はてなキーワード: 再放送とは
逃げちゃダメだ逃げちゃダメだっていうのが染み付いてる世代のせいかって思ったんだけど、私あれ地上波一挙再放送で観たんだった。オタクデビュー遅かったし。
それはともかくとして、いつからか、逃げるのはよくないと思うようになっていた。
実は数年来悩んでいることがあって、詳細は控えますが、原因のメインは私自身のことではない。けど、人間関係と捉えると私のこととも言える。
ずっとそのことは脇に置いて、仕事頑張りつつ、楽しいことをたくさんしてきた。解決されないまま時間は流れ、これでいいのかなとふと思ったんだった。
ここらで向き合おうかな。私自身の成長にもなるかもだし、とか思った気がする。
今思えばその頃から、心がどこか、少しおかしくなった。基本的には大丈夫なんだけど、ふとしたときに体が言うことをきかない。なんかおかしいことをしてしまう。例えば仕事中突然パズルゲームするとか(別にスマホ触るの禁止されてはないけど)。おしゃれしようとしたのに途中でどうでもよくなるとか。
あと、私同人活動してるんですけど創作意欲が落ちた。めっちゃ落ちた。
心療クリニックで(私はそういうところへ行くことに全然抵抗がない)悩みについて話してみたけど、あまり伝わらなかった。たぶん状況が特殊すぎるせい。全部説明するのも難しい。
強迫症?神経症?そんな感じのこと言われた。つまり「そのことを考えすぎ」ってことだそう。「あなたは何がしたい?それをもっと考えないと」と言われて、好きなことはたくさんしてきましたと言っても伝わらない。「もっと、具体的に考えてみないと」と言われる。「あなたが主人公なのだから」いやそんなんわかっとるわ!他人が主人公やったらいややろ!使い古された言葉つかわんといて!!「あなたからは恋愛の話も聞かないし」「いや興味ないんで」
この先生、常識人すぎて理解がないのでは?と思い、もうやめよう、他のクリニックに行ってみようとも思った。
でももう少し、と思って続けてた。
なんか、そういうパワーのある先生だった。
急激にやばいと思う日があった。無理、と思って、嘘の用事を作って会社を出て、ひたすらうろうろしてた。悩みの原因のことについて、私のせいだと思った。私のせい私のせい。独歩かよ。川を見たり地下鉄見たりしてた。この日のことよく覚えてない。
その数日後、夢を見た。
私はイケメン若手俳優になっていて、同じくイケメン若手俳優とホテルの部屋で話している。
途中で予想がついた。そう、そうです。商業BL顔負けのセリフが交わされ、私は彼に抱かれた。
めっちゃすごかった。ほんとすごかった。
後日談まであり、そこでは視点が変わり、二人の気持ちがわからなくなっていた。すごい。私の好きなやつだ。
途中で目覚めた。続きをくれ!!!!!
あっ私、腐女子です。
その日、推し俳優の大舞台抜擢が発表された。心臓が爆発しそう。死ねない。楽しい。なにこれ。急に楽しくなった。
ちなみに夢の2人は推し俳優ではない。でもとりあえず2人が絡んでるツイートは検索しまくって、2人一緒の写真はスクショした。仕方ない。これは仕方ない。
結論から言うと、その日を境に、私の創作意欲は回復し、今はその夢をもとにオリジナル俳優BLを書いています。(公開できそうなものになったらしてみようと思う)
例の悩みが少し遠くなった。
なるほど、そういうことかと思った。何がしたいか考えろというのは、何も人生を必死に考えろということではなく、自分以外のことよりも自分が楽しいことを考えるほうがいい、ということか。
今までずっとそうしてきた。
それは逃避だと思ってきたけど、向き合ってもなかなか解決しないことに、死ぬ思いで時間を割くほど、私は暇じゃない。きっと誰でもそうだよね。
昨日、靴を買った。靴が好きだったことを急に思い出した。最近スニーカーばっかりだったなぁ。今日は服にもこだわってみた。昨日たまたま読んだ、なめられない服装ってやつ。ファッションを戦闘服みたいに考えるのも結構好きなんだった。
楽しいことをたくさんしている人へ、それを逃避だとふと思ってもやめないで。それは罠です。楽しいことをやめてしまったら、人生は結構暗くて怖くてやばいです。
そのふちを少し覗いた私から、誰かに届けばいいなと思い、この文章を書きました。
みんな楽しいことしような!!
