はてなキーワード: ラクとは
嫌なヤツが大体死ぬからまぁまぁ嫌なヤツのサーセイが死なないので我慢ならない。
てか、嫌なヤツがわかり易すぎるね。ジョフリーとラムジーはまさに視聴者をすっきりさせるために生まれてきたようなキャラだなって思った。
ブライエニーとポドリックの組み合わせがかなり好き。ウィンターフェル奪還の時に出てくること期待したけど、頼まれたお使いを果たせずに戻る事もできないか…。
デナーリスが完全にラノベ主人公って感じ。タイトルは、「国を追われた私がドスラク人と結婚したらドラゴンの母になっていた件」だろう。
ホモ描写が男女性交描写より長く、そしてアップで撮られているのがなんとなく配慮されてるのかなって思った。
それにしてもロラス役の人、本当に日本人が思い描く理想の外国人みたいな見た目しててびっくりした。
オベリンってぶっちゃけ油断に油断を重ねて死んだのに、その逆恨みで殺されたジェイミーとサーセイの娘が可愛そうすぎる。不利な状況で戦わされて負けたなら言い分はわからなくもないけど、自分か決闘裁判の代理に志願して圧倒して圧倒して最後の気の緩みで殺されただけなのに。
増ぴょんの気持ちはピュアな恋だと思うし、俺は気持ち悪いとは思わないし、支持するリプやブコメも多いのもわかる。
身体よりも心を交えるほうがずっとディープで気持ちいいっていう人も多いんだろうなとおもう。
そして、あくまで可能性の話だけど、嬢の人気が高まったのは確かかも知れないが、
だからこそ嬢は増ぴょん相手の心を使う労働がしんどくてNG客指定していたかも知れない。
そう思うとがっかりするかも知れないけど、だとすると無意識にしろそれほどには嬢の内面に入り込んでいたということだから。
あとは入れ込むゆえに無駄に長時間コースのくせにオプはあんまつけないとかしてたとか。人気嬢ならもっと生産性の高い他の客のために少しでも時間をあけておきたかったもしれない。
肉体労働と精神労働とでどっちがラクかというのは人によっても違うし、同じ人でも心身の調子や状況によっても違う。
例えば借金完済や妊娠結婚など、嬢としてのキャリアの終わりが見えてきた頃(それが7月くらいかと)からは、精神労働がきつい客はNG指定して、淡々と新規客中心に肉体労働することを選択したのかも知れない。
ごめんね、あくまで可能性の話です。増ぴょんがこれからも風俗遊びを続けるなら、オキニがちゃんと稼げるような遊びかたをしてあげるといいよ。
一気に秋めいてきたので、
衣替えも兼ねて服の整理をしました。
など、4着を手放すことにしたので
その断捨離記録です。
これはもともと、昨年娘を妊娠して
夏の間ラクに着れる服を…と思って
今夏は授乳があるので着ませんでしたが
“来年着るかな?”と考えたところ、
これは今年の春に購入したのですが
汗をかくと、胸元が痒くなってしまい
肌に合わなかったんですよね。
良いかと思って買ったのですが…
結局夏に着ることはできませんでした。
涼しくなってから着ようと思っていた
のですが、着られる時期が短いし、
・紺のロングスカート
昨年の秋に購入したもの。
ボリュームがあって丈も長くて
とっても可愛かったのですが…
冬にボリュームのある服は苦手だなと
感じたので、手放すことにしました。
これは、“1枚あると便利”と思って
ずっと手放せなかったのですが、
そもそも私には似合わない形なので
無いなら無いで、なんとかなりそうです。
断捨離のチャンス。
衣替えで服を全部出した時が
断捨離のチャンスですよね。
“もう着ないな”と感じるものは
潔く手放し、クローゼットの
ストリートファイター2の発売に世間が沸いていた頃、あるアメリカ製の格闘ゲームが発売されたんだ。
スト2と同じ8人のキャラクターから一人を選んで戦うのだが、外見が違うだけで使う技は全員同じだった。
「みんな同じ技とかないわー。いくら何でも何か違いがあるはずだろ?隠しコマンドでそれぞれちがう超必殺技が出せるとか、なんかあるんじゃねーの?」
と思ったがインストラクションカードにも何も無く、初見プレイでそんなものわかる訳もなく、なんとも消化不良な思いでそのゲームを後にした。
後日判明した情報で分かったのだが、対戦に勝利した後でそれぞれのキャラクター特定のコマンドを入れると
「凍らした敵を粉々!」
みたいな残酷な殺し方が出来たんだそうな。
ちなみにゲームの名前は「モーたるコンバット」と言いまして、今でも続編が作られる人気ゲームです。
