2017-10-05

新卒で優良上場企業に入ったけどブラックだった話。<1>

中堅関西私立卒業24OLです。

上場しており、勤続年数も長く、

綺麗な財務表を持つ

ホワイト商社に入ったにも

関わらず

新卒で入った会社ブラックだった。

長くなるが、どのようにブラックだったのかを書いていく。

研修

某●〇〇新薬さんにあったような

洗脳研修があった。(HP口コミサイトにはそのような記述はなかった。)

仕事内容

説明会で聞いた仕事内容と実際の仕事内容が全体的にかなり異なる。(ただし、嘘を言っているというよりうまく肝心な仕事の肝になる部分を説明していないだけ。最終面接では、少し仕事内容が明かされた。)また、私の配属となった部署では新人を入れる前にコストダウンという名目システムをかなり難易度の高いものしており、新人をいれたのはベテランシステム操作についていけなくなったという理由もあった。つまり簡単にいうと、面接では幹部候補だ、なんだとあおりつうめんどくさい複雑なことをやってもらう係として呼ばれたわけだ。

・配属部署

入ってから知ったが、

部署ごとに利益をでているでていないにかなり差があり、配属されたのは利益が全くでていない部署だった。(社外秘情報だった)そのため、自分や同期たちが部署に配属されたのは、約10年ぶりだった。

離職率

勤続年数〇〇年以上という言葉にいつわりはなかったようだが、私が配属になった部署では

本部長が配属されてから2年で若い人が3人3年以内で退職していた。人がばんばん辞めると社内でも評判の部署だったのだ。勿論、会社HPにはそのような記述はなかった。

・同じ課の上司たち

直属の課長株主会社からの異業種出向組であり、時々全く見当はずれの指示を新人である自分にとばしてきた。また異業種出身プライドが高く、会社カラーにあっていないこともあわさって社内からかなり評判が悪かった。普通指導員や間の管理職が間に入りフォローしないといけないところなのだが、指導員はアスペ気味で、「上司命令絶対だけど、異業種出向組課長の言うことをきいてミスしたのはあなたが何も考えないで仕事をしていたからでしょ?」のような言葉がけしかできないタイプの人だった。同じ課の営業事務さんは50過ぎ独身の超ベテランであり、仕事を教えているようにみせてたまにわざと間違ったことを教えたり、教えてくれなかったりすることがあった。例えば、ある業務イレギュラーなことがおこり、それについて質問し指示されたように仕事をするとなぜか多部署に回ってから修正がくる。その一連の流れをたまたま近くで聞いてきた本部長がフォローしてくれたのだが、それは基本中の基本であり、どう考えても意図的に嘘を教えわざとミスをさせたとしか思えない指示だった。ちなみに、教えてもらってないことが、なぜか教えてもらったことがあることになっていて怒られたり(一度は指導員が指摘し庇ってくれた)、彼女の隠していたミスで私がミスたこともあった。

・同じ部署上司たち

記述の通りかなり離職率の高い部署であり、その主な原因を作っている名物部長のことを私は心の中でパワハラ部長と呼んでいた。はたまた名前から想像いただけると思うが、終始パワハラをしている昭和の歩く化石のような人だ。配属して2週間も経たないうちに、私もその洗礼をくらった。上記で説明した営業事務さんに仕事を教えてもらい、初めてこなした受注処理で2,3点ミスをしたのだ。

ここで突然パワハラ部長が先にふんぞりかえったまま叫び始めた。「なんでそんなに簡単なこともできないんだ、頭がおかしいのか、代わりはいくらでもいるからさっさと辞めろ、この役ただずが、ブスのくせに仕事もできないのか」

驚くべきことに彼は一度スイッチが入るとまることをしらず、小一時間ほどずっと叫び続けていた。彼の中でターゲットになっている人間が2,3人おり、運の悪いことに標的となってしまった。波はあったが、結局私が退社するまで続いた。

・同じ課の先輩たち

先輩たちといっても、時代遅れ遺物たちがうごめく若手が少ない部署であったため、30代の先輩が6人しかいなかったが、様々な人がいた。(そのうち1人は私が在職中に退職し、3人は私と同時期に中途で入社された方だった。)仕事が抜群にできるかっこいい人もいれば、ミスが多くても愛嬌カバーする人もいた。共通していたのはみんながみんなほとんどストレスチェックでひっかかり、6人中2人が精神科に通っていた。そして、業務中死んだ目で上司会社の不満を述べ、新人をいびりながら仕事をしていた。正直、いくら仕事ができる人でもこんな風になりたいと思えるような人は一人もいなかった。

