はてなキーワード: もののあわれとは
「朱子学を批判しつつ、徳川の武士が朱子学を学んだことは無視する。キリスト教精神の混じった新渡戸稲造の武士道を『取り戻せ』と言う。藤原正彦先生が、そうまでして武士道言いたい理由と言えば……」
「鎌倉、江戸……関東を『国家の品格』に一口乗せたいからやろなあ」
「先生のおっしゃる『品格』の柱は『情緒』と『形』。情緒は『もののあわれ』やから、畿内のもの。ここで『形』に儒教を割り当ててしまうと、関東に出る幕がなくなる。儒教や仏教で十分説明できる慈愛その他の倫理に、わざわざ武士道の看板を掛けようとするんは、そのせい」
「大体、騎士道を現代に当てはめること自体、喜劇的な扱い受けてるのに、何で武士道だけ免れられると思えるんやろ……?」
「『国家の品格』に必要なんは『情緒』だけで十分。真っ当な情緒があるなら、そこに慈愛も育たんとおかしい」
「文藝春秋に載った論説やと、先生は『武士道精神』と『ユーモア』を柱にしてはるけど?」
そこで今改めて見直したいのが「武士道精神」です。〔……〕もう一つ、大切なのは「ユーモア」です。(日本と韓国「国家の品格」・文藝春秋2019年10月号)
「ユーモアも大切やわ! 品格に必要なんは『情緒』と『ユーモア』。武士道は必要ない」
「理由はともかく、ユーモアに注目してくれはったんは喜ばしい。ほんでも、藤原先生の実演するユーモアは失礼ながら……」
例えば清の時代の記録によると、李氏朝鮮は毎年、金を百両、銀を千両、それから美女・馬・豚・牛などをそれぞれ三千ずつ貢がなければなりませんでした。美女を差し出せなどと言う中国は本当にひどい国です。羨まし過ぎて絶対に許せません。
紙の動物園を読んだ。短編集だったんだけど、あえて一貫したテーマを当てはめるとしたら「正しさ」になるんじゃないのかなあって思う。
表題作の神の動物園では正しさと後悔をつなげて物語にしているような気がしたし、続く月へでは正しさを法を扱っていたと思う。以下、ほかの短編でも正しさになんやかんやを掛け合わせた一編になっていた。
でもって物語のテイストがそれぞれ違っているもんだから読みごたえがあった。始まりと終わりに、それぞれ違った味わいで涙を誘う物語をもってきているのも印象に残っている。
個人的に紙の動物園と文字占い師は強く感情を揺さぶられた。作者が狙った通りの感情を植え付けられた気がして居心地が悪いんだけど、やっぱりお涙頂戴ものに弱い気がする。
結縄で描かれてる資本主義のあり方とか、愛のアルゴリズムで示されている思考のあり様とか、オーソドックスだけど外さないように的を射ているところもよかった。
ただまあSFっぽさは薄かった気がする。訳者が紙の動物園はファンタジー色が強めだって書いてるから、もう一つの短編集もののあわれではSF色を期待したいと思う。