はてなキーワード: あんとは
(原作およびアニメ最新話のネタバレ含みます。次回のアニメで描かされそうな部分はたぶん触れてないはず)
思ったより長くなったので簡単なまとめ
・一部原作ファン界隈の反応をずっと追いながら、ユーフォ3期を見てきた
ユーフォ3期最新話の改編回りがまあまあ話題になっていたので、Twitterの一部原作ファン界隈の反応を観察し続けてきた自分の見てきた光景について、ちょっと書いてみたいなと思った。
ここで書く原作ファン界隈(以下、「原作組」表記)は、原作・作者に対する熱心なファンで、思い入れの強さが「原作>>>アニメ」ってスタンスに見える人たち。
原作既読のファンの中でも濃度や比重はそれぞれだと思うので、あくまで一部界隈に限った反応ということでよろしく。
ちなみに、なんでそんな界隈の反応を観察していたかというと、
自分個人としてもアニメユーフォの2年生編(劇場版「誓いのフィナーレ」 )が原作の良さを台無しにしまくった残念作品だったことで、アニメ版を見る目が以前よりも少ししらけてしまって、比較的共感出来そうな層の感想を摂取したかったからという経緯から。
自分も、おそらく原作組もほとんどが、アニメユーフォ1期の大傑作ぶりに魅了されたのがきっかけで作品のファンになったはずだし、
自分としては今でも、1年生編の範囲に関してはアニメの方が原作より好きなくらいなのだけど、
そんな素晴らしいアニメ1期2期を作ってくれたスタッフなだけに、2年生編の劇場版はホントにがっかりしたのよね・・・。
まず、1~3年生編の中で、2年編が一番群像劇感強くてTVアニメ向けっぽいのに、劇場版の短い尺に押し込めたせいで構成が歪になり、大事なシーンもカットされまくったこと全体がとにかく残念だった。
それに、尺が短い中でやらなきゃいけないという前提を汲んでもなお、省略されたことや改変されたことが許容できないシーンが数点あった。
特に一番大きいのが、秀一と久美子の交際停止タイミングを関西大会前に変えて、理由もなんかふわっとした感じにしちゃったこと。
原作だと、タイミングはラストの関西大会敗北後。気丈に振る舞っていた優子前部長が影で涙していたことを知り、しかもその優子・夏紀から直々に次期部長を託された久美子が、部活に全てを賭ける決意の証として別れを切り出す。秀一もそれを受け入れ、”恋人”じゃなく”部長”の久美子を支える決意をする・・・というめちゃくちゃドラマチックで大好きなシーンだったので、映画で改悪されたこのシーン見たときは呆然とした。
そもそも原作のこのシーンから取って「誓いのフィナーレ」ってタイトルにしたもんだと思ってたからね。
他にも、原作の2年生編は続く3年編への布石をいっぱい打っている作品で、
●久美子が下級生の指導係としてお悩み相談に奮闘→翌年部長として慕われまくり、それがかえって真由を疎外してしまう根拠に
●集団退部の苦い経験から、部の融和を何より重んじてきた優子前部長が、その反動で部の空気が緩んだことを敗因と分析→翌年、高坂ドラムメジャーの元でスパルタ改革する理由作りに
●優子や夏紀達が身を削って最後の1年部に尽くしてきた姿を描く→それを部長として受け継いだ久美子の重みが増す
・・・等々、3年編を盛り上げたり説得力を出したりするための「つなぎの一作」として非常に優れた作品だったのに、そういう要素がアニメ2年編では省略されまくり、そのせいでアニメ3年編にもそうした文脈が引き継がれなかったのがとにかく残念だった。
そんなこんなで2年編で一気に原作とアニメの評価が逆転してしまい、待望のアニメ3年編開始にも以前ほどの熱量の湧いてこず、少し冷めた目線を共有するスタンスくらいの方が心地よいかなと思った次第。
一方で、2年編と違って、3年編に関しては個人的に原作に対しても不満・消化不良に感じた点が多かったりして。実は、「そのままアニメ化するより、なんか良い具合にアレンジしてくれないかな・・・」という本音を持ち合わせてたのも面もあったりした。
原作で全編に散らばらせていた月永求のエピソードを、1話にギュッと圧縮した改変は比較的好評で、
後は、アニメで謎に求×奏の絡みが盛られまくったことなんかは面白がられていたが、
それ以外は全体的に、「ここ原作の方が良かった」みたいにチクチク言われてることの方が多かった印象。
特に、不評が一気に顕著になっていたのが、直近の10話・11話の描写。
一番多かった批判としては、アニメの麗奈が原作に比べてブレすぎ、ナヨナヨしすぎ、久美子に依存しすぎに見える、というものだったと思う。
