はてなキーワード: 呼び水とは
実際CoinHive式の場合はクインビーがいるわけだし、考えようによっては外患誘致の呼び水にもなるので割とあの段階で叩いておいて正解だと思ってる。
「お金は無いので出せない、けど、面白いしやりがいはあると思うから参加して欲しい」みたいなのが、これに限らず多いよなあと思う。
まあボランティアはそれで全然良くて、お金が出ないから嫌だっていう人は出なけりゃいいだけの話だよね。
ただ、こういう「お金は出ないけど」で始まるものって、ボランティアにしろそうでないにしろ「借金してる」ことに変わりはないんだよな。
お金はないけど、自分たちにはそれなりに熱意があるので、その熱意を「面白いから!やりがいあるから!」っていうかたちで誘い文句にし、呼び水としているっていう状態がある。それって確かにお金は出てないんだけど、熱意を「信頼」っていう形で、募集者に対して借金しているにすぎなくて、実際始まってみて「やりがいがあるとか言ってたけど、これはひどい!お金が出ないどころのレベルじゃなかった!」ってなっちゃったら、その借金してた「信頼」すら失われるわけでしょ。
信頼を失ったらお金では買い戻せないっていうのは、昨今の色々なニュースを見ていれば、今の働き盛りの層ならすぐに分かる。
目先のお金をケチって「出せない」って思考停止するんじゃなくて、少しでも「出す」か、あるいは「出せるようにしていく」のが良い事業運営なんじゃないのかなあと思うんだけど、そんなにお金の話しちゃだめなのかな?別に絶対無償のボランティアじゃなきゃダメってのはないんでしょ?
対価に見合う結果が期待できないから
序盤は無課金で行ける。そういうように作ってある。数値や見た目の変化を派手にしてユーザに快楽を与え、継続してプレイさせるように仕向けている。ログインボーナスや無料ガチャなどは「ゴミ」なのだが、ユーザの所有欲を刺激する。
ところがある程度までゲームが進行すると途端に「詰む」。レベルやステータスの上限に達してしまい「上限開放」をしないと現状を突破できない。「上限解放」を行う手段を無課金で手に入れるのは難しく、課金に頼るしかない。
無課金で無制限に遊ぶことができるわけはないので、この設計は当然である。ここまでは「体験版」ということである。そこから先を遊びたければ課金をすればいい。
ここで最大の問題点が浮かび上がる。それは「課金をしたところでそれに見合う結果が必ずしも得られるわけではない」ことである。これこそがソシャゲが非難される理由である。
それならば「体験版」が終わった後には「買い切り型」へ移行すればよいと思うが、私はそのようなソシャゲを知らない。それを実現するためにはいろいろな問題点があるのだろう。
私「上司にこんなこと言われた(凹み」
これって。増田ちゃんよりAさんのほうが、酷いシチュエーションを耐えてて、増田さんの話が呼び水になってない?
女子同士ではよくあることだよ。交互に話して「ひっどいよね!」と共感しあってないのかな???💦
増田さんが愚痴らなければ、Aさんはその我慢を普通にして、誰にも言わず過ごしてた。
ところが、増田さんの内容が思っていたより軽いので、
Aさんは、自分なんてもっと酷いよ、皆色々あるよ、増田ちゃん元気出してよって意味じゃない?
怒りも悲しみも痛みもみんな我慢強い人もいれば、凄く繊細な人もいるよね。
じゃないの?
一方的に自分が喋りたいだけなら最初に、Aちゃん、聞いてくれるだけでいいのと言う。
Aさんは黙って増田ちゃんの愚痴を聞き役をすべきなのかな。なにか対等じゃない、増田ちゃんに弱みでも握られてるの?
