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はてなキーワード: 不随意運動とは

2021-01-05

anond:20210105095818

何歳ぐらいなんだろう

不随意運動精神的な不調は更年期障害の症状でもあるよ

2020-11-19

支配できないので支配される人々

 支配されるということは甘美なことで、大抵の人はそのことを悪徳(vice)であると思い込んでいるみたいだけど、実際のところ何かに支配されることによって安穏と振る舞っている人間は多い。

 人が誰かから支配を望む理由は色々あるのだけれど、煎じ詰めると一つの理由収束することになる。要は、自分自分支配できないから、誰かに支配して貰いたいのである。人は多くの場合自分自身を支配することができない。自分の行動原理を把握できず、その行動原理からまれるところの行動を把握できず、コントロールすることができない。人は自動人形のようにふらふらと手足と口を動かして、声帯を震わせて寝て起きて飯を食って排泄することを繰り返している。繰り返し、繰り返し、繰り返し。

 自分支配するということは極めて難しい。まず、自己支配を目指すためには、自己支配するところの原理を把握し、その原理の根っこを掴むところから始めなければならない。つまり自分の行動原理根底を自ら認め、把握し、その支配権を無意識ではなく有意識へと移し替える必要があるのである

 無論心臓の鼓動とかの不随意運動支配することはできないとしても、自分がどういう原理によって行動しているのか、何を求めているのか、そういう事柄理解し、その認識の背後に回り、メタ視点から認識や行動をある程度コントロールすることは決して人智を超えた行為などではない。単に、幾らか理性的行為範疇に過ぎない。それでも、多くの人々にとってその行為は極めて困難であると言わざるを得ないのが現状である

 例えば、誰かが誰かを悪者にしているとする。ここに悪い人がいます、と誰かが言っているとする。

 そのような際に、人々の取れる行動は大きく分ければ三つである。つまり肯定すること、否定すること、無視することの三つである

「確かにこいつは悪人ですね」という態度を取るか、「いやいやこの人は悪人ではないでしょう」という態度を取るか、「知らんし」という態度を取るかの三つの内のどれかを選ぶのが、多くの人間である。で、最近はこの中で肯定立場安易に選び取る人間が多いように思う。まあ、実際この世の中には救いようのない悪人がいるし、仮にそういう人間が居たとして、その悪事が明るみなった時に、多くの糾弾を向けることはそこまで間違ったことではないのだけれど。

 ただ、やはり人が自分の行動原理を把握しておくことは必要なのだと思う。つまり、この場合には、「何故自分は『悪人がいるよ!』という意見に対して肯定立場を取ったのだろう?」という思考をする必要があるということである。「何で自分悪人存在糾弾する側に回ったのだろう?」と考えることが必要なのである。色々と理由はあると思う。「自分正義を愛するから」「自分は悪をやっつけることで世界を良くしたいから」「単に誰かをやっつけたいから」「暇だから」「刺激を求めているから」「何を喋っていいのか分からないので、とにかく誰かを糾弾するという形式を借りて、何でもいいか自分についての情報を発信したいから」色々な原理が思い浮かぶことと思う。このように色々な原理候補が浮かんだとすれば、次にその真贋の区別を行う必要もまたある。「自分正義を愛するからウソつけ。「自分は悪をやっつけることで世界を良くしたいから」ウソつけ。「単に誰かをやっつけたいから」あり得る。「暇だから事実だ。「刺激を求めているから」どうだろう。「何を喋っていいのか分からないので、とにかく誰かを糾弾するという形式を借りて、何でもいいか自分についての情報を発信したいから」あるいはそうなのかもしれない。

