はてなキーワード: 寒いとは
http://blog.livedoor.jp/kudan9-culture/archives/27926645.html
ネウロも暗殺教室も読んだことはないが、逃げ上手の若君を見る限り松井優征は書き割り(類型)タイプの漫画家だなあという気はする。
書き割りを極端にすると例示されている嫌煙家のようなキャラクタが誕生する。こう書くと書き割りが悪いことのように聞こえるかもしれないが、それはひとつの表現手法であり上下も巧拙もない、と思う。
書き割りは類型であるがゆえに読者に「つかませやすい」し、その上にキャラ固有の内面や奥行きを見せることで魅力を上乗せさせることもできる。これだけ創作物が溢れかえっている世の中で新しい作品を読者に読ませることは容易ではない。キャラに限らず世界観や設定も書き割りにすることで「摩擦係数」を減らして脱落する読者を減らそうとするのはひとつの戦略と言っていい(松井優征作品の世界観や設定が書き割りだと言っているわけではない。むしろその点がユニークな作家だと思う)。
主人公の許嫁が明らかに周囲の人物に劣った外見に描かれることで悪し様に表現されていました。権力者と結婚して金持ちになってやるという明け透けな逞しさに私はむしろ好感を持ちましたが、作者は違ったようです。しかし、どうせ第1話で死ぬならいい人として描いておいて、主人公が見舞われた悲劇を強調してもよさそうなものですが。
これは明確な読み誤りであると思う。
1話で描かれたのは敵によって主人公の日常が壊され旅立ちを余儀なくされるという貴種流離譚の第1幕だ。この日常において主人公の周りにいたのはどんな人達だろうか。普通に読んだ人なら父、兄、許嫁がぱっと浮かんだであろう(諏訪頼重はキャラクタ類型でいう助言者。ゆえに日常の外から来る)。なぜか。それぞれ違うキャラクタだからである。
父…ボケてるのかな? というぐらいに愚将
兄…将としては平凡だが弟の才能を素直に評価できる優しさの持ち主
許嫁…容姿はよろしくないがそのぶん見る目がある。奇貨居くべしなタイプで商家の娘だったら大成した
それぞれ数ページから数コマしか出番がないが、これらのキャラクタがすとんと入ってくる。そしてそんな「主人公の周囲にいる色々な人が高氏の反乱によって根こそぎ殺された」とつなげることによって主人公の絶体絶命感(と諏訪頼重という一筋の光明)が強調されている。これが父、兄、許嫁が全員「いい人」程度の描かれ方だったらのぺっとして印象に残らず絶体絶命感も出なかったであろう。
鬼滅も逃げ上手の若君同様、物語類型としては貴種流離譚であり「行って帰ってくる物語」である。炭治郎にとっての日常とは家族との慎ましくも温かな暮らしに他ならず、それを失ったことで寒い雪山を往くハメになる。この場合の家族は平凡で優しいことが求められる。極めて愚かな人物が混ざっていたり、逞しいタイプがいたりすると印象がそっちに引っ張られて悲惨さや悲しみが強調されない。慎ましやかな生活感もでない。
逆に北条時行が失ったのは鎌倉幕府である。その巨大さを腑落ちさせるためには色んな層の人間が必要で、そのためにピックアップされたのがあの3人(父=幕府のトップ、兄=家族、許嫁=重臣(の娘だが層としては重臣))ということなのだ。
ちなみに許嫁の容姿がよろしくないのは他の二者との差別化もあるだろうが、明け透けに言ってしまえば生き汚さを出すためだろう。あんなに生命力が強そうなタイプがあっさりと死ぬことによって絶体絶命感が強調されている(こう書けば伝わると思って書いているが、もし分からないなら薄幸の美人という言葉を補助線にしてくれ)。
作品のあらゆる要素は作家の胸三寸なのであり、そのようにしているのには相応の理由がある。好き嫌いを語る分には構わないだろうが正しい正しくないの観点から論じるのであれば作者に寄り添ってそれによって何を描こうとしているのかつぶさに観ることは最低限必要な態度であろう。
ワーク感出てるでしょ?
