はてなキーワード: スティーブ・ジョブスとは
今年のはじめの大ニュースはアラブの春。その流れに乗って、思いがけず拡散された記事です。今年はこれに味をしめて翻訳を続けたという感があります。
次は東日本大震災。エコノミストはこの時点でなかなかバランスのとれたことを言っていました。
そしてオサマ・ビン・ラディンが殺される。ちょっと珍しい感傷的なエコノミストの記事でした。
ジャーナル購読料高すぎというアレ。初版では注を省略して公開してしまったことを反省しております。
これを含め Omegle ネタは個人的には面白かったのがいくつもあるのですが、なかなかうまく紹介できてないです。
ウィキペディアが言論統制と戦う。いまは英語版が似たようなことになろうとしてるようです。
ジャーナル購読料高すぎというアレ・第2弾。こちらはちょっと煽りが濃い。
妹さんから見たスティーブ・ジョブズの人生。"We all — in the end — die in medias res."(私たちはみな、最後には、途中で死にます)にはハッとさせられました。申し訳ないことに初版では誤訳が多かった(当社比)ので、あとで色々直しました。
急にdsbdに流れてきたので。
来年はネタ探しに力を入れ、月1くらいでで何かご紹介できればと思っております。
また、今年はあちらこちらに誤訳が目立ったことを反省しております。来年は、辞書や用例にあたることと背景調査を心がけたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
A Sister’s Eulogy for Steve Jobs
貧しかったので、そして父はシリアからの移民だと教えられていたので、
父については、オマル・シャリフのような人ではないかと想像していました。
裕福な人であればいいなと、いつか私たちの(いまだに家具も揃っていない)家に迎えに来てくれればいいなと思っていました。
のちに面会したとき、私は、父は理想に燃える革命家で、アラブの新世界を導く人だったのだと、
だから転送先を残さずに住所を変えてしまったのだと思い込もうとしました。
私はフェミニストでありながら、自分が愛せる、自分を愛してくれる人を長いあいだ探していました。
二十数年間、父がその人なのだろうと思っていました。
25歳になってその人に出会いました。
それが兄でした。
他の作家志望者3人と一緒に、クローゼット並の大きさの事務所で小さな雑誌の仕事をしていました。
その弁護士は、上司に健康保険をねだるような、カリフォルニアの中流階級の娘である私に、
「裕福で、著名で、あなたのお兄さんである人物の代理人だ」と名乗りました。
同僚編集者たちは騒然となりました。
それでも私は大好きなディケンズの小説の筋書きに放り込まれたようでした。
弁護士は兄の名を伝えるのを拒み、同僚たちは賭けを始めました。
一番人気の候補は、ジョン・トラボルタ。
私が密かに期待していたのはヘンリー・ジェイムズの後継者、
何の苦もなく優れた作品を生み出す、自分より才能のある作家でした。
初めて会ったとき、スティーブは私と同じ年格好で、ジーンズを履いていました。
オマル・シャリフよりもハンサムな、アラブかユダヤの顔立ちでした。
偶然にも二人ともそうするのが好きでした。
何を話したのかはあまり覚えていませんが、
とにかく友達にしようと思えるような人だと感じたのは覚えています。
私はまだオリヴェッティのタイプライターを使っていましたから。
コンピュータを一台、初めて買おうかと思っているとスティーブに言いました。
Cromemcoという名前でした。
彼は、恐ろしく美しいものを作ろうとしていると言いました。
これから、スティーブから学んだことをいくつかお伝えしたいと思います。
彼の充実した人生。
彼の病気。
彼の死。
彼は頑張って働きました。
毎日働きました。
彼は散漫の対極のような人でした。
彼は、たとえ失敗に終わるとしても、頑張ることを恥とはしませんでした。
スティーブのように聡明な人が挑戦を恥じないのであれば、私も恥じる必要はないのかもしれません。
彼はシリコンバレーの指導者500人が現職大統領を迎えるディナーのことを話してくれました。
彼は傷つきましたが、 NeXT に行って働きました。毎日働きました。
スティーブにとって最高の価値は、新規性ではなく、美しさでした。
彼は流行や小道具を好みませんでした。
自分と同世代の人が好きでした。
「ファッションとは、美しく見えるがのちに醜くなるもの。芸術とは、最初醜く見えるがのちに美しくなるもの」
スティーブはいつも、のちに美しくなるようにしようとしていました。
彼は誤解を受けるのを恐れませんでした。
パーティに招かれなかった彼は、三台目か四台目の同じ黒いスポーツカーで NeXT に通い、
あるプラットフォームを、チームとともに静かに作っていました。
それは、ティム・バーナーズ・リーがのちに、
ワールドワイドウェブを動かすプログラムのために使われることになるものでした。
愛について話す時間の長さにかけては、スティーブは女の子並でした。
