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はてなキーワード: ナードとは

2020-11-23

可変機獣 ガンナードラゴン

1:このカードリリースなしで通常召喚できる。2:このカードの2の方法で通常召喚たこカードの元々の攻撃力・守備力は半分になる。

レベルレジストウォール

このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。

1:自分フィールドモンスター戦闘または相手効果破壊された場合

そのモンスター1体を対象として発動できる。

レベルの合計がそのモンスターと同じになるように、

デッキからモンスター任意の数だけ選んで守備表示で特殊召喚する。

この効果特殊召喚したモンスター効果無効化される。

撤収命令

自分フィールド上に存在するモンスターを全て持ち主の手札に戻す。

2020-10-25

anond:20201025124130

そんな社会だとナードなんて一番下の階層に追いやられるけど増田大丈夫

2020-10-15

ヤンキーを更生させようとするアレ

https://www.tv-tokyo.co.jp/plus/business/entry/2020/022600.html

なんでこういうときって社会落ちこぼれヤンキーという縮図なのか理解できない。

しろ虐げられてきたナード層こそ救済すべき存在なんだが。

2020-10-05

anond:20201005134219

https://www.google.co.jp/amp/s/smart-flash.jp/sociopolitics/29565/amp

事件当時はネットでもweb系にこいこいとかWeb系がトレンドだと提灯記事ブログいっぱいあった情勢下だった背景がある上に

これをめちゃくちゃ擁護する増田いっぱいいて

俺は絶対web系にだけは行くまいと誓ったよ

そしてそれは正しかった

性欲猿の性犯罪者予備軍に学生時代チー牛ナード階級+IT業界なんて

イスラム過激派核ミサイルの発射スイッチ渡すようなもんだわ

女性をやたら誘致しようとしてる記事とか多いじゃん

絶対性犯罪目的SEO業者かに金渡してるベンチャー経営者かいっぱいいるんだろうなって思うよ

2020-09-01

anond:20200831162341

もともとオタク含めてサブカルってのは限定された内輪の空間で成立したもの

サブカルは白昼堂々と見せびらかすものではないし、それゆえに許される文脈も多い

それがメインストリーム文化商業文化と言ってもいい)に成り上がろうとするとめんどくさいことが多すぎる

2chだってtwitterだって本来サブカルに属するメディアなんだからサブカルメディア内でのゾーニング問題のような気がする

もしくは単なる縄張り争い

オタクが、男オタクが作ったサブカルメディアに後から入り込んできて(男オタクの専用物と言っているわけではないし、そもそもコンピュータナード二次元エロコンテンツオタは基本的に別ジャンル)、あたしが不快に感じるから出ていけって主張してるようにも見える

メインストリーム(例えば地上波テレビ)では「嫌なら見なけりゃいい」ってのは暴論だけど、サブカルでは「嫌なら見なけりゃいい」でいいと思うけどなあ

2020-08-11

anond:20200811130747

「(ジョックは)元気があっていい。まだ(ナードより)正常に近いんじゃないか

anond:20200811130618

こういう謎定義はだいたい

有害なやつ→ナード

無害なやつ→ジョック

って因果逆転した判定してる

2020-08-01

いじめ描写を見るいじめっ子

フィクションの大部分でいじめっ子は悪役側として描かれるじゃん

日本の学園漫画読んでるとかなり高い確率主人公とか友達いじめ受ける展開がある(たいていやり返すというか一泡ふかす流れになる)

ティーン系のハリウッド映画でもたいてい主人公ナード側で、ラグビー部みたいなやつに虐められてることがかなり多い(で、たいてい一泡ふかす)

でも実際世の中ってむしろいじめっ子側の人間のほうが多い気がするんだよな

ネットはいじめられっ子ばっか(俺も!)だけど、比率でいえばいじめられてる奴なんてクラスにひとりふたりくらいだったハズで、それに対していじめっ子の方は最低3人くらいは必要なハズ 絶対いじめっ子のほうが絶対数は多い

