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はてなキーワード: エッセイとは

2020-07-20

anond:20200720004508

つか、完全創作の人も多いと思うけど

「全員自分体験をそのまま書いている」と思い込んでるのが謎

バズらせて商業出版狙ってるワナビもいるだろうし、ただの趣味もいるだろうけど

商業コミックエッセイも作者本人が創作だと言ってるものに対しても体験談と思い込んで

夫の許可を取らずにこんなもの出版するのはクソとか言ってるバカ時々いるよな

夫や彼氏に対してキレた漫画を描く女性たち

夫や彼氏に対してキレたエッセイ漫画みたいなのを描く女性たちが沢山いる。フィクションノンフィクションわず

基本、女性の方がきちんとしてる方が多いので、女性の方々が怒るのは仕方がないと思う。

同時に、漫画にして共感を得たいという気持ちの強さだったり、

日常の中の細かい心の機微漫画化して伝える能力も、男性より女性の方が比較的強いと思う。

でもきっと男性には男性なりの言い分とか、こんなことをパートナーに言われて辛かった、

みたいなのもあるのでは無いかと思う。ネットには上がってきづらいだけで。

結果的に、女性男性の行動を叩く漫画ばかりが散見される。

主観を通して伝える側の意見が正しく見えるのは当然だ。

大体、人は正しさvs別の正しさでぶつかる。

友達同士のカップル喧嘩してた時に両方の話を聞くと、言ってる事が全然違う、お互いにお互いが見えてない、なんて事は良くある訳で。

当然だけど、パートナーとの問題パートナー解決した方が良い。

口で言うほど解決するのは簡単じゃないけど、お互いに歩み寄る努力をする、少しでも良くしようと諦めない、という意味だ。

どっちが世間的に正しいかいか、なんて決める事に何の意味も無い。一緒にいたいなら二人なりに納得できる関係を築き上げるしかない。人格と行動も分けて考えた方がいい。

パートナー悪口世間に向けて公表して、共感を得ていいねを貰う。

それがあなた達が本当に望んだ事ですか?

https://www.youtube.com/watch?v=fxKK27U3Xjo

2020-07-19

エッセイ漫画とかで爆発する妻の表現

バズったやつとか広告ぐらいでしかあんまりみないけど、あれらの妻が爆発する表現て、大抵かなり少年漫画文法で描かれてるよね?

あれはどうしてだろう。

2020-07-16

はてな腐女子お気持ち表明に対する先住民お怒りの構図にどこか見覚えがあるなと思ったが、それが中学時代教室の様子だとすぐに連想できた。

男女の違いが如実に出るようになる頃、男子女子間の貶し合い&傷の舐め合いに辟易するようになるが、よっぽどのイケメンでない限り、女子はそれを言及した男子糾弾する。

どちらも性が成熟している証拠ではあるのだが、そもそもどうして男女でこうも考え方が違い、日々争いの種をまき散らすのだろう。

男女のカップルありがちなケンカの一つに「彼女愚痴を聞くのが面倒」VS「彼が話を聞いてくれない」というのがあるらしい。

Twitterエッセイ漫画などでよく取り上げられており、RTでも頻繁に流れてきたものだ。

解決策として有効なのは、話をする前にその話題が「愚痴」なのか「悩み事」なのかをはっきりさせることなのだそうだ。

そもそも男性女性の話を面倒臭がるのは、「提示している話題解決策を求めていない」事が原因にあるらしい。

男性が何か頭の中に不満を抱えていたとする。すると、その不満を解消するにはどうしたらいいのかと考えるようになる。

調べものをしたり、先達の意見を聞いたり、そうして明確な解決策が分かるようになると、その不満が解消されていくのだそうだ。

しかし、それに対して女性は、「自分共感してもらう」事で不満を解消している。

主婦井戸端会議愚痴が多くなるのも、Twitterで「○○さんは悪くないですよ」と馴れ合いじみた慰労ムーヴが起きやすいのも、女性共感を得ることで精神不安を取り除かなければいけないからだ。

カップルとなれば、彼氏彼女の役に立ちたいだろう。しかし、男性は「不満解消=解決策」の提示と思っているから、彼女の長い話を延々と聞いた結果、共感をすっ飛ばし分析し、解決策をぺらぺらと語ってしまう。そして彼女の方は、共感が得られなかったことに更に不満を抱くようになる。