愛は彼にとってこの上ない美徳であり、最高の神でした。
「独身なのか? うちの妹とディナーはどうだい?」と声をかけました。
彼がローリンと出会った日にかけてきた電話を、今でも思い出します。
「こんなに美しくて、頭がよくて、こんな犬を飼っている人なんだけど、結婚するつもりだよ」
リードが生まれて以来、彼は止まることなく家族に愛情を注ぎ続けました。
彼はどの子にとっても実の父親でした。
リサの彼氏と、エリンの旅行と、スカートの長さと、イヴの愛馬についてやきもきしていました。
リードの卒業パーティに出席した人はみな、リードとスティーブのゆっくりとしたダンスを忘れられないでしょう。
ローリンに対する変わることのない愛が彼を生き延びさせました。
私は今も、そのことを学ぼうとしています。
彼はそのことで孤独を感じていました。
私が知るかぎり、彼の選択のほとんどは自分のまわりに巡らされた壁を壊すためのものでした。
ロスアルトスから来た中流の男が、ニュージャージーから来た中流の女に恋をする。
二人にとって、リサとリードとエリンとイヴを普通の子供として育てることは重要でした。
スティーブとローリンが一緒になったことが分かってから何年間ものあいだ、
夕食は芝生で食べていましたし、食事が野菜一種類だけだったこともありました。
一種類の野菜をたくさん。
一種類だけです。
旬の野菜。
簡単な調理。
若き億万長者でありながら、スティーブはいつも私を迎えに空港まで来てくれました。
ジーンズを履いて待っていてくれました。
「お父さんは会議中ですが、お呼びしたほうがいいですか?」と答えてくれました。
リードが毎年ハロウィンに魔女のかっこうをしたがったときには、
何年もかかりました。
同じころ建設されていた Pixar のビルはその半分の時間で完成しました。
パロアルトの家の中はどこもそんなかんじでした。
ただし、これが重要なところなのですが、その家は最初の時点ですばらしい家でした。
彼が成功を満喫しなかったというわけではありません。
何桁分か控えめではありましたが、十分満喫していていました。
その店で最高の自転車が買えるんだと自覚するのが大好きだと話していました。
そして実際、買いました。
スティーブは学びつづけるのが好きでした。
彼はある日、育ち方が違っていれば自分は数学者になっていたかもしれない、と言いました。
彼は大学について尊敬を込めて語り、スタンフォードのキャンパスを歩くのが好きでした。
最後の数年間、彼はマーク・ロスコの絵画の本を研究していました。
未来のAppleのキャンパスの壁に何があれば皆を刺激できるだろうと考えていました。
スティーブは物好きなところがありました。
イギリスと中国のバラの栽培の歴史を知り、デビッド・オースティンにお気に入りのバラがあるCEOが他にいるでしょうか?
彼はいくつものポケットにいっぱいのサプライズを持っていました。
たとえ二十年間人並み外れて近しく寄り添ったあとであっても、
きっとローリンにはこれから発見するものがあるだろうと思います。
彼が愛した歌、彼が切り抜いたポエム。
彼とは一日おきくらいに話をしていたのですが、
ニューヨークタイムズを開いて会社の特許の特集をみたとき、
こんなによくできた階段のスケッチがあったのかと驚きうれしくなりました。
四人の子と、妻と、私たちみなに囲まれて、スティーブは楽しい人生を送りました。
そしてスティーブが病気になり、私たちは彼の人生が狭い場所に圧縮されていくのを見ました。
彼は京都で手打ちそばを見つけました。
もうできませんでした。
最後には、日々の喜び、たとえばおいしい桃ですら、彼を楽しませることはできませんでした。
多くのものが失われてもなお、多くのものが残っているということでした。
兄が椅子を使って、ふたたび歩けるようになるための練習をしていたことを思い出します。
彼は肝臓移植をしたあと、一日一度、椅子の背に手を乗せ、支えにするには細すぎる足を使って立ち上がりました。
メンフィス病院の廊下で、椅子を押してナースステーションまで行って、
そこで座って一休みして、
引き返してまた歩きました。
ローリンはひざまづいて彼の目を覗きました。
彼は目を見開いて、唇を引き締めました。
彼は挑戦しました。
いつもいつも挑戦しました。
その試みの中心には愛がありました。
彼はとても直情的な人でした。
その恐ろしい時節、私は、スティーブが自分のために痛みをこらえていたのではないことを知りました。
家族を連れて世界を回り、退職したときにローリンと乗るために造っていた船の進水式。
病気になっても、彼の好み、彼の決意、彼の判断力はそのままでした。
看護婦67人を試し、優しい心があり全幅の信頼をおけると分かった三人をそばにおきました。
スティーブが慢性の肺炎を悪化させたとき、医師はすべてを、氷をも禁じました。
スティーブは普段割り込んだり自分の名前にものを言わせたりすることを嫌っていましたが、
このときだけは、少し特別な扱いをしてほしいと言いました。
「これが特別治療だよ」と私は伝えました。
彼は私のほうを向いて、「もう少し特別にしてほしい」と言いました。
