はてなキーワード: 婚姻とは
弱者男性論はフェミニズムへのカウンター・ミラーリングから生まれた概念で、だからこそカウンター・ミラーリング以上の社会的意義を持たないし目的もないというのは正しいと思うし、そのカウンターとしての意義すら見失ってしまった「あてがえ論」や「女性の教育や社会進出を制限」などという時代錯誤な意見は論外だと思う。
そういった過激な思想を取り除いたとしても弱者男性論は結局の所かわいそうランキング向上運動でしかなく、弱者であるから優遇されるべきだ、弱者なんだから強者(女性)への攻撃は正当化されるといった外部への責任転嫁に終止してしまい、その「成果」を得るためにますますかわいそうランキングを向上しようと自身の弱者性をアイデンティティにしてしまう矛盾に苛まされることになる。だからこそ、弱者男性論に解決すべきイシューはなく救いようはないという意見や反論もわかる。
そうは言ってもフェミニズムという性別による差別に戦ってきた先輩の方法論に学び、弱者男性という階層・集団が発見され名前がつけられたことは意義があったんじゃないだろうか。名前があることで初めて対象を考察できるようになる。弱者男性の存在を頑なに認めない人もいるが、課題があることを認めることはそれを即時解決しなければいけないことを意味しないし、ましてや解決していないからと咎められることもない。人間できること・やれることには限界がある。まずは「弱者男性」という概念があることだけでも認識されれば十分な気がする。
そんな非モテ弱者男性を本当に救うのは、あてがえ論や女性の社会進出の制限など女性の権利を押さえつけることではなく男女平等を実現することではないかと思い至ったので簡単に書き下してみる。この増田では上でも書いたとおり特に非モテにフォーカスした非モテ弱者男性論について書くので低収入等については考慮しない。一般に弱者男性とモテの話が切り離せない理由、弱者男性論が女性に向けられる理由も同時に書こうと思う。
フェミニズムや反女性差別の本丸の一つは間違いなく所得格差だろう。具体的な数字もありわかりやすく、女性の社会進出の指標としてよくあげられる。実際のところ、正規雇用社員において女性の所得は男性の75%程度に留まると言われており、男性と同一の労働でありながら女性であるからという理由で所得格差がもたらされているとすればそれは差別的と言える。
たとえば、統計的に女性の20代後半から30代の離職率が高いので女性という属性によって雇用を渋ったり昇進を阻んでいるとしたら、それは犯罪率が高いという理由で男性保育士の雇用を渋るのと同様に差別的だ。
グラフやデータはほしい結論を仮定して読むと見誤る。女性の所得が低いのは女性が差別されているからというのは本当だろうか?女性自体が高い所得を望んでいないとしたら?日本の女性の幸福度は男性の幸福度に比べて著しく高い。目的と手段を取り違えてはならない。大金を手にすることが目的ではなく幸せに生きることが本質的であり金はそのための手段に過ぎない。日本の女性は稼ぐ必要に迫られずとも幸せになれるからそもそも稼ぐ必要がないということはないだろうか?逆に男性は「稼がされていて」それゆえに不幸で、女性は労働から解放されていて「稼ぐ必要がない」ゆえに幸福なのではないだろうか?
仮に実際に稼ぎたかったとしても女性は稼ぐ努力をしているだろうか?非モテ弱者男性が悲鳴を上げているとき真っ先に投げかけられる「モテる努力をしていないのでは?」「だからモテないんだ」という言葉、そのまま返ってくることは考えなかったのだろうか?まさかキラキラ文系キャンパスライフみたいなことをしてなんの学も積まずそれゆえに「パンプスを履かされる」ような労働しか選択肢がないことを差別などといっているのだろうか?低い職業能力しかないから容姿が問われるような目にあっているというぐらいの想像力もないのだろうか?女性性を求めず、責任に伴って高い給与を与えてくれる仕事なんていくらでもある。
シンプルな話として、そんなに稼ぎたいならなぜ女性は理系を選ばないのか?少なくとも稼ぎたい女性であれば実際的に稼げる能力やそういったキャリアパスに投資すべきだろう。理系修士・博士女性の知人友人なら年収1000万程度かそれ以上も珍しくない。
成果物を求められる仕事は成果物こそが全てだ。愛想笑いでは機械は動かない。そういった世界では性別なんてものは些末で、結果を出す人間こそが正義だし高い対価も支払われる。なぜそれを目指さないのか?「稼げる努力をしていないのでは?」「だから稼げないんだ」と言われても仕方ないのではないだろうか?
