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はてなキーワード: ごっこ遊びとは

2017-03-18

ダテコーが不憫で仕方ないか擁護させて。

ダテコーの事をよく知らない人や見下したい人ばかり寄ってたかってると感じる。

 

ダテコーは、ネトゲでいう、「ちょっとLVも装備も足りてないけど変わった攻略法を試したいから付き合ってくれる人募集!」ってシャウトしてるPTリーダーみたいな人だと思う。ネットで叩いてる人は、その「ゆるい募集」を見ずに入ってきて、自分では絶対にPTを立てないけれど、入ったらリーダーの指揮とかメンバーの振る舞いの至らなさに悪態をつく、他人への要求が高すぎる人と被って見える。ダテコーがやっていることは、メジャーで洗練されたビジネスライクな効率PTとは違う性質のもの。仮にてさぐれ部活もの以上の大ヒットを当てたとしても、ひねくれ者のダテコーは大手制作会社のような作品は作らない気がする。自分の信じる「ゆるさ」や「面白さ」を表現するために、永遠にチープでマイナーもの、悪く言うとキャストスタッフ視聴者好意に甘えた、アットホーム感のある作風にこだわりそうだと私は感じる。そして、そういうスケールアップをあえてしない道は、茨の道だけれどもアリだと思っている。

 

ダテコーはバウンスィという制作会社経営してるけど、アニメ業界の人はほぼいない。カネがなく(資本金350万だよ)、テレビ業界とコネがあり、メンバー構成作家演出家音響技術者くらいの10人少々。アマチュアレベルのMMDに手を加えた3Dモデルを動かす人形劇アニメにもかかわらず、大手アニメと肩をならべて放送枠をとっている零細ベンチャーみたいなもの。だから大手制作会社と同様の条件でやろうというのは無理ながらも、キャストを含め作風共感してくれるスタッフ好意と熱意に支えられて、もがいているチャレンジャーという立ち位置しかも彼はツイートしてるように、キャスト約束した給料は不払いせずきちんと払ってるし(あくま大手制作会社とくらべて安いから申し訳なく思ってるって事だろう)、自身会社設立以来1年間無報酬でやっていて、貯金もほぼないそうだ。局で作家をしていたころは一般サラリーマンの3倍ほど貰っていたらしいが、テレビ局構成作家は3000万稼いで一人前という世界から身を引いた方なので、ベンツを乗り回してみたいなネットの噂で僻んでも仕方がない。ともかく、稼いでいるのに金払いをケチる悪い人間、という風評は悪意的だと思う。

 

彼を追ってきた人なら分かると思うけれど、実際はクソ真面目で、言われてるような声優アドリブ芸や内輪ネタに頼りすぎた作風を良しとせず、脚本音響などスタッフ達がきちんと仕上げて編集する作品作りにこだわっている人。だからこそ、現場がそういうディレクションを軽視して「やっぱ声優さんすげーわ任せるわ」ってなるたびに怒って監督をやめている。職分を超えて、声優負担を増えさせる不健全な状況には敏感な人だ。実際BDのノーカット版などをみた人ならば、編集はじめクリエーターたちのすごさが伝わっていると思うし、最終回の作り方などには、彼の美学を感じさせられる。

 

あのツイッター発言についても、本意と違う悪意的な捉え方ばかりされていると思う。本意としては、自虐的ながらも、「ウチは普通のとこと違うし当然売れないもんだから普通ビジネス感覚でやってくる人とはお互い良くない、俺たちはファミリーが欲しかったんだけど残念だ」くらいのことだと思う。私は別に条件が合わなかった相手disる意図はないと感じたし、その条件が合わなかった人のことを指して「技量がない」と言っているようには思えなかった。このへんはネット西野さんが炎上してた時にも私は思ったんだけど、みんな悪意的に捉えすぎている。「ダセー」だとか「お金の奴隷」は西野さん自身に向けられた言葉だし、自分がお金にこだわって可能性を閉ざすやり方を一部改めたからといって、お金(対価)を大切にする普通の人たちを貶す意図は感じなかった。むしろ西野さんにも石舘さんにも、普通人達に対して理解を示す言葉があった。それすらも乗り越えて、それを用意周到な言い訳とみなし、煽られたように捉えてしまいカチンとくる自意識過剰な人が多すぎるように思う。自分の労働ぶりを自虐的に捉えている人がそれだけ多いのかもしれない。

 

ともかく叩いてる人らは彼を典型的アニメ業界監督だと思って、「こういう奴がいるか業界は…」と感じているようだけれど、ここまで語ってきた文脈を捉えてもらえれば、ピントがずれていることが分かると思う。業界の薄給問題でほんとに叩くべきなのは大手制作会社で、彼のようにテレビ業界とのコネとアイデアで飛び込んだベンチャー社長みたいな人を叩いてたら、余計に業界健全化しないと思う。カネはないけどツテとキャストスタッフ好意に上手に甘えつつ、アニメ業界に切り込んで新しいカタチを提案していく、そういう立ち振舞は資本力のある大手には許されないけど、ベンチャーとしては参入が許容されてしかるべきだ。そういう遊びを許容しないと、市場新しい風は生まれない。もちろん、労働法範囲内でだけど。そこは実際にはおそらく問題ないのに、彼が自虐的な言い方をしすぎるせいで、問題のある労働が行われていると勘違いさせている。新しい風と言ったけど、低予算のMMDアニメだとか、リアルタイム3D人形劇先鞭をつけたのはダテコーだし、実際人を選ぶけどファンはついてるわけだよ。キャストだって、弱小ゆえの至らなさやダサさをネタにして監督をイジる事は多々あれど、ツンデレというか作品監督も基本愛しているように思う。そういう文脈を捉えてない人や、一般企業で安くこき使われてる人たちの怒りが、ダテコーというアニメ業界を代弁できないイレギュラー存在に矛先を向けてしまった。本来アニメ業界大企業のおエライさん方に向けるべき正論を、辺境の霧の中にぶちこんで無駄にしている感じがする。ダテコーの言うことは、クリエイティブの、しか不安定ベンチャー分野で通用する、熱意の方向性に関する局所的な話なのに、クリエイティブ業に携わることも、ベンチャージョインする人脈や熱量とも無縁な性質の勤め人たちから、「一般常識」で殴られている感じが、見ていて本当につらい。

 

堀江貴文さんなどもそうだけれど、内面がクソ真面目すぎるせいで強い思想をもち、世間から見ると変わったことをやっていて、世の「普通」に一切媚びない人種の方々は、無頓着からすぐに炎上してしまう。何に無頓着かって、自身のやってきた文脈を一切とらえずに一般論に基づく感情で殴りかかってくる人たちに「誤解」されないための言葉選びや長ったらしい自己説明をまったくしない辺り。そういう異能たちが、出る杭だと叩かれてノーマライズされる方向に圧力が掛かるのは悲しいことだ。

 

それはさておき、私はダテコーのような新興の弱い買い手が、背伸びをせず等身大報酬しか出せないけども、その弱さを隠蔽せず、詐称せず、そして契約強要せずにいる姿勢はとても誠実だし、ホワイトだと思う。「ウチは小さいから相場ほど報酬あげられないけど本当にいいの?考え方に賛同してくれるとかじゃないとやってけないよ?」と正直に言った結果、断られ続ける。それは愚痴りたくもなるけど、むしろ倫理的には賞賛されるものだと思う。取引は双方の合意があって成立する。そのことを売り手(被雇用者)に常に自覚させ、選択権を与え、冷静に賢い判断をしてもらうことは重要なこと。売り手側が考えるまでもなく、お利口な買い条件しか提示しない、良い所しか見せない企業ばかりだと、判断能力が育たなくて恐ろしいし、画一的いびつ、非現実的だと思う。経済的に未熟な企業から成熟した企業まで、さまざまあっていい。経済的に未熟な企業はどうしても無い袖は振れない、これを理解せずに「相場を払えないなら経営するな」という人ばかりだと、誰もPTリーダーをやらなくなる、もとい起業しなくなる。もう少し、柔軟性があってもいいはずなんだ。「ボッタクリでも時と場合によっては買うぜ」って人が稀にいるのと同様、「多少安売りしてでもこの会社この人とならコラボレートしたい」という希少な人の存在を、「賃金」のポリコレ棒で生まれる前に消滅させてしまってはいけないと思う。最低賃金だとかダンピング防止みたいな例外はあるものの、基本的には、どんな値段をつけるのも自由であるべきで、そっちの基本部分の方を甘く見ている人が多いように感じる。ボッタクリにも理由があり、存在価値がある。だから絶対悪ではない。自分が買い手の場合にそういう考え方ができるのなら、自分が売り手(被雇用)側になったときに同じ考え方ができていいはずだ。自由状態でこそ市場は成長するし、人間としても取引に多くを学び、成長していくんだと思う。市場の失敗が起こるとしたら、大体は倫理にもとる行い、ズルをしている場合。産地を偽ってボッタクリ価格正当化している、とかね。そういう訳でもなければ、一方的にすべての企業に「十分な(平均並の)支払い」を求めるのは、経済理解に暗いがゆえに計画経済的な発想になっている人なのかなと思わせる。イラストレーターの買い叩きとかクラウドワークス的なのが批判される時、企業もっと払えと言う人がその無理筋ぶりに無自覚なのと同じで。

