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はてなキーワード: 差しとは

2023-09-03

ジモティーで「現物確認がしたい」というおじさん、価値観合わなす

要らないものを捨てるのは環境に悪いという一心からジモティーで出品をしています

きょう、出品していたちゃぶ台(500円)にメッセージが届きました。現物確認してもよいかとのこと。

はっきり言って対面取引に割く時間ですべき仕事が山のようにあるので、ふだんは非対面取引にしています。でも休日で家にいるし、まあいいかと思ってその旨を伝えました。

時間になると、家の前に現れたのはスクーターのおじさん。

ちゃぶ台と衣類を合わせて1,000円、それぞれ手にとって眺めた後一瞬上目遣いの間があって、「合わせて500円でどうですかね?」と。

お前...スクーターナンバープレートから見るに、きっと隣の市から片道15分はかけてきてるだろうに、たかだか500円を値切るのか...?

っていうか現物を見たいって値引き交渉したいってニュアンスだったのか...?キモい...

別に値引きしてもよかったのだけど、こちとら住所まで晒してるのに「こいつは値引きが通じるやつだ』と思われるのが嫌すぎる。

バイクで運びづらい」だの「天板が思ったより汚い」だの言い訳が二転三転するのも腹が立つ。写真載せたしサイズも書いたろうがよ...💢

値引き交渉楽しいのは認めるけど、それはフリマかどこかで勝手にやってくれ。

おじさんは結局ちゃぶ台は買わず洋服だけを500円で買っていきました。

というわけでまとめると

・値引き交渉をするな

・仮にするとして後出しでするな

ガソリン代とタイパ踏まえて値引きにこだわるの差し引きで損だろ、話が合わないから寄らないでくれ

という感じ。それともジモティーを使うのはやめて、近くのハードオフにでも売ったほうがいいのだろうか...

anond:20230903085955

日本においてそれほどのリスクはないんだからリスク差し置いても善性による政治運動が行われる国に比べたら、さらにとんでもなく善性が足りないということでは?

anond:20230903093849

有害な男らしさって要するに女を助けるために命を張るのが男らしいとか、そういうの。

男だからって理由だけで、女性を守ろうとしなくなる。

女性AEDを使わない、のが有害男性から下りた結果だと考えて差し支えない。

男らしい男なら訴えられるリスクがあろうと、まるでアンパンマン自分の顔を差し出すように、身を呈して助ける。「当然のことをしたまでです」と言って去る。それがヒーローit's my pleasure.

2023-09-02

日本食い物にされすぎて草

セブン西武資産価値2200億やで」

FIG負債とかあるじゃん差し引いて8500万円でw」

セブン「おかのした!」

FIG「買った中の土地ヨドバシに3000億で売るわ」

ヨドバシ「おかのした!」

 

資産価値2200億の案件を1億に値切られて、

さらにその一部を3000億で転売は舐められすぎで草

2023-09-01

anond:20230901123300

りょうじさんの一連のやり取り見て

アルコール嫌いアレルギーなのも問題だなぁとなった

あれハラスメント領域まで差し掛かっているぞ

高校教師とは高校教師を務める人のことである

高校教師とは高校教師を務める人のことである同業者集団に嫌気が差し、一人前の教師になるために生まれてきた者もいるが、これはごく少数であると思う。教師教育プロなので誰も低く評価しない。でも、これは気の毒だ。そういうところにつけこむ奴が現に現にいるからだ。私は学生時代教師になるためには読み書きが完璧でなければならず、また中学校教師になるには文学哲学教養要求されると授業で教わったが、これは私の実感である学校では国語

Anond AI作成

ペーパードライバー教習で目からウロコが落ちた

この前ペーパードライバー講習行ったんよ。ピカピカのゴールド免許運転は15年ぶりかな

東京都心ではないけど中心よりの住宅街でやって思ったよりうまくこなせたんだけど

脇道の交差点で常に徐行するのを注意されたんよ。優先道路ならそこまで落とさなくていいって

細い道が交差してる時、東京だと基本的に一時停止がない方が優先道路からって

 

これが俺にとって目からウロコでさ

チャリ乗ってて脇道の交差点差しかるたびに超減速してたのよ俺

責任とか関係なく車突っ込んできたら終わりじゃん?死にたくないし

スピード落とさずさ〜っと駆け抜けてくママチャリとか死にたいんかアホかと思ってたの

俺が安心してスピード落とさず走れるのはでかい道路だけだったのよ

 