凄く不自然だよね。
http://anond.hatelabo.jp/20160814193625
ベッキー?だかの不倫騒動で週刊誌が持ち上げられるような風潮が
今年頭にあったけれど、あれも同じような気持ち悪さがあった。
作る側も見る側も、頭が腐った低俗な人間しかいないのかと思える。
まあここで、そうやって「日本人は云々」と罵倒して終わりだと、
俺も頭が腐った人間とやってることは同じになる。
そっち側に堕ちてしまわないために、システム思考をしなきゃいけない。
環境(システム)の視点で解きほぐし、定量化し、マネジメントしていく思考だ。
ただしく「環境のせいにする」。
徳治主義的な価値観が根強く残ってきた、歴史的・文化的要因が大きい。
「悪い奴」が湧けば潰し、湧けば潰しを繰り返していく。
でもこれだけ情報化が進んだ時代で、そんな前時代的なやり方を続け、
そういう意識はおそらく、誰もが持っていると思う。
やはり安易な勧善懲悪ストーリーを消費したい欲求が人々の心に隠れているからだ。
当事者意識をもって真剣に考えてやる義理を感じないから、そんなエンタメ消費ができる。
実際、真剣に考えることを職業とするジャーナリストやコラムニストなんかは
もうちょっとマトモに考えられる人もわけだし。
さあ、このへんまで印象論で外堀を埋めたところで。
日本の報道のレベルをデータで示して、レベルを引き上げるプランを誰か示してくれ。
俺も結局、当事者意識や参画意識の欠落した一介のニートにすぎなかった。
だから増田で滔々と駄文を垂れ流すくらいしか、抗議の仕方を知らないわけだ。
まあ、もう少しメタに捉えると、こういう卑屈さをみんな持っているんだろうね。
そう考えるから、発起してわざわざ「波風を立てる」ような行動を起こさない。
「和を以て貴しとなす」精神の負の側面だね。
これが腐敗の呼び水となり、結局は「異物」の排除に執着する心理につながっていく。
そういう空気を打ち破る離れ業は、一人のスーパーヒーローなんかじゃ成し得ないと思う。
そういう自己矛盾を打ち破るには、やっぱり個人の力ではなく、集団の力がないと。
シン・ゴジラもそういう事を言ってたんじゃないのかな?(金がないから見てないけどね)
ともかく若い世代にパラダイムシフトと言えるくらいの思想的転換が訪れないといけない。
その兆候は、けっこうあると思っているけど。
現実には、高い意識をもつ若者ほど精神を病んで引きこもってしまいがちで、
しかも追い打ちをかけられがちなのは、一体どうしたもんだろう?
ああ鬱々とする。
登山って大変。
知識も経験もいる。
でもそれをすっ飛ばす人もいる。
山岳会にも所属したこともなく、ネットや書物だけでわかった気になり行動しちゃうアホ。
この前、とある登山者に人気なネットサービスで恐ろしい登山記録をみた。
この時期に行った理由が、整備された富士山を歩きたくない。冬山へ行きたかった。
夏の富士にも登ったことのない、登山を初めて2年の初心者だった。
恐ろしい。怪談を聞いているみたいだ。
しかも富士山は単独峰。雪は歯の立たない氷以上の物質と化し、四方八方から吹く風は天気図を読めるものでも予測不可な動きをし、
一旦飛ばされれば、急勾配を時速数十キロで降下。
止められるものはない。数百メートル、時には数キロも滑り落ち死ぬ。
海外の8000mの山より、冬の富士山は過酷だと言われている。
案の定凍りつき飲むことができなくなったことを反省していた。
どんな低山でも、冬の時期、水は凍らないように保温性のある容器に入れて持っていく。
やまで雪をバーナー(ストーブ)で溶かして使用する時の呼び水にも使用するから必須だ。
単独行や、こういった無茶なことをするやつらに、周りは言う。自己責任だと。
命がけで救助にあたる隊がいるからだ。
続き。
緑のマスを積極的に集めていたのは俺だけだったから、競売では定価を割って買えることが多かったし、交換でもオレンジや紫のマスと1対1で交換できた。
額面の安い権利書を渡して額面の高い権利書を手に入れるのは自分だけが得しているように見えるが、逆に言えば相手は額面の高い権利書を渡してでも額面の安い権利書を手に入れる価値があるということ。
けど、そう思っていたのは俺だけのようで、何度やっても俺が勝つことはなかった。
グリーンで勝てるパターンというのは対抗馬が全くいない状態でスタートする、揃えた時点で大量の現金を持っている、高額の現金の移動が少ない長期戦になった場合のどれか。
対抗馬が全くいない状態であればたとえ家1軒からでも増築していけるし、いきなり家7軒建てば相当な脅威になるし、長期戦になれば一度に取れるレンタル料が大きいほうが強い。
グリーンは建設費が200と高額なのでスタート時の家の軒数と家を建てるタイミングが非常に重要。
通常グリーンを揃えたのであれば現金を大量に持っているということはまずない。
このため、手持ちの権利書を抵当に入れて家3軒などから始めるよりはいっそのこと権利書を売り払って金を工面して家4~5軒とかで勝負したほうがいい。
