はてなキーワード: 老年とは
例の「いうほど国は何もしてないのか?〜エイベックス松浦氏のポエムに寄せて〜 」のエントリ( http://anond.hatelabo.jp/20130804050326 )の元増田です。
あれの「出生率が2005年の1.26から2011年の1.41まで上昇してきた」にたいしてのブコメでid:sea_side氏よりこんなブクマがつけられてたのだが・・・
「まだ不十分ながら少子化対策が形になって現れてきたとも考えられる。」これは違う。若い時に産まなかった人の一部が今産んでるだけで、若い人が産まない状況は変わってないのでこのままなら回復は早晩止まる。
これは俺の書き方も悪かったんだけどいわゆる「出生率」の話じゃないかな。俺の書いたのは「合計特殊出生率」の話だ。
1.26や1.41という数字も出していたし、日本では一般に出生率=合計特殊出生率として語られることも多いので、誤解を与えた(かもしれない)表記については勘弁して欲しい。
ちなみにブコメが言いたいのは、人口の分厚いアラフォー団塊ジュニア女性が駆け込み出産してるから出生率が上昇しただけ、彼女らはじきに産まなく/産めなくなるし、その後の世代は人数減ってくので、出生率上がってるのも今のうちだけだよということだよね。出生率だとその通りの解釈でいいのだが、合計特殊出生率の場合は、「各年齢の平均出産数」を足し算するので、人口構成の偏りの影響をうけない。
アラフォー世代がいっぱい産んだからすごく数値が上がりましたとか、逆に20代前半女子がいっぱい産んだんだけど人数少ないから大して数値上がりませんでしたー・・・みたいな話にはならないということな。もしブコメの指摘のとおり今後伸びがとまったとしても、人口構成が理由ではなく、別の理由ということになる。
ブコメに対するフォローとしては以上です。以下はすべて余談。コンビニ店長じゃないがすげー長くなったのでよろしく。
上に書いた「合計特殊出生率の増減は人口構成が理由ではなく別の理由による」・・・これは裏を返せば、合計特殊出生率が2005年から2011年まで0.15上昇しました、というのも十分に数字どおりの意味があるということだ。
もちろん俺もこれが政治や行政のおかげだ!すごい!と短絡するつもりはなくて、他の影響、たとえば出産関連の商品・サービスを提供している企業がマーケティングの一環として、団塊ジュニア世代に向けてメッセージ(まあ広告のことだ)をたくさん発して、商品・サービスそのものも力を入れて開発しましたとか、金利の低い経済状況も手伝ってこの世代向けに手頃で子育てしやすそうなマンションが大量供給されたとか、広義での「人口構成の偏りの影響」はあると考えている。
彼らにしてみれば団塊ジュニアの出産育児需要を、彼らが出産適齢期を迎える15年ほど前から今か今かと楽しみに期待していたのがいっこうに産んでくれなくてアテが外れてしまい「もうここ5,6年が最後の勝負やで!頼むでもう!」とばかりに必死にやっただろうからね。
第2次ベビーブームのときだって、合計特殊出生率の理屈で言えば上昇しないはずなのに、実際には一時2を割ったこともあった合計特殊出生率が(ひのえうまじゃないよ)、2.15近辺で数年間推移したことがあった。
企業のマーケティング以外でも、たとえば、お隣さんもお向いさんも赤ちゃん産まれるのを間近で接して「じゃあうちもそろそろ」なんてベビーブーマー以外の世代までその気になっちゃうなんてのは十分考えられることだ。子ども産むか産まないかっていうのは、政策だけでなくこのような「社会の雰囲気」の影響も強く受けるんじゃないかと思う。
社会のふいんき()の次は金の話だ。もう書いてる内容がめちゃくちゃだな。
正直俺も楽観視できないとは思う。なぜなら若者に仕事がなく結婚できない出産できないからだ。
要するに金の問題だ(ほかにも人生の価値観の多様化ということももちろんあるが、そういうのはもう仕方ないのでここでは置く)。
金がないことに対するひとつの解としては、最近話題のベーシックインカムだ。ただこれには数十年単位での時間がかかる。
俺がその手前の段階で期待してるのは、仕事の細分化によるワークシェアだ。
いまひとりの人間に500万払ってやらせてる仕事を300万ずつ2人にやらせる。
雇用規制を緩めるのとセットだが、暇な時はひとり解雇できるようにすれば企業にもメリットがある。
400万の仕事を250万ずつ2人にやらせる。300万なら180万ずつ2人にやらせる。あるいは500万の仕事を200万ずつ3人でもいいし、150万ずつ4人でもいい。
これを社会全体でできるようにすれば、解雇されたやつも他の企業にすぐ移れる。
いわゆる雇用の流動化というやつだ。
アルバイトとは異なり、年金、健康保険などは従来どおり加入させる。もちろん年収が少なければ年金の支払いも少なく老後もらえる額も減る。
だからどのみちこれだけではダメだ。ダメだが今できる少しでもプラスになる雇用対策、少子化対策としてのワークシェアだ。