そう思うけど、
早く飲みに行くなら飲みに行かないと
20時までに仕上げないといい気分にならないじゃない。
もう街はそのぐらいには真っ暗で、
まだ20時なのによ!ってこのただならぬイキフンの中
夜の道をとぼとぼと歩いて行かなくちゃ行けないのよ。
銭湯とかの灯りは煌々と灯ってるけど、
そこだけは賑やかなのよねー人で溢れているというか、
そこだけ密じゃないの?って言いたさげだけど、
スウェット!って感じで
もう一踏ん張りだから
あとは無事終わりますように!って
あ!そう言えば近所の神社の鈴鳴らす紐が新しくなってたので
自分自身が救えなかった、
抱きしめたバブのように儚く消えていくのよ。
ユーチューブで何々を救うって言い方が流行ってるわけなのかも知れないわね。
よく分からないけど、
だからその日までは
ちゃんとしっかり鈴を鳴らしてみてあの丘の上で!
すっかり見なくなったあのWindowsXPの壁紙の丘で会いましょ!って約束するぐらい。
あの壮大なWindowsXP丘をみると
ゼルダやらなくちゃって思うけど、
いったいどのぐらい料理すればいいのって料理名人になってしまいそうだし、
かれこれ1ヶ月ぐらいはゼルダ立ち上げてないのに、
私はなにを攻略したらいいのかと
私にはまだオープンソースは早かったのかしら?って
デミーな気分で言いたいぐらいよ。
もう私はクリアした1つの祠の前でずっとなんか磁石みたいので鉄を持ち上げたりしてみてるけど、
そんなことしても
うふふ。
またまたあったわよ
もうちょっと時間帯早かったら結構揚げたてほんのり暖かいからなおのさら美味しいのよ。
今朝の心の川柳詠んでみたわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
地元のスーパーで働いてるんだけど、私と同時に入ってきた大学生の子がいる。Sちゃんとする。
背は低くて、いつも口を結んでいて、最初は冷たい雰囲気だなって思ってたけど、人見知りしやすいだけだった。
その子には気になっているお客さんがいる。見た目は20代後半くらいで、いつも作業服を着ている。イケメンじゃないけど、さわやかな感じの人だ。
物腰はやわらかくて、ゆっくりと丁寧に動いて、私たちにはいつも敬語で、200円の商品を割引シールの貼り間違えで300円で売ってしまった時も、レジで淡々と事情を説明して、謝りに来た社員さんに厳しく当たったりしない。
Sちゃんは『作業服の人』のことを、カフェで「好きかもしれない」って言ってた。実際、その作業服の人がSちゃんのレジで雑談しているのを見たことがあるけど、Sちゃんは明らかに緊張していて、でも笑顔で、お釣り返す時にレジから出てきた小銭を床に落として、恥ずかしそうに視線を落としていた。
その後で、作業服の人が商品を袋詰めに行くと、Sちゃんが彼に背中を向けて、両手でレジ袋の端を握りしめて離して、ひたすらにわしゃわしゃを繰り返す。
あの人もSちゃんのことが気になっていると思う。だって、いつもSちゃんのいるレジに向かうから。Sちゃんも、作業服の人が近くにいないか常に気にしている。それで、レジの手前のポテチ売り場にいるのを見つけると、レジからちょっと体をはみ出させて、「ここにいる」って示している。そんな光景を5回以上見た。
(私がこんなに詳しいのは、Sちゃんの隣でレジをすることが多いからだ。夜のシフトなので、レジの数も2つか3つしか開いてない)。
最近、Sちゃんの様子がおかしい。作業服の人がいるのに気が付くと、わざとレジを閉めてほかの作業に向かう。
作業服の人が「今日寒いね」(※私の推測)って話しかけても、「大丈夫です」って冷たく顔を背ける。ひどい時だと、その人がSちゃんのレジに入ろうとした瞬間にレジを閉じて走り去る。