フェミニズムや反女性差別の文脈で特徴的な表現に女性の性的客体化や性的消費というものがある。性的客体化はものすごく簡単にいえば「女性をモノとして扱うこと」「女性の主体性を認めないこと」である。
女性に限らずだが同じ人間を人間として認めずモノのように扱うのはまったくもって不当であるし、そういう風景を見るのも不快に感じる。そして女性がそのような人間的でない、男性の性欲を満たすためのモノ扱いを受けるといったシーンは見たり聞いたりする。そういった加害者と戦うべきだ。書くのも嫌だがいわゆる「ヤリ捨て」といった言葉などにもあるように、モテ強者男性が女性をモノのように扱うような話は枚挙にいとまがない。ではフェミニストや女性はモテ強者男性と戦っているだろうか?
これはトートロジーではあるがモテ強者男性は女性にモテるのだ。すなわち、なぜかフェミニストや女性は自らを性的客体化するモテ強者男性を攻撃しない。それどころかモテ強者男性に群がっているのだ。つまり女性の性的客体化を積極的に支持しているのは女性自身という矛盾が生じる。そしてなぜか女性には触れることも会話することも早々にかなわない非モテ弱者男性を攻撃するのである。
フェミニズムの文脈ではこの性的客体化の不自然な適用がしばしば行われる。いわゆる二次元女性に対して「これは女性を性的客体として扱っており、そのような表象は女性の累積的な抑圧経験の強化につながる」と。たしかにこういった表象は男性をATMに例えたり年収で評価するようなことを公の場で発言することで直接的な男性の経済的客体化・モノ化と同様抑圧的かもしれない。
このような過激な言説は一部の極端なフェミニストの行動であり大半の女性はそのような攻撃的なことは行っていないと思うかもしれない。しかし様々な研究で明らかになっている通り女性は男性の上位2割程度にしか魅力を感じず、そして魅力を感じない非モテ弱者男性8割についてはその行動の如何に関わらず不快だと感じる。席替えで非モテ弱者男性が隣の席になったからと泣く女性がいた場合、加害者はどちらだろうか?
このような非モテ弱者男性を積極的に排斥しようという女性の本能的欲求が、相手を求める男性の「正(+)の性欲」に対して相手を排斥しようとする女性の「負(-)の性欲」と表現されたことは記憶に新しい。
この負の性欲と「女性が不快と思ったら加虐」とされるセクハラ・性的消費という概念の組み合わせは非常に強く、何をやっても女性に不快と思われかねない非モテ弱者男性は女性の気分を少しでも害したらセクハラだと指弾され社会的に抹殺されかねない。
女性は男性に対して身体的に弱いため男性が近くにいると恐怖を感じるという話と同じように、非モテ弱者男性は女性からの中傷やセクハラ指摘ナイフによっていつ刺されるか常に怯えながら生活しているのだ。悪いことに、暴力を振るえば逮捕は免れないが、セクハラ指摘なら非モテ弱者男性を社会的に殺してもなんの罪にも問われない。
これが弱者男性論が非モテと不可分であることの理由である。モテの量は女性の感情的な加虐性からの盾であり、非モテであることは女性からの加虐を受けることを直接的に意味する。そしてその意味において現代日本の男性はほとんどが弱者男性であり、結婚していても「本当に結婚したかった男」にはなれずATMとして扱われたり旦那デスノートで罵倒されたり托卵されたりなど被虐される立場にあるのだ。あてがえ論は女性の人権を制限するという意味でもまったくもって荒唐無稽であるが、同時に弱者男性の救済にも値しない。
ここまでだらだらとフェミニストの主張や女性差別について考察してきた。端的にまとめると現代日本では一般的に女性は理性的に行動ができず本能を抑えることができない野蛮で怠惰な状態にあるということが言えるかと思う。そしてそれが非モテ弱者男性という女性に加虐される被差別階級を生み出している。
