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はてなキーワード: 王侯とは

2024-03-20

歴史観価値観遡及は当然です。

よくBLM運動過去偉人の像が倒されているのを、ネトウヨポリコレだとか過去現在価値断じているとか言うが、それは世界各国で当然に行われてきたことだし、これからも行うべきなのだ

例えばアメリカ正史ではイギリススペイン植民地住民専制権力支配する悪の勢力となっているが、独立前は当然、イギリス王や貴族は立派な人々と(アメリカでも)見做されていた。成功した植民地まれの人々は競ってイギリス製品を買い、イギリス王侯を模した生活をしていた。

独立戦争によって反英、反君主制が主流となり、アメリカ独自生活をしてアメリカ産品を買うのが立派な人間となった。そして遡って、それまで立派な人間とされていたイギリス王侯悪人とされた(なおイギリス王侯貴族を範とする文化内戦前の南部には残存した)。

フランスもそう。革命前は貴族こそが道徳的であり、平民は悪であった。

これらの価値観を独立革命によって転換しないなら、今もアメリカでは英王が崇拝され、フランスではルイ16世が崇拝されるのか。馬鹿げている。

2024-03-19

anond:20240317162442

日本の、最底辺基準を合わせる風潮はマジで何なんだ

アメリカ式の、まずは出来るやつをどんどん引き上げて

落ちこぼれたやつを最低限のセーフティネットで救い上げる方式しろ


このままだと大多数のまともな人間は使いつぶされる。


なぜ障碍者どもに王侯貴族かのように振る舞うことを許してるのか

一昔前は按摩やら三味線引きやら自助努力生活をしてきたわけ

今のやつらは甘やかされ過ぎて勘違いしている

さらに昨今の医療・製薬業界プロパガンダにより

あらゆる人間障害を抱えている"ことにされている"

ADHDだのASDだの、一昔前は人間扱いされていた人間が、人間扱いされないようになって

ああ、俺は障碍者から社会歯車として生きていかなくていいのだ、という免罪符を与えられる

俺もADHDの診断を受けたものの、薬物は使わずTool Assistedで何とか社会人として生きている

あのまま、医者の言われるがままに手帳を取っていたらと思うとぞっとする。


日本は何でもかんでも付加価値にならないところにお金と労力を掛けすぎだ。

そりゃいいところもあるよ。余裕があるからかい部分にフォーカス出来て独自文化が作られている側面もあるだろう

だが、それが行き過ぎて大多数の優秀な人間、善良な人間が割りを食うようになったらおしまいだよ


昨年、障がいを抱えながらも定年まで勤め上げた叔父が亡くなった。

晩年、彼はずっとこういい続けた

「人は社会性の動物だ。それを忘れてはならないよ」

こういう事例を見掛けるたびにそれを思い出す。

社会は、それに参加する人の良識によってのみ良いものに変わる

今までそれから疎外されていながらも、存在を許されていたはずの彼らが

社会の在りようを自分中心に定義するようになってしまえば、大多数の人間が苦しむようになる

これでは誰も救われないじゃないか

多様性時代存在を許すこと自体はいいし、出来る範囲さらなる快適さを求めるのはい

だが、それはあくま存在だけであって、社会の有限の余剰リソースを使ってそれが許されているに過ぎない

少数民族が大多数のリソースを使いつぶす社会絶対にうまくいかない

それはまるで、グリーンベレー少数民族に国を支配させたような植民地支配の形だ。

現代版の、障碍者による植民地支配を許してはならない。

我々は、お互いに謙虚でなければならない。


もう少し、お互いに思いやりを持って過ごしやす社会になることを強く望む。

2024-03-16

国が婚姻制度法制化し優遇するのは自由民主主義バグが起因

自由民主主義保障する自由人口の多さ(=多様性)の権力分散によって担保されるというバグ自由民主主義にはある。

国がなぜ税制で既婚者や子持ち家庭を優遇するのか?と言えば、自由民主主義を取る国であるのならば人口の多さ(=多様性)を確保し続けなければならず、それが出来なくなれば国は人民のための国ではなく、王侯貴族のための国や神仏のための国になってしまうからだ。

もちろん、自由民主主義のために人口の多さ(=多様性)を確保するという部分に対して政治家資本家既得権益者へ嫌味の1つや2つを言いたくなる心情もかなりよく非常に理解できるが、それら政治家資本家既得権益者へ対抗するには人口の多さ(=多様性)が必須なことを理解できないほど皆様は愚かではないと私は信じている。

統計上、既婚率が出生率へ直結しているのは様々なレポートで語られていることからわかるように、日本自由民主主義を是とするからこそ国家政府行政結婚する者を増やし、子供を増やし、人口を増やす責務があるのだ。だからこそ日本政府行政自由民主主義担保するため税制で既婚者や子持ち家庭を優遇している。

私の、我々の、皆様方の自由民主主義は、私が、我々が、皆様方が存在するからこそ、これから結婚する者が、これからまれる者が存在するからこそ担保されている。

これまで様々な主張によって自由民主主義人民必須であるというバグを解消しようとする試みや主張、議論があったものの、それら試みや主張は尽くが論破され失敗に終わり主流化に至っておらず、何なら物凄く酷い主張も存在しており実質的に家父長制への回帰であったりファシズムであったりしているのだ。

一部の方々の中にはこの自由民主主義人民必須であるというバグへ対して苦々しく思っているだろう。身が震えるほどに心が沈むほどに理解できる賢さを持つ皆様方だからこそ自由民主主義人民必須であるというバグ解消の困難さを理解しているだろう。そんな話は聞きたくないと、結婚けがすべてじゃないと、子持ちだけが正義じゃないと言いたいのに、それを肯定してくれてるのが、そういう主張を許してくれるのが人口の多さ(=多様性)が担保する自由民主主義であるという矛盾を皆様方はよく理解できてしまっているから涙を流し続けているんだろう。