 と、こんな具合に色々自分の行動の理由仮定し精査するという行為が、自分の行動を律する前段階として必要になる。でも、はっきり言ってこのような行為は面倒だし、そもそも自分の行動原理を把握し自分の行動を支配するというプロセスに、一体どのような利点が存在するのかと問われると、いかんせん答えに窮する。はっきり言えばそんな利点など無いし、むしろデメリットであれば明確に存在している。つまり思考リソース自己反省に割かれることによって、脳の処理能力総合的に減退するのである判断に遅れが生じ、瞬間的な即興的な判断能力が後退し、要するにどんくさくなる。しょうもないミスを繰り返したりするようになる。

 そんな具合に、人は自分を把握するのが困難である自分の行動原理を把握することが困難だし、把握することさえ困難なのだから、行動原理コントロールすることなど尚の事難しい。しかも、仮に行動原理コントロールできたところで、それは自分にとってメリットのある行為とは言えないかもしれないわけだ。そんなこんなで、人は自分を把握することを諦め、自分コントロールすることもまた諦める。別に、諦めたところで損があるわけでもないのだ。というか、むしろ明らかに得なのである


 というわけで、人はナチュラル自分支配することを諦める。人は、自分支配せずに、自分を把握せずに、自分理解せずに、時に何かを貶し、冒涜し、何かを貶める。そして、何かを壊す。自分のやっている行為について反省することはない。自分の行動原理について反省することはない。

 それはコストが大きすぎる割にリターンの少ない行為からである。よって、人は自分コントロールすることを諦める。

 人は自分支配することができない。だからこそ、誰かが自分支配することを心の底では望んでいるのだ。水は流れる。人は支配される。そうして今日地球は回る。幸いなるかな、水は流れる

支配できないので支配される人々

 支配されるということは甘美なことで、大抵の人はそのことを悪徳(vice)であると思い込んでいるみたいだけど、実際のところ何かに支配されることによって安穏と振る舞っている人間は多い。

 人が誰かから支配を望む理由は色々あるのだけれど、煎じ詰めると一つの理由収束することになる。要は、自分自分支配できないから、誰かに支配して貰いたいのである。人は多くの場合自分自身を支配することができない。自分の行動原理を把握できず、その行動原理からまれるところの行動を把握できず、コントロールすることができない。人は自動人形のようにふらふらと手足と口を動かして、声帯を震わせて寝て起きて飯を食って排泄することを繰り返している。繰り返し、繰り返し、繰り返し。

 自分支配するということは極めて難しい。まず、自己支配を目指すためには、自己支配するところの原理を把握し、その原理の根っこを掴むところから始めなければならない。つまり自分の行動原理根底を自ら認め、把握し、その支配権を無意識ではなく有意識へと移し替える必要があるのである

 無論心臓の鼓動とかの不随意運動支配することはできないとしても、自分がどういう原理によって行動しているのか、何を求めているのか、そういう事柄理解し、その認識の背後に回り、メタ視点から認識や行動をある程度コントロールすることは決して人智を超えた行為などではない。単に、幾らか理性的行為範疇に過ぎない。それでも、多くの人々にとってその行為は極めて困難であると言わざるを得ないのが現状である

 例えば、誰かが誰かを悪者にしているとする。ここに悪い人がいます、と誰かが言っているとする。

 そのような際に、人々の取れる行動は大きく分ければ三つである。つまり肯定すること、否定すること、無視することの三つである

「確かにこいつは悪人ですね」という態度を取るか、「いやいやこの人は悪人ではないでしょう」という態度を取るか、「知らんし」という態度を取るかの三つの内のどれかを選ぶのが、多くの人間である。で、最近はこの中で肯定立場安易に選び取る人間が多いように思う。まあ、実際この世の中には救いようのない悪人がいるし、仮にそういう人間が居たとして、その悪事が明るみなった時に、多くの糾弾を向けることはそこまで間違ったことではないのだけれど。