いじめっ子はたくさんいて、世にはいじめっ子をすげー悪く描いてる作品が大量にある

となると彼らもそういう作品を見ることになると思うんだけど、そのとき何を思うんだろうなあ

「あっこれやったやった!」くらいの軽さなのかな、と思うとちょっとウケる

2020-07-28

anond:20200728083713

実際に勝ち上がってるの体育会系みたいな、テンション高くてエネルギーに溢れてるみたいなやつばっかりだしな。

まぁ、趣味は競プロです!みたいなマジのギークなら別だけど、所詮ナードしかないオタクくんはそこまで成れないだろ。

2020-07-19

視点ラブコメ洋画見たい

ハッピーエンドで女がバカじゃなくて男がナードじゃなくて

NTRで脳を破壊してこない男視点ラブコメ洋画ってないの?

ラブコメ要素を見い出せる別ジャンルは無しな

2020-07-04

オタクらはレディ・プレイヤー1を見て辛くならないの?

オタク現実を見ろ。ゲームもいいけど現実で女でも作れ。大人になれ」のパターンだよな、これ

最後リアルで金と女を手に入れた明るく若くてゲームも上手い今時のギークたるパーシヴァル(とその他4人)こそが勝者。それ以外は何もつかめなかった負け組

ラストの「ゲームが遊べない曜日を作って現実を楽しもう!」ってさ、その現実が辛すぎてオアシスというゲームに全世界がのめり込んでるって世界観じゃん。そりゃパーシヴァルは成功して現実が楽しくなった側だからそう言えるのだろうけど、その他大勢はそうじゃない。強者権力でみんなの娯楽の時間を奪っただけじゃないの?ノーメディアデーとかゲームは1日1時間かいってる自治体と同レベルじゃん。

そもそもパーシヴァルはオアシス世界を救ったけど、現実社会IOI消滅しただけで格差は依然そのままだろうし荒廃した世界には問題が山積み。「現実に向き合え」と言われても、それが出来ない無力感からゲームにのめり込むんでるその他大勢強者理屈押し付けるなよ。

ゲーム画面を広告ベタベタにしてやろうぜってIOIそもそもゲームを遊ぶ権利を奪ったパーシヴァル。どっちが勝者でもあの世界で受け入れられたとは思えないんだが。

敵側にアイロックというキャラがいる。途中までゲーム強者として振る舞う強敵ポジションだったのに、爆弾のせいで10年分のやり込みデータが消える恐ろしさからビビって逃げ出すシーンで感情移入してしまった。「ゲーム以外」が無い人間にとって、自分の積み上げてきたデータが1回死ぬだけでロストするって怖いよな……

自分はパーシヴァルのようなトップにはなれない。めちゃめちゃ頑張ってアイロックか、あるいは最終決戦に参加していた「ゲームが好きな無名モブ」が限界

データが消えればただの人。トップ5にまで上り詰めれば現実の名声と金を得られるんだろうがそれも出来ない。

自分では上手いと思ってもe-sport大会ゲームランキングには必ず自分より圧倒的に上の存在が居る。上位3%には入れても1%より上の世界は届かない中途半端存在

現実ダメゲームダメ。じゃあ自分に何がに残るんだろうと考えてしまった。

アイロックはあの後どうなったのかなぁ。

  • ハリデーにもなれない

好きな女の子キスも出来ずに死んだ負け組ナード象徴として描かれているオアシス開発者のハリデーですら、物凄い才能で理想ゲームを作り上げ世界を巻き込み神とまで崇められるほどの偉業を成し遂げている。

1消費者しかない自分から見たら、ハリデーこそオタク側の成功者じゃねーかと思ってしまった。なんであんなに卑屈になるんだよもっと胸を張れよ。

そんなハリデーに「現実がうまくいかなかったかゲームに逃げた。でも現実しか食えないうまい飯があるからお前は俺のようにならずに頑張れ」って言われても全く響かない。

ところで「現実しか食えないうまい飯」ってリアル接触する女体のこと?ラストシーンを見て不意にそう思ってしまった。

  • 終わり

色々思う所はあったが娯楽映画としては面白かった。デロリアンと金田のバイクレースをしたり、「好きなゲームゴールデンアイでオッドショップのチョップ縛り」に笑ったり、ライトセーバーに影響を受けたビームサーベルを使うガンダムハリウッド映画メカゴジラ相手に奮闘する下りは胸が熱くなるし感慨深いものがあった。

