廃れた町、商店街、観光地、尺が短い営利の動画では物足りないし、足を運ぶと期待したものではなく、けれどどこかにはあるはずだと探し続けている、何か、空気感のようなもの。短時間の滞在、単なる通過者(ツーリスト)の状態の自分では享受されないものなのかな。これを伝える言葉が浮かんでこない。
すでに大勢がバターになった道の上に立って、誰もが見たものを誰もが見た画角で撮影して、という自分の客観視。個人的な体験の渇望、飢餓感?
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