綱渡りの経営だがグリーンの経営成功の鍵はここから誰かを家2軒のマスに止めきれるかどうかだ。レッド~イエロー間に相手がいる場合は一発で来る可能性も低くはない。
誰かが390に止まればレンタル料だけで家1軒、高目の450の方であれば2軒増築まである。
基本的に誰かが独占した場合、ただサイコロを振り続けるだけというのは避けたいことなのでそれが呼び水となって交渉が進む。
他の相手を使ってでも目の前に建つ相手の家を減らそうというのは少なくはない。相手が無理をして家を建てているのであればなおさら。
グリーンで負けるというのはそういうこと。
前に説明した通り、グリーンは止まりにくいグループだ。グリーンに止まることを期待して家を建てても「刑務所へ行け」のマスで逃げられることがある。
一方、オレンジやレッドは刑務所から出てきたプレーヤーが止まりやすいため、グリーンの攻撃力に及ばなくとも回数でより多くの収入を上げることができる。
なるほどー。
確かに聞くだけの側にまわると「都合のいい耳」「耳型のごみ箱」みたいになるかも。
そこで適度にこちらの話を差し込むと。
相手にとっては、それは面白くなくてもいい。自分の話の呼び水になればよい。
そしてお互いがお互いを「呼び水屋」として合致すれば、コミュニケーション成立かもしれない。
それが複数間でできれば、浅いコミューンができる。
ただ浅い友達が欲しいのか、浅い友達の輪から深い友達をピックアップするのか、浅い友達づきあいは面倒だから省きたい、とか
自分自身の希望とすり合わせていければ、良いのかもしれません。
同性でも、自分より何かを持っている人に惹かれるもので、友人候補の人たちに、
ねたまれない程度に、自己アピールするといいのかもしれません。
相手を立てつつ、自分もアピール。
それができれば苦労はしないかな…
人の知を機械的に再現できるのではないか、これが人工知能の当初の夢でした。
でも「人の知」を解明しそれを実現するというアプローチは突き詰めて考えていくと、袋小路に陥ってしまいました。
チューリングテストとか中国語の部屋とかフレーム問題とか、聞いたことあるでしょう。人工知能の挫折と苦難の時代ですね。
困った人工知能研究者は、「知とはなんぞや」という疑問はとりあえず保留にして、「とにかく今できていないことに挑戦しようぜ」精神で研究を進めました。
結果、多くの成果を上げて、今日でも一つの学問領域として存在しています。
そのため、いまの人工知能学会の中の人たちの目的を最大公約数的にまとめるならば、
「今までコンピュータや機械でできなかったことをできるようにするよ(したよ)」というところでしょうか。
この程度の緩い集まりなんですよ。実際。全員がアンドロイドを目指しているわけではないんです。
とはいえさすがに何でもありでは話にならないので、この学会に所属するためには暗黙のキーワードがあります。
それが「知」です。「こんな知的振る舞いができるようになりました」少なくともこれがアピールできなければ
逆に「知」であることが認識されたなら、個人の「知」どころか集団の「知」すら研究対象になります。
だから人工知能は何をする学問なのか、これについて、できるだけ簡潔に言うならば、
「知」を人工的に実現する学問
でしょうか。知を解明するじゃなくて、知を実現するというところがポイントですね。
え?「知」とはなんだって? そんなこと聞かないでください。そんなの研究者の数だけ意見があるのですから。
というのがあるかもしれません。
そう考えると、他人に同意してもらうための戦略として、視覚的に人間に模すのは当然ですよね。
人は何に知を見出すのか。これだけでいくらでも文章が書けそうですが、普通に考えれば、
ルンバが知的振る舞いをするよりアンドロイドが知的に振る舞った方が一般の人には受けがいいですよ。きっと。
つまり、人工知能屋の一部がアンドロイドを目指すのは、それが目的だからではありません、
「ボクガボクタチガジツゲンシタサイキョウノ知」をアピールするのに最適だから、
あくまで手段にすぎないのです。
と、タテマエと理論武装はここまでにして、
だってしょうがないじゃない。少なくとも日本で人工知能やっている人の原体験って、
アトム、ドラえもん、あーる、タチコマ、マルチ、まほろさんなどなど、魅力的なキャラクターなくしてありえないのだから(暴言)
それに要件をギリギリで満たすよりも能力的に余裕を持って振る舞う方が知的でしょう?
機能美は工学的に正しいアプローチだけど、余裕あるなら外観にも凝りたいし。
そう考えると、情報(機械)工学と人工知能の違いはロマン成分の割合なのかもしれない。
そしてロマンは人によっては妄想と言い換えても間違いじゃない。
結局この長々と書いた文章で何が言いたいかというと、
もっとこうさハードでスチームでパンクで電脳な感じの・・・(妄想垂れ流し)
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これまた長くなっちゃたので言いたいことを以下にまとめますね。
むしろこれだけ読んでもられば十分かも
そしておやすみなさい!