挿管されて喋ることができなかったとき、彼はメモ帳を頼みました。
そしてiPadを病院のベッドに備え付けるための装置のスケッチを描きました。
妻が部屋に入って来るたび、笑みが戻るのが分かりました。
こちらを見上げて、お願いだから、と。
彼が言いたかったのは、医師の禁を破って氷を持ってきてほしいということでした。
私たちは自分が何年生きられるか知りません。
彼はプロジェクトを立ち上げ、それを完了させるようAppleにいる同僚に約束させました。
オランダの造船業者は、豪華なステンレス製の竜骨を組み、板を張るのを待っていました。
私の結婚式でそうしてくれたように、彼女たちと並んで花道に立ちたかったことでしょう。
物語の途中で。
たくさんの物語の途中で。
ガン宣告のあと何年も生きた人についてこう言うのは正しくないかもしれませんが、
スティーブの死は私たちにとって突然でした。
二人の兄弟の死から私が学んだのは、決め手はその人のあり方だということでした。
どんな生き方をしたかが、どんな死に方をするかを決めるのです。
火曜日の朝、彼はパロアルトに早く来てほしいと電話をかけてきました。
声には熱と愛情がこもっていました。
同時に、それは動き出した乗り物に荷物が引っかかってしまったかのようでした。
申し訳なさそうに、本当に申し訳なさそうに、
私たちをおいて旅に出つつあるときのようでした。
「待って。行きます。空港にタクシーで行くから。きっと着くから」
「間に合わないかもしれないから、今のうちに言っておきたいんだ」
視線をそらすことができないかのように、子供たちの目を覗き込んでいました。
昼2時まで、彼の妻は彼を支えてAppleの人と話させることができました。
そのあと、彼はもう起きていられないということがはっきりしました。
呼吸が変わりました。
つらそうに、やっとの思いで息をしていました。
彼がまた歩みを数え、より遠くへ進もうとしているのが分かりました。
これが私が学んだことです。
死がスティーブに訪れたのではありません。
彼が死を成し遂げたのです。
彼はさよならを言い、すまないと言いました。
約束したように一緒に年をとることができなくて、本当にすまない、と。
そして、もっと良い場所へ行くんだと言いました。
フィッシャー医師はその夜を越せるかどうかは五分五分だと言いました。
彼はその夜を越しました。
ローリンはベッドの横に寄り添って、息が長く途切れるたびに彼を引き寄せました。
彼女と私が互いに目を交わすと、彼は深く吐き、息が戻りました。
やらなければならないことでした。
その呼吸は困難な旅路、急峻な山道を思わせました。
山を登っているようでした。
その意志、その使命感、その強さと同時に、
美術家として理想を信じ、のちの美しさを信じる心がありました。
その数時間前に出た言葉が、スティーブの最期の言葉になりました。
船出の前、
彼は妹のパティを見て、
そして皆の肩の向こうを見ました。
◆はてブされやすい記事の特徴
これらのように、有用な記事を「あとで読む」つもりではてブする人、またコミュニケーションの一つとしてはてブを使う人がいる
長い記事でたくさんのアドオンの解説・リンクをつけておけばある程度はてブされるのは難しいことじゃない。
自分自身にコンテンツ力がないプーたろうでも検索機能とブログ投稿ができればいいのだと思う。
さらに掘り下げてはてブ二桁以上を狙うには以下の施策をおすすめする。
後者は特に重要でソーシャルメディアやブロゴスフィア圏内で友人関係を作っておき彼らにブログを見て貰えるようになっていればはてブは1個から10個くらいは簡単につく。
イベント参加して親しげに彼らとやりとりしていれば彼らの友人からも気にかけてもらいやすいだろう。
ようするにイチャイチャキャッキャするならエライ人としておけばOK。本人にコンテンツ力がなくても数個はつく。
彼とイチャイチャするにはTwitterで動向をチェックしておき参加するイベントや主催しているものに積極的に参加したり@で会話したりなにかをお手伝いしてあげればいい。
◆3桁ブクマを狙うにはコツがいる
3桁ブクマはイチャイチャしてるだけでは得られない大きな壁がある
ブログ記事をかくのには大まかに分けて3つある
・日記
・まとめ記事のまとめ
「自分ならではの」というのはマニアックなほどいい。ロングテールという言葉とおりその情報を知りたい人は世界のどこかにかならずいる。
自分がつまづいたところを日々ログにしておき解決策とともに投稿しよう。他にも上級者ならではのマニアックな状況や初心者に向けた懇切丁寧な記事もよい。
あらかじめ検索しておき同様の記事があればそれを引用して、さらに自分の感想を述べておこう。長く続けているブログであれば検索ランキングも上位に食い込みやすい。
「まとめ記事のまとめ」は簡単だ、「スティーブ・ジョブス」などの旬ワードではてブ検索し、3桁から4桁の記事をピックアップする。
キレイなスクリーンショットをつけて「スティーブ・ジョブスの逸話、心に留めておきたい10のこと」とでもしておけば「後で読む」的にブクマされるだろう。
※もちろんあなたのブログの地力にもよるので弱小ブログでやっても仕方ないが。
