はてなキーワード: 後天的とは
学は無いけど地頭は良いんだ!みたいな事言う人がいますが。無知が一義的に頭の良し悪しを決める訳ではないけれども、無知を放置する態度はお世辞にも賢いとは言えないのでは。
多分知識依存ではない、先天的な能力というニュアンスで使う人が多いんでしょう。
でも頭の良さと言っても多面的だし。
記憶力?当意即妙なコミュニケーション能力?発想の独創性?物事の多角的な観察力?
その成長速度?
でも「現状はこんなんだけど成長のポテンシャルはあるんだ」という意味で「地頭が良い」って言ったら、なんで成長してもいないのに成長速度が優れてるって分かるんだ?ってなるし。
(頭の良さの一要素)は人より弱いけど、(その他の要素)は強いんだ!ってこと?それだと「地頭が良い」って表現はあまりしっくりこない。
本質的な能力(=地頭)と後天的なものを全く切り離して考えるのは難しい、というかほとんど無理な気がしますね。地頭がどうだろうが肝心なのはトータルの賢さだし。
IQが云々、という事を言う人もいるだろうけど、少なくとも私が医療機関で受けた検査では知識依存の問題が割とあった。あとは簡単な算数や図形の問題もあったけどそれだって今までの「慣れ」だし。あとIQが著しく低いとアレだけど、一定以上になれば必ずしも頭の良さを示すとは限らないみたいな話もあるそうで。
伸びていて驚いた、きっとこんな卑屈なお気持ち文にはお叱りや罵詈雑言が飛び交っていると思ったら優しいコメントも非常に多く、また泣いた。
友人がそうであるように、この世には驚くほど優しい人がいる。私は彼彼女らから施しを受けた時にどうすればいいのかわからない、何も持たない私がどうやってその恩に報いればいいのかわからないのだ。(私の感謝の気持ちはLINEで送るスタバのドリンクや近所の洋菓子店で買った焼き菓子なんかじゃとても足りないのだ)
人はセルフイメージから離れた扱いを受けるとそのギャップに戸惑うと聞いたことがあるけれど、私の場合まさにそれだ。
先述の通り親はおらず、いた時期も父親に日常的に言葉と物理で殴られていた。(高校に上がるまで人差し指の第二関節を突き出した拳で頭を殴られると痛い、長い髪は手に巻きつけられたら逃げられない、というのはこどもの常識だと思っていた)
私は幼少期に無条件で愛された記憶がない。ゆえに私は自己肯定感が低い、その土台、底がない。
そんなもんは気の持ちようだと思われるかも知れないが、こればっかりは後天的に養うのは難しい、同じ境遇の人なら、なんとなく共感してくれるのではないかと思う。底蓋がないから、とれだけ自己肯定感を注いでも流れ落ちてしまう。
だから”フリ”をして生きている、擬態と言ってもいい。かつて、それなりの親に愛され、いっぱしの自己肯定感を育まれた人間として振る舞っている。
周囲の人が私がこんな卑屈な文章を書き散らかしていると知ったら引くと思う。
「友人ガチャ成功したんだからIQ下げて喜んどけ」という旨のコメントは目から鱗だった、ひとしきり笑った後、ああそうだなと深く納得した。何も持たない私だが、あんなに素晴らしい友人が私にはいるじゃないかと。
そもそも私は賢くないので、身の丈にあった思考で生きたら幸せなんだろう。
それでも現状をポジティブに捉えるための最適解があるのではないかとあれこれ考えてしまうのだ。重ねて言うが私は彼女(友人)が好きだ。だからこんな卑屈さをとっぱらって彼女と接したいのだ。
最後になるが、これを読んでる優しい人がいたらどうか教えて欲しい。
人は無条件の愛情にどう反応したら良いのだろう。
最近トランス女性が女湯や女性トイレに入りたがってる話題をよく見かけるけど、手術しようがなんだろうがトランス女性は一生“女性”にはなれない。
それは例えば先天的・後天的に身体の一部を欠損している障害がある人が、義手や義足をつけようが障害者であるのと一緒。
トランス女性・男性は、“トランス女性”“トランス男性”でしかない。
「手術をして女性になったんだ!」なんてことはない。
女性から見ればただの“元男”という存在であって、それ以上でもそれ以下でもない。
差別主義者と言われようが構わない。なぜならこれは差別ではなく区別だから。
腕や足がない人が「自分達には腕がないのに、あなた方に腕があるのは差別だ!」と言えば明らかにおかしいのがわかるのに、なぜLGBTになるとこれがまかり通るのか不思議でならない。