 

話を戻すと、彼を叩いている人たちは、経済的に未熟な企業を許さないんではなくて、ダテコー側が倫理的に未熟な企業だと思いこんで叩いているようだ。もちろん倫理的に未熟な企業ということなら、市場の失敗をもたらすから零細でも大企業でも許容されるものではない。ただ、その判断をするのはネット野次馬ではなく、労基署とか公的機関だけれどね。今回のダテコーの件の場合、ダテコーの側は経済的には未熟な企業だけども、倫理的には叩かれるほどの問題はないと思う。若い零細クリエティ企業としてはむしろ身分相応で卑屈すぎるくらいで。これがワタミのような余裕のある大企業で、そのくせ相手判断させる余裕も与えず洗脳に近いことをして雇用するのだったら大問題となって然りだけれど。

 

あと、叩いている人たちに感じた疑問がもう一つあって。そもそも、一企業が、従業員を養う責任を負うのが当たり前のように思われているけど、重すぎると思う。そういう考え方をしていると、日本の労働環境はいつまでたっても全体的にブラックなままだと思う。企業はおのおのの身の丈にあった、妥当な配分を労働者に与えればいい。それで足りない場合、国が負担する。それはナントカ手当だったり、ベーシックインカムだったりしてもいいけど。そういう考えが前提になってほしい。経営者だって人間だし、完璧ではないし不安定存在だ。会社が小さいうちは、自分の人生ですら支えられるか分からない。経営者若い事が多いし。だからもっと柔軟に、雇用区分だとか時間を変えてワークシェアを進め、流動性を高めて、一企業人生を預けるようなとんでもない常識を変えていかないといけないと思う。労働フォールトトレランス分散型に。

 

他人に求めすぎる悪態ネトゲプレイヤーがPTにありつけなくなる問題の解決策は、PTリーダーに対する期待値を下げること、あるいは気楽にPTを立てれる空気をつくることだ。そういう考え方が出来る人が少しでも増えて欲しいと思う。人生はしょせん、すべてがごっこ遊びで、全ての人がなんらかのロールを演じているにすぎない。お仕事も、特に日本人お仕事は、お仕事ごっこだ。そんなに崇高に考えて、他人に崇高さを求めてもどだい無理なんだ。もちろん、実際に崇高度が高くて「強い」企業の横暴には敏感になって良いけれど、相手の顔が見えないネットからこそ、相手ももしかしたら弱い人間なのかも、と想像することはとても大事なことだと思う。慈しみを。神のご加護を。

 

もし、これが増田から本人乙とか関係者乙と穿った見方をする人がいたとしたら不本意なので、一応自己紹介すると、私は中部地方に住む32歳職歴なしのニート(家事手伝い)です。

http://anond.hatelabo.jp/20170317155716

はてなには実際にロリィタをやっていた人間は少ないだろうから、何か書いてみます

自分が一番ロリ服着ていたのは2000年頃〜、今は着てないけどまぁまぁ監視してる感じの30代。

今も残っている初期の写真は服も顔も見るも無残だったけどなんやかんやで雑誌に載ったこともある、そんな増田です。



元増田さんは中学生の時から今まで、ネット上でよくある完璧もの以外許さない系書き込みを真に受けすぎかぁ



確かに、太って化粧もまともにできてないような人間ロリィタ姿を晒すのは、ただえさえ肩身の狭いのにイメージを落とすからやめろ

というような声はずっとありますが、それって努力痕跡もないような人を指しているのであって、

まともなコーディネートで清潔感適当な化粧と髪型があれば非難されるほど否定されることは無いです。

ロリィタ着てなくてももちょっと考えた方がいいんじゃないですかね…という感じの方が、割といらっしゃるので

そのような方を指すことがほとんどです。



約束だってごっこ遊び延長戦で「この方がロリィタっぽくね?なんかかわいいから言っておこう」みたいなロリィタネタも沢山あるし

オバロリにしたって非難するときに使うというよりは、自虐ネタ寄りだったりする。

若いロリータの方が人口多く見えるとしたら、それは成人はネットで年を隠すからです。

(今一番の問題は年齢と考えてるんだろうけど25歳はメーカーアイテムちゃんと選べば本当に大丈夫。全く大丈夫

そう言った本音というか、日常側の感覚って実際に人と触れ合わないとなかなかわからなくて、

ネットで調べれば調べるほど、彼女たちがネットで演じてる「かわいいロリィタごっこ」が全てに見えてきてしまうように思います



雑誌ネットで目立っているような上のロリィタには成れないかもしれませんが、

中の下レベルあればロリィタのお友達を作って仲良くなるのには問題はないです。




あと元増田さんは他のロリィタさんからの目を気にされているようですが、ロリィタ自体嫌いな人は一般人は多いので

どんなに可愛い子でも、街を歩けば「ブサイク」「きもい」などと言われますので、気にしてはいけません。

基本的に好奇の目で見られるような行為です。そこにロリィタとして可愛いか可愛くないか若いか若くないか関係ないです。




元増田さんはメルカリ中古を買おうとしたと書いていますが、もし買ってみるという一歩が踏み出せるのなら

絶対にお店に行って試着して全身コーデしてもらって買ってください。

たとえ、家で着てみるだけで外に着て行く気が無くても、です。

衣装じゃ無くて洋服ですから、ちゃんと合うものを着ないと当たり前ですが似合わないし可愛くないです。

似合わない服を買ってロリィタが似合わないと判断するのは間違いでしょう。

普段着ロリィタ服を買いに来る人は全然珍しくないですし、予約制のショップもあるので

元増田さんのことはお客としか見てない店員さんに、誠実に服を選んでもらうことができます

できれば10万くらい用意して、アンダーから靴まで完璧に選んでもらえれば、失望しないで10年の思いに応えれる姿になれるんじゃないでしょうか。

「私かわいいいい!」じゃなくて「以外と普通だな」って思えたなら、それはちゃんと着こなせてるってことです。

(安物代用品は着慣れてて解ってる人じゃないと危険




ロリィタ服は金を出せば買える、楽しくて可愛くてバカみたいでおかしな目で見られる服です。

思い詰めるほど崇高でも特別でもないです。



元増田さんはロリィタ以外にも色々押し殺してしまってそうだから、ぜひとも一歩踏み出して欲しいです。

2017-02-01

正当化されるいじめ

いじめがなくならないのは、「こいつなら嫌がらせしてもいい、

こいつへの嫌がらせは正当だからいじめではない」という意識が原因だと思う




小学生の時おなじ学年にいた女子生徒A


彼女は1年生の時からごっこ遊び」とかすると絶対自分お姫様、他の人は家来とか勝手に決めるタイプだった


よって、Aへの仲間はずれ行為正当化された


Aは次第にグループの輪から外れていって誰にも相手にされなくなった




私の場合は5・6年生の時同じクラスだったが、


仲良しグループの誰かがAに話しかけられているのを見ると


他の誰かが「●●ちゃ~ん! こっち来てー」と呼んでAと話さなくても済むようにしていたし


「なんで話しかけてくんのかなw」と陰口を言っていた




それでも先生に頼まれ遠足などの班に「入れてあげる」と


自分ナントカカントカの国のお姫様なの、と幼稚園児みたいな自慢話…




当時からいじめ啓発は行われていて、よく先生にも言われた

「この学年にはイジメがある。仲間外れにするのはイジメだ」


でもそう言われてもたいして反省はしなかった




仲間外れにされるのはAに社交性がないからだ。私たちがやっていることは「距離を置いてる」だけで「イジメ」じゃない!!!