BSやNHK総合、教育で制作され放送された過去数十年間のドキュメンタリーを
テーマやリクエストに沿って構成して再放送する「プレミアムカフェ」という枠があるんだけど
始めから終わりまで流れも登場する人の言葉もほとんど暗記してるくらい好きなドキュメントがいくつかあって
自分の中ではその内容のあれこれを事細かに覚えていてもいつも新鮮で身近に感じるんだけど
実際には制作放送年が2002年とか2007年とかもうかなり古くて
自分もそれは歳をとるわけだなと思うと同時にそのドキュメンタリーの中に
自分が観る度に何度もずっと同じ姿のまま登場する人達は今どうしてるのかなと考える
数日や数か月や数年をカメラに切り取られてその動いているところが鮮明に写ってる
海外のどこかで暮らしてるその人たちがいまどうしてるだろうとかまだ生きてるだろうかと考える
年配の人はもう亡くなっているだろうなとかあの若いカップルは今は結婚したろうかそれとも別れただろうか、
ともあれ二人ともあの広大な国のどこかの町で元気に生きているだろうかと考える
名前のはっきりわかっている人はたまに思い出したように検索してみたりして
生きてHPやフェイスブックをやっていると知り合いでもないのになんとなくほっとしたりとかもする
絶対生身のまま会うこともなければネット上ですら言葉も交わさない人達だし
こっちが一方的にそのときのその人を何回も再生してるだけなんだけどときどきものすごく気にしてる
たまたま見ることができただけのその人の人生の一部を共有してる気分になって
こうやって撮られていないだけで同じようにどこかでなにかあれこれやってる人たちが
さて、このエッセイについて
作家の森下くるみさんが過去に出演したアダルトビデオの二次利用としての配信販売の停止の依頼をしたという内容です。
これについて、以下のようなブコメがあり、スターを多く集めていました。
b:id:aramaaaa これは微妙な問題を含んでいて、通常の映画作品で出演者の誰かが販売を停止したいと考えた場合できるのかってこと。AVとはもちろん若干違うのだが、法律上は同じ「映画の著作物」ではないかと思うので
b:id:unfettered アダルトだけに、この行為は理解できるものの、今後あらゆる表現物が、出演者の「忘れられる権利」によって廃盤にされたり本人出演シーンにぼかしが入れられたりすることにはならないか、が心配。
確かに、こういう点は気になるかと思います。ですが、結論から言うとそのご心配は「杞憂」です。アダルトビデオを含む「映画の著作物」は、通常は出演者の意向によって廃盤になることはありません。
アダルトビデオといえども、著作権法上における「映画の著作物」であることは基本的に否定され得ないですが、その出演者であるAV女優には、出演したアダルトビデオの著作権は別途契約上の定めがない限り与えられません。
しかし、このような「映画の著作物の出演者」を含む「実演家」に対しては、著作権法は「実演家の権利」を与えています。
例えば、著作権法91条1項は、実演家の有する「録音権及び録画権」について次のように定めます。
これによって、AV女優は、アダルトビデオのメーカーに対して、自らの演技を録画させることを許諾することができるわけです。同様に著作権法は実演家に対して「放送権及び有線放送権(テレビ・ラジオに限りネットは含まない)」「送信可能化権(平たく言うと、ネット配信のためにデータをサーバにアップする権利)」「譲渡権(録音物録画物の頒布の権利)」「貸与権(音楽のみ。映画は含まない)」を与えています。
そうすると「なんだ、実演家の権利で簡単に出演作の販売差し止めできるじゃん」と思うかもしれませんが、話はそう簡単ではありません。
「映画の著作物」に出演した実演家の権利は、著作権法は非常に厳しい制限をかけているのです。
先ほど上げた実演家の録音権録画権に関する著作権法92条2項は以下のように定めます。
前項の規定は、同項に規定する権利を有する者の許諾を得て映画の著作物において録音され、又は録画された実演については、これを録音物(音を専ら影像とともに再生することを目的とするものを除く。)に録音する場合を除き、適用しない。