だけどゲームの一番のキモの部分じゃん?キャラの違いって!その違いが単に殺し方にしかないって、ホントマジ何なのキミタチ?って思った。
どうせ「人間に違いなんて無いんですよーだからすべての技は平等なんですよー」みたいなおためごかしで個性のないキャラ8人作っといて
「すんご~い残酷な技入れといたけど、出すのは隠しコマンドですからね?あなたの意志でこの残酷な技を出してるんですよ?我々製作者とは関係ないですよ?」みたいなやり口が、いかにもポリコレ回避に血道をあげるアメリカ人らしくて呆れつつ感心したもんです。
ところで、仮にさ、仮の話なんだけど、自分は無理ゲー時代にすっかり適齢期を過ぎてしまい、40代に差し掛かってもう子供なんて望めないと諦めかけた丁度その時にさ、突然この辺りの行政支援などに理想的な改革がなされて、低収入で子供3人いても、或いはシングルマザーだったとしても、ラクラク子育てできるような体制に変わったとするじゃん。自分はもう無理なのに。税負担だけさせられて。それで下の世代がどいつもこいつも子供3人くらい作ってラクラクやってたらさ、ハラワタ煮えくり返るくらいムカつくだろうな。「自分はそうはならない」「他人が幸せなの見てるだけで幸せだよ」とか思ってても、現実に目の当たりにしたら人って変わるから。
だから足引っ張っちゃうんだろうなあ。ジジババは。若い世代の子育てなんて知ったこっちゃないし。それこそ「自分らの頃はもっと大変だった」わけだし。日本が滅びようが何しようが、自分だけ安全に易々として引退できれば、後のことなんて知らんもんな。
いただろうか?
さくらももこ氏の訃報を聞いてふと気になったが、どうにも思い出せない。学齢で言えば小学1、2年生の頃だが、どちらかというと幼い頃は『なかよし』に夢中になっていたような気がする。
当時の『りぼん』は、『なかよし』に比べて恋愛要素の強い作品が多いイメージだった。とは言え対象年齢的には、自分のような田舎の女児がぼんやり理解してドキドキできる程度の、恋の入口やもどかしさを描いた作品が多かったのだと思う。
言わずもがなの「ちびまる子ちゃん」と「お父さんは心配症」である。
私は、ひたすらに「お父さんは心配症」の父・光太郎が怖かった。ハイテンションで誌面の中を飛び回り、典子への行き過ぎた愛情から北野くんとの恋愛どころか自分自身まで自虐でぶち壊しまくる光太郎が、ひたすらに怖かった。ページを開きたくなくて、作品ページをホチキスで止めていたかもしれない。他の怖い本はそうしていたから。
逆に「ちびまる子ちゃん」は癒しの作品だった。恋愛ものに息切れした女児のオアシスのように、まる子はただただ普通に、家族と友人と、そこで暮らしていた。あるあるネタと少しだけ古い時代背景と共に、穏やかに、時にシニカルな空気を携えて、毎月私の所へやってきた。
そう、「ちびまる子ちゃん」は連載時に既にレトロだった。私の知っている人気アイドルはヒデキではなく光GENJIだったし、百恵ちゃんは引退していた。アニメ放送を母と見ながら解説を受けるまで、私の中でヒデキと西城秀樹は繋がっていなかったし、百恵ちゃんはまる子が憧れる女の子のままだったのだ。
「お父さんは心配症」の異質性が『秩序の破壊』だったとすれば、「ちびまる子ちゃん」のそれは『虚実を織り交ぜた過去』だったと私は思っている。
乱暴な括りだが、私にとっての当時の『りぼん』作品は、基本的には未来を指向した現在進行形のものだった。ドジで失敗ばかりの現状であっても、これから自分はどうしたいか、どうなりたいのか、主人公は常に考え続ける。人の自然な成熟過程をなぞり、周囲の支えを受けながら、成功も失敗も糧にして成長していく。
そういう理想の学園生活がキラキラと眩しく、同時に私にはどこか息苦しかった。
「今よりももっとかわいくなれる」
その語尾に、私は「…なくてはならない」という言葉を感じ取っていたのだと思う。
作品世界に憧れることと、自分の身に置き換えることは決してイコールではないのだが、拙い想像の中であっても「私はこうなれないだろうなあ」と諦めることは、大人になった今思うより苦しかったのかもしれない。
前述の時代背景と共に、まる子が作者の子ども時代をモデルにしているということは知っていた。つまり、すでに「結末が確定していること」であり、「私ではないひと」の話だった。
