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はてなキーワード: タワレコとは

2016-01-25

ファンになった

FMラジオを聞いてる時に、「この曲すごい」って思った曲があった。

独特な気だるさと、雰囲気に惹かれて、涼しい声で読み上げられた必死名前を覚えた。

調べて見ると、彼はまだCDすら出してない、新人歌手だった。デビューしたての、17歳の男の子高校生だ。

YOUTUBEには、殆ど音源は上がっていなかった。

翌週くらいにアルバムの曲が少しずつ公開されたティザー広告のようなプロモが公開されて、1部分しかからない歌を繰り返し繰り返し聞き続けた。

そして、アルバム発売の日を待ちわびて、何軒も何軒もまわって、隣の県のタワレコで発売日から何日か遅れてようやく買えた。

その曲は、家にいる間中はずーっと聞いて、やっと1部分しかわかっていなかった曲の全部が聞けて、泣きそうに何度もなった。

しばらくして、彼の写真が表紙になった雑誌出版された。それも買って、一度辞めたツイッターもその人のために再開した。

彼には本当に大きな未来があって、これから先きっとたくさんのキラキラした音楽を作るんだろう。それが、待ち遠しくてたまらない。

ファンの語源は、Fanatic(狂信者)というけど、本当に狂ったように好き。

もっと売れて欲しいと思うし、アングラ世界評価され続けるもの良い。

とにかく聞いてほしい。名前は、なにか迷惑になるようなことになってはいけないから一応書かないけれど、すぐに調べたらわかると思う。

なんかめちゃくちゃになったけど、要はずっとずっと彼の音楽が聴ければ、私は本当に幸せだと思う。彼の音楽が正当に評価されますように。

2015-10-06

それでも私はタワレコに行って、CDを買うよ。

別にタワレコじゃなくてもHMVでもなんでもいいよ。

仕事終わりとか、休日とかにふらっと出かけたりして。

目当てのCDがなくてもなんとなく寄ったりして。

ジャケットが気になったり店内で流れてたやつを試聴してみて、

気に入ったら買ってみる。

アルバム通して聴いてアタリだったらうれしい。

CDだけじゃなくて、本屋に行ってなんとなく漫画買うのも好き。

好きな漫画家さんが帯書いてたり、表紙がなんとなく好きだったり。

ハズレもあるけど、それも含めて楽しい

配信や通販の方が楽だし、時代がそうなっていくのもわかってる。

CD屋とか、本屋はなくなってくだろう。

私が好きな本屋大分なくなってしまった。

それでもお店の中のわくわくする感覚は未だ私の中にある。

から私はCDを買うよ。漫画を買うよ。

また明日も新しいわくわくに出会ますように。

2015-08-03

アイカツ!キャラクターリアルに年を取る

本日8月3日アイカツ!キャラクター、紫吹蘭の17歳の誕生日である

最近ではアニメ漫画キャラクター誕生日を祝うことは珍しいことではなく、大抵のキャラクターには誕生日の設定があり、みんな誕生日になると一斉に祝う。

Twitterでは、タワレコアニメアカウント毎日0時に何回にも分けて「本日がお誕生日の皆さん」をお祝いしている。

毎日何かしらの作品キャラクター誕生日なのだ


それでもアイカツ!キャラクター誕生日を迎えるのは、自分にとっては新鮮な感覚があるのだ。

なぜか。それは、今日、紫吹蘭は本当に17歳になったからだ。

アイカツ!アニメは1年を通して放映されており、それゆえに季節も現実に沿うように進む。

まり現実とほぼ同じ時間の流れで物語が進行するのだ。

そして、アイカツ!はもうすぐ4年目を迎えることになる。

主人公の交代はあったものの、世界観一新されることなく4年目に突入する。

厳密に言えば、第50話と第51話の間にちょうど1年のブランクがあるので完全に現実と同期しているわけではないのだが、ほぼ現実時間の流れに沿ってキャラクターたちも成長している。


アイドルマスターは今年10周年を迎えたが、この10年で天海春香は16歳から17歳になった(無印と2の間で1年が経った)。

プリキュアは季節が現実に沿って進むが、シリーズごとに世界観は変わってしまうし、オールスター映画では時系列は正確に設定されていない。

ポケモンサトシ20年近く10歳のままである

コナンもずっと小学1年生。

スラムダンクは6年の連載で4カ月しか時間が進んでいない。

作中の時間現実時間の流れがリンクする作品って意外と少ない(思いつくのはあずまんが大王くらい)


から今日、紫吹蘭が誕生日を迎えたとき、「17歳?そうか、もうそんな年か……」と謎の感慨にふけってしまった。

放映開始当初は13歳だったのに、今ではもう立派な高2の17歳だ。

リアルタイムアニメを追いかけてきた者にとってはなかなか感慨あることだ。

アニメキャラにこういう感情を抱くことってかなり珍しいと思う。


アイカツ!10年愛されるようなものを目指しているらしい。

5年目以降がどうなるかはわからないけど、シリーズが続く限り、こうやって誕生日をお祝い出来たら幸せかな、と思う。

2015-06-07

2003年ごろの東京淫夢は悪質だった

やれ下北パルコ東急だ109だ和民タワレコブックファーストだ,黒いブサイクゴキブリ祭り絶頂期だったが,基底には他人への嫉妬しかなかったので気持ち悪い淫夢だった。何でこんな気持ち悪い淫夢祭りを考え付いたのかまったく理解できない。この祭りの首謀者で,ブスフェミに変貌した12年前の東大の女は死ねばいいのに

2015-03-20

外伝】本当は怖いアイドルオタク用語で「鶴の恩返し」を読んでみた

この物語アイドルオタク用語で「鶴の恩返し」を読んでみた

心配したおじいさんは我慢しきれず楽屋を覗くと、

この続きからになっています







心配したおじいさんは我慢しきれず楽屋を覗くと、一瞬にして最悪な気持ちになりました。

推しは布織りではなくキャスをやっていて、推しの横で若いイケメンの男が布を織っていたのです。

男はおじいさんに気付くと、

「うす。お邪魔してます!」とあいさつしました。

「お前どこのピンチケだぁああぁぁあああーーーーーー!!!