んで優先道路では極端にはスピード落とさず走るようになり自転車ライフが超快適になった

一時停止違反の車もいるだろうし警戒するけど普通は止まる意識あることわかったからさ

そして改めてチャリ邪魔というドライバー気持ちもよくわかった

マナーもそうだし俺みたいに交通ルール理解が不十分だったり

ルール内でもせっかく警戒の認知負荷を下げれる一方通行を逆走可能なのは厄介だよね

とまぁ色々書いたけどとりあえず運転楽しいしいってよかったペーパードライバー講習

相手のお尻の穴にとんがりコーンを刺したら勝ちなんだけど

なかなか刺さらない

まず硬くて刺さりやすとんがりコーンを見つけることが大事

そしてとんがりコーン10連にする(重ねる)

それを人差し指につけて、相手特攻

パンツを突き破るほどの勢いで一気に差し込む

のだが、相手もお尻の穴をキュッとしてるので刺さらない

やはりとんがりコーンチョコ等で強化しないといけないか

レギュレーション違反だけど

anond:20230901113025

公金チューチューの文脈で、毎年何万件と発生してるレベルのどこでもあるミス(損失0円)を、数百億〜数千億規模の汚職差し置いて指摘してんだ

公金チューチューを騙って女性差別したいだけなのは火を見るより明らか

whataboutismの域にないよ

2023-08-31

anond:20230831212240

インボイスで困ってるのは消費者から直接支払いされることがない声優とかの小規模事業者なんだよ。

そういう人にお金払ってる企業はだいたい「消費税込の金額で」と言って消費税見込んでないギャラしか払ってないくせに、税務署には「この人にギャラと一緒に消費税払ってあるんで、その分はその人から受け取ってください!キリッ」って納めるべき消費税から引いてたんだよ。

それを突然「インボイス登録業者への支払い分しか消費税差し引き対象しません〜!嫌なら登録業者しか仕事頼むんじゃねぇ〜!」って国が言い出したんだよ。

そういう中間企業が、「これまでは税金ちょろまかせてたけど、インボイス登録してくれないとそれが出来ないから、登録してる人に仕事回すね~!」ってし始めるんだよ。

そうするとこれまで免税業者だった小規模事業者は、

インボイス登録すれば、もともと払わなくてよかった消費税10%を納めなきゃいけなくなるし、仕事出してた側は「もともと税込だったし」という言い分でギャラもあげてくれない。

インボイス登録しないと、仕事がもらえなくなる、ギャラを下げられるリスクがある。

いずれにしても雀の涙の売上が減る方向にしか向かない。個人事業主なんてだいたい自分経理作業もしてるので、経理の手間だけ増えて売上は減る最悪な道しかない。

さらには別に消費税ちょろまかすつもりもない一般企業にとっても、いちいちインボイス登録有無確認して適合請求書を発行して…と、手間ばかり増える。

このコストのために値上げすると判断してもおかしくないレベル

からインボイス消費者にとっても害悪

制度設計がとにかく悪い。だったら免税業者とかなくしてマイナンバー管理しろと言いたい。

「君はどう生きるか」すごく面白かったぞ?!

聞いてた評判と全然違うんだが?

 

宮崎駿自伝映画と聞いてつまらなさそうだな見ないでもいいかと思っていたけれど、いや普通に面白いよこれ

話も特段難しいわけでもない。千と千尋よりはわかりやすエンタメ寄りの映画だと思う

話の展開も早くてアクションシーン多め。話の構成がうまくて序盤から引き込まれる。ポップコーン食べる暇がなかった

 

感情描写ジブリ映画の中で過去一繊細かもしれない。劇中3回くらい泣いた

セリフではなく表情のみの演技だし、セリフと心情が違う(キャラクターが嘘をついている)ので見誤る人もいるのかもしれないと

他の人の感想を見て思った


以下見た人向け(ネタバレあり)

 

 

はてブスター集めてた感想、それは読み誤っているだろと思ったものをここに書くよ

 

 

「助けに行くのが父の好きな人から、は弱いよね」

 

違うよ!ほんとうは主人公はお継母さんのことが好きなんだよ!でも言えないんだよ!!!

