はてなキーワード: 自衛隊は暴力装置とは
定期的にこういう工作をするのはブルージャパンかな。新田さんのポストがよくまとまっている。個人的に、「悪夢の民主党政権」における大きな問題点は次の3点と考えています。(1)国家運営能力の欠如により、内政上の失敗を数多く引き起こし、国益を損ない続けた(2)拙劣な外交を繰り返し、日米関係をはじめ、周辺諸国からの信頼を大きく毀損した(3)総理・閣僚をはじめとする所属議員の度重なる不祥事や、自分たちに都合が悪い情報を隠蔽する体質によって、国民の政治に対する信頼を失い続けた
では、それぞれどんなことがあったか振り返っていきましょう。はらわたが煮えくり返る覚悟で読み進めてください。
・財源の見込みが甘く、政権交代の際に掲げたマニフェストはほぼ未達成。
・法的根拠がないばかりでなく、仕分人の選定や対象事業選定にも透明性を欠いた「事業仕分け」をデフレ時におこない、必要な公共投資を削減。経済を悪化させたにも関わらず、結果に責任を負わなかった。
・「コンクリートから人へ」という誤った政策により、災害対策を疎かにしたうえ、地域社会を破壊した。
・「朝鮮王室儀軌引渡」「尖閣事件の船長釈放」「運用3号通知」「国家公務員採用大幅減」など、閣僚たちが思い付きレベルの意思決定を独断でおこない、結果的に我が国の将来に禍根を残した。
・法的根拠のない組織を乱立させ、意思決定過程が曖昧になり、指揮命令系統も混乱。
・法的根拠のない大臣や副大臣を任命したり、個人的な友人を参与に、党職員を内閣官房職員に任命するなど、ルールを無視、公私の別がつかない人事を実施。
・原発停止、ダム建設中止など、法令根拠や事前協議が必要な決定を手続無視で断行。
・普天間基地問題が迷走し、沖縄とアメリカの信頼を大きく損なった。
・来日したオバマ大統領を日本に残したまま、鳩山総理がAPEC首脳会議に出席するためにシンガポールに向かうという非礼行為。
・尖閣沖漁船衝突事件では、中国側の脅迫や報復に屈して船長を早々に釈放、不起訴に。その後の尖閣諸島国有化でも迷走。
・韓国に対しては、通貨スワップ協定締結、朝鮮王室儀軌引渡し、慰安婦問題での「知恵を絞っていきたい」発言など、不用意な譲歩を重ねた。
・実現に向けた方策が何ら決まっていない状態で、国連気候変動サミットにおいて「CO2の25%削減」を突如国際公約化。
・実現の見込みも全くないまま、G8の場で、「太陽光パネルを1000万戸に設置する」と突如国際公約をおこなった。
・鳩山総理⇒偽装献金問題、脱税問題、引退撤回、「最低でも県外」「Trust me」「国民の皆様が聞く耳を持たなくなった」
・菅総理⇒外国人献金問題、北朝鮮関係団体献金問題、「顔が見たくなければ法案を通せ」
・野田総理⇒在日韓国人献金問題、脱税企業献金問題、民団選挙協力お礼発言、「大きな音だね」
・小沢元代表⇒政治資金規正法違反容疑で強制起訴(無罪判決)、献金虚偽記載で公設秘書が逮捕(有罪判決)
・赤松農水大臣⇒口蹄疫問題、「だから早く殺せって言ってるのに」
・松本復興担当大臣⇒「知恵を出さないやつは助けない」「書いたらその社は終わりだから」
・蓮舫行政刷新担当大臣⇒事務所費架空計上問題、国会内ファッション雑誌撮影
・川端文科大臣⇒事務所費架空計上問題、キャバクラ費用を政治資金で計上
・中井国家公安委員長⇒議員宿舎にホステス連れ込み&カードキー貸与、式典で秋篠宮ご夫妻に「早く座れよ」とヤジ
・小林議員⇒違法献金問題で選対委員長が逮捕、選対幹部が公職選挙法違反で有罪
・土肥議員⇒竹島領有権放棄を日本側に求める「日韓共同宣言」に署名
・原発事故対応(SPEEDI、米実測値の非公表、議事録不作成など)、尖閣ビデオ、北朝鮮ミサイル発射への対応、温暖化対策の家計負担、年金改革の財政試算 など、自分たちに都合が悪い情報は隠蔽し、政府への深刻な不信感を招いた。
・総理-閣僚間で見解の方向性や意見の不一致が常態化。それらも含め、自民党で同様の事態があれば野党のみならずマスコミも総出で吊し上げられる事態となるが、マスコミも概ね民主党に好意的な報道姿勢。
血管が切れそうになった(切れてない)
「自衛隊は暴力装置」ヒゲ隊長「血管切れそう」 https://www.nicovideo.jp/watch/sm12786985
