はてなキーワード: 新聞とは
・KAZUYAのVtuber版のような保守愛国系Vtuberの台頭
●ネトウヨが信用を失った事例の蓄積
●一般ネット民の多数がネトウヨに冷めた目を向けるようになった理由
・スマホとK-POPと観光で韓国=後進国のイメージがなくなった
・ネット上で何でも韓国批判にこじつける言動が嫌わるようになった
・左翼思想でなく企業経営の観点で差別表現を避ける価値観の普及
・SNSの利用拡大で政治思想系の「いいね」の数が相対化された
・思想以前の体感レベルで保守的な上下関係や男尊女卑を嫌う意識
【内部要因】
・目新しさ
・2chは匿名が基本なので無根拠なデマ、ガセ、願望論が言い放題
・ネット人口の総数に占める政治論議の好きな層の比率が高かった
・目新しさがなくなった
・元から数に限りのある政治的関心の高い層が開拓され尽くされた
・韓国が経済発展して日本と差がなくなり優越感を得られなくなった
・もっと他の娯楽に関心が移っていった
【内部要因】
・身内でも敵でもない第三者(世間の多数)の評価を考えない態度
・派手な街頭宣伝ができなくなった
・新味がなくなった
・活動資金難
・目立ちすぎてコンプライアンスがきびしくなった
立花もSNSも関係なく、百条委員会が出る前から斎藤元彦を支持していて、ニュースや新聞の報道を見てもなお斎藤元彦を支持していた私にとってはどうでもいい話
斎藤元彦のやってきたことをそこまで評価してるわけではないが、彼は露骨に変なことはしなかった。
例えば子育て予算を作るために省庁や学校の整備予算を削るとか、どっかの誰かみたいな極端な行いはしなかったし、公約と真逆のことをして無碍にすることもなかった。
自殺した二人について透明性のある情報は未だ存在しない、これはファクトである。
外野は兵庫県がどうのこうの言う前に自分の自治体を振り返ってみてはどうか?
いわゆる後援会の中の幹部として活動をしたので、その時に公職選挙法について勉強しました。
法律自体はくだくだと長く書いてあるので、読み解くのが大変だが結論としては
ということになります。
これは単純な理論で、お金を受け取った側が「申し訳ない」とか「もっともらえるかも」という気持ちで
投票行動を起こしてしまう可能性があるので、お金の介在を禁止しています。
これは選挙管理委員会にも何度も確認したが、原則は「ボランティア」が絶対とのこと。
また、選挙にかかった費用は全て計算して報告する必要があり、これが規定の金額を上回ってはいけない。
ボランティアによる労務の無償提供も、金銭は発生していないが選挙費用として計上する必要があります。
ここが非常に混乱を招く所なので丁寧に解説したい。
まず、選挙活動(運動)と政治活動(運動)という大きく分けて2つの活動があることを認識する必要があります。
選挙活動は「特定の人を選挙で当選させるために活動すること」という限定的な活動を意味します。
基本的には「○○さんを××選挙で勝たせてください!お願いします」と投票行動を呼びかける行動全てを指すこととなります。
また選挙活動は「選挙期間中」しかできないのが決まりです。期間外のものは「事前活動」と言われます。
一方で政治活動というのはとても幅広く、政治団体があることがベースにはなるが、我々はこんな政治をしていきますと民衆に訴えかける活動は全て政治活動となります。
こちらの活動には収支報告の提出は求められますがそこまで厳しく制限はないため、多く資金が投入されているのはこちらの政治活動であることがわかります。
選挙期間中においては、政治活動は制限がされますが、ビラの活動や街宣なども可能なので、実質的に選挙の援護射撃として使われているのが実状です。
ここが一番グレーで意外と突っ込む人が少ないです。
政治活動で「お金を使わない」は原則ですが、一部の費用は認められており、さらに一部の費用は税金からの支出が可能です。
また、選挙にかかる費用は一定の金額以内に収める必要があります。
大きくはこの3つです。
ポスターはわかると思いますが、選挙看板に貼られるもののみです。選挙看板以外の場所にポスターが貼られていると選挙法違反になります。
選挙ビラとは、選管の証紙が貼られた、手配り(もしくは新聞折り込み)のみで配布することができるパンフレットになります。
これらは全て税金から支出されていますが、知事選や国会議員選挙を見る限りでは、選挙カーの費用は税金支出では賄えないほど高機能な選挙カーを使っているケースが多いので
