はてなキーワード: 水泳とは
前略
ASDとADHDを併発していることを成人になってから診断でわかって、思い返せば度々動きがキモいなどもよく言われていたことを思い出した
診断がおりてから10年経って、定型発達のひとや運動神経がいいひととの日常的な身体の動きの違いがわかってきたので、小さい頃の自分にやっていてほしかったことを書き連ねます
過度な集中やトランス状態に入ると無意識のうちに口呼吸になっていることがある。
そのまま日常的に口呼吸になってしまい(扁桃腺が大きくて喉風邪ひきがちだったのもあるけど)、結果アデノイド顔の出っ歯になってしまった。
中学生の時に矯正歯科を受けさせてもらい、矯正装置に舌先を上顎につける部分が付けられて習慣化した。
可能なら夜寝る時に口呼吸を防ぐテーピングもやったほうがいい。
猫背だと上手く呼吸が取り込めてないことがある。
見目も良くない。
この姿勢をよくするだけでやたらと人にモテるようになった気がする、美人だと言われることも増えた。
その一環でか歩き方はふにゃふにゃしてるし、どこでもつまずきがち。
弊害として、前腿と脹脛に負荷がかかり、どちらも太くなってしまった。
色んな運動をやってきたけど体育は嫌い。唯一水泳だけ続いてる。
小学生の頃に通っていたイトマンが良かったのだと思う。体育では教えてもらえない身体の小さな動きからフォームまでわかりやすく教えてもらったおかげで上達も早くて楽しくできた。
今はエンジニアの仕事をしていて、どうしても肩首や腰に負荷がかかってる感じがあるけど水泳するとすっきりする。
続けていきたい。
水泳できないときはnintendo switchのフィットボクシングをやってる。これもフォームの指示が的確で汗をしっかりかくとすっきりして気持ちいい。
他にも伝えたいことがあった気がするけど忘れちゃいました。
思考が引っ張られる
性欲に限らず病院行った方がいいやつやで。ワイの場合は怒りでしたけどね
家族を殺されたとか恋人友人ペットを殺されたとか、その他、社会的に絶対許されないような仕打ちを受けたとか
人生をかけて戦うべきことでもない事で、8時間でも12時間でも長時間高温で怒る、
ましてや、ランニング・水泳などして体を動かしても長時間同じ温度で怒ってるのに、
寝たらスッキリ治って爽やかお目覚めとか、
ワイの周りには誰ひとりとしていなったのでワイは絶対に個性の範疇じゃないって思ってた
でも友達家族が『みんなそうだ。怒る時は怒る。個性範疇だ』って言うもんだから『そうなのか?』って流してたけど
病院行ったらやっぱ違ったぞ
全然関係ないんだけど、私の周りにいるあなたと同じような生い立ちの人の日本語の文章、例えば名門大学に入るような人でも、あなたみたいに身が入った感じの言葉選びでは全然なくて
どこか不自然で殻というか外行きのような言葉の人が多いのに、20代前半でそこまで使いこなせる様になっているのは、そこに至るまでには自己肯定感を養うプロセスは大きく役に立っているんじゃないの?
後、大学から日本なのかなと思うんだけど、あなた自身は多分相当上層の社会に今いるんじゃないかな。
```
日本の詰め込み個性ガン無視教育は批判されているし自分もどうかと思うけど、ほぼ全員に最低限の教育を施し、子供たちが次の道へ進みたいと思ったときへの土台作りはできると思う。
```
最低限の教育ってどういうもの?確かに水泳や生活に関わることを必ず教えるとかはあるかもしれないけれど、
学校教育は教師の過重労働環境で機能不全になりつつあるし、現場の品質はものすごくムラがあるから環境ガチャは酷いし、
文科省はそれでも教育側への予算を減らすし、教育に関する公的なサービスを提供する会社は競争も評価もほぼ行われないで採用されている。
都心の中間層以上の学校や、比較的穏やかな地方都市に行けばそれでもまだ教育品質が保たれているかも知れないけれど、
特に都心の中の下層の学校に入ったら不安と不都合にずっと追い回される。
そこから這い上がっても決して褒められないし、友人知人に誇りになんて思ってもらえない。あるのは妬みと嫉みと集りだけ。
学校を出て働きに出た時、若い人たちの雇用率は比較的高いほうかもしれないけれど、それでも労働している量と質に対してそれより上の年代の中間搾取が進んでる。
パイ一個分の労働をしても得られる報酬は三分の一ピース分とかザラ。
そんな状況がおかしいと思っても、高級なバックグラウンドがある人でもない限り声を上げない。上げたって届かない。誰も寄り添わない。影から笑いものにする。