「自衛隊は暴力装置」ヒゲ隊長「血管切れそう」 https://www.nicovideo.jp/watch/sm12786985
「血管切れそう」
「血管切れそう」
「血管切れそう」
政治学を知らない人が「民主党仙谷官房長官(当時)は自衛隊は暴力装置と暴言」などと言ってるが、仙谷は間違ってない。「軍隊や警察などは暴力装置」というのは、政治学の基本的な用語である。つまり軍隊や警察は武器など人を殺傷する武器を持っている(つまりこれが暴力装置)ので、きちんとシビリアンコントロールしなければならないという文脈で使われる。しかし自民党の佐藤正久のように政治学を知らないで「自衛隊を貶めている」というバカが増えたので、最近は「実力組織」「物理的強制力を持った組織なのだから」などという言い方に変わってきている。ネット右翼に学問的素養を求めるのは無理だが、自民党の佐藤正久のようにネット右翼自衛官が政治家になると実に厄介な説明をしなければならなくなる「好例」と言えそうだ。なお、それでは政治学でなぜ暴力装置というか。これはGewalt Apparatというドイツ語の訳が暴力装置だからということのようだ。マックスウェーバーが最初に使ったということのようだが、ここはネットの知識なので興味のある人は良く調べてほしい。
政治学を知らない人が「民主党仙谷官房長官(当時)は自衛隊は暴力装置と暴言」などと言ってるが、仙谷は間違ってない。「軍隊や警察などは暴力装置」というのは、政治学の基本的な用語である。つまり軍隊や警察は武器など人を殺傷する武器を持っている(つまりこれが暴力装置)ので、きちんとシビリアンコントロールしなければならないという文脈で使われる。しかし自民党の佐藤正久のように政治学を知らないで「自衛隊を貶めている」というバカが増えたので、最近は「実力組織」「物理的強制力を持った組織なのだから」などという言い方に変わってきている。ネット右翼に学問的素養を求めるのは無理だが、自民党の佐藤正久のようにネット右翼自衛官が政治家になると実に厄介な説明をしなければならなくなる「好例」と言えそうだ。なお、それでは政治学でなぜ暴力装置というか。これはGewalt Apparatというドイツ語の訳が暴力装置だからということのようだ。マックスウェーバーが最初に使ったということのようだが、ここはネットの知識なので興味のある人は良く調べてほしい。
政治学を知らない人が「民主党仙谷官房長官(当時)は自衛隊は暴力装置と暴言」などと言ってるが、仙谷は間違ってない。「軍隊や警察などは暴力装置」というのは、政治学の基本的な用語である。つまり軍隊や警察は武器など人を殺傷する武器を持っているので、きちんとシビリアンコントロールしなければならないという文脈で使われる。しかし自民党の佐藤正久のように政治学を知らないで「自衛隊を貶めている」というバカが増えたので、最近は「実力組織」「物理的強制力を持った組織なのだから」などという言い方に変わってきている。ネット右翼に学問的素養を求めるのは無理だが、自民党の佐藤正久のようにネット右翼自衛官が政治家になると実に厄介な説明をしなければならなくなる「好例」と言えそうだ。
私は男だけど、女性専用車両には賛成。
痴漢被害が酷いというのは聞いているし(リアル知人とはそういう話をしたことはないけど、ネット上で上げられる声を聞いてると酷いというのがわかる)、トラウマになって女性専用車両しか利用できない状況に追い込まれる人がいるのも知ってる。
女性専用車両には今後も(気づかずに、あるいは忘れてうっかり乗っちゃった、とかはあるかもしれないけど、少なくとも意図的には)乗るつもりはないし、わざわざ乗り込んで反対運動やってる連中は頭おかしいんじゃねーのと思う。周りを威圧するとか、クズすぎでしょ。
痴漢という犯罪がなかなか撲滅されない現在において、女性専用車両という解決には一定の合理性があり、それで救われる人が大勢いるのなら、私はそれに反対しない。敢えて乗車して、トラウマ抱えてる人を怯えさせようとも思わない。
犯罪者の多くがその属性を持っていることを理由に、ある生得的な属性を持っている人の多くを公共の領域から締め出す行為は、差別だよね?