「LGBTだから」という理由で人権侵害されるのは確かによくない。
例えばそれを理由に就職ができない、家を借りられないなどの不利益を被るのはおかしい。
ただ、LGBTではない一般の人間でも就職や家を借りるのが困難であったりする場合もある。
そのような誰にでも有り得るようなことを「差別だー!人権侵害だー!」と叫び、ごね得を狙っているLGBTの方々は自分達を惨めに思わないのだろうか。
「普通の女性・男性のように扱ってほしい」と望みながら、ごね得を狙う。
つまり自分達は特別扱いしてもらわなきゃいけないような存在であって、女性でも男性でもないと言っているのと同義なのに。
もちろん全てのLGBTの方がそうだとは思ってない。
一部の変な声の大きい人のせいで迷惑している人も大勢いると思う。
ただ、声が大きい奴の言うことが通りやすい傾向にあると思う。
あのような変な人達の変な主張が一生通ることがないように祈ってる。
俺も親に泣きつくようなことをしない子供だったけど、それって結局親を頼る方法を獲得できなかったということだなと思う。
大人になってからも家族を含め他者に頼るということが全くできない人間に育ってしまったよ。仕事ではロジック積み上げてようやく「よろしくお願いします」と頼れるくらい(これは後天的に身に着けた)。
ブコメのこれは正にその通りだと思うわ。
周りを信頼しきって我儘言いつつスクスク育ってる子供見るとムカついちゃうもんね。
俺はそれが成長として正しいことだと理屈で理解してるから怒りを外に出したりはしないけど。
他者に頼る能力って社会に適応する上で必須なので、それを身につけるために必要な行動は、どうひっくり返っても「正しい」んだよ。
でも男性も「今日の仕事は楽しみですか」については炎上させて撤去させたけどね
性的なもの以外の「嫌いな広告」については男性でも激しい嫌悪感を持って排除したがる人は普通にいる
嫌いなエロってのが基本的にない、エロでさえあれば何でも嬉しいのが男性
えげつないBLエロだって何だかんだで好きな男性も多い(BL愛好者は3割が男性というし、エロがどぎついものほど男性が好むってのも割と肌感覚で分かってる腐は多いはず)
それは他増田も言ってる通り産む性と産ませる性の違いなんだろう
女性は本能的に自分が望まない性的なもの(≒自分が望まないのに妊娠させられる状況を髣髴とさせるもの)に激しい嫌悪感を持つけど
男性は他人に産ませるだけで自分に何のデメリットもないので性に対する本能的な嫌悪感はない
相手が女なら種ばらまけば子孫繁栄に繋がるので基本メリットしかないし、男相手でも(生殖的に意味はないが)別にデメリットはない
BLに対しても精々後天的に「ホモ=気持ち悪いもの」と言う学習をした結果見たくねえなと言う感覚がある男性もいるって程度の話
江戸時代は男色が一般化してたように文化で変わるもので、男性同性愛に対する忌避感は元々男性の本能ではない
でも女性の「自分が望まないエロ」に対する嫌悪感は本能的なもので、生存の危機を感じるくらいに激しい
そこが分からないから男性は「エロは基本的に嬉しいものなのに嫌がる女性は性嫌悪じゃね?歪んでね?」と認識するけど
女性にとっては本能的に当たり前の話でそこがぶっ壊れてる女性こそ「生存本能自体が壊れてる歪んだ女性」なわけだ(それこそ自殺したがるメンヘラみたいなもん)
むしろ自分の意志は、本能の上に構築されていて、後天的に作られた社会性によって押し込められてる、社会がそれを是としないと受け取って、本能的なものを否定してきているのが現代のいわゆる文化的発展してる社会の有り様になってしまっているというべきでは。
生物としてみれば、先進国に見る人間の発展は間違った方向に行ってるんでしょう。増え過ぎたら減らす方向に力が働いているのかもしれないけど、生物としての本能を否定しだしたら、その生物には未来はない。
本能、遺伝子が自分の意志じゃないというより、社会的に歪んだものをなんとか生物的に戻そうとしてる、本質的な意志と思ったほうがいいのでは。
まず理解すべきなのは人間の遺伝子的才能ってのはなろう世界のチートスキルや魔法とかでは無いのは理解すべきでしょう。
才能があったとしても天才でなければ微々たるものですし、それに適した人生を歩めても成功なんて約束されません。
主さんはもしかして遺伝子検査すれば凄いチート才能が付与されて無双!とか考えてません?