しかし散々オタクが好きな要素を散りばめ引き寄せておいて最後に「リア充こそ正義」というオチを見せられ、布団の中でもやもやしながら最後には「コンプレックスを刺激されて辛い映画だったなぁ」という感想になってしまった。

よしんばパーシヴァルになりえる前途有望な若者なら純粋に楽しめるのかもしれないが、穿った見方しかできない老人には眩しすぎる。

パーシヴァルにもなれいしハリデーにもなれない。中途半端オタク側にいるせいでノーランのようにビジネスと割り切って社会的地位も築けない。

やっぱつれぇわ……

2020-07-02

anond:20200702234147

学年主任体育教師が神

理数系教員ナード扱い

英語教師担当生徒の受験成績の犬

校長はいつも寝てる

教頭は脂っこくて熱く語るけど何言ってんのかさっぱり分からん

全体的に先生はみんな機械ITオンチ

きみのとこもこんな感じ?

2020-06-18

anond:20200618183613

自分が書いたものが誰の目にも触れないことへの恐怖は?

悔しさはあるけど恐怖は別にないな。だって支部タグつけりゃそのジャンルの2・3人は絶対見た上でブクマくれるから、誰の目にも触れない状態にはならない。そこから2桁ブクマがつくかどうかが腕の見せ所で、界隈で俺の作品がバズったためしがないのは純粋に俺の力不足だよね。それは悔しがることであって恐れることじゃない。

自分が書いたものが他社の評価を経ない歪んだものであるかもしれないという恐怖は?

歪んでてなにか悪いの?

自分が本当は物を書いてはいけないのかもしれないという恐怖は?

ものを書いてはいけない人間なんているわけねえだろ。どんな人間もものを書いてよくて、違いはそれが上手いか下手かだけなんだよ。

自分同好の士との関係をうまく築けないかもしれないという恐怖は?

何十年キモいナードやってると思ってんだ。今更だよ、今更。どうせ周りも限界オタクばっかなんだからたいして気にしてねえよ。

これから同人始めようというニュービーに歪んだ同人誌像を刷り込むからやめろ

苦労するのはそいつらなんだぞ

お前の住んでいる子供部屋の押し入れから出すんじゃねえよ

歪んだ同人界隈像を押し付けている方々に言われましてもなぁというお気持ち

新入りに教えるべきことは、どんなに下手くそ作品でもいい、お前が今それを出すことが大事なんだ、ってことじゃないの?

2020-06-15

anond:20200615174413

別に暴徒じゃなくてもギャング気取った黒人十中八九犯罪に関与してるし

お前みたいなナードなんて逆に黒人差別されまくって泣いてるぞ

嘘だと思うなら黒人比率高い学校子供入れてみ

一週間以内に不登校になるからw

2020-06-06

ジャンプ(的作品)の王道鬼滅の刃について

思いついたことを書くだけ。

旧来のジャンプ少年漫画王道文法と呼ばれる要素の一つに、社会性のない獣のような主人公が成長して(ある程度は)人間的になっていくというものがある。ドラゴンボールスラムダンクキングダムとかチェンソーマンとか色々。約ネバもかな?

成長前の主人公がそういう風に書かれるのは、少なくとも文法成立の初期の頃は、子ども(クソガキ)のふるまいを誇張して描いていたからだと思う。

元はそういう子ども向けのコンテンツで、読者は主人公のふるまいや考え方に感情移入していた。

具体的な対象者は、まずは小学校低学年くらいの階級構造あやふやな時期の子ども全体。彼らの世界は上も下も決まってなくて、全員がわがままで、ボスザルになれる可能性を秘めている。

次に、小学校高学年くらいの、ボスザルに憧れることができるレベルの、ガキ大将文化圏強者群。ここでナードや賢しらぶった子ども(=ガキ大将文化圏における弱者)はふるい落とされる。

