はてなキーワード: 迷路とは
25年前も同じ街を同じ夜中にとぼとぼと歩いていた。その頃俺は大学生で、眠れない夜にはこの街を意味もなく一人で夜通し歩いた。昼には確かにいたはずの人々が、夜になると嘘のようにいなくなる。廃墟のような、しかし生きた街の熱量はそのままに、人のいない静けさだけが街を覆っていた。
20年以上たってもこの街はあまり変化がない。目をあげると遠くに、かつては無かった背の高いビルが再開発地区に林立しているのが見えた。けれどその再開発がこの街までやってくる事はない。古ぼけたビルと狭い迷路のような街路が続くこの街……
俺も変わらない。変わったのは右手の中の携帯電話と財布の中身だけだ。あの頃感じていた不安や焦燥感、孤独は今もまだ俺とともにある。まるでリボ払いのように返済を先延ばしにしたまま、その感情の吹き溜まりは元金として俺の中にそのままそっくり残っているようだ。
歩行者用信号が点滅する。左折するイキのいい車に急かされて、俺は早足で横断歩道を渡った。
「堂々巡りですよ、お客さん!」ふと、ある台詞が頭に浮かんだ。あれは古いラジオドラマだったか……
堂々巡りか。そうだな。俺はこの夜を堂々巡りしている。今も。25年前も。同じ夜から出ることができないまま、ずっとグルグルと巡り続けている。
これは増田が書いている通り「ロボトミー手術くらいで揺らぐものは確信ではない」だな
『物質から精神が派生しているのではなく、精神から物質が派生しているとする』ならば影響は受けない
『知らんがな』と言われても、現実として、人間が持つ様々な器官を持たない生き物も判断力と記憶力と自己認識を見せているぞ
たとえば、粘菌コンピュータで知られるモジホコリ、迷路の入り口から出口までを最短距離で結んでしまう
https://www.youtube.com/watch?v=2UxGrde1NDA
ウイルスに至っては生き物かどうかも意見がわかれるのに、他のウイルスに寄生されると外来DNAをほどいて切断することで感染を阻止する、
判断力と記憶力と自己認識は必ずしも肉体(器官)に関係していないっぽくないですか?
しかし、増田は肉体(器官)と精神は切り離せないものとしているので、すべての確信とお気持ちは肉体(器官)の反応といったんしておく
増田の『確信』や『お気持ち』や『判断力』や『自己認識』はチンコ(性器)の反応なのか?
それとも“わからない”か?
シーとランドに分かれていて、シーの方が大人向けらしいことだけ知ってます!一体どのくらいいるんだろう、行ったことない人。分からんけどいるって信じてるよ。
「TDL行ったことない」って言うだけで「ええ?!なんで?!」って驚かれるけど、こっちが「なんで?!」ッスよ。毎回毎回憤っていて疲れたので、僕は「浜名湖パルパル行ったことない」って言われても「ええ?!なんで?!」とは返さないことを心に決めた。そもそも浜名湖パルパルが通じないので意味のない決心でした。(浜名湖パルパルにはアンパンマンでおなじみやなせたかし大先生のデザインしたキャラクターがたくさんいるので公式HPだけでも是非見てね!)
遊園地が嫌いなわけではない。ジェットコースターも観覧車も、なんならコーヒーカップも割と好きだ。浜名湖パルパルは飽きるくらい行ってるし、富士Qもひらかたパークも志摩スペイン村も行った。チョイスがおかしい?USJも1回だけ行ったことあるよ。ひらかたパークは10回くらい行った。
「TDL行ったことない」を言うと4割くらいの確率で返ってくるのが、「修学旅行で行かなかったの?」だ。行かなかったよ。修学旅行における全国都市伝説の一つ「卒業生がマスコットキャラクターを池に突き落としたので行けない」ってやつがささやかれていて、普通に旅程には入っていなかった。たぶん皇居とか国会議事堂とか行ったんじゃなかったかな。もう覚えてないや。てかあの都市伝説、今もあるのかな。あったら教えてくれさい。
もし将来TDLに行った時のために、おすすめのアトラクションを教えてください。上から下にザーーーッて降りるやつ(パルパルで言うとエビーノジャンプ)とかが好き。あと水の上を進む系(パルパルで言うとどんぶら~こ)とか。あ、あと遭遇したら硬直するトラウママスコット(パルパルで言うとマスケラーナ)も教えてください。
【即追記】
思いの外パルパルが通じて嬉しかったので僕の好きなパルパルファミリーの紹介をします!