そうやって年収200万の若者が結婚し(あるいは同棲、事実婚で)400万の世帯収入を無理なく見込める環境をつくってやる。200万の収入は心もとないが、世帯収入400万ならなんとかなる。
そうやって将来不安、雇用不安、出産不安を少しでも軽減してやる。
余談に余談を重ねるが、俺は主にネットの進化とIT化によって、基本的には仕事の総量は減っていくと思っている。
海外に流れてくのもあるだろうし、それがなくても今まで10の人手が必要だった仕事が5とか3とかゼロでできるようになってきている。
ゼロサムではなくマイナスサムだ。それをなんとかゼロサムでキープするために「細かく切って皆で分ける」というワークシェアが必要だと思っている。
それでもおそらくは数十年単位での一時しのぎだ。
それで時間稼ぎしておいて、ベーシックインカムなどより抜本的な対策を考える。そういう話だ。
今、大卒まで全部義務教育でも子どもひとり800万と言われてる。塾とか習い事込みの金額だ。
これを大卒までの22年でわると年間36万になって1ヵ月3万だ。民主党が月2.6万だっけ?子ども手当やりますって言ってたけど、かなりいい線いってると個人的には思ってた。ま、民主党はそれ以外の問題がありすぎたんだけどね。
ともあれ2.6万は結局半額1.3万になって、いまでは月5千円?元に戻っちゃった。乳児で1万だっけ?
あの2.6万をパチンコに使わず、必要ないとき(公立の小中学校なら月2.6万もいらん)はちゃんと貯蓄するようにしておけば、そして22歳まで支給すれば、子育て不安は相当なレベルで軽減される。
パチンコが不安なら2.6万支給じゃなくて高校も大学も学費をどーんと下げる。高校は授業料無償化になったけど、ケチケチせず修学旅行も無償でいいじゃないかと思う。
元増田の国会予算の話でいうなら此度の高校授業料無償化で、一般会計から4000億円支出されたんだそうだ。文教科学振興費5.3兆円のうち、0.4兆円な。
もっと大事なのは保育園、幼稚園でここは非常に金がかかる上に、親も若年で経済力がない。ここも無償化だ。
このサイト(http://educationalcost.com/list.php)によると公立保育園で120万。1歳から6歳まで年間24万。対象が500万人(乳幼児1世代100万人の計算)として約1.2兆円。
文教科学振興費がプラス1.2兆円は相当な負担だが、幼保一元化などサービスの効率化によりなんとか捻出する。
そして待機児童ゼロに。駅近、駅中にも設置。ここはさらにお金と時間かかるだろうけどね。
さらには出産から義務教育終了までの医療費無料化。これは一部自治体で近いレベルまで実現されているが拡大する。
乳幼児期の出産、子育て支援については、もうこれをやらずに他に何をやるのかというくらい大切な、少子化対策の1丁目1番地だ。
育児手帳?出産手帳だっけ?話題になってた。あれやめてこっちをやって欲しいくらいだ。
とにかく大事なことは、出産育児なんとかなりますよ。というメッセージとそれを裏付ける具体的支援だ。
乳幼児期の費用と医療費さえなんとかなれば、もう公立義務教育終了まではなんとかなる。
そして公立大学の学費も上のサイトによると、215万だが同じく2万円補助してみると4年間で96万円。ほぼ半分の負担になる。
(国の負担は50万人×4学年=200万人×24万=年0.48兆円の支出となる)
こんなもろもろで就学前120万、大学100万、それから上の800万には高校無償化の影響が入ってないようなので高校3年間で50万減として、合計270万親の負担が減るなら合計530万。年間24万の月2万となって33%減。とくに就学前負担が減ることによる心理的効果は大きいのではないかと思う。800万には塾や習い事も入ってるので「必要不可欠」な金額としてはもっと減る。
国庫負担はここに数字あげただけでも2兆円を超える。試算してない待機児童ゼロを目指すための保育園(認定こども園)の充実と医療費をあわせるとさらに増える(このへんは別途どこかで試算が出てるだろう)。
自分で国家予算とにらめっこしてモノゴト発言しましょうねと言っときながらなんだが、厳しい数字なのは間違いない。
ただ、それでも年金問題ヤベーよという話に比べると、はるかに見通しが立てやすいし、金額的にも現実味のあるレベルではないか。
急激な少子化は日本経済を破壊する。合計特殊出生率1.2なんて論外だ。この資料(http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/newest04/point.pdf)によると、合計特殊出生率1.35で37年後の2060年、日本の人口は8600万人になるらしい。33%減だ。
同じ8000万でも若者と老年のバランスがとれてる8000万なら問題ない。でも合計特殊出生率が1.35ということは頭でっかちな人口ピラミッドでの8000万だ。じきに将来5000万を割るとわかっている中での8000万だ。その社会はどんな社会だろうか?そんな市場で世界のグローバルカンパニーがビジネスしたいと思ってくれるだろうか?
