる。

2016-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20160616033446

ロン毛だが多少うねってる(雨の日高湿度以外はアイロンストレート

よく美形と言われ水商売勧誘も多かったが実際に入ると大して売れるわけでもない

色白というか青白い

眼鏡はかけてるがかけるとロン毛もあいまって宅八郎と言われる

面は長いが身長は短い(息子は普通

どっすかね!

2016-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20160606165133

増田は「百万回生きたねこ」を知らないのかな?

僕の友達は、もう20歳にもなる老猫を飼っていたんだ。その猫は、毛もバサバサで体もボロボロ。歩くのもヨタ付くくらいで、目も良く見えていない様子だった。

しかし、それでも夜になると、飼い主である友人の枕元に訪れ、「お布団に入れてください」とせがむような猫であった。

その猫がある日目を覚ましたかと思うと、か細い声で精一杯に友人を呼んだ。

どうしたのかと慌てた友人に、猫は力一杯のジャンプでひざの上に乗り、抱っこをせがんだ。

そのとき友人は悟った。これが猫との最後の別れとなるだろうことを。

友人は、猫を優しく抱きしめると、腕の中で丸くなる猫の動画スマートフォンカメラ撮影した。

力いっぱいに尻尾を振る猫。しかし、その力もだんだんと弱まっていき――

しばらくすると、ついに猫は動かなくなった。急速に失われていく猫のぬくもり。

――友人の猫は、友人より一足先に遠い国へと旅立っていった。

友人は一日中泣いた。次の日も泣いた。食事ものどを通らなくなった。

そして数日が経ち、猫もペット葬にて弔いが完了し、骨壷だけになったかつての家族を見て友人は思った。

自分の手元には、猫が生きたという証たる映像がある。これを忘れない限り、猫は誰かの中でずっと生き続ける」と。

友人はyoutube動画投稿した。悲しみを癒すためではない。悲しみを共有する為でもない。

「猫が生きていた」ことを世界中の誰かに記憶してもらうためだった。

動画再生回数は100万回に達した。世界で百万人もの人が、友人の猫の動画を見たのである

即ち。友人の猫はそれぞれの人の中で、百万回生きた。

「百万回いきたねこ」というのは、このような現代エピソードを基に作られた絵本である

猫を飼ったことのある人には角度とかあいまって結構涙腺に来るといわれている。

「不死」ということは、必ずしも死なないことを意味しない。本論のような「記憶から消えない」ことも、また不死の一種と捕らえることは出来ないだろうか?

2016-05-18

[]小島アジコ アリスインデッドリースクール

作者のはてなブログ宣伝されてるの見て読んでみたいなと思ったけど買うには至らず

ブックオフで何度か見かけてパラパラとめくってみたけどどうも面白く感じられずに読みきれず

なんだろうな・・・801ちゃんはまだ読めたんだけど

登場人物が多いのと、作画が雑なのがあいまってすごく見づらいからかなあ・・・

4コマなんだからサクサク読みたいのにごちゃごちゃしててすごく読みづらいんだよなあ

4コマコマ割りしたストーリーものから読み飛ばすこともできないし

うーん

よっぽどヒマで時間精神的余裕がない限りは読めないなあ

2016-05-17

未成年カラオケセックス事案の動画

オレ、とある映像権利会社素人ハイアマセミプロ)が撮影した自然とか風景動画を買い取る仕事してる(この時点で業界人ならバレるw)んだけど

普段北海道の大自然とか沖縄の星空、モデル撮影とかの映像ロイフリ素材として売る)を買い取るがメインなんだけど、

ときどき児ポくさい動画の売り込みの電話来るんだよね。

てか、普通メールで売り込みが来るから電話で来た時点で「お、怪しげな動画かな」と身構えるくらい。

で、よくあるのがカラオケとか漫喫でのセックス事案(らしき)動画

無駄リスク取りたくないから実際に動画を目にすることないけど、

相手の売り文句が「カラオケ店で制服少女が云々」「漫喫若い女子大生風の云々」ということだから

たぶん未成年を含む若者セックス動画なんだろうと予想している。

(ちなみに、うちの会社では合法非合法に関わらず、ポルノ動画は一切受け付けていない)