しかしそれでも、諦めずに自由民主主義人民必須であるというバグを解消しようとする試みや主張、議論は続けていくべきだ。失敗もある、論破されることもある、バカだと言われるだろう。それでも続けていくからこそ自由民主主義を是とする国の主権者だと胸を張れるんじゃなかろうか。自由民主主義人民必須であるというバグが解消されたときアナタが正しかったと言ってもらえるんじゃなかろうか。

今の自由民主主義には人民必須であるしかし将来はわからない。それは信じていきたいし皆様方にも信じていただきたい。

2024-03-12

anond:20240312111939

まれてたやつが自分と同じかそれ以下に落ちるのだから格差が消えるじゃん

 ← まだこんなこと言ってるよ。二次大戦みたいな大戦争を経ても上の方の人間たちの殆んどは転落したわけではないだろ。戦後すぐの銀座写真とか見たことないか? 戦後吉田茂大磯の別荘でゆったり休養したりしてたろ。鳩山だって見てみろよ。 

本当に上の方の恵まれてたやつらが庶民と同じかそれより下に落ちるのは暴力革命の時だよ。フランス革命ロシア革命中国共産革命皇帝王侯貴族たちが引きずり降りされて殺されたり一介の労働者扱いになったりしたろうが。

2024-02-27

要するに、女の目指すべきポジションは"王侯貴族の愛妾!"

「女の目で見れば明らかに弱い女なんだけど、男の目から見ると強い女に見える」

これは『女の子どうしって、ややこしい』を読んでる時にぼんやり考えていたが、どうも女性の中だと

責任を拒絶する事」がヒエラルキーの高さを示してるっぽいんだよな。

からすると「色々引き受けてる人」は強い人に見えるが、女性からすると「色々引き受けて背負ってる女性」はむしろ弱く映るっぽい

2024-01-17

虫なのに部屋を当てがわれてるとか王侯貴族にでも飼われているのか

2023-09-26

昔の王侯貴族見てると(ほぼ義務的だが)めっちゃ子作りに励んでてすごいが

今も似たようなノリで子供作りまくってる王族っているのかな

2023-09-25

anond:20230924192220

ワイは胡椒大好きマンからうそりゃドバドバ入れるで

瓶の半分も入れることはあまりないけど、過去に数回はやったと思う(GABANの缶なので1/10くらい)

はあ~これが古の王侯貴族が求めてやまなかったという胡椒か~王侯貴族すらできなかった贅沢だぜ~

幸福な気分になれる

2023-07-13

人殺しの顔をしろ」ってそういう意味じゃないだろ……って見かけるたびに思っている

このフレーズってこのブログ記事きっかけで広まった認識なんだけど

https://goldhead.hatenablog.com/entry/20101212/p1

 言っておきますが、この記事にはお化粧も、予定調和もありません。いつものように、人間のふりをしていません。私は人殺しの顔をして書いている。だからさらに話を広げてしまうとすれば、私にはこの記事町内会長の男性(62)のように持ち家も土地もありませんし、おおよそ年収200万円程度の人間に過ぎませんが、私も失いたくないし、私のこの生活が成り立つためであれば、どこかの誰かが職を失ったり、人格破壊されるほど惨めな目にあったりしようが、知った話ではありません。ましてや、日本であるという程度の理由でこの王侯貴族のような暮らしが成り立つなら、どこかの国で悲惨児童労働が何百万件行われていようと、知った話ではありません。知った話だとしても、知った話ではありません。せめて、人殺しの顔をしたい。

「今の私の暮らしは他の誰かが犠牲になることで成立している。だが私自身が代わりに犠牲になりたくない。しかしせめて誰かを犠牲にしたという自覚を持つ。」って意味だと思うんだよね

それが芸能人自殺して、批判だか誹謗中傷だかしてた人に「人殺しの顔をしろ」って言うのは……

自身行為が悪だと自覚せよ」って意味で言ってるんだと思うんだけどね

そりゃ「自身行為が悪だと自覚せよ」って意味の大意は同じだけどさ

生活を成り立たせるためにやむをえず行う「人殺し」と、積極的批判だか誹謗中傷だかをする「人殺し」は違うだろ

まあミームってのは意味がどんどん変質していくものから、これは当たり前の事ではある

だが元々のブログ記事が言いたかたことが忘れられているような気がしてちょっと悲しくなってしま

(それとも私が知らないだけで「人殺しの顔をしろ」ってセリフは他に元ネタがあったりするのかね、だとしたら納得ではあるんだけど)

https://anond.hatelabo.jp/20230713110743

id:goldheadはその前から人殺しの顔」論法を使っているが、

https://goldhead.hatenablog.com/entry/20101003/p2

たとえばこちらの記事では、横浜市が「市民の半数がアダルトビデオ問題視するように教育する」ことを目標にしていることについて、

自治体とき人間内面に踏み込んで、その感情を統制していいもの

とし、

浄化するならその気で来い、人殺しの顔をしろ、と言いたくもなる

結論している。

これは自戒でもなんでもなく「正義感他人批判するならその残虐性に自覚を持て」用法なのではないか

教えてくれてありがとう

であればミームが変質したのではなく元々そのような用法でも使われていたということで納得しました

2023-06-03

anond:20230601153918

フィクションの中で悪いことが行われているからと言ってキャンセルしてはいけない。おはなしと現実区別をつけようね。で終わっても良いんだけど、良い例が出てきたので少し話をしよう。