これは通称「コバンザメ記事」という。海外の有用そうな記事を和訳したり、テンプレートや無料素材、アドオンなどを合わせて紹介しておけばそのうちはてブが集まっていく。
のような段階がある
AからSランクは体験したことのない別世界だとは思うがC〜B,そしてAになっていくのには長く続けていく力と情報のアンテナ感度があれば挑戦できるところだと思う。ぜひ試してみて欲しい。
(ここで言うHTML5はcss3とJavascriptも含めた技術全体の事、逆にFlashはAir等の派生技術は含めないブラウザ上のFlashPlayerの技術のみを指します。)
ウェブに携わる人間には常識だけど、HTML5は何でも出来るスーパーヒーローではない。
どちらかというと、中日の高木とか、ヤクルトの宮本とか、巨人の川相とかの方が近い。知らないやつはググれgoogle:いぶし銀。
HTML5の真骨頂は、昨今のリッチなインターネットコンテンツを、非常に簡潔にスマートに記述できるところにある。複雑な事をすれば凝った事もある程度できるけど、得意分野じゃない(標準APIが機能不足だし、JavaScriptの言語仕様が複雑な処理に向いていない)。
ブラウザだけでここまで出来る、とか、
Flashはもういらない、とか、
ってのは、川相だって筋肉付ければホームラン打てるようになるし清原はもういらない、って言ってるようなもん。宮本にパワーヒッターを求めるのなら筋違いだ。生い立ちも素質も違うのに、どうして代替となりうるのか(プログラムと人間を一緒にするのが暴論なのは百も承知)。
HTML5とFlashにはそれぞれ得意分野があるし、淘汰される形で対立しうるものではない。にもかかわらず、ブコメ見てて、いまだにFlash氏ねHTML5マンセーな意見が支配的なのが痛すぎる。
「ブラウザだけで」というと聞こえはいいけど、何のことは無い。5年くらい前のFlash相当のプログラムが、ようやくブラウザに搭載され始めただけのことだ。Flash は重いとよく言われるが、同じことをすれば(今のところ)HTML5 のほうが重いことが多い。
あと、記事を読むと大概「(どれかの)ブラウザだけで(なら)ここまで出来る(けど他のブラウザじゃ動かない)」って言葉が隠されている。HTML5 の仕様が固まれば全コンテンツが全ブラウザで同じように動くようになるよ!なんて本気で信じてるならあなたはネット向きじゃない。
Flashは互換性の点で優位にある。一社提供で基本的に同じコードを同じ開発者が作っているってのもあるけど、そもそも「どのブラウザでも同じように動く」が、セールスポイント=利益に直結するというモチベーションになるのが極めて大きい。
HTML5 と対立するは Flash ではない、HTML4 だ。HTML4の悪い所を直してHTML5にしようとしてるんだから当たり前。
video対応やベクター描画といった Flash が寡占してる技術の一部を HTML5 が食ってるのは事実だけど、Flash と HTML5 の機能は相補的である。HTMLは文章構造を効率的に記述する目的で生まれたものだし、Flashはタイムラインベースのベクターアニメーションを表示するために生まれた。両方ともブラウザ上でリッチなユーザー体験を提供するという目的に向かって進化してるので、お互いの領土を食い合う形にはなってるけど、生い立ちが違うので得意分野も当然違う。
テキスト表示とレイアウトはHTML5のほうが断然得意だし、2D描画はFlashの方が一日の長がある(私見だけど、HTML5はFlashの描画能力の半分にも至っていないし、Flashのテキスト表示機能はie6のそれにすら劣る、と感じる)。
Flash vs HTML5 という構図は、スティーブ・ジョブスのプロパガンダにすぎない。
ジョブスは訴求力を上げるため、しばしば、対抗技術=「悪」とした勧善懲悪ストーリーを作り上げる。簡潔で力強い言葉にのせて、対抗技術の欠点と自社技術の利点を(時には脚色しつつ)徹底的に挙げていく。対抗技術の利点など無きものとしてしまう。そこには自社技術の欠点など存在しない。
HTML5推しの本来の意図は、ジョブスの声明から推察するかぎり、HTML5であればAppleが開発してるブラウザエンジンwebkitを通じて自らの手でインターネット体験を提供出来るが、FlashはAdobeが開発している技術なので手を出せない(厳密にはFlashはオープンな技術なので自社開発する事は不可能ではないが)という点にある(もちろん、実際は様々な複合要因だと思うけど)。自社製品におけるインターネット体験、という肝心なところを他社に依存してしまうのは許せない、というのは至極真っ当なコダワリだ。Android にユーザーが流れてしまうという大きなデメリットを背負ってまで、iPhone が Flash を載せないことについては、評価すべきとすら思っている。もともと Mac版 Flash プレイヤーのデキの悪さという恨み節もあり、歴史的な経緯による「Flash は重い」という先入感も利用し、衝撃の声明は完遂された。