とシャウトしたおじいさんはあることに気づきました。

「きみこないだの現場の時フロア後方で腕組みながら見てたよね!?てかようなぴ作の似顔絵アイコンよくRTで回ってくるわ」

はい。じいさんめっちゃ沸いてましたね。自分サークル作ってモッシュに飛び込んでいく姿見て感動しました。

あとリフトされながらmixカンペ掲げてるのもかっこよかったです!」

「うあああああああああああしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしのうしの」

おじいさんは140字では収まりきらない今の気持ちつぶやくと、ショックのあまり2つの意味において他界しました。

「おじいさん!だめ!やだ!」

推しは今の一部始終がキャスでダダ漏れていることも忘れ泣き叫びました。

「私のせいだ。こんなことになるなんて...」

「じいさんならお前のTOになれると思ってたのに...」



そこへ部屋におばあさんがはいってきました。

「おばあさん!おじいさんが・・・

「案外チョロかったな。」

推しはおばあさんの意外な一言にきょとんとしてしまます

「どういう意味ですか?」

「こうなることは分かってた。そしてじいさんの血圧が高いことも分かってた。」

「私が布の制作で病んでた時、おばあさんが彼氏でも連れてきて手伝ってもらえば?って言ってくれたのはありがたかったです。

おじいさんにばれないか心配でしたけど。。。おじいさん、具合悪かったんですか?」

おばあさんは語りはじめました。

ば「医者からモッシュと推しのファボ欄は見るなと止められていた。あんまり興奮したりショックなことがあると危ないからって」

推「そうだったんですか。」

ば「現場ある日は薬の量多めにして参戦してたよ。行くなって言っても、いつ会えなくなるか分からないからって聞かなかった。」

推「私が彼氏と一緒にいるのを見たショックが大きすぎて、おじいさんは逝ってしまった。。。」

そこで推しの彼はあることに気づきました。

彼「つまりばあさんは最初から計画的に俺をここに呼び寄せた。わざとトラジックなシチュエーションを作り、指にも触れずにじいさんを他界させた。」

ば「あたしはもう限界だったんだ。」

そう語り出したおばあさんの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちてきました。

ば「今までは推し増しだとかお前が1番だとか言うからなんとか我慢してた。でも今回のははっきりと推し変だったから。」

推「どうしてそう思ったんですか?」

ば「じいさんあんたのところのグループCDを物販にあるだけ買い占めて来てさらに「俺がオリコンにのせる」と言って、

タワレコで5000枚積んでたんだよ。私の出したLPだってそんなに買ってくれたことはなかったのに。」

推「だからデイリー3位だったんだ。。。」

彼「じいさん強ヲタすぎっすね」

ば「あたしの78回目の生誕で玄関の前に飾るはずだったスタンド花発注忘れてたし、似顔絵ケーキがいいって言ったのに普通のだった。

メセカもオリジナルじゃなくてLOFTで買ってきたやつだった。あんたにはお手紙書いてたのにね。」

推「おばあさん。。。」

おばあさんはおじいさんの気持ち自分から離れてしまったことが、何よりもつらかったのです。

「ほらもう帰りなさい。明日アイ甲で遠征でしょ?」

推しと推しの彼氏はおじいさんの家をあとにしました。

おじいさんの遺体と2人っきりになったおばあさんは、

「またあの世で一緒にジャージャーしようね。」

と言って最後2チェキを自撮りしました。

すると絶命したはずのおじいさんの口から微かに


「イエッタイガー...」


という声が聞こえたような気がしました。

おばあさんは満足した表情を浮かべると、サイリウムの液体をODしておじいさんの後を追い、2人の魂は空へと飛び立って行きました。

後日、おじいさんとおばあさんのお葬式横浜アリーナにて多数のヲタクアイドルが参列するなか盛大に執り行われましたとさ。

おしまい

2014-05-28

http://anond.hatelabo.jp/20140528104706

そういうまだCDを買う習慣のある層を今後狙っていくしかないんだよねえ

アイドルオタ、アニオタ、爺さん婆さんとかとか

タワレコアニオタに媚まくってて笑えるよ

2014-04-29

CD屋とババア

今日、生まれて初めてCD屋でババアを見た気がする

ディスクユニオンは勿論、タワレコHMVでもババアを見ることは非常に稀なのではないだろうか

若い女はユニオンでも見ることがある

女って年を取ると音楽を聴かなくなるの?

女にとって趣味ってなんなの?

2013-12-25

どっかの社主

「どこに活動の場を移せばいいのだろうか。10年前なら同じことを書いても受け入れられただろうが、最近は「不謹慎」と批判されることも増えてきた。BPOスポンサーに悩まされることのない、表現の自由さが何よりネットの魅力だと思ったのだが。」

とか言っていた。

うむ。

昨日と同じ今日はやってこないのだから、嘆いても仕方がない。

べつにレトリックとしての「昨日と同じ今日はやってこない」というわけではない。

まり昔を思いかえす機会というのはないけれど、年末だし、ちょっと思いだしてみる。

お題はどこで音楽を買っていたか、だ。まあ、オチは透けて見えるが。

10年前はたしか近くの本屋か、気合をいれたらタワレコまでわざわざ足を運んで買っていた。

それに欲しい音楽、聞きたい音楽というのもラジオとかテレビで流れているもの情報源だった。

5年前だと主にアマゾンなんかで買っていたように思う。

欲しい音楽インターネットラジオ放送SHOUTcast)とかyoutubeとか、そういうところに変わった気がする。ニッチなほうに――言いかえれば、みんなが好きなものから自分の好きなものシフトしていった結果、重箱の隅をつつくみたいな探し方をしはじめている。このへんで引っ越しとかがあってテレビを買えず、そのまま見なくなった。