しかしここで短絡的に「だから女が悪いんだ!女はダメなんだ!」と思った方々は少し落ち着いてほしい。これは上記のあくまでごくごく僅かな例から一般化した話であり、女性のすべてがそのように振る舞うということを意味しない。今短絡的に怒りに飲みこまれたあなたより遥かに理性的で、高い成果を上げ人類に貢献してきた女性はそれこそ星の数ほどいるだろう。すなわち「女性であること」は「理性が弱く本能を抑えることができない野蛮で怠惰な状態」の必要条件でも十分条件でもない。つまり弱者男性論に散見される女性叩きではなにも解決しない。そうではなく、現代日本の女性がそのような野蛮で怠惰な振る舞いをしてしまいがちな構造的な問題があると考えるべきだ。
そしてその構造的問題を解消できれば、女性が理性的で主体的になり男性同様本能を抑えられるようになることが期待できる。そしてそれは非モテ弱者男性にとって本質的な救いになりうる。
社会が男性に本能を抑制するように要請することで近年の社会秩序の発展と女性の地位向上がなされてきたように、女性が本能を理性によって抑制できるようになれば女性による非モテ弱者男性への中傷や排斥的加虐が抑えられ、何度も訴えられてきた非モテ弱者男性の消耗した自尊感情や社会とのつながりの回復も期待できるだろう。
では、女性が本能を理性で抑制できず野蛮になってしまう構造的問題とはなんだろうか?おそらくそれは男女の不平等だろう。
未だに「女性が高学歴だと結婚できない」「男性は自分より所得の多い女性と結婚したがらない」「女性は家事と愛嬌」といった女性に対する社会的抑圧は残念ながら存在する。そしてこのような女性の教育や社会進出を推奨せず結婚して扶養されることこそが幸せだという価値観の押しつけは女性の教育・社会進出を阻害するだけでなく、そういった過程で培われる理性的思考や主体性を女性から奪ってしまう。同時に女性に「私は社会から抑圧された」という言い訳を与えてしまい努力するモチベーションを失わせて堕落させてしまう。こうして本能のままに弱者男性を攻撃排除し被害者面をしながら強者男性に媚びを売る怠惰な女性が構造的に発生してしまう。繰り返すが彼女らにその責任はない。構造的問題は構造的に解消されるべきだ。
ではこれらの慣習を打破し、男女平等を実現して女性に理性的になってもらうにはどうしたらよいだろうか。高度化した現代では教育の水準がある程度強く所得に影響しており、経済的事由によって教育を受けるインセンティブを設定できる。すなわち女性が「稼がねば」と自ら思うような状況を生み出すことで、必然高い教育を受け理性が鍛えられ本能を抑制できるようになることが期待できる。
ではどうやったら女性が「稼がねば」と思うようになるだろうか?わかりやすいのは婚姻制度にメスをいれることだ。しばしば「女性は婚姻制度で楽をしている」「理解のある彼くん」と批判されるように、女性が男性の収入に依存する構造が女性を怠惰に堕落させ社会進出を阻んでいる。ひいては最初に上げた所得格差などを温存する結果となっている。
そのため女性が男性の収入に依存できないようにし、女性自身が必死に「稼がねば」と思うように法律を修正するのが効果的なはずだ。たとえば
このように、女性が男性の収入に依存するための多くの法律や制度が存在する。基本的にこれらの法律の修正をしたとしても「一人暮らしが二人」の経済状況とは変わらないため、女性がきちんと社会進出し労働し稼げている限りにおいて女性が極端に不利になることもないはずだ。にもかかわらずこれだけ「女性は男性の収入に依存せよ」というシグナルが法律にまで入り込んでいるのはグロテスクに感じる。女性が社会的制度によって強く婚姻や男性に依存して堕落することを動機づけられてしまっているのは異常だし、社会で活躍したかった・できたはずの多くの女性にとって悲劇と言えるだろう。フェミニストとしても解決したい課題のはずだと思う。
もちろん女性の出産に伴うフォローのための法改正も同時に必要になるだろう。これだけは男性にはどうしようもない。1年間の法定産休・育休と休職期間中の給与保証などの大胆な支援策もあるべきだと思う。フェミニストのいう結果平等はこういった形で強力に推進されるべきだろう。
出産後に男性の経済的支援があるならとパートタイム等の責務の軽い・時間の短い仕事に移ってしまう女性も多いと聞くが、上記婚姻制度改革によって男性依存を断ち切ることで改善が期待できる。男性のように「働かなければ・キャリアを失ったら死ぬ」という緊張感があれば成長意欲も刺激されるだろうし離職率も下がって「女性は30代になると離職するから」などという理由で採用・昇進を渋られることもなくなっていくだろう。