差別だとみんなが合意してるなら何も言うことはない。現状、男性が社会的に権力を持っている以上、この程度の差別は甘受すべきだという理屈もわかる。別の差別を漸減するためにより小さな差別は容認されるべきという主張もわかる。上で書いたように、私にはその差別に反対するつもりは特にない。
でも、「差別じゃない!」という主張が執拗に繰り返されるのはまったく意味がわからない。なんでそこを否定しようとするのか。差別だが必要悪である、でいいじゃん。多くの人(私も含む)はそれで納得するよ。なんでそこにこだわるの。上の「ある生得的な属性」に別の属性を代入してごらんよ。大問題でしょうが。男性が社会的には強者であるからこの程度は仕方ない、ってだけで、本質的には差別でしかないでしょ。
「差別である」という前提を共有できないなら、それは差別であると主張し差別解消のために強硬手段を採る運動にも一定の正義はあると見做さざるを得ない。
murasakizaru 事故が頻発してる道路をやむなく私有地にはみ出して通る人に「不法侵入ではあるよね?私は刑法犯ですって認めろよ、言えよ犯罪者」と迫る意味は?意図は?痴漢の利益の為に惜しみ無く情熱を注ぐ連中。
そもそも住居侵入だと思ってない人が大勢いるみたいだから、それが形式上は住居侵入にあたるよね、という指摘は必要では。
underd 「間違いなくその属性自体に起因する問題があるケース」は差別って呼称が妥当なのか議論の余地があると思う。そしてその状況では強硬手段に正義ありと見做さざるを得ない、とは思わない
痴漢って男性という属性に起因する問題なのか。知らなかった。痴漢を排除することはまったく問題にしておらず、痴漢をしていない多くの男性を排除することを差別的な扱いだと主張しているんだけどな。そして、その差別を是認するとも書いているよね。この差別には正当な理由があるから是認する、と言っているのに、差別じゃない! と言われるのは本当に困惑する。そう言われたらこっちも「これは差別ですよね」と言い続けるほかないわな。
shima2tiger だから何?女たちは男性を差別した上で安全な場所を得ているんだから、申し訳ないと思えってこと?性犯罪から身を守るためにそこまで卑屈にならなきゃいけないの?
差別は絶対悪であり、その構造の受益者はすまなそうにしているべきだという前提に立つなら、申し訳ないと思うべきなのでは。差別は時に必要であり、その受益者も堂々としていて良い、と思うなら堂々としていればいいんじゃないの。私は差別だとは言ったけど申し訳なく思えなんて言ってないよ。
nennoyuraku “ある生得的な属性を持っている人の多くを公共の領域から締め出す←シェルターとして女性車両を用意することがこれだとは到底考えられない。事業者が妥当な目的のため女性向けとした場所は公共の領域じゃないでしょ
すごい! 公共交通機関がその一部を「○○限定」にすれば公共の領域じゃなくなるんだ! その調子で日本人専用車両とかも作っていこうな。
sand_land 専用車は優遇=男性差別って認識なら少しズレてる。専用車=空いてて快適とは限らん。性犯罪被害遭遇率が下がる以外はほぼ普通車両と同じ。更にその性犯罪は尻に触る程度じゃない。下着やそれ以上弄るとか普通よ。
私は「性別を根拠にして犯罪者と同じ性別に属することを根拠として公共の空間への立ち入りが制限されるのは差別である」と主張しているのであって、「女性専用車両は女性優遇のVIP車両! ずるいずるい!」なんて言ってないし、性犯罪の深刻さも否定してないよね? そういう主張をする反対派がいることは事実だけど、少なくとも私はそんな主張をしていない。
その時は「あらゆる差別は悪であり即時廃絶すべきだ」派と闘えばいいのでは。私はこういう事情があるならこの差別は現状しゃーないな、って思うけど、どんな理由があっても差別を許せないひとというのは一定数いるので、頑強な反対派ってのは出てくるかもしれない。でもそれを防ごうとして「これは差別じゃない」と主張するなら、こちらも「いやこれは差別ですよね」と言わざるを得ないわけで。
kutabirehateko 日本での性暴力発生率は通勤通学時の交通公共機関が群を抜いて多い。避難所を利用しなければ通学も通勤もできない女性のハンディを無視することこそ差別だ。