+でかかった費用は自腹になり、それは選挙費用額に計上されます。
選挙カーおよび、そこに乗車するウグイスの方はボランティアで賄うことが困難なため、プロを雇うために報酬の支払いを許可されています。
労務者というのは選挙事務所での事務員です。多く来客が来たり、情報伝達係であったり、選挙活動には間接的に関わる程度なので、報酬が許可されています。
その他経費についてはそれらが直接、投票行動を促すものではないので認められていますが、あまりに金額が高すぎるものはダメです。
逆に言えばこれら以外でお金を使うことは認められていません。
まず一番の問題点は「SNSの運用」を「業者」が行っていたというように読み取れる点です。
いくら応援アカウントといった所で、目的は「特定の候補者の選挙での当選」であることは明らかですから、この業務を請け負っていたのでは、と言うところが1つの争点になります。
逆にHPの開設やSNSアカウントの開設が選挙前に行われたこと自体は争点にはなりにくいと思います。直接的に投票行動を促すものとは見られにくいからです。
でも選挙コンサルなんてたくさんいるし、いつも選挙で出てくるじゃん!という意見も多くあると思います。
基本的には選挙コンサルは「こうしたらいいですよ、こういう動きが良いと思いますよ」と知見によったアイデアを提供するのみで、実働はしないのです。
選挙コンサルにかかる費用は、頼んだことがないのでわからないのですが、おそらくは選挙費用には含まれません。直接的な投票行動を促すものではないからです。
しかし相談をしたコンサルが直接、投票行動を呼びかけたり、選挙期間中に候補者の宣伝をすることは、非常に危ういです。
金銭の授受により選挙応援をしている結果になるので、なんらかの措置が行われるのではないかと思われます。
一方でボランティアとして無償で活動をした場合は、労働の無償提供ということになるのでしょうか。
これもやったことがないのでわかりませんがいずれにせよ、選挙費用に上乗せで計上されるべきものになると思われます。
気になるのは、社員総出で活動を行ったと説明をされていたので、それらの人が選挙運動員として届け出がされているのかどうか、という所があります。
ここら辺は本当に法律と規定の解釈がややこしく難しいところで、最終的に選管がどういう結論をだすか、という所になるので、いくら法律に詳しい人でも断言はできないだろうと思います。
第百九十九条 衆議院議員及び参議院議員の選挙に関しては国と、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に関しては当該地方公共団体と、請負その他特別の利益を伴う契約の当事者である者は、当該選挙に関し、寄附をしてはならない。
こちらの「地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に関しては当該地方公共団体と、請負その他特別の利益を伴う契約の当事者である者は、当該選挙に関し、寄附をしてはならない。」に該当するのではないか、との指摘があるようです。
なんとなくのニュアンスで良し悪しと声だかに叫ぶ人が多いですが、まずは法律の解釈と
実運用として、どういう運用をされているのかを知ることは大事だと思います。
そして、選挙を経験した者から言えば、だいたいの選挙でグレーな行為が横行しています。
支持者は適法内だと言うし、反対勢力は叩きまくるというのは毎回起きている状況です。
結局の所、有権者がいろんな情報に惑わされず、自分の目や耳でしっかりと情報を精査すれば、グレーな活動がデメリットになるのでなくなるはずです。
しかし、今はグレーな活動の方が選挙結果が良い方に出るというメリットしかないので、なくならないのだろうと思われます。
市長が選挙期間中に候補者の支持表明をすることは、公職選挙法にあたるのではないか、という意見があります。
これの答えまではわかりませんが、今までの選挙において、現職の市長や知事が、候補者の応援として駆けつけることは
ほぼすべての選挙で行われてきており、解釈としては公務外に私人として応援をしている、という解釈に当たるのかと思われます。
また、直接的に投票を呼びかけているわけではないので、支持を表明したり応援するだけでは選挙法違反にあたらない、という解釈で、今までの選挙が行われている節があります。