両想いなんだとしたら、なんとかしてあげたい。
先月、徒然なるままに「夫に隠れて寿司を食べている。 anond:20210112213223 」を書き綴ったところ、非常に多くの方から反応を戴けた。
妖怪寿司女なるなかなか的を得た、夫に自慢したくなってしまう名も頂戴してしまいとても嬉しかった。美味しいことは良い事だと常々思う。
しかしその所為で夫が出張から無事に帰宅した今日までの間に何度自分の日記を見せぬようにと我慢したかは計り知れない。
夫は然程怒らないだろうが、この美と背徳の味は私の胸に秘めておいた方がきっと幸せだろう。
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「101」は、恐らく私が初めて覚えた数字だ。青森県から秋田県へ続く文字通り一本しかない国道の名前。
私は大半の大人が漁師か猟師をしながら漁業に務めているような限界集落で育っていた。バブルも弾けた平成前半の事。
故に、なかったのだ。
節分の2月2日、家族揃って恵方を向きながら容赦ない太巻きを無言で食べる文化や概念は、北の外れに存在しなかったのだ。
だから節分とは、玄関に落花生をばら撒き、そそくさと片付け、雛祭りの前祝い程度の雰囲気でささやかな夕食を取る健康的行儀。
私は、節分の2月2日は、お小遣いでお寿司が買える。それに気付いてしまった。
企業努力の賜物である。小学生のお小遣いでも当時は恵方巻が買えたのだ。
しかも、ピンクのでんぷが入っている一番安い太巻きなら、2本買える。2本。
高級感と憧れのハッピーセットというとんでもない行事があると、当時小学生は気付いてしまったのである。
それこそ普段はちょっと高くて、輪切りになっていて、綺麗にパックされていて、なんか微妙に物足りなさもあるサラダ巻が、一年に一度の節分の日だけは威風堂々丸かぶりする事が許される。なんということか。
そのうえ「これぞ西側の文化なり」とでも胸を張って主張すれば、行儀が悪いと窘める母もなにやらおとなしくなってしまう。
そして何故か祖父がとても嬉しそうだったのをぼんやりと覚えている。
そして、現在。
恐らく夫は今日の事を
「海産物や寿司に対して並々ならぬ執念を抱いている妻による年に一度の恵方狩りの日」
とでも思っている。
概ね間違ってはいない。何年も付き合っていれば、この習性はもはや隠せる類ではない。
昼休みには「恵方巻食べれた?」とラインが来た。「夕方から出て、4ヶ所くらい確認できたら良きかな。サーモンサラダ巻、いと美味し」と返事をした。
仕事は早めに切り上げて、大型スーパー2件と小型スーパー1件、近所の個人経営の居酒屋の4件を巡り、先程帰宅した。ふと誰かが、これは増田に書けよと、耳元で囁いた気がした。
エコバッグの中を開けてみると、何故だか少し寂しくなった。
年々、中身が軽くなっている気がするのだ。
豪華な海鮮巻や奇抜な肉の海苔巻が増え、値段自体も毎年上がっているように感じた。
美味しい事は良い事だ。適正価格なら仕方が無い。
今年はウーバーイーツにハマってあまり恵方貯金できていなかったからなぁと思い、取り敢えずサラダ巻とマグロ納豆巻を用意する。
先程、夫から、職場で緊急事態が発生した為、今夜は現場に泊まるかもしれないという連絡を受けた。
会える範囲の友人たちもコロナ禍の下、確かに無言・黙食とはいえ、恵方の飲食に誘うのは気が引ける。平日都会のベッドタウンを過ぎゆく風は、まだあまりにも寒いのだ。
冷蔵庫を圧迫する恵方巻をどういう順で食らおうか、何度も何度も考えていると、だいたいの悩み事はあとでもなんとかなりそうだという気になってくる。
夫からのラインに私は大型スーパーで買ったスパム巻の写真を撮影し、夫に送った。夫は喜んでいるようだ。