というのが小学校時代の私の心理




しかし今、ニュース子ども自殺した動機を見ると


給食でひとりぼっち」「遠足の班決めでは最後まで残され」


全部Aにも当てはまる


そしてそういうとき、私はいつも見ないふりをしていた


何故か先生に「Aを仲間に入れてあげて」と頼まれるのはいつも私のグループだったが


先生が言うまでAには絶対声をかけなかった




そう思うと、私たちがやってたことはやっぱりイジメ




でも、今小学校の頃に戻って、それでもAに優しくできるだろうか?


Aは子供じみていて


幼稚園生みたいなウソの自慢話ばっかりして


クラスメイトみんな彼女を避けているから、

避けずに接するだけで懐かれて友達だと思われる


ついでに動作もいわゆる「キモイ」感じ




もし自分の子どもに、そんな人とどう付き合えばいい? と言われたら、なんて答えたらいいんだろう


もし自分の子どもが そんな人 になってしまったら どうしてあげればいいんだろう?

2016-12-28

母が精神を病んだが私の知ったことではない


頭が悪いこととか、人を思いやれなかったりとか、見識が狭いことは罪だと思う。
培うことができなかった経験の多さから閉ざされきっている世界観を、
たとえ家族であろうと他人に押しつけてストレスの原因を振りまくのは罪だと思う。

かつてまだ幼い頃、家庭内での身体的・精神的な暴力で消耗しきった自分は、
まともに家族と話すことを「諦めていた」。やりとりできるのは音の振動だけだと気づいていた。
子供ながらに、「言葉」が通じても「話」や「思い」は通じていないことを察していた。
まだ10年前で小学生の頃のことと思い出せるが、本や学校がなければおそらく死んでいたと思う。

から、いま思い返せば「説教」ではなく「ストレス発散」であるそれに付き合わされて、
完全に黙り込んでいた自分に対して、母親はよくこう言っていたことを覚えている。
自分が悪いってわかってるから何も言わないんでしょ、さっさと認めろ、それは単なる『嫌がらせ』だ」と。
何度も何度も言われた。そう思い込んでいると表明している母親に対して、私は絶対言葉を返さなかった。

いま、母親はなんの病気なのか知らないが精神に異常を来たしている。詳しくは知らないし知りたくもない。
母親意味のある言葉ほとんど話せない。すべて駄々をこねる子供のようにうなるだけ。父のイライラもわかる。
でも、何もできないというわけじゃない。家事はいつもどおりこなしているし、本当にダメではないことに気づける。

何より、私への悪口説教じみた言葉暴力、嫌味だけは妙に流暢な口調ではっきりと言う。
本当にそういうことを口にするときだけ、以前の母親と大して変わらない顔と声色を見せるのだ。
まり母親は私への「暴力」で「ストレス発散」しているのだという確証が取れたのだ。

なので私は、母親病気のフリをしているのだと確信している(本当かどうかは知らない)。
あれは単なるごっこ遊びであって、実際は普通に会話もできるのだとわかる(繰り返すが知らない)。
あんな風に日々うなっているのは、心の病気ではなくて「単なる『嫌がらせ』」なのだと知っている(知らない)。

仮に本当に病気であるとして、それでも、それでも、母親は『嫌がらせ』をしているだけだ!
本人に言ってやりたい! 何も考えず並べたひどい言葉だけで心をへし折ってやりたいと、強くそう思う。
いわゆるインガオホーである。いつか裁きはくだるし、もしかすると現在進行系でくだっているのかもしれない。

ああ、本当に腹が立つ。しかし私は、蛙の子は蛙と言うように世間一般と比べたら不出来な頭だけど、
あの母親よりは絶対に賢いので無闇な暴力には走らない。無視するだけだ。道端の蛙を無視するように。

この世に許してはならない悪があるとするならば、それは「他人を思いやれる心」がないこと、
まり「心の余裕をつくれないほどに頭が悪く知識も見識も狭いこと」であると思う。
人は生まれながらにして悪というわけではない。かといって善くもない。まずその基準が誤っている。
ただ、「出来の悪い淘汰される側」と「出来の良い淘汰する側」に分かれているだけだ。

母親が淘汰される側であるから、私もまた淘汰されてしまうのだと思う。
本当にやるせない。お先まっくらであるおしまい。生きるのつらい。帰りたい、許されたい。
こんなことは誰にも話せないけど、誰かわかってほしい。切実に。

2016-11-30

昭和時代だけど、アメリカホームドラマ「お前の名前はマゴット」っていうのが人気だった。

拾われた捨て子がマゴットという名前を与えられて家族として過ごすっていう話。

で、ごっこ遊びでそれを真似するのが流行って、「お前の名前はマゴット」→「おまマゴット」→「おままごと」と略して言うようになったんだ。

という与太話を考えたんだけどどうかな。

2016-11-19

真面目に悩んでいる。

男性仕事で会話するのは問題ないけど、恋愛関係になるのが本当に無理。

AVとかエロ画像見るとグロいって感想しかない。

お互いこんなグロものとよく合体できるなと感心してしまう。

大学に入るまでは男性を好きになったことがあったけど

その相手と何かをする自分が好きだった。

相手には申し訳ないけど、脳内ごっこ遊びするのと変わらなかった。

恋愛関係を築きたいと思ったことがなかった。

最近では男性握手するのも無理になった。

ジャップオス()が嫌いなだけかと思ってたけど、

海外男性相手でも握手とか触れるの無理ゲーだ。

女性相手に対しては男性よりはいいなと思う程度だけど

こちらもスキンシップは極力回避したい。

女性相手恋愛関係を築きたいと思ったことは無い。

自分一体何なんだろうって何回も思っている。

克服したいとかは思わないけど生き難い。

こんなこと周囲に相談できんし、同じような人はいないものか。

男性だったらどうにでもなれると思うけど、

女だとやれ結婚だのうるさいったらありゃしない。

から回避策考えないといけないのめんどくさい。

2016-10-04

アイマスの捉え方

こんなブログ発見して、ああなるほど外からはそう見えるのか、と思ったわけで。

http://voya.hatenablog.com/entry/2016/09/22/110841

この人の捉え方は

自分プロデューサーという立場担当アイドル恋人(とははっきり言わないけれども、かなりそれに近いような)関係になる」という奴

だ。そして超解釈すると、そういった職権乱用的な邪な振る舞いを、オタクは無邪気に受け入れているように映るのだろう。

現実にそういった邪な現象が多発していることを知ってると尚更、度し難い設定だというわけだ。

 

オタクというものは得てして、虚構現実を上手に混同して楽しむのが上手い。

それと同時に、現実のクソな部分、ドロドロした部分は冷徹無視するのも上手い。

現実のドロドロした業界を背景とした大衆アイドルに興味もなければ、ゴシップのような下世話なネタも嫌う。

からそもそも現実アイドルプロデューサーがうんぬんという話自体、あずかり知らぬオタクが多いのだろう。

耳に入ったとして、そういう世界と、自分たちの愛する作品世界は別モノだと受け止めるはずだ。

仮にその疑念を拭えなかったら、エロ同人誌のネタにでもするところだろう。

そしてコンテンツの側も、オタク感性に沿ってキレイ世界演出する。

オタクの間ではシモの部分を描いたアイドルもの成功しないという共通認識すらあるくらいだ。

アイマスは題材的に、業界要素に触れざるをえないコンテンツではあるが、

アニメなどで触れたとしても、上層部とのビジネス方針対立だとかポエムバトルだとかで、

あくまで「美しい世界」の範疇だ。性的堕落・腐敗を描いてリアリティを出そうとすることはない。

こっち方面オタクが求めるのは、社会派問題提起を含むアニメではなく、

明日を前向きに生きる元気がもらえるアニメからだ。

 

他にも、「プロデューサーアイドル恋愛」を問題としない理由がある。

一般の人には誤解されやすいところなのだが、

そもそもアイマス作品の主目的が「プロデューサー立場アイドルと親密に」というものではないからだ。

ファンの多くは、「プロデューサー立場担当と親密に」という要素を楽しみながらも、

あくまでその要素、展開は「お約束」として流しているように思える。

ではファン駆動させている欲求は何か?