確かに原作の麗奈は良くも悪くももっと自分を貫き通し続けて、久美子への態度もドライだったと記憶している(あんなに繰り返し「久美子とソリを吹きたい」と言うのはアニメだけ。なんなら原作の麗奈は真由とも仲良くしていたりする)
他は、以下のような不満点が挙がっていたかと。
・原作であった「部活・コンクール・音楽とは」みたいな多様な観点が薄れて、「努力して全国大会で勝つ!」みたいな単純なスポ根ものに見えちゃう
特に、アニメは原作より久美子×麗奈のイチャつき重視、久美子×秀一の要素は薄め・・・というのは以前からの流れだけど、
直近ではプラスして、麗奈のキャラ自体が原作より変わっちゃった感があったのも相まって、10話11話辺りの久美子×麗奈の描写はかなり冷めた目で見られていたように感じた。
ただ、自分もその感想に全て同調していたかというとそうではなく、
なにせ根っからの判官贔屓体質なので、こうも「原作の方が良かった」という小言を見ていると、「いやここはアニメの方が良くないか」という点を探しがちになっていた。
例えば、10話で久美子が部をまとめるために演説する内容、タイミングが原作から変更されていたが、「北宇治の仲間に話しかけるシーン」としては、自分はアニメの方が良いなと思った。
原作では名無しの3年生達も、皆名前と顔を描き続けてきたアニメだからこそ、「北宇治のみんなと最高の演奏をしたい! みんななら出来る!」というアニメの演説シーンは、全然陳腐とか思わず素直にぐっときた。黒沢ともよさんの演技が最高なのは言わずもがな、それを聞いてる皆の表情で泣けるんだ。この子達にも皆、部活に全力投球してきた3年間があったんだよなあと思いをはせてしまう
一番批判されていた麗奈の描写も、確かに原作の方が孤高な感じでカッコいいなと思う一方で、原作麗奈のスパルタ指導や滝先生への批判を精力的に取り締まる描写はやり過ぎに感じた部分もあったので、アニメの描き方もこれはこれでアリかな・・・くらいの印象だった。
そんなこんなで、多少残念な点もありつつ、2年編と違ってそんなにアニメ版が悪いとも思えなかったので、原作組に対して、「そんなに悪く言わんでも・・・」「ここからアニメ版がめちゃくちゃ凄い描写をして、ギャフンと言わせてくれないかな」みたいな反骨心をどこか抱きながら、12話の放送を迎えることになった。
確か11話の放送が割とすぐ後くらいに、12話のあらすじと一枚絵が掲載されて、
どうやら、12話では久美子と真由がソリをかけて公開オーディションするアニオリ展開になりそうだ・・ということが分かった。
その瞬間からもう、「これはヤバいんじゃないか」という、悪い意味でザワザワした空気が漂っていた。
原作を読んでいる人からしたら、最後のオーディションで久美子がソリを奪い返すという結末を当然前提に入れている。
そのうえで、部員投票の対決という舞台を使って、「皆に肩入れされる側の」久美子が勝つ・・・という展開をどうすれば納得いく形で描けるのか、非常に想像するのが難しい。
11話までの描写でアニメスタッフに不信感を抱いていた層からは「これ、『1期(麗奈vs香織先輩)のオマージュやったらエモいっしょ』くらいの感覚でやってないか? 」みたいに言われてたり。正直自分も、この展開に関しては不安の方がだいぶ大きかった。
後からリアルタイムのツイートを見てみると、オーディションが始まるまでは相変わらず不満の声が多かった。
「まーた麗奈が『最後は絶対久美子とソリ吹きたい』とか言ってるよ。原作と別人じゃん」とか、
「真由にとってつけたような悲しい過去付与すんなよ。原作と別人じゃん」とか。
久美子が敗北するというオリジナル展開、しかも決定的な一票を投じるのが麗奈・・・という大規模改編展開に突入した瞬間、空気が一変していた。
「うおおおおお!」 「まじかあああ!」 「やりやがった!」
みたいな、ポジティブよりの興奮した反応が一気にあふれ出していたのだ。
そして放送終了直後には、
「今回は素晴らしかった」 「こういうのでいいんだよ」 「今までの改変も腑に落ちた」 「石原花田を見直した。すいませんでした」
みたいな手のひらクルクル感想が投稿されていて、ある意味こっちの流れもカタルシスがあった。
単に1期のオーディションや大吉山の名シーンをなぞる演出が良かったとかそういう表面的なところだけじゃなく、この方が物語に説得力がある、作品に筋が通った・・・と思わせてくれる作りなっていたからだと思う。