しかしこのあと思い知るだろう。恵方巻はスパムだけではないことを。
深夜か明日が、夫が冷蔵庫を開けた時にいかなる反応をするか、本当にとても楽しみだ。恵方 is サプライズ。サプライズ is プライスレス。つまり恵方 is プライスレスということ。
そう考えると、なにやら不思議と強くなった気が沸いてきて、夫の不在を良い事に家事でもするかと思ってしまう。
そして、そのついでに、もう少し遅くなってから、値引きシールのついた恵方巻の散策にでも乗り出そうかと思うのだった。
サーモンサラダとサラダ巻とマグロ納豆恵方巻は、とても美味しかった。
※妖怪寿司女:寿司を食らう量は恐らく人より多い為、概ね間違ってはいない。ありがとう
※落花生:投げる豆が落花生か大豆かで戦争が起きるらしい。自分は落花生派だったが、夫は大豆派である
※99円の海苔巻:あらゆるものが値上げしていく世界で価格を維持してくれる心の友達
※桜でんぶ:桜でんぶは雛祭りと恵方巻と運動会くらいでしか見る機会がなかった気がする。美味しいし可愛いしなんだか嬉しくなる
※祖父:20人くらい乗れる船を持っていた漁師。本名は文字面が「寿司」にかなり似ている
※サラダ巻:ヘルシーじゃないのにヘルシーな気がする
※恵方貯金:今年は全くできなかったので、800〜1000円クラスの高級恵方巻を買うことはできなかった。でも毎年サラダ巻を中心に色モノ系と定番中心で高級品は買ってなかったから平気だった
※スパム巻:初めて見た
※恵方:南南東。位置的には猫のトイレがある方角の為、細かいことは考えないようにしている
※恵方巻:食品ではなく嗜好品の扱いの為、私の財布から生まれる。結果、食費が少し浮く
※恵方巡り:今年はDQウォークしながらスーパーを歩いてまわった。心から美味しく食べる為には減量大事だと思う
※マグロ納豆巻:もしかしたらこいつは恵方巻じゃなかったかもしれない
※冷蔵庫:恵方巻があると思うとわくわくしてしまい無意味に何度も開け締めしてしまう
※予約恵方:基本現物を見て美味しそうだと思うものだけ買うタイプなので滅多にしない
※居酒屋の恵方巻:今年唯一の予約恵方。お会計をする時に現物見せてもらったらついテンションが上がっちゃって「美味しそう!え、これ、めっちゃ安い!すごい!」ってはしゃいでしまった。店長が笑ってたからよかった
※恵方巻:なるべく早く食べる方が美味しいのは当然だが無理して今日中に食べきらなくてもよいので、2,3日くらいは強い気持ちでいられる
※値引き恵方:学生時代は値引き恵方が中心だったので昔の血が疼いてしまう
※恵方巻:スーパー次第では2月3日に半額で買える場合もあるが、現在住んでいる地のスーパーは2月2日のみ販売を貫いている
※恵方巻:実はあまり魚介系は買わない。漁村出身補正を抜いても、価格に対して合ってないと感じる場合が多い
※野菜:山本ゆりさんや有賀薫さんのレシピにはよくお世話になってます
※恵方巻:しかしながら改めて書き起こすととても二人暮らしとは思えぬ量である。
購入恵方
・サラダ巻 298円
地に足がつかない、とはこのことかと思った。
2月の終わり、寒い日のことであった。大学受験の二次試験前期日程の試験を終えた私は、試験会場の大学からバスに乗り、金沢駅のバスロータリーに降り立っていた。バスから降りた時、アスファルトがぐにゃんと歪んだような気がして、最初上手く歩けなかった。地に足がつかない、とはこのことかと思った。
二次試験は、よく解けたという気もするし、ダメだったという気もした。要するに何も分からず、前者であったと自分に言い聞かせるしかなかった。金沢駅の東口をとぼとぼと歩く。前期試験が終わった。そのことへの安堵と、もうこれで受験勉強をしなくていいかもしれないという期待は確かにあって、背中に羽が生えたような気分だった。