実際にコンテンツに触れていると、プロデューサーという役柄は、

職権を利用して擬似恋愛的な「俺嫁」欲求正当化させるためというよりは、

プレイヤーの「父性」を育てるための側面が強いと感じる。

なぜなら、ゲームの中核となるのは、アイドルいかイチャイチャするかではなく、

アイドルいかに育てる(プロデュースする)か、という部分にあるからだ。

アイドルが、他のアイドルたちと切磋琢磨し、時に仲良く、時にぶつかり合ううちに、

アイドル同士の関係性も深まり人間としても成長し、それがライブという結果に表れる。

それを見て「やったな」とプロデューサーが声をかける、そういう世界観を骨子とするコンテンツからだ。

まあ実際にプレイヤーがすることは雑務的な作業なのだが、ストーリーとしてはそう描かれる。

そうやってアイドルとして成長していく様を見てきたプロデューサーとしては、

そのアイドル幸せにしたい、輝いてほしい、もっと良さを伝えたい、そう思うのは自然なことだ。

言ってしまえば仮想的な子煩悩だが、その欲求プロデュース精神に通じるところがある。

そう考えれば同作がファンのことを「プロデューサー」と呼ぶ理由が分かると思う。

そうやってプレイヤーが「父性」に導かれてプレイをするうち、諸々の課金をするファンになる。

そして、その思いがちょくちょく何かしらの形で反映される――

何かの実装だとか、現実ライブパフォーマンスだとかの形で。そういう循環で成り立つ世界だ。

アイマス世界にいる人間感覚としては、アイドル同士のエピソードは言うまでもなく、

プロデューサーとの関係性についても一線は越えない清く正しく美しい世界を見ている感覚だ。

精々おまけ程度のボイスなどで、アイドルプロデューサーを慕って妄想妄言を呟くくらいで、

基本的プロデューサーからアプローチをしたりするものではない。

ギャルゲー的な選択肢による会話でアドバイス等することはあるけれども、

当たり前だがギャルゲーでいう「攻略完了」の域には行かない。

その辺りのバランス感覚は、経験者なら暗黙的に了解するところなのだが、

そうでない人は下世話な方向に強く推定してしまいがちな所かもしれない。

 

それから声優について。

声優というのは、言うまでもなく現実に生きている人間だ。

感動を誘う演出表現として、キャラ演者シンクロしているような言い方がされることはあるけれども、

ほとんどのファン声優キャラのものとしては見ていないし、声優さん個人個性尊重している。

声優の側も、あくまで、キャラリスペクトを持って、

キャラ現実降臨させるためのパフォーマーとしての立ち位置を望んでいる。

アイドルものアニラジでもそうであるように、本来個性を抑えてキャラに寄り添わせるような空気は一切ない。

しろ逆に、中の人要素がキャラに反映される、ということがあるくらいだ。

また、最近のヒットしたアイドル作品デレマスラブライブに関しては、

キャラ純粋さ・いい子ぶりとは対照的に、中の人たちは非常に芸人力が高い。

これは親しみが持ちやすいのと同時に、中の人アイドル的な上品さを気にしなくてよくなる効果がある。

乱暴に言えば、キャラと同一視して恋するようなキモい人をふるいにかけられる、とも言える。

くだけた言動女子しからぬ振る舞いが許されるというか歓迎される風潮は、良い傾向ではないかと思う。

声優オタク幻想を受け止める」という言い方を否定はしないが、

現代オタクはきちんと声優個人人権というか、センシティブな部分に配慮した上で、

そこに幻想を見いだすという、高度なごっこ遊びをしている者がほとんどだという事を理解してほしい。

2016-09-11

アイドルという遊び

うたの☆プリンスさまっ♪」という作品を知っているだろうか?


2010年シリーズ1作目となるゲームが発売され、翌年アニメ化

そのアニメが大当たりとなりゲーム続編やアニメ2期等が制作され、今年は6年目に突入したコンテンツだ。

内容はいわゆる乙女ゲームで、プレイヤーは登場してくるアイドルたまごたちの曲を作る作曲家となり、一緒にデビューを目指す。デビューを果たした後は彼らとの仲を育みながら、アイドルとして作曲家として共に成長していく…という、説明してしまえば何の変哲もないストーリーだ。

今年の1月にはさいたまスーパーアリーナで2日間に渡るライブも開催され、10月からアニメ4期が放送となる。


この時点で「なんだ、おたくジャンル紹介日記か」と思われたなら仕方ない。

もちろんこの記事うたプリ存在くらいは知っている人を前提に書かれた記事なので、知らない人からしたらどうでもいいことこの上ないだろう。

それでも今、うたプリファンの一人として私はどうしてもうたプリの真髄のひとつ(だと勝手に思っている)でもある「遊び」について言葉にしておきたくてキーボードに向かっているので、もし少しでもこのジャンルに興味がわいたならぜひ知ってみて欲しい。

さっきも説明したけれど、うたプリアイドル恋愛するゲームだ。

シリーズ1作目の舞台アイドル養成専門学校で、一応恋愛禁止だったりする。アニメでもその設定はガッツリ意識されていて、アニメ第1期放送時には「誰も校則守ってねえじゃん!」とまあネタにもなった。

しかし彼らと私たちプレイヤーは、アイドル作曲家という枠の中で恋愛をしていく。

作品大元であるゲームの中では個と個であり、そのストーリーは彼と私(あるいはヒロインである七海春歌)の物語だ。

しかうたプリのすごいところは、「私と彼」という枠組みとは別にもうひとつアイドルファン」という枠組みがある点だ。


一つ例を挙げたいと思う。

シャイニング事務所公認Twitterアカウントうたの☆プリンスさまっ♪ http://www.utapri.com/sp/twitter/index.php#.V84vgkjOyk8.twitter

これはシャイニング事務所所属するアイドルたちがやっている(という体の)事務所公式アカウントだ。

このツイッターが始まったのは2012年クリスマスのことで、まずアカウントが出来たところからすごかった。

キャラクターの互いをフォローするタイミングから順番が見事にキャラクターらしさを外れず、キャラクターごとに異なるクライアント写真撮影技術。長期でつぶやくときには、仕事や移動時間まで計算し、どのキャラクターがどの新幹線に乗ったのか特定することだって出来た。

そこには圧倒的な"存在感"がある。

これが大いに盛り上がった。

もちろん、キャラクターツイッター先駆者うたプリだとかそんなことは言わないし(確かスタスカとかの方が早かった気がする)、こんなのスタッフ必死こいて原稿を打ち込んでるんでしょ、と言われたら元も子もない。

それでもそこにはプリンスたちが存在する"リアル"があったし、自分たちツイートと彼らのツイートが並ぶ画面は現実だった。

(だからこそ2016年シャニフェスプリツイに関しては、言いたいことがないわけではないのだけれどここでは割愛する)

そしてここでの彼らと私たちは、完全にアイドルファンなのだ

プリンスたちアイドルは決して恋愛匂いをさせないし、何においてもファンとの関わりを重視する。

ツイートの隙間に、文脈に、ヒロイン存在や自らを投影する楽しみ方ももちろんあるだろう。

しかプリンスたちの言葉は、恐ろしいほどのクリーンさを持った、アイドルたちからファンへのメッセージなのだ


もう一つ例を挙げる。

うたの☆プリンスさまっ♪サマーキャンペーン PRINCE SUMMER!2015|うたの☆プリンスさまっ♪ http://www.utapri.com/sp/prince_summer2015/

これは2015年の夏に行われたうたプリサマーキャンペーンのページだが、その中でもグッズラインナップの一つを見てほしい。

メモリアルフォト」と題されるグッズの説明文には"直筆サイン"の記載がある。

うたプリシリーズキャラデザをされている倉花千夏先生が"撮り下ろした"ビジュアルブロマイドとともに額装された"直筆サイン"色紙。合わせてお値段5,500円+税。

うたプリを知らない人からしたら何を言っているのかと思われるかもしれないが、このサイン入り色紙はプリンスたちが自ら一枚一枚書き上げた(という設定の)色紙なのだ

入っているコメントも種類があるし、もちろん一つとして同じものはない。

私たちはそこにプリンス存在を信じて、5,500円の色紙を買う。

決して安い金額ではないと思うし(下手すると映画が5回は見られる)、キャラクター自体実在しないのにバカじゃないかと言われたらそれまでかもしれないが、私たちにとって彼らは現実を生きていて、そしてその存在を信じるために5,000円以上を費やすことが出来る対象なのだ