どういうことかというと、映画のサントラに映画の音を録音する場合を除き、「一回出演OKって言ったら、その後あんたの録音権録画権を行使する機会はないからね」という意味です。つまり、昔だったら録った映画のフィルムを複製するのは映画会社の自由だし、いわゆる二次利用のためにビデオテープやDVDを作りまくるのも許諾なしにしていい。加えて、先程挙げた「放送権及び有線放送権」「送信可能化権」「譲渡権」全部そうです。つまり、撮影時のギャラだけ払って撮影OKと言ったら後は著作権者は二次利用し放題、再放送も映画専門チャンネルでの配信もパッケージソフトの販売もダウンロード販売も自由ということです。
なんでこうなっているかというと、まあ、映画産業においてこれを俳優に与えていたらとてもじゃないけど産業が成立しない、ってことなんですけどね。もちろん契約で上書きすることは可能ですけど、そんな面倒くさい俳優使う理由もないですし(大物になれば別かもしれませんけど)。
#ちなみにワンチャンス主義の適用のない音楽業界はどうかというと、これは録音時にレコード会社が「実演家の権利」を買い取ってしまうのが通例です。こっちはこれでなんで問題にならないかと言うと、まあ、そういうもんだで通っているからですかね。
というわけで、「映画の著作物」は、「通常の場合」出演者の意向によって廃盤になることはないのです。
とはいえ、もちろんこれは「出演に同意があった」場合の話です。昨今問題になった「出演強要」あるいは「台本と異なる強制性交」これらはもちろんのこと「出演の合意」など仮にあったとしても無効ですから、二次利用についても同様に消すことができます。そういう意味で言えば、アダルトビデオメーカー側も、女優と契約書を交わして「何がOKで何がNG」と女優の意思を残しておくことが、メーカーを守ることにもつながるのですけどね。これについては毎日新聞がいい記事を書いていてくれました。
森下くるみさんの場合は、契約書なんてなかったとはいえ、御本人の執筆活動などを通して「出演への同意はあった」ことは「黙示の同意」として明らか(なんか変な表現だな)ですから、ここは問題に成りえません。
また、アダルトビデオは通常の映画の著作物と異なり、一旦出演者が出演に合意したとしても、その後になって出演者の人権を著しく侵害するおそれを持ちうる性質のものです。こういうものに関しては、個別の事情ごとに考慮することで、人権と著作権のバランスに考慮するような裁判所の判断が下ることもありうるでしょう。
自主的な取り組みとして、AV人権倫理機構による配信停止申し込みの代行とそれに応じるメーカー、プロダクションの動きも重要です。これについては、AV人権倫理機構が自ら書いている通り、「当機構に賛同する枠組み内のAVメーカーやプロダクションを対象としております。それ以外のメーカーや無修正などのAV作品の場合、当機構では対応が出来ません」という限界はありますが、逆に言えばこれらのメーカーやプロダクションをユーザー側が支持することで、市場原理により賛同しないメーカーを市場から退場させることもできるでしょう(闇市場については完全に刑事機構に委ねるしかないため、そこは本稿では触れられません)。
アダルトビデオ専門チャンネルでAV大賞のようなイベントやAV女優のトーク番組を除く「放送するためだけのアダルトビデオ」を制作することがあるかどうかわかりませんがそれがないという前提で本論から外れるので補足としましたが、上記の「ワンチャンス主義」はあくまで「映画の著作物」に適用されるもので、TVドラマやTVアニメには適用がありません。
つまり、かつては「録音録画」の概念がなかった生放送は言うに及ばず、一旦収録した後編集等を加えてから放送するドラマやアニメにしても、こちらの二次利用(映像ソフト化やネット配信など)は、収録の契約とは別途の契約が必要になるのです。なお、放送の許諾を出演者から得た場合、放送のために一旦収録することや、それを系列局に送ったり他の局に放映権を売って放送することはできますが、その場合は出演者に「相当な額の報酬」を払わなければなりません。ブコメでid: shigak19 さんが書いていたのはこれに基づくものです。また、映像ソフト化やネット配信は当然できません。
なんで映画(含むパッケージソフト産業)とTV番組でこうも違うんだと言うと、まあ立法された1970年のメディア産業構造の違いによるとしか言えないでしょうね。その後で産業側の方が構造固定化されたために、実務上も問題になっていないということで。