荒廃しきったマンション、団地、住宅地、商店街、オフィス街だらけの国に、世界中から観光に、留学に来たいと思えるだろうか?
全国津々浦々「リアル・デトロイト」みたいな国だよ、37年後の日本は。あれデトロイトはリアルか。
まあいいやとにかく「日本全国総デトロイト化計画」待ったなしだよ。
デトロイトは全盛期185万人の人口が今半分以下の70万だって。日本も人口6000万でデトロイトになれる!そうなりたいのかという話。
今ならまだ間に合う。合計特殊出生率1.41を1.5にすればメディアがちょっと騒いで社会に前向きな雰囲気が生まれる。「日本いけるやん!」という気分になれば経済にも好影響が間違いなく出てくる。
そうして1.8まで回復すれば、ひとまず「急激で破壊的な」人口減は防ぐことができ、ひといきつける。あるいは人口1.2億から減るとしたって、緩やかに9000万くらいまで減少したとしても、もろもろ破綻しない仕組み、構造に変えていく時間を稼げる。人口9000万への軟着陸というイメージだ(9000万は適当な数字だよ)。
そこからまた腰をすえて「2」を目指し、また抜本的な社会保障制度の構築を目指して、国民みんなが前向きに考える。
最後におまけでウィキペディアの出生数と合計特殊出生率の推移グラフを載せときます。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/77/日本_出生数と合計特殊出生率の推移.jpg
http://anond.hatelabo.jp/20130614231123
(1)発症年齢が若い 一般的にアルツハイマー型認知症は65歳以上で発症することが多いのに58歳で発症というのは稀。しかし前頭側頭葉変性症ならば65歳未満発症でも稀ではない。
(2)「脱抑制」という前頭葉障害に起因する症状の記載がみられる。”突然怒り出すようになった” ”暇さえあれば悪口を言うようになった” ”病院でも少し待たされただけで受付のお姉さんに怒鳴りつけたりする” ”食事も自分の分が食べ終わると、他の人の皿に箸を突っ込むようになった”
(3)「被影響性の亢進」というこれまた前頭葉障害に起因する症状の記載がみられる。”大きな声で遮るようにテレビと会話をはじめる”
(4)家族からみて明らかな性格変化がみられており、発達障害の可能性は皆無。幼馴染の医者はメモを見ただけで本人を診察もせずに好き勝手なことを言っているので、信用できない。
脳ドックは大脳動脈の狭窄や動脈瘤の有無を中心に診ていると思われるので、たぶん前頭側頭葉変性症では異常は出ないです。
前頭側頭葉変性症は治療の方法がない進行性の病気ですが、それでも病気と分かっていれば周囲の対応の仕方もわかってくるので、早期診断の必要性は大です。
専門医は日本認知症学会 http://dementia.umin.jp/g1.html または日本老年精神医学会 http://184.73.219.23/rounen/a_sennmonni/r-A.htm で探しましょう。
老年期障害
http://www.kaigo110.co.jp/word/%E8%80%81%E5%B9%B4%E6%9C%9F%E4%BA%BA%E6%A0%BC%E9%9A%9C%E5%AE%B3
それにしても、その医者の言い様はひどい。
実際の雰囲気や口調は知らないけど、もっと他に言い方があるはず。
お父さんと本当は仲が悪かったか、一方的に妬んだり嫌ったりしてたか、
あるいは悪気なく人を不快にさせるのがその医者の「本質」なのかもしれない。
話してみてイヤな感じの医者には行かないほうがいいよ、内科・外科・精神科を問わず。
林先生のところでも、
「それまで穏やかな人だったのに『私の金を盗んだのはお前だろう』
『誰かが覗いている』と言い出して暴れ回り、家族みんな悲しみつつも困惑しています」
というケースを何件か見た。
批判するのが責任を取ることだというのなら「批判しなければならない」のかもしれないけど、俺には単なる責任逃れにしか見えないなあ
核の力を利用した大規模発電所として作られた建造物は、
今のところ核のゴミ付きの巨大な建造物に成り下がっている。
次世代へツケを押しつけないため、原発の再稼働には反対する、という人達がいる。