本人がサブカルで研究知識を持っていてそれらを考慮した能力検査なら良いでしょう、でもDPは遺伝子検査ですよ?そんなの考慮されてません。
はっきりってデスティニープラン自体無理のある無茶な内容ですよ。
いざ実行しても研究者とか専門の後天的才能と努力が必要な職は実際いじれないでしょうから、妥協&挫折でただ単に元々遺伝子検査とか調整をしてるコーディネーター主導社会になるだけでプランの狙いもあくまでそれでしょう。
監督の説明でも、要は管理社会を構築して人類から争う能力を退化?させて戦争を無くすのが狙いと明言されてますからそれが全てですね。
「生まれつきの遺伝が全てだから努力しても意味がない」という馬鹿の一つ覚えみたいなことを言った覚えはあるだろうか?
エピジェネティクスについて1mmでも聞いたことがあれば、そんな馬鹿なことを言って恥ずかしい思いをしなくても済んだだろう。
エピジェネティクスは、DNA構造自体の変化ではなく、後天的な遺伝子発現の変化だ。要するに、スイッチのオンオフみたいに、環境の影響を受けて特定の遺伝情報を発現させることができる。
例えばエピジェネティックな変化によって、ドーパミン受容体遺伝子に影響し、シグナル伝達が減少することでIQが下がるということが起こる。これは「IQが生まれつき決まっていたのではなく、環境の影響を受けることで下がる」という証拠でもある。もちろん環境の影響で馬鹿になるだけじゃなく、賢くなることもあるということだ。
確かに、ジャップみたいに同調圧力で育ってきたようなクソ人種にとっては、世代を通じて特定の遺伝が恒常性を持ってしまうこともあるだろう。
だが重要なのは、遺伝に逆らうように環境の影響を受け続ければ、おそらくジャップクソ遺伝子のスイッチをオフにすることもできなくはないということ。
まあ後天的に発達障害っぽくなったり、後天的に統合失調症っぽくなることもありえるだろうが、そういうスイッチオンオフが存在するとわかってたら、「生まれつき全てが決まっていて変えられない」なんて嘘を信じずに努力の価値も肯定できただろう。
「人の顔が覚えられない脳の病気です。」
高次脳機能をつかさどる部位の脳障害によって起こる。顔を見ても誰の顔かわからず、個人の識別ができなくなるといった症状を引き起こす。
側頭葉・後頭葉にある顔領域と呼ばれる部位の障害が関係している。顔領域が人間の顔を認識する。
顔領域には、相手の顔を識別する紡錘状回や相手の表情や視線を解釈する上側頭溝、相手の表情によって情動・感情を喚起する扁桃体などがあり、協調して認識する。敵と見方を瞬時に認識したり、社会生活を潤滑に送るために人の進化の過程で発達したと考えられる。
相貌失認の分類
1: 先天性相貌失認
胎児期の脳形成の過程などで人の顔をすばやく認識する機能が低下する。100人に1人程といわれている。多くの人は、自分が相貌失認であることに気がついていない事が多い。
2: 後天性相貌失認
事故や怪我、また動脈硬化・脳梗塞・脳出血・脳腫瘍・加齢などでその部位の脳機能が傷害することによって起こる。
一般の人は多くの人の顔を覚えるために、目・鼻・口の特徴を瞬時に判別し、無意識のうちに分類して記憶している。このような機能が低下しているために、髪型や顔の形などの情報や、体型や性格、においやしぐさ等を総合的に捕らえて認識する。そのため、家族や親友などの認識ができるため、先天性相貌失認の患者さんが気がつかないことが多い。アルバイトや社会に出てから客商売などをする事によって適性がない事などから気がつくこともある。後天性相貌失人の中には症状がひどい場合、家族の顔を認識できない事もある。