結局は男性女性も、お互いが違う性質であることを理解した上で、どう接するべきかを摸索しながら生きていくしかないのだろう。

しかし、匿名のこの場所でそれは難しいのではないだろうか。

男女の関係は付き合うことに利益を得ていたり、愛があるからそれが辛抱強くできるわけで、このはてなという場所でそれが成立するとは思えない。

男性からしたら、「ヤれもしない女の愚痴が目に入るが、あいつらは解決策を求めずにダラダラと長文を垂れ流すから不快」になるわけで、

女性場合は、自分たちが勝手に移り住んできたのを棚に上げて、「分かる人だけに反応して欲しいだけなのに、理解するつもりのないやつらの野次がうっとおしい」ということになるのだろう。

愛や性欲が絡まないだけでこうもギスギスしてしまうのがどうにも面倒だなと、かつて教室の隅っこでクラスのイザコザを眺めていた自分は考えてしまう。

2020-07-15

15年くらい前のはてなダイアリー

とても心を動かされる文章を書く人がいた。

今でもときどき、あの人の書くものに触れたいなあと思う。

ただ残念ながら、当時のブログは残っていない。

とある作家エッセイについて論じたことで、はてブ界隈の論者とトラブルになり、ブログを丸ごと消してしまったのだ。

そのあと彼がどうなったのか、名前を変えてモノを書いたりしているのかは分からない。

でも彼なら、今もどこかで、ひょっとすると作家として書いていてもおかしくないと思う。

当時のハンドルネームは、「B」さんだったと記憶している。

彼の活動をご存知の方がいらっしゃったら、こっそり教えてください。

2020-07-13

インスタエッセイ漫画によくある恋人推し呼びに違和感

推し呼びしてるエッセイ漫画見るとおまえオタクエアプだろと突っかかりたくなる。

推し恋人の決定的な違いって理想押し付けられるかどうかだと思っている。

オタク推し理想押し付けられるのってメディアに公開された部分しか知ることができないのと一方通行片思いからであって、恋人なら四六時中一緒にいる中でいろんな面を目にするし、理想押し付けたりしたら相手人格否定することになりかねない。

恋人推し呼びする人はカッコいい!好き!尊い!ってノリなんだろうけど、そんな安易気持ちで使うのはオタクを日々楽しませてくれている本物の推し達に失礼だと思う。

anond:20200713163848

若いだけで面白くもない育児日記はお前みたいなエロ目的の男しか見てないって事だろ

普通にアクセス稼いでる育児日記って育児漫画とか育児エッセイワナビとかの「読ませる」内容を書ける人たちだし

そういう人は大抵若くないし

俺も仕事なんかしないでエッセイ漫画描いて暮らしてえよ

クソがよ

2020-07-12

出戻り腐女子お気持ち表明

 私は腐女子である過去には自らイベントに参加し本を頒布するなどもしたが今はただの出戻りROM専である

私が二次界隈から去っている間に、この創作世界にも様々な変化があったように思う。

主に夢だ。

こんなにも市民権?をとっているとは過去腐女子には想像もつかなかった世界である


 私は夢は苦手であるけど、夢の人にケチをつける気はない。

彼女らは大変に気遣って住み分けし、支部ではタグを入れて事前注意をしてくれるし、別に避けているわけではないが彼女らの主張をSNSなどで見たことがない。少なくとも私は。