最近だと、iTunesで買うことが多い。

欲しいものは5年前と同じで、インターネット情報が主だ。ときどきコンビニとかで流れているの気になるのがあれば買ったりもするけれど。しかし、5年前と最近とでの決定的な違いは、自主制作もの? というかアマチュアものというのか。動画サイトなんかで話題をあつめた音楽が、iTunesなんかを通して売られていて、少なからずそういうのを買っているところだろう。


ふり返ってみれば、10年前といまとではぜんぜん違う。タワレコなんてこの数年いっていないし、ラジオも聞いていない。テレビも見ていない。そうであれば趣味もだいぶ変わったんだろうな、と思ったりする。

10年前に twitterはなかったし、スマホはなくて携帯電話インターネットなんてできなかったし、そもそもインターネット存在感はぼくにとって薄かった。それがみんなにとってそうだったのかは分からないけれど、最近とはぜんぜん違う位置づけだろうと思う。

ニューステレビで見ていた。いまはyahooヘッドラインで確認していた。友達インターネットを使ったことがないひとは多かった。いまはSKYPEで近況を話すつながりのひとがいる。

こんなに違うのに10年前と同じことをして、同じ結果が返ってくる・・・んだろうか?

そして、同じ結果が返らないことは嘆かないといけないことなんだろうか。


まあ、インターネットがむかしのようなフロンティア的な無法地帯ではなくなってきて、さて、無法者はどこに次のフロンティアを求めればいいんだって話であれば、分からなくもない。Facebook的な実名かそれと同等の実生活友達twitterとかでつながるとか)と密接してくるインターネットは、無法地帯の終わりなんだろう。

リスクが発生すれば無責任はいられず、そうするとそこにはどこまで言っていいのか、みたいな探りあいがでてくるわけで、周りの目を気にしだしてしまう。そうなれば、そこは公共の場だ。マナーモラル同調圧力とに押しつぶされる窮屈な場所だ。

10年前のインターネットの無法さがをもう一度求めるなら、なんかもう月とか宇宙コロニーつくって、いままでの社会から断絶した文化でも作るとかしないといけないかもしれない。

2013-07-30

フジロック前夜祭

15時過ぎに苗場着。

テントを建て終わり、中に入った途端豪雨スタート

これ前夜祭行けるのか?と思いつつ、3670円のテント天井から滴る雨漏りと戯れてるうちに雨が上がる。


DJ MAMEZUKA

フジロック前夜祭といえばこの人!らしい。最初最後、そして全てのバンドの合間に登場。

フジロック13に出演するバンドの曲や、フジロッカーいかにも好きそうな曲たち(90年代UKロックとか清志郎版デイ・ドリームビリーバーとかね)を選曲していくため盛り上がり方は半端ない

最後は当然の如く「雨上がりの夜空に」を大合唱


・TURTLE ISLAND

今回初めて知ったバンド。お囃子パンクとでもいったところだろうか。

和太鼓、篠笛、あたり鉦、シタールタブラ馬頭琴、ジェンベ、ドゥンドゥン等各国の様々な土着楽器ギターベースSAXなど西洋楽器を使」っているらしい。

沢山いるメンバーがみんな法被着用でお祭り騒ぎMAXバンド

しかし、レッドマーキーというステージの特性上か音が悪く、折角凝った楽器編成なのに一つ一つの楽器全然聞こえなかった。

ソロをとってる篠笛だけ辛うじて聞き取れ、あとは全体的にガーーーっていっててボーカルが何か叫んでるなぁってレベル


・SKINNY LISTER

去年でいうONDA VAGA、そのちょっと前でいうRäfvenにあたるポジションバンド

どういうことかというと、Uncleowenというアイリッシュパンクレーベルがあって、そこが毎年フジロックで大プッシュするアーティストを送り込んでいるのだ。

この枠のバンドは毎年フジロック期間中に何度もライブを行い、タワレコでもプッシュされる。

そして今年プッシュされたSKINNY LISTERは、ギターボーカル(実はフットスイッチドラムキック担当してる)、エレキギターマンドリンウッドベースダンサー/ボーカルの5人編成フォークロックパンク)・バンド