「性暴力からの避難車両」なら差別じゃないんじゃない? 男女を問わず、性暴力に遭うことを恐れるひとであれば誰でも乗れる。結果として乗客が女性だらけになったとしても、当然それは差別ではない。仮にこういう運用がなされるなら私は差別だとは主張しないよ。もちろんその場合、過去に痴漢された経験のある男性も乗れるわけだけど、これは制度の趣旨からいって当たり前だよね。
それじゃ嘘をついて乗ってくる男性がいるかもしれないという懸念もあるかもしれないけど、痴漢されやすい外見などというものはなく、性暴力被害者を服装や外見で見分けることはできないのだから、それは仕方ないんじゃないの。
shin2rou アファーマティブアクションは差別ではないでしょう。どうしてそこのこだわるのかマジ意味不明。
アファーマティヴ・アクションはマイノリティを大学入学や昇進などの審査において「優遇」するという施策なんで、女性専用車両はアファーマティヴ・アクションだから差別じゃないって言ってるひとたちは「女性専用車両は、女性を優遇する車両である」と主張しているってことになるけど、本当にそれでいいんですかね。
ところでもちろんアファーマティヴ・アクションもやりようによっては違法な差別になりえるわけだが。カリフォルニア大学評議会対バッキ事件(Regents of the University of California v. Bakke)では、アファーマティヴ・アクションのせいで入学できなかったと訴えた白人学生が勝訴して入学してる。アファーマティヴ・アクションだから差別ではない、って、お前アファーマティヴ・アクションって言いたいだけやろ。
mionosuke 「区別」じゃね? 性的な嫌がらせを行いうる人達という区別が、男性か女性かで分けられたのだから。「差別」だとすると、差別をされたという被害者意識が生じる。
被害経験の有無とか性犯罪歴の有無とかで区切るなら(人権問題ではあるかもしれないけど)差別じゃないけど、一律に性別で区切ったらそれは差別に決まってるじゃん……。確かにいちばん多いのは男性→女性への性犯罪で、最も対策にリソース割くべきなのはそれだけど、男性→男性,女性→男性,女性→女性の性犯罪だってあるわけで。
kincity 巷に溢れる女性差別に対しては「他人の人権が毀損されても興味ありません」が「自分が差別されるのは実害なくとも1ミリも許せません」という人権意識の人らとは差別の定義が違うのだろうで、そこ争って何になるの?
この増田では書いてないだけで、私は選択的夫婦別姓賛成、女性の再婚禁止期間反対、婚姻適齢の18歳への統一賛成、プロチョイス、性犯罪の厳罰化賛成派ですが何か。
zyzy その理屈だと「黒人が白人追い出して独立国家作ったアフリカの国々も差別」って話になる。これ書くと「くにはさべつとかいったきちがいがぁ」ってのが沸くけど、それなら女性専用車両を差別というのもきちがいなだけ
ジンバブエのムガベ大統領が白人農場主の土地を没収した時は非難轟々で経済制裁までされたじゃないですか! やだー!
というか真面目な話、独立する時に白人を追い出したアフリカの国ってどれぐらいあるの? 私はアフリカ史には詳しくないんで教えてほしい。確かボツワナのセレツェ・カーマは白人との共存政策掲げてたし、ローデシアがジンバブエに変わった時も白人は追い出されてないし、南アフリカでアパルトヘイトが終わった後も白人は追放されてないよな。
そもそも、ある民族の独立国家を作るに際して特定の民族集団を追い出す行為は「民族浄化(ethnic cleansing)」という人道に対する罪なんだが。旧支配者層だから追い出していいってどこの国際法に書いてあるんですかね。コソボ建国に際して旧支配者層であるセルビア人への迫害を行ったアルバニア人指揮官は普通に戦犯法廷に訴追されてるし、ツチ族が植民地時代は優遇されてたっていう理由はフツ族による迫害の免罪符にはならんよな。女性の権利を重視する人がまさか民族浄化を肯定するとは思わなかった……
totoronoki この問題ってどこに着地したくて声を上げてるのかわからない人ばかりなんだよな。相手の論理的矛盾を指摘するのが楽しいだけなの? 男性専用車両が設置されれば差別問題は解消するよね?