 しか最近ちょっと胸に来ることがあった。

原因はTwitterである

そしてその相手は同じ腐女子なのである

 女体化

別に嫌いではない。支部ジャンル女体化を描く人はいく人もいる。しか大勢いるそのうちの一人にもやっと来る。

 その人はいわゆるツイ廃で、心を病んでいる。よく死にたいツイートをしている。自らメンヘラ自称している。

私は過去経験から、8割くらいの二次同人女過去未来現在のどこかで心を病んだことがあると思っているので別にそれは気にならない。

 TwitterというのはSNSの中でも危険度の高いツールだと思う。呟きツールというだけあって、脳と指先が直結している。

気軽に自分自身についてツイートする。そして自分の好きなキャラについて考察したりする。

しかこちらは同時に同じような意見を見ることになるので、彼女キャラ考察というのはキャラでなくてご自身セルフ考察であるなあというのが分かってしまうのだ。

しろそのキャラは某人気王道バトル少年漫画主人公であるので、間違ってもフロイト的な、全ての心の問題は性問題であるみたいな、そういう考察にはなり得ないのだ。

 女体化作品でも作者が透けて見えなければよかった。たとえキャラ崩壊してだれおま状態でも気にならない。

しかしこんな明確に自分問題キャラ投影して、このキャラ考察はこうでこうで、などと大真面目に語られるともはや二次というより彼女彼女自身を描いたエッセイ?を見せられているような気になってしまうのだ。

 エッセイも好きだ。しかし、それは自分客観的に見れていたらの話ではないか

明らかに美化?した理想悲劇主人公女体化。もはやなり変わり夢と化している男性キャラ

絶世の美人(元はフツメン男性キャラである登場人物全員このキャラを愛している。総受け固定、などと語られると

自分ではなく好きなキャラを語っているというつもりなので)、こちらとしてはヲチ目線で見るしか無くなってしまうではないか

 男体のままならまだ自分ごまかすことができたかもしれないが女体化

もちろんこちらは見なきゃいいだけの話なのだが、こんな彼女リアルな友人も見ているだろう垢で、欲求不満です通りすがりの誰でもいいみたいな作品をその女体化キャラリアルチックに描かれられると、そんな赤裸々で大丈夫かとハラハラしてしまう。

なんだかひと昔前の携帯小説援助交際女子高生みたいなこと言っている。

援助交際ってお金目的なんだと思ってたけど、あれ、普通に欲求不満なだけの人もいたのだろうか? 

 ご本人は喪女発言もしている。

こういう自分の願望を自覚しているなら夢創作でやるだろう。

BLという隠れ蓑を纏っているなら他人にその願望をバレたくはないと思っているんじゃ無いだろうか。多分だけども。

きっと未来死ぬほど後悔しそうな気がするのだけど、ひと事ながら大丈夫なのだろうか。

それとも恥ずかしいと思うのは私がオババだからで今の若い人は平気なのかな。

追記

なんかこう書くとエラソーだなと思ったんで付け加えますが、正直BL性的表現というのは私も含め全て自己投影だと思ってます

自分の性についておおらかに表現するのに抵抗がある女性が、男性同士です、私とは無関係ですよ、という名目の元に性的もの創作物として昇華させていると思ってます

夢が苦手なのはそれが覆い隠されてないからってだけです。皆おおらかになったんだなあ。時代だね。

と思ったけど三次元があったな。三次元は私履修してないのでわからない。

2020-07-11

anond:20200711174201

本人が描いたエッセイっぽい漫画を見たことがあるよ。

人の温かい心に触れて涙して自身を顧みる、みたいな内容だった。

もう出所してたんだね。

なろう小説の変遷と現在トレンド

未だに「なろう小説流行りは異世界転生」なんて思ってるやつはいいかな?

そもそも16年間という長大ななろうの歴史において異世界転生が流行っていた時期なんて半分くらいしかない。

現在流行は、追放系。

本当はすごい力や才能を持っている主人公が周囲に認められずに、解雇されたり裏切られたり迫害されたりして、その状態から成りあがるというテンプレだ。

異世界転生じゃなくて、最初から純正異世界まれ主人公がそういう目にあう。

どうして今、こういう流行りになっているのか。少し長いけど、サイトの初めから歴史を追ってみようと思う。

小説家になろう」において最初にやってきた流行はVRMMOだった。そう、異世界転生じゃないんだ。

この時期は、なろうに限らずネット小説界全体で、このテーマ流行っていた。SAOとか。(元はネット小説だったって知ってる?)