 

お継母さんが頬に手を差し伸べた瞬間の主人公の表情を見ろよ!動揺し混乱した表情を。そしてすぐに無表情の仮面を被るさまを。

自分のことを愛してくれるお継母さんが本当は好きなんだ。でも近づけないんだ。あまりにも似すぎていて産みの母と混同しそうになるから

 

主人公は賢い子だから自分の態度が継母を傷つけていることはわかっている。継母が自分を愛してくれているのにそれを返せない罪悪感、でも本当は愛したいという気持ちが継母を追う原動力なんです

 

主人公は産みの母が亡くなったことを理解していると口では言いますが、本当のところは受け入れきれていません。だから何度も火事の夢を見るしアオサギにつけ込まれしまうわけです。

 

「その人が好きなのか?」

・・・父の、好きな人から

 

本当は”好きだ”って答えたい。でも言えないんだよ!

 

「なんで継母は帰ろうとしなかったの?」

 

継母がいってたでしょ!あの塔は一族のものを取り込むんですよ!

継母は自分犠牲になって主人公を助けようとしているんです

継母は「嫌いだ」といいながら泣き始めます。つまり嫌いというのは本心ではなく、自分を見捨てて帰って欲しいからそう言っているわけです

主人公はここではじめて「お母さん」って呼ぶんですよ・・・お母さん、お母さんって(号泣

 

画面では明確には描かれませんでしたが、継母をだまして塔に連れ込んだのはたぶんアオサギです。

主人公が「今日アオサギを見なかった」と言っているので多分そう)

おそらく主人公が塔にいると嘘をついて誘い出したのではないか

 

 

触ってはいけない人形に触ったのに何も起きない?

ちがーーーーう!そこのセリフ重要なのは「お前を守っている」だよ!

お前を守っているから壊すな(触るな)

 

ばあやたちが主人公を守っているという台詞は劇中3回くらいでてきたよ!

塔の中に生きている人間は5人

叔父、継母、産みの母、主人公の四人は石との契約により神のような力を持ちます。彼らは外の世界の記憶を失っていません

一方、巻き込まれしまったばあや(キリコさん)は記憶を失ってしまます自分あの世界で生まれたと認識しているようです

 

叔父仕事を継ぐのを拒絶すると

事前に聞いていたけれど、想像してたのとは全然違っていた

 

叔父戦争に明け暮れる人類絶望理想の世界を創ろうとしています。でも創った世界もまた罪に汚れてしまいました。

主人公に続きを託そうとしますが拒絶されます自分もまた罪に汚れている、そう言って額の傷を指し示します。

いじめっ子を陥れるためにつけた頭の傷。継母に嘘をつき悲しませた原罪

自分の弱さを受け入れた主人公現実に戻る選択します。外の世界に戻り友達を作る努力をすると。

 

展開的にはEnd of Evangelion ですね。人類補完計画の拒絶。現実に戻ろう。

でも創生神になるのを拒絶する理由自分もまた罪に汚れた人間から

 

うおーーすっごいな。庵野監督宮崎監督の違い!すっごいおもしろい!

 

 

あとアオサギよかったよ

 

じゃあな、友達

2023-08-30

「男が女に差し伸べる救いの手は性欲由来のものなので実質的には無いも同然

なので弱男が誰からも救われないのは自明の理

だそうです。

性加害などの人権侵害放置しないテレビ局電通と手を切ることができるのか?

電通宴会芸の例

・チョンマゲ(ちんこ他人の頭の上に載せる)

・顔の上にケツ丸出しでまたがって寝そべってる人が口に含んだ水を吹き出す「ウォシュレット

おでん屋のチクワ(ちんこを口に頬張る)

ビール(他人の尿を飲む)

わさびポッキー(他人肛門差し込んだポッキーを食す)

https://twitter.com/unamuhiduki/status/942379498636374016

2023-08-29

tasky(原作管理・後発漫画側)は剽窃含む合田氏側の主張を力強く全面

以下引用

taskyは本件について「弊社としては、原作管理し、縦読み版の制作を進める立場として、関係各所に確認等を取りながら、真摯かつ必要対応をして参りました。

小悪魔教師サイコ』の原作作家様、縦読み版のクリエイター様に一切の非はない認識しております

合田先生からぶんか社への訴訟提起については、関係者での協議継続中に突然提起されたものであるため驚いており、

状況や詳細を十分に把握できておりませんので、コメント差し控えさせていただきます

そもそもこれはトレースだという見解を示したのは、ぶんか社合田氏が契約している先発漫画出版社)であって、後発漫画側ではないし

トレースだの構図パクリだのと言う主張から始まった担当者とのゴタゴタすら合田氏側の一方的証言に基づくものに過ぎなかった

原作管理・後発漫画側のtaskyから、後発漫画作家に一切の非は無いと、合田氏側の主張を全面的に退けるコメントが出てきた

さて、一方の証言だけで事実認定して噴き上がっていたブクマカはどんな反応を示すか、お手並み拝見

子供の頃IQ検査したら126とかあったんでIQ高い方なんだけど、別に記憶力良くないし、理解力も高くないし、考えるスピードも早くないし、強いて言うなら論理思考能力は他の人より高かったけどそれも大人になったら経験で埋められる程度の差しかなかったしこの程度ならただの凡人と変わらんなと思って生きてる。