映画・特に外国映画等で登場人物の顔を覚えられずに、ドラマの内容がわかり難い。ビデオなどで何度か見直してわかるようになる。漫画などは、顔や体がデフォルトされているため、認識しやすい。
客商売において
アルバイトやパートなどで、何度もきている人の顔を覚えられない。さっきあった人が戻ってきても同一人物と気がつかない。ただし、長く続けていると常連を顔以外の全身的な特徴やしゃべり方や性格や雰囲気などで個人を覚えることができる。
相貌失認は、脳の顔領域の障害や機能の低下によって起こる。人間は進化の過程の中で、顔を瞬時に見分ける能力により相手を敵か見方かを判別できるように進化してきた。そのため、顔だけが識別できない。
基本的には治らない。特に先天性のものの治療は確立されていない。顔以外の情報で相手を認識するトレーニングが必要である。トレーニングで、映画を楽しんだり、接客業をこなすことは十分可能である。
一方、後天的相貌失認の場合、障害部位が原疾患の治療により、治ることはある。たとえば、脳腫瘍が顔領域を圧迫していて、相貌失認となった場合、脳腫瘍を手術などで取り去り、物理的に顔領域の障害が回復すれば劇的に改善することがありえる。
いずれにしても原疾患の治療に加えてトレーニング療法がお勧めです。
日本人にとって間違った欧米人の価値観であるセクハラなるものが導入されたあたりで完全に日本女性の性欲は拗れてしまったのだ。
本来女性の性欲は痴漢や職場でのお触り行為で適度に発散されていたものである。
昭和時代に作成されたドラマ・映画を見てもらえばわかると思うが、
部長課長役の男性がお茶くみの女性のお尻にタッチしてそのことを女性が喜びながら怒るというのは定番のシーンである。
女性というのは性欲があることや性欲を満たされることに対する喜びを素直に表現できないものである。
これは様々な要因によるものがあるが基本的には金銭に換算できるような対価を要求できることを無料で男性側に提供することに対する不条理に対するものである。
という矛盾により発生する不条理に対する無意識の不満によるものが
その間には女性も普通の生活の中で性欲を発散することが出来平和であった。
しかしながら1990年代前後に米国からセクシャルハラスメントなる概念が導入されることになる。
その原動力になったのはフェミニストと呼ばれるようなある種の主義に凝り固まった人々が社会運動化することにより自らの立身出世に役立てようとする活動によるものである。
わかりやすくいうと
セクハラをバズらせて
ある価値観を提供されると、本来的な自分の気持ちを差し置いても、その価値観そのものに自分の意志を委ねるということをする。
セクハラ、という概念が紹介されたときに一様に昭和の人々は困惑した。
あまりに日本人には馴染みの薄いバター臭い欧米人の極端に個人主義を発展させた上での屁理屈のようなその理論と、
その主張を声高にする人々の本音のようなものが薄ら見えて気味悪く感じられたのだ。
しかし、人はひとつの目新しい価値観を提供されるとその正否は別にして、ただ新しいと言うだけで魅了されるものでもある。
とくに若い人々、当時の自らの性欲の発散のさせ方をよく理解できていない女性にとってはそうであった。
本来、適切なタイミングで行われる痴漢やお触りは喜ぶべきスキンシップであった。
大人たちはそのことをよく理解していたし、だから社会的に黙認されていたことであったのだ。
この場合女性の適度な性欲発散を社会的に容認するというやや風俗的に如何なものか?