ただ、この違いがとんでもない問題になっているのが「昔のTV番組のWEBアーカイブ化」で、映画(含むセルビデオ)は文化遺産としてのウェブアーカイブ化は著作権者の同意があればできるのに対し、TV番組は著作権者だけではなくエキストラの一人にいたるまで同意を得ないとWEBアーカイブができないのです。本人が死亡した場合は遺族の発見とか、存命中でも芸能界を引退した人とか、元子役とかだとまず連絡を取ることができません。しかも結構な大物でも、死後や引退後数年で簡単に連絡先不明になります。TV番組にワンチャンス主義が採用されていないのは、この点では問題なのです。
相棒の再放送とか映画のテレビ放送を見ていると大杉漣さんがとてもよくその作品になじんで出演していて
それでふとした瞬間にああそういえばもうこの人はいないんだった、と思う
こちらの世界の側の悲しみや寂しさが頭の中で二の次になっている
物語が終わって初めて改めてもういない人、と思う
「あまちゃん」での忠兵衛さん役の蟹江敬三さんなんかもそんな感じする
物語を見ているときはただその物語の世界の中の人で、再生する度にその中の生をごく普通に生きてる
ほんとにいい役者さんだったのだなあと思う
その本人自体を感じさせないままそれぞれの作品の中にごく自然にいて
そういう姿をいくつもの作品でそのたび見ることができるのしみじみ幸福だと思った
思い出せばもちろん寂しいけど
童謡は古い名曲と言うイメージがあるが、著作権は継続しているものが少なくないんだな。
ちいさい秋みつけた
サッちゃん
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%83%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93
里の秋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8C%E3%81%AE%E7%A7%8B
山口さんちのツトム君
本作の大ヒットにより、ツトム君の視点から幼馴染の女の子との別れを語るアンサーソング『ユミちゃんの引越し 〜さよならツトム君〜』が制作され、『みんなのうた』で1976年10月-11月に放送された。続編では、ツトム君の幼馴染みの女の子の名前がユミちゃんであることが明かされた。ようやく再放送されたのは2012年10-11月だったが、36年ぶりの放送だった。
これは知らなかった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%A5%E8%AC%A1
狭義には日本において大正時代後期以降、子供に歌われることを目的に作られた創作歌曲を指す。厳密には創作童謡(そうさくどうよう)と呼ばれる。この意味で用いる場合は、学校教育用に創作された唱歌や、自然発生的に作られたわらべ歌(自然童謡、伝承童謡)は含まれない。日本国外の子供向け歌曲についても、同様の傾向をもつものを「童謡」と呼ぶことがある。
今年は紅白も駅伝(往路・復路とも)もリアルタイムで見たけど、正直それらしい雰囲気が楽しめればいいから流していただけで、そんなに真面目に細かくは見ていない。
正月番組の多くは暇潰しのために作られていると思っているので、あまりにも真面目に細かく見ている人は暇すぎるんじゃないかと思う。基本的にテレビ番組って集中して見てられない性質なので、紅白とかは録画したけど、二度と見返すことなくブルーレイに焼くと思う。ちゃんと見返す人でも好きな歌手のところを録っておきたいとかそういう理由じゃないかな。
そんなもので視聴率を計って右往左往するテレビ局をご苦労さんだと思う。別にわざわざ正月のために新しい番組作らなくても、過去に反響の大きかった番組の再放送とか、昔流行った映画を一通り流してくれるとかそういうのでいいよと思う。
荒れる話題なのは百も承知だから一応スタンスを明確にしとくと、自分は「一期好きだったしとりあえず3話までは観てから判断しよう」派。
荒れるのわかってるなら黙ってろって言われるのはわかってる。だから俺は沈黙を貫いてきた。でも、流石にちょっと我慢できなくなってきたんだ。
今日発表されたのだけど、どうやら二期のEDはカゲロウデイズとかで有名な「じん」が担当するとのこと。
なんか違うんだよな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
去年中旬あたりから感じてたんだけど、「とりあえずニコニコに媚びとこ」みたいな姿勢出しすぎじゃない?
