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2019-03-12

ありふれた就活雑記

知り合いがこぞって就活日記を書くのに刺激され、某もしてみむとてするなり。目的としては2つあって、こんな感じ。といっても1つ目が主なのだけれど。

・来月から社会人になるので、これ以上頭がおかしくなる前に自分が何故選んだのかを残しておきたかった

キラキラしていないIT就活リアルな一例としての一例

まずパーソナル.自分は2019卒、4年生大学情報学部所属の男。高校時代がクソだったので、大学地元では知名度があるかも、というレベルのところ。プログラミングとかするサークル所属しているが、義務とかがあるわけでもないので所属しているだけに近い。プログラミング楽しいけどゲームしてる方が楽しい

就活

就活を始めたのは2018年1月だった。

どこに就職したいとか、社会に出て何がしたいとか。そんなものは何もなかった。ただ周りが先に行く焦燥感学費を借りた親族への罪悪感に追われて就職を考えていた。サークルの優秀な同期が進路を拓いている中ずっと腐っており、おこぼれで逆求人という就活イベントに参加したのが1月である逆求人というのは、学生企業の人事やエンジニア自身プレゼンするイベント

自分能力容姿も明朗さもなかったが、サークルでみんなやってたような活動を「それっぽく」プレゼンしたらそれなりに良い評価を受けた。後から思うと地元で他の学生レベルが低かったのも大きかったんだろう。名前を聞いたことあるような企業とも会って、一次選考免除とかの話をもらって調子に乗った。

2月はそのイベント後に面談選考もらった企業面談したりして過ごしていた。といっても明確なビジョンが何もないため、空っぽの「それっぽい」ビジョンを喋ってポイント稼ぎしていたというのが正しい。この時の企業の1つはそのまま選考が進んで内々定をもらった。また、業界で名が通っている企業地元に有ったので応募したのもこの頃。就活中で自分からアクションを起こしたのはこれが最初最後だった。

3月。というか2月末くらいか調子に乗って応募した選考のお祈りが届き始める。ここで身の丈を知る。業界でもトップに近いような企業に応募していたが、当然のごとく及ばなかった。脆弱な心はボロボロになったが、それに勝る焦燥感無職になることへの恐怖で就活を続ける。この後2,3回ほど似たようなイベントに参加して、益体のない「それっぽい」アピールを続けていた。似たような流れでそこそこの企業数社から内々定をもらう。失礼極まりない話だが、自分の「それっぽさ」で騙される人は一定以上いたと思う。選考による数重のフィルターの内穴が重なって通過してしまった。

5月ごろ、その中の一社内定承諾を返した。数社から内々定をもらっていて、その中にはかなり名の知れた企業も含まれていた。最終的には、待遇とか業務で触る技術に興味があるとかそういった点で決定した。相手にかけるであろう迷惑なんかは考えられなかった。これで就活が終了した。

まとめ

全体として、偶々今はIT系の学生待遇良いので上手く時流に引っかかって就職もできた。幸運だっただけ。能力ではなく「ぽさ」で騙して就職してしまっているし、来月から先に劣等感能力差が顕出して鬱か何かで壊れるだろう。本当にクソな人間だなと思う。早期に内々定をくれた企業には迷惑をかけたし申し訳ない。それ以上に騙す形で無価値人材採用させた内定承諾先に迷惑をかけているわけだけど。

無理やりオチをつけるなら、今の新卒就活では「それっぽさ」を上手く演出できればそこそこの企業への就職はかなり容易と感じる。400万/年くらいなら軽く狙える。トップ企業でもない限りホワイトボードコーディングみたいな試験はないし、コードテスト大学の貧弱なプログラミング授業レベル問題が過半だった。選考でも特定技術分野について深く聞かれる機会はほとんどない。ただ、何かしらの能力がないとゴミ自分ゴミだった。

2018-06-12

クローズアップ現代+逆求人ツテで転職激変する人材争奪戦超人手不足で…」6月11日

来春卒業する学生採用面接が解禁。去年を上回る超売り手市場といわれる中、従来の新卒一括採用とは違う手法に注目が集まっている。就活構造変化の最前線に迫る。


逆求人フェスティバルとは、経営者採用担当者と1対1で面談し、企業からスカウト」される就職活動イベントです。就活サポート部が個別就職活動アドバイスします。

逆求人とは

これまでの新卒採用では、企業就活サイトなどに募集を出し、それに対して学生が応募するというスタイル一般的でした。しか逆求人では、学生逆求人就活サイトへの自己アピール掲載や、逆求人イベント等に参加して自身アピール。それに対し、企業が興味を持った学生ダイレクトアプローチするという手法です。いわば、新卒版のダイレクトリクルーティングとも言える新しい就活スタイルです。