実際、一昔前に監視カメラ撮影されたとおぼしきエロ動画ネットに転がっていることもめずらしくないし、

最近カラオケ店やラブホ危険ドラックとかの取引場所にされないために頭上以外にも監視カメラを置くこともあるらしいから、

監視カメラの高性能化もあいまって、なかなかクヲリティの高い盗撮動画になっていることだろう。

盗撮被害といっても、男の方は大した被害はないんだろうが、

女の方は知らぬ間にどこに被害届を出したら良いか分からんリベンジポルノ風の何かの被害にあってるんだから

監視社会というのは怖いもんだと思う。



一昔前なら野外でやろうが、どこでやろうが、その行為大衆の目にさらされることなんてまずなかったのにな。

どのみち、中高生同士のセックス動画はどう考えても児ポ法に触れるから

カラオケ店やラブホの個室内に監視カメラつけるのはいいとしても、動画流出に気をつけないと

最悪、経営者逮捕されかねないと思う。バイト連中なんて何の考えもなしに動画流出しやがるだろうしな。

2016-05-05

ホテルカリフォルニアと2人のギタリストについて僕が知っていること


ホテルカリフォルニア後半のツインギターを聞いていると、何か物悲しく、切なくなる。思いを馳せるのは、2人のギタリストのこと。


2月のある日から突然、毎晩のように、頭の中を「since nineteen sixty nine 」というフレーズが流れるようになった。原因はわからないが、たぶん病気じゃない。グレンフライ氏の霊が関係しているのかもしれない。それまでイーグルスのことは何も知らなかった。



そしてここ3ヶ月、ほぼ毎日ホテルカリフォルニアを聞いている。




リードを務めるならギターでもヴォーカルでも奔放さが特徴のジョーウォルシュ。イーグルスに加わる前から別のバンドソロでも活動していた典型的ロックギタリストで、いくつかのヒット曲や、独特のパフォーマンスあいまって、そこそこ知られていたらしい。しかし、


ことホテカリに関して言えば、ドンフェルダーというもう一人のギタリストと一緒に語られることが多い。その2人による、曲後半のツインリードの掛け合いがあまりに素晴らしかたからだ。ドンフェルダーはホテカリ作曲者の一人で、ジョーウォルシュが加入したことを受けて、ツインリードの曲を考えたそうな。彼の演奏はとても緻密、ジョーウォルシュとは対照的だ。



初めてホテルカリフォルニアをちゃんと聴いたのが ’77年Washington, D.C.ライブ映像で、一瞬で2人の演奏の虜になってしまった。



ドンフェルダーは ’75年ぐらいからジョーウォルシュのソロコンサートに参加するようになり、実は、あの素晴らしいデュエットは、その頃から2人で築いてきたものであることを、その後知った。


ジョーウォルシュ作「Turn to stone」というハードロックな曲がある。レコードにも3つバージョンが収録されていて、わずか4分のものから8分のものまで、ライブを合わせると無限アレンジがある。ドンフェルダーとジョイントしてほどなく、後半はほとんどツインリードのための曲となってしまう。ホテカリ同様、歌が終わった後半、ドンフェルダーのリードギターに始まり、徐々に2人の掛け合いに流れ、最後ジョーウォルシュのリードで終わる。


2人の掛け合い、その様子はまるで、タンチョウ鶴の求愛ダンスだ。高音でハモり、その同じリフを交互に鳴らしあう。いくつかのライブでどれとして同じ演奏はない。そのときの気分次第という感じだ。



楽器や歌でハモったり掛け合いをするとき感覚は、体験した人には分かると思うけど、恋をしたのに似たような高揚感や一体感があると思う。


からテカリのあのリードギターの掛け合いは、2人にとって、きっと忘れがたい記憶のはずだ。




その2人のデュエット確認できたのは ’95年のライブ映像最後だ。映像なしだと ’00年が最後。そこでも彼らのハモりは美しかった。わけあって、ドンフェルダーは ’01年にイーグルスを脱退(解雇された)し、その後はソロ活動している。ジョーウォルシュのほうは今もイーグルスに在籍しているが、相手役はドンフェルダーに代わってバックミュージシャンであるスチュワートスミスになった。



スチュワートイーグルスメンバーではないというスタンスを頑なに守るかのように、ひたすら目立たぬように演奏している。だけど、ドンフェルダーの代わりのリードから、多くの曲でジョーウォルシュより目立つ部分を弾くわけで。ホテカリでもイントロと同時に一番最初スポットライトを浴びるのはスチュワートだ。それでもいつもメンバーとは少し距離を置いて、ギター職人に徹している。



そういうこともあってか、ジョーウォルシュもスチュワートとどう連携していいか、いつも悩ましそうに見える。そしてドンフェルダーとの演奏のような一体感を感じているようにはあまり見えない。かたや、