そしてうたプリ公式は、それを決して脅かさない。

倉花先生の描くプリンスたちは"撮り下ろし"だし、誕生日記念日プリンス宛に届く手紙は必ずシャイニング事務所へ届けてくれる。

バレンタインには事務所からのお知らせが毎年でるし、ファンレターの宛先もブロッコリーシャイニング事務所だ。

今年の夏に行われたイベント"『Shining Dream Festa(シャイニングドリームフェスタ)』 http://www.utapri.com/sp/shining_dream_festa/ "でコラボレーションした世界デザイナー丸山敬太氏とも、アイドルたちは"相談して"衣装を作り上げた。

私はこの夏感動したのだ。

現実アーティストライブ衣装なども手がけてきた丸山氏がうたプリコラボをしてくれたこと、そしてうたプリ世界観をきちんと意識してインタビューSNSで応えてくれたこと。

私たちの大切にしてきたアイドルたちが、世界存在を認めてもらえたように感じたのだ。大げさと言われるかもしれないが、私はそれが何よりも嬉しかった。

うたプリはこうした壮大な「遊び」を大切にしてくれている。

これは私の個人的な考えなのだけれど、アイドル二次元三次元にかかわらず、その存在自体が究極の「ごっこ遊び」だと思っている。

アイドルを名乗る彼ら・彼女らはステージというフィールドの上で、精いっぱい自らをアイドルとして作り上げる。

アイドルたちも人間から、当然恋愛もするし食事もするし代謝もある。それでもその瞬間は私たちファンアイドルというたった一つの関係だし、それ以上でもそれ以下でもない。

その関係性に夢を見るから、例えばアイドルたちに恋愛スキャンダルがあろうもんなら、裏切られた気持ちになる。ファンの信じる"アイドルと私"という関係性の他に、関係のない人物が"アイドル恋人"という関係性を作り上げているのだから

もちろんそんなこと思わないし、恋人がいたって全然気にしない!という人もいるだろう。

それでも私たち受け手アイドルたちにの関係は、どう頑張っても"アイドルファン"を超えることはない。


アイドルでも個である彼らプリンスと、作曲家でもファンでもある私たち"うたプリファン"。

うたの☆プリンスさまっ♪」という作品は、その両面を楽しむことができる。

もちろん今までだってうたプリのやり方に困惑しなかったこともないし、キャラクターに関する重要情報後出しでぶれたりすることもあった。

それでも私が5年を超えてなおうたプリ応援しようと思えるのは、魅力溢れる楽曲や展開はもちろんのこと、うたプリの作り手たちがプリンスたちの存在を、生きていることを何よりも信じさせてくれるからである

それが揺らがない限り、私は彼らを応援し続けるだろう。

アニメ4期もこれからの展開も、6年目を迎えたからこそ不安に思うことはたくさんある。

それでもそれ以上に楽しませてくれることを祈って、私はこれからうたプリ応援したい。

応援していることが悲しくなってしまうようなコンテンツだけにはどうかならないで欲しいし、何よりも応援したいと思わせてくれるコンテンツでい続けてくれることを私は祈っている。

2016-08-06

シン・ゴジラ福島第一原発その2(ネタバレ

http://anond.hatelabo.jp/20160805000418

さて上記↑のシンゴジラについて長々と感想を書いた増田です。

ブコメがずいぶん集まったので何か書きます

私の意見を要約すると。

・大絶賛の嵐だからこそあえて批判したい。

シン・ゴジラって3・11の震災福島第一原発事故政府対応に重ねてるよね。

シン・ゴジラではイケメンエリート官僚科学者がでてきてかっこよく科学的?に処理したけど

・実際の福島第一原発官僚科学者もブザマに敗北したよね。

・つまりシンゴジラって福島第一原発事故処理に成功した日本政府のIFものだよね。

・これは「第二次大戦米軍に勝利する日本軍」を書いちゃう、こっ恥ずかしい仮想戦記の類の何かだよね。

しかシンゴジラでは自衛隊ゴジラに冷却材(凝固剤)のホースを突っ込むために特攻して全滅しちゃうんだ。

(かっこいいね、いさぎいいね、素早いね決断力あるね)

・でも実際の福島第一原発事故では、よくも悪くも戦後民主主義で人命第一の日本政府はそんな事はさせなかったよね。

退避を繰り返し非正規労働者を大量に投入してゆっくりと泥臭く処理したね。

(状況が進捗しないし、かっこわるいね。でも現実はそういうものだよね。

日本人はそれをこれから何十年も見守るんだよね。)

・かっこよくスタイリッシュ原発処理。

そんなものを描いちゃったら政治的意思表示必要なんじゃないの?

格好いいから描いたですまされないんじゃないの?

というところです。


で、↑のエントリーに集まったDISコメを集めてみました。だいたいこんな感じ。

「僕達の楽しいエンタメ作品であるシンゴジラ虚構)」を(現実)フクイチに重ねるのはやめて下さい!!派

シンゴジラをフクイチに重ねるのは妄想だよ!派)

「僕達の楽しいエンタメ作品であるシンゴジラ」に政治的意図なんかないよ派

庵野はかっこいいから作ってるだけだよ派」

上記はつまり「こども(庵野)がウルトラマンごっこ、ゴジラごっこで遊んでるだけ」

なのに政治的意味合い見出したり回答求めるのはヤメてよ!っていうことなんだろう。

エヴァなんかは「沖縄決戦」パクってごっこ遊びしてもなんでもいいけど。

震災から5年しかたってない2016年に、フクイチを取り扱って子供のふりして許されるわけがない。

逃げまわるつもりかもしれないが、なんらかの政治的意思表明が必要でしょう。



庵野に梯子はずされるぞ」とか言ってるエヴァオタ。

(はどうでもいいです)


ちょっと考えさせられたのは下記のようなブコメ。↓

①「現在でも福島第一原発過酷労働環境で消耗戦だよ派」

現実のフクイチだって頑張って収束させつつあるじゃないか

ゴジラは凍結されただけ。フクイチと同じで収束してないんじゃね。ゴジラ活躍はこれからだ!派


ここらへんは考えたい。

「①現在でも福島第一原発過酷労働環境で消耗戦だよ派」については…

シンゴジラでは泥沼感や絶望感や虚脱感がなかった。これを指摘するのは飽きるけどエリートばかりだった。

軽トラから載せられた日雇い労働者ゴジラ特攻させられる描写」があったらば強烈な皮肉にはなっただろうなと思う。

「②現実のフクイチだって頑張って収束させつつあるじゃないか派・日本現実でも頑張ったし負けてないよ派」

「③ゴジラは凍結されただけ。フクイチと同じで収束してない。ゴジラ活躍はこれからだ!派」

これにはフクイチという重いテーマを扱ったのに、リアリティに寄せることがなかったことへの苛立ちがある。

とくにラスト

ラストに「お肌すべすべの長谷川博己石原さとみが、

次期大統領候補云々について、いちゃいちゃしながら喋ってる」

エンディングだと悲壮感がない。

ボロボロの感じで虚脱状態で「延々続く収束作業を無言で見守る」』みたいなエンドなら伝わったかもしれない。

(これはまさしく、わかりやす政治的意志表示である。)