なろうでは、ゲームの中と思ってたら本当の異世界だった、みたいなパターンも多かったように思う。

最近のVRMMOは凄すぎだろ」とか、好きだった。

異世界転生の種は、二次創作界隈からやってきた。

にちゃんねるSSスレなどで、エヴァひぐらしなのはFateなどを経由して育てられゼロ魔によって爆発した二次創作手法の諸々。

それが、なろうのグループサイトである二次創作専門投稿サイト「にじファン」を通ってなろうに流入した。

特にゼロ魔SSの人気と書きやすさが凄まじく、そのタイミングでの「にじファン」の閉鎖があって、一次創作ゼロ魔SS手法が完全に浸食

この時、なろうがもともと有していたVRMMOブームノウハウと合体して、ゲーム異世界へのチート付き転生というテンプレ爆誕してしまった。

これが驚くほど書きやすさ・読みやすさ・とっつきやすさがあり、ランキング異世界転移一色になった。

最初はまだ転移の方が優勢だったのだが、より書きやすいのか、あとから転生が多くなる。

なろうの作家たちは、あまりに書きやすテンプレに沿った話づくりと、捨てられない創作者としてのプライドとの板挟みにあい、結果、能力面などで一点突破オリジナリティを追い求めるわりと修羅の国になった。

なろう認識異世界転生で止まっている人は、ここから先は知らないかもしれない。

実は小説家になろうでは、余りにもランキング異世界転移/転生が独占している状態が続いたため、これらの要素を持つ小説が別ランキング隔離されることになった。

(ちょうど異世界転生を批判するエッセイとかが量産されていた時期だった。個人的にはああい方法での主張はダサいと思うが。)

異世界転移/転生はサイトの見やす位置に表示されることがなくなり、作者たちは新たなブームを探った。

その結果見出されたのが、ハイファンジーとローファンジー

小説家になろう内の定義では、最初から最後まで話が異世界の中だけで完結するのがハイファンジー現実モデル世界でのファンジーや、現実異世界を行き来するものがローファンジーとなっている。

一見相反するように見えるこれらのジャンルだが、ほぼ同時に、ほぼ似たような形で流行ることとなる。つまり異世界転移/転生の代替としての流行だ。

たとえば一般的異世界転生のテンプレにおいて、転生するところを削ったらそのままハイファンジーになり、ランキングに乗る。

また、現実世界から異世界転移する部分だけを、逆に現実世界が突然異世界化してしまうような導入に変えれば、ローファンジーとなってランキングに乗る。

しばらくは従来のテンプレそのままみたいなのが流行っていたが、面白いことにこれらのジャンルには先住民がいて、昔から綺麗な恋愛関係などに主眼をおいた小説流行っていた。

それらと従来テンプレが合体し、ハーレムではない純愛をメインとした、でも結局チート転生風な感じの、新たなテンプレ流行るようになった。

そして、今に至る。なんでここへきて追放系なんだろうね。いちおう異世界転移の頃から萌芽はあった。盾の勇者とかまさに追放系だし。

どうも、前述の純愛チート転生風not転生ハイ(ロー)ファンジーの、各要素の食い合わせが意外と悪く、どこかでガタが来たんだと思う。

主人公がそんなに強くて魅力的だと一人のヒロインとの純愛は書きにくい感じなのかな。

ただ、異世界転生の頃に流行っていたようなチートハーレムは、あれはあれでヒロインの数を増やすのが正直面倒。

その結果、一番書きやすかったのが、盾の勇者などで既に見られていた、自分能力理解してくれない周囲/それを見出して受け入れてくれるヒロイン、の構造だったのかもしれない。

とにかく、今ランキングを見に行くと、異世界ブームの頃とは結構様変わりしていて面白いと思うので、一度訪れてみてください。

追記

悪役令嬢ブームについては敢えてオミットした。というのも自分男性向け界隈しか追ってきていないので、書けるほどの情報量が無いからだ。

悪役令嬢は男性向け異世界転生であるRPGチート転生ハーレム流行っていた時期に突如として登場した女性向け界隈の情報チート型の異世界転生だ。

男性向けとはパラレルに、枝分かれする形で流行していた。総合ランキングにも入ってきてびっくりした記憶はある。

だがどうも今回のブコメ等を追っていると、この男性向けと女性向けの枝分かれはハイファンブームの頃に合流していて、それが追放系の下地を作ったらしい?