象徴的なのが、これまで批判されていた、「麗奈が久美子にベタベタしすぎ」 「やたらと繰り返す、久美子とソリ吹きたい発言」という要素が、「それでも、『演奏の上手さが絶対』という信念や、2年前オーディションの時の久美子との誓いを貫いて、真由とのソリを選ぶ」という、原作とは違う形で麗奈の気高さを描く展開の前振りとして機能していたこと。
これがやりたかったのなら、なるほど今までの改変描写も理解出来る・・・と見直されたわけだ。
「ここから巻き返すには、もうアニオリ展開で真由に勝たせるしかないのでは」
「これで真由に勝たせたら手のひら返すわ」
みたいな、この改変展開になったら良いんじゃないかって予言していた人もちらほらいたのだ。
(まさか本当にそこまで攻めた手を打ってくるとは思ってなかっただろうけど)
原作至上主義みたいな人からもそういう発想が出てくるあたり、少なくともアニメ版は最初からこの結末を正解とする前提で、そこに向かっていろんな描写を積み上げてきていたのだと思う。原作と目指すゴールが違うから、その過程で違和感が生じることにもなるよねと。
アニメのユーフォは最初の1期が原作にないオリジナル要素盛りまくりで、
麗奈と香織が部員投票オーディションで対決するくだりも、その際に久美子と「裏切ったら殺していい」と誓い合うくだりも、久美子が上手くなりたいと叫びながら橋を疾走するくだりも、全部原作には全くないシーン。
これらのシーンがあるかないかによって、初期の時点からもう原作とアニメの久美子・麗奈のパーソナリティは分かれてきているのではないかと。
アニメスタッフは別に原作を理解出来てないわけじゃなくて、スタートの時点から違う解釈のものを描き続けてきて、それを貫き通したんだというのが自分の印象。
アニメ版では原作よりも、中3麗奈の「悔しくて死にそう」発言が久美子の原点であると度々主張していたり、
「上手くなりたい」 「特別になりたい」という価値観を強調し続けてきた。
だからこそ今回の大一番で、久美子と麗奈に徹底した上手さ至上主義を貫き通し、
最後に改めて久美子の「死ぬほど悔しい」発言で決着させたことで、
「アニメ版ならこの結末が正解だ」 「アニメ版でのテーマをやり通した」と納得させて、
これまで不満を表明していた原作ファンからも、「自分はそれでも原作の方が好きだけど、アニメの解釈もこれはこれで一つの形としてアリだ」みたいな声を引き出すまでに一気に挽回できた・・・のだと思う。
あとは、単純に今、「原作改変」に向けられる目が史上かつて無いほどシビアであり、
しかもアニメのユーフォといえば「くみれい」 「演奏シーン」が代名詞になってる節があるのに、
最後の最後で、「久美子と麗奈が全国大会でソリを吹く」という、無難にやれば3期最大の見せ場になっただろうシーンを、あえて外す。
原作通り久美子に勝って欲しかった、普通に久美子麗奈の全国ソリを見せて欲しかったって意見の人もいるだろうし、その価値観も否定されるべきでは無いと思う。
ただ、少なくともアニメ版の改変はちゃんと意図のある、信念に基づく行為だったと思うし、
原作ファンの中にもそれを理解している、評価している人は少なからずいるよ・・・という話でした。
個人的にも、12話の展開は凄く好みだったし、納得したし、感動した。
ユーフォの1期2期は自分の生涯No.1アニメ作品になるほど心揺さぶられた作品だったので、これ作った人たちはやっぱり凄かったんだって、改めて3期でも感じられて良かったです。
あーほんと、2年生編だけもう1回アニメシリーズで作り直してくれ無いかなー。
一からリセットは無理でも、せめて夏紀先輩主役のスピンオフ小説と混ぜて、なかよし川視点で2年編を描き直す・・・みたいな感じとかでなんとかなりませんかね。
裁判の経緯
新橋九段「フェミが本当に巨大闇組織持ってるなら暇空なんかぶっ◯した方が早いだろ」(つまり巨大闇組織は存在しないという主張)
暇空「あんなのリツイートするなんて脅迫だろ!支える会の中の人って北原みのりに違いない 北原は事務所の住所公開してるし開示なしでいきなり訴えるぞ」
北原「ファツ!? いきなり訴状が届いた!身に覚えないんだが」
太田啓子「ファッ!? colaboを支える会の中の人って私なんだが」
暇空「ファッ!? 絶対嘘だ もう訴えちゃったのに取り下げたくない」
新橋九段「ぶっ◯について暇空に訴えられた 他の発言には支払い命令出たが、ぶっ◯発言は文脈読めば脅迫じゃないと認定され棄却された」
北原「元の文が脅迫じゃない認定された上に、リツイートしたアカウントですらない私がなんで訴えられてるんだよ」
結果は明日!