まぁなんというか芸人風のバンドだった。

個人的に思うのは、この手のバンドは物珍しさから音楽家というよりも大道芸人みたいな雰囲気が抜け切らない。

なんで芸人風がダメかというと、物珍しさだけのバンドは一瞬で消費されてしまい長続きしないから。

異論は認める


rega

もともと知ってたが、ここまでかっこいいとは思わなかった。

4つ打ちのドラムドラムギターの素早いフレーズを乗っけていく感じで、ソロあり、掛け合いありのインストバンド

マスロックという言葉はなんというか少し受け入れがたいものを感じるので使わない。

金髪ギターが難しいフレーズを弾く際に、手元ではなく観客を向いてニッコリするのがドヤ感MAXで非常にウザ悔しかった(ぐうの音も出ないほど上手いから)。


前夜祭は以上で終了。お風呂に入っておやすみなさい。

2013-03-23

裏口からプログラミング入門

Software Design 2013年4月号の特集「僕(私)の言語の学び方 裏口からプログラミング入門」を

立ち読みしたら、美容師タワレコ店員、書店員泥縄流でIT土方になってて、読んでて

なんだか悲しくなってきた。

はてブのメイン層もここら辺なんだろうなぁ~

なんとなく感じてたのを雑誌によって可視可された感じだ。

2013-01-15

日本HMVタワレコも潰れるべきなのだろうか

レコード販売大手・HMVが経営破綻 英国

http://www.news24.jp/articles/2013/01/15/10221255.html

資本関係が違うので元が潰れたからといって日本HMVタワレコが潰れるわけではない。

でも、元が潰れるような状況なのに日本では生き残っているのって、業界団体ロビー活動規制のおかげだよね。

そしてそれらは私たち生活から自由を奪っている。

こうした企業は本来潰れるべきなのだろう。

しかし、こうした悪の権化のような企業が潰れたときリストラされる社員たちは、誰に頼ればいいだろうか。

大企業嫌いな左翼は(それこそ東電社員を見るような目で)相手にしてくれないだろうし。

2012-08-29

店頭CDを見せずに聴かせたら売上が4倍に伸びた」はほぼ嘘

これの記事に騙されないように。

http://www.drillspin.com/articles/view/139

残響shopというのは残響recordCDを扱っている場所で、

残響recordというのはマイナーインディーズレーベル

所属するバンドの代表格が、9mmpeople in the box65daysofstaticとか。

9mmは有名だけど、それ以外はまったくオリコンに登場しないバンドばかり。

要は、好きなやつだけが好きな知る人ぞ知るインディーレーベルである

残響shopが扱っているのは残響record所属するアーティストCD殆ど

なので、そのショップに行くのは当然のことながら残響バンドが好きな奴ら。

残響祭なんてイベントもやっているし、レーベルとしてのブランディング成功しているとこなのよ。

残響ブランドが好き!」ってやつらが暇つぶし音楽漁りに行く場所しかないってわけ。、

それに残響shopの近くにタワレコがあるんだけど、それでもわざわざ行くってやつがそもそもの客層なの。

普通CDショップとまるで客層が違うってのは知っといたほうがいい。

CDショップというかファングッズ販売店って考えたほうが的確かと。


で、「店頭CDを見せずに聴かせたら売上が4倍に伸びた」っていうけどさ、

これって「これまで4枚しか売れていないのが16枚も売れた」ってレベルからな。

恐らくは売れた枚数はもっと少ない可能性が高い。2枚が8枚とか。

なにせ四倍売り上げたって例が「mudy on the昨晩」だし。

こいつらはオリコン最高80位くらいで、総数としてあんまり売れていない。

そもそも在庫が二ケタあるって思えない。つーか、ないでしょ。

要は、残響CDが特集されて売れた、くらいの意味しかないのよ。

普通にインストバンド特集!」とか企画すればそれくらい売れたって話なんだよ。

残響shopに行くことあるけど特集されているCDはそれだけでけっこう売れてるようだし。

CDを見せずに聴かせたから」ではなくて、視聴して気に入ったってだけ。

別に企画はなんでもいいわけよ。手に取らせる工夫としてはありだと思うけど。

いかにも企画が成功したみたいな記事になってるが、それは違うだろうと。

色々な本がバンバン売れていた「ほんのまくらフェア」と比べるのはバカだよ。


あと気になったのが、

「その上、音楽との出会いも「これ、おすすめだよ!」だけの、自分自身の中途半端エゴイズムによるものだけだと限界はすぐに見えてしまます。」

って記事にあるけど、残響shopはそうやってブランド押しだして売れてるのに勘違いしすぎ。

残響shopに行くようなやつなんて残響というエゴイズムに惹かれたやつだけじゃん。

「“うた”そのもので判断される世の中になれば」ってよく言うよ。

うたそのもので判断したいときにあえて残響shopで探すってのは最悪の選択肢じゃないか

この企画は「新しい」んじゃないんだよ。残響shopでしか成功しない企画だからみんなやんないの。

しか成功してといっても、普通に別の企画で特集したほうが売れるって話。

そういうことなので勘違いしてあんまマネしないように気を付けてください。

一利用者としては残響shopはくだらないからこの企画もう辞めろ。

そのスペースで素直にインストバンド特集でもやっとけ。

2012-01-30

http://anond.hatelabo.jp/20120130224634

それよりタワレコのポップに難癖付けて謝らせる

ファンの態度こそよっぽどタチ悪いわ。

そもそも自己顕示欲が人並み外れて強いかアイドルという

職業を目指すわけで、そういうある種歪んだ人間を応援するなら

そんなことぐらい覚悟しとけよ。

2011-05-12

つの間にか片思いになるまでの顛末

短大1年からずっと好きだったAという人いる。

最初は仲の良い友達だったんだけど、段々と意識するようになった。ちなみにお互い彼氏彼女はいた。

意を決して卒業後、俺の上京の1週間前、二人で酒を呑んだ。セックスした。恥ずかしくて告白できなくて、

当時は好きだったんだよ」と言った。

Aの返事は「私もだよ。」その時の俺はなんでか「けど今はお互い相手がいるからつきあえないね」みたいな事を言った気がする。Aは笑った。

その日はもう一回セックスしたのだけど、お互い泣いていた。


その時から俺は「今はお互い相手がいるし遠距離だけど、頑張れば付き合えるかも」と思うようになった。

上京したおれはAのために色々努力してみた。

SNSで相手を探して、いっぱいセックスして、どこが気持ち良いか勉強した

俺は都合のいい男だったらしく「歩くバイブ」とか言われた。

Aが好きな音楽タワレコで聴きまくった。

Aは地元結婚したいと言っていたので、何度会社に転勤願いを出した。けど受理してもらえなかったので仕事を辞めて実家に戻ってきた。これが3月の頭。大地震の時、震源地から近い所にいた俺はAの心配ばかりしていた。