 ただ、やはり人が自分の行動原理を把握しておくことは必要なのだと思う。つまり、この場合には、「何故自分は『悪人がいるよ!』という意見に対して肯定立場を取ったのだろう?」という思考をする必要があるということである。「何で自分悪人存在糾弾する側に回ったのだろう?」と考えることが必要なのである。色々と理由はあると思う。「自分正義を愛するから」「自分は悪をやっつけることで世界を良くしたいから」「単に誰かをやっつけたいから」「暇だから」「刺激を求めているから」「何を喋っていいのか分からないので、とにかく誰かを糾弾するという形式を借りて、何でもいいか自分についての情報を発信したいから」色々な原理が思い浮かぶことと思う。このように色々な原理候補が浮かんだとすれば、次にその真贋の区別を行う必要もまたある。「自分正義を愛するからウソつけ。「自分は悪をやっつけることで世界を良くしたいから」ウソつけ。「単に誰かをやっつけたいから」あり得る。「暇だから事実だ。「刺激を求めているから」どうだろう。「何を喋っていいのか分からないので、とにかく誰かを糾弾するという形式を借りて、何でもいいか自分についての情報を発信したいから」あるいはそうなのかもしれない。

 と、こんな具合に色々自分の行動の理由仮定し精査するという行為が、自分の行動を律する前段階として必要になる。でも、はっきり言ってこのような行為は面倒だし、そもそも自分の行動原理を把握し自分の行動を支配するというプロセスに、一体どのような利点が存在するのかと問われると、いかんせん答えに窮する。はっきり言えばそんな利点など無いし、むしろデメリットであれば明確に存在している。つまり思考リソース自己反省に割かれることによって、脳の処理能力総合的に減退するのである判断に遅れが生じ、瞬間的な即興的な判断能力が後退し、要するにどんくさくなる。しょうもないミスを繰り返したりするようになる。

 そんな具合に、人は自分を把握するのが困難である自分の行動原理を把握することが困難だし、把握することさえ困難なのだから、行動原理コントロールすることなど尚の事難しい。しかも、仮に行動原理コントロールできたところで、それは自分にとってメリットのある行為とは言えないかもしれないわけだ。そんなこんなで、人は自分を把握することを諦め、自分コントロールすることもまた諦める。別に、諦めたところで損があるわけでもないのだ。というか、むしろ明らかに得なのである


 というわけで、人はナチュラル自分支配することを諦める。人は、自分支配せずに、自分を把握せずに、自分理解せずに、時に何かを貶し、冒涜し、何かを貶める。そして、何かを壊す。自分のやっている行為について反省することはない。自分の行動原理について反省することはない。

 それはコストが大きすぎる割にリターンの少ない行為からである。よって、人は自分コントロールすることを諦める。

 人は自分支配することができない。だからこそ、誰かが自分支配することを心の底では望んでいるのだ。水は流れる。人は支配される。そうして今日地球は回る。幸いなるかな、水は流れる

2019-08-31

かわいそうと思われたくない論

パラリンピックの「障害者でもがんばれば健常者並になれる」というお涙頂戴の筋書きが気に食わない。ハイテク義足で健常者の世界記録をなぎ倒して行くのが見たい。みたいなツイットを1か月前くらいに見かけた。

あと増田で2週間前くらいに「なんで障害者をかわいそうと思ってはいけないのですか?と大学講義質問が出たら静まり返った」ってのも見かけたんけども。

かわいそうと思われるのってそんなにイヤか?

ていうか、かわいそうと思われるおかげで補助金もらえてハンディキャップを穴埋めして健常者並に近付くことができる(合理的配慮)のであって、かわいそうと思われたほうがオトクじゃね?って思うんだが、違うのかな。

ハンディキャップがあるにも関わらず、見た目が健常者なのでかわいそうと思われないせいで穴埋めされることなく、しかも見た目のまま健常者並を求められてキツい思いをする軽度精神疾患系の障害者とか、内科系持病持ちとかなんかも、たぶんそう思うんじゃないのかなぁ。

自覚症状のない精神疾患だと「病気を疑って医者に行く」という動機付けにもならなかったりもして、治療改善されないままになり、ますます孤立する。社会的地位が高くて普段生活で注意や進言を受ける機会が無い人間とかね。

と、発達障害者の端くれから、かわいそうランキング低みの見物をする増田であった。

障害は、客観的に短時間判断が付くものばかりではないですからね。

足が無い、腕が無い、というのは分かりやすいから、すぐにかわいそうと思われやすいんですよ。

警察ですら補聴器つけて自転車に乗ってる人を「イヤホン外せ」と捕まえて、説明すると逆ギレする事件が絶えないようですが。これ何年も前から問題になってるのに全く改善しないですね。全国の都道府県警どうなってるんだ?