もしくは、どこかのブコメに「あのまま核攻撃されて東京まるごと吹き飛ばされればよかったのに。」

ってのがあったけど、そうなったらホント庵野信者になったかもしれない。

『「次期大統領候補石原さとみ」というアニメキャラを配置しアニメ的なコメディー会話をさせることで、

ラスト虚構に寄った!これが庵野監督一流のアイロニーだ!』というご意見

↑この解釈はなんだか流行りそうだ。

だがしっくりくる。途中まではフクイチに寄せたが、最後アニメ演出で完結させる。

虚構でした!」「この映画フィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません」

というオチで締める。

なんだろうかこれは。結構毎回やってるような感じがする。夢オチに限りなく近い何かみたいな。

これは「息の長い芸人TVコメディアン」のテクニックとか処世術とでもいうのかな。

と延々DISブコメについて検討しているうちにシンゴジラ否定派になりそうになっている。

ここ2日、創作者ってほんと大変だなと思った。

現実を切り取ってそれを虚構化して、針の穴を通すようにすりぬけて、

ポリティカルコレクトから上手く逃げ切る。

そういう意味でもエポック映画なのかもしれない。

最後感想はやっぱり「シンゴジラはいい、素晴らしい、シンゴジラはいいけど、でもね…。」

に戻るんだな。

ちょっと頭を整理したらまた見よう。

2016-08-01

それでも遊んでるじゃん

締切前なのに、飯の画像上げてるじゃん

飯食ってるじゃん。

締め切り前なのに、リプ飛ばし合ってるじゃん。

慣れ合ってるじゃん。

締め切り前なのに、寝すぎたとか言ってるじゃん

寝てるじゃん。

遊んでるじゃん。

それで、新刊が満足行く出来にならなかったとか、売れ行きがよくないだとか、感想が貰えないだとか、

それがあなたの本気だと思ってるなら別にいいし、

きちんとやる、時間を守る、スケジュールを組む、みたいなきちんとした(プロスタンスでやらないのが

同人への取り組みだって言い張るんなら別にいい。

でも言いはれてないじゃん。

高望みせず、感想もらえなくても文句言わないし、例え1部も売れなくても満足すべきだと思う。

程度の問題か? けど、それをSNSで吐き出したからなんになるの。

漫画家忙しいごっこ遊びじゃん。

お金まで頂戴しておいて、何を高慢に悩んでいるのか。

大手になったり、欲しいと思わせるものを作ってる人は、やっぱりどこかでそういう遊びをしていない。

もちろん人並みに遊んでいるけれども、恒常的に毎週の飲みが~とか、語ろ!とか言ってない。

その時期がいつかはわからない。人それぞれ。

しかしたら、中高校生のころ、本当にぼっちで絵をかきつづけてたのかもしれない。

社会人になってから仕事以外の時間を全部それに費やしていたのかもしれない。

人間的には破綻している。

ただ、大手人間は、ほとんど破綻した時間を持っている(いた)からこそ

その立場があるのだと、つくづく思う。

と、原稿が終わって、思った。

自分の妬みを正当化したいだけだった。

2016-07-31

シンゴジラはクソ映画だった。金返せ!

ネットで神映画連呼されてるから、わざわざ4DXで3000円近く払って見てきましたよ映画シンゴジラ

結果はクソ映画でしたわ。

つまんなかった。

2時間無駄に揺らされて無駄に濡らされただけでしたわw

せめて3Dにしとけよ。

しか男の子はこういうの好きだよね。

熟語系の役職ついた人たちが、熟語系の専門用語使って指揮命令系統通りにシステマティックに動く系w

ごっこ遊びの延長だよね。

フェチだよね。

そういう趣味ないと見ててひたすらつらい。

肝心のメッセージ性?とやらも平凡すぎて心に全く響かなかったわ。

震災っぽい構図を描いてるようで、震災以後の政治の流れをまさかの完全スルー

現状への悪意も感じられない。

庵野さん、こんな鈍感だったっけ?

こんなクソ映画が名作扱いされるなら、「進撃の巨人」後編の方がよっぽど名作でしたよ!

2016-07-29

限定ガチャ」の邪悪

最初は「期間限定です」と、暗に「今しか手に入らない(=再登場は多分しない)」と匂わせてガチャに入れて煽る。

ほとぼりが冷めて、再登場を望むユーザーが増えた頃合いに「限定だったのを再登場させます」ってやり口。

過去に煽られて入手した人は既得権益者みたいなメンタルになるから不満をもつけど、

それを上回る需要があるから一種正義みたいになってしまう。

そういう売り方を何度もしてると、さすがに不健全馬鹿にしているってソシャゲユーザーでも思うから

「じゃあ今後はそういう売り方は控えます」ってなる。それがグラブル。

(とはいサマーバージョンみたいな時節もの限定商法でも納得されやすいから、

そういう時には全力で来るけども。)

でも、そうなった後にも、同じ会社系列デレステでは限定ガチャを散発的にやっていて、

そして性懲りもなく、先般、再登場を宣言した。

デレステグラブルも、ゲーム自体は非常に良いものだし製作者の愛を随所に感じるから

お布施のしがいはまあ有ると言えなくもないのだけれど、

そういう愛ある作品と、邪悪な売り方が共存しているっていう所に

なんとも言えない気持ち悪さを感じるよね。

こういうのって、アレと同じなのか。

アイドルビジネスや、宗教ビジネスと一緒で、

「騙す側と騙されたい側による高度なごっこ遊び」なんだろうか?

冷静な外部者がみて「いやそりゃねーわ」ってレベルのやり口でも、

淘汰や自浄作用が働きにくい魔境みたいな感じがあるよね。

ファンが愛ゆえにクレイジーな消費をする、っていうのは一概に悪いとは思わないけど

もうちょっと品よくならないもんかなぁと思う。

そのへんでポケモンGOとかどうなんだろうと未プレイ者なりに気になっていたんだけど

shi3z氏の日記読んだら結構そのへんも絶賛されていたよね。

やっぱり日本外圧矯正してもらうしかないのか。

2016-04-24

フィクションで嫌なキャラが突然綺麗になったりするの嫌い

しかもその理由が「主人公(読者主観)が嫌な奴と決め付けただけでほんとは嫌な人なんかいないんだよ」みたいな

やっすいエセヒューマニズムだと滅茶苦茶いらいらする




読者・視聴者フィクションを鑑賞するうえで

本来自分生活関係ない話なのに一旦感情移入をして、

主人公に嫌なことをしてくるキャラに本当に嫌な気分を持ったわけでしょ。

それは作品を鑑賞するための作法としてそうしてるんだよ。

本来必要無かったストレスまで貯めて。




なのにそれを

相手を決めつけて人を憎む心が良くないんだよ」

自分世界を狭くしてるんだよ」

みたいな作者からのやっすいやっすい説教でまとめられると本気で憎悪が巻き起こるんですけど!




こっちはあんたの作った無理のある話にも敢えて冷めずに乗って、

あんたのフィクションに没入するために自分とは全然違う主人公境遇に身を重ねたんだよ。

それをなんで作者のあんたに上から目線説教されなきゃならんわけ???

しかも「お前のその魂が良くない」みたいに???

ごっこ遊び自分から持ち掛けておいて付き合った相手に「何真面目にやってるの?」って言うのとどう違うの?




それで、嫌なキャラの行動に繊細な伏線が張り巡らされてあって、

種明かしをしたら確かにどこにも悪意は無かったーみたいな

読者がアハ体験出来る仕組みになってるとかなら楽しいからあいいよ。

でもそういうんではない。

確かに凄い悪意を持って実害与えてるし。




もしくは、綺麗になる過程が「改心」として扱われて

嫌なキャラの嫌な行動の理由とそこから考えを変える切欠になった事件反省辛酸が丹念に描かれるならまあいいよ。

ちょっと古いけど、悪役セキュリティサービスで登場して正義を目指す政治家で終わったプリズンブレイクケラーマンみたいにね。




そういうのどっちもなくて、

ろくな説明も無く突然何故か綺麗になるという雑な仕事のうえ

「え?なにこれ?」って混乱する読者に対して

「人を決めつけて憎む心が良くないんですよ?ん?」って説教してくる作品マジで氏ねと思う。

そっちの用意した主人公に心を重ねて鑑賞してたのにそこを非難てどういうこと。

もう当たり屋じゃんただの。

そういうフィクションが近年増えてきたし話題作にもそういうのがある。

2016-04-13

ゲーム実況にハマる子ども肯定的に見る人が大勢居てびっくりした

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/961464



この記事第一印象は不気味だなというものだった。

まだまともなアイデンティティもできていないような子どもが、

他人からどう見られるかということばかり気にするような遊びをすることに、言葉にできない不気味さを感じた。

はてなーって、他人からどう思われようと、自分のやりたいことをやることに価値を見出す人が多いものだとてっきりおもっていたので、

肯定的な反応が多いことにとてもびっくりした。

特にはてブ互助会問題はかなり激しく批判されているのに。

最初のうちは、その人がやりたい、面白い、と思ったことをアップロードして、それが評価されて人気が出てくる。

そこまでは良い。

でもそこから、人気が欲しくて、やりたいことよりもウケることばかりを目指すようになって、

そのうち炎上などに手を出して荒れていくという結末を、ちきりんや脱社畜ブログなど、私たちは数えきれないほど見てきたのではなかったのか。







子どもなんだから人気者に憧れることはごく自然な反応」という意見も出るだろう。

でも問題なのは、この実況はへたに大人がいるリアル世界と繋がってしまうという点だ。

憧れだけで終わる「ごっこ遊び」では済まないんだよ。

これが不気味なことだとは思わないか?