と問われる部分においても柔軟に解釈して女性の喜びを保持するべきであるという社会的なやさしさがあったのだ、昭和には。
しかし、そのことを理解する前に新しい概念を吹き込まれた女性たちは、
自らの欲望と、ある種の屁理屈のような主義主張にとの間で葛藤することになる。
それが警官のコスプレをしながら、痴漢待ちをする、というような第三者から見れば摩訶不思議な行為によく現れている。
本質的に痴漢待ちをしたいという強い願望を持つのが女性であるが、
拗らせたきった間違った価値観を後天的に学習してしまったことと、
まるで痴漢をされるのが「損」であるなどという自らの首を締めるような考え、
自分で自分を鎖で縛るような考え方に染まりきってしまって最早身動きがとれなくなっている。
年齢
顔認証と年齢確認のためにマイナカードをかざすようにすればよいのである。
本質的に自分たちの行動が間違っていると気づく端緒にもなるというのに
今の運用方式では、ただ単に一般車両よりも空いているから、という理由で使われており
それがゆえに廃止すべき女性専用車両の廃止すべき理由が意識されないのである。
ここまで書いても理解できない人は多数いることはわかる。
人々の価値観をコントロールするというのはそういうことなのだ。
友人は長身でイケメンで穏やかで聞き上手でいろんな種類の友達がいる。
この間togetterだかで「エンジニアはメンヘラ女に沼る」という話がまとまっていたのを読んで、件の友人をふと思い出した。
その友人は共感能力が高く、何度かメンヘラ女に粘着されたりしていたので、周りが「お前までメンタル壊すなよ」と心配していた事があった。本人は心配のあと少し無言になったが、何かを察したような表情で「ああ、そういうことね、平気平気」と笑っていた。
友人が人間関係で落ち込む事は限られたケースしかないらしく、「他人の誠実さにちゃんと応えられなかった事」だけらしい。普通にいい奴なのだ。
「俗に言うにメンヘラにラベリングされる女の子って、価値観が極端に自分本位な子が多いんだよ。他人を慮る工程がごっそり抜け落ちてる子が多いの。例えばさ、自分は気が向いた時だけ鬼のように連絡飛ばしてくる子とかもピタッと一ヶ月ぐらい連絡来なくなるんだけど、また鬼のように連絡飛ばしてきたりするのね。別にそれはいいんだよ全然。そんなもん片手間に返せるから。でもこっちが一日連絡よこさないだけで発狂するわけ。メンヘラどうこう以前に要は幼稚なだけなんだよね。普通の人が言ったら顰蹙買うような言動がメンヘラだからって許そうと、機嫌を取ろうとする方が不健全だし、そんな子を特別扱いしてリソース割くほうが俺に良くしてくれた人達に対して不誠実でしょ。」みたいな事を言っていた。
彼の仲のいい女友達に家庭環境が滅茶苦茶の母子家庭で母親に「中学卒業したら風俗に行ってくれ」と土下座された子がいる。彼女は精神科で検査したら躁鬱とアスペルガーと境界性知能だと発覚したらしい。一度だけ友人伝手に会ったことがあるが、よく笑うジュディマリのユキを巨乳にした感じの子だった。その子は手首から腕にかけて横線だらけだったが、自分の気の短さや衝動的な所もちゃんと自覚していた。垣間見える多動っぽさには社会生活での苦労が容易に想像できたが、後天的に苦労してきて身につけてきた社交性もあった。その子になんで友人と仲が良いのか聞いたことがある。「私に寄ってくる男って体目当てばかりだったんだけど、〇〇(友人)だけは私のこと全く女として見てないんだよね。一人の人間としてちゃんと見てくれるし、雑に聞き流される私の話もちゃんと聞いてくれるの。私の男友達の中で一番仲良いんだよ。旦那も〇〇のこと好きなんだ」と楽しそうに笑っていた。
この子も大分類でメンヘラとしてあつかわれる子ではあるが、友人が言うにはこの子は連絡が遅くなっても相手の都合を理解する努力もできて、ちゃんと身の回りの人間を大切にできる子らしい。
恐らく彼のメンヘラへのドライな感性は、この子と付き合いの背景が下支えになってる部分があるんだろう。メンヘラにラベリングされる子の中でも、ただただ幼稚な上に自分の行いに対するフィードバックが上手く働かないタイプと、普通の人よりも多く苦労をしながら少しずつ修正していけるタイプがいるんだろう。
彼は、メンヘラ女達の中に宿る誠実さだけに目を向けて誠実に対応してきた。彼にとってメンヘラのラベリングなぞ、どうでも良かったのだ。