しかし、まだ合否は出ていない。もう動かせない結果は、どちらに転ぶか分からないのである。まだ何者にもなれていない、宙ぶらりんの状態は何とも居心地が悪かった。
バスから降りた他の受験生たちが、駅の横にあるスターバックスに流れていった。解放感からか、その足取りはずいぶんと軽い。その気分も分からないことはなかったけど、やはり合否はまだ分からない。そう思うと、どうしても背中に生えた羽を伸ばす気にはならなかった。
正直に告白すると、スタバは敷居が高かったということもある。何もない田舎町からはるばる受験に来た自分にとって、スタバは最上級の憧れの場所であり、それゆえに敷居が高かった。どうやって注文するのだろうと考えたし、店員からドレスコードを求められるのではないかと本気で思っていた。勉強以外のことは、本当に何も知らなかった。
大人しく帰ろうと思って駅で帰りの電車を待つ。次の電車までは、だいぶ時間があった。さすがに時間を持て余したので、駅の中にあるコンビニに入った。
信じてもらえないかもしれないが、当時はコンビニに入って買い物をする事も一つの贅沢であった。受験勉強中はありとあらゆる誘惑を断ち切っていて、コンビニで買い物をすることは自分へのご褒美の意味があった。今考えると生活を締め付けすぎだと思うが、当時は「楽しいことをすると落ちてしまう」という謎の脅迫観念に追い詰められていた気がする。
コンビニで、e-maのど飴のグレープ味を一つだけ買った。電車の中でも食べられるものを、と思って選んだのだと思う。ここで買ったものが「e-maのど飴のグレープ味」であったことは、この後の出来事もあって鮮明に覚えている。
コンビニを出て、e-maのど飴を1つ頬張った。舌でひとなめしたら、「思ったより酸っぱいな」と思った。そして、そう思った次の瞬間、ぶわっと涙が溢れ出た。
何だ、何の涙だこれは。予期していなかった思わぬ出来事に狼狽した。こんな人混みの中で泣いたらかっこ悪い。そう思って、慌ててトイレを探した。トイレを探して、慌てて 個室に駆け込み、便座に座った。
便座に座ったら、一安心でもしたのか、さらに涙が出た。それこそ、e-maのど飴みたいな大粒の涙だった。
合格した嬉し涙でも、落ちた悔し涙でもなく、タイミングとしてはおかしなところだった。今になって思い返すと、ひとまず受験が終わったという安堵と、落ちているかもしれないという不安が混ざり合い、何とか保っていたものが決壊した瞬間だったのだろうか、と思う。そこまで追い詰められていた自分に、泣きながら驚いているもう一人の自分がいた。
これ以上涙が出ないように、と思って、e-maのど飴の丸いケースを左手の五本指で強く握った。強く握りながら、涙が止まるのを待った。
3月の上旬、まだ寒い時だったけれど、長い冬は終わって、一足早い春がやってきた。
年を重ねて、今ではスタバも普通に入れるし、大学受験の記憶はだいぶ薄れてきている。それでも、金沢駅のトイレでe-maのど飴を握りしめたあの日のことは、たぶん一生忘れないのだと思う。
どうして今、こんなことを書いたのかというと、今年の受験生が過酷な環境に置かれているニュースを見たからだ。毎年、受験の時期になるとe-maのど飴のあの甘酸っぱい味を思い出してしんみりとするけれど、今年はそんな生優しいものではない。
「濃厚接触者になって受験ができない」とか、「直前になって試験が中止になった」とか、そんなニュースを見て、まさに胸が潰れそうになる。一体いま、どれほどの出来事が起こっているのか。こんなことはあっていいのか。当事者の苦しみは想像も及ばないけれど、想像しようとしただけで胸が潰れそうになる。