ドンフェルダーは、ずっとソロ活動をしている。いい感じにロマンスグレー(って死語?)になり、ステージはいつも神父のような笑みを浮かべて演奏している。イーグルスライブでは1曲も彼のヴォーカルを見たことはないし、しゃべるのも見たことがない。のに、歌ってる。歌えるじゃん。彼は、


ライブTV番組でホテカリ演奏しているが、ある番組ではアコースティックギターフォークギター)で一人演奏していた。ジョーウォルシュのパートも一人2役で。あの最後ハモりも一人で弾けちゃうんだなぁ、彼は。エレキクラシックではなくフォークギターでは難しいはずの、色んな技を次々繰り出すのを見て、観衆もそのたびにヤンヤンヤとなるのだけれど、ジョーウォルシュと2人でハモっていたはずの最後の部分、悲しい響きに感じるのは僕だけか?



’75年から’77年にかけての2人のデュエットを見たことがあれば、、、



微笑みながら、ドンフェルダーはどんな気持ちで弾いているんだろう? 昔、相方と弾いていた日々を思い出しながら? それともイーグルスを脱退するに至ってしまったことへの後悔? 僕には知るべくもないけれど、あの物悲しい旋律がなんとも彼の心情を表しているようにしか思えない。


2016-02-28

君はサブカルストリッパー「栗鳥巣」を知っているか


ストリップを見に行ったら筋少初音ミクかまってちゃんが流れて驚いた、という話。

かなり長文です。



ストリップ」というものを見たことがなかった。

なので、2016年1月某日、都内とある小屋へ行ってみた。

初めて触れた「ストリップ」という文化についても色々思うところはあるんだけれども、

ここでは自分の初のストリップで強烈な印象を残した「栗鳥巣」というストリッパーについて書きたい。



その前に、まず当日のショーの流れを説明する。

なお、これは自分が見に行った小屋での話なので、

しかすると場所によって違うところもあるかもしれない。

まぁ、だいたい同じようなもんだろう。



小屋10時に開場する。開演は10時半である

出演者は5人で、一人あたり30分の持ち時間がある。

30分のうち、前半15分は音楽に合わせて踊る。いわゆる「ストリップ」のイメージ通りのやつ。

後半15分は写真撮影時間となっており、お客さんの好きなポーズで、あるいはツーショットで1枚500円。

撮影希望者がいなくなったら最後に軽くもうひと踊りして終わり。

というのを5人が順番にやったら、全員登場のカーテンコール

これを1セットとして約3時間、日に4セットやって23時ごろに閉幕となる。

ちなみに客は一度入場料を払えば、入退出自由となる。



問題は「前半15分のダンス部分」である

ここについてはどうやら選曲振り付け、おそらく衣装ストリッパー自身裁量に委ねられているらしい。

まり各人の個性というか、センスが問われるわけで、実際、ストリッパーそれぞれにまったく異なるショーだった。

ある人は「いかにも日本的アイドル」を演じ、

またある人は「フラメンコステップを踏む妖艶な婦人」を演出し、

またある人は「K-POPアイドル」に終始した。



それで件の栗鳥巣はなにをしたかというと「サルに扮してのロープ芸」だった。

天井のフックにロープを引っかけてブラブラしたり、なんというかアクロバティックな見世物だった。

bgmはずっとサルに関する曲で、しょっぱな筋少の「おサル音頭」が流れた時は内心苦笑した。

申年だしね。この人はそういう芸風の人なのね…」くらいにしか、この時は思っていなかった。



さて、一人のストリッパーは日に4回ステージに立つと先に書いたが、

4回とも同じ内容ではなく、2種類のショーを交互にやるということには見ていて気付いた。

そしてショーの中には「あるコンセプト(アイドルとか)のもとひたすら踊る」パターンもあるが、

ストーリー仕立て」になっているパターンもあることも知った。



これは大変難しいことであると思う。

音楽衣装ダンスだけで物語表現してほしい。15分で。脱ぎも入れて」というのは、

なんの知識も手ほどきもない人に突然できるものではないだろう。



実際、その日のショーでも物語を取り入れたものはいくつかあったが、

話の流れで「服が脱げてゆく」のが自然であったためしはなく、

「そこでなんでおっぱじまっちゃうの」といった突っ込み所満載のものとなっていた。



そういった突っ込みが無粋で野暮なのはわかっている。

わかってはいるが、やっぱり思っちゃうである



そして栗鳥巣の2回目のショーが始まった。