かくして、勧善懲悪のスーパーヒーロー HTML5 が誕生した。
Flash と HTML5 両方のコーディング経験者であれば判るけど、HTML5はこれまでに比べて簡潔に記述できる事が最大のメリットであって、複雑で凝った事は得意分野じゃない。にもかかわらず、無理矢理 HTML5 で書かれた凄いアプリが「ブラウザだけで!」とか「Flashいらない!」とかセンセーショナルな煽り文句とともに紹介され、もはや冷笑の対象となっている。
もちろん、凄い HTML5 アプリの作者は何も悪くない。未来の技術をいち早く実験/公開して、われわれにその可能性を提示してくれているのだ。そんな彼らを冷笑の対象にしてしまって良いわけがない。
ここまで読んでくれた人ならわかるだろうが、自分は、川相のゴロ捕球からの洗練された送球フォームが大好きだ。いや、HTML5の洗練された仕様と最新鋭の技術が大好きだ。
だからこそ現状を見ていられない。
現実として、Flashは互換性を気にしないで良いがiPhoneで見れない。HTML5はiPhoneで見れるがブラウザ間の互換性が問題となる見通し。
何が幸せなインターネットの未来なのかわからないけど、今の HTML5 vs Flash という構図は、不幸な方向に向かってるように見えてしょうがない。
今回触れてない話の1つにセキュリティ/バグ関連があります。議論の余地のある話ですが、個人的にはどっちもどっちだと思ってます。
あと、巨人末期の清原は本当にもういらなかったかという話があります。議論の余地のある話ですが、個人的にはどっちもどっちだと思ってます。
KDDIは、12月1日付けで同社の田中孝司専務が社長に昇格し、小野寺正社長兼会長は社長職を退き、会長に専任するとプレスリリースを発表したという。
http://www.kddi.com/corporate/news_release/2010/0910a/index.html
近年、Docomo、KDDIがSoftbankに対して守勢に回っているのは(印象的な部分は確かに大きいが)一定の事実だ。
その理由は、いくつかあるだろうが、決定的な理由はただ一つだと私は思う。それは両企業とも「トップが無能だ」ということだ。
Docomoの山田隆持社長、KDDIの小野寺正社長、Softbankの孫正義社長の経歴を比較してみよう。
| 社長 | Docomo 山田隆持 | KDDI 小野寺正 | Softbank 孫正義 |
| 年齢 | 62歳(1948年生) | 62歳(1948年生) | 53歳(1957年生) |
| 高卒資格獲得時年齢 | 18歳 | 18歳 | 17歳(飛び級) |
| 大卒資格獲得時年齢 | 22歳 | 22歳 | 22歳 |
| 最終学歴 | 工学修士 | 工学士 | 経営学士 |
| 留学経験 | なし | なし | あり(アメリカ) |
| 起業経験 | なし | なし | あり(22歳) |
| 経営陣参画時年齢 | 53歳 | 41歳 | 22歳 |
| その役職 | 取締役設備部長 | 取締役(詳細不明) | 社長 |
| 代表権取得時年齢 | 59歳 | 52歳 | 22歳 |
| その役職 | 副社長 | 副社長 | 社長 |
| 経営経験 | 9年間 | 21年間 | 31年間 |
| 代表経験 | 3年間 | 10年間 | 31年間 |
| 語学能力 | 日本語のみ | 日本語のみ | 日本語・韓国語・英語 |
山田社長・小野寺社長とも、学生時代に専門で学んだのは工学である。とはいえ、エンジニア出身でいながら山田社長・小野寺社長には、ケータイやネットを使いこなしているという印象を世間にまったく与えていない。世間は、彼らに対して、下手をしたら「らくらくホン」「簡単ケータイ」のユーザーではないのかぐらいの疑いの目を向けているだろう。そんな彼らがケータイやネットの未来について何を語っても、世間が耳を傾けることはありえない。逆に、twitterで自ら情報を発信し、iPadで仕事をこなすと公言し、テクノロジーに明るいという印象を世間に与えている孫社長の方こそが経営を専門に学んでいるのだ。
そして、年齢が一回り違う。山田社長・小野寺社長は既に60代。孫社長はまだ50代前半だ。気力・体力は明らかに孫社長に分がある。
では、10歳年上な分だけ、経営の経験が豊富かといえば、そうではない。山田社長・小野寺社長はエンジニアとして使い物にならなくなった40代、50代になってから、経営陣の下っ端に加わって経営を学び始めたにすぎない。経営の経験は、20代から社長を務めた孫社長の方が遙かに豊かなのだ。
その後、代表権を得るまでの10年、20年の間、山田社長・小野寺社長は、オンジョブトレーニングで、どのような経営を学んだというのだろうか。会議で周囲の顔色を見ながら当たり障りのない意見を言い、取引先とゴルフに興じたぐらいのことは最低限やったかもしれない。まぁ、同情の余地はある。今、クビになったら次の就職口が無いかもと不安と背中合わせの中年にできることは、その程度でしかない。ただ、その学びの内容は、20代で起業した孫社長のそれよりどの程度実践的だったのだろうか。