中学校以降となると階層構造はどんどん細分化されていって、真の意味感情移入できる人間はごく一部である

その頃には二次性徴とか諸々により価値基準が変わってきて、ガキ大将主人公感情移入できてる奴の方がやばいわけだが、それはここでは置いとく。

中学生以降になっても(むしろなったからこそ)そういうガキ大将主人公漫画を楽しめるのは、他人事フィクションとして楽しめるようになるからである。だから女子中学生ジャンプを楽しめるわけだ。

感情移入はいかないまでも、まぁ話は面白いしいいか、ってなものである

ところで、鬼滅関連の記事Twitter投稿か何かで見たのだが、今の小学生ジャンプを読まないそうである。何を読んでいるのかというと、コロコロとかだそうだ。ジャンプ中学生のお兄さんやお姉さんが読む雑誌らしい。

個々の能力にもよるだろうが、小学生くらいだと感情移入できないと物語を楽しめない子が多いだろう。(感情移入ほとんど無くとも物語を楽しめる小学生は、漫画雑誌など読まなくても他のフィクションを楽しめるのだ)

まり、今の小学生ジャンプ主人公感情移入できないのである

ジャンプ王道(やエロ)を楽しくありがたく読んでいるのは、中学生中年のお兄さんやおっさんなのであるしかし、彼らも感情移入して読んでいるわけではない。(そういう人間いるかもしれないが・・・

ちなみに、ナードと賢しらぶったガキと女の子、お姉さん、おばさんは、名探偵コナンを読んだ。基本は頭脳であるコナンアンチガキ大将な者たち(今やそちらの方が多数派である)を取り込んで覇権を取れたのだ。

また同時に、お姉さんやおばさん、爽やかな男子諸君スポーツをやる作品を好んだ。乱暴ではないが、パワーが正義であり、勝ち負け目標がはっきりさせやすい。そういえばコナンボールを蹴ることがある。

不幸なのはスポーツものが今どきのほとんどの人間にとってファンタジーであることだ。とりあえず野球やろうぜってな時代ではないので、真っ当なターゲット食指を伸ばさず、結果としてスポーツもの非公認ソフトBLとして扱われることになった。

ここで鬼滅である

炭治郎(主人公)は作中で関わった人物のほぼ全員から愛され慕われている。

主人公普通に頑張っていたらみんなにモテモテ、などというとまるでなろう小説のようだが、炭治郎は精神性も行動も実に真っ当であり、納得感があるのだ。

炭治郎は無知田舎者だが(そこが"王道でありながら"と言われる所以かもしれない)普通社会性はあって、道徳面では模範的とすら言える。人として備えているべき慈愛に満ち、努力家で、真面目ながら寛容。

彼は人間としてシンプルに魅力的で、そばにいてほしいタイプなのである

不思議なことに、フィクション特に少年漫画)において最初から人間として魅力的な主人公というのは中々いない。なぜか。

主人公はどこかしらに問題を抱えていて(社会常識がないとか非モテであるとか)、それを解消していくことが成長であると、文法によって決められたからだ。漫画ではなくとも、物語というのはそういうものである

良い映画主題は「自分は何者なのか」という問いかけに収束すると何かで読んだ。これは人々が普遍的に感じている(感情移入できる)哲学的命題であって、映画の中では様々なドラマを経て主人公なりに「自分は何者なのか」という答えを見いだす。

それに依ると、鬼滅にこの主題はほぼ存在しない。主人公の家に伝わる教えによる未知の能力というフックは途中に入るものの、その話題は全く重視されていない。

炭治郎は、そんな大げさな悩みを持ったりしない。「俺はこんなものだ」と割り切って「自分にできることを真面目にやろう」なんて考えている。目的は常に「妹を人間に戻すこと」という、哲学的でも何でも無い現実的な物でしかない。

インターネットの影響は大きい。宣伝だとかバズだとかの話ではなく、インターネットが人々に与えた影響だ。

今やネットによって全世界基準自分順位のようなもの何となく分かってしまうようになった。自分より強い奴は山ほどいて、社会に向かって怨嗟の声を垂れ流している情けない大人もいっぱいいる。

自分は何者なのか」が主題として機能しなくなってしまった。「俺はこんなものだ」と思わざるを得ない社会なのだ

の子ども達にとって、どうあがいても未来は暗いのだ。それがもう嫌と言うほど目に見える今の世界で、獣が人間になり大望を成し遂げるというフィクションファンタジーに過ぎるのである