ちょっと興味深い話なので、自分より詳しくこのあたりの経緯を書ける人がいたら是非書いてみてもらいたい。俺が読みたい。

2020-07-09

anond:20200709132735

東海林さだおエッセイに出てくるらしい(90年代翻訳SF文庫本解説にあったR・A・ラファティエピソードで、面白半分にぶつかってくる彼のことで解説者がそのエッセイを思い出したくだり)

2020-07-07

anond:20200707193033

元ネタって「なにかの小説エッセイ」の方?

書込み自体の?

前者なら該当しそうな作品が世に多くあるらしく、ざっと見たけどあんまりぴんと来なかった。

強いて言うなら椎名誠なら小学生ときに読んでたからありえそう。

後者なら単なる個人的日記

なにかの小説だかエッセイで下の毛に白いのが混じり始めて落ち込んだみたいなやつ。

今まさに遭遇した。

落ち込んではいないし、見せる相手もいないが、これはどうしたもんなんだろうか。

少ない本数の白髪ならまだ抜くとかするだろうが、下の毛、しかもまあまあ本数ある。

もしや見えてない頭髪にも白いのが結構あるんだろうか。

2020-07-05

anond:20200705115043

自覚していないようだがかなり読みにくい。

逐一挙げていくから覚悟して読んでくれ。

まれによくいる。

これはまだ理解できるからいい。ネットスラングでもあるし。

美しい日本語とか読解力とかそういうレベルではない。

おはよう」「こんにちは」で日本語力の限界に達する子。

名前」「氏名」と書かれてて、スペイン語で書いても平仮名で書いても良い。

五感四肢の先天後天どちらかのトラブルであっても、場合によっては知能の問題でも仕方ないと思う。

この辺の主語と述語の混乱がすごい。

この4行それぞれの、主語述語が省略されていない形を自身イメージできるだろうか?

3行目などは、文の途中で主語が切り替わっている。「名前」「氏名」と書かれているのは何?スペイン語平仮名で書くのは誰?「良い」とは何が「良い」のか?

日本語は省略が許されてるしいくらでも省略していいと思うけど、完全な形をイメージしてそれから省略したほうがいい。でないと読み手に混乱をきたす。

それに一般的日本語としてもこれは省略しすぎ。勢いで書いた文を推敲もせずそのまま投稿していないか

そうじゃなくて、ホント日本語がわからない日本人

移民の子にごくたまにいる。東アジアの子では知能が問題なければ見ない。

まれた時から日本にいるのだから日本語くらい覚えそうなもんだが、全く覚えない。

ここもそう。この1行目を見ると特に感じるが、あなたの使う体言止めは、全体的に非常に違和感があって文意もとりにくい。

それは何故かというと省略されていない形が直感的に復元できないからだと思う。

じゃあポルトガル語ペルシア語がわかるかと言うともっとからない。

まだマシなのは日系人グループではコミュニケーションとれてる子。

たいがい母国言葉も知らないが、それでも所属するグループのなかなら日本語くらいわかる子がいる。

この辺は文自体比較的読みやすいと思うが、全体としての文意が全く取れない。

ポルトガル語ペルシア語はわからない」

日系人グループではコミュニケーションがとれる」

母国言葉も知らない【が】、日本語くらいわかる」(この【が】も相当変だ。前後が逆接になっていない)

まりこれらを総合すると、「まだマシな子」はまだマシな子同士では日本語コミュニケーションを取れている、という意味でよいのだろうか?

そうであれば冒頭の「日本語力の限界に達する子」とは違う集団のことを言っているのだろうか?

文中で逆の例を言うことはもちろんありうることだが、この文章でこの位置に反例を出してこられても、シンプルに読者が混乱する以外の効果はないと思う。

めちゃくちゃ問題なのは核家族かつ両親は移民で、子供家族内でしかコミュニケーションがとれない。

義務教育はもちろん受けるが、授業が理解できない。簡易な単語は覚えるが、そこまで。

読み書きが壊滅的。

東京静岡ではそういう子のためのカリキュラムを組んでるとこがあるとかないとか。

ここが主張したいメインの部分なのだろうか?

この「めちゃくちゃ問題な子」の家庭内でのコミュニケーションは何語によって行われている?

ポルトガル語ペルシア語がわかるかと言うともっとからない」のではなかったのだろうか?