思わないというのなら、もうこれ以上言ってもわかってはもらえないだろう。

ただ、実況にはまってしまった子どものうちの何人かは、

大人ドローンを買い与えられて犯罪を犯したり、

生主に誘われて性的被害を受けたりするかもしれない、

という危険性だけは、考えてもらいたいと思う。

2016-01-08

http://anond.hatelabo.jp/20160107195726

「俺はそれを知っている」という自意識を介在させて見ているから、そういう心理に陥るのではないか。

すこし余計なお節介、いやお説教をさせてもらいたい。その高尚な自意識を消し、赤ちゃんのような無地でフラット心持ちで鑑賞するスタイルを会得すれば、きっとレパートリーは広がる。この手の自意識は、「SFとしてはガバガバ」「何々のパクリ」などと言い放ち勝手に冷めてしまアンチ気質の人々と同じ種類のもの。そんな上から目線で、あまつさえ「あぁ、今だけ受ければそれでいいんだな」なんてメタ目線で作者と対決するような物腰では、作品に込められた繊細な表現演出意図を取りこぼし、美点を感じ取れずに素直に感動できなくなってしまうだろう。

作品鑑賞は自分と作者の知恵比べではない。美意識の対決でもない。そういう楽しみ方をする人もいるかもしれないが、元々は作品自体を楽しむために見ているはずだ。

作品鑑賞とは、作者のノリに合わせることで、作者の作りし世界に没入しようとするごっこ遊びだ(小説好きな人はこの能力が高い)。とはいえ、ごっこ遊びが苦手な人でも、没入できる作品はある。矛盾のないように記述を凝らした、完璧主義脚本ならば、誰でも没入できるのだ。とくに海外の大作あたりなら、必然的精緻上品ストーリーになる。文化の壁もあるから「俺はそれを知っている」状態も起きにくい。でも、そういう創作姿勢は、一つの意識ではあるものの、絶対正義ではない。絵画でいうと写実主義だけを評価するようなものだ。

幼児と会話するときあなたはどう意思疎通を図るか考えてほしい。その時のあなたは柔軟に好意的に欠落を補完しようとする。その時と同じような創造的な姿勢が、作品鑑賞をする読み手にも求められるのだ。なぜなら、作品というもの幼児に等しいものから。それほどに、独自世界観を持っていて、少しずつしかその全容が見えてこない存在であるからだ。そう捉えてもなお、作品と向き合うのが厳しいと感じる、あるいは得たものが少ないと感じるなら、それはあなたには合わない作品なのだ対象読者ではなかったのだ。そうしてただ去ればいい。でもそれは寂しいことだ。寂しさを生んだ原因を作品だけに求めないでほしいと思う。

2015-12-27

anond:20151227195151

ビジネスなんて知るかよ。

こっちはそのごっこ遊びに命かけてるんで、ビジネス派は一生万札の夏目漱石オナニーでもしてろや

2015-12-26

チャンネル権のない幸福と不幸

今の若者チャンネル権というのはもう死語なのだろう。

家にテレビが1つか2つしかなく、チャンネル権を持つ者の都合でほぼ毎日、観たくもないものを観なければならなかったのだ、

と言っても、信用さえしてもらえないかもしれない。

野球中継のおかげでドラゴンボールZが観られなかったのは今でも覚えている。

まあ、あの番組は展開が遅いので、1回2回飛ばしたぐらいでは大して問題なかったりしたのだが。

今は、嫌なら自分の部屋でスマホなりPCなりを使って、観たいものを観ればいい時代だ。

そんな時代が来てよかったと思うし、そんな環境が生まれながらにあるのは正直うらやましく思う。



しかし、やっと観たいものを観る自由が手に入ったのに、テレビはつまらなくなってしまった。

単につまらないというだけなら私の感性問題だろうが、そればかりでもない気がする。

芸能人予備校講師の出てくるクイズ番組が今いくつあるのだろうか?

下手すると、同じ時間帯にほとんど同じような番組をやっていたりもする。

そして、これは作る側の発想が貧困になったというよりも、予算の都合というものが強く感じられる。

芸能人台本に従って、スタジオごっこ遊びをやるのが、一番安上がりで数字が取れるし、

同じ予算でやれるような企画も他にないということなのだろう。



もちろん、バブル崩壊や、その後の不景気の影響が大きいのだろう。しかし、それだけでもない気がする。

かつては、だいたい父親の好みに付き合わされて、母親子供も同じものを観なければならなかった。

私の世代ではそれが野球中継だったし、もっと前ならプロレスなどであったと聞く。

しかし、だからこそ多くの人々の視線が集まり多種多様スポンサーが集まり大金が集まった。

故に、アホみたいに金をかけた企画も通ったのだろう。

今のテレビ局に、当時の規模でアメリカ横断ウルトラクイズをやる体力は、おそらくもう残ってはいまい。

娯楽の王様は、その周りに奴隷がいてこそ、王様たり得たのかもしれない。



観たいものを観られない、観たくもないものを観なければならないというのは、紛れもなく不幸だ。

そんなものはなくなって当然だ。

しかし、人の不幸の上に成り立つものもあったと考えると、ちょっとだけ複雑な気分になる。

2015-10-12

想像力がないってかわいそうだなと思う

http://anond.hatelabo.jp/20151011134937

もし、今の自分じゃなかったらと考えてごっこ遊びする余裕もないのかな?

鉄血のオルフェンズ普通に面白いんですけども

もう少し少年兵バカDQNとして描いてくればよかったんだけど....

まあ脚本家IQや見識がそのまま作成キャラクターに乗っかるのが創作物からしかたねーか。




そろそろ創作の分野の脚本のやり方も変えていってもいいころ。

大卒やそれに類する訓練を受けた文筆業のお偉い先生個人がトータルでやるんじゃなくて、キャラクターごとに性別文系理系はもちろんエリートからたたき上げの高卒DQNに至るまで、そのキャラクターが吐くセリフ日常的に使ってる奴を捕まえてきて、キャラクターの会話や行動まで担当させるというかロールプレイさせてそれを元に作り上げてくみたいな。



いくら創作物の骨子になる脚本というかお話の流れが、きちんとつじつまが合って伏線もきっちりひろって、エンディングを迎えたときにあらゆる回答が用意されてる完璧ものだとしても、それをつむぐキャラクターパーソナリティが全員が全員脚本先生と一致してて、先生ごっこ遊びが透けて見えるんじゃあお話になりませんって。



追記

言葉足らずで申し訳ない。

たとえばゲームモーションキャプチャという技術がありますが、これはゲーム機の画面表示チップ2DVDPから3DGPUに変わったあたりで登場した技術です。

それまで職人とかもてはやされたグラフィッカーの方々が漫画的に描いたイラストを元にアニメーション作っていったのを、プロ格闘家ダンサーを呼んで実際の空間の中の動き~モーション~を取り込んで作るようになった。

これでキャラクターの動きがより滑らかになったり実際の動きに近いもの表現できるようになり、ゲーム版アイマスや先日まで放送されてたトライブクルクルは、より人の動きの美味しいことを取り込むことができて、過去の似たような作品より一段上の表現が可能になった。

独りでやってたときは個人個人の癖とか色が如実にでてしまって、嘘くさい動きになったりどのキャラも似たり寄ったりになってたところに、一般性が持ち込まれたというかより自然になったというか。

2D時代は個人でやってた作業を複数人で大掛かりな機械を使ってやることになり、設備も人員も作業工程も爆発的に増えてコストが跳ね上がったことですけども。



脚本のほうでも似たような手法は取れるんじゃないかと思ってさ。

多数の人間を募って、考え方や行動のサンプルをとって、それをもとに複数人人間ブレストかけていったら、主役とヒロイン犯人が会話してるのに、なぜかどっかのブロガー独り言みたいに聞こえるようなこともなくなるんじゃないかと。