2023-08-28

ディスプレイの買い替え検討してるんだけど、ケーブル差し込み口が横にあるのってどのネットとかの辺見ればわかりやすいか

Amazonで個々の商品360画像見ればわかるけど、いちいち見るのがめんどい

このメーカーだと大抵横に差し口があるみたいな情報どっかにいか

https://www.asahi.com/sp/articles/ASR8X5H4ZR8XOIPE00K.html

車内にいた女児(3)に植木鉢の破片を突きつけ「金を出せ」と脅迫女性運転から差し出した現金1千円を奪い取った疑いがある。

何をやっているんだ、本当に

anond:20230828122018

先日の電車おっさんが履いてるブーツのような革靴に違和感を覚えた。

よーく観察すると踵からアキレス腱に続く辺りが不自然

あー、人知れず身長が伸ばせるシューズかいうやつか。

そのシューズを履いていても155cm有るか否か、差し引き身長150cm未満と推測。

俺には0.3秒でばれたけどな。


そのおっさん似合っているか否かは別として、

洒落に気を使っている感じがした。

上は覚えてないけど、下は女の人が履くようなレギンスって言うんだっけ?

ジーンズっぽいけどあのぴっちりしたやつ。

で、足首というか脛の辺りでその裾がひだになって溜まってた。


一言言わせてもらう、

かつらとシークレットシューズはすぐにばれるからな。

それを承知の上で使ってくれ。


厚底スニーカー、どうでもええー。

万引き家族

家の近くに神社があって、通勤で毎朝その前を通る。

そうすると決まった時間に、神社の外からとても丁寧なお辞儀をしてから駅に向かう家族がいる。

どんなお願い事をしているのか、それとも過去に起こったことに感謝しているのかわからない。

両親は50歳くらい。おそらく息子と思われる男子中学生くらいだと思う。

過去に大きな病気にかかったときに頼ったのか、未来のために何か大切な願い事を掛けているのか。

特に会話もなく神社に近づき、入り口の外に3人が横並びになって、特に合図があるわけでもなく3人がきれいお辞儀をして、そのまま何事もなかったかのように駅に向かう道を行く。

そこだけ切り取るととても美しい何かを感じさせるシーンなのだが、何かが引っかかった。

毎日しっかりと決まった時間に家を出ているわけではないので他の日はどうかわからないが、同じ時間神社差しかるときは決まってその家族神社の外からお辞儀をする姿が確認できた。

それでなんとなく他の時間帯でも気にするようになったのだが、この家族以外にも、一定数の人が神社の外から非常に丁寧なお辞儀をしてから駅に向かっていることに気がついた。