先日、GWということで帰省してきたAとあった。

Aはいきなり「彼氏と別れた。付き合いたい人がいる」と言って、写真を見せきた。楽しそうなAとイケメンが写ってた。

Aは本気らしく、告白したしい。返事待ちと言っていたけれど、たぶん付き合うのだろう。


その日もやっぱり酒を呑み、ホテルへ行った。ホテルはAから誘ってきた。

俺が「その付き合いたい人にやったみたいにしてよ」と言ったら、Aは色々してきた。彼氏候補のイケメンは、Aにこんなに尽くしてもらって

いると考えると悲しくなった。

セックスが終わった後、告白した告白というか、自然に口から出た。「やっぱり好きです

したらAは笑いながら「あーあ、言っちゃった」

「もう違うし、遅いんだよね」



どうやらAは好きな人が複数いて、その一人が俺だけど、付き合いたいという段階までは行けなかったっぽい。

いや、一度は行ったかもしれないけど、それは数年前。

それに対して俺は、誰とでもセックスするけど好きな人は一人で、それがAだった。



その日も、もう一度セックスした。今回は俺だけ泣いてた。2年前とはもう違う。



4年間近く目の前にぶら下がってた人参をいきなり盗られた気分で何をするにも気力がわかない。俺にはAが全てだった。

そして頑張った結果はJロックの知識とセックスしまくりが原因の不感症、そして無職無職自分のせいでもあるけど)。


今まで相談事は全部Aにしてきたから、Aのいない今、誰にも話せないので増田に書いた。


恋なんて不毛だ。

2010-01-13

ttp://blog.honeyee.com/ttakashiro/archives/2010/01/11/0q10-in-tokyo.html

渋谷タワレコは、ガラガラだけど、いまや世界最大のCD/DVDショップ

すでに世界中CDメガストアは淘汰され、日本だけが音楽映画オンライン潮流に抵抗し、ショップ売りを続けている。

アメリカではすでに、電子書籍の売り上げが、通常の書籍を上回っているのに、

日本では、まだ始まってもいない。

2009-09-16

9/15

今日は7時半過ぎに起きて朝ごはんを頂く。

9時過ぎに出かける。

渋谷に行った。駅周辺をぶらぶらしていたけどよく分からなくなって

縦横無尽に歩いていたら中目黒駅についた。

その途中は代官山とか通った気がする。

中目黒TSUTAYAによってから横浜へ行った。

横浜駅の周辺をぶらついた。駅すごく広い。

特にどこにも用は無かったのでしばらく見て回って歩いて歩いたので戻ることにした

しかし、改札口を間違えたため一回神奈川駅に行ってから

横浜に戻って新宿へ行った。

新南口からでて適当に歩いていたらディスクユニオンが目に付いたので

回っていってみたらディスクユニオンってヘビメタとかのCDショップだったのね・・・

ちょっとだけ見て、ビルを出て歩いていたらタワレコが目に付いたのでタワレコに入った

フロア広いしびっくりした。あとIdiot Popインディーズコーナーで特集されてた。すごい。

その後、家の近くへ戻った。

南口から出ていろいろ見てから親へ電話するためにファミレスへ。

若鶏の唐揚げドリンクバーを注文した。

親へ電話した。何故だか涙が・・・

やはり、今のままで東京で職に就くには無理みたいだ。

とりあえず、住み込み仕事でも探さないとやばそうだったので

家に帰ってからいろいろ見てみた。

晩御飯を頂く。カレーだった。

その後テレビを見ていた。ミリオネアがやってた。

いつ話を切り出そうか迷ったが丁度デザートに出された葡萄を食べ終えたときにようやく切り出した。

いろいろ考えてみたけど期間工で3ヶ月働いてお金貯めてそのお金で部屋を借りてバイトする

みたいなことを話した。

でも、やっぱり駄目だと。先が無いと。

ここ4日の暮らしぶりだと、どうやら自分東京では無理らしい。

部屋を借りるにしてもアルバイトとかだと足りないし

仕事探すにしても資格が無いとだめだし

まだ未成年だから保証人というか保護者の承諾が必要なんだけど

親戚に迷惑がかかる。

ここで事の発端。

以前、といっても8月までの話だが

私は高校を出てから零細IT会社に勤めていた。

もちろん経験も何もなく高校のツテというか推薦枠的な形で。

最初の方はまだ簡単な作業や勉強を教えてもらってたのだが

だんだん分からないことが増えてきたし、ITはブラックだとかよく聞くし

帰りは遅いし、手取りを定時以外の時間も含めて時給換算したらアルバイト以下だし

さらに、知り合いに「辞めたほうがいい」と言われて自分でも音楽やりたかったし

東京の親戚に、そんな嫌なところ辞めて東京仕事探しなさいと

自分スキル不足、また仕事を覚えていく自信がないということで辞めた。

しかし、まぁよく簡単に辞めてしまったものだ。

そして、東京に来て親戚の家にお世話になることになった。

最初のうちは観光だのなんだのってことでお台場につれってってもらってご飯をご馳走になったりしていた。

でも、今週に入ってから仕事探さないと・・・ってことで

月曜日・・・あ、昨日か。

新宿ハローワークに行ってみた。この不況だ、老若男女でいっっぱいだった。

で、話を戻すと。

上京して仕事を探して職に就く。

また、アルバイトなどで食いつなぎながら音楽をやっていこうと思っていた矢先で

そういう風になってしまった。

もちろん、以前の会社を続けていれば全然違っていたのかもしれないが。

総括すると自分が甘すぎるんだと。自分でも分かってる。

だから、今からでも何か資格をとるとか

地元に戻ってバイトして、お金貯めて専門学校行くとか

そういう身の振り方を考えないとまずい。

それ以前に、上京して音楽やるぜなんか言ってしまった知人たちに顔向けできない。

その辺はどうしようか・・・

なんというか、意志の弱さというか周りに左右されてしまう自分に嫌気が差す。

成人するまでの間に資格取ったり金貯めたりしないといけない。

もし自分が本当に音楽がやりたいのであれば。

それまでに世の中が変わってくれれば・・・なんて神頼みしてしまう。

2009-08-07

タワレコ新宿

久々に行ってみると新宿タワーレコードが少し変わっていた。

以前は7階、まず入ってすぐの所には新譜を展開してる棚がレジカウンターに平行する形であり、その奥にレジカウンターに垂直の方向に特集コーナーの棚があったのだが、その特集コーナーが無くなっていた。一時的なものだろうか。

特集コーナーというのは棚ごとにいろんなジャンルの特集になっていて、例を挙げると、前回行った時はそのコーナーの一つがミニマル特集みたいになっていて、ベーシックチャンネルテリー・ライリー、シルバーアップルズなどが置いてあった。