このような先進的な男女平等の実現・婚姻制度の解体によって女性も男性同様社会に参画し、男性に求められるよう女性も理性によって本能を抑え他者への加虐性を抑制することで、弱者男性は初めて「弱者男性」としてではなく「弱者」として男女平等な救済の道に進めるだろう。弱者男性の本質的な救済は男女平等を推し進めることにあるはずなのだ。
そも婚姻とは子供の為にある制度であり、子供を育てないなら必要がない筈だ。
養子を取るか何かして子供を育てたいので同性愛者も結婚できるようにしてくれ、という主張ならばわかる。
だが現状訴えられている同性婚の要望には子供は中心に据えられていないように思う。
「世間に認められたい」などというどうでもいい理由で必要もない事務処理が増えるのは税金の無駄ではないだろうか。
主題からズレるが、一般市民は国や行政になんでもかんでもやれと言いつつ公務員は削減しろと言い続けてきたので、現状コロナの対応が鈍くなっているのを理解しているのか?
人手やそれに対する給与が少なければそれなりの対応しかできない。当然のことだ。
公務員がそんな待遇なので一般企業もそれに倣った待遇を従業員に課す。
巡り巡って自分達に返って来ているのだ。
既婚、未婚の別でみると、急性冠動脈イベントの発生数は全ての年齢層で独身男性のほうが既婚男性よりも58~66%高かった。
女性では婚姻の有無による差はさらに拡大した。独身女性の発作の割合は既婚女性より60~65%高かった。急性冠症候群による死亡率も、男女ともに既婚者の方が低いことが分かった。発作から28日以内に死亡する確率は、既婚者と比較して独身男性が60~168%、独身女性は71~175%高かった。
結婚生活がもたらす充足感や幸福感といった心理的側面も軽視できない。「独身者は抑うつな気分になりやすい傾向があります。これまでの研究で、抑うつが心血管疾患の死亡率に影響を及ぼすことが示されています」と、ラミンタウスタ氏は述べている。
この研究は、「European Journal of Preventive Cardiology(欧州心臓病予防学ジャーナル)」に発表された。
<独自>「50歳が14歳と同意性交で捕まるのはおかしい」立民議員が主張
この記事の議論を政治性抜きにして深掘りたい、法律は門外漢なので頭の中のシミュレーションに過ぎない。
この点は感情とか倫理観、女性の婚姻可能年齢の整合性の観点で反発するブコメが多く、案として性的同意年齢の引き上げが議題として上がっていた、引き上げ年齢としては16か18。
aquatofana id:korsakov 民法改正で、来年4月から女性の婚姻可能年齢も18歳になります。/性的同意可能年齢も16か18に引き上げて良い。自民党曰く、中学生は性行為が分からないので学校では教えないそうだし、十代出産は死亡リスク高い
それに対する懸念として「性的同意年齢に達する下限年齢 ~ 未成年者の上限年齢」の未成年者をどうするか議題として上がっていた。
slimebeth 刑法は条例と違って恋愛免責が無いので下限を引き上げると高1と中3でも高1が捕まるのだが50歳に食いついてる人は相手が何歳(差)までなら免責する条項を新設すべきと思ってるのか高1も捕まえろというのかどっちなんだろ
これはとても興味深い議題で、今の「13歳 ~ 未成年者の上限年齢」の未成年者にも当てはまる。分かりづらいのでこの未成年者を仮にXと呼んでおこう。罪としては強制性交等罪、要は未成年者Xが犯す強制性交等罪という未成年の事件をどう扱うかという話になる。下記の辺りを整理せずに感情、倫理観、結婚可能年齢との整合性で話を進めると、未成年者のために性的同意年齢を引き上げたにも関わらず知らない間に未成年の犯罪者が増えることになる。
最後に、性的同意年齢に達しない未成年者が強制性交等罪を犯すことは可能なのかという議題がある。
もし犯すことが出来ない、つまり、性的同意年齢に達しない未成年者同士の同意性行は問題ないということであれば、性的同意年齢を18まで引き上げれば未成年者から犯罪者を出さないという目的は達せられるかも知れない。ただ、この場合は下記のような悩ましい課題が出てくる。