朝の時間帯、忙しいという理由で中に入るまでもないという感じなのかもしれないが、お辞儀だけは手を抜くまいとする姿は皆に共通していた。

それだけ切り取ると確かに美しい何かを感じさせるシーンなのだが、やはり何かが引っかかった。

そうなのである

誰一人としてお賽銭を投げていないのである

賽銭を全く投げていないのにも関わらず、お辞儀だけはクソ丁寧なのである

それはもう神社にしてみれば万引きでしょ。

願い事の万引き

いや、神様に手を合わせたいならちゃんと参って。

ちゃんと参るっていう行為自体信仰の対価になるのだから、そこ端折ったら万引きでしょ。

それに気づいてからそれまでどこか神聖に見えてた彼らがエビルな存在だとした感じられなくなってしまった。

しかすると何かのタイミングでまとめてそれなりのお布施(初穂料?玉串料?)を払っているかもしれない。

それにしたって、そんなに大きな神社なわけでもないのだから、たった十数メートルの参拝を省略するのはどうなのか。

だったら神社の前を通るときに心のなかで手を合わせていけばいいだけなのに、お辞儀だけクソ丁寧っていう願掛けの線引はまじで意味がわからない。

神様ガチプレッシャーかけて、絶対に元取ってやろうっていう魂胆が見え見えなのだが。


似たような話で、大手町に将門塚というのがあるのだけど、めちゃくちゃ丁寧なお参りをしてる人がすぐ横に路駐してた車に乗り込む姿をみるとやるせない気持ちになるのよね。

そこを通るとかなりの頻度で路駐があるのだけど、そのせいで左折車線に入りづらくて迷惑だしそもそも危ない。

人に迷惑をかけてまで参られる側がどんな気持ちになるか考えればわかることだろうって。

観光地とか映えスポットならわかる。

エゴ全開で迷惑かけてくれたほうが殴り返せる分いい。

お参りは誰よりも丁寧!って姿が、謙虚の皮を被った傲慢に見えておかしくて仕方ない。

願えば願うほど祟られてるなじゃないかって本気で心配になるよ。

本人必死なら申し訳ない。

ももしかしたら、その問題に対する解決方法もっと別にあるような気がする。

anond:20230828111157

差し出す代価がテメーの存在ってオメーはいってたよなぁ、だからダメだっつったんだぜ

出会いにはコツがある

K子との出会い

私がK子と出会ったのは、まだ雪の残る3月上旬札幌すすきのでのことであった。

K子は、私がごくたまに寄るカフェバーウエイトレスをやっていた。

年は30歳、身長157cm。体型はややガッチリタイプに見え、いわゆる固太りに近かった。

顔はまぁまぁ整ってはいたが、頭部はアメフトボールのように大きかった。

完璧メイクを追求してるようで、白塗りの土台が厚く、丸い輪郭が、さらに強調されていた。

キッチリ描いた眉に、メリハリをつけたアイライン。目元周りには、そのひとのお化粧への設計意図が表れるものだがK子の場合それは、顔の大きさを、目を拡大させることでごまかそうとする意図だった。

それとK子のメークには、悪い意味でのバランス感覚という特徴も見られた。

あちらとこちらの均衡を保とうとして、薄くするのではなく、厚く盛る方にいってしまうのである

から白塗りは行き過ぎて歌舞伎のようになってしまう。

さらにK子は勤務中はロングヘアータイトに縛ってるので、目元が上がって鋭角的になるのだが、これがふしだらで好色な印象を与えかねない外見になってしまうのだ。

ここまできては化粧も逆効果である

それはせっかくのよい素材での料理を、調理でなくソースで惑わし、お門違いの高級感を添えたつもりの洋風メニューのようだった。

白人風貌という、ないものねだりを追いかけた挙句、醜くなってしまったマイケルジャクソンのようであった。

K子は、そんな女だった。つまり、どこにでもいるひとだ。

K子はその日も普段どおり給仕をしていた。時刻は夜の9時。私のオーダーはグラスビールだった。

私のテーブルにもやってきた、そこで2人は始めて目を合わせた。

するとK子は私の顔を見るなりハッとした顔をして上背をやや引いた。私は「ああまたか」と思った。

なにが「またか」なのか。それはその時の私の顔が彼女にはイケメンに写った、ということの了解である

断っておくがこれは自慢ではない。なぜなら、こうしたことは4年に一度、つまりオリンピック開催と同じ頻度でしか、私に訪れないからだ。「またか」と感じるのは、4年がさほど長くも感じられない私なりの時性であって、傲慢の致すところではない。

毎日のようにこういうことが起きる人を、真のイケメンというのだが、この程度のいわば「プチ・イケメン」なら今のご時世、結構いそうである

私の顔は、それどころかまぁどちらかといえばブサメンである。口が飛び出た造作が特徴で、唇も厚い。佐藤浩市の2倍は厚い。

このせいで、顔の下部にボリュームが出てしまい、シャープには見えないモヤッとした風貌になっている。

目も悪いのでシカメっ面にもなりやすく、表情も暗い。

たとえるなら、ガリガリ君のような輪郭であるし、佐藤浩市の親父の三國連太郎みたいでもある。

芋というか、類人猿、合わせればゴリライモ。私はそんな顔なのである。そしてもちろん、あなたに「そんなことないよ」といってほしい、そんなケチな性分も持ち合わせているのだ。そこがまた醜い。

まり私も、どこにでもいる人なのである

ここ20年ほどで男もするようになった「化粧」とは、もともと目立たないもの(一重まぶたなど)を、まやかしの力で輝かせる補正技術だと思うが、私の口元のように、はじめから飛び出ているものを、平たく目立たせずに抑制する用法には、それはまったくといっていいほど役立たない。