当然のことながら、山田社長・小野寺社長には、語学を専門で学んだ形跡も見られない。アメリカへの留学経験があり、少なくとも大学卒業程度の英語を読み・書き・聞き・話すことのできる孫社長に大きく見劣りする。携帯電話の国内市場が飽和する現在、打開の糸口を海外に求めなければならないが、山田社長・小野寺社長は、トップとして、どのように情報を集め、判断し、そして行動ができるのだろうか。
下っ端が翻訳などでお膳立てしてくれるのを辛抱強く待ち、ハンコがたくさん押される過程でスポイルされた情報を紙背からくみ取り、失言・減点を怖れて誰も発言しない経営会議に流れる空気を読んで判断するのは、非常に高度な能力が求められるものだ。山田社長・小野寺社長は、そういう意味で、日本でも(いや、世界でも)有数の能力をお持ちだろうと思う。
ただ、その能力は、ルパード・マードック(世界的メディア王)、スティーブ・ジョブス(アップル創業者)、ジェリー・ヤン(ヤフー創業者・米国留学経験あり)、ジャック・マー(アリババ創業者・中国にて英語講師経験あり)といった世界有数の企業経営者と個人的親交を結ぶようなことには、やろうと思っても役に立たない。思いつきすらしないだろう。
改めて繰り返そう。
DocomoとKDDIは、経営の素人をトップにしており、山田社長・小野寺社長の経営者としての資質は、孫社長に比較して劣等だ、ということだ。
これだけ明白なのに、株主たちはよく我慢している。逆に言えば、株主が良いといっているのだから、外野があれこれこれ言うことではなく、これで良いのかもしれない。
一方、「トップが経営の素人で、経営者として無能」というのは、多くの日本企業に蔓延している病だ。周りの会社もみんな似たような状況で、また注目度が低くて携帯電話会社のように、比較されにくいために目立たないだけだ。業績が右肩上がりだった時代は、ごまかせたが、これからは、そうはいかなくなるだろう。
危機に置かれている会社の、自分は無能だと自覚がある経営者は、即座に辞めるのが最良の処方箋だ。その際、必要なのは、ただ、年次・順送り人事の慣行を止め、無能な年寄りどもを道連れにするということだ。
一般的な日本企業では、通常はこうしている。
係長の中から優秀なものを課長に、課長の中から優秀なものを部長に、部長の中から優秀なものを取締役に、取締役の中から優秀なものを副社長に、自分が会長になったときに初めて副社長を社長に。
こんなことでは、本当に優秀な者をタイミングよく社長に就けることができない。経営トップとは、頭は固くなり、肉体はガタが来た年寄りの座るべき場所ではないはずだ。
優秀な人間をトップにつけるのに、もっとも効果がある劇薬はこうだ。
広く社会から経営陣を集めて、その中から、とびきり優秀な者を社長に就ける。
中間は、抜擢人事だ。
係長以下一般社員の中から優秀なものを課長に、課長以下一般社員の中から優秀なものを部長に、部長以下一般社員の中から優秀なものを取締役に。ただ、一般社員と取締役では、魚とイルカぐらい似て非なるものだというのが、この場合の問題ではある。
いずれにしても、何をもって優秀とするか、その判断基準と、目利きの能力が問われる。また、決断力や、反対を押し切る実行力も求められる。とはいえ、それは、本来、経営トップとして備えてなければならない能力の基本中の基本のはずだ。そして、孫社長という基準があるのだから、話は早い。孫社長と同程度優秀か、あるいは、それ以上優秀な人間をトップに据えればいいだけのことである。それは不可能なことか? じゃあ、孫社長は日本一、世界一の経営者なのか? DocomoもKDDIもこのまま孫社長に切り崩されるにまかせるだけか? 残された最後の切り札、監督官庁からの天下りを使って、政治家やお役人らとゴニョゴニョする以外に打つ手はないのか? あぁ、いや、これは、別に最後の切り札でもなんでもなかった。
業務引継ぎで今週末まで。
クソな上司ともお別れ。
そして、セレブレティとして振舞うことができた(ほんとにセレブじゃないぜ!年収500万行かねぇセレブなんていねぇだろ)のも今日で終わり。
だが、オレはまだ死んでないぜ!
40近い団塊ジュニアだけど五体満足だぜ。
ああすまん、五体不満足な人を差別してるわけじゃねぇ。いや差別してるのかしれんが今は許してくれ。五体投地で土下座すっから今だけはスマン。今は幸せ探しするべきだと思うんでな!
ほれ、なんだ、アップルのえらいひと、スティーブン・ストラスバーグじゃねぇスティーブ・ジョブスも首切られたことがあんだ。
岩田稔じゃなくて岩田聡なんて倒産した会社にいたこともあるんだぜ!ああ聡じゃない岩田、がんばれよ!オレもがんばるからな!いやもちろん聡もガンバレ!日本のデジタルエンタテインメントはアンタが背負ってんだからな。
ガンバレサッカー日本代表!おれはカメルーンに負けると思ってるけど、予想を裏切ってくれよな!たのんだぜ!裏切れなくてもオレは攻めないぞ!一緒に泣いてやる!
いましんどい思いをしているミンナ!オレもミンナの仲間入りだ!だが誰かが言ったろ。
ピンチのときほど笑うんだ。
ピンチはチャンスだぜ!