特殊な人間関係だと思う。これが恋愛関係なら、ゼロ座標は他人である。付き合う前に「何もしない」ことを選べばそもそも関係が始まらず、付き合ってから「何もしない」を選べば関係が終わるだけの話だ。
しかし、育児の「何もしない」は加害である。それどころか、ミルクで育児をしても、パックの離乳食を開けても、保育園に入れても、見る人によっては「かわいそう」という感想を持たれてあわや加害になる。これがそこそこ心にくる。現実には、ただそこに選択肢があるだけだ。けれどもなまじ正解がないばっかりに、何かひとつを選択すれば選ばなかった方の声がひときわ大きく聞こえてしまう。
だから日々、自分は何かを間違えているんじゃないか、知らないうちにマイナスを生み出しているんじゃないか、とどこか疑いながら生きている。そんな自分だからだと思う。
この間、シナぷしゅで流れてきた曲に顔が滝になるぐらい泣かされた。
https://youtu.be/eyEatipGzqI?si=RZs8LlZrVKwuJRw3
この曲である。シナぷしゅという赤ちゃん向け番組の中で流されている2分少しの短い曲だ。
再生すると、赤い、歯がギザギザの、何を考えてるか分からない顔の生き物が変ちくりんなダンスをしながら歩き始める。軽快なイントロと間の抜けた絵面に、こんな曲のどこで泣くんだ、とあなたは油断するだろう。私もそう思っていた。
歌詞は毎晩泣く赤子に辟易する親の語りかけから始まる。赤子はミルクだって吐く。けれどそのうち泣き止んで、その顔を見た親の感想がサビである。
「あんたって もうけもんだ。もうけもんだ。もうけもんだね。笑えてきた」
なんだ、もうけもんだったのか。繰り返されたフレーズにはっとする。儲け物、つまりいてくれるだけでプラス。赤子をただ存在させている、その現状だけで正解なのだ。
そう思うと急に肩の力が抜けた。今まで選んできたことの何が正解で何が誤りだったかは分からない。でも、今ここに赤子が存在している、その事実だけは間違いなく正解である。ならいいじゃないか。歌詞につられて私まで笑えてきた。そして知らずに涙がこぼれた。
2番の歌詞はそれから少し成長した赤子の話だ。最初は緩やかだった時間の流れがどんどん加速していき、途中からは歌詞の一行ごとに何年も時が過ぎていく。もうちょっとゆっくりやってくれよ、と歌に対して思う。けれど、育児の体感時間もそんなものなのかもしれない。なんだかひどく名残惜しくて、まだその年まで育ててもいないのに、次のサビに入る前から顔が滝になってしまった。
そこへ降り注ぐ「もうけもん」というパンチラインである。勘弁してくれ。ありがとう。泣きっ面にこれでもかと叩き込まれて、気持ちのいい涙があとからあとから出る。
「もうけもん」、本当にいい肯定の言葉だと思う。押し付けがましくなく、大仰でもない。ただ、その価値だけはしっかり伝えてくれる。だから素直に受け入れられる。
やっぱりこれからも、私は正解が分からないまま育児をやっていくのだと思う。けれど、それでも我が子はきっと、いつまでももうけもんでいてくれる。その展望だけでどれほど心が救われることだろう。なんだか明日も生きていけそうだ。
そんな私へ、この曲は最後に小さく暗示をかけてくれる。
「私も含む もうけもんだね」
つまり私も誰かのもうけもんとして生まれてきた。そうして、その価値は今もなくなっていないのだ。いい加減にしてほしい。ありがとう。とどめを刺されたようにまた涙が押し出される。
この曲はシナぷしゅでもわりと最近の方に追加された曲らしい。なので、今私と同じぐらいの子どもを育てている人だけでなく、昔育児をしていたような人もぜひ聞いてみてほしい。
https://anond.hatelabo.jp/20240627115853
俺もお前も「そういうの嫌い」という好みは自由。
「ブレダウ下品だから見ません」で終わりでいいんだ。完全な自由。
でもお前はちげーだろ?