しかし男の場合三國連太郎がそうであったように、また、佐藤浩市がそうであるように、絶対的なブ男というものはいない。バナナマンの日村も最初見たときはびっくりしたが、慣れれば愛嬌がある顔である

男は、風貌をある水準(清潔感常識のあるファッションセンス、そして似合う髪型、できれば細身)まで満たせば、異性にアピールできてしまうのである。ここらへんが女子と違う。無愛想でもある程度はイケてしまうということだ。かくして私のような者でも、こうしたラッキータイミングが巡ってくるときがあるのである

さて私にハッとして頂いた女子に対しては、私はだいたい挨拶をするようにしている。

ここでいう挨拶とは、店や本人の迷惑にならぬよう気を遣いながら、名刺を手渡すことだ。

できれば一言添える「もし、よろしければ、お近づきになれれば…」みたいなことだ。

ハッとする、させるというのは直感神秘である人間のあまたある能力のうちでも一二を争うような、めちゃめちゃものスゴい、宇宙誕生レベル認識だ。

人間(じんかん)にヴァイヴレーションが伝播する。あるひとがある人の存在にピン!とくれば、その相手にも同じピン!が、誤解も曲解もなく瞬時に伝わる。だれも解明できない感覚。こうした体感に対しては対象化なぞハナから諦め、人として素直にしたがい、謝辞を述べるのがスジというものであろう。

とりあえず自分規定する第一歩として世の中には名前というものがある以上、名乗る。

自分から名乗ることより大切なことは、世の中にそうそうない。

「4年に一度」がいつなんどき訪れるやもしれない。そんなときのために財布に名刺を2~3枚入れておく。

こうしたなんでもない普段の心がけが出会いを引き寄せる具体的な手段なのだ

こうした縁で、私はK子と付き合った。世間には「よくまぁこんなサエないのと一緒になったなぁ」というのが男女問わずいるが、なんのことはない自分もその仲間入りであり、K子の方でもそう思うときがあったかもしれない。つまり、サエないのはお互い様だったのである最初のうちは。

だがしばらくすると私にはK子の大きい顔と太い骨格が、次第にいとおしく写ってきた。

そして次に、それがかけがえのない尊さに思えてきた。

というのも付き合い始めてすぐに気づいたことだが、K子は私と最初に目が合ったホンの0.1秒の閃き、焦点で、自分の開削に成功した、まったく優れた女だったのだ。

私との邂逅によってポン!と新規開設された自我内の回路に、まったく純粋に従った。

しかもそこにいささかも世俗的な疑いを差し挟まなかった。

世俗的な疑いとは、私と付き合うことのメリットデメリットコスパを考えることや、趣味や好みが合う合わないというような話などである

K子はそれらを考えもしなかった。だからデートで会ってもあまり話さず、肩を寄せ合い、手を握り腕をさすり、見つめあったりするだけだった。それでどちらも了解した。ドン存在が大きいのである100%ピュア肯定性の塊。

そしてそうしたK子の態度は、私の細胞のすみずみにあまねく影響を与えた。小さな自分固執していた私を、彼女は開放してくれた。

こういう女に慣れると、小顔ブームとか、華奢な女子スタイル固執するのは、矮小なことと知れる。しつこいようだが慣れればあの日村ですら、ファニーフェイスである

K子はやがてメークが薄くなっていった。コスメへの依存を減らしていった。

単なる身だしなみ以上のそれは、まやかしだと気づいたのだ。

食事運動に、それまで以上に気を遣い、毎日しっかり生活を積み上げていくよう、意識的自分を導いていった。

現代人はただ毎日暮らしてゆくだけで、目に見えない「不純物」が、アカのようにたまってゆく。

社会教育が、仕事常識が、不純だらけだから当然だ。

はいつも意識的に「みそぎ」をしなければならない。するとみそぎなんてしなくていいんだ、そのままのあなたでいいんだと社会その他は全力で否定する。だがそれは違う。甘言に引きづられてはいけない。やつらはあなたから銭を引き出したいだけだ。