自分のエピソードなんて、とりとめのないものでしかない。あの日、e-maのど飴を握りしめていた自分以上に苦しんでいる受験生が全国中に山ほどいて、今も誰かがトイレの中で泣いているのかもしれない。
緊急事態宣言が延長になって、本当に春はやって来るのかと、そんな気持ちになる。自分が受験生に直接できることは思い浮かばないけれど、あるとしたら、「大人」でいることしかない。大人が馬鹿なことをしてはいけない。無責任なことをしてはいけない。
一月三十日(土)
彼女とオンラインデートで映画を見た。外出できないのは残念だが、緊急事態宣言下なのでやむを得ない。妹は毎週のようにテニスに、父はコンサートに一度だけ行っているので自分だけ自粛するのはやや釈然としない。なるほど、こういう心理的な機序で自粛警察が生まれるのだな、と一人納得している。しかし、彼女と一緒に過ごせば当然食事をしてマスクを外すわけで、二人に比べれば自分のデートのほうが感染を広げてしまうリスクは高い。彼女に移してしまう恐れまでもある。それに、ズームを使ったデートは自宅で一緒にだらだらしているみたいで、これはこれで楽しい。テレワークもできるだけ利用しつつ、感染の終息を願う。
一緒に観た映画については、プロットが甘いという点で二人の意見が一致した。二人が好きなものが一致するのは大切だが、嫌いなものが一致するのも大切で、むしろ後者のほうが重要かもしれない、と聞く。
ところで、この映画が気に食わないもう一つの理由が、かつて一緒にデートしたが結局おつきあいできなかった女性と見に行った映画だからだ。今の彼女とその映画を見たので、なんというか怨念が成仏した(自分が提案したわけではない。見たのは彼女がずっと気になっていたからだ)。他にも、別の女性と一緒に行った場所に彼女を連れて行っているので、記憶の混同がないように綿密に日記をつけないといけない。
さて、彼女についてだ。彼女はおっとりしているというか善良というか、自分がぼんぼんである以上にお嬢様な感じがする。映画があまり好きじゃなかった、思っていたのと違った、というときにも言葉に棘がない。そういわれるとなんだか一緒に笑えて来てしまう。以前は、もっときびきびした女性と付き合ったほうが楽しいのではないかとも考えていたのだが、結局そういうタイプの女性とのデートは長続きしなかった。鋭いタイプの女性は自分のことを優柔不断でまどろっこしいと感じるのだろうか。学生時代に憧れていた女性もそういうタイプだったが、結局振り向いてもらえなかった。
ここまで書いて、そういえば自分と長くデートしてくれた女性は全員山羊座だった気がして確かめてみたのだが、確かに一番多いのは山羊座だった。でも、他に十月生まれとかもいたので、自分の記憶違いであった。
彼女はとても真面目で物事を真剣に考えてくれる。真面目だから、セックスは結婚した後がいいと言う。彼女がそう思うならそれでいい。もっとも、神様に真面目な彼女をお願いしたとはいえ、ちょっと真面目過ぎやしませんか、と感じる日もないではない。自分が何をおかずにオナニーしているかがばれたら困惑させてしまうだろう。
一月三十一日(日)
今週もジョギング。先週と比べればずっと暖かい。今年の冬は年末年始が一番冷え込んでいた印象がある。一番寒い時期を半袖にウインドブレーカーを羽織っただけで乗り切ったので、ウエアはしばらく買い替えなくてよさそうだ。単純に買い物が面倒なだけのことだが、気温の変化に対する抵抗力がついたかもしれない。もっとも、半袖のウエアがボロボロになってきたので買い替えろと家族には言われている。夏からずっと着てきたのだから無理もない。