それには相手が必要で、相手と2人でなきゃ出来ないことじゃん。
相手がいることであればそりゃあお前の好みや思惑から飛び出ることもあるよ。
そこでは相手にも相手なりの切実な思惑や計算が有るわけだから。
無い場合もあるかもしれないがまあなんかは有る。
そこに付き合う気が一切ないお前の態度が俺は嫌いだ。
ルールの中とはいえ殴ったり蹴ったり締めたり捻ったりし合うわけで
相手も自分と同じように体重作ってルール守って準備してくると信じて
それぐらいには縁のある、言ってみればその数ヶ月間の運命の相手だろ。
そういうのが好きじゃなくても快く乗ってやればいいじゃあねえか。
そこでお前の興味の有無や好悪なんざあ些細な話だろ。
乗れねえにしても相手の考えや狙いぐらい聞いたらいいだろ。
「ゆくゆくはプロを目指してるんだよ」とか、
「バズって小規模でも有名人になりたいんや」とか、
「ただの有名選手への憧れです」とか、
なんかあるだろうよ。
でさ、
それらは全て2人のことなのに、なんでお前1人で「余計なこと」とか決められるの?
お前さ、
お前がもし結婚とかするなら伴侶から旅行付き合わされたりもするわけよ。
お前1人だったら生涯行かないような行き先を希望されることだってあるの。
そこでお前その旅行を「余計なこと」つって一方的に却下するんか?
もしそうならそんな奴は一人で生きて行けよと俺は思うよ。
相手の考え聞いて考えて、考えた末にどうしてもお前が付き合えないなら
お前の意志だって大事だからそれは常に全部譲れとは言わねえよ。
でもお前は検討してないよな?
という以前に、
ってこと自体わかってないよな?
お前それはどうかと思うよ。
人の間で生きていくうえでは根本的な了見違いだと思う。
今のお前からはちっちゃい人間性と被害者ヅラしか感じられない。
「自分は正しい。相手が間違ってる。俺は相手に迷惑掛けられている。」
そういうせまーーい了見しかないじゃんな。
でまた言いたいんだけどさあ、
こんな奴等カスだぜ?
体育の授業で居心地の悪い思いをしたとか、
そんなこと20年30年引き摺って隙あらば不良や体育の悪口言ってんだ。
そういうしょーもない理由でお前に同調してるだけだぞこいつら。
そんで普段リベラルっぽい心の広さや寛容さを口ではペラペラ装うけど
「試合をやることに同意しただけなのにトラッシュトークは余計なこと!」
なら「自分はケチンボです」って唱えてれば問題も感じられようものを
口先では心の広そうなことばっか言ってるから問題すら自覚しないわけ。
お前はこんな風になっちゃだめだろ。
お前が熟慮の上で
信念持ってやっぱりトラッシュトーク乗れねえって言うならそれはいい。
相手にそう言え。
相手のジムに電話して「自分はこういう考えだから」と伝えりゃいい。
逆に言うとそうやって腹の内をぶつけて説明するぐらいの義理はあるぞ。
それすらめんどいとか、不当な手間を強いられてるとか思う奴なら、
それなら相手を必要とするような活動やらなきゃいいだけなのよ。
ばかくせーとか下品でやだなとか思っても
トラッシュトークに付き合って盛り上げてやれば相手は喜ぶだろ。
そんなことやってたら自分の思いもしなかった何かの才能に気付くことだってあるかもしれない。
人間の間で生きていくことの意義も面白味もそういうことなんだから
そういった機会も何もかも「余計なこと」として放棄するような
貧しい人間にはならないで欲しいと思う。
本当に一生そのまんまの大きさなんだ。
そんな人生嫌じゃねーか?