一方で、目標に向かって自分ができるだけのことを精一杯やっている炭治郎の愚直さは真似できそうである。そして、作中ではその姿がひねくれた大人(柱)たちを無言のうちに説き伏せ、主人公応援する側にシフトチェンジさせる。

今の時代大人子どももみんな人間関係に疲れている。努力が報われ、ついでに周辺環境を居心地良く改善していく姿は誰にとっても魅力的に映るだろう。

慈愛に満ち、努力家で、真面目で、他者に寛容な人間というのは、既存作品では大体理不尽な目にあってきた。

それがモブであれば理不尽死ぬ役だし、ネームドであればトラウマを負って冷笑系とか陰のあるタイプになった。それらの作品主人公わがままであり、理不尽に負けない強い者であって、慈愛や寛容は弱さであった。

炭治郎は、物語最初最初理不尽な目にあって復讐を誓うわけだが、それでも慈愛と寛容、真面目さを失うことはなかった。むしろ、それしか持っていないと自分で言っている。

炭治郎の師匠たる鱗滝さんは、初見の炭治郎のことを評して「こいつは優しすぎてジャンプ主人公にはなれない」というようなことを言っている。(曲解ではないと思う)

その鱗滝さんの薫陶を受けた最も優秀な弟子であるところの錆兎は、炭治郎とは真逆で非常にマッチョジャンプ主人公思考である。「男なら死ぬ気でやれ!優しさな不要!」みたいな感じのことを言いながら急に殴りかかってくる。

炭治郎はその錆兎に努力の上で勝利して修行編は終わり、かくして時代に即した新タイプ主人公が生まれたのである

彼は修行の後の最初の試練で打ち潮(修行によって身につけた特殊な技)を繰り出し、「俺にもできた。修行無駄じゃなかった」と涙する。いい話である

アニメ派の人にはネタバレになって申し訳ないのだが、錆兎が死んだ理由他者を生かすためであった。古い主人公時空に生きる錆兎は、慈愛と優しさを持っていたが故に理不尽な死を遂げたネームキャラだったのである

鬼滅が女性人気を得たのもむべなるかな。

自分の子どもでも彼氏でも旦那でも父親でも、乱暴で直情的な猿よりも真面目で優しい男の方がいい。(比較である個人趣味は置いておく)

男は猿だった時代を楽しむこともできるわけだが(何なら郷愁を感じもする)、ほとんどの女の子は猿に迷惑をかけられたこしかないだろう。なお、一応言っておくとワイルド系とかオラオラ系と猿は違う存在である

旧来の主人公的な存在といえば、伊之助はまさにソレである。どうやって感情移入するんだと思うかもしれないが、たぶん昔の子どもは彼に感情移入できていたのだ。

実際、伊之助はサブキャラとして一つの人気を確立している。普遍的人間的成長のカタルシスを端々で見せるからであるほわほわ

ただし、伊之助には旧主人公的でないところもある。それは顔が良いことである

伊之助は全く以て迷惑嫌われ者の要素しかないキャラなのだが、顔の良さがギャップになるのか、女性人気が結構高い。実際、アニメの実況では14話で顔が出た瞬間に手のひらを返して興味を持ち始めた人を結構見かけた。

顔がいいだけの生意気なガキが、成長して徐々に素直になっていくのである。そりゃ人気もでる。

一方で、旧来の猿型主人公というのは特段美少年だったりはしない。たぶん、見た目は本質的な魅力ではないという思想があるんだろう。男はロマンチストなのである

炭治郎は今のネット時代に即して「自己を保ち、できることから愚直に始めなさい」と示した。そうすれば、今の自分なりに良いところまでいけるはずだし、周辺環境をよくできる(かもしれない)というわけだ。

元々時代に即しておらずいびつだった"王道"にメスを入れて見事解体して見せた鬼滅であるが、果たして続く作品は出てくるだろうか。

視野が広くなったが故に個人レベルではむしろ可能性が閉塞されたネット時代である。この時代に生きる子ども達に未来への希望を与える作品が現れれば良いと思う。

2020-05-30

何でプログラミング力で人生一発逆転なんて妄想2020年にもなって未だにまかり通ってるの?