「差別であることを否定するな」っていう着地点、そんなにわかりにくい? 「差別だけど必要悪だよね」が多数意見ならいちいち「これは差別だ!」なんて言わないよ。「差別じゃない」って強弁するひとがいるから「差別です」って言ってるだけ。あと男性専用車両も差別だよ……
sdtrd 差別だから廃止しろって強硬な主張と行動を行ってる集団が実際にいる状況で差別だと認めろって言われてもな。認めたら廃止しろって迫るんだろって思う程度にはネット上の男を信用してない。
運動上の都合で差別か差別じゃないかが決まるんだ……(困惑)。運動の都合で差別の定義を変えていたら、お前らの主張する「差別」なんてどうせ都合のいい定義なんだろそんなん信用できるかって思われても仕方ないのでは。どういう連中がいようが差別は差別、そのうえで容認できる差別かそうでないかを論ずるべきでしょうに。
tikani_nemuru_M 増田も結論部で「不当な差別」と「許容せざるを得ない差別」を分けている。ならば、前者を「差別」後者を「差別ではない」と言ったほうがシンプルで、子供にも説明しやすいだろう。よって増田の主張は不適当。
でも、それだとその2つが連続的な、同質な行為だということが理解できなくならない? 私は、子供に「男性の痴漢が多いから男性の入れない女性専用車両がある。これは差別ではない」と、「○○人の犯罪者が多いからといって○○人を排斥しようとするのは、不当な差別だ」ってどう違うの? って聞かれたら答えに詰まると思う。だってどっちも、一握りの犯罪者をもとにある集団を推し量る、っていう同じ行為じゃない。だったら、どちらも差別と認めた上で、差別を漸減させていくために何が必要かって話にした方がいいんじゃないの?
それに、2つを別々の言葉で扱うことは、片方を「あって当然で、解消しなくていいものだ」と捉えることにもなる。そうじゃない。痴漢が撲滅され、女性が何の不安も感じずに電車に乗る日が来るなら、女性専用車両なんて必要ない。それはあくまで、日常的な性暴力の脅威に対抗するために、やむを得ず認められている差別にすぎないんだ。それは差別と認識されるべきだ。いつかその存在が正当化されなくなる日が、目標にされるべきだ。私はそう思う。
というか、「自衛隊は暴力装置」発言が炎上したときは、「自衛隊の振るう力とヤクザの振るう力に根源的な違いはなく、また暴力装置であると指摘することは自衛隊員での侮辱ではなく、暴力装置と認めた上でどう統制するかが重要」というのが良識派の意見ってことになってたよね……? その見解を支持するリベラル派としては、何で同じ理屈が認められないのか本当に理解に苦しむ。
hyoutenka20 女性専用車両まで「差別」という範囲を広げるなら、今後一貫してその主張を通してもらい、ネットにあふれる民族差別や女性差別的発言にも是非戦ってもらいたい その前提の上なら「差別」とする人の考え方は理解する
増田だからなんの証拠も出せないけど、戦ってきたよ。民族差別にも女性差別にもセクマイ差別にも(はてブやはてダで)NOと言ってきたよ。その上で言うよ。これは(罪が無いかあるいは軽いだけで)差別だって。
keytracker こんな相手を不快にさせる事してたら、さらに溝が深まるだけだろ。こんな屁理屈捏ねるなら法で縛るようになるだけ。差別だと思うなら、信用されるように行動すべきじゃないのか?日系人はそうやって信用勝ち取った
日系人がどれだけ怠惰で鼻持ちならない連中であったとしても日系人排斥や日系人強制収容や排日移民法は差別でしょ……まさか女性の権利を主張する人が差別される側に努力を求めることを肯定するとは思わなかった。
ueno_neco これまで「差別」という言葉は部落差別とか黒人差別のように使われてきたわけで、それらと並列の表現をするのに違和感あって当然でしょ…。女性専用車設置理由は痴漢であって、女性による男性差別じゃないでしょ…。
でもやってることは同じだよね、というのが指摘の趣旨だよ。「○○出身者は犯罪率も高くて危ないから○○出身者は(犯罪歴の有無にかかわらず)入社させないようにしよう」が差別なら、「痴漢の多くは男性なのだから男性を(痴漢だろうがそうでなかろうが)特定の車両に乗せないようにしよう」も差別でしょ。