↑確かに直接見ながらはしないけど、エロ気分や妄想の呼び水にするためにエロコンテンツが必要な時もあるよ。
事の最中は完全に自分の妄想だけが頼りなので、直前にエロ気分やイメージを高めとくのは超重要。
これが高まってないと集中できずに途中でやめちゃう羽目になるので
オナニーする直前に、よりしっかりとしたエロ妄想をするためにお気に入りのエロコンテンツのお気に入りのシーンを見て
あともう一つ、色んなエロコンテンツを見て「あ、このセリフいい!」「こういうシチュエーション良いね~!」
と心に響いたものをちょっとずつ取り入れ、時には改変を加えて自分の理想のエロ妄想を作り上げてるので
自分一人の妄想力だけじゃ限界があるから、他人のエロ妄想も取り入れたいんだ。
(って何を長々と語ってんだろ…)
日本の左翼は、日本軍による沖縄人の殺害や、慰安婦、南京事件などを風化させてはならない。教科書に真実を記録しろと良く主張する。
正しくその通り。歴史は風化させてはならない。当然、拉致問題も風化させてはならない。
偉大なる朝鮮民族が生み出した「慰安婦像」を参考に、「拉致被害者の碑」のような物を全国の朝鮮学校の前に建設し、朝鮮人子弟に自らの罪を懺悔する機会を与えなければならない。碑の前を通る朝鮮民族は、土下座をさせるよう義務化させる法案も必要となるだろう。この姿に心打たれた日本人は、自らの罪も考えるようになるはずである。これぞまさに真の歴史教育といえる。
日本の左翼は、まず保守にも受け入れられるであろう、この案を主張すると良い。これは今後、慰安婦、南京事件などの真実追求の呼び水となるだろう。真の歴史教育を導くためには、偉大なる朝鮮民族が主体となって活動し、日本人に啓蒙しなければならないのである。
文化の違いが露わになっていておもしろい。もしかしたら自分もこんな奥さんがいたらきついかも。
妻側の言い分も聞いてみたいところではあるけれど。
ここに挙げられているように、欧米人と日本人だと価値観も慣習も違うのは当然だ。
けれど、同じ日本人同士でもここにあげられているのと近いレベルの「イラ☆」はたくさんある。
すこし前まで、若い男数人でシェアハウスしていた。その日々の暮らしの中で感じたことをちょっと書いてみる。
愚痴っぽいのが多くなりそうだけれど、自分がなにを気にするかを言語化することができれば嫁探しの一助になるかもしれない。というのと、逆にみんながどういうところにイラッとするのか知りたくてその呼び水になれば、と。あと自分のことは棚に上げています。ご容赦を。
・家に上がるときに靴を揃えようか・・
・部屋にいないなら電気を消してね
・たまにはゴミ棄てるの手伝って。外に出るときについでに持って行くだけじゃん
・ゴミ捨てないならすくなくとも自分の分くらい分別しておくて。朝、自分のじゃない缶と瓶をわけていて手がねちょっとなる気持ち分かる?
・たまには共有スペースの掃除をして。風呂場と洗面所は自分しか掃除してないよ・・・
・翌日が回収日というわけじゃないのに玄関にゴミ袋をおかないで欲しい
・ご飯を炊いたらすぐにしゃもじで切ろうよ
・洗剤つけすぎ・・・。油物じゃない食器に洗剤使う必要ないでしょ
・人の本を読むのはいいんだけれど、読みかけだからといって「人」の字にして放置しないで
・友人を呼んで鍋をするときにしれっと参加してかわいい子のとなりにしれっと座るのなんで?
・(おれの)鉄フライパン使ったらちゃんと洗ってくれ・・
・人がとっておいた食べ物を勝手に食べないで。え?賞味期限が切れそうだった?一言いってくれれば問題ないのに・・
・(おれの)電子レンジつかったらちゃんとメンテしろよ。汚れを放っておくとこびりつく。
読み返すとみみっちいのばかり。こんなんでいちいちいらいらはしないけれど。自分はこんなに器が小さかったっけ。
逆に、自分がしている何気ない行動や、自分がしないことについて、ほかの住人がいらっとしていることがあるだろうことは想像に固くない。後学のために聞いておきたいけど聞きにくいので、なんか思うことがあったらこの記事にコメントつけてください。
もちろん、このうえに挙げた姑的なプチイラだけでなく、掃除のやり方や自炊の技など学ぶことも多いし、感謝することもたくさんある。
ご飯をつくってくれたり、生活用品を補充してくれたり。毎週ジャンプとマガジンが補充されていたり。話を聞いてくれたり・・・。
人と生活すると価値観も相対化できてすこしはアタリマエと思っていたことが違うと知ることが出来る、かもしれない。