そう信じようぜ!
また来るよ。
そん時腐った魚の目をしてても、オレは未来のオレは責めないぜ。
まあ、なんだ。
かあちゃんが泣くから、かあちゃんよりは長生きしてやれ。
その後のことは自分で決めろ。
あーでも、今度は妹が泣くかなぁ。
それはやだなぁ。
よし決めた。
どんだけ生きるのがつらくても、自分では生きることをあきらめねぇぞ。
生きるのあきらめたヤツはごめんな!オレは弱虫なんだ!自分の限界なんか探りたくねえ弱虫なんだ!
だから生き抜くぞ。どんなことしても寿命までは生き抜くぞ。
わりぃな、まじめに生きてる世界中のみんな。
カスみたいなオレが生きるために、世の中良くしていってくれよな。たのんだぜ!
いやほんと、養う家族が少なくてよかったぜ。
嫁さんとかガキとかいた日にゃ目の前真っ暗になってたろうからな。
そう思えばこれまでモテなかったことはほんと幸いだった!
ありがてぇことにこんなとき力になってくれる友達もいねぇ。
だから自分で何とかするんだぜ。
どうよ、この強さ。
ホレボレしちまうよ。
そうだな、どうしてもたすからねぇようなら、未来のオレよ。
ブルーシートを布団の下に引こうぜ。
そうすりゃ、特殊清掃も少しは楽になるってもんだ。
換気扇は回しっぱなしでな。
ドアはしめとくんだぞ。虫が入ってかなわん。
死に方は決めた。
だがまあ、まだ職を失っただけだ。
これから左前だったしてもだ、オレよ。
オレよ、がんばれよ。
ダメでも、オレはお前を許せるからな。
iPhoneユーザ「Appleさん、早くFlash対応してよ」
Adobe「ですよね!開発しました!FlashPlayer for iPhone!Appleマンセー。」
Apple「ソレ・・・別にいらなくね?」
↓
Adobe「またまた冗談をFlashはWEBのトレンドですよ?(笑」
↓
Apple「は?Flashなんてセキュアじゃないし必要ないじゃん。(By AppleCEO スティーブ・ジョブス)」
↓
Adobe「本気で言ってます?なら、覚悟してください。」※1
↓
Apple「うっさいなー何なら規約でうちの製品以外で使ったiPhoneアプリの認可通してやんねーし。」※2
↓
Adobe「・・・(CS5シリーズの目玉機能を潰された」※3
↓
↓
Adobe「みんな聞いてよっ!私は好きなのにAppleが我々を見捨てたんです(I LOVE APPLEの広告)」※5
↓
Apple「Flash?そんなものありましたっけ?iPhoneで表示されませんが何か?」←今ここ
http://www.ideaxidea.com/archives/2010/05/adobe_and_apple.html
※1
■iPhoneのFlash Playerに関してAdobeがAppleへ攻撃的なメッセージ発射!
iPhone搭載ブラウザからFlashサイトを見ようとすると以下のメッセージが表示される
あなたの端末でFlash Playerは利用できません。
AppleはFlash Playerのようなプロダクトが必要とするテクノロジーの使用に制限をかけています。
Appleがこういった制限を外すまで、AdobeはiPhone、
又はiPod touchにFlash Playerを提供することはできません。
http://www.gizmodo.jp/2009/11/iphoneflash_playeradobeapple.html
※2
■ジョブズよ、そこまでアドビが嫌いか? Flashの締め出しを賞賛する声も...