一人が声を上げたとしても、摘んで踏み潰す。都合が悪いことには蓋をする。村八分にする。完膚無きまでに一人の人間を否定してやり込める。
貧困層から一生出られないような弱者の社会であっても、アメリカでは集団でハイになって自己肯定感を高めるアファメーション、北朝鮮みたいって笑うかもしれないけど、
助けを求めても全てに見捨てられた時や、自分にすら誇りに持てないような状況になった時や、自分一人で行きたくもない勝負に出ないといけない時に
それでも強くいられるようにするための訓練としては、よく機能していると思うけどね。多分そんな経験なんかしないで大きくなって一生上流にいる人なんだろうけどね。
弱者が弱者として戦いにいかないといけない時に、弱者だから弱者としてのふるまいから戦略を立てる人もいるかもしれないけど、それは一握り。
弱者は身不相応の行為をしたら叩かれるから、黙って静かにして、暗黙の檻にいないといけないという圧力がそこかしこにある。
そんな文化より、叩かれてもいいから勝負をかけないといけない時に勝負をかけられる文化の方が良いんじゃないか。
勝負をかけたことに対して、自分を強く保ってさ、自分を信じて行動できるに至るまでの障壁が低い文化の方がよほど健全なんじゃないか。
そして誰かが強く世界を変えたいって思った時に寄り添って肯定できる文化もいい。
あなたはきっと反対政党の支持者なのかなと思うけどAOCさんとか日本では出てこないような人だよね。
そこそこ年期の入ったオッサンだけど、他人の思い出話というか、その人が小さかった頃の話にめちゃくちゃ弱い。
結構な頻度で泣きそうになる。泣かないまでもだいぶ込み上げてるので話への相槌が変な声になったりする。
誤魔化してるけどたまにバレて気味悪がられる。そりゃそうだろうな!
今になって始まったことじゃなく、子どもの頃、もっというと物心ついたあたりから既に思い出話に弱かった。
俺は今も昔も寝付きがめちゃくちゃ悪いんだけど、親に寝かしつけてもらうときは「両親の子どものころの話」をせがんでそれを寝物語にしてもらっていた。その起承転結のないただのなんてことのない遠い昔の話を聞きながら、ひとりめっちゃ涙と鼻水を流してはスッキリしてスヤスヤ寝付いていた。
泣くっていっても嗚咽あげるとかではなく、涙と鼻水を垂れ流すだけなのでさすがに両親も気づいてなかったのでは…と思う。。
親の実家である親戚の家の周囲の景色を思い浮かべながら、そこで駆け回る子どもの姿の親を想像する。
特に涙腺を刺激するお気に入りのナンバーもあったので、繰り返しリクエストしたりもした。
学校の水泳の授業が池で行われて、ヒルに吸われて大変だった話とか。
何一つ感動・悲劇ポイントもない、本当にただの日常の話なんだけど、その思い出話の中にいるあどけない子どもがすっかり大人になり今隣で話をしている。ガキの自分からすれば気の遠くなるような時間の流れに、子どもながらに「無常」を感じていたんだと思う。「無常」でそれはとても「あはれ」で、他に言い換える語彙が見つからない。
親も昔は子どもで、それゆえにさまざまな未来の可能性があったはずだけど、結局今こうして大人になって結婚してキショいガキを産んで思い出話で寝かしつけている。そうじゃない色々な可能性もあったんだろうなと思うと、もっと幸せだった未来もあったのかも、と申し訳なくなったりもした。両親の場合はそういう涙腺加速バフがかかるのでより泣けた。
なぜそんなことを思い出したかというと、昨日妻がめずらしく子どもの頃の話をしたからだ。妻はあまりそういうことを話さない人で、俺は妻の子どもの頃の写真さえ見たことがない。なんか話の流れで、妻が子どものころどこかの旅行の土産で「笑い袋」を買ってもらってしばらくそれで遊んでいた、と言ったのでたまらなくなってひとりで泣いてしまった。
色々お土産がある中で笑い袋を選んだ彼女のそのときの気持ちはどんなものなんだったのだろうか、思いをはせてもうダメだった。
うちには子どもはいないが、仮にいたとしたら自分の子なら昔話をせがんできたりするんだろうか、なんてことを思いながら、自分が子どもだったときのことを一寸思い出したりしてみた。
ある日、プールで水泳の練習をしていると、後ろから肩を叩かれて振り返ると、なんと幽霊の姿をしたおばあさんが立っていた。おばあさんは「私も泳ぐのが大好きだったの。一緒に泳ごうかしら?」と明るく笑った。
↑のように変なとこで途切れてるAIボット風の文章が昨日あたりから増田に連投されている。