ちょっと前に坂本龍一が再稼働に反対してたのが報道されていた。
今も日本のどこかで、同じような活動は続いているはずだ。
まぁ気持ちは分からないでもない。あれだけの事故があったんだから。
だがちょっと待てと。
原発を作り続けた老年世代は、若年層に色々なものを押しつけようとしている。
それが当然のごとくスルーされてるのが、ちょっとおかしいんじゃないかと思ったりしている。
老年世代は『次世代のため』という題目の下、税金で原子力発電所という資産を作り続けた。
だが、発電所というものは発電して初めて資産になるのであって、
発電できない発電所などというものは、ただのゴミ施設にすぎない。
発電できないようになった原因は何かと探ると、やはり老年世代の手抜きだった。
彼らが税金を使って作り、手を抜いて事故を起こした挙句、多大な資産をぶち壊した。
若年層は発電所という資産と核のゴミとをセットで引き受ける、はずだったが
資産を回復させる、つまり発電所としての機能を回復させようにも、
老年世代には次世代にツケを押しつけてはいけない、などという台詞を吐く資格はない。
次世代にツケを押しつけるな、というのであれば
東電社長なり保安院の偉い人なりの特定個人を責めるのも結構だけど、
そういうシステムを作ってきたんだろう。
そういう政治家を何十年も選び続けた責任くらい、世代全体で取ってくれと。
老年世代の原発政策が間違っていたのなら、老年世代が責任を取れと。
老年世代の原発政策が合っていたのなら、老年世代は壊した資産を元に戻せと。
その辺を実行してもらう必要があるわけだけども、
多分どちらも実行されないまま彼らは死んでいくんだろう。
若年層は、理不尽な負担を押しつけられようとしていることに気付いてもらいたいなぁと思う。
強ち間違いではない部分もあるのだろうけれど、この言葉って単に上の世代が下の世代を抑え付けるためだけに使われてる部分もあるんじゃないか、と、思い始めるようになった。
少なくとも、自分から理不尽をふっかけてくるような人間が使うべき言葉ではないと思う。
人によるのだろうけど、ただ、自分の経験上、若い世代で理不尽なことを言ってくるようなタイプの人間はあまり居ない。
それは多分、キチンと物事を筋道立てて考えられるような環境があったからだと思う。
最低でもそれぞれ合理的に生きてるとは思うし、非効率的なやり方の過渡期はもう過ぎ去ってると考えればそれは凄く良い傾向ではあると思う。
世の中がそういう方向に向かっている、なのに未だに自分の年代の「私達は耐えたよ」なんて価値観を押し付けてこようとするならば、それはもう時代遅れであり自分勝手ではなかろうか。
もしそうじゃないとしても、規制やら開発やらで「綺麗なもの」しか見せられてこなかった世代にとって「汚いもの」のダメージは上の世代の何倍にもなるわけで、
そういうことを一切度外視してそんな今の世の中を作ってきた世代が若い世代に対して根性が無い、なんていうのはあまりに無責任だろう。
もちろん若年層は若年層でダメなところもいっぱいあるとは思う。
一週間も経たないうちに辞めるなんて話もよく聞くけど、そういうのは明らかに環境以前の問題だし。
ただ、彼らは自分達が強くないから人にも強要はしない、という姿勢が強く見て取れて、それはある意味優しいとも言えるのだろうし、
そういう層をぶっきらぼうなやり方で批難するのは単にその芽を摘んでるだけのような気がしてならない。
「そんなの世の中を生きる上で甘い考え方だ」と言われればそれも自分でそうだと思う。そこは重々承知。
ただ、時代にそぐわない考え方をさも正義のように演出して押し付けることはもうそろそろ止めませんか。
そうすればもっと働ける人、悩まなくていい人、死ななくて済む人は増えるはずだし、そうなればみんなが得をするはずなのだから。
どうせあと10年20年もすれば働けなくなるんだから、世の中のために、未来のために、ちょっとぐらい我慢して、若い世代に世の中を譲る体制にシフトして行きませんか。
「忍耐力が無い」なんて突っぱねて"その世代と向き合うだけの忍耐力"が無いのは実は案外上の世代だったりするのかもしれない。
どうも、今の状態だとむしろ「世の中は俺等が作ってきたんだ!」とふんぞり返るばかりで若い世代に道を作ろうという気概は見えないし、