統計的にそうだよね
https://結婚したい.jp/%E7%B5%90%E5%A9%9A%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC/%E9%83%BD%E9%81%93%E5%BA%9C%E7%9C%8C%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%EF%BC%81%E3%80%80%E7%B5%90%E5%A9%9A%E3%83%BB%E5%87%BA%E7%94%A3%E3%81%AE%E5%B9%B4%E9%BD%A2%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%97/
https://manabi-info.com/japan-0133/
生涯未婚率トップで婚姻率もトップってどういうことだろう・・・
数なら分かるけど・・・
「私はしたくないの、猿じゃないんだからそんなに求めないで。自家発電っていう手もあるでしょ?」
ってことじゃないんだ。
それは射精欲だ。射精欲はたしかにポルノを見て満たすことは可能だ。だけど射精欲は性欲とは似て非なるものだ。性欲の肉体的な面の、さらにその一部を切り出したものにすぎない。射精欲だけ満たしても性欲を完全に満足させることは決して、ない。
この独特のつらさは一体何か。それはもうこの先自分は一生セックスをできないんだな、という絶望感だ。
この先ずっと添い遂げると決めた妻。自分は法的にもこの人としかいたすことはできないし、もとよりそういう覚悟で結婚生活に臨んだつもりだ。ところがこの人からは長い間拒否されつづけている。おそらくこの状況は改善することもないし、もうこの人とセックスすることはないだろう。
射精欲じゃない性欲をキチンと満たそうとすると、法的にグレーなことをするか、離婚しかなくなってくる。別に極論なことはない。本当にそうなんだ。
セックスをレスり側、拒否している側は一時的な性的欲求だろうと高を括っていると思う。だけど、レスられ側が苛まれているのはこのどうしようもない絶望感、閉塞感なのだ。問題を解決しようとすると一生の我慢か婚姻関係の抜本的見直しか、決して積極的に望まない裏切りか、そういった極端な選択肢しか残されていない。しかもこの懊悩を配偶者には全くわかってもらえない苦しみ。
夫は稼げるだけ稼いで、結婚して妻に家事と育児をやらせる。妻に飽きたら適当なタイミングで浮気して離婚する。これが人生一番賢いやり方だろう。 なんでかって?女に家事育児をやらせれば、必然的に女の生涯収入はガクンと落ちるからだ。 子供が成人した頃ならもう手遅れだ。スキルのない40代後半または50台の女が、今まで仕事のみで経験を積んできた同年代の男の収入に敵うわけがない。 浮気をすれば慰謝料や養育費を払うことになるが、収入があればなんてことのない金額だ。 何より相手には収入がないし、法律関連の手続きと言うのはとにかく煩雑で金がかかる。 別居でもいい。籍を抜くまでは婚姻費用を払う必要があるが、子供が16歳以上であれば夫年収1200万、妻年収200万(パートを想定)で夫が払うべき金額は月16~18万に過ぎない。(参考:https://www.courts.go.jp/toukei_siryou/sir
あんま興味を持ってないあっぱらぱーなので用語が間違ってたら文脈で判断してほしい。
外国だと実は自分は6歳の女の子ということに気づいて離婚した子持ち男性、みたいなのも目に触れた。
実は猫です、みたいなのも。
個人的にややこしいし糞めんどくせえ…と思っている。
人付き合いが嫌いなので、外見で大体あたりがつくこと(性別、年齢)だけでなく想像できない内面的な要素まで考慮しろなんて言われたらますます引きこもりボッチが加速する。
いや、今とそう変わらんか。
そしてふとわいてきた疑問。面倒な書き方をするとこう。
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生まれてから7年目、生まれ持っての身体性別は女のA。しかしAは自分は本当は36歳の大人の女性で、セックスが大好きな人間だと気づいた。