プール</a>の踊り場に立ち、<a class="keyword" href="/keyword/%E6%B7%B1%E5%91%BC%E5%90%B8">深呼吸</a><p><a href="//www.■■■■■.com/getmedia/5b1435fc-567b-4c2f-b576-80910175dd7c/09ao4qsg"> </a><p><a href="//www.■■■■■.com/getmedia/b8bb6d71-74a3-4c01-831c-c49a75b5a10a/09wx0d69"> </a>
人生に必要なものの99%くらいはお金では買えないが、増田はガチャに勝利し既にそれを持っている
これで終わる話なのである
いや、俺の親は経済的に太くねーし、一般的に責務と言われることをこなさないどころか俺に負担掛けますけど?かも知れないが、
世の中には、『親が既に死んでいて物理的に対話が不可』とか、『親が文字通りのガチ犯罪者でどうにもならない』とか、
『一般的な責務はすべて果たしているが微塵も子どものことを愛していない』とか、『子どもを文字通りの意味でペットか道具としか思っていない』とか、
ポンコツで、金なくて、ぶっちゃけ経済的成功の役に立つどころか足枷にしかならなくても、
無条件で自分のことを愛してくれて、その上まだ生きていて、ベストな形ではなくてもとりあえず対話が出来るのは、極めて幸運なことだ
あとこれもめちゃくちゃ共感するんですけど、
今思えばガキの頃に感謝するべき人たちがたくさんいた。水泳を辞めたときも、初めてのバイトを辞めたときも、高校を卒業したときも、俺程度の人間に色紙をくれた人たちがいた。
逆にいえば、誰にも親切にされたことがない人は、他人の善性を信じることが出来ない
他人の善性を信じることが出来ない人は素直になれないし、素直になれない人は他人から親切にされにくいという無限の悪循環なのである
増田は環境ガチャかキャラクターガチャで勝利したラッキーな人で終わる話である
それから、数値化できない財産についても触れておかなきゃいけない
頼りになる親類、友人、農業・狩猟技術、DIY技術、学歴 (税知識・法知識・マーケ知識・語学など)ほか、
所得としての数値には現れないが、あらゆるものの金銭の発生をゼロに、あるいは超低コストに抑えることができる人たち
彼・彼女らは選択的にその生活を送っており、なおかつなんら困窮しておらず、増田の所得水準であっても『貧困状態(弱者男性)では無い』と思います
別にそういう数値化できない財産いっさいないが?なら、もしかして増田は金銭の受け取りを無意識的に拒否しちゃってるかも知れない
数値化できない財産を持ってるわけでは無いのなら、無駄な贅沢はしなくていいけど、安全や快適を買える程度のお金はあった方がいいです
日本はお金に対する考え方がおかしいとか金持ちに対する偏見ガーとか言うけれど、『お金は汚い』と言う考え方は割と普遍的な考え方で
(サイコパスほど金持ちになりやすいと言う事実と、財産の引き継ぎにより強力な金持ちになり独占していくと言う現実があるのだから仕方がない)
アメリカには、Financial Psychology と書くが、投資心理ではなく、自身の不合理なお金の信念に気付き/手放し、お金との付き合い方を健全化しましょうという主旨のセラピストもいたりなんかする。
それらの創設に携わったブラッド・クロンツ博士の日本語でのざっくりとした紹介はこちら ↓
「金ですべて解決できる」なら億万長者に悩みはないはず?|大富豪ばかり相手にする心理学者の洞察|クーリエ・ジャポン
https://courrier.jp/news/archives/87220/?ate_cookie=1569731540
・お金の回避
(教育レベルが高い人/福祉系に人にありがち。十分な報酬を受け取らない。むしろ無意識的に拒否する)
・お金の崇拝
(そのまま。稼げば稼ぐほど幸せになると信じており、それと同時に自分は充分な額を稼げないと信じている。高額商品を購入したり買い物依存症だったりする傾向が強い)
・マネーステータス
(自己資本や年収と自己価値をイコールで結び付ける)
・ドケチまたは病的な貯蓄屋
(お金に対し異常な警戒心を持っている。いくら貯蓄しても永久に安心出来ない)
などがあるそうな
不正利用されたら支払え無い枠があるクレカ持ってまさかのドヤ顔したりしている。
(まぁ不景気だからクレヒスが良好ならグーレドも枠も年収関わらず上がるのが実際のところなんだけども、年収の証明として自己満足してる)追記:2023年の現在はデビットに切り替えなんとなくお金残せるようになりました