私は音楽情報に疎くそのコーナーでいろいろ試聴をして未知の音楽に出会っていて、昨年はその特集コーナーでジャケットにひかれBillie Davisの素晴らしいアルバムに出会ったりした。

8階の洋楽フロアはまだジャンルごとに古いアルバムなんかも含めた試聴コーナーがあるのでそんなに絶望的というわけでもないのだが……

そろそろインターネット音楽情報を仕入れる方法を模索しないといけないのかな。

はてなをやってる人なんかだと、CD(笑)、リアル店舗(笑)、って感じなのかなぁ。

2009-02-23

タワレコのある風景

去年の夏、渋谷タワレコでからまれました。

エスカレーター降りて店を出ようとしてたところで。

音漏れしまくったヘッドフォンで耳を塞いだ金髪女性パンク系?)に。

「いまわたしの悪口言ってたろ?」って。

うわ、これヤバいの来たな、と思って俺は何も見えてない感じでスルー

が、友達は「え、なんすか?」と足をとめてしまう。

「何も言ってないですけど」とか答えてる。律儀!

俺はそのまま店の外へ。たまたま横断歩道渡ったとこに警官いたのでそこへ。

警官には話しかけず、近くに立つような感じで待機。

友達もなんとか俺のとこへ。その女も何か言いながらついてきている。

今にもナイフとか出しそうな剣幕だ。東京こええ。

だが女は警官が目に入ったようで俺らをスルー。助かりました。

今でもときたま、アレはなんだんだろうと思います。

2008-12-29

おい増田、やっぱりお前和歌山市在住だろ

http://anond.hatelabo.jp/20081228183715

その通り。難波だな。

和歌山市民のはてなユーザーって滅茶苦茶少ない

キーワードとか全然ひっかからなかった)から貴重だ。

元増田さん、もし見てたら連絡下さい。

以下、全部つっこんどくか。

>正直ここは何もない街だ。

これはマジで

みんなの口癖だな。

地元人間も来てしまった人間も。

>一応県庁所在地だし、古いお城もある。

和歌山城。これはそれなりに立派。

歴史的な街並みのようなものはまったくと言っていいほど見当たらない。

ないな確かにw

>皆が憩えるような公園というと、先のお城の周りに少しあるが、

>城というのは要するに戦闘用の建物なので、その周りもアップダウン

カーブなど多すぎで、のんびり散歩、という雰囲気ではない。

確かに結構上まで行くのはしんどいな。

ちょっとした公園ってのは岡公園のことだろうな。

>海沿いには釣り公園海水浴場があって、

>そういう趣味の人は楽しめるかもしれないが、景色も含めてだれでも憩える、という感じではない。

ここ引っかかるなあ。

和歌浦も加太もそれなりに景勝地的なところはあるんだよなあ。

まあぱっと見ならツマラン風景だわな。

>昔路面電車が走っていたというなんだかやたら広い道路

>かろうじて県都らしいにぎやかさを持っていて、通勤時間帯こそそれなりに渋滞しているが

>20時を回るとほぼガラガラ。どこにでもありそうなファサードをもつ商店もさっさとシャッターを閉めてしまう。

ここも実は引っかかる。

確かに昔市電が走ってて道路もその名残で広いけど、

「かろうじて県都らしいにぎやかさを持っていて」って、

そんな賑わってない。

車で混んでるだけのことだろ?

市内で人通りのある場所なんてないぞ。

>無個性。その一言に尽きる街だ。

その通り。

本気でつまらんから、俺も脱しようと思ってる。

>1時間かけてこの地方の中心都市まで出かける。

>ここには店が本当にない、僕の物欲を刺激するようなものは何もないのだ。

本当に店がない。

どのくらいないかというと、

最近まで「無印がない唯一の都道府県」だったぐらい。

ちなみに今もタワレコヴィレッジヴァンガードがない唯一の県。

(実は三つとも、昔はあった)

派遣ってどこだろう。

花王住金か、あるいは三菱冷熱あたりだろうけど。

うわあ、滅茶苦茶会いたいな!

(もし和歌山市じゃなかったらすみませんね)

2008-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20081104232326

引用が逆転しちゃうけど、

年寄りってレコードをかけることは出来てもCDをセットして再生ボタンを押すことが出来ないんじゃないかって。

いまだに演歌コーナーだとカセットテープが現役だからねぇ。

タワレコHMVといった大手レコード(?)店では気にならない(そもそも演歌コーナーが視界に入らない)