今の老年層が去った後の世の中は幾分マシになってるような気がしてならない。
そして、多分、そうして軋轢を抱えたまま終わるのはお互いの世代にとって良くないと思う。
こう書くと老年層が完全に譲歩しろ、って言っているように見えるかもしれないけれど、
そもそも、先に書いた通り、今の世の中を作ったのも、若い世代を育てたのも、立場を使って厳しく言ってくるのも全てはその世代という事実は考慮されるべきで、
それによって阻害されている部分があるなら下の年代には現状ではあまりどうこう出来ない問題だろうと思うので、
まずは上の世代がそこをちゃんと取っ払って、その上で若い人間が抱える問題と向き合っていくべきではなかろうか。
多分、今はまだその段階には無い。
中年期壮年期の方へのおじさん(おじちゃん)とかおばさん(おばちゃん)という呼称が好きではない。おそらく、自分が十代の頃、小学生におじさん呼ばわりされたあたりからだと思う。
世間一般的におばちゃんと呼ばれる方を差すときもお姉さんとしている。ビルのテナントで共有スペースの清掃に来ている方も「掃除のお姉さん」と呼称している。佐川やヤマトの配達集荷に来る方もよほどお年を召した方でない限り、佐川のお兄さん、ヤマトの兄さんである(西濃運輸の人はお兄さんと呼べる自信がない)。直接呼ぶ必要がないので当人には伝わっていない。妙齢の女性の場合は、「銀行のお姉さん」「お弁当屋のお姉さん」「保険屋のお姉ちゃん」くらいか。40歳代以上の男性の方にはお兄さんと呼称することはほとんどないが、肉体労働系の方にはお兄さんとしているかもしれない。これは職業差別だろうか。
理由は何だろう。そういえば母も地域を訪ねる系のテレビ番組で老年の方を「おじいちゃん」「おばあちゃん」という呼称が気持ち悪いと言っていた。相通ずるものがあるかもしれない。ただ、母の場合は孫ではない人が呼称するのが嫌みたいだ。
自分の場合はおそらく自分自身そう呼ばれたくないからというのもある。もう一つ、相手の年齢を考慮するのをめんどくさがっていること。自分が年を重ねるに連れて、相手の年齢認識と現実に齟齬が生じるのを恐れてちょっと嬉しい(?)方向に統一しているのかもしれない。
おそらく甥や姪からおじさんと呼ばれるのは抵抗ないと思うし、いとこの子供からおじさんと呼ばれたときも(正確にはちがうが)違和感はなかった。その後おば(子供からみて祖母)からお兄さんでしょというフォローが入ったのは逆に気恥ずかしかった。
おそらくどこかで語り尽くされているだろうことだと思うが、自分の印象をまとめた。
行きすぎたシンプル礼賛は人類をいとも簡単に破滅に導く。いわゆる逆立ちした新プリズムである。正しいシンプル志向をここにお教えしんぜよう。
正しいシンプル志向とは無駄がないことである。逆立ちしたシンプル志向とは矮小化である。例をあげようか?腹痛がする。治したい。
原因は何だろう?働きすぎか?じゃあ休もう。治った。なんだ過労か。これである。過労はあくまで引き金。本態は内臓の異常なのである。
逆立ちしたシンプリズムに浸かりきった老年世代にありがちな推論錯誤であーる。つまり表面しか見てない。しかも一部。実に狭視野、実に矮小。
そして面白いことに、逆立ちしたシンプリズムの矮小性は、正しいシンプリズムから見れば「無駄」なのである。畢竟するに両者は相容れない。
そこに早く気づくべきなのだ。間違った簡潔さを狂ったように行使し続けた結果が現代社会であり、あなた方の心のありようなのだ。
それは正しい簡潔さから見れば、複雑怪奇なシロモノであって。簡潔にして簡潔ならず。似て非なるものなのだ。いったい誰がシンプルは善なんて
言ったんだ!善にして善ならず。それはもう今や取り返しのつかない事態なのである。繰り返す。正しいシンプリズムは無駄がないことであり、
究極的にはそれはありのままに認識することなのだ。であるからして、ある種の現実平面からの逃げの一手段として矮小化した認識を
「わざわざ」生み出すことは、表向きは有意義に見えたとしても究極レベルではそれは「無駄」なのである。早い話が、正しいシンプリズム
子供も作らず、将来は人の作った子供の納めた税で世話してもらおうと思っているような寄生虫から、働ける間にガンガン取るべき。
それで、あなたは「今」誰が納めた税で世話されてるのかご存知?