ちなみに私は

結局のところなんもかんも世襲がわるい

https://anond.hatelabo.jp/20230601114029

を書いた人です。世襲についての知見が少したまったので。

例で出てきたドラクエ1には実は良い世襲と悪い世襲の両方の例が含まれている。良い、悪いという言い方は良くないな。この話ではどっちも悪いという結論になるので。

言い換えると、市井の人にとって損な世襲と得な世襲が含まれている。

損な世襲はもちろん王様権力固定化!腐敗!中世国家革命してさっさと解体しましょうねー。

王侯貴族みたいな設定は異世界チートと同じで無茶を通しやすくするための舞台設定としてフィクションで良く使われる。でも現実的に考えたら権力で無茶を通すやつ存在したらダメ現実存在してるから怒りが湧くが。これが損な世襲

そんでもって、我々一般ピーポーにとって得な世襲勇者だ。

わずかな路銀を持たされて、命がけの旅に出るなんて役目、勇者血筋がやってくれるに越したことはない。誰もやりたくないでしょそんなの。コメントなんかで指摘されていた、人手不足世襲にあたるね。

でもそれって現代倫理で生きる我々が手放しで誉めて良いことか?社会必要だけどだけも個人的にはやりたくないことだったら、社会全体で負担すべきでは?

世襲農家の倅が農家やってくれるから助かる~!みたいなこと言ってた人いたけど、明らかな人権侵害でしょ。えたひにんが穢れ仕事やってくれるから助かる~!と同レベルよ。

そういう人は外国人技能実習生の件とかで文句言う資格ゼロでは?

ともあれ私は、世襲は滅ぼされるべきであると考える。

2023-05-01

anond:20230501075453

フランス料理起源を完全に王侯貴族宮廷文化に求めるのは短絡的です。フランス料理は、地域ごとに異なる素材や調理法を活かした豊かな家庭料理が基盤にあるのです。例えば、ブルゴーニュ地方ワインを使ったビーフ・ブルギニョンや、プロヴァンス地方オリーブオイルニンニクを使ったラタトゥイユなど、様々な地方料理存在します。

かに宮廷料理フランス料理歴史に大きな影響を与えていますしかし、フランス革命後に失業した元ベルサイユ料理人たちがレストランを開くようになったことで、それまでの家庭料理地方料理技術知識が広まり、高級レストラン提供されるようになったのです。

まりフランス料理家庭料理地方料理宮廷料理の双方が融合し、多様な選択肢が増えていったと言えます。それぞれの価値観ニーズに応じて変化し、進化してきたのが現代フランス料理です。

anond:20230501044824

いやいや、高級なフランス料理起源家庭料理などではなくて王侯貴族宮廷文化だよ。革命王政自体が無くなって、失業した元ベルサイユ料理人たちが街で裕福な市民階級相手レストランを始めたのさ。

2023-04-26

質問質問と受け取らないのは漢文の授業のせい

陳勝王侯将相いずくんぞ種あらんや」

これは疑問形だが、世に出るのは、実力次第であって、出自無関係であるという主張である

王や将軍になるのは出自重要ですか?と質問しているのではない。

まり、これを解決するには日本から漢文古典の授業をなくせばよい。

anond:20230426131041

2023-04-10

ミュシャ萌え絵の話

なんか見た話である

女性身体性的に誇張した萌え絵公共空間に出してはいけないという主張に対して西洋絵画の例としてミュシャは?と問う人がいた。

これにミュシャ芸術ではないと答えられていて炎上していたのを見て、ミュシャ果たして西洋絵画代表例として適切なのか、考えてみた。

そもそも美術とは何か。

美の基準は人それぞれだが、美術界においては審査を受けて合格美術館に展示されるもの美術であると考えられる。

その点では、フランス時代広告イラストレーターとして活動し、チェコに戻ってから画家として大作を完成させ、祖国に寄贈したミュシャは、自分自身仕事によって芸術家として支持され自らの地位を自ら作った人だと言える。

官展が作品芸術家を権威づける美術界においては確かに正統派な経歴ではないだろうし「いわゆる」一流の画家と言えるかは議論余地があり、その点でそもそも西洋絵画代表としてミュシャ提示することがそもそも誤りなように思える。

だが、大衆に支持され祖国の人々の心に残る優れた芸術であることは間違いないのではないだろう。

ではミュシャ芸術家なのであれば萌え絵芸術的な広告として出して良いのでは?

ここでマネオランピアや草上の昼食などを思い出してみたい。

どちらも女性の裸体を描いたものであるが、美術とは王侯貴族宗教画こそ良しとされていた時代に、娼婦を描くことで権威的な美術界に一石を投じている。

それと比較する萌え絵商業的な色合いが濃い。

ではミュシャと比べると、ミュシャ世間常識を踏まえて広告イラストを描いているように見える。

フランスではデコルテ出しは問題ない代わりに足を出すとはしたなく見られる。

それは王侯貴族肖像画だったり、現代では映画祭なんかでセレブが着ているドレスでもデコルテまわりは出していても圧倒的に足出し率は低い。

ミュシャが描く女性もやはり足出しはほとんどしていない。

また、今ほど食料が豊富ではなかった時代豊満さは豊かさであり美しさであった。

であれば、全体的に女性的な丸みを強調したシルエットは性的というよりはむしろ健康さの強調であると考えられる。

さて、萌え絵はどうか。

時代は移り変わり、細身であることが美しいとされがちな現代美的価値観に則って身体全体としては細身の印象であるが、胸など性的に描かれやすいパーツのみ強調されているに思える。