まる子も成長し、恋愛や友人関係や自分のコンプレックスに深く思い悩む日が来るのかもしれない。しかし、それは永遠の小学3年生の「ちびまる子ちゃん」のまる子には当てはまらないし、モデルとなっている作者はマンガ家という進路を選択済みなのだ。
私は、まる子でもたまちゃんでも丸尾くんでも花輪くんでもはまじでも永沢でも藤木でもなく、ただの読者として、安心して「ちびまる子ちゃん」を楽しむことができた。
勿論リアルタイムで読んでいた小学生時代にこんなことを意識していたわけではなく、単純に『りぼん』の中で一番楽しんで読むことができた作品だったのだと思う。
クラスのどのカーストの女子でも「ちびまる子ちゃん」は必ず読んでいた。あの頃の共通言語になっていた作品の代表格だった。
その後私はくるりと掌を返し、破壊度の増したあーみんギャグに恐ろしい程はまった。「こいつら100%伝説」は現在も本棚に置いてある。「ちびまる子ちゃん」はもう手元にはないが、「心配症」の方のまる子×心配症コラボの掲載巻は実家にあると思う。
成長していく私は、いつの間にか自分がまる子ではないことに安心するだけでは物足りなくなってしまったのかもしれない。けれど、久々にニュースで見た「ちびまる子ちゃん」の表紙には、やはりとてつもない懐かしさと安心感があった。
そして散々言われているが、彼女の初期エッセイは最高に面白い。読書慣れしていないひとに「おすすめの本は?」と聞かれた時に挙げる1冊に必ず含めていた。
私にとってさくらももことは、この4000バイト強の文字の分しか接点がないひとではある。
しかし、訃報を聞いて、居ても立ってもいられず匿名アカウントを取るおばさんを生み出してしまう、そういうひとだったのだと思う。
運営や界隈に言いたいことや負の感情、毒も怨念も全部自分が文章に書く前に形にして出してくれる!!
それに心の中で同意したり拍手したりするだけで済むからとてもラク
同調圧力押し付ける奴らやジャンルを俯瞰した時見えるおかしな所に目をそらし続けるお花畑達にはいっつもストレスためられてたけど
アニメ以降増えた引退ブログでイライラ発狂して学級会してるのも見てて笑える
思う存分私の代わりに砂をかけてくれ!!
これだけだと物足りないんで
引退はしないけど新情報出たのに担当違うだけで空気違いすぎてちょっと引いてる
所謂セカライPで不満は溜まってたし運営サイコパスかよ、ぐらいに思ってたけどあまりにも多いわ
まぁ先が見えず停滞感と不信しかないのにずっと先へなんて歌われてもね
引退ブログ書いてる人と比べるとかけた金額も時間も熱意も足元にも及ばないから呑気なこと言えるんだけど
ミニキャラでもせめて担当が動いて喋るミニアニメぐらいは見届けてあげてほしい
そこでも格差つけて来たら笑えないけど
あと個人的にはアニメとかグッズや曲の格差とかよりもまずステのゲーム性治してほしい
リズムに合わない木魚って例え聞いたときまさしくそうだなーって思った
イベントごとの衣装は嬉しいからあとはリズムパートなんとかして
ちょっと前に某人気リズムゲーが男バージョン出すって発表してたけど
キャスト次第ではかろうじてジャンル残ってる人もそっちにお引越ししそう
アイマスにもサイドMにも思い入れは特にないけど担当ユニットだけは消えるの惜しいから
終末感漂う現状なんとかならないかな
どうにもならなそう
パクリだとか原作だとか原案だとか、はてブだと両者のストーリーを踏まえずに議論が進んでいる感じを受けたので取り急ぎまとめまで。
前半はある研究室の廃墟の2階が舞台となる。昔人体実験が行われていたと噂される山奥のこの建物に映画サークルの4人、研究者とその助手、廃墟オタク、小説家が集まり、そこで次々と殺人事件が起こる。最初に映画サークルのアサマ、カクダテの2人がそれぞれ暗闇の中で刺殺、毒殺される。次に映画サークルのロラク、小説家のイワツキが殺される。人間には不可能と思われる殺人に、残された人々はこの場所の都市伝説は本当なのではないかと思い始め、研究者のネロメが外へ飛び出す。ここで助手のミナカタが、奥の部屋に入り日が明けるのを待つことを提案する。しかし、廃墟オタクのツジムラがその部屋に入ったところでミナカタは部屋の鍵を閉め、毒ガスにより毒殺する。ここで最初に殺されたはずのアサマが現れる。実はこの殺人は、アサマが死んだフリをして行っていたことであり、それにミナカタが協力していたことを知らされる。アサマは部屋に入る前に逃げ出したネロメを殺し、共犯者のミナカタも銃殺。そして残された映画サークル仲間のツバキをナイフで刺そうとしたところで暗転する。