特に就職する企業知名度労働条件などではなく、「自身のやりたい事が実現できるか」「自身スキルを活かせるか」という視点で選ぶ意欲的な学生と、規模は小さくても採用意欲の高い中小企業ベンチャー企業とのマッチングに適している手法であると言われています

2018-04-22

anond:20180420184440

俺も学生時代そこまでPR出来る事は無かったんだけど、逆求人系のイベントに参加した時にひたすら普通の人とは違うって言いまくったらソニーの最終面接は行けた。

最終面接が緊張しすぎて何も喋れなかったのと、大学の成績が糞だったので駄目だったけど。

普通の人とは違うって言うのも、IT関係ではあるけど実務では全然使えない様な事(匿名から具体的には話せないけど、イメージで言うとスマホを何台も分解した事あるとかそんな感じ)。当時何でそんな訳の分からない事にハマったのかとかをエピソード添えつつ話した。

逆求人系のイベント場合パワポOKだったりするので、キャラや人柄を重視するWeb系の刺さりは良かったよ。

2018-01-07

Web系での就活について

はじめに

そろそろ就活シーズンなので、数年前の就職活動の思い出を書くことにしました。

私はネイティブアプリフロントエンドエンジニアとして、Web系と呼ばれる会社選考を受けました。

10社ほどの選考を受け、2社からお祈りされ、4社辞退し、4社から内定を頂きました。

この記事のねらい

色々思い出してきたので、個人的に良かった会社と悪かった会社愚痴を書きます

スケジュール

当時大学院1年生だった私は、10月逆求人系のイベントに2回ほど行き、お互いに「良いな」と口に出し合った企業選考を受け、1月就職活動を終えました。

良かった会社と悪かった会社の違い

結論から言えば、「人事の方がどれだけ学生目線で考えてくださっているか」に尽きます

最初から企業理念事業内容・エンジニア雰囲気については良いと思えた会社のみの選考を受けましたので、結局は人事の方がどのように接してくださったかが肝でした。

良かった会社

お祈りをされてしまいましたが、目黒のL社の人事の方の対応は素晴らしいものでした。

お祈りメールを頂いた後に、「なぜ選考に落ちたのか」を訪ねたところ、たった1日で採用担当者の方に掛け合って頂いた上で詳細な理由をご教示頂いたからです。

悪かった会社

M社

M社については、選考を辞退した際に人事の方から社会人経験の長い私からアドバイスがしたい」とお話を頂いたので、半信半疑ビデオ通話をして頂きました。他の会社に進む理由を1分ほど話せば「それはウチの会社でもできるよね!」と一生懸命覚えたであろう自社のアピールポイント10分ほど立て続けに喋り続ける、ということを繰り返すだけで、話は平行線に終わってしまい、心底疲れました。

P社

P社については、2次選考までは順調でした。お互い途中までは意気投合していたこともあり、面接が終わったその場で合格を頂いたのは後にも先にもこの会社だけでした。しかし、3次選考が5日間のフルタイム無賃インターンであることが判明してから、流れは大きく変わりました。

どうにかならないか人事に掛け合った結果、「あなたのことは大変良く気に入っています!なので、最終選考を終えた後、内定が出たら無賃インターンをしてもらえればと思いましたが、どうですか?」と素晴らしい提案を頂きました。なぜ私のことをよく気に入ったにも関わらず、内定を出した後に無賃インターンをするのでしょうか…?私の実家年収がかなり低く、はっきり言って無賃インターンを5日間もしていては生活が回りません。そこで改めて三次選考についての再考をお願いしたところ、メールが返ってこなくなってしまいました(これは私も悪いと思いますが)。メール一言ぐらいは返して欲しいですが…