美しく描くためというよりは性的な魅せるための強調と言えるのではないか

ちなみに、かつての日用品広告などが今となっては価値あるものとして博物館に並べられるように、今後萌え絵芸術となる可能性もあるのだから保護すべきというような意見も見かけた。

かにそうなる可能性はもちろん否定できない。

ただし、その評価をするのは今ではない。

現状商業性の強い萌え絵広告はすぐには美術品として飾られることはない。

では萌え絵がいずれ美術品としての地位を得ていくためにはどうすべきか。

ミュシャの例を見ると、イラストレーターとして支持を得て着実にステップアップしていたミュシャはある富豪から金銭的な援助を受けたことで故郷チェコへ戻り、『スラヴ叙事詩』という大作の絵画を作り上げている。

ここから、すぐにできることとして、お気に入りイラストレーターがいたら創作を続けていけるように作品買い支えること、また作品はいずれ寄贈できる時に備えて大切に保管しておくことを挙げる。

無理に押し出して変な騒ぎを起こすことはむしろイラストレーターから創作意欲や仕事を取り上げることにつながりかねない。

信じて推して待つ。

できることはただそれだけなのだ

2023-03-08

覚書。

(女性向け)異世界恋愛の書き方

主人公女性

②年齢は十代後半、あるいは転生した幼児精神年齢はオトナ

知能指数高め、我慢強く優しいが芯の強さがある

処女、淑女

貴族の令嬢としてのふるまいをちゃんとしてる

家事全般できる(やらないは可)

領地経営経理関係もできる

⑧へたな男性貴族より有能で自立している(※不遇ゆえ発揮できない)

⑨5ゆえ、両親や婚約者にむやみに逆らうことはない

基本的に美しい(現代もの少女漫画系譜とは異なる)

⑪良くも悪くも家族を大切にし強く影響を受ける

冒険に出る場合は『やむなく、それでしか生きるすべがないので』の理由あり

恋愛要素は『物語上の、読者にとっての目的』ではあるが、『主人公目的』は全く別のものである。そしてそれは主人公自身趣味嗜好や欲ではない。実家の立て直し、生存国民のため等

愛情の強さは、男→→女(主人公)。主人公受け身

舞台は豪華に。王侯貴族魔法学園等。

⑯「映え」を常に意識する。キャラの美貌や衣装はもちろん、背景の建物食べ物など小物も。ドラマチックな展開を描くとき「待てよ初キスは自宅普段着より王宮バルコニーのほうが絵になるな」と思いとどまる。

男性はとにかく主人公のために動く、喋る、生きる、呼吸する。すべて主人公のため。

相手男性ステータスナンボ盛ってもよい。端正顔立ち→視線を合わせるだけで失神しそうなほど絶世の美貌、男爵✕→伯爵以上、身長170センチ✕→185センチフィジカル騎士並みの腕前』✕→騎士団を1人で圧倒する。非現実的OK盛る

⑲悪役の当て馬ライバル女を醜くしない。貧乏一般庶民のブサ男・デブスにするのではなく普通に貴族イケメン美人にしておくべし。主人公へのいやがらせ言動性格不貞無能教養といった中身で貶す。(主人公もまたそれらを評価される)

⑳男は主人公の心身ともに愛する。どっちも褒める。

㉑男が主人公の外見を褒めるあるいは注視するとき、「おっさんセクハラ視点」にならないよう要注意。NG「むっちりと健康的な肉付きに艶のある足、思わず抱きしめたくなる細い腰」OK「小柄だがすらりと細長い手足、銀糸のような髪に知的眼差し

㉒男の「ハイソ階級金持ち、しごでき、強い」などのスペックについてはそのままそう書くだけでOK、実際に仕事をしているところやバトルシーンを入れなくてもいい。読者はそれで信じる。

そのぶん「主人公を愛している」ことを実証するイベント台詞を何万回でも描写する。でないと信じられない。

㉓男女ともに浮気は一切しない。ヒーロー過去女性経験があってもいいが物語が開始してからは他の女と触れ合わない。元カノ当て馬女に優しくしない。

浮気を誤解した主人公は「浮気者!」と怒らない。裏切られたと憤るのではなく「私より彼女のほうが魅力的だもの仕方ない」と自責思考で退く。

……ざっと思いつくものを書いたけど

なんつうか、親に姉妹差別されてイケメンとどこで出会い何があってざまあして~みたいなストーリー的なテンプレートって実は存在してなくて、こういう「世界観」のほうが共通しているように思う。(もちろん100%例外作品なしなんてことはないよ!!)

https://twitter.com/tobiranoizumi/status/1631751564116516864

2023-01-17

anond:20230117174240

おっさんでも中国大陸農民反乱起こすとき王侯将相いずくんぞ種あらんや使うだろ

anond:20230117173301

でもあん女子中学生漁夫の利とか鶏口となるも牛後となるなかれとか王侯将相いずくんぞ種あらんやとか使わないでしょ

2022-12-06

anond:20221205195519

前提となる技術を失った地獄よりも、未来に飛んでもっと大きな巨人肩に乗りたい。今の王侯貴族並みの生活を送れる未来一般人になる方が幸せでいられそう。

2022-11-01

いとこ婚って別に一卵性双生児とか絡んでなければ大した問題ないんだよな

21世紀に大昔の王侯貴族みたいに何代にもわたって親族婚繰り返すわけじゃあるまいし

2022-10-29

自分が死んだらペット死ぬ

殉葬とは

王侯の死に際し、従者や侍女殉死させて葬る古代風習人間に限らず犬や馬を葬ったものも殉葬というが、犠牲として区別すべきものもある。

2022-10-09

代理出産歴史とかをうろ覚え適当に書くから訂正は頼んだ

多分みんな代理母の仕組みとかどうやるかとかよう知らんやろ。そやから適当に知ってるとこを書く。間違いはみんなで指摘してな。


子供産めない女性の「夫」のために子供産む、ってのは古来は妾とか側室があった。出来るの王侯貴族だけだが。ヨーロッパだと妾の子後継者には出来ないので、大体離縁で新しい妻。カトリックだと離婚できないので、「結婚時の書類の不備で婚姻できてなかった」という裏技で別れてたのはまた別のお話