かもしれないけど、街のレコード屋さんとか、ホームセンターワゴンセールコーナーをのぞいてみれば、

それが分かると思うよ。

というわけで、

永六輔がさ、演歌が売れなくなったのって、社会レコードからCDに移行したからじゃないかって考察しているのよ。

レコードからCDに急激に変わってしまったわけではなくて、中間バッファとしてのカセットテープによる供給

残っているから、カセットも含む販売数で議論すれば、必ずしも演歌が売れなくなった理由の全てではない気がする。

どういう統計の取り方をしているのかは分からないけどね。たとえば、「CDのみでみた統計」とか、

演歌オールポップスありがちな「※歌っているのは本人ではありません。」をどう扱うかとか。

単純に、演歌が売れなくなったのは、演歌以外のJ-POP市場が大きくなった(演歌以外という選択肢が増えた)ために、

相対的にも絶対的にも演歌市場が縮退しているだけだと思う。

2008-10-05

たぶん、忘れないよ。

仕事に向かう電車の中でiPodシャッフル再生にする。

そして、俺の記憶はよみがえるのだ。

1999RSRFESに行ったこと。

俺に、「絶対に忘れない」と言った年上の女性のこと。

1999年2月。高校男子校で、もちろん童貞だった。

大学受験関東に行った時に、渋谷タワレコCDを買った。

それは無罪モラトリアムの初回版だった。

黄色の丸いステッカーが付いて来たのを覚えている。

大学受験から帰る飛行機の中で聴いた「正しい街」の衝撃といったら、なんて表現しようか。本当に震えた。。

その後、大学受験に失敗した俺は、塾の講師のアルバイトをしながら自宅浪人をして、二度目の大学受験に挑んでいた。

その頃の椎名林檎は「本能」が発売になり、年が明け、「ギブス」が発売されたのは2000年の1月だった。

同時発売の「罪と罰」の方が好きだった。

ギブスの歌詞に出てくる、カートニルバーナだとかコートニーはセレブレティスキンだとかは知っていた。

でも、「ギブス」は好きになれなかった。

それは恋愛をしたことがない童貞にとっては必然だった。

あなたはすぐに絶対などと云う

あたしは何時も其れを厭がるの

だって冷めてしまっちゃえば

其れすら嘘になるじゃない


この意味が実感にできるようになったのはつい最近だし。

嘘になるわけじゃない。ということがわかったのもつい最近だ。

年上の女性は「絶対に忘れない」と俺に言った。

俺は「それは絶対に不可能だ」と言った。

でも、その女性

「そうかもしれない、でも、絶対に忘れない」と言った。

それが本当に嬉しくて、

俺は「そうか。それじゃあ、たぶん忘れないよ。俺も」と言った。

それから2年経過して、俺は今「ギブス」を聴いている。君を思い出している。

君の髪型がどんなだったか、どんな酒が好きだったか。きりがないけど、

黒い髪がよく似合っていたのは忘れないよ。たぶん。

そしてギブスの後に流れるのが、くるり「東京」で、

俺のiPodすげぇえって関心した。

電車から降りて、君に電話したくなったけど、俺は仕事に行くんだよ。

そう、行かなきゃ。

2008-08-28

http://anond.hatelabo.jp/20080828083756

ビールクルマスキー、あと何?80から90年代にかけてピークを向かえたものは、なんでも当てはまるよ。

つかですね、音楽に関して言うと、タワレコとかHMVとかのむかしむかしメガストアって呼ばれたところにいくとわかるけど、店内にはヲタクしかいない。わざわざレコード屋さんに音楽CDやらを買いに行く人は今はもうヲタクだけなんだよ。(音楽ヲタってことね。)

iTMSやらのダウンロード販売ってどうなんですかね?

2008-07-06

別れ話がこじれた結果、「別に付き合う相手なんて誰でもいいんだからわざわざ君のような面倒な相手とつきあう必要はない」という趣旨捨て台詞を吐かれてふられたことがある。結婚の話も出た相手だった。その言葉に私は自分でもびっくりするくらい深く傷つき、立ち直るまでには1年半時間がかかった。一時は誰とでも寝るということをやってみようかと思ったくらいだった。どうしてそう思ったのかはよくわからないけど、そのときはそうすると納得できるんじゃないかと思えたのだ。余計な話になるが、私の両親はとんでもなく保守的な考え方をする人達で、私は「結婚するまで処女でいるように」と躾けられて育った。つまらない冗談のようだが本当のことだ。さすがに20歳を過ぎてそれを額面通り受け取ることはできなかったが、それでも全く無視はできないという程度の束縛感はあった。だから自分がそう考えたこと自体が結構な驚きだった。

面倒な相手という点については、まあそう言いたくなる気持ちもわからなくはなかった。取り立てて異論はない。「面倒だから別れたい」と言ってもらえれば私もすんなり納得していたと思う。問題は「誰でもいい」の一言だった。我ながらいくら何でもそこまでショックを受ける必要はないだろうと思ったが、駄目なものは何をどう頑張っても駄目だった。悲しくてまともにものを考えられなかった。

時間が経って落ち着いてから、私は相手に何を求めていたのだろうとよく考えた。そして相手は私に何を求めていたのだろうと。

小学生の頃よく読んだ「赤毛のアンシリーズに、何巻目だったかは忘れてしまったが、「人間は20歳くらいでその輪郭が決まってしまう」というような一文が出てくる。私はそれを真に受けて10代の数年間を過ごしたので、20歳くらいまでに何とか自分の方向性を確立しなければならないという強迫観念があった。そして20歳になる頃には本を読んでばかりいる生意気な理屈好きの小娘になった。ある時期からは手に取った本に書いてある映画を見て音楽を聴くようにもなった。村上春樹を読んでビーチ・ボーイズを聞きイオセリアーニアルトマンを見るようになった。アーヴィングからヴォネガットに手を出し古典を読むようになった。そのうちペーパーバックも読むようになった。新しいものを知るたび少しずつ世界が広がっていくように感じられ、すごく楽しかった。でもそういう楽しみを誰かと分かち合うことはなかった。私の属しているところではそういうのは何と言うか、知的な気取りの一種のように見なされていたからだ。私は1人で図書館にこもり1人でタワレコに通い1人で映画館に出かけた。両親は極端に人付き合いが悪い娘にひとしきり説教を垂れたが、私としてはそれに特段不自由を感じなかった。友達がいて知り合いがいて1人の時間がある、それのどこが問題なのかと思っていた。確かにそういうのは客観的に見てあまり魅力的な姿とは言いがたかっただろうが、私は毎日いろいろと必死で魅力などというものについてじっくりと思いを巡らす余裕はなかった。そんなことについて考える暇があるなら丸善まで出かけて本棚を物色する方が100倍楽しい。私は何かの答えをそれなりに必死になって探している最中で、魅力なんてものは後回しにしておけばいいと考えていた。

