2021-02-02

金沢駅トイレで、e-maのど飴を握りしめたあの日のこと

 地に足がつかない、とはこのことかと思った。

 2月の終わり、寒い日のことであった。大学受験二次試験前期日程の試験を終えた私は、試験会場の大学からバスに乗り、金沢駅バスロータリーに降り立っていた。バスから降りた時、アスファルトがぐにゃんと歪んだような気がして、最初上手く歩けなかった。地に足がつかない、とはこのことかと思った。

 二次試験は、よく解けたという気もするし、ダメだったという気もした。要するに何も分からず、前者であったと自分に言い聞かせるしかなかった。金沢駅東口をとぼとぼと歩く。前期試験が終わった。そのことへの安堵と、もうこれで受験勉強をしなくていいかもしれないという期待は確かにあって、背中に羽が生えたような気分だった。

 しかし、まだ合否は出ていない。もう動かせない結果は、どちらに転ぶか分からないのである。まだ何者にもなれていない、宙ぶらりんの状態は何とも居心地が悪かった。

 バスから降りた他の受験生たちが、駅の横にあるスターバックスに流れていった。解放からか、その足取りはずいぶんと軽い。その気分も分からないことはなかったけど、やはり合否はまだ分からない。そう思うと、どうしても背中に生えた羽を伸ばす気にはならなかった。

 正直に告白すると、スタバは敷居が高かったということもある。何もない田舎からはるばる受験に来た自分にとって、スタバ最上級の憧れの場所であり、それゆえに敷居が高かった。どうやって注文するのだろうと考えたし、店員からドレスコードを求められるのではないかと本気で思っていた。勉強以外のことは、本当に何も知らなかった。

 大人しく帰ろうと思って駅で帰りの電車を待つ。次の電車までは、だいぶ時間があった。さすがに時間を持て余したので、駅の中にあるコンビニに入った。

  

 信じてもらえないかもしれないが、当時はコンビニに入って買い物をする事も一つの贅沢であった。受験勉強中はありとあらゆる誘惑を断ち切っていて、コンビニで買い物をすることは自分へのご褒美の意味があった。今考えると生活を締め付けすぎだと思うが、当時は「楽しいことをすると落ちてしまう」という謎の脅迫観念に追い詰められていた気がする。

 コンビニで、e-maのど飴グレープ味を一つだけ買った。電車の中でも食べられるものを、と思って選んだのだと思う。ここで買ったものが「e-maのど飴グレープ味」であったことは、この後の出来事もあって鮮明に覚えている。

 コンビニを出て、e-maのど飴を1つ頬張った。舌でひとなめしたら、「思ったより酸っぱいな」と思った。そして、そう思った次の瞬間、ぶわっと涙が溢れ出た。

 何だ、何の涙だこれは。予期していなかった思わぬ出来事狼狽した。こんな人混みの中で泣いたらかっこ悪い。そう思って、慌ててトイレを探した。トイレを探して、慌てて 個室に駆け込み、便座に座った。

 便座に座ったら、一安心でもしたのか、さらに涙が出た。それこそ、e-maのど飴みたいな大粒の涙だった。

 

 合格した嬉し涙でも、落ちた悔し涙でもなく、タイミングとしてはおかしなところだった。今になって思い返すと、ひとまず受験が終わったという安堵と、落ちているかもしれないという不安が混ざり合い、何とか保っていたもの決壊した瞬間だったのだろうか、と思う。そこまで追い詰められていた自分に、泣きながら驚いているもう一人の自分がいた。

 これ以上涙が出ないように、と思って、e-maのど飴の丸いケースを左手の五本指で強く握った。強く握りながら、涙が止まるのを待った。

 3月上旬、まだ寒い時だったけれど、長い冬は終わって、一足早い春がやってきた。

 年を重ねて、今ではスタバ普通に入れるし、大学受験記憶はだいぶ薄れてきている。それでも、金沢駅トイレe-maのど飴を握りしめたあの日のことは、たぶん一生忘れないのだと思う。

 どうして今、こんなことを書いたのかというと、今年の受験生過酷環境に置かれているニュースを見たからだ。毎年、受験の時期になるとe-maのど飴のあの甘酸っぱい味を思い出してしんみりとするけれど、今年はそんな生優しいものではない。

 「濃厚接触者になって受験ができない」とか、「直前になって試験が中止になった」とか、そんなニュースを見て、まさに胸が潰れそうになる。一体いま、どれほどの出来事が起こっているのか。こんなことはあっていいのか。当事者の苦しみは想像も及ばないけれど、想像しようとしただけで胸が潰れそうになる。

 自分エピソードなんて、とりとめのないものしかない。あの日e-maのど飴を握りしめていた自分以上に苦しんでいる受験生が全国中に山ほどいて、今も誰かがトイレの中で泣いているのかもしれない。

 緊急事態宣言が延長になって、本当に春はやって来るのかと、そんな気持ちになる。自分受験生に直接できることは思い浮かばないけれど、あるとしたら、「大人」でいることしかない。大人馬鹿なことをしてはいけない。無責任なことをしてはいけない。

 大人が、誰かに訪れるはずだった「春」を奪ってはいけない。

 大人しく、大人らしく過ごしながら、受験生に春を願いたいと思う。

  • オレも二次試験が終わってからの落ち着かない期間を思い出したわ。 ヤレたと思った数学,速報で予備校が配ってた回答と違ってて地面グラグラしたわ。

  • 下手な純文学って感じっすね 主題には共感

  • 珍しい 敷居警察がまだ来てない

    • 「敷居が高い」も「役不足」も言葉の意味が変わりつつあるんだから、今更「元々の意味は~」とか言っても仕方ないよな

  • これを読んで思い出そうとしたけれど、受験の後の帰り道がどうだったかは不思議と覚えてないな。 当時、叔父が東京近郊に住んでいたので、もし何かあったらそこを頼ろうとは思って...

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