W社

W社については選考を受けておりませんが、「あなたが夏に体験した弊社のインターンについて何か意見を頂けませんか?」というお話を人事の方から頂いたのでビデオ通話を行いました。ところが、私が就活クロージングし始めていることを伝えたにも関わらず、途中からあなたは弊社について誤解をしていますCTOと是非ランチに行って誤解を解きませんか?」としか仰らなくなり、流石に苦笑してしまいました。私の先輩をサイレントお祈りしたり、違法アニメアップロードサイトリンクを呟いたりする人事の方がいらっしゃる会社というのは存じておりましたからあまりショックはありませんでしたが。

2017-11-01

大学に行けなくなってしまった

今期取らないと留年が確定するのに

どうしても朝起きられない日が続いて学校にいけなくなった

就活始めてるのに卒業できるかわからない

親が喧嘩したり

説教ばかり、またはもう片方の親の愚痴ばかりで

家にも居場所がない

つらい

バイトはいけるし

面接とか、企業の人と話すのはできる

開発とか企画が好きでアプリ作るのが楽しい

勉強テストだけの科目ならちゃんと点数取れるくらいには取り組める

でも今日どちらも取り組もうと思ったらそれすらできなくなった

ひたすら寝ている

寝ているだけなのに疲れました

友達相談しようにも友達ふつうに出来てることだし家族は話す以前の問題なので

ここに書きました

どうしてこうなっちゃったんだろ

追記

トラバ(?)ありがとうございます

  • 就活終わってるでしょ?

18卒ではなく19卒です、逆求人系のサイトにいくつか登録してるのでそれ経由で面談をしています

  • まだ始まってない気がするけど

19卒の就活解禁が12月からなのですが経団連スケジュールに乗るか乗らないか企業次第らしく

また、面談選考じゃない(らしい)ので就活と言うのはちょっと語弊があったかもしれません。

ただもう某逆求人サイトからオファーだったり面談しないかという連絡をいただいています

それをいくつか受けて面談しています

2017-10-05

新卒で優良上場企業に入ったけどブラックだった話。<1>

中堅関西私立卒業24OLです。

上場しており、勤続年数も長く、

綺麗な財務表を持つ

ホワイト商社に入ったにも

関わらず

新卒で入った会社ブラックだった。

長くなるが、どのようにブラックだったのかを書いていく。

研修

某●〇〇新薬さんにあったような

洗脳研修があった。(HP口コミサイトにはそのような記述はなかった。)

仕事内容

説明会で聞いた仕事内容と実際の仕事内容が全体的にかなり異なる。(ただし、嘘を言っているというよりうまく肝心な仕事の肝になる部分を説明していないだけ。最終面接では、少し仕事内容が明かされた。)また、私の配属となった部署では新人を入れる前にコストダウンという名目システムをかなり難易度の高いものしており、新人をいれたのはベテランシステム操作についていけなくなったという理由もあった。つまり簡単にいうと、面接では幹部候補だ、なんだとあおりつうめんどくさい複雑なことをやってもらう係として呼ばれたわけだ。

・配属部署

入ってから知ったが、

部署ごとに利益をでているでていないにかなり差があり、配属されたのは利益が全くでていない部署だった。(社外秘情報だった)そのため、自分や同期たちが部署に配属されたのは、約10年ぶりだった。

離職率

勤続年数〇〇年以上という言葉にいつわりはなかったようだが、私が配属になった部署では

本部長が配属されてから2年で若い人が3人3年以内で退職していた。人がばんばん辞めると社内でも評判の部署だったのだ。勿論、会社HPにはそのような記述はなかった。

・同じ課の上司たち

直属の課長株主会社からの異業種出向組であり、時々全く見当はずれの指示を新人である自分にとばしてきた。また異業種出身プライドが高く、会社カラーにあっていないこともあわさって社内からかなり評判が悪かった。普通指導員や間の管理職が間に入りフォローしないといけないところなのだが、指導員はアスペ気味で、「上司命令絶対だけど、異業種出向組課長の言うことをきいてミスしたのはあなたが何も考えないで仕事をしていたからでしょ?」のような言葉がけしかできないタイプの人だった。同じ課の営業事務さんは50過ぎ独身の超ベテランであり、仕事を教えているようにみせてたまにわざと間違ったことを教えたり、教えてくれなかったりすることがあった。例えば、ある業務イレギュラーなことがおこり、それについて質問し指示されたように仕事をするとなぜか多部署に回ってから修正がくる。その一連の流れをたまたま近くで聞いてきた本部長がフォローしてくれたのだが、それは基本中の基本であり、どう考えても意図的に嘘を教えわざとミスをさせたとしか思えない指示だった。ちなみに、教えてもらってないことが、なぜか教えてもらったことがあることになっていて怒られたり(一度は指導員が指摘し庇ってくれた)、彼女の隠していたミスで私がミスたこともあった。