一方、というか当然というか、私は「若い女性」という自分の属性にどうしてもうまく馴染めなかった。若い女性であることをすごく窮屈に感じた。そしてその窮屈さをなかなか言葉に表すことができなかった。人並みにフェミニズム関連の本も読んだけど、それはどれも目の前のあまりにもベタ現実とはうまく切り結ばなかった。例えばがつがつと本を読む若い女性は私の周囲にはいなかった。有り金全部を使う勢いで映画を見る若い女性もいなかった。本当にものの見事に誰一人としていなかった(たぶん趣味に関して引きこもっていたせいだろう)。私の周囲では、一般的に若い女性はそういうことはあまり好まないものだという観念が割と根強くあった。そういうのは趣味として上品に嗜む程度に留めておくべきものであって、没頭するべきものではなかった。もちろん若い女性精神分析専門家だとか映画監督だとかいう人がいるのは知っている。統計の授業を担当なさった先生UCLA帰りで、とんでもなく優秀な上におよそ文化と名の付くものなら何にでも博識な女性だった。でも彼女たちは言ってみれば「私の履歴書」みたいなものだった。自分に特段優れた才能が備わっているわけではないことにはとっくに気づいていたので、それらはただ単に雲の上の出来事でしかなかった。たぶんそういうのは選ばれた若い女性だけに許された特権なのだ。それに特権を維持するのは見るからに大変そうだ。そう思っていた。私は自分の置かれた状況にはそれなりに満足していた。家族は私に呆れながらも基本的には好き勝手にさせてくれていたし、友達も私がよくわからない何かにかまけているからといって意地悪をするようなこともなく優しく放っておいてくれる。環境にはずいぶん恵まれたと思っていた。もし私が男の子だったらもっと堂々とできたのかもしれないが、男の子男の子でいろいろと大変そうだとも思った。ここから出て行きたいとは思わなかった。うまく言えないのだが、どこかにあるはずの理想の地を探すことではなく、今いる場で何とか居心地のいい状態を確保することの方が建設的な考えのように思えた。

そんな状態にもかかわらず、お付き合いする相手が現れることがあった。縁があったのは同級生や会社の先輩といった人達で、音楽映画の話がきっかけになることが多かった。好みが似ている人とは話がしやすい。自分が基本的に聞き手に回ることしかできないとしても、親しみのある世界の話ができることはとても嬉しかった。社会人になってからはなおさらそう感じるようになった。女の子同士がお茶だけで何時間でも話しまくるように、好きなことの話だけで1日中笑ったり驚いたり考え込んだりできるのは本当に楽しかった。でもそれと同時に、1人で楽しむことを選んだ領域に人を介在させるのは少し怖いことだと感じた。そこでは1人で過ごすことを選んだはずだ。そのルールを変えたりしてひどい目にあったりしないだろうか。でもひどい目ってどういうことを言うのだろうか。よくわからなかった。でも、はっきりと意識に上らないくらいぼんやりとした一瞬の感覚だったにもかかわらず、その嫌な感じはなかなか消えなかった。

相手との距離が近づいてしばらくすると、私はびくびくするようになった。付き合い始めて1年も経つと、仲良くなるきっかけだったはずの私の趣味嗜好のようなものが、次第に相手を苛立たせるようになってきたのがはっきりと感じられた。私が何の気なしに漏らす一言に相手がすごい剣幕で「普通女の子はそういうことは言わないものだ」と怒り始めることも珍しくなかった。その都度、私がどちらかというと普通じゃないことは私もあなたも承知しているはずだったと思いますが、あなたの言いたいことはたぶんそんなことじゃないんでしょうね、と思いながら黙って聞いた。自分でこんなことを言うのはばかみたいなのだが、私が縁あった男性は目立たないけれどしっかりしていて人の気持ちを察するのが上手な人達だった。どうしてそんなに人当たりがいいんだろうと思ってよく見てみると、誰と接するときでもフェアであることを優先させているのがわかった。女の人からの評判はよく(ただし決してモテるという訳ではない)、マッチョな男の人からは幾分軽んじられているふしがあった。そういう人をここまで怒らせるからにはたぶんこちらに非があるのだろう、と私は思った。だから相手を怒らせそうなことは片っ端から控えるようになった。でも、そうなるとそこにあるのはただの力関係だけだ。会話の内容が当たり障りのない世間話のようなものになり、映画館レコードショップを避けて出かけるようになり、そうして程なくして別れることになるのだった。

相手の年齢や社会的属性が違っても別れる理由は同じだった。ある時の別れ際に冒頭のことを言われた。私がショックだったのは、いつの間にか関係がすっかり塗り替わってしまっていたことだった。友達の延長みたいにして付き合い始めたつもりだったのに、それとはかけ離れた関係を作り上げていた。最終的に私は規格外の若い女性でしかなかった。更にショックだったのは、「誰でもいい」と言われて最大限に傷ついている自分だった。仲良しの友達に言われたとしても十分ショックなフレーズだとは思うが、私の受けたショックはそれだけでは説明がつかなかった。付き合っていた相手にだけはコンビニで飲み物を選ぶように私を選んだと言ってほしくはなかった。でもいつの間にかそうなっていた。相手が最終的に私に求めたのは女の子らしい女の子であることだった。それと呼応するようにいつからか私も、私が私であることの担保を相手に求めるようになっていた。いつの間にそれを求めるようになっていたのか、自分のことなのにまるで理解できなかった。付き合い始めた時の気持ちははっきりと思い出せるのに、その時は担保なんて関係なく楽しいことや嬉しいことはその意味意識する必要もなくシンプルにそれだけだったはずなのに、見た映画に興奮して渋谷から千駄ヶ谷まで意味なく歩いてしまった私は相手に会うとうまく口がきけなくなっていた私とまるで矛盾なく同じ私だったはずなのに、それらがきれいさっぱり失われてしまっていることがうまく飲み込めなかった。でも、お互いに求めるものがそれだけになった時点でそこにはもう役割だけしか残っていない。確かにそうなってしまえばいくらでも代わりはいるのだ。お互い相手にその望むものを差し出す余地がないのは嫌になるくらいよくわかっていた。何だか騙されてたちの悪い契約を結んでしまったような気分だった。でもそれに荷担したのは他ならぬ自分だったのだ。

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