後半はこの研究室の3階が舞台となる。後半になると登場人物に映画監督、脚本家、助手、制作、助手の彼女、制作の友達、土方の7人が加わる。そして前半に見せられていたものは映画の撮影現場であった種明かしがされる。そして前半の映画の舞台裏ではどんなことが起こっていたのかをコメディタッチで描いていく。
https://stage.corich.jp/stage/28989/done より
次に『カメラを止めるな!』はというと。
とある自主映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画を撮影していた。本物を求める監督は中々OKを出さずテイクは42テイクに達する。そんな中、撮影隊に本物のゾンビが襲いかかる!大喜びで撮影を続ける監督、次々とゾンビ化していく撮影隊の面々。映画史をぬり変えるワンカットゾンビサバイバル!……を撮ったヤツらの話。
https://filmarks.com/movies/76912/spoiler より
個人的な感想としては、このレベルでパクリになるんなら作品なんて撮れねーじゃん!メディアも違うのに!という印象。
原案としてクレジットに載っただけでも良く配慮されてると思うよ。ただ、当初はガン無視してたのはあんまり印象良くないかな。
なんにせよ、
この件で一番儲けてるのお前やろ…
http://news.nicovideo.jp/watch/nw3762196
辻は13日に自身のインスタグラムを更新。海辺で息子とポッキーを食べる様子を公開した。
これが炎上しているらしい。
しかし疑問を感じたので以下列挙する。
親の口にある虫歯菌がうつる可能性があるから、食器の共有や口チューは絶対やめろと言われたなあ。やらないよ笑と思ったけど実在してたのか…
「絶対やめろ」はいはい。絶対ね。極論ね。燃えてる事案はかならず極論を持ち出す人がいますね。
しかし何事も程度の話し。
下記のような情報があったので載せる。
https://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=1956
むし歯菌を口の中に入れないことに気を使うママ・パパが多いですが、ミュータンス菌が口の中に入っても、すみつく条件が伴っていなければ、むし歯を起こす心配はありません。
おなかの善玉菌として有名な、乳酸菌『ラクトバチルス菌』も、むし歯に関連する菌の1つ。
簡単に言ってしまうと、『むし歯とは、口の中が酸性になることで歯が溶けて穴があくこと』。ですから、口の中を酸性にしないよう、pH(酸性度)をコントロールすることがいちばん大事なのです。
うむ。何も言うことなし。
表明しておくけどこれはない派。息子は最高にかわいいしイケメンだけど私の恋人ではないし口チューは(本人が覚えてなくても)かわいそうと感じる。むしろ本人が顔をぐりぐりしてきても唇は死守してる。
一緒に風呂でも入っていそうな年齢の子供が、母親とキスして人生に絶望を感じることは無いんじゃない。母親が笑顔で顔を近づけてきたら嫌がるより嬉しく感じるのではないか。
大体にして、どんな人間も女の性器からひりだされて誕生する。生まれた後は、母親の体液を口から啜る。大便なり小便なりも、世話してもらう。
キスは駄目だが、スカトロならOKなどという奴はいないだろう。
無論、子供が嫌がっているなら話は別だが、あの写真の子供をみてそう感じた人は頭がおかしいと思う。
これ大丈夫なひとは、以前の男親が娘の乳首ツンツンしたやつも大丈夫なんだろうな。私はムリだ。スキンシップの方法がいくつもある中で、わざわざ性的な意味を含む方法をえらばなくても良くないか?
男の片親だったら、ツンツンどころか娘の下の世話しないと駄目だろうな。風呂に入れたら、まんこも見るし、なんなら洗うし、風呂から上がったら川の字で寝るし。
親の布団に入ってくる子供は多いだろな。辻希美が息子と一緒に布団。そんなインスタ上げたら、また性的な意味を見出して燃えるのかね。
逆にだ。
仮に要介護の男親を娘が風呂に入れて、父親のちんちんを綺麗に洗ったら、それは性的かね。寝たきりに父親に、育ててくれありがとうとか言いながら娘が優しく口にキスした写真をインスタに上げたら、性的だとして燃やすのかね。クソみたいなブコメだと思うよ。上記のブコメは。