『トマトーナ』:公式プロフに「三枚目」と記される非業のトマト。「トマトーナのもりもりトマトーレ」(※アトラクション)は一度ハマると抜け出せない。
『マスケラーナ』:僕のトラウマ。二次元で見るとポップな感じだが着ぐるみに妙な圧があり、追いかけられると普通にビビる。ただ落とし物を拾ってくれただけだったのに逃げてごめん。怖いよ。昔はマスケラーナのトリックルームみたいな名前の面白いトラップ迷路があったんだけど、いまは「マスケラーナの4Dシアター」になった。時代だね。
他にもいろいろいるんだけど(『タコラッチョ』のはかとない人間臭とか)、紹介しきれないので是非パルパル公式HPを見てください。ちなみにもっといます。あと園内のおすすめフードは「桜えびのペペロンチーノ」です。いまは休園中ですが、いまのうちにパルパルの予習をしておいて損はないです!
申し訳ない。用語が分からなくて、まず「テレカン」と「SIer」をググってしまった。職場のシステムについて愚痴っている私もこんなレベルなので、ローテク職場になってるのかも知れないが。
真剣にSierという職種の人々にうちの本社に入ってほしい。私物のパソコンで直接会わなくてもオンラインで顔を見ながら会話ができるようにしようとする人はいても、うちの職場のシステムのこんがらがった迷路のようなシステムを利用して内部の連絡を能率化しようとする人はいない。
現状Skypeがインストールされているぐらいなので、Microsoft製品の方が本社のお墨付きを得られる確率が高いと思う。ただ、普段私と違うシステムを使っている人々の端末にも Skype が常駐しているかは分からない。インストールされていても、業務モードの時とは別のIDでログインしないと使えない可能性がある。少なくとも私の使っている端末では普段仕事で使う画面にSkypeが入っていて、インターネット閲覧用のIDでログインするとSkypeは出て来ない。恐らく業務データの流出と私用のインターネット閲覧を防ぐためだと思うが、恐ろしく使いにくい。本社は「セキュリティのためなら仕事の効率が落ちても良い」という考えでこんな設定にしたのだろうか。
愚痴ばかりで問題を解決する方向に行っていないと思うけど、とりあえずうちの職場のシステムの理不尽さを少しでも分かってほしくて書いてみた。
もうさ、半分くらい働かなくても国はなんとか成り立つわけ
生活保護者でも巨大な知恵庫にほぼほぼ無料でアクセスできるわけよ
病気でちょっと特殊なお薬や補助具が必要でもネットで買えるよってなってるわけよ
いわゆるサービス業もAIが高輪ゲートウェイ駅でセクハラに耐えて切符うってくれるでしょ
育児・教育・介護以外はほぼほぼパレート効率ってやつに達してるわけよ
教育も会議中心の会社員のお仕事も、ほぼほぼリモートでよくね?ってなってるわけよ
荒らしとかオレオレ詐欺とか悪用して他人にいやがらせする人からは人権たるネットアクセス権を取り上げればいいでしょ
軍事じゃなくて金とか薬剤とかマスクとかで圧かけるほうが有効なわけよ
死ぬ気で難民のせて突撃してくる漁船がミサイルつんでたときとか
それでも競争したい人は個人やチームとしてプライドを守るためブラック企業だの社畜だの顧客からの一日5000件の問い合わせだの自分の怠け心と熾烈に戦ってるわけ
お金もくばりますベーシックインカムです、といってるのに働きたがるわけ
(医療とかは日夜がんばってるだろうしこれからもほしいよそりゃ
でも店員はちょっとちがわね?店員が店員するためだけにマスク消費してるんだったら働かなくていいんじゃ?
壁の先は迷路になっていたので、石の中にいる。
増田たちが盛んにいま話し合ってる南千住から、汐入大橋を渡ったところに、アメージングスクエアって言う名前の遊園地が昔あったのだ。
遊園地と言ってもたとえば富士急ハイランドとかディズニーランドのようなしっかりした施設満載の遊園地じゃない。
敷地だけは広大だけど、その敷地のかなりの部分を巨大迷路にした、ばかでっかいまっ平らな、ある意味田舎臭い遊園地だった。いや、遊園地というよりは、巨大迷路テーマパークとか、そんな感じのレジャー施設だ。
場所が千住の近くなんでアホっぽい芸能人のリアクション番組に利用されていたが、人気はさほどでもなかった。地元の俺が記憶する限り、アメージングパークが全国的な知名度を盛ったことも、大人気になったこともない。1987年に開園で2010年ころに潰れたんだが、そのあいだ、何かメジャーな雰囲気になったことは一度もなかった。
地元の俺たち(あえて複数形で書く)にとって、では、アメージングスクエアとは何だったのか?