いやじんのことは別に嫌いなわけじゃないよ?(曲聴いたこと無いから好きでも無いけど)でもさ、その起用の理由は?
今の運営的には「けもフレ一期が流行ったのはニコニコで話題になったからだ、今回はターゲット絞っていくぞ」って思ってるんだろうけど
はっきり言ってそれは正直読み違いも甚だしいと思うよ。
例えばさ、プリキュアが突然ネットスラングとか使い出したらどうする?
一瞬話題にはなるかもしれないけど、子供だけじゃなくて今プリキュア観てる大人のお友達層も間違いなく離れていくでしょ。
けもフレも同じでさ、あのあくまで子供向けに作ってる雰囲気が良かったんじゃん。
夏休み朝に再放送できるくらいの児童向けを意識した作りがウケた原因の一つじゃん。
余計な論争生みたくないけどさ。
少なくとも一期の監督はオタク・非オタク、大人・子供無関係に全ての人が楽しめるように、って考えて作ってたと思うよ。
実際それは大成功したわけで。
なーんでこんなに良い素材を持ってるのに「ニコニコのオタク」にターゲット絞っちゃうかなあ。
あとさ、タダでさえ「動物ファースト」ってスローガンに疑問符が立ってるのに
動物をリスペクトしたアニメでじん(自然の敵P)なんて名前の人使ったらそれだけでネタにされるとか分かるじゃん。
いや他にいくらでもいるでしょ。炎上コントロールする気あるの?それとももうここで最後の花火を上げるからどうでも良いの?
100年続くコンテンツってなんだったんだろうな。
気付けば「忠臣蔵」の人気や知名度が無くなってた(らしい)理由の考察など - Togetter
忠臣蔵、そんなに減ってる?と思ったので並べてみた。
こうしてみると、なんだかんだ数年ごとに新作が出てきてペースは変わってないんじゃないのとか、一時期を境に映画とテレビドラマがスパッと切り替わってるんだなとか、そういうことを思った。
今回は、主にWikipediaの情報を整理しただけだが、どうもパロディ要素の強い作品は入っていないようだ。
もちろん、再放送なども入っていないので、リストに無いからといって、全く何もやっていないわけではないということに注意してほしい。
さらに「年末年始に放送された単発ドラマ」という括りで見ると、
となり、特に1987年から1991年までは途切れずに放送されていたため、この頃に「忠臣蔵のスペシャルドラマは毎年恒例」という記憶が醸成されたのではないか。
エンドレスエイトは、京アニがファンを見誤ったのが原因だと思ってる。
2期時、2chに張り付いてた。
28話構成でどうやら新作があるぞと分かり、スレ民は狂喜乱舞。
次回予告無しで情報が無い状態で、どうやら次は笹の葉ラプソディが放送になるぞ!という時には、最速放送となる神戸へ1泊旅行へ行く奴まで現れた。
ここが2期人気の絶頂であったと言える。
1期の仕掛けをより大胆に仕込んできたのが2期。
1期の時系列シャッフル放送が、2期では旧作の再放送に見せかけて告知無しで新作を混ぜてきた。
1期で好評だった作画については、エンドレスエイトという形でより先鋭化したものを出してきたものの、ここが誤算だったのだと思う。
作画オタクの自分としては、同じシナリオなのに毎週変わる作画、演技を楽しんでいたのだが、大半のファンはファッション程度で視聴していて、そんな職人的なコンテンツを見るつもりはなかった。