視覚障害で杖を持っていても全盲けが視覚障害でなく、「部分的に見えないエリアがある」「部分的エリアしか見えない」とかマチマチだそうです。杖もってて全盲イメージするのに「見えてんじゃねーか」ってキレられたりするケースがあるようです。いや、知らんがな。

「かわいそうと思われない」ならマシなほうで、むしろ「私の気分を害したお前のキモさが悪だ」と毎日disられ指さされるのがデフォというか。不随意運動チック症とか、吃音統合失調症独り言)とかは。

そら当事者疲弊して、誰かとコミュニケーションしたくなくなるし、苦手になるし、下手になる。

吃音テーマにしたマンガがありましたね。

すでにかわいそうと思われていて十分に支援を受けている人はそれが維持されて行ってほしいと思うし、かわいそうの享受が足りてない人のために、目に見えないものを知り、想定の範囲が拡大されていってほしい。


たぶんアレだよね、マズロー欲求段階そのものをなぞっているのだと思う。

補助金が出たり支援者がいる程度のかわいそうランキングの高さがある身体障害者は、埋め合わせによって健常者並の暮らしに近付くことができる。なので生存欲求の次の段階「承認欲求」を求め始めて、それが欲求不満なのかと思う。

しかし受けられる支援が少ない障害者は、承認欲求よりも根源的な生存欲求安全欲求すら満たされていない人がボリュームゾーンなのではないか

そもそも欲求の段階が違うのではないだろうか。

から「かわいそうと思われたほうがオトク」と考えるんじゃないかな。

メンタルパラリンピックって無いんですかね。

欲求段階が違うからそれどころじゃないか

障害は見た目が9割」という話なのでは

2019-05-04

姪「(ビュッ!!)あっー、おじちゃんごめんなさい!」

ぼく「いいよいいよ、次から気をつけようね」

ぼく「(ビュルッ!!!)」※紙パックを強く握る

ぼく「あーあー、ごめんね、これは姪ちゃんジュースの飛散に驚いた結果生じた不随意運動から仕方ない、分かるよね?」

姪「(泣)」

紙パックはちゃんと角をもてよ、角を。小学生でも分かるぞ。

2018-07-14

おい、夏でもくしゃみは出るぞ!!!

くしゃみというのは気道に入った異物を強制排除する不随意運動である

したがって、季節に関係なく出る

俺は花粉症持ちだが、夏でもハウスダストなどに接すれば簡単くしゃみが出る

漫画ドラマでは、風邪兆候、あるいは水に落ちたなど寒い思いをしたとき表現として、人物くしゃみをするというのをよく見る

本当に寒さだけでくしゃみする奴なんておるのか?

冬期にくしゃみが出やすいのは寒気よりも乾燥ほこりっぽいせいじゃね?