メイクはそうした「不純物」の象徴であった。それがズバッと削ぎおとされた。

すると並行してK子の慢性的な肌荒れも改善された。

こうなると輝かしい、真の女の誕生である

人の本来的な美しさや輝き、魅力は、外から取ってきて付け足すものでない。自分内面から湧き出させるものだ。

こんなことは実に当たり前のことだが、不純物の洪水の中にいると気づかない。

自分から「湧き出させること」が自然に出来る人は、この世にいながら永遠を手にしたも同然なのである

そこではあなたわたしとなる。わたしあなただ。

理想カップル、なるものは知らない。知らないがそれは「人それぞれ」ではない。

たぶんそれは溶け合った1つの形態しかない。愛など、しらぬ。

以上この文は、まだ見ぬあなたと、まだ顕在化してない私を想って書いた。

<了>

出会いにはコツがある

K子との出会い

私がK子と出会ったのは、まだ雪の残る3月上旬札幌すすきのでのことであった。

K子は、私がごくたまに寄るカフェバーウエイトレスをやっていた。

年は30歳、身長157cm。体型はややガッチリタイプに見え、いわゆる固太りに近かった。

顔はまぁまぁ整ってはいたが、頭部はアメフトボールのように大きかった。

完璧メイクを追求してるようで、白塗りの土台が厚く、丸い輪郭が、さらに強調されていた。

キッチリ描いた眉に、メリハリをつけたアイライン。目元周りには、そのひとのお化粧への設計意図が表れるものだがK子の場合それは、顔の大きさを、目を拡大させることでごまかそうとする意図だった。

それとK子のメークには、悪い意味でのバランス感覚という特徴も見られた。

あちらとこちらの均衡を保とうとして、薄くするのではなく、厚く盛る方にいってしまうのである

から白塗りは行き過ぎて歌舞伎のようになってしまう。

さらにK子は勤務中はロングヘアータイトに縛ってるので、目元が上がって鋭角的になるのだが、これがふしだらで好色な印象を与えかねない外見になってしまうのだ。

ここまできては化粧も逆効果である

それはせっかくのよい素材での料理を、調理でなくソースで惑わし、お門違いの高級感を添えたつもりの洋風メニューのようだった。

白人風貌という、ないものねだりを追いかけた挙句、醜くなってしまったマイケルジャクソンのようであった。

K子は、そんな女だった。つまり、どこにでもいるひとだ。

K子はその日も普段どおり給仕をしていた。時刻は夜の9時。私のオーダーはグラスビールだった。

私のテーブルにもやってきた、そこで2人は始めて目を合わせた。

するとK子は私の顔を見るなりハッとした顔をして上背をやや引いた。私は「ああまたか」と思った。

なにが「またか」なのか。それはその時の私の顔が彼女にはイケメンに写った、ということの了解である

断っておくがこれは自慢ではない。なぜなら、こうしたことは4年に一度、つまりオリンピック開催と同じ頻度でしか、私に訪れないからだ。「またか」と感じるのは、4年がさほど長くも感じられない私なりの時性であって、傲慢の致すところではない。

毎日のようにこういうことが起きる人を、真のイケメンというのだが、この程度のいわば「プチ・イケメン」なら今のご時世、結構いそうである

私の顔は、それどころかまぁどちらかといえばブサメンである。口が飛び出た造作が特徴で、唇も厚い。佐藤浩市の2倍は厚い。

このせいで、顔の下部にボリュームが出てしまい、シャープには見えないモヤッとした風貌になっている。

目も悪いのでシカメっ面にもなりやすく、表情も暗い。

たとえるなら、ガリガリ君のような輪郭であるし、佐藤浩市の親父の三國連太郎みたいでもある。

芋というか、類人猿、合わせればゴリライモ。私はそんな顔なのである。そしてもちろん、あなたに「そんなことないよ」といってほしい、そんなケチな性分も持ち合わせているのだ。そこがまた醜い。

まり私も、どこにでもいる人なのである

ここ20年ほどで男もするようになった「化粧」とは、もともと目立たないもの(一重まぶたなど)を、まやかしの力で輝かせる補正技術だと思うが、私の口元のように、はじめから飛び出ているものを、平たく目立たせずに抑制する用法には、それはまったくといっていいほど役立たない。

しかし男の場合三國連太郎がそうであったように、また、佐藤浩市がそうであるように、絶対的なブ男というものはいない。バナナマンの日村も最初見たときはびっくりしたが、慣れれば愛嬌がある顔である

男は、風貌をある水準(清潔感常識のあるファッションセンス、そして似合う髪型、できれば細身)まで満たせば、異性にアピールできてしまうのである。ここらへんが女子と違う。無愛想でもある程度はイケてしまうということだ。かくして私のような者でも、こうしたラッキータイミングが巡ってくるときがあるのである