韓国だと「シバジ」という制度があり、妻が産めない場合シバジという若い女を連れてきて、子供を産ませて男子なら引き取りシバジは追い出す。女子ならシバジに持たせて追い出す。

そのうち代理母出産というのが出来た。初期の代理母女性依頼人精子を注入して子供を産ませる。卵子代理母のものなので、産まれる子は代理母の実子である

しかアメリカで実子に愛情の湧いた代理母子供を引き渡さな事件が起きた。ベビーM事件である。詳細は検索で。それ以降代理母本人の卵子は使わないという方向になった。

依頼人卵子提供、あるいは卵子第三者から買い、体外受精をしてから受精卵を代理母に着床させる。

そんでまたアメリカ事件が起きた。独身男性卵子買って自分精子受精卵作り、買った代理母に子を産ませて子供を買い上げた。子供は生後一ヶ月以内に虐待されて死亡。元から虐待目的での代理母出産だった模様。

その後代理母売買業者基準は「依頼人夫婦に限る」ことがスタンダードとなった。そのせいで代理母身体健康への負担と拘束期間が長くなったが、それは後で書く。

アメリカの話が中心になったが、先進国では代理母は人道的ではないとして大抵は罰則付き禁止だったりする。アメリカでも合法なのは3州…いや4州だったかな。とにかく大半の州では禁止なのだ

かつて代理母天国、「世界の子宮」などと言われた韓国でも「非人道的」としてとっくの昔に禁止となった。精子卵子売買も禁止になったんじゃなかったかな。違ったらごめんね。

その後インド代理母売買の中心となった。金を払えば出生届依頼人の実子としてチョメチョメしてくれるので世界から依頼人殺到しかも安くで買える。しか2012年に国から禁止通達が出た。でもその後もやってるけど。どうなってんだろうね。

代理母の選定方法を書いておこう。代理母斡旋業者が選ぶ代理母

健康である程度若く

・すでに元気な子供を経膣で産んだ実績があり

育児の子供がいてある程度貧乏女性

初産は難産になりやすい。経産婦だとある程度安心だ。しかも元気な子を産んた実績があれば更に安心度合いは増す。

そして子供がいて貧乏であれば、仮に妊娠中に胎児愛着が湧いたとしても金銭的に赤ちゃんを引き取ることはできない。上に子供がいれば、その子に金がかかるのに更に赤ちゃんまで引き取れないはずだからベビーM事件の予防のためである

さて金の話だが、アメリカでの代理母10年前で2000万円くらいだったはず。今はもっと値上がりしてそう。大半は代理母売買業者医療費で、代理母には200万円程度が支払われる。拘束期間1年かそれ以上で、妊娠すれば出産まで24時間ずっと仕事だ。しか成功報酬。元気で健康な子を産んだ場合にのみ支払われる。依頼人障害児を引き取る夫婦は少ない。代理母はほぼ貧乏人、普通に働けないか代理母やる人なので、勿論子供は引きとる金はない。なので障害児は施設に捨てられる。ちなみに代理母双子を産み、ひとりしか要らない、と片方を捨てていった依頼人夫婦の話がニュースになったこともあった。

インドではもっと安くで買える。数百万円だったかな。代理母には20〜40万円くらい支払われるんだったかな。もっと安かったかも。カーストが低く40万円なんて稼げない夫婦の妻が代理母をやる。子供学校にやったり家を買うのだそうだ。でも家買ったらすぐ無くなっちゃうけど。それで2回、3回とやる。

次は代理母プロセス依頼人業者カタログ卵子提供者を選ぶ。人種、髪や肌、目の色、身長知能指数等見て選ぶ。代理母カタログから選ぶ。

選んだら、次は妊娠プロセス卵子提供者と代理母排卵周期を合わせて妊娠しないといけないので、ホルモン注射をして周期を合わせる。何週間か注射し続けて周期合わせたら採卵、体外受精、着床。うまくいかないとやり直し。

妊娠できたら出産まで体調管理である他人卵子使うと流産率高い模様。

ちなみに妊娠率上げるために受精卵を複数入れる場合もある。双子妊娠した代理母危険なので減胎したいと申し入れるも依頼人は了承しなかった、というケースもあった。

妊娠出産日本じゃ医療進んで母体新生児死亡率下がったから「誰でも普通にできてつわりしんどいくらいで危険はないんでしょ」と思ってる人多いが、割とそうでもないのは調べてくれ。

元気で健康な子を産めたらオッケー、お金をもらえる。障害児は捨てられる。「障害児は生まれる前にわかるでしょ」って思ってる人も多そうだが、わかるタイプは墮胎されてる。出産時の事故障害児になるのが多いねんで。酸素が脳に回らなくて麻痺とかね。