中学生でちょっと色気づいてきたけれど、異性と二人っきりで出かけるほどの知見をもたない、足立区や葛飾区や墨田区や江東区の芋っぺー少年少女たちが、同じクラスの異性のグループとめちゃくちゃ不器用に誘い合って、遊びに行く場所なのだった。自分たちで服を満足に買ったこともない中学生の子どもたちですし、おしゃれもクソもないのだが、それでもなんか緊張して着飾って(本人たち判定であり現実には芋いイトーヨーカドー的ファッション)、アメージングスクエアの入口で待ち合わせて(最寄り駅は牛田という、それこそデートにはおおよそふさわしからぬクソダサい駅)、ままごとのような一日を過ごす場所なのだ。
アメージングスクエアにはビームチェイサーという、薄暗い屋内迷路のなかでレーザー銃をうちあうというアトラクションがあったのだが、そのアトラクションに入るチーム分けで、どんな女子と、あるいはどんな男子と組んではいるかという、正真正銘どうでもいいことに、前日から頭を悩ませたり不安になったりするのが、アホな中学生にとっては何よりも重大事だった。
そんなことを重大に思っていたので、昼食後にソフトクリームを女子とシェアをするという伝説級の機転をみせつけた同級生に、尊敬はとめどないほど膨れ上がり、そのうえアホな男子たちは自分たちの暗い将来を予見してすねたりしていたのだった。拗ねる暇があったら、何か気の利いた話題で女子と話せばいいのに、なんだか女子グループと男子グループはちょっと離れて座っていたりするのだ。全身聞き耳にしてお互いの気配を探り合ってるのにね。
さてこんなどうでもいい思い出話を書いてみたけれど、結局何が言いたいかというと、都内とは言っても東側なんてものは、所詮こんなもんだよということだ。芋くて、ダサくて、垢抜けなくて、気が利かなくて、愚にもつかないことをそこら中でじたばたやっていたよ。
アメージングスクエアのゲームセンターは(敷地面積だけは広大なので)バカでっかくて、そこには大型筐体のR-360という空戦ゲームが有った。わりとおっとりとしているとばかり思っていた女子が、その筐体で89機撃墜というスコアを叩き出して、顔を真赤にしてVサインを突き上げるのがびっくりするほど可愛らしくて、みんなで拍手喝采するようなアホ中学生の群れだった。
おそらくあると思われる
https://www.google.co.jp/amp/s/news.mynavi.jp/article/sugaku_recipe-35:amp/
https://wired.jp/2019/10/27/slime-mould-the-blob-paris-zoo/
神経細胞も脳もないが記憶をもつと思われ、新しいことも学習できるのだ。
フランス国立科学研究センターの研究者は、毒物があってモジホコリが通常なら避けるような場所に入る方法を教え込んだ。その行動様式は1年後も維持され、知識は異なる細胞でも伝達されていた。
奇妙なのは、記憶の形成に通常なら欠かせない生物学的な要素をもたないにもかかわらず、モジホコリが記憶を獲得しているように思えることだ。進化の過程での学習能力の発展に関する疑問や、「認識」の定義を拡大して人類以外も含めるべきなのかという疑問がもち上がる。
4)何か人類の役に立つ?