公職選挙法で禁止されているのは、どちらかというと地位に利用という制限であり、
これは、例えば役所で職員に対して、投票行動を呼びかけたり、支持を表明したりするのは、その特別な地位を利用しているとみなされるので、
こういった動きを制限している法律だという解釈が一般的ではないかと思われます。
選挙活動を経験された方なら賛同いただけそうなのですが、多くの一般の方が言う「選挙法違反だ!!」という声の99%が法律を理解していない間違いです。
選挙期間中は「選挙法違反だ!」が飛び交いますが、基本的にはほとんどが無視されて、法的に怪しい奴は選管から陣営に確認の連絡が入ります。
陣営側も基本否定しますので、あまり騒ぎ立てられない様に、と注意を受ける、という感じです。
何度も同じ注意を受けるとさすがに危険なので、次の日からは法令遵守を徹底する、という動きになります。
選挙法の難しいところは、民主主義の根幹をなす選挙を選挙管理委員会でも簡単に止める権限がないというところがあり、地道ないたちごっこに奔走するのですが、慣れている陣営ほどやることは大胆になってくるという弊害もあります。
買収関連は必ず選挙後になるので、詳しくどういう動きになるかまではわかりません。
その後警察がどこまで調べるかどうか。
途中政治的な兼ね合いも挟んだりするのかどうか。
「オールドメディアは間違った!」と言っているバカのクズがいるらしいが揃いも揃ってどこが間違えていたのか正確に指摘できてない
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⚪︎「斎藤元彦のパワハラはなかった!メディアは嘘を報じてた!」
上記のような主張をするバカがいるが確認してる限り全国五大新聞は「疑惑」としか報じてないし事実とは断言してない
(クソみたいな週刊誌や地方紙がもしかしたら断定的な表現を使ったかもしれないがそれで鬼の首を取ったかのように騒ぐのはまさしくクズのすることである)
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上記の主張に関しても確認してる限り全国五大新聞で自殺とパワハラの因果関係を断定的に表現しているところはない
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⚪︎「報道しない自由が発動されてる!立花孝志の主張も取り上げろ!」
上のようなことを言うバカもいたが根拠のない主張なのだから取り上げる必要もない
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こうした主張を見るたびに「メディア」というでかい主語を使わずに個別具体的な事例に還元しないのが謎である
「〇〇という芸能人が斎藤元彦知事に対してこう言っている」「〇〇週刊誌が斎藤元彦知事についてこういう報道をしている」と言った具合になぜ還元した上で語らないと議論にならない
「芸能人の意見」と「テレビや新聞社の事実報道」は違うし「週刊誌」と「テレビや新聞」の信憑性や一次情報としての信頼性は違う
これらを一緒くたにして「メディアが総出で斎藤元彦知事を叩いた!」という「印象論」をバカは自身の脳内で作り上げる
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結局のところ新聞社は非常に慎重な言葉選びをしているし「嘘」を言わないように苦心しているのである
しかし盲目で分析的思考ができないバカはそれがわからないのである
兵庫県知事選の結果を受けて、テレビ・新聞などのマスメディアは vs SNSの構図を作ろうと躍起になっているように見受けられる。
SNSはデマが多く信頼性が低い上、エコーチェンバー現象により偏った意見に染まってしまうリスクもあるとする一方で、
マスメディアの報道は裏取りを行った上で公平性に重点を置いているため、信頼性が高いと主張しているのだ。
しかし、世間の多くにとって見ればマスメディアもまた、報道の自由を盾に偏った報道を行ったり、不十分な取材により誤報を流したりすることが当たり前のものだと思われているのではないだろうか。
事実、某キー局が放送している朝の情報番組や関西の某局から全国へ放送されているニュース番組で語られる上記の主張に対するSNSの反応は、ほとんどが否定的なものである。