で、代理母上記のように金が無いので引き取れない。そしたらもう施設送りだ。

元気な子の場合代理母に顔は見せない。愛着わくから

代理母死亡の場合は多少の見舞金くらいはあるかもしれないが、多分補償は無いだろう。

ちな1回目の代理母出産で死にかけて帝王切開した代理母、2回目は経膣で代理母しようとして子宮破裂し子宮ごと摘出するはめになった、という事故もあったとか。

このように、代理母危険貧乏人と赤子の売買システムである世界的には禁止の流れのビジネスだ。貧乏人救うのに他の方法無いんですかね?と思うんだけど。

追記

リンク忘れてた

https://anond.hatelabo.jp/20220925132002

2022-10-08

代理出産歴史とかをうろ覚え適当に書くから訂正は頼んだ

多分みんな代理母の仕組みとかどうやるかとかよう知らんやろ。そやから適当に知ってるとこを書く。間違いはみんなで指摘してな。


子供産めない女性の「夫」のために子供産む、ってのは古来は妾とか側室があった。出来るの王侯貴族だけだが。ヨーロッパだと妾の子後継者には出来ないので、大体離縁で新しい妻。カトリックだと離婚できないので、「結婚時の書類の不備で婚姻できてなかった」という裏技で別れてたのはまた別のお話

韓国だと「シバジ」という制度があり、妻が産めない場合シバジという若い女を連れてきて、子供を産ませて男子なら引き取りシバジは追い出す。女子ならシバジに持たせて追い出す。

そのうち代理母出産というのが出来た。初期の代理母女性依頼人精子を注入して子供を産ませる。卵子代理母のものなので、産まれる子は代理母の実子である

しかアメリカで実子に愛情の湧いた代理母子供を引き渡さな事件が起きた。ベビーM事件である。詳細は検索で。それ以降代理母本人の卵子は使わないという方向になった。

依頼人卵子提供、あるいは卵子第三者から買い、体外受精をしてから受精卵を代理母に着床させる。

そんでまたアメリカ事件が起きた。独身男性卵子買って自分精子受精卵作り、買った代理母に子を産ませて子供を買い上げた。子供は生後一ヶ月以内に虐待されて死亡。元から虐待目的での代理母出産だった模様。

その後代理母売買業者基準は「依頼人夫婦に限る」ことがスタンダードとなった。そのせいで代理母身体健康への負担と拘束期間が長くなったが、それは後で書く。

アメリカの話が中心になったが、先進国では代理母は人道的ではないとして大抵は罰則付き禁止だったりする。アメリカでも合法なのは3州…いや4州だったかな。とにかく大半の州では禁止なのだ

かつて代理母天国、「世界の子宮」などと言われた韓国でも「非人道的」としてとっくの昔に禁止となった。精子卵子売買も禁止になったんじゃなかったかな。違ったらごめんね。

その後インド代理母売買の中心となった。金を払えば出生届依頼人の実子としてチョメチョメしてくれるので世界から依頼人殺到しかも安くで買える。しか2012年に国から禁止通達が出た。でもその後もやってるけど。どうなってんだろうね。

代理母の選定方法を書いておこう。代理母斡旋業者が選ぶ代理母

健康である程度若く

・すでに元気な子供を経膣で産んだ実績があり

育児の子供がいてある程度貧乏女性

初産は難産になりやすい。経産婦だとある程度安心だ。しかも元気な子を産んた実績があれば更に安心度合いは増す。

そして子供がいて貧乏であれば、仮に妊娠中に胎児愛着が湧いたとしても金銭的に赤ちゃんを引き取ることはできない。上に子供がいれば、その子に金がかかるのに更に赤ちゃんまで引き取れないはずだからベビーM事件の予防のためである

さて金の話だが、アメリカでの代理母10年前で2000万円くらいだったはず。今はもっと値上がりしてそう。大半は代理母売買業者医療費で、代理母には200万円程度が支払われる。拘束期間1年かそれ以上で、妊娠すれば出産まで24時間ずっと仕事だ。しか成功報酬。元気で健康な子を産んだ場合にのみ支払われる。依頼人障害児を引き取る夫婦は少ない。代理母はほぼ貧乏人、普通に働けないか代理母やる人なので、勿論子供は引きとる金はない。なので障害児は施設に捨てられる。ちなみに代理母双子を産み、ひとりしか要らない、と片方を捨てていった依頼人夫婦の話がニュースになったこともあった。

インドではもっと安くで買える。数百万円だったかな。代理母には20〜40万円くらい支払われるんだったかな。もっと安かったかも。カーストが低く40万円なんて稼げない夫婦の妻が代理母をやる。子供学校にやったり家を買うのだそうだ。でも家買ったらすぐ無くなっちゃうけど。それで2回、3回とやる。

次は代理母プロセス依頼人業者カタログ卵子提供者を選ぶ。人種、髪や肌、目の色、身長知能指数等見て選ぶ。代理母カタログから選ぶ。

選んだら、次は妊娠プロセス卵子提供者と代理母排卵周期を合わせて妊娠しないといけないので、ホルモン注射をして周期を合わせる。何週間か注射し続けて周期合わせたら採卵、体外受精、着床。うまくいかないとやり直し。

妊娠できたら出産まで体調管理である他人卵子使うと流産率高い模様。

ちなみに妊娠率上げるために受精卵を複数入れる場合もある。双子妊娠した代理母危険なので減胎したいと申し入れるも依頼人は了承しなかった、というケースもあった。

妊娠出産日本じゃ医療進んで母体新生児死亡率下がったから「誰でも普通にできてつわりしんどいくらいで危険はないんでしょ」と思ってる人多いが、割とそうでもないのは調べてくれ。

元気で健康な子を産めたらオッケー、お金をもらえる。障害児は捨てられる。「障害児は生まれる前にわかるでしょ」って思ってる人も多そうだが、わかるタイプは墮胎されてる。出産時の事故障害児になるのが多いねんで。酸素が脳に回らなくて麻痺とかね。