これが粉塵の多い場面でくしゃみをするという表現ならば違和感はないのだが

2018-03-10

anond:20180310185556

そっか

かに気分が落ちるとすぐ死にたくなっているので飲んだほうがいいのかも

でも手先を使う少し繊細なことをしているか

不随意運動や手の震えが出たらその時点でもう死んだも同然なんだよなあ

いつもいつも怖くなる

2016-01-05

「マジイキ」の定義

「○○ニーでマジイキすると日常生活に戻れなくなるのでおすすめしない」といった内容の記事シリーズが、少し前に界隈を賑わせた。我々オナニスト協会としても斯様な知見が広く世に伝わることを悦ばしく思うが、先人の執筆者たちはやや書き急ぎ過ぎていた印象を受ける。つまりは『マジイキ』の定義論がなおざりにされたままだったのだ。そこで本稿では、我々オナニストにとってマジイキとはどういう状態であるのかを明確に定義しておきたい。

マジイキの要件

「マジイキした」と述べるためには、下記の3つの要件を満たさなければならない。

1.持続性

マジイキとは最低でもオーガズム絶頂期)が30秒以上持続する状態を指す。男性一般的射精時にオーガズムに達するが、射精のものの持続時間10秒にも満たず、射精後は不応期(俗にいう賢者モード)に移行してしまう。ゆえに上記要件がある以上、射精及び男性器の使用によってマジイキするのは不可能である

アナニーないしサイニー開発の背景には、オルガスムの持続時間向上の意図がある。またユメニ―では「夢見状態における体感時間」と「現実空間における体感時間」との差異を利用して、主観的により長くの快感持続を得ることを目的としており、これもマジイキ指向ひとつである解釈できる。

注釈アナニーでは肛門を用い、サイニーでは催眠音声を用いる。ユメニ―では明晰夢を応用する。この他に、乳首を用いたチクニ―、瞑想を用いたメイニーなどが存在する。また、はてな匿名ダイアリーなど文章を書くときの陶酔感のみをもって絶頂する手法増田ノニーと呼ぶ。

2.連続

マジイキでは、複数回絶頂体験を獲得することを目的とする。通常、男性であればオルガスム射精時の1回のみであるが、マジイキオナニー原則として射精を伴わないため複数回絶頂を得ることができる。

例えばアナニーにおいては、下部骨盤筋群の筋収縮を人工的に引き起こし、オルガスム時の不随意運動を擬似的再現することによって、何度でも絶頂することができる。サイニーにおいては催眠音声を用いて、大脳辺縁系のものコントロール化におき強制的絶頂を与える。催眠音声のなかでは「100回の絶え間ない絶頂体感させる」商品なども出回っており、マジイキニストの精神と肉体の限界が試される。

余談だが増田ノニーにおいては、ブクマひとつ獲得するごとに1回絶頂することができる。

3.快楽

そもそも論として、射精によって得られる快楽などたかが知れている。もしも射精が無上の快楽体験であるとするならば、男性麻薬中毒者やアルコール中毒者は存在し得ない道理で、世の中はもっと平和だったに違いない。すなわち射精によってマジイキするのは不可能であり、射精時の絶頂所詮ドラッグ以下のものである推定される。

社会を脅かす危険ドラッグ撲滅のためにも合法的なマジイキノウハウの普及が待たれるのであり、そしてマジイキ時に得られる快楽は確実に、射精時の10倍を上回るものであることを保証する。つまり、マジイキの真価は、快楽の持続性と連続性に加えて、快楽自体の大きさにある。

例えばアナニーにおいては女性オーガズム再現によって射精を上回る快楽性を手にし、サイニーにおいては催眠によって性感帯の感度を何十倍にも上げる。ユメニ―では「現実」という認識のリミッターを外すことで非常識的な次元を超えた快楽を手にすることができる。また、増田ノニーも言ってみれば「自己催眠」の延長線上にあり、人間本来持ち合わせている「承認欲求」と「自己陶酔感」を性的快楽に変換している。

まとめ

マジイキニストのなかには「まだ射精で消耗してるの?」などと自己優越感に浸って煽る者も存在するが、我々協会としては全人類は等しく(老若男女、人種門出を問わず)マジイキの権利を有していると信じているし、またこの権利は何人にも侵せない、不可侵神聖ものである