iPhoneやiPadなどで表示されないFlashコンテンツでも簡単に対応アプリに変換可能な
「Packager for iPhone」といった期待の新機能が満載でしたが、
アップルによる狙い撃ち排除計画を受けて、
ついにアドビも完全決別を宣言しちゃいましたよ。
http://www.gizmodo.jp/2010/04/adobe-dropping-iphone-app-development-technology-after-cs5.html
※3
Adobe、iPhone向けFlashを断念 Androidにシフトへ
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1004/22/news027.html
※4
■AdobeがAppleへの訴訟を準備」の報道 Flash問題めぐり
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1004/14/news047.html
※5
■Adobe、「We Love Apple」キャンペーンでAppleに反撃 創業者の公開書簡も
アドビが全米主要紙に「WE LOVE APPLE」の全面広告。
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1005/14/news021.html
IPAの未踏プロジェクトでスーパークリエータになった人は、非常に優秀な人材であることは確かだと思う。スパクリになった人は、有名企業の研究所やアカデミックに進んでしかるべき人たちだと思う。けれども、もし、彼らの中からビル・ゲイツやスティーブ・ジョブスのような人間が出てきてくれることが期待されているのだとしたら、それは間違いだと思う。
もう、IT産業は、一人の天才が世の中を作っていく時代ではない。そういう時代は終わった。市場に出回る製品のソフトウェアのレベルが、かなり上がってきたからだ。特定の分野でシェアトップを握る中小企業を作ることなら、未踏人材であればものすごく可能性がありそうだが、それらの会社がマイクロソフトやアップルのような、総合的なIT企業に成長するためには、また別の仕組みが必要だと思う。
Life is beautiful: なぜ「iPhoneキラー」がことごとく失敗するのか
何をもち「iPhoneキラー」とするか、あるいはそもそも「iPhoneキラー」なる商品群が「ことごとく」登場した上に「失敗」を重ねたのか、というシンプルな疑問を呈示できる時点でこのエントリが既に破綻しているのは明白である。
元々Microsoftで主要な地位のエンジニアだったらしいこの中島某という人は、今ではAppleに入れあげること甚だしい。その入れあげぶりは、まるでおもちゃを与えられ大喜びしている幼い子供のごとくである。
まあいい。好きこそ物の上手なれと言う。とはいえ、中島某がAppleに拘泥するあまりに、そのスリークで特異なデザインやUIをベスト・プラクティスと捉えるなら大いに道を誤ることとなるだろう。
あと、SoftBankモバイルがiPhoneをやたらとコモディファイ(渡辺聡あたりがよく使う「コモディタイズ」というコトバは誤りだ)しようとしているあたりにはどうにも懸念が感じられてならない。
スティーブ・ジョブスが「囲い込み」を行いたい対象は、中島某のような熱心なApple信者、ないしはMicrosoft棄教者にほかならない。Appleがアフィリエイトに並々ならぬ力を入れているのもその一環だ。もしiPhoneが、既にあるケータイと同様に肌身離さず持つコモディティになるとどうなるか。
それは、本来ジョブスがターゲットと目するコアなユーザのさらなる獲得が叶わなくなるということだ。コモディティ化したiPhoneなど、誰が持ちたいと思うものか。
そのあたりを鑑みずに「ジョブスはマーケッテングの天才」と言いはばからない中島某は実におめでたい。ジョブスはこうした盲目的狂信的ファン(= chauvinist(s))をせいぜい(福田康夫ふう)大事にするとよかろう。
本邦の首相が夏のボーナスなぞ端金であると返上することにしたそうである。あぁお坊ちゃまは世間知らずで苦労一つも知らないんでございますね。金持ちが小銭を断ってみせて人心を掌握できるとでもお思いですか?もし電通のコネ社員のウスラ馬鹿が隣に居るなら蹴倒してクビにしなさい。
数年前から問題だったり新たに首長に就任したときに無給だとか減俸○○%とか痛くも痒くもないのに寸劇を見せる自称政治家という痴れ者が目立ちます。詐欺師は仕掛けの前に損して儲けさせてやるかの様に振舞ってみせます。かのスティーブ・ジョブスはAppleに復帰後無給と称して恩を着せながら億ドル単位の“手当”をもらっておりました。こういう見栄えの良いパフォーマンスをやる人間ほどその後ろで酷く業突張りで真面目な人間の善意につけこむ者なのです。
日陰で蓄財もせず給与だけで目の前の仕事をこなしてきた真面目な人間を冒涜し、挙句お前も追従せよとそんな愚直な人間の給与を奪ってこの卑怯者たちは手柄面しているのです。
自分の利害を賭けるなら、せめて金額でなく資産の半分を処分しますといいなさい。
むしろ、給与をもらいなさい。頂ける給与だけで生活しなさい。
責任を痛感し(/就任の心構えとして)、土地財産を処分し国家(/県)に寄付し、給与にて生活いたしますとでも言ってみなさい。
出来るものならやってみなさい。
jkondoは師モッチの幻を見る。モッチは彼にシリコンバレー系へ行き、Chenとともに新サービスの開発を続けるようにと告げたのだった。
Chenは若いjkondoにネットビジネスのことを説くと同時に、過酷な心身の鍛練をさせ、ことに安直な怒りとネット・ビジネスのダークサイド(やっぱ日本で上場した方が楽なんじゃないか)への誘惑に惹かれないよういましめた。
そして、きわめて困難な課題を命じられたjkondoが、やってみますと答えると、
Chen「違う!やってみるのではない。やるのだ。または、やらないか。やってみる、などというものはない」
カワ・サキとナオヤがダイカンヤマ・シティで苦しんでいる幻影を見ると、jkondoは動揺し、シリコンを発って2人を救出しようと決意する。
Chenと霊体のモッチはどちらも、jkondoの決意はカワ・サキたちの闘争の意味さえも台無しにしかねず、jkondoはダークサイドの虜になりやすいと警告する。
jkondoはChenとモッチが正しいという思いと、盟友が危険な目にあっている幻視のはざまで悩んだが、いずれ開発を終えることを約束して出発してしまう。
ダイカンヤマでカワ・サキとナオヤを救出してまもなく、jkondoは約束どおりシリコンへ戻ったが、ベンチャーマスターは死に瀕していた。
Chenは新サービスの開発を完成させるためには、エリック・シュミットとスティーブ・ジョブスと対決することが必要だと打ち明け、再度ダークサイドに用心するよう告げた。
そしてついにChenは息を引き取るや消え去り、しなもんと一体化したのである。