このあたり、何か大きな前提が書かれていないように感じてしまう。

そして、今更だが、この辺りでようやく、日系人日本まれの子がうまくコミュニケーションをとれないという問題主題なのかとわかってくる。

タイトルを読んで、本文を数行読んで、「ん?スペイン語??なぜ急に?」ときて、「移民の子」というキーワードが表れて、その上でここまで読んでようやく話の全体像が掴めてくる。

正直、ここまで読まないと全く頭が話に入っていけない。構成を工夫した方がいいと思う。

初めてあなた文章を読む読み手の、何も入っていない頭の中を想像しながら書き進めたほうがいいと思う。

子供日本人社会適応してれば問題ないが、もちろん適応してない。日系人社会でもベトナムフィリピン系の子ブラジルの子いじめられてたりする。

華僑の子ベトナムの子で、俺の方を指差して笑ったり、怒られるのを嫌がってこそこそ隠れたりする。

一行目。日本人社会日系人社会が立て続けに出てくる。

冷静に読めばここの文意は取れるが、親切でない。ここまでの文もそうだけど、近接する文どうしで急に話が変わるのは本当に読みにくい。

もちろん、対比したいとき、強調したいとき、逆接したいとき、隣り合う文の内容が変わることはいくらでもある。だがそういう時のために接続詞はあるのだ。

そして二行目。「俺」が突然登場する。

これは一般的日系人の子問題について語っている文章なのだと思っていたら、急に体験談が出てくる。

かといって今後またしばらく「俺」は登場しない。この文章を、論説・エッセイ体験談のいずれの性格を持ったものと思えばいいのか、この後ずっと混乱が続く。

子供が群れて大人悪口を言う。健全コミュニケーションであると思う。それはそれとして行儀が悪いが。

「誰」のこと?文脈から言って日系人ではない日本の子供たちの話?また説明不足のまま話が変わっている。

日本語のできない移民の子は全く違う。子供同士で話すところを見ない。話せないから。

大人を見るとニコニコ笑って、飛び付いてくる。

子供残酷からいじめをせずとも仲良くはできない。世話を焼きたがる子ほど、感謝要求するから尚更よく怒る。

結果して同年代の子危険存在以外の何者でもないので、隙あらば大人のところへ行く。

彼らは悲しいほどに察しが良い。興味を引くためのイタズラも行わない。

ここはわかる。文脈が繋がっているし、主語統一されているし、これまでの主張から裏切られることもないからだ。

~の子と書いてきたが、成人している子も多い。

「~の子」とは?上で書いている「日本語のできない移民の子」を省略して書いたという解釈なのか?

このような略し方は本当に見たことが無いし、めっちゃくちゃわかりにくい。変な表現を使わず普通に書けば良かったのでは?

働いてる子の評判はすこぶる良い。少なくとも俺へ悪口を吹き込まれるような関係を築いてる子はまずいない。働いてるうちは。

実は「子」ではないんですよ、という話をしたあとにまた「子」。

そしてまた出てくる「俺」。「俺」とは誰?あなたはどういう立場のどういう人間として何を伝えようとしてこの文章を書いているの?

それを最初に開示した方が圧倒的に読みやすくなると思う。

寡黙で人懐っこく、文書が読めないから法外に安く使える。突然のドロップアウトや、誰も原因の把握できない暴力沙汰は多い。

時間を守れない子が圧倒的多数マジで時計理解できない子も多かろうが、恐らくうつかそれに近いんじゃないか

内科外科存在は知ってても(たぶん読めないが)メンタルという単語も知らない。

増田たちの感覚では日本人とは感じないだろうが、国籍はあり住む意思があり日本祖国だと思ってる。

幼い子は突然ふさぎこむ事がある。何かあったのは容易にわかるが、決して言わない。隠す事もできないが話すこともできない。

そして加害者にもよくなる。

ここはまだわかる。

加害者にもよくなる。」は日本語の文として若干の怪しさを感じるけれど、まあわかる。

人権平等ゴミだ。誰かの前に飛び出してかばってくれた事なんてない。

「くれた」の使い方が変。誰かの前に飛び出すのなら、かば対象は「誰か」なのだろうけど、「くれた」は普通自分自分の身内がかばわれることに対して使うと思う。

そしてまた主語行方不明。「かばってくれた事なんてない」のは誰?