俺は弱者男性だ。こう言うと「どうせ自称でしょ?」などと穿った目で見る輩も出てくるだろう。実際、日本の年収中央値から見れば高年収の者が「弱者」を名乗っている時点で自慢気で腹立たしいのである。
俺がこれから書くことは「嘘松」ではない。俺のありママの状況を話そうと思う。
ほら、お前がなんと言おうと、俺は弱者男性だというわけだ。
ここからが肝心だが、俺は人生において何も困ってないし、何ならかなり幸せに生きているということだ。
どっかの国の自称サイエンティストが「お金の余裕こそが心の余裕である」と馬鹿げたことを言っていたが、少なくともそれは俺には当てはまらねぇな。
「少ないものに満足する。身近な善行を行う。そうすれば幸せになれる」というのが俺の論だ。
ミニマリストと言えばそうかもしれないが、どちらかというと、思い出を大切にしている。
今思えばガキの頃に感謝するべき人たちがたくさんいた。水泳を辞めたときも、初めてのバイトを辞めたときも、高校を卒業したときも、俺程度の人間に色紙をくれた人たちがいた。
そういう思い出に浸るだけで、世界は優しい人たちで溢れていると思うのである。
俺はかなり共感性欠如のADHD的なところがあり、様々な人たちに迷惑をかけてしまった。いじめをされたこともしたこともあった。
だが、それも神が善性を試していると思えば、試練に思えてくるし、試練ならば見栄や虚飾を張る必要はないと思うのである。
生きている。それだけで神からの贈り物である。日本に生まれたという幸運にも感謝しているし、今の両親の元で生まれたことも感謝している。
女側からすると適度にご飯食べたりいろんな場所散策したり喋ったりしてじゃあね、って別れるのが楽でいいんだけど、男絶対ホテル行きたがる
こっちはデートの直前になると、あーどうせやりたがるんだろうな、あそこの毛の処理しないといけないし、臭いチェックして…とかいろいろあるし正直「めんどくせー」ってなる
あー女友達とのデートならこんなこと考えなくて済むのにーってかんがえるとデートめんどくさい。会うのは楽しいけど、ホテルホテル行ってる彼氏見てると
「こいつ女なら誰でもいいだけなの?」とか考えてしまう
自分に会いたいだけじゃなくてセックスしたいだけでは?とか思う
好きとか愛してる言われても「でもセックスできなかったら別れるんだろうなこの人」って思うとなんかなー
トイレでやってて干された芸能人とか、奥さんいるのに不倫して干された水泳選手とか、「こんだけの立場で金もあって最高人生なのに、なんで下半身に負けるの?全てを失うリスクがあってもそんなに女とやりたいの?」って思ってしまう
女性でも性欲ある人はいるだろうがセックスレスはまあだいたい女が嫌がるのが多いのからしても、基本女はそんなに性欲強くない
セックスレスが苦しい苦しい言う増田をよく見るし、かわいそうだなーとは思うが嫌がる女性の気持ちも理解できる
多分性欲丸出しで近づいてこられるのがなんかドン引きで怖いんだと思う、まあ離婚原因になるくらいなら嫌でも月1くらいでは付き合ってやれよとは思うけどさ
なので性欲モンスターな男の人に正直ドン引きする事も多いし理解も出来ない
性差の違いなので仕方ないと思って彼氏につきあってホテルに行くけど彼氏はすごい嬉しそうで気持ちよかった連発するが、はあそうですか、って感覚しかない(しかしよかった演技はする)
男の性欲ってどんなもんなの
どーしてもやらないと死ぬ、彼女とは絶対どうしてもやりたい、ってもんなのそれっていつまで続くの?70くらいの爺さんが老人ホームでレイプしてたりとかあったけどあんな爺さんになっても頭の中までちんこなの?
ザーッと読んでいて、まだ出ていないようだけれど、水泳だとクロールがそれ系だろうな。
クロールはもともと貴族が競泳させていた時に他者より速く泳ぐ方法として編み出された技じゃなかったっけ?
クロールが発明されるまでは平泳ぎみたいな泳ぎ方が普通だったようだけど、今や泳ぎ方を教えるとなると最初はこれだよね。
ちなみに、日本で初めて競泳でオリンピックに出た人はそんなことも知らず平泳ぎでクロールと戦ったんだから、まあ、結果は推して知るべし。
今でも自由形はみんなクロールだから、人類はこれを超える泳法をまだ生みだせてないということなのかな。
一般攻撃魔法ほどじゃないけど、最初出てきたときに最強だったけど今はスクールでふつうに教えてくれる泳ぎ方はあとバタフライもあるねか。
左右対称に手足を動かすというクロールを殺すことを目的としたかつての平泳ぎのルールの穴をついた泳法がバタフライだったような。