もはやマスメディアこそが偏向報道の元凶であり、そこで報道されない部分にこそ真実があるという主張が市民権を得つつあるのだ。
さて、このような世間からの逆風に晒されているマスメディアが信頼を取り戻すためにはどんな方法が残されているのだろうか。
私はメディアがメディアの監視装置になることこそがその唯一の方法だと考える。
ネットや一部の雑誌のみがカウンターメディアとしての役割を果たす現状を打破し、マスメディア自身が互いのカウンターメディアとなることを通して
自らの存在意義を再定義することこそが市民に信頼される報道機関としての地位を取り戻すことができるのではないだろうか。
もちろんそこには大きな痛みを伴う。先の衆議院選挙ではまるで事前に打ち合わせをしたかのようにどの局でも一部の自民党の候補者の名前の横に「裏金バッチ」を付けるという方法を取っていたが、
それはあくまで自民党の候補者に対してのみであり、過去に巨額の裏金が指摘された野党候補者に対する同様のバッチはついていなかった。
SNS上で多くの批判が見られたこのような報道姿勢が本当に公平なものだったのかを振り返ることは多くのマスメディアに取って自分の喉元に刃物を突きつけるようなことになるだろう。
それでもオールドメディアはやらなければならない。それが彼らの唯一の生き残る道だからだ。
マスメディアの持つ"優れた"取材能力の一部を使って、他のマスメディアの報道姿勢を監視し、本当に公正な報道を行っているのかを市民に伝えること。
いつ自らが報道される側になってもそれに恥じない報道を行っているという自負を持って報道を行うこと。
これこそがマスメディアが信頼を取り戻すためには欠かせないことだと私は考える。
これさあ、そう言われている人達が本当に「エリート」なら、何もわざわざ直接「縦の旅行」なんてしなくても、データや当事者の声やそれに対する想像力で、
例えば(男女ともに)所得が高いほどに婚姻率が上がるデータや、東京都内の所得分布や子供の虫歯の比率や体力テストの結果が区によって大きく異なるデータ…
そういう統計を見ただけでも当事者の生活やそれを改善するにはどうしたらいいかを想像できると思うんだけど。
また、少なくともネットが一般化した現代社会においては、Xを見るだけでも一般庶民の生活実態はある程度伝わってくる。
自炊は高く付くとか風呂キャンセル界隈とか、よくまとめられているテーマを見ても、貧困が人を不合理な選択へと至らせるメカニズムも分かるでしょう。
ネットに限らず新聞やテレビでだって常日頃から様々な情報発信をしてるよ?
問題は、そういう情報を気に止めようとしない感度の問題なんじゃないの?
それにいくら知識や経験だけを積んだところで、今の「エリート」達は「あいつらは愚かだ」「自分はあいつらとは違う」という選民意識を募らせるだけだと思うんだよね
実際に地方公立校から東大に進んだ学歴エリートの多くは出身地を見下し、東京の文化資本とそこで育った東京育ちを褒め称える方向に向かっているもの。
大人になってから「縦の旅行」なんてした所で、結果として現れた行動だけを見て、愚かな奴等だから貧困に陥るのも当然だと見下すだけなんじゃないのか。
さらに行動遺伝学などのお墨付きを得て、親の知能は子供に遺伝するから貧乏人に公教育を与えても無駄だと言って否定している知識人か多数いるじゃないか
読んだことないけど、連載当時いろんな雑誌や新聞とかで話題になって騒がれてたのは覚えてるw
あと、読者フィードバックの中に「いつになったらバスガールが出てくるんだ?」ていうクレームがけっこう(?)あったってエピソードが好きww
俺もテレビ業界、新聞、週刊誌と渡り歩いてきたマスコミの端くれではないんだけど、だいたいこの通りだわ
マスコミには有能な人が少ないってのは業界人なら肌感覚で分かるもんだよって聞いたことがある
流れ作業的に記事を書いちゃうこともよくあることもあるだろうしマスコミの人間といえどもサラリーマンみたいなもんだから俺には責められん
SNSって要は大昔の「噂」みたいなもんであって
決して良い情報源ではないんだけど
大手がたまにそれ以下のムーブをするので、SNSの方がマシみたいなおかしな自体になるんだよね
まあ使い分けやね、どっちかだけではダメ
テレビで言うたはったで〜、が、YouTubeやXで言うたはったで〜、に変わっただけや
当たり前やがな
それが新聞にかわり、ラジオになって、テレビが出てきて、ネットへと変わっていった
それだけの話やがな