・同じ部署上司たち

記述の通りかなり離職率の高い部署であり、その主な原因を作っている名物部長のことを私は心の中でパワハラ部長と呼んでいた。はたまた名前から想像いただけると思うが、終始パワハラをしている昭和の歩く化石のような人だ。配属して2週間も経たないうちに、私もその洗礼をくらった。上記で説明した営業事務さんに仕事を教えてもらい、初めてこなした受注処理で2,3点ミスをしたのだ。

ここで突然パワハラ部長が先にふんぞりかえったまま叫び始めた。「なんでそんなに簡単なこともできないんだ、頭がおかしいのか、代わりはいくらでもいるからさっさと辞めろ、この役ただずが、ブスのくせに仕事もできないのか」

驚くべきことに彼は一度スイッチが入るとまることをしらず、小一時間ほどずっと叫び続けていた。彼の中でターゲットになっている人間が2,3人おり、運の悪いことに標的となってしまった。波はあったが、結局私が退社するまで続いた。

・同じ課の先輩たち

先輩たちといっても、時代遅れ遺物たちがうごめく若手が少ない部署であったため、30代の先輩が6人しかいなかったが、様々な人がいた。(そのうち1人は私が在職中に退職し、3人は私と同時期に中途で入社された方だった。)仕事が抜群にできるかっこいい人もいれば、ミスが多くても愛嬌カバーする人もいた。共通していたのはみんながみんなほとんどストレスチェックでひっかかり、6人中2人が精神科に通っていた。そして、業務中死んだ目で上司会社の不満を述べ、新人をいびりながら仕事をしていた。正直、いくら仕事ができる人でもこんな風になりたいと思えるような人は一人もいなかった。

・同期たち

基本的に当たり障りのない気の良い奴ばかりだったのだが、一人どうしても相容れない存在の同性の同期がいた。簡潔に言うと、その同期は私と全く同じポジションを配属希望としていたのだが運悪く別部署に配属になった。女性の皆さんにはとてもなじみのあることだと思うが、女性同士は男性よりも分かりにくく出る杭を許さないことが多い。彼女は配属発表をさかいに少しずつ豹変して言った。彼女浪人しており、私より一つ年上だったのだが、二人きりの時だけマウンティングしかけ、年上先輩ヅラするようになっていった。彼女が理性をたもてていた営業研修までは陰湿嫌がらせのみだったが、(基本私はスルーするか、彼女距離をおくかだった)彼女営業成績がおもわしくなく、私にぼろ負けした後は周りの目を気にせずわたしメスゴリラのように鼻息荒く私を威嚇するようになっていった。そして営業研修後の本社研修で、同期や上司がいる前で「誰と寝たねん、それか誰の娘やねん」という暴言をはき、その横暴さと私たち関係性が会社で広く知られることとなった。これは書くか書かないか迷ったが、ここまできたら勇気をだして書いてみようと思う。研修中、彼女の部屋に呼ばれ、言われるがままにコテで髪を巻いてもらった。すると、突然、髪を引っ張る時にデコゴン、と熱いままのコテデコをなぐられた。あ、ごめん大丈夫?と軽く謝られたのでながしたがデコには2週間ほど火傷の跡が残ってしまい、2日ほどヒリヒリした痛みが消えなかった。コテで殴られた次の日が彼女誕生日だったため、私は同期に声をかけドッキリサプライズパーティー企画していた。私は色々と彼女に言いたいことはあるが、せっかくの誕生日だし、同期なのだから長い付き合いになるかもしれないし、謝ってくれたのだから昨日のことは水にながそうと思い何事もなかったかのように彼女に接していた。そんな彼女が私の顔を見ていった一言は、「〇〇ちゃん、デコどうしたの?大丈夫??」だった。

いや~忘れるわけないよね。びっくりするよねほんとにもう。おそらく、コテデコを殴ったのはわざとで、で自分コテで殴ってできたキズだってわかってて、でも自分誕生日パーティーかつ他同期の前では何も言えないということをわかって、いったのだろう。