リアルな日常で人に巻き込まれたり迷惑掛けられたりしたときに、それをスッと引き受けて面白く出来るような器量のことを心が広いって言うんだよ。
それはそれとして、
日本でトラッシュトークの才能あるのって芦澤竜誠くらいだよな。
芦澤だけはガチ。
実家!実家!実家!実家ぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!実家実家実家ぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん
んはぁっ!祖母の作る煮物の匂いをクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!
間違えた!畳の上でゴロゴロしたいお!ゴロゴロ!ゴロゴロ!畳畳ゴロゴロ!カリカリゴロゴロ…きゅんきゅんきゅい!!
子供の頃の夏休みの思い出かわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!
実家の庭に秘密基地作れて良かったね!あぁあああああ!懐かしい!実家!懐かしい!あっああぁああ!
アルバムも見つかって嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!
ぐあああああああああああ!!!アルバムの中の写真は過去の記憶!!!!あ…夏休みも秘密基地もよく考えたら…
実 家 の 思 い 出 は 永遠 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!
そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!故郷ぁああああ!!
この!ちきしょー!やめてやる!!大人になるなんかやめ…て…え!?見…てる?アルバムの中の自分が僕を見てる?
アルバムの中の自分が僕を見てるぞ!幼い頃の自分が僕を見てるぞ!古い家族写真の自分が僕を見てるぞ!!
ビデオに映った小学生の自分が僕に話しかけてるぞ!!!よかった…思い出はまだまだ色褪せてないんだねっ!
いやっほぉおおおおおおお!!!僕には実家での思い出がある!!やったよお袋!!ひとりでも懐かしむもん!!!
あ、実家の古いおもちゃぁああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!
マイナなんて旗振りがあんなんだし、デジタル庁なんて民間出身者の大量退職が国会でも問題になるレベルだし、元増田が見た「想像以上に優秀な人たち」なんてもう残ってないんじゃないの?
逆にこんな状況下で残ってるような奴らは、使命感に酔ってるか、危機察知能力がないとしか思えないので、ますます国のデジタル事業に対する信頼度が下がってるんだよな。
うちの近所は一応23区なのだけどかなりハズレのほうなせいか、都知事選といっても静かなもんで、演説が来るでもなく、ポスター掲示板、巷間報じられているような某政党のわけわからんに占拠されることもなくスカスカで、告示直後は数人のポスターしか貼られていなかったのだが、ここ数日でだいぶメンツが増えてきた。
そんな中に桜井誠氏のポスターを見つけたんだけど、あの人、あんな穏やかで人の良さそうな風貌だったっけ?と驚いてしまった。
いろいろ変な立候補者が出てきてすっかり陰が薄くなっている桜井氏だが、写真をみる限りでは往年の尖った感じも衰えつつあるようで、ちょっと寂しくもある。
京都で共産が強いのって、結局ところ組織がちゃんとしてて元から強いから強いって感じだよ。ある程度勝てるポジションにおるから、考えなし入れる人が多くて強さを持続できるわけやし。この前の市長選だって、ワンチャン勝てるかも?くらいのポジションを維持できたから、負けたとはいえあれだけの票数が集まったわけだし。
チンポ生姜ペンライトは未成年アイドルをセクハラで泣かせて面白がってたのを大森靖子に注意されて渋々取り下げただけ
大森に抗議された直後は抵抗していたし、取り下げた後でも大森にネチネチ言ってる
岩下が女叩きしか能がない暇空にのめり込んだのは、年下の生意気な女大森に叱られたのがきっけだろう
「本人の言動と創作物は別」と主張して岩下を庇う奴もいるが、そもそも岩下がそれらを分けられず大森ファンだったのに叱られてから「もう大森の音楽聞かない」と言ってるぞ
大森靖子さん作詞の「ふへへへへへへへ大作戦」が素晴らしい!80年代王道アイドルポップスの造り。胸刺される。シナロケカバーも!