直前にある文章は「加害者にもよくなる」だから、これが繋がっていると考える?

それともそのもうちょっと前に出てくる「増田」がずっと隠れ主語として残っているのだろうか?

うーん、どうとっても不自然だなあ。

2020-07-04

anond:20200704221348

でもさ、優れたエッセイ、とりわけ作家が書いたエッセイはやはり何がしか意味が発生する体裁にはしてるよね。

別にかにかかってる必要性は「エッセイなら」求めないけど、そこに感情の在り処は求めるでしょう。

それすらないとなると、なんでこの文を書いたの? と思われても仕方がない。

エッセイメッセージを読み取るのではなく、視点や考え方を味わう

内面自由表現した文章エッセイと言われる。事象と心象が交わる所からまれ文章随筆でありエッセイだ。だからエッセイは必ずしも他人向けある必要はなく、自分専用であってもいい。


メッセージがはっきりしていて、何か意見を言う文章論述なので、反論することができる。エッセイは心象を綴った物であり、事実と違うことがあればそこに異を唱えることはできるけど、心象に対して反対することは難しい。視野が狭いとか、持っている情報が間違っているので、そこから導き出した心象が間違っているということは指摘できるだろうけど。


エッセイを読むときに、「この文章の言いたいことやメッセージは何だろう」とずっと疑問に思ってきたけど、読み方が違っていた。事象に対して書き手が何を思ったか。その心象であったり視点、考え方を味わうものだ。「知らなかったことを知る」という情報提供の文章ではないので、読み終わった後に残る物がなくてもかまわない。


例えば風景画を見てみる。そこには必ずしもメッセージが含まれているわけではなく、ただ綺麗な物を絵に切り取っている。メッセージを読み取ろうしても読み取れない。そこにメッセージは含まれていないから。綺麗な風景をただ味わう。写真とは違うので見える物すべてが描かれるわけではない。何を描いて何を描かなかったのか、画家の目を味わう。エッセイにも同じようなことが言えるのではないか事象について、考え方や切り取り方、視点を味わう。それだけでいい。

anond:20200704185126

元増田です。

やっぱそう?なんか記憶とはちがうんだよね。おっしゃる通りもっとエッセイっぽい記事だった気がするんだよね。

状況的に自分記憶が間違ってるのかと思ったけど、そうじゃないのかも。真相はいかに

2020-07-03

昔のモスバーガー記事を探している

ずっと探している記事がある。

-たぶん1980年代後半のどこかで読んだ。遅くとも90年代頭。

-たぶんファミマガとかファミコン必勝本とかの、ファミコン雑誌に載っていた記事

-モスバーガーいかに美味しいかを述べたエッセイっぽい記事

-ソースが溢れやすくて口が汚れるのを気にせずモスバーガーを食べる様がシズル感溢れる筆致で描かれていた

-モスバーガートマトが挟まれている事も書かれていた

-一人称で書かれていた

当時まだモスバーガー自分の住んでいた地域には無くて、憧れを募らせたのを覚えている。

その頃の想像の中のモスバーガーの輝きは未だに色あせてなくて、今でもモスバーガーを食べる度に思い出す。あの記事にもう一度会いたい。

追記 2020/07/04

ありがとうありがとう。当該ツイート教えてくれた人、色々コメントくれた人。

99%このファミマガ記事です。100%ではないのは、自分記憶ではページ丸々文章モスバーガーの絵か何かで占められてて、もっと文学的というかエッセイ的で、ツイートにあるようなゴチャゴチャした紙面じゃなかったんだけど、これはたぶん印象に残った部分だけで記憶が改編されたんだと思う。30年以上前だし。