衣装はさっきのサルではない。

イヤーマフからアンテナが伸びている。

まず流れた曲は初音ミクだった。

カクカクとした動きのダンスあいまって

そうか、彼女ロボットなんだな、と気付いた。

曲が終わり、彼女イヤーマフダイヤルを回し始めた。

ラジオチューニングするような音がして、

古風なロックが流れた瞬間、彼女は手を止めた。

彼女」は音楽に、「ロック」に出会った。

カクカクとしたダンスは少しずつ有機的になり、熱を帯びていった。

そしてラストに「ロックンロールは鳴り止まないっ」が大音量で流れはじめた。

彼女は服を脱ぎ捨て、ほぼ全裸になって自慰に耽るのだった。



ロボット音楽を知る。ロックを知る。人間的な熱を知る。

そのショーは、性行為で「人間らしさ=エロス」の発露を表現するという、

しっかりとした物語になっていた。



整合性があるというと大げさかもしれない。

話としてもベッタベタかもしれない。

ただ、下手すると「脱いどきゃいいんだろ」ともなりかねない世界において、

物語整合性を追求する」人がいることに驚いたし、

正直なところちょっと、いやかなり感動した。

この人の舞台は、また見に行きたいと思った。



余談だが、ご本人はアニメが好きだそうである

また選曲もだいぶ偏っていらっしゃる

ただそういったことよりも(そういった部分も含めてだが)

物語整合性なんて誰に気にしちゃいねぇ」のが主流であろう世界において、

自身のこだわりを強く反映した作品づくりの姿勢を感じたので、

サブカルストリッパー」とした。

2016-02-20

若者投票率を上げるには

日本の年齢別投票率格差世界二位、「国政選挙における高齢者の高い投票率は、人口に占める高齢者割合の拡大とあいまって政治過程に影響を与え、高齢者に過当に利益を与える社会政策カットしようとする政府に対して、選挙による制裁を課すというリスクの拡大にむすびつく可能性がある。」と言われている。このままでは老人にだけ利益を与える国日本はこれから悪化していくばかりだ。

老人の投票率が高いのは、目先の年金を削られたりしたら即生活にひびく、医療介護が高額になったら死ぬ年寄りに金を回させなければならないって切実な理由があるからだろうが、若者はそもそも無気力選挙に行っても変わらないとか選挙の力を知らない、それ以前にどこに投票すればいいのか解らない圧倒的無知があると思う。

例えばスウェーデンでは1020代投票率が79%だ、若者政治への関心は高い。

理由ひとつと言われているのが国政選挙の際に中高生相手に行われている学生の模擬選挙生徒会が中心になり授業で政党について学んだり政治家学校に呼び話を聞く。

民主主義積極的に参加することを学ぶ。

教育現場から若者意識を変える必要があるのではないだろうか。

2016-01-29

http://anond.hatelabo.jp/20160129061824

それはあるな。

多数派とは違う異質なものに対しては、自己防衛本能あいまって警戒、敵対排除感情が湧く。

叩かれて自己評価が下がらないよう、保身に走る人間が多数誕生する。

そしてその保身に走る人間が、部下に対して評価をちらつかせて思い通りに操り、少しでも気に入らないことがあれば評価を下げ、昇進等飛躍を妨害自分立場を守る。

これが今の日本社会構造

2015-12-30

子供たちの「慰安婦

当方大学生実家朝日新聞購読だ。小さいこから新聞テレビで、日本隣国韓国の間には「慰安婦問題」というもの存在していることを知っていた。どうやら、慰安婦問題は、戦争中に日本やらかしたマズいことの一つらしい。しかも、お金時間が解決してくれるたぐいのものではないようだ…

しかし、「慰安婦」とは何だろうか。「慰めて安心女性」…? 新聞は、政治的合意韓国世論報道しても、「慰安婦」が何なのかはまるで報道しないじゃないか。

この疑問に答えが見つかるのは、インターネットを通じてアダルトな知識に汚染されてきた頃である。ああ、慰安婦って旧日本軍性的なアレを強制されたわけね…そりゃああんまりだわ大日本帝国新聞がモゴモゴとごまかしていたのも納得である

さて、今慰安婦関連の報道を見ると、「性的サービス」それ自体言及するものは少ないものの、随所随所のwordingに、それを連想させるような工夫が施してある。そういった報道を見た人たちは、自分たち想像する「強制的な性」のイメージと重ね合わせて、慰安婦の残虐性を理解する。この事情日本韓国も同じだろう。まさか韓国の歴史教科書二次大戦のところだけR18というわけにもいかないだろうし。