幼女にしか性的関心を抱けない、生まれてから36年目、生まれ持っての身体性別は男性B。彼は性的関心を抱く対象が幼女なことを自覚し恥じており、それを表に出そうとは決してしなかった。
A曰く、Bはセックスの相性がとてもいい。それに自分をリスペクトし対等に見てくれるからこちらも彼をリスペクトしている。見かけで判断せず、内面を見てくれた彼のことを世界で誰よりも愛している。彼と共に幸福になりたいし、不幸なことも彼と共に立ち向かい、乗り越えていきたい。
B曰く、自分は幼女にしか性的欲求を抱けないのかと思っていた。Aのことも初めはその肉体からそう見ているのだと言い聞かせ距離をおこうとしたが、彼女の理知的な言葉、何より内面を知り自分は彼女と結ばれるためにこの世に性を受けたのだと理解した。はじめて対等に大人の女性を愛することができ、その愛するAを自分は生涯をかけて幸福にする。
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36歳×7歳。
この婚姻を認めろと言って素直に認められる人は限りなく0に近いと思う。
法律的に問題ない国があり、そこで実際に婚姻が行われることがあったとしても、少なくとも日本人の我々は「人身売買」のような文字が脳に浮かび、本能的に嫌な感じがするだろう。
じゃあ。
36歳×36歳。
どちらかが既婚者であるとか、そういう問題はないとして。どちらも未婚であるとして。
「いいんじゃない? つか許可とろうとすんなよ。いい年しといてさ。おめでとさん」
基本こうだろう。
自認を優先するとこういう問題も起こると思うんだよな。
流れてくるニュースがどうしても強者とされてきたものの自認が弱者側だと気がついた、ってものだから。
例えば、性同一性障害の人に「それは思い違いじゃないか?」「ただ単に変わった自分を演出したいだけだろう?」「そんなのは間違っている、あなたの性別は生まれもっての肉体的な性別である男or女だ、冷静になりなさい」なんて言ってみたらどうなるか。
確実に大バッシングだし、「○○の□□な発言に抗議します」なんて署名が瞬く間に10万人突破しましたツイートがあちこちでされるだろう。
けれど、AとBに対しては同様の発言がAの保護のために許されるし(せいぜい違いは生まれ持っての性別が生まれてからの年月になるくらいだろうな)、Bにはロリコン、性犯罪者、虐待、その他もろもろの中傷はそれこそ10万単位だろう。
「Bに対する厳罰を求めます」「性犯罪の刑罰の厳罰化を求めます」なんかの署名が雨後のなんとやらだし、「7歳の女の子との婚姻を求めるBって誰?本名?家族は?? 調べてみました!」なサイトもほにゃららな筍なんだろうな。
Aの心は無視して、愛する人が犯罪者であるという前提で話が進んでいくのが彼女をどんな気持ちにさせるかを考えないで。
気になるんだよな。
やっぱそれなら子供作る気ない人と子供を生めない人は婚姻不可にしたほうがいいと思うんだよな
その恩恵を受けてる身が言うのはおかしいかもしれないけど、ぶっちゃけ子供生まなくても子供を生み育てるぜんていの福祉が受けられるのはなーまあもらえるモンはもらうけど
婚姻は互いの間に生まれた子もしくはどちらかの連れ子を養育する義務が発生する契約ってだけで、子供を生まないといけない契約ではない
①(夫婦の氏)夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する(民法750条)。
②(生存配偶者の復氏等)夫婦の一方が死亡したときは、生存配偶者は、婚姻前の氏に復することができる(民法751条)。
③(同居、協力及び扶助の義務)夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない(民法752条)。
④(婚姻による成年擬制)未成年者が婚姻をしたときは、これによって成年に達したものとみなす(民法753条)。
⑤(夫婦間の契約の取消権)夫婦間でした契約は、婚姻中、いつでも、夫婦の一方からこれを取り消すことができる(民法754条)。