もちろん、これは「○○出身者はなんか汚らわしいから嫌い」「○○人は劣った民族だから排斥すべき」とは違った行為だ。そういった偏見のみを「差別」と呼ぶのなら、確かに女性専用車両は差別ではない。ただしその場合、「女性は中途退社する割合が有意に男性よりも高いので、女性を管理職候補にはしません」も差別ではない、ということになってしまうが、本当にそれでいいのか。私はそれは不当な差別だと思うし、それを差別ではないとする主張は詭弁だと判断するが。
ところで、私は「女性による男性差別」とは一言も言ってないような。当然この場合、差別の主体は鉄道会社であって、女性客ではないよね。
痴漢被害に遭遇したことのない女性あるいは傍観者だった女性(あくまで仮定上の存在ね)が入れて、痴漢被害者の男性が入れないのは、被害への措置として不適当だよね。上で書いたけど、被害に遭った/遭うことを恐れるひとなら性別を問わず誰でも乗れる、そのかわり女性でもそんな恐怖を感じていなければ乗れない、なら差別と言うつもりはない。
あと、救済措置であることと差別であることは矛盾しないよね。救済という大義のための必要悪として差別を許容するという趣旨の文にそんなブクマされても……
「犯罪率が高い集団の成員をまとめて排除するのは差別じゃない」という論理は、たとえば歴史的に差別されてきた結果として犯罪に手を染めることが他の地域の人よりも多くなってしまった地域の人を差別することにつながる。「私企業なんだから別に勝手に『女性専用』を設定していいだろ」という理屈は、私企業が「日本人専用」や「○○人お断り」をすることを許容してしまう。「これは差別ではない、区別だ!」という言い方は、女性が不利益を受けたときに「でもこれは区別だから」で済ませる余地を与えてしまう。
(※地下猫さんの指摘を受けて訂正。この部分は、あくまで「犯罪者の多くがその属性を持っていることを理由に、ある生得的な属性を持っている人の多くを公共の領域から締め出す行為」であることを前提に、それは私企業の行為だからとか区別だとかいう反論が来ることを想定して、その理屈はだめでしょ、と言ったつもりだった。言葉足らずで申し訳ない。ここは誤解されてもやむなし)
それらは不当な差別だ。でも、不当な差別と現今の環境下では許容せざるを得ない差別は、外形上区別できない。だったら、変な理屈をこねて後者を「差別じゃない!」と言い繕うべきじゃない。それは前者をも免罪してしまう。
加えて、差別が差別であると認識されていない状況はそれ自体が不正義であるから、というのもある。「○○は単なる区別だから、差別じゃないよね~」という言辞に、どれだけの被差別者が苦しめられてきたか。そんな言い分を許さないことは、正義への一里塚だよ。
学術用語は学問の場で使ってくださいよってことで。
国民に開かれた議論の場である国会では、出来るだけ一般的な言葉でお願いします。
さて、
暴力装置ってウェーバーさんが言ってるよとか、いや、言ってるのはレーニンさんだよとか
だいたい暴力装置なんて訳し方すんなとか、とりあえずタコ焼き食えとか、なんとかかんとか
どう見ても詭弁ですけど。
ウェーバーさんもレーニンさんも、まさか軍隊なのに軍隊じゃないなんて言い張る物が出来るなんて、
「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!」って感じでしょう。
日「そうだ、軍隊は暴力装置。でも自衛隊は軍隊じゃないから暴力装置じゃないよ。」
ウェ「え?」
日「だから、軍隊は暴力装置だけど、自衛隊は軍隊じゃないから暴力装置じゃないの。」
って感じですかね。
まずは次のような状況を考えて欲しい。
問題:
ある日、あなたは駅前に自転車を停めて出かけたところ、誰かに盗まれてしまった。
次の日、あなたは近所の庭先に盗まれた自転車が停まっているのを見つけた。
これに乗って帰ることは違法だろうか。
答え:
違法。
解説:
直感で考えれば、「自分の物を取り返して何が悪い」と思うかもしれない。
しかし、これこそが『暴力装置』の基本であり、近代法の基礎である。
『暴力』といえば、誰かを殴ったり、銃で撃ったり、もうすこし大人しいところだと、相手を怒鳴りつけたり、そういう場面を思い浮かべる。
しかし、法学での『暴力』はもっと範囲が広い言葉で、「相手の意に沿わないことを強制させる力」くらいの意味だ。
たとえば駐車違反の罰金も、国民の財産権を、国が侵害するのだから、『国家の暴力』ということになる。