で、代理母上記のように金が無いので引き取れない。そしたらもう施設送りだ。

元気な子の場合代理母に顔は見せない。愛着わくから

代理母死亡の場合は多少の見舞金くらいはあるかもしれないが、多分補償は無いだろう。

ちな1回目の代理母出産で死にかけて帝王切開した代理母、2回目は経膣で代理母しようとして子宮破裂し子宮ごと摘出するはめになった、という事故もあったとか。

このように、代理母危険貧乏人と赤子の売買システムである世界的には禁止の流れのビジネスだ。貧乏人救うのに他の方法無いんですかね?と思うんだけど。

2022-09-28

北斗七星人間寿命運命の話

北斗の拳』が大ヒットした当時、学校見学旅行プラネタリウムを訪れたことがある。その際に、解説役の女性ナレーターが、おおぐま座北斗七星について語る場面で「誰ですか?『死兆星が見える』なんて言っている人は」とジョークを挿入してきたことを、場内が爆笑の渦に包まれたことと共に、今でも記憶している。

北斗の拳』がヒットして以降「北斗七星は死を司る星辰(星座)」という認知も、神話伝承にそれほど明るくない人々にまで普及した。特にプラネタリウムでもジョークに用いられた「死兆星」は、たとえ天文学的正式名称(ミザールとアルコル)を知らなくても、当時の少年ジャンプ読者で知らぬ者はいないと言っても過言ではない。

この北斗七星柄杓の柄の端から2番目の星が、二つの恒星から成ることを見分けられるか否か、それを尋ねることで兵士視力検査するという手法が、古代エジプトでは採用されていたという。しかし、古代エジプト人が寿命の長短を判定するのにこの二重の星を利用していたか否かは、寡聞にして知らない。西欧星座伝承の大部分は、古代エジプト以外で言えば、古代バビロニア古代ギリシア・ローマ等に起源を持つと思ってさほど間違い無いと思うのだが、これらの方面でも寿命の長短を見分けるのに使われたという形跡は、今のところ見かけた記憶が無い。単に私が不勉強で知らないだけかもしれないので、有識者意見を知りたいものである

死兆星元ネタとして、とりあえず直ぐに思いつくのは、この二重の星が日本では民俗名称として「ジュミョウボシ」と呼ばれていたことであろう。この名称個人的に初めて知ったのは、星空に関する多数の優れた本を著し、我が国における少年少女天文ファンの数を増やすことに貢献した、作家野尻抱影(SF作家野尻抱介ペンネーム元ネタである)の本で読んだ時であった。野尻抱影の本には、次のようなことが記されている。

この名の由来は、二重の星を見分けられなくなった者は、それからから一年かそこらで、御迎えが来ることから付けられたものらしい。主に、漁業従事生活者たちの間で用いられていた名称のようである海上での航海が主要な部分を占める漁業において、視力の良さは要であった。そのため、視力の衰えは即ち食い扶持を稼げなくなることを意味し、そこから、星が見えなくなることで寿命が来たのを悟るという話になったのであろう、と。

まり、ジュミョウボシは、死兆星とは正反対に、見えなくなることが死の予兆というわけである。おそらく『北斗の拳』の作者たちは、星が見えなくなるよりも、見えるように変化するという現象にした方が、視覚的に表現することが容易である(見えない星では絵に描けない)という漫画表現上の要請から、これを改変したものであろう。

これ以外に、北斗七星人間の生死に関わる星辰として語られる起源を遡れば、中国東晋時代の人・干宝が著したとされる志怪小説『捜神記』に収められた物語に行き着くことになる。

原典漢文を読んだわけではないし、若い頃に読んだ日本語訳(私は平凡社東洋文庫で読んだ)の記憶を掘り起こすだけだが、おおよそ次のような物語である

「或る農夫が、息子と共に畑仕事をしていたところ、その傍らを方士が通りかかった。方士が、農夫の息子の相を見て『この子は、このままでは十六の歳で死んでしまう』と彼らに伝えた。驚いた農夫が、方士に『それを避けるためにはどうすればいいのか』と尋ねると、或る策を授けてくれた。方士言葉に従って、農夫は、用意できるだけの酒と干し肉を携えると、南の畑の桑の木が植えられた場所へと赴いた。

方士が教えてくれたとおり、南の畑の桑の木陰では、二人の老人が囲碁に打ち興じていた。囲碁に夢中になっている老人たちは、農夫が傍に来たのにも気づかない様子であった。方士に言われたとおり、農夫は無言のままで、酒と干し肉を老人たちの手元にそっと差し出した。碁を打ちながら老人たちは、差し出されるままに干し肉を食べ、酒を飲み続け、農夫はお代わりを差し出し続けた。さんざん飲み食いし終えた後で、ようやく二人の老人は、農夫の存在に気がついた。

二人のうち、険しい顔つきの老人が『何者だ貴様は?いつから傍にいた?人間が儂らの傍で何をしておる?』と責め立てたが、方士に言われたとおり、農夫は平身低頭して無言を貫いていた。すると、柔和な顔つきの老人が『この者が振る舞ってくれた酒と干し肉を、儂らは楽しんだのだ。そう怒るな』と、怒る一人を宥めた。そして『この者に、酒と干し肉の返礼をせねばなるまい』と柔和な顔つきの老人が言うと、険しい顔つきの老人と共に何やら帳面を捲り、農夫の息子の寿命が『十六』と記されている箇所を彼らは見つけ出した。険しい顔つきの老人が、渋々それを『六十』と書き換えると『これでよかろう。もう去れ』と農夫に言い渡した。農夫は無言のまま、二人の老人に頭を下げて感謝の意を示すと、その場を去って家に帰った。