寒さは平気だと言ったものの、北向きの自分の部屋の寒さには参る。温度計の示す温度の割にコンクリートの壁から冷気がしみ込むので体感温度が低い。低温下で運動するよりも、少し冷える部屋でじっとしているほうがずっとつらい。ジョギングは真冬でも汗だらだらになるのに対し、部屋では布団をかぶっていたくなるほどだ。
そういえば、先日の日記でTENGAを購入しても紙袋がもらえないことについて言及したが、今週は試しにコンドームを一緒に購入した。やっぱり袋はもらえない。予想はしていたが、環境を守る方向に本当に強く舵を切ったのだなと感じた。
ジョギング帰りに近所の公演の傍を通ったら工事をしており、見通しの悪い茂みが刈り取られていた。小さい頃はそこに隠れて遊んでいたものだが、不審者が出たのだろうか。遊具も随分と安全なものになった。金属製からプラスチック製になり、九十度近くあった滑り台の角度もずっと緩やかになり、むやみに飛び降りられる個所もなくなった。
二月一日(月)
最近韓国料理を口にしていない。原因の半分はテレワークで、もう半分はなじみの韓国料理屋の混雑だ。昼休みの時間はそれなりにあるが、寒い中店の外で待たされるのは面白くない。もう一年ぶりくらいになるだろうか、かつて通っていた韓国料理屋を訪れたが、やはり数分待ちだという。別に五分程度なら待っても構わなかったのだが、少し行ったところに別の韓国料理屋があることを思い出したので、そこに行ってみた。久々の新規開拓だ。石焼ビビンバはおいしかったが、やはりタンパク質が不足してしまう。そういうわけで、本日の間食はベビーチーズとした。
で、会計をしようとしたら財布を職場に忘れていたことに気づいた。荷物を店に預け、職場まで戻る羽目になった。なお悪いことに、エレベータの定員が三密回避のため少なくなっており、いつも以上に行列ができていた。確かに毎朝九階まで階段を使っているのだが、昼休みが終わるまでに往復しなければならないため、いつもよりも速足で昇らされることとなった。やれやれ! しかも午後の仕事は十二階でだった。
帰路、職場前の書店をのぞくが、目当ての漫画の欲しかった巻がない。アマゾンで頼むべきか。実は、朝一番で書店に足を運んだのだが、新型コロナのせいか開店時刻を遅らせていたので、書店に向かったのは二度目。どうも今日は間の悪い一日であった。電車が少し遅れさえしたし。
今週は新しい韓国料理屋のプルコギ、カレー屋、ビーフカツレツ屋を開拓しようと思う。筋肉食堂も気になっている。夕飯はおでん。
らっしゃい!らっしゃい!
それでもよかったら食べに来てよ。
まあそんなこんなで、
おでん作りに精が出るのよね!
本当はイチから作りたいんだけど、
もちろん、
その三種の具材は出来合いのパッケージを買ってきたんじゃなくて、
生の素材を買ってきて、
そこは下ごしらえしたわけなの。
多少のちくわとかそういうのも入ってんのよね。
あとの美味しい私の大好きな大根と牛すじと玉子だけをメインにした
私おでんを完成させたいのよね。
あれどちらかというと練り物じゃなくて、
お餅でもなく麺類でもなくニュー小麦粉の加工品ヒロインの登場よね!
これ急に封切っていきなり茹でてもいいのかしら?と
下ごしらえの仕方も分からないレヴェルだわ。
物売ってるレヴェルとの違いとのPS5とは違うのよ。
そこオリジナル出していきたいところでもあるわね。
出汁取ってるってレヴェルじゃねーぞって言われないように
頑張らなくっちゃ!
うふふ。
少し食べるの控えめにしなくちゃって思うけど、
そういう時ってないかしら?
ないわねー。
炭酸レモンウォーラーイン追いレモンアンドネーブル果汁フレッシュウォーラーよ。
冷たくて寒いけど!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!