「子持ちの親と子ども」は「子なし」の納めた税も使ってるよね。わかってる?
「子ども」が将来「子なし」を納税を通して世話するかどうかはまだ確定してないけど
(海外転出したり、ニートになったり、障害年金や生活保護受けたり、最悪亡くなる可能性もあるし)
「子なし」の納めた税を「子持ちの親と子ども」が使っているのは、現在進行形の事実。
…なんていうことを言い出すと、「うちには老人がいないのに老年向け補助に税金なんて」だの
「子どもいないのに乳幼児の医療費免除なんて」だの「私は○○には行けないのに税金使うのはやめろ」だの、
きりがないんだよね。自分が思ったとおりだけになんて税金つかわれないっちゅーの。
ツリーのすぐ上の人は「うちの子が払った掛け金が子なしの年金に!」とか言うだろうけど、
第3号被保険者制度なんて「第2号被保険者を配偶者にもつ無職あるいは年収が低い人」だけで、掛け金払わずまるもうけ。
こっちのほうが「人の払った掛け金で世話してもらおうと思っているような寄生虫」ですよねー。
将来の受給時の原資は子どもかもしれないけど、その権利の根拠は第1号第2号で払った期間という仕組み。
ま、もちろん上のを書いた人は当然第3号じゃないと思うけどさ♪
というよりもさ。
そういう必要性を感じた人ってのは、基本人恋しくなってるんだから、結婚も前向きなんじゃね?
もちろん、相手は限定されるし、選べる立場じゃないけどさ。老年で結婚したりカップルになったりって例もあるんだぜ。
んで、年齢的に子供作るの厳しいなら、養子を検討すりゃいいじゃん。
ちなみに、子供欲しいって子供作るのも、子供欲しいって養子を検討するのも一緒だよ。
気持ちが軽い物だと言うのを前提条件にするなら、結婚した男女だろうがなんだろうが、子供なんか考えるなでFAだ。
それぞれ「これはもっと早い・遅い時期じゃないの?」という指摘はあると思うけど、今回は個人的な主観で振り分けた。はてブや SNS で見かけるあの人や、身近なあの人がどの辺りに属するだろうと考えながら読むと面白いかも。
2011年時点の今書くとこんな感じだけど、それぞれの時期にどのインターネット上のサービスを使っているかというのは着目点ではないと思う。昔は SNS も RSS も、さらに検索なんて無かった時代でも、それが別のものに置き換わるだけで「知識を蓄え段々と発信者になっていく」という流れは大筋でずっと変わっていないのではないかと。逆に言えば、それぞれのフェーズに適したサービスがうまくこのインターネットの流れに溶け込めているんじゃないかと。
インターネットに初めて触れる。
パニック的な不安の発作に襲われやすい人は、砂糖の摂取がひどくなりやすい人です。また、大部分の人は、カフェインを摂取しても不安や抑うつ的な気持ちが起きることはないですが、発作的に不安に襲われる人では、カフェインはとればとるほど不安と抑うつ的な気持ちが強まる可能性が高いのです。
ビタミンB1・・・、不安神経症はビタミンB1の少しの不足でも起きます。B1は老年者ではしばしば血中レベルの低下が見られるビタミンであり、B1が不足すると乳酸や乳酸塩が増えますが、これは人によっては不安神経症的な状態を強める可能性があります。
ビタミンB3・・・攻撃的な性質を抑えたり、筋肉をリラックスさせたり、催眠効果があったりすることがわかっています。
ビタミンB6・・・食事でとるアミノ酸(トリプトファン)を体内で神経刺激の伝達物質(セロトニン)に変えるために必要で、不安を抑えるのに関連がある。
カルシウム・・・・カルシウムは、神経の働きをよくして、興奮を抑える作用があります。不足すると脳の活動が低下し、イライラしたり、憂うつになったり、思考力が落ちるなどの原因になります。ストレスの多い現代社会では、かかせない栄養素といえるでしょう。
マグネシウム・・・西洋的な食事では慢性的