・社内いじめについて

空気が読めず嫌われているおじさんが、ある朝会社に来ると新しく採用された人のためのスペースを作るどさくさにまぎれて、机と椅子荷物が隠されていたという事件があった。

そのような環境の中で大学出たてのぺーぺーが働くとどうなるかというと、もうひたすらにやんだ。周りの大学の先輩や友達相談にのってもらい、「この会社ちょっとやばい、3年我慢して逃げよう」と考えてはいものの、まともな指示をしない教えてくれない上司たち、呪詛のような言葉をひとり叫び続けているパワハラ部長、足を引っ張る同期に、必死仕事に食らいついたもののしだいにこわれていき、ミスを連発するようになった。(パワハラ部長には、ひどい時には通りすがりに「早く死ね」と言われることも何度かあった。)

そんな中、同場所別課の課長さんが私の様子を見かねて、別の部署に異動を働きかけてくれた。小さなオフィスだったため、良くも悪くもお互いが話していることは筒抜けでありそのため私も状況を把握できた。正直かなりホッとした。ある時、たまたま偶然飲み会で私の異動先の課長ら(A)と一緒になり、少し話す機会があった。その際に話題になったのが、私の異業種からの出向組上長だった。

「おれ、あなた上司嫌いなんだけど。挨拶されたことないからさあ。失礼だよね。」

ほぼ一言目がそれである

ここで私が悩んだのは、上司悪口を一緒になって言うか、現上司自分の身ができるだけ危うくならないよう、かばうかだった。正直、現上司仕事ができる様子はないし、変な指示をとばしてくるし嫌われてるし非常に上司として迷惑だ。でも50を過ぎて違う業界で急に管理職なんて苦労するのは当たり前だし、パワハラ上司を筆頭にまともな上司が少ない中、まだ私にニコニコとまともなフォローをしてくれるほぼ唯一の味方だった。そして私は考えた。もしかして、Aは私を試しているのではないのか?だって、現上司のことあからさまに悪口いうようなやつ、欲しいか自分悪口言われると思うんじゃないの?この会社暗黙の了解で競合の悪口他者に言っちゃいけないってあるし、きっとそうだ。

思考を巡らしたあげく、私は

挨拶をしていないというのは知らなかった、私や部署の人には挨拶してくれる。でも挨拶を本当にしていないならそれはショックだ。たまにこういうことを他の人からも言われるが、どうしていいかからない。」

となんとも容量の得ない

返答をした。

頭の巡りがわるい私が考えた当たり障りのない、返答であったが、翌日わたしが耳にしたのはAが私を気に入らない、いらないと言っているという話だった。

私は知らなかったのだが、異業種出向組課長を受け入れるに当たって業務良好だったのにも関わらず異動させられたのがAだったらしいのだ。つまり、異業種出向組課長のことは、私は何が何でも悪く言わなければならなかったのだ。

私はついに思った。

ダメだ、頑張ったけど

この会社での人生詰んだ、終わったわ」と。

そして私は決意した。

「1年きっかりで次決めて辞めよう」

決めてからは行動が早かった。

逆求人サイト(学歴資格、在籍企業情報登録すると企業スカウトしてくれるサイト。つまりこちから応募するのではなく、向こうからオファーがくる)に登録し、面接し、内定がでた。正直多少条件は前よりも落ちる。でも、やった!!逃げられる!!とは

思ったのだがその際かなり精神的にまいっており威勢良く「次決まったから辞めますさよなら」と会社自分決断に自信を持って宣言する度胸はなく、実際は

プルプルと生まれたての子羊のようにふるえながら「向いてないと思うのでもう辞めたいです、

無理です」と消え入りそうな声で訴えるだけで精一杯だった。

当時は自分では冷静に正常に思考できていたつもりだったが、かなりガタがきていたのだろうと思う。まともな自分であれば突っぱねられたはずが、

「1年で辞めたら、この先ずっとなんで1年で辞めたの?って言われるよ」

「君はすごく必要人間だよ。これからもこの部署でこの課で頑張ってもらいたい。」

「同い年の息子がいる、娘のように思っている」

異業種出向組の課長の歯の浮くようなあることないこと綺麗事言葉にだまされ、私はきまった内定を蹴り、慰留してしまった。

続く

 
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