こういった教育報道スタイルは一つの問題をはらんでいる。それは、実際のところの慰安婦の実情に関する(議論はあるにしろ)知識を持っている人は、日韓関係に関心がある人だけで、それ以外の大多数は、自分の中でしか慰安婦」のイメージを持てないことだ。

こと性的意識については、タブー感もあいまって未だグローバリゼーションからほど遠い状況にある、隣国である日韓でも、儒教的世界観の強弱や出版物に対する規制の変遷などの点で、二国が共有する「性」のイメージほとんど存在しない。それどころか国内でも、世代地域社会的階層によっても、性的ものに対する意識というものは如実に異なる。

慰安婦について直接に言及しない報道スタイルは、こうした違いをそのまま包摂してしまう。しかし、報道の受け取り手自分の「慰安婦」のイメージを口に出すことはないから、その違いが表面化することはない。それでも、「慰安婦」という共通の言葉の中にある、意味論的「慰安婦」は、日韓関係専門家陣が創造できないほど多様なのではないだろうか。このことは間違いなく今後も「国民合意」の形成障害になることだろう。

2015-12-17

[]手塚治虫シャチの詩(うた)(ブラックジャックより)」

前置き

1巻2話。

あらすじ

自宅がある崖の下の浜辺を歩くBJピノコ

貝殻を拾うピノコを、もっといい場所があるとBJ入江に連れて行く。

その入江の潮溜まりの底で、ピノコ真珠を見つける。

昔の女!?と怒るピノコに、「友人」との思い出を語り出すBJ

友人とはシャチ

5年前、崖の上に家を建てたばかりの頃。

ピノコもおらずひとりぼっちだったBJに初めてできた友人だった。

入江で傷ついていたところをBJ治療され、その後もたびたび同様に治療を受けにきては、

お礼の真珠を持ってきていた。

しかBJは、そのシャチが町の居酒屋で漁場荒らしをしているシャチで、近々大規模な捕り物があると知り、

以後傷ついたシャチがきても治療はしなくなる。

それでもシャチは、何度も真珠を持ってきては入江BJを待っていたが、結局入江で力尽きた。

それだけの話さ、と韜晦するBJに、

「もう私がいゆからひとりぼっちじゃないわよねえ?」と言うピノコ

BJは何も答えずにピノコと並んで浜辺を後にするが、

その後ろには確かに二人分の足跡が残っていた。

感想

シャチがどうして漁場を荒らしたかがわかんなかった。

ただ単に荒らしてただけなのかなあ・・・

このときBJも、寂しさもあいまって人間一般社会)のことをまだ考えてた、みたいな感じなのかなあ・・・

今同じ状況になったら、何度でも治療しそう。

んなことない?

やっぱり今でも人間に害をなすものだったら容赦はしない、かなあ・・・

ピノコor印象に残ったセリフなど

真珠のところで昔の女でしょ!みたいに怒るピノコに、ローマ字で「AMARINIMO HIDOI KAO」って書いてあってワロタ

あとは最後ピノコが「私がいゆからもうひとりぼっちじゃないわよねえ?」って言うのと、二人で砂浜を帰っていく足跡が残っている描写がよかった。

ちゃんと来るときには上からきてるし、帰るときは背を向けて読者から見たら上に帰っていってるんだな。

ランキング

1.白いライオン

2.シャチの詩

3.えらばれたマスク

4.報復

2015-10-22

グリコ乳業プッチンプリンオーレ』

今更ながら飲んだ感想

http://www.ezaki-glico.com/news/2015/0903/image/p_puttinole.jpg

デジャヴュと言うかデジャ飲とでも言うか、記憶にある味。

あれだ。

ダイドーの『こんがりミルクセーキ』。

http://pds.exblog.jp/pds/1/200810/30/98/f0058098_224569.jpg

http://peepshowg.exblog.jp/9533196/

あれを冷で飲んだ感じ。

それまでの缶入りミルクセーキに有りがちなシナモン臭さが無く、ブラウンシュガーあいまって液体プリンのような味だった。

一時期PETボトル入りも発売されてコンビニホットウォーマーにまで進出したんだけど

リニューアルされて水臭い薄い味のミルクセーキになってしまい、『こんがりミルクセーキ』は消滅。

好きだったのにな。

この際、グリコが『プッチンプリンオーレ』の缶入りか加温用PET入り作って、冬に向けて販売してもらえないだろうか。

でもグリコは缶飲料PET飲料自体製造してないか。

プッチンプリンオーレ』自体期間限定のキワ物扱いだし。

懐かしい好きだった味を思い出したのに残念だわ。

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