・同期たち

基本的に当たり障りのない気の良い奴ばかりだったのだが、一人どうしても相容れない存在の同性の同期がいた。簡潔に言うと、その同期は私と全く同じポジションを配属希望としていたのだが運悪く別部署に配属になった。女性の皆さんにはとてもなじみのあることだと思うが、女性同士は男性よりも分かりにくく出る杭を許さないことが多い。彼女は配属発表をさかいに少しずつ豹変して言った。彼女浪人しており、私より一つ年上だったのだが、二人きりの時だけマウンティングしかけ、年上先輩ヅラするようになっていった。彼女が理性をたもてていた営業研修までは陰湿嫌がらせのみだったが、(基本私はスルーするか、彼女距離をおくかだった)彼女営業成績がおもわしくなく、私にぼろ負けした後は周りの目を気にせずわたしメスゴリラのように鼻息荒く私を威嚇するようになっていった。そして営業研修後の本社研修で、同期や上司がいる前で「誰と寝たねん、それか誰の娘やねん」という暴言をはき、その横暴さと私たち関係性が会社で広く知られることとなった。これは書くか書かないか迷ったが、ここまできたら勇気をだして書いてみようと思う。研修中、彼女の部屋に呼ばれ、言われるがままにコテで髪を巻いてもらった。すると、突然、髪を引っ張る時にデコゴン、と熱いままのコテデコをなぐられた。あ、ごめん大丈夫?と軽く謝られたのでながしたがデコには2週間ほど火傷の跡が残ってしまい、2日ほどヒリヒリした痛みが消えなかった。コテで殴られた次の日が彼女誕生日だったため、私は同期に声をかけドッキリサプライズパーティー企画していた。私は色々と彼女に言いたいことはあるが、せっかくの誕生日だし、同期なのだから長い付き合いになるかもしれないし、謝ってくれたのだから昨日のことは水にながそうと思い何事もなかったかのように彼女に接していた。そんな彼女が私の顔を見ていった一言は、「〇〇ちゃん、デコどうしたの?大丈夫??」だった。

いや~忘れるわけないよね。びっくりするよねほんとにもう。おそらく、コテデコを殴ったのはわざとで、で自分コテで殴ってできたキズだってわかってて、でも自分誕生日パーティーかつ他同期の前では何も言えないということをわかって、いったのだろう。

・社内いじめについて

空気が読めず嫌われているおじさんが、ある朝会社に来ると新しく採用された人のためのスペースを作るどさくさにまぎれて、机と椅子荷物が隠されていたという事件があった。

そのような環境の中で大学出たてのぺーぺーが働くとどうなるかというと、もうひたすらにやんだ。周りの大学の先輩や友達相談にのってもらい、「この会社ちょっとやばい、3年我慢して逃げよう」と考えてはいものの、まともな指示をしない教えてくれない上司たち、呪詛のような言葉をひとり叫び続けているパワハラ部長、足を引っ張る同期に、必死仕事に食らいついたもののしだいにこわれていき、ミスを連発するようになった。(パワハラ部長には、ひどい時には通りすがりに「早く死ね」と言われることも何度かあった。)

そんな中、同場所別課の課長さんが私の様子を見かねて、別の部署に異動を働きかけてくれた。小さなオフィスだったため、良くも悪くもお互いが話していることは筒抜けでありそのため私も状況を把握できた。正直かなりホッとした。ある時、たまたま偶然飲み会で私の異動先の課長ら(A)と一緒になり、少し話す機会があった。その際に話題になったのが、私の異業種からの出向組上長だった。

「おれ、あなた上司嫌いなんだけど。挨拶されたことないからさあ。失礼だよね。」

ほぼ一言目がそれである

ここで私が悩んだのは、上司悪口を一緒になって言うか、現上司自分の身ができるだけ危うくならないよう、かばうかだった。正直、現上司仕事ができる様子はないし、変な指示をとばしてくるし嫌われてるし非常に上司として迷惑だ。でも50を過ぎて違う業界で急に管理職なんて苦労するのは当たり前だし、パワハラ上司を筆頭にまともな上司が少ない中、まだ私にニコニコとまともなフォローをしてくれるほぼ唯一の味方だった。そして私は考えた。もしかして、Aは私を試しているのではないのか?だって、現上司のことあからさまに悪口いうようなやつ、欲しいか自分悪口言われると思うんじゃないの?この会社暗黙の了解で競合の悪口他者に言っちゃいけないってあるし、きっとそうだ。

思考を巡らしたあげく、私は

挨拶をしていないというのは知らなかった、私や部署の人には挨拶してくれる。でも挨拶を本当にしていないならそれはショックだ。たまにこういうことを他の人からも言われるが、どうしていいかからない。」

となんとも容量の得ない

返答をした。

頭の巡りがわるい私が考えた当たり障りのない、返答であったが、翌日わたしが耳にしたのはAが私を気に入らない、いらないと言っているという話だった。

私は知らなかったのだが、異業種出向組課長を受け入れるに当たって業務良好だったのにも関わらず異動させられたのがAだったらしいのだ。つまり、異業種出向組課長のことは、私は何が何でも悪く言わなければならなかったのだ。

私はついに思った。

ダメだ、頑張ったけど

この会社での人生詰んだ、終わったわ」と。

そして私は決意した。

「1年きっかりで次決めて辞めよう」

決めてからは行動が早かった。

逆求人サイト(学歴資格、在籍企業情報登録すると企業スカウトしてくれるサイト。つまりこちから応募するのではなく、向こうからオファーがくる)に登録し、面接し、内定がでた。正直多少条件は前よりも落ちる。でも、やった!!逃げられる!!とは

思ったのだがその際かなり精神的にまいっており威勢良く「次決まったから辞めますさよなら」と会社自分決断に自信を持って宣言する度胸はなく、実際は

プルプルと生まれたての子羊のようにふるえながら「向いてないと思うのでもう辞めたいです、

無理です」と消え入りそうな声で訴えるだけで精一杯だった。

当時は自分では冷静に正常に思考できていたつもりだったが、かなりガタがきていたのだろうと思う。まともな自分であれば突っぱねられたはずが、

「1年で辞めたら、この先ずっとなんで1年で辞めたの?って言われるよ」

「君はすごく必要人間だよ。これからもこの部署でこの課で頑張ってもらいたい。」

「同い年の息子がいる、娘のように思っている」

異業種出向組の課長の歯の浮くようなあることないこと綺麗事言葉にだまされ、私はきまった内定を蹴り、慰留してしまった。

続く

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