実際、攻殻SACでは毎回の脚本一本一本に対し、激しいブレストをやったという話じゃないですか。

実際のキャラクターのサンプルになるような人を呼んで、その人の人間像を元にしたとかまではやらなかったみたいですけども。

というわけで、そろそろ監督脚本キャラクター内面作成ののクレジットに『チーム○○』とか『○○組』とかいう専門集団名前がでてきてもいいころじゃないのかなと思ってさ。

いつまで大先生システムでやってくんだろうなと。



ところで、今期のガンダムはとても面白く無条件に肯定してます

とてもここ10数年の地上波ガンダムシリーズにあっていい作品とは思えないくらい。

どっちかというとファフナーみたいで最高に好みです。

2015-10-04

Twitter中毒の人のツイート

Twitterに入り浸りな人のツイートあるある

助詞の省略(例:「~ことがある」→「~ことある」「~な人がいる」→「~な人いる」)

・いろんな品詞形容詞化~名詞化+あえて本来活用形とは異なる語尾にする。イ段で終わるものに「さ」か「み」をつけて、「ある」が足されるパターンが多い(例:「したい」→「したさ(み)ある」「やりたい」→「やりたみある」「やばい」→「やばみある」)

・「が・は」が「、」になる(例:「Aはとてもいい」→「A、とてもよい」「Aがやばい」→「A、やばみある」)

感嘆詞カタカナになる(例:「アーッ」「ア、」「ウワ~」)

感嘆符が増える、感嘆符のみ(例:「~では!!!!???!?!?」)

・提起や主張であっても、あくまでも独り言の形をとるための語尾(例:「~では」「~なんだよな」「~な気がしてきた」「~なのでは」「~ですがそれは」「~のだけれど。」)

・「いく」→「ゆく」「いい」→「よい」(※「いう」→「ゆう」は使う層が異なる)

プラスのことに対して「~かよ」(例:「最高かよ」)

マイナスのことに対しては「怖い」「クソ」「地獄」の使用が多い

小池一夫(例:「あンた、」「じゃネェんだ」「すげェ」)

ヤンキーオタク象徴化し、そのどちらでもない/どちらでもある人がするごっこ遊び、あるいは真性のヤンキーオタクを弄ぶ遊び

ラッパーDQNアウトローヒップホップレゲエクラブ文化などそれぞれを弄る遊びやごっこ遊び対象を好きでやってる場合馬鹿にしてやってる場合と、その両方の場合がある)

・ブスが嫌い、デブが嫌い、自撮りする人に厳しい、自分に自信のある人が嫌い※男女どちらにも「ブス」を使う傾向

子供が嫌い、子供に厳しい

マナー違反について異常なまでにヘイト散らしてる、なんなら実体験ではなく、まとめサイトからそういう話を引っ張ってきて憤慨してる

・上3つは、本人の女子力アップツイートや、他の人と楽しくリプしてる中でいきなりヘイト全開で出てくる傾向



…もちろんこういう言葉遣いや話し方は、他のメディアサイトSNSでも使われていて、どこが初出だとかはわからない。

良し悪しでもなくて、ただTwitterでこういう話し方をする人が多いな~と思ってまとめた。

数年前にアルファ人達の間で流行った話し方が多い、あとはなんJ語がまとめサイトを通って中高生の中で違った使われ方をしてたり、字数制限の中で特定の文型になってってたり(これはどの言語でも共通だと思う)。



追記:

・もちろん私も中毒である

・このまとめは、Twitter中毒と言っても〈リア垢でリア友と絡みまくってる人〉〈2chまとめ民なんJ語の使用が多い人〉〈ニコ生ピクシブなどの他サイト趣味などの交流メインに使用してる人〉にはあまり当てはまらない。(他のコミュニティ文化言葉遣いの方が強く出る。)

しろフォロー関係リアルの知り合いがいない(少ない)人〉〈確固たる使用目的は無いが、なんだかんだTwitterが心地いい人〉〈なんか気の利いたことや面白いこと言いたい人〉等に多い話し方。

観測範囲について、当然観測範囲内の話しかできないので、誰かにもっと精度の高いものを作ってほしい

小池一夫2chの方から広がったと思うんだけどここ一~二年Twitterで使われてる方が多くなったような(特攻の拓からの流れ?)

2015-09-10

http://anond.hatelabo.jp/20150909153818

小4の娘とこれまでお風呂を一緒に入り続けた一人の父親として経験したことを書いとく。

0~3歳

一人では当然お風呂に入れないため、入浴補助の意味合いが強い。

全身に石鹸つけてゴシゴシ洗ってあげてお湯で流す。

無論、お風呂遊びも楽しく一緒にする。

この頃よく遊んだのはお風呂遊び専用のおもちゃ

浮かべてゼンマイ巻きで動きまわるカエルなんて、そのままほっときゃ5分でも10分でも遊んでいたな。

4~6歳(小学入学前)

入浴補助は続くが、一人でも洗えるように自分で洗うようにしむける。

その方が親も楽だし。

でも頭と背中だけは洗ってあげる必要があった。

風呂遊びもだんだん高度化。

手水鉄砲スプラッシュバトル!が楽しい頃。

7~9歳

もう一人でお風呂に入れるので、一緒に入る理由特に無い。

でも、嫁が「今日はお父さんと(お風呂に)入る?」と聞くと、

「うん!」と元気な返事が返ってくる。

その理由は、「お風呂遊び」。お父さんを専有して思いっきり遊ぶ時間ができるから

手水鉄砲、手人形ごっこ遊び、意地悪なぞなぞ勝負水泳の練習するから見ててとか(湯船狭いのに)

時には自然人生などの疑問質問に答えたりもした。

結局

スキンシップってこういうことだと思う。

別に風呂場だけでしかできないわけじゃないし、普段からカードゲームボードゲーム、おすもうごっこなどで触れ合っているが、

お湯につかっている間は子供が遠慮無く遊びたいパワーを最大放出している感じだ。

だって、お風呂場ではお父さんが疲れたからといって逃げ隠れしない(できない)から(笑)

第二次性徴期がそろそろくるので、お父さんとお風呂ももう終わりかと思うが、別に残念に思うことは無い。

しろ風呂にゆっくり入れることが嬉しい。

子どもと遊ぶのはパワーが必要なのだ(笑)

http://anond.hatelabo.jp/20150908231922

小4の娘とこれまでお風呂を一緒に入り続けた一人の父親として経験したことを書いとく。

0~3歳

一人では当然お風呂に入れないため、入浴補助の意味合いが強い。

全身に石鹸つけてゴシゴシ洗ってあげてお湯で流す。

無論、お風呂遊びも楽しく一緒にする。

この頃よく遊んだのはお風呂遊び専用のおもちゃ

浮かべてゼンマイ巻きで動きまわるカエルなんて、そのままほっときゃ5分でも10分でも遊んでいたな。

4~6歳(小学入学前)

入浴補助は続くが、一人でも洗えるように自分で洗うようにしむける。

その方が親も楽だし。

でも頭と背中だけは洗ってあげる必要があった。

風呂遊びもだんだん高度化。

手水鉄砲スプラッシュバトル!が楽しい頃。

7~9歳

もう一人でお風呂に入れるので、一緒に入る理由特に無い。

でも、嫁が「今日はお父さんと(お風呂に)入る?」と聞くと、

「うん!」と元気な返事が返ってくる。

その理由は、「お風呂遊び」。お父さんを専有して思いっきり遊ぶ時間ができるから

手水鉄砲、手人形ごっこ遊び、意地悪なぞなぞ勝負水泳の練習するから見ててとか(湯船狭いのに)

時には自然人生などの疑問質問に答えたりもした。

結局

スキンシップってこういうことだと思う。

別に風呂場だけでしかできないわけじゃないし、普段からカードゲームボードゲーム、おすもうごっこなどで触れ合っているが、

お湯につかっている間は子供が遠慮無く遊びたいパワーを最大放出している感じだ。

だって、お風呂場ではお父さんが疲れたからといって逃げ隠れしない(できない)から(笑)

第二次性徴期がそろそろくるので、お父さんとお風呂ももう終わりかと思うが、別に残念に思うことは無い。

しろ風呂にゆっくり入れることが嬉しい。

子どもと遊ぶのはパワーが必要なのだ(笑)

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