数学ができる。モジホコリは、アルゴリズムのテストにしばしば利用されるような複雑な問題を解くために使われてきた。そのタスクは「巡回セールスマン問題」と呼ばれる。都市のリストを見て、各都市を一度だけ訪問するような最短経路を見つけることをコンピューターに求める、古典的な経路最適化の問題だ。
慶應義塾大学の研究チームがモジホコリにその問題を出したところ、都市の数を4から8に増やしても、モジホコリが問題を解く時間は予想よりかなり短かった。新たな解法を試し、視覚的なフィードバックに非常に素早く反応するモジホコリの能力が、さらに高速のコンピューターを開発する助けになると科学界では考えられている。
使い古された言葉だが、今の状況はそんな感じ。
アプリ経由で会った人18人目とご飯に行ってきたが、お互い何人かと会ってるから過去に会った人の話やアプリの話で盛り上がってしまい、恋愛的には微妙なことに。
過去に他の男の人とあったことをペラペラ喋る女の人って、ちょっときつい。
心を開いてくれている証左なら良いのだが、どうもそういうわけでもない気もして、利用されているだけだ。
毎回5千〜1万円払って相手が気持ち良くなるようにお喋りに付き合って、何もない。
なんだこの地獄は。
女の人を憎むのが嫌でこうして頑張ってきたが、利用され続けるだけでどうして憎まずにいられよう。
異性が憎いというのは世界が憎いというのに近いので、全くもって不健全、あるべき姿でないのだが、事実そうなのだから仕方ない。
俺は憎くてもこうして喚くだけで発散できているが、言わないだけでもっと憎しみの塊になっている人は恐らくたくさんいるわけで、それが世に出てきた時、どうなのだろうな。
昔の人の方が幸せだったと思う。
自分や社会の未来にも、恋愛にも夢を見られない、終わってる。悲しい時代だ。
子供の自殺率が伸びてるのも当然だ。なりたい職業ランキング1位ユーチューバーって、そのくらいしか夢がある仕事がないからでしょ。
ゲームや動画でただ時間を無駄に潰すだけの愚民でゾンビだ。一切虚無、どうしようもない。終わってるのに、なぜかまだ生きている。終わってるのにな。
いじめはなくならないと思う。
子どもはもちろんのこと、大人だって人間関係を苦にして自殺やうつ病を患ったりしている。
大人の場合、いじめとは表現されないことが多いと思う。パワハラとかセクハラとかも同じカテゴリに入るかな。
いじめと同等のことは、学生を卒業しても社会人生活の中で、起こっているということだ。
であるならば、いじめは避けられないと考えて行動すべきだと思う。
いじめを受けずに人生を終えることができたなら、それは幸運というくらいの受け止め方で。
じゃあ、どうするか。
まずは、加担する側に回らないこと。これはまぁ前提。
でも気がつかない内にそうなってることがあるかも知れない。
「自分がされて嫌なことを相手にしてはいけない。そして、自分がされて嬉しいことが相手も嬉しいとは限らない。」というような旨の言葉をTwitterか何かで見たけど、結構真理だと思う。
前半のことを親から言われて育つ人は多いかも知れないけど、後半のことまで言われて育つ人は少ないんじゃなかろうか。そして後半のことを自分で気づける人も。
あとは、正しいと思って加担している例で、
何か過ちを犯した人をネットで袋叩きにする行為も一種のいじめにあたるんじゃないだろうか。
ただ語弊のないように言っておくけど、今まで声の小さかった人たちの声を拾い上げられたり、今まで隠れていた犯罪が浮き彫りになって公的機関が動いてくれるという良い働きをする場合もネットにはあるとは思う。
けど、例えば警察がもう動きだしてくれたのに、正しさを武器に無関係な人たちが制裁加えるのはどうかなと。
気が付いたら加担していたということになりかねないので、これは気を付けたい。
次に、複数のコミュニティに所属すること。かつそのコミュニティが独立していてつながっていないこと。
これは大人も大事だと思うけど、思春期の子どもとかがいじめにあったときに精神衛生良いと思う。
子どもは世界が狭くなりがちで学校での居場所がすべてみたいに思ってしまう傾向があると思う。
1つのコミュニティで上手くいかなくても、他のコミュニティで楽しくやれていれば、学校だけが自分の居場所じゃないとわかる。
それに自分のことを客観的に判断できるんじゃないだろうか、というのも学校だけのコミュニティでいじめにあったとしたら、
判断基準がそこだけなので、なぜいじめられるのか、自分の何がいけなかったのかと内に内に考えてふさぎ込んでしまうんじゃないだろうか。
特定のコミュニティだけでいじめられるのであれば、それは自分とそのコミュニティが合わないだけと折り合いをつけられる。
全部のコミュニティでいじめられるのであれば、自分を省みて改める必要があるかも知れない。
昨今、話題になっているような壮絶なものに比べればかわいいものだが。
ターゲットになった人が仲良しグループからある日突然無視されるというやつだ。