科学の発展したこんにちの世の中でも、野蛮な性犯罪が後を絶たず、心の底から嘆かわしく思う。もしも人類みんながマジイキの正しい手法を知り、自らを慰めることができるようになれば、このような性欲が他者攻撃へと転ずる卑劣悲惨事件は防げるのではないか。また薬物やアルコール、あるいはギャンブルへの依存も防げるのではないか。無論、それが理想論に過ぎないことを知っていても、私は「マジイキ」が世界平和にすることを願ってやまない。

参考

http://anond.hatelabo.jp/20151223021454

http://anond.hatelabo.jp/20151226132550

http://anond.hatelabo.jp/20151224204014

http://anond.hatelabo.jp/20151223201827

一連のマジイキシリーズ協会としては、正々堂々と「おすすめします」と言い切って欲しいものだ。

2015-05-16

渋谷の空に

映画好きの俺がはじめて出来た彼女初デートに選んだのは、やはり映画館だった。

初めてのデートでドキドキしながら映画館に入った。

上映開始して数分。

いきなり山場は訪れた。

突如便意が来たのだ。

普段便秘気味でうんこは週一なのに、よりによってなぜ今うんこ

さらにかなり柔らかめっぽい・・・

だがトイレには行ってはいけない。

なにしろ初デートだ。

うんこなんて行ったら嫌われる。

額に汗が流れる。

肛門を思いっきり閉める。

幸運にもうんこはすぐに奥に引っ込んだ。

安心して映画意識を戻す。

しかし、30分後再び山場が来る。

俺は両サイドの肘掛けに腕をかけ、鍛えあげた前腕で思い切り自分の体を床方向へ引きつける。

肘掛けがミシッっと言ったが便意は全く変化がない。

額には大量の汗。

脇も背中パンツびっしょりだ。

スネから汗がだーっと流れる。

自分のスネから汗が流れるのを感じたのは初めてだ。

ついに全身が痺れだした。

不随意運動により、耳やまゆげが自分意志とは反してピクピクし始めた。

心臓が痛い。

背中が痛い。

直腸にある便を少しでもS状結腸に寄せようとかなり体を左に傾けて鑑賞することになった。

映画の内容は全く頭に入ってこない。

面白いと思われる場面で彼女が笑っていても俺は全く笑うことは出来なかった。

ついに映画は終わった。

やっとだ、やっとトイレに行ける。

やっと刑期を終えた。

なんて嬉しんだ。

ショーシャンクの空にエンディングのように、俺は天を仰ぎたかった。

「いや、もうすぐだ、あと数歩だ。でも駄目だ油断しちゃダメだ。2時間待てたんだ。あと数歩なんて余裕だ。」

壁にもたれながらあと数歩という時、

ガキが持っていたポップコーンの甘い臭いが襲ってきた。

俺はその匂いに頭が一瞬おかしくなり、肛門の力が緩んだ。

「ブホシュ」

と、コーラメントスを入れた時のような音を立てて直腸から吹き出した。

また気合を入れ直しトイレまでこぎつけた。

便器に座る。

俺の体から世界中の全てのパワーが解き放たれたように思えた。

「うおおおおおおおおおおおおお。」

うんこってこんなに気持ちいいのか。

今までしたどんなオナニーよりも気持ちいい。

再び全身がしびれた。

呼吸が荒い。

意識が遠のく。

快感が収まらない。

髪の毛は真っ白になっていた。

真っ白になった俺からなんともきれいな茶色うんこがありえない量便器に溜まっている。

人が一回に出す量とは思えない量だ。

それから何分経ったのだろう。

デート中だったことも忘れてしまっていて、今度は違う意味で汗が流れた。

かろうじてうんこジーパンにまでは染みていなかった。

パンツゴミ箱に捨てトイレを出る。

俺はズル剥けを悔いた。

ジーパンに今度は亀頭が擦れて痛いのだ。

彼女がいない。

「先に帰るね」

と、彼女からスティーブ・ジョブズが考えた機械メッセージが残されていた。

渋谷の空を見上げた。

もう俺からは何も出なかった。

 
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