さて私にハッとして頂いた女子に対しては、私はだいたい挨拶をするようにしている。

ここでいう挨拶とは、店や本人の迷惑にならぬよう気を遣いながら、名刺を手渡すことだ。

できれば一言添える「もし、よろしければ、お近づきになれれば…」みたいなことだ。

ハッとする、させるというのは直感神秘である人間のあまたある能力のうちでも一二を争うような、めちゃめちゃものスゴい、宇宙誕生レベル認識だ。

人間(じんかん)にヴァイヴレーションが伝播する。あるひとがある人の存在にピン!とくれば、その相手にも同じピン!が、誤解も曲解もなく瞬時に伝わる。だれも解明できない感覚。こうした体感に対しては対象化なぞハナから諦め、人として素直にしたがい、謝辞を述べるのがスジというものであろう。

とりあえず自分規定する第一歩として世の中には名前というものがある以上、名乗る。

自分から名乗ることより大切なことは、世の中にそうそうない。

「4年に一度」がいつなんどき訪れるやもしれない。そんなときのために財布に名刺を2~3枚入れておく。

こうしたなんでもない普段の心がけが出会いを引き寄せる具体的な手段なのだ

こうした縁で、私はK子と付き合った。世間には「よくまぁこんなサエないのと一緒になったなぁ」というのが男女問わずいるが、なんのことはない自分もその仲間入りであり、K子の方でもそう思うときがあったかもしれない。つまり、サエないのはお互い様だったのである最初のうちは。

だがしばらくすると私にはK子の大きい顔と太い骨格が、次第にいとおしく写ってきた。

そして次に、それがかけがえのない尊さに思えてきた。

というのも付き合い始めてすぐに気づいたことだが、K子は私と最初に目が合ったホンの0.1秒の閃き、焦点で、自分の開削に成功した、まったく優れた女だったのだ。

私との邂逅によってポン!と新規開設された自我内の回路に、まったく純粋に従った。

しかもそこにいささかも世俗的な疑いを差し挟まなかった。

世俗的な疑いとは、私と付き合うことのメリットデメリットコスパを考えることや、趣味や好みが合う合わないというような話などである

K子はそれらを考えもしなかった。だからデートで会ってもあまり話さず、肩を寄せ合い、手を握り腕をさすり、見つめあったりするだけだった。それでどちらも了解した。ドン存在が大きいのである100%ピュア肯定性の塊。

そしてそうしたK子の態度は、私の細胞のすみずみにあまねく影響を与えた。小さな自分固執していた私を、彼女は開放してくれた。

こういう女に慣れると、小顔ブームとか、華奢な女子スタイル固執するのは、矮小なことと知れる。しつこいようだが慣れればあの日村ですら、ファニーフェイスである

K子はやがてメークが薄くなっていった。コスメへの依存を減らしていった。

単なる身だしなみ以上のそれは、まやかしだと気づいたのだ。

食事運動に、それまで以上に気を遣い、毎日しっかり生活を積み上げていくよう、意識的自分を導いていった。

現代人はただ毎日暮らしてゆくだけで、目に見えない「不純物」が、アカのようにたまってゆく。

社会教育が、仕事常識が、不純だらけだから当然だ。

はいつも意識的に「みそぎ」をしなければならない。するとみそぎなんてしなくていいんだ、そのままのあなたでいいんだと社会その他は全力で否定する。だがそれは違う。甘言に引きづられてはいけない。やつらはあなたから銭を引き出したいだけだ。

メイクはそうした「不純物」の象徴であった。それがズバッと削ぎおとされた。

すると並行してK子の慢性的な肌荒れも改善された。

こうなると輝かしい、真の女の誕生である

人の本来的な美しさや輝き、魅力は、外から取ってきて付け足すものでない。自分内面から湧き出させるものだ。

こんなことは実に当たり前のことだが、不純物の洪水の中にいると気づかない。

自分から「湧き出させること」が自然に出来る人は、この世にいながら永遠を手にしたも同然なのである

そこではあなたわたしとなる。わたしあなただ。

理想カップル、なるものは知らない。知らないがそれは「人それぞれ」ではない。

たぶんそれは溶け合った1つの形態しかない。愛など、しらぬ。

以上この文は、まだ見ぬあなたと、まだ顕在化してない私を想って書いた。

<了>

2023-08-27

anond:20230826190254

実際のところ多くの人間において性欲や子孫を残したいという生理的欲求差し引いたうえで論理的子供ほしさが残るかという

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