家で待っていた方士に農夫が一部始終を伝えると、方士は『これでお前さんの息子は、もう心配が無い』と言った。農夫が『あの人たちは何者なのですか?』と尋ねると、方士は次のように語った。

『あの者たちは、北斗と南斗である。柔和な顔つきの方が南斗六星、険しい顔つきの方が北斗七星である。人は南斗からまれ、その生涯は星々の間を辿り、北斗へと還る。それで、人が寿命を延ばすためには、北斗祈りを捧げねばならないのである』と」

現代人の目から見た感想を率直に言えば「これ、お人好しの農夫が、単に詐欺に遭っただけじゃねえか?」と思うところであるが、それは置いておく。

天空天体太陽や月や星や星座の動向が、地上世界で生きている人間に影響を及ぼす、或いは逆に、人間運命その他の動向が、星など天空現象に反映されるという考え方は、洋の東西を問わず広く見られる文化現象である。そういう意味では『捜神記』の物語も、ごくありふれたものだと多くの人は思うかもしれない。

しかし、私が『捜神記』の物語面白いと思うのは、最終的に北斗七星南斗六星のように夜空で目立つ星座重要な役目を果たすにせよ、社会的に見れば無名の人にすぎない農夫の息子のような人間にも、個別対応するような名も無き天空の星が存在しているという考え方を示している点である

古代ギリシアには、現代民主主義政治の源流があったけれども、無名市井の人であっても天空の星との結び付きを得ることが出来る、という古代中国のような発想には至らなかったようである。してみると、天空の星との結び付きに関しては、古代ギリシア・ローマは、神話登場人物レベルの選ばれた者にのみ許されるという選民思想だったわけである。そう考えてもらえれば『捜神記』の物語ユニークさを分かってもらえることと思う。

北斗七星おおぐま座のように、明るくて目立つ恒星とそれらが形作る星辰(星座)は、自然と人目を惹くものから古今東西人類の記録に残されている。金星火星木星などの惑星もそうである太陽や月は言うまでもない。しかし、観測技術が発達するまでは、星辰(星座)の構成員になるほどの明るさを持たない目立たない星々のことは、一々観測して天球上のどの位置存在するのか、動いているのかいないのかと確かめることは非常に困難であったことは想像に難くない。しかし、事実として夜空には、命名位置確認も追いつかないほどの無名且つ無数の星々が存在することを、昔の人は知っていたのである科学的な知識を持つ我々現代人よりも、むしろ昔の人々の方が、実感としてそれを知っていたはずである現代文明社会のように至る所に夜間照明がある条件下とは異なり、太陽が沈んで「本物の夜の闇」に包まれて空を見上げた昔の人々の肉眼には、文字通り無数の星々が見えたのだから現代人も、もし口径が大きい双眼鏡の力を借りて夜空を眺める機会を得たならば、その時は、名前も知らない星々の多さを実感して驚くことだろう。私は今でも時々、双眼鏡で星空を見て感嘆する。

こういった、存在することは分かっていても昔の技術では天球上の位置を確定することが困難であった無数の星々については、占術師たちが「実は、天球上の無数の星々は、消えたり現れたり移動したりしているのだ」と主張したとしても、民衆確認しようが無く、比較簡単に信じてもらえたことだろう。恒星の間を動き回る「惑星」、何処からともなく現れる「彗星」、明るさの変化する「新星」など、変化を示す天体現象現実に見られることも、占術師たちの主張を補強してくれたに違いない。

ただし、庶民自分個人運命専用の星を天空の何処かに持つことができたとしても、自分意志でその星を動かせる訳では無い。天空の星の動きでも人生でも、同じことである王侯であろうと庶民であろうと、現代人であろうと昔の人であろうと、人生を己の自由にするというのが困難なことに関しては、立場は同じである自分人生がままならず、自由意志で動いているのではなく、自分以外の超越的な何者かによって動かされているのではないかと感じるという感覚は、古今東西の汎ゆる宗教的思索の出発点となる。

この何者かに動かされているという感覚を『捜神記』の筆者は、南斗・北斗の両老人が打つ囲碁の対局という形で表現している。つまり、ここでの囲碁の盤面に配置されている碁石とは、夜空の無数の星々の象徴ではあるまいか将棋チェスの駒とは異なり、碁石は没個性的である分だけ、名も無い星に擬えるのには都合が良い。囲碁という遊戯起源がどのようなものであるか、それを現代人の我々が確実に知ることは不可能であろうが、もしかしたら、星々の配置を操作することによって人間運命を変えようと働き掛けるような、呪術儀礼としての遊戯にその起源の一端を持っているのかもしれない。

もっとも、これはあくまでも個人勝手空想に過ぎないので、南斗六星から北斗七星へと星空を動くというのであれば、この場合には囲碁よりもむしろ双六の方が象徴的な遊戯には相応しいのではないか、といった具合に幾らでも異論を唱えることは可能と思う。

それに、南斗と北斗囲碁の対局結果は語られていないので、囲碁の対局によって星々が動かされ、運命が左右されるという仮説は、正直に言えば我ながら牽強付会であることは否めない。まあしかし、たとえ学問専門家ではなく、実生活に役立つわけではなくても、こういった空想をすることは非常に楽しいので、なかなか止められないのである

農夫が酒と干し肉提供した行為が、祈願の対象である神への御供え行為であることは無論言うまでもないが、この他にも、無言を貫くという後代の神事や魔除けにおける物忌と通底する行為が見られる点や、南斗・北斗の翁神に邂逅する場所が霊樹の一つである桑の木の傍である点など、興味を惹くところがまだまだある。いずれまた暇を見つけて『捜神記』を再読してみようかな。

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