あなたが盗まれた自転車を見つけて、そのまま乗って帰ることは違法である。
法律に詳しい人なら、窃盗罪だとか占有離脱物横領だとか思いつくかもしれないが、
ここではそれがどんな罪になるかは考えないことにしよう。
とにかく、罪になるということさえ覚えておいてくれればよい。
なぜ日本の民法がそれを罪としているのか、基本となる考え方を説明してみよう。
かつての日本では、盗まれた物を奪い返すのは罪ではなかった。
公正な裁判など期待できない時代である。自らの権利は自分で護らねばならなかった。
「神は正しき者に力を与えるから、決闘すれば正しき者が勝つに違いない」など、無茶苦茶な理論がまかり通った時代もあった。
こういった考え方を『自力救済』と呼ぶ。
自力救済は裁判よりずっと迅速だ。
しかしこれでは「力こそが正義」となってしまう。弱者は抑圧され、ヤクザがはびこり、200X年、世はまさに世紀末となってしまう。
そこで近代法では、『暴力を振るってよい者』を決め、それ以外の者は暴力を使えないことにした。
『暴力を振るってよい者』を誰にするか。
もともと強い者たちに割り当てるわけにはいかない。そんなことをしたら、より弱者の抑圧が強まるだけである。
では、弱者に割り当てればどうか。弱者と強者が入れ替わるだけで、抑圧が続くことは変わりない。
つまり、あなたが駐車違反の罰金を支払わなければいけないのは、国民であるあなたが「駐車違反をしたものは罰金を支払わなければいけない」というルールに同意したからだ。
もちろん実際にその『暴力』は、国家に雇われた警官や軍人が振るうのだが、『暴力』をコントロールしているのは国民であるあなた自身である。
駐車違反の罰金が高すぎると思えば、選挙でそういう意見を持つ政治家を当選させるか、あなたが立候補して、法律を変えればよい。
そろそろ締めくくろう。
盗まれた自転車を見つけたらどうすればよいか。110番通報して、警察に来てもらうのが正しい。
そうすれば警察はあなたと泥棒の言い分を聞いて、正しい持ち主の元に自転車を返すだろう。
警察が暴力装置であるからこそ、泥棒から自転車を取り戻せるのである。
しかし実際には、国家が『暴力』を独占しているからこそ、ヤクザの理不尽な暴力におびえることなく、私たちは安心して暮らしてゆけるのだ。
もっと考えてみたい人に:
自衛隊を指揮しているのは内閣総理大臣です。これをシビリアンコントロールと呼びます。
シビリアンコントロールの考え方を説明してみよう。
仙谷官房長官の「自衛隊は暴力装置」という言葉が不適切だとして、撤回謝罪することになった。
このことに対して、マックス・ウェーバーを持ち出して「政治学的には常識だから全く問題なんて無い!」と吠える人々がたくさんいる。
こういう人たちを見てると「政治分かってないなー」と思わされる。
前期高齢者・後期高齢者という言葉は医療保険分野などでは長く使われていた学術用語だった。
後期高齢者医療制度という名称に非難が殺到したとき、厚労省の役人や医療保険改革に携わった人たちは一瞬意味が分からなかっただろう。
「えっそこ?」。制度の中身ではなく、常識として使っていた用語に噛み付かれるとは思いもしなかっただろう。
そして、非難されている中で「学術的には常識なので問題ありません」と当時の福田総理が言ったらどうなったであろうか。
火に油を注ぐも同然である。
そのことを分かっている福田総理は興奮した人々に正論を説くという無駄なことを避け、長寿医療制度と名称を変更した。
仙谷官房長官は発言の直後に謝罪し訂正した。
妥当な判断だったと思う。
領土問題での不手際、事務次官通達、民主党議員の自衛官への恫喝疑惑など安全保障や自衛隊に関する民主党への風当たりは強い。
仙谷官房長官に「暴力装置は政治学上の常識なんだから撤回なんかする必要ない!」なんて言ってる人たちは
福田総理に「後期高齢者は問題ないから突っ張れ!」と言っているのと同じなのだ。
どれほど自殺行為か。
後期高齢者は延焼して大騒ぎになったが、
暴力装置は仙谷官房長官が「暴力」のもつ否定的なイメージをすぐさま認識し、「実力」と訂正し謝罪したために騒ぎは収束しそうだ。
詭弁、強弁、開き直りを多用してきた官房長官も学んだということだろう。
そして、マックス・ウェーバーを引用して「学術的には常識」云々と叫んでいるはてな民も