ただ小学生ながらとてつもない恐怖を味わったのを覚えている。全く心当たりがない上に、この先もっとひどいことが起こるのか、もうなにがどうしてしまったのか頭の中は大混乱だった。
ただ人間は慣れる生き物で、落ち着いてくると無視しているのが仲良しだった者たちだけで、その他の人は違うと状況把握できるとしばらくやり過ごすことができた。
僕が幸いだったのは、その無視してきた者たちが僕のあることないことや悪口を言って仲間を増やすことをしなかったことだ。
彼らの目的は排除ではなく、ある日突然、想定外の状況に置かれた人間の反応や自分たちが優位に立っている状況を堪能することだったからだ。
そして、順番が交代する。僕は何事もなかったかのように元の仲間に引き入れられた。
次にターゲットが決まると、また彼らは同じことをしようとした。僕にもそうするようにと。
ただ、僕はこの流れを断ち切ったら終わるんじゃないかと思って僕はそのターゲットを無視することはしなかった。
ターゲットの子は最初こそ悲しそうな顔をしていたが、僕が無視しないとわかると嬉しそうに毎日話しかけてきた。
これで無視ゲームは終わりだなと思ったんだけど、そうじゃなかった。
また僕がターゲットになった。まぁ、当然と言えば当然だ。面白くない行動をするグループ内の反乱分子なのだから。
でもそのとき僕は、今回の無視ゲームも失敗するだろうと思っていた。
というのも、前回ターゲットの子が同じ境遇を味わった仲間で、かつ僕は体制に逆らって無視をしなかった。
だから彼はきっと僕の味方になってくれると思ってた。
でも現実は違って、前回ターゲットだった彼は仲間に無視されなくなった途端、以前と同様に楽しそうに僕を無視しだしたのだ。
不毛だ。
小学生ながらやってられないとあきれていた。おいおいうそだろ。そんなことある?って笑
不思議と絶望感はなくて、はーめんどくさ。もういいや。って感じの感情だった。
そこからクラス替えする前に仲の良かった子たちのところへ昼休みに行き、勇気を出して正直に事情を話して仲間に入れてほしいと言った。
そしたら「いまみんなでノートに迷路を描いてるから一緒に描こう。」と快く仲間に入れてくれた。
クラス替え以降、疎遠になっていたが笑顔で迎え入れてくれて本当に嬉しかった。
無事にいじめから脱出して僕は、小学校生活を終えることができたわけだけど。
無視ゲームをしていた彼らは卒業するまで似たようなことを繰り返していた。
ただ、実はいじめをする心理はなんとなくわかってしまったりする。
だからあまり恨んではいない。だけど肯定はできないし、してはいけないと思う。
今振り返ると、もういいやって切り替えられたのは、僕が学校とは別のコミュニティにも所属していたからだと思う。
当時、僕はスポーツクラブのサッカーチーム、隣町のスイミングスクール、別の学区の生徒もいる学習塾に通っていた。
幸いなことにそれぞれのコミュニティでつながりはなく、共通の友達もいなかった。完全にそれぞれ独立してた。
だから、遊び相手がいなくてもサッカーやスイミングの友達がいるし、学校で宿題や授業がわからなくて学校の仲間に聞けなくなっても、塾で教えてもらえばいいやと。そう思えた。
この逃げるのが苦手な人が、世間で話題になるような可哀想な目に遭っているように思う。
だから逃げ道として色んなコミュニティに所属することが大切だと思う。
これは社会人にも当てはまると思う。
生活に直結しているから会社はそう簡単に辞められないし、転職するにも精神力や体力が必要だ。
いじめで精神が疲弊してくると正常な判断力を失ってしまうのかも知れない。
思えば小学生でいじめにあったとき、親に相談を一切しなかった。普通なら一番に相談して助けを求めても良いはずだ。
今となってはなんでかわからないけど、精神的に健全な状態ではなかったことは確かだ。
でも仕事だけが人生の全てではない。生きるために働いているのに、命を削ってどうするんだ。
逃げろ。
野依センセだけじゃない。有機合成系の研究室というのは,基本的にブラックになる傾向がある。
合成の論文を見ると,少ない場合で数ステップ,普通は数十ステップの合成経路が書かれている。この合成経路の完成には膨大な人手がかかるからだ。教授やら偉い人が「なんとなくこの物質はこういう経路で合成できるんじゃないかな」とあたりをつける。場合によっては何通りもの経路を考える。で,そのステップの一つ一つを下っ端の助手やら院生やら学部生やらが実験してみる。
一発で合成が成功することなんてほとんどない。で,そうなると「溶媒変えてみろ」となり,数十通りの溶媒を試してみる。だめだと「触媒変えてみろ」になって,全部の溶媒と数十種類の触媒の組み合わせを試してみたりする。それでもだめだと「温度変えてみろ」「圧力かけてみろ」「光当ててみろ」とかなる。それらの膨大な試行錯誤によって一つのステップが完成したりダメと判明したりする。
一歩一歩が院生の数ヶ月をつかう作業で迷路を解いていく。それが有機合成化学という分野だ。でもって,多くの研究分野では複数の研究室が競争してたりする。たとえ合成経路が完成しても,他の研究室に先を越されたら何の意味もなくなる。