https://x.com/shinshoga/status/621638486089568257?s=46&t=vmjfatU8tSj_awNs-Ks1eQ
着地としては、大森靖子さんの音楽は素晴らしいし、岩下の新生姜ペンライトごときをアウトだとわざわざ敢えて言う、自らの目に映る景色を守ろうとする逞しさは、これまでつくられてきた素晴らしい音楽が示す通りのものだというようなものでした。
https://x.com/shinshoga/status/784757812920365057?s=46&t=vmjfatU8tSj_awNs-Ks1eQ
じつは、新生姜ペンライトがらみで、私は何も間違ったことはしてないと思ってる。あんなもので間違いようもない。
https://x.com/shinshoga/status/811268589239947265?s=46&t=vmjfatU8tSj_awNs-Ks1eQ
・大森にその後数年に渡って粘着しブロックされる(粘着大量にありすぎるから検索してくれ
大森靖子さんについて言うなら、私は二度と大森さんのライブを見ることはないと思う。ただ一度見たライブで、正直、こんな物凄いひとはいないと思った。「音楽」だ!十分だ。それ以上は辛すぎる。それくらい「私」だったから。
https://x.com/shinshoga/status/917075909689012224?s=46&t=vmjfatU8tSj_awNs-Ks1eQ
気にしないでくださいね。私もいろいろブロックされてますから。大森靖子さんとかね。
https://x.com/shinshoga/status/981591624302997504?s=46&t=vmjfatU8tSj_awNs-Ks1eQ
新生姜ペンライトに関しては、大森靖子さんの「告発」をきっかけに、私が発売を終了させる決定をした。それで決着はついている。
なのに、大森さんと彼女のマネジメントに対する不快感は、今も、消えない。消えてない。
https://x.com/shinshoga/status/1017108627956498432?s=46&t=vmjfatU8tSj_awNs-Ks1eQ
真っ当な生き方しようと思ってるし、楽しんでもらえればいいやくらいの考え方で生きてる。だから、突然噛み付いてくる音楽家や、その決着を「ここから先はビジネスで…」とかって言ってくるマネジャーの心理は正直よくわからない。
しかもその落とし所が結局不愉快なのは意味不明で、たぶんおかしい。
https://x.com/shinshoga/status/1017127052254670848?s=46&t=vmjfatU8tSj_awNs-Ks1eQ
たとえば。大森靖子さんの音楽は素晴らしいけど、他に聴くべき音楽は星の数もあるから。魂を揺り動かすような音楽は、他にも沢山ある!
なにか不快な目にあってまで特定の人の歌に耳を傾けなきゃいけないほど、人生はヒマでもないですよ。音楽に限らない話です。
https://x.com/shinshoga/status/1102231923458433025?s=46&t=vmjfatU8tSj_awNs-Ks1eQ
https://anond.hatelabo.jp/20240627140451 を書いた増田だけど、俺は良い悪いの話はしてない。
ただすげーなって思ったというだけの話。あんなひたすら食い続けるなんて普通に苦しいし身体にも良くないしやめたら?とは思うが。
15話くらいまで割と平坦であんまり面白くなかったけど、そこ超えたらめちゃくちゃ面白くなった。見て本当によかった。
そこそこ長くて、国や政治・歴史などが絡んでくるほど規模が大きい物語。重さが欲しい。
ハンターとかも好き。
マギは途中で脱落した。
他におすすめあれば教えて。
「悪者」を名指しして、それに立ち向かうヒーローかのように自己を演出することでアホな信者を集める手法は昔から左右の別なくよく使われている。
例えばヒトラー、トランプ、古賀茂明、小出裕章、橋下徹、百田、そして石丸。
ろくでもない手法ではあるがそれそのものが悪の極みということではない。そのテクニックを使ってどれだけの悪事をなしたか(或いはなさなかったか)はまた別の話である。
石丸はいまのところ大した害も益もない。後ろ盾を得るべく裏で動いたりはしないというかできなさそうなのでこの先も毒にも薬にもならないだろう。
しかしあんな他愛もないやり口でもけっこう信者が集まってしまうことに、むしろ「ヒーローショーメソッド」の効き目の凄さを見せつけられた。つくづくアホどもは憎むべき敵/共に闘う仲間に飢えてるんだな。
(というか物語を欲しているのか)
ネット上では百田ファンネルをいくらかマイルドにしていくらか自律性を上げたような石丸信者がそこここで元気にコメントしている。
その「勢い」のどれくらいがネットの蜃気楼でどれくらいが底堅い支持なのかを切り分けることはできない。
でも知事選の得票率でちょっと見えてくるものはあるだろうからそこは楽しみではある。
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