GAFAの、世界中ITエンジニアの0.1%みたいな上澄みのプログラマーって、あれもうプログラマーでもなんでもねえじゃん

全員情報工学博士号持ちの、スーパーウルトラエリート便宜上プログラマーって名目で雇われてるだけで、職域は蜀の諸葛亮並に広いじゃん

てかそもそも増田が独学でプログラミングとか程度でフリーランスで2000万アメリカではーっていうけど、そんなんアメリカでも上記のそれくらいのレベルの奴らくらいで

カレッジ出の人間引きこもりナードとか、アメリカでさえ大体3万ドルから4万ドル任意保険付きで働いてるっていうのが99%ほとんどって現実は、脳が認識拒否したように誰も取り上げないよね

大体、たかプログラミングうまい程度でそんな稼げるんなら、日本エリート若者全員プログラマーになってて大学情報工学いってるけど、現実は誰もこないじゃん

なのにネットやここでは、(専門の高等教育を受けたわけでもない独学レベルで)プログラミングITスキルされあれば、男はおっぱいデカくて美人レースクイーンとかやってる女子高生くらいのグラビアアイドルに惚れられて、女はグーニーズのアレとかプレデターみたいな顔した人外レベルブサイクでも、刀剣乱舞FGO並のイケメンに惚れられてお姫様扱いで、酒池肉林の宴を毎晩繰り広げ、高層マンションに住み社会マウント取りまくれるみたいな勢いの嘘がまかり通ってるのが不思議しょうがないんだわ

なんなの、この現実ネット上の乖離ITだけだよこんなに突出してんの

2020-05-21

[] #85-8「幻の10話」

≪ 前

絵の部分においても徹底された。

キャラクターデザインは線を少なくし、左右対称が基本。

背景を減らすため、キャラクターのアップを増やして誤魔化した。

作画ミスが起きそうな箇所は、作監兼任するシューゴさん自ら担当する。

動画においても“演出”で誤魔化した。

移動シーンは上半身のみ、キャラが動かない場合は画面や背景を動かす。

普段から多用されている技術はもちろんのこと、その他にも様々な演出を駆使した。

「このシーン、かなり独特ですね」

「継ぎ接ぎなんだけど、あえてそうしているようにも見える」

「昔のインディーズ映画では、低コストで印象的なシーンを作るために、こういった手法が多用されたんだよ。『ヌードルハンバーグ』くらい知ってるだろ?」

「ええ、知ってますよ。美味しそうなタイトルから覚えてます

「……『ヌードルハンバーグ』は映画タイトルじゃねーよ」

動きのあるシーンはジャンプカットでそれっぽく。

口パク差分すら惜しい時はボイスオーバーで進行する。

多彩な演出を用いることで、手を抜いていると思われないようにした。

毎日みそ汁を作るために、鰹節を削ったり煮干から出汁を取るのは大変だ。

忙しい時は出汁はパックでもいいし、なんならインスタントだってある。

フリーズドライなら、お湯と食器があればいい。

現代技術なら、それでも食卓は彩られる。

それは不躾に言えば“手抜き”かもしれないが“不味くない手抜き”といえよう。

「『あいつは俺がこらしめてやる! 溜飲を下げさせてもらうぞ!』」

声優デビューしたての新人で固めた。

自分たちで声を当てるって発想もあったが、それはさすがにしなかった。

曰く、「作画声優は、アニメの最終防衛ライン」なんだとか。

“漫然と観ているピーポーナードでも、そこにはすぐ気づく”というのがシューゴさんの弁だった。

逆に言えば、そこさえ持ちこたえれば「少なくとも見れる作品」にはなるってことらしい。

「一人くらいベテランいれたほうがよくないですか?」

ベテランの演技は特筆しているから、周りが新人だらけだと逆に浮くんだよ」

実のところは「声優事務所が売り出したい新人をセット販売していたから」というのが理由だった。

セット販売というものは得てして売り手の都合に過ぎないが、それはそれとして需要はあるものだ。

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