ブコメに書いてあって「そうそう!!」ってなったのは「紙ナプキンをふんだんに使う」って書いてあったって点。

それが新しい未知のものである感じを助長していて、大いに憧れを煽られたんだよね。

あと驚いたのは、あの記事が印象に残っている人が結構たくさんいそうな点。自分だけじゃなかったのがわかって嬉しい。

30年以上前趣味系一雑誌の隅っこの記事がここまでのインパクトを持てたのは、モスバーガーのものの魅力と、ライターさんの素晴らしい文章の力だと思う。

久々に良いインターネット体験しました。ありがとうございました。

記事全文読みたい。

追記 2020/07/04 その2

記事へのコメントコメントで、「もっとエッセイっぽい記事だった」と言っている人がいて、自分記憶が正しいのかもとも思いはじめました。

引き続き、ご存知の方がいらっしゃれば教えてください。

2020-07-02

不妊様のぼやき

Instagramではよく妊活に関するエッセイコミックを書く人がいる。

私も子供が欲しいから、そういった投稿を見て共感したり、ときには一緒に哀しんだり喜んだりしている。

でも、そうやって共感できるのは

同じステージにいる仲間に対してだけなのかもしれないなぁと思った。

5年余り、原因不明不妊治療をしていて、少し前から体外受精も始めている。

長く子供ができなくて踏ん切りがつかないので、最終段階まで進んだ形だ。

そんな中、

「ずっと子供が欲しかった」というInstagram(&ブログ)の投稿を見た。

そのインスタグラマーには元々好感を持っていたし、他の妊活コミックエッセイを読むのと同じ気持ちで読み進めていった。

その中で、自分でも予想外だった苛立ちを感じてしまったのだ。

その人は「妊活」といっても、

結婚して数年もたたない頃の自然妊娠だったんだ。

その程度の期間で、

「ずっと子供が欲しかった」?

きっと、そんなタイトルでなければ

私の心はこんなに波たたなかっただろう。

その人が結婚から子供が欲しかったとしても、

だってそうだけれども?

妊活漫画と言うけれども、産婦人科に行って人工授精ですらやってない程度。

そりゃあ、子供が欲しい人にとっては

毎度生理が来るたび悲しい思いをするんだから、その悲しみにチャレンジ期間の長短やステップ関係ないよね。

その時辛かった気持ちは、本物だよね。

それは、わかっている。

だけど、妊活している人の一定数は

何年も何年も治療しても、

いくらお金をつぎ込んでも、

あなたが得ている子宝にはたどり着けていないんだよ。

あなたは、自分幸福理解しているんでしょうか?

その幸福を得られていない私たち気持ちを、考えたことはあるんでしょうか。

考えていたら、そんなタイトルつけないよね。

そのブログコメント欄を見ると

「わかりますー!私も妊娠するまで、泣いて過ごしてました…」

といった妊活成功者メッセージばかりが並んでいる。

勝手想像ではあるけれど、

私を含め妊活中の人は、このエッセイには好感を持てず、コメントする気にはなれないんだと思う。

たいした苦労もせず、自分が求めて止まないものを得た人が

大きな声で「辛かったんです」と言っているのだ。

私は正直、読まなきゃよかったと思ったよ。

自分と同じように苦労して、

ようやくたどり着いた妊娠出産なら、微笑ましい気持ちで読めたと思う。

タイトルが、そういった苦節を感じられるようなものだったんだもの

でも実際は想定と異なり、私は苦い思いを抱えてしまっている。

妊活に関する嫉妬やら何やらは、

乗り越えてきたと思ったんだけどな…

まさか妊活期間の違い・ステップの違いで、自分の中でこんな反発が生まれるとは思っていなかったよ。

ただ、今回こういった地雷原を

自分が抱えていると言うことを知れたのは、不幸中の幸いだったね。

今後は、こういった地雷を踏まないようにSNS活用していくわ。

母になった人たちに対する醜い感情は乗り越えたと伝えていた夫には言いたくないし、

当然親にも、友人にも、

吐き出せないから、この場でぼやかせて頂きました。

こんな感情を抱えている女だから

子供が来てくれないんだと言われたら、ほんとそれまでだよね…

2020-06-29

anond:20200629222850

から別れれば良いじゃないか

創作ならいいけど(ザマァ系は嫌いなので理解はできないが)

リアルでそれをするのは怖いよ

旦那可哀想じゃなくて単純にサイコで怖い

そして子ども可哀想

読む気は無いけどフィクション9割エッセイだといいな

2020-06-26

anond:20200626105211

言うてエッセイ漫画の体で主人公漫画自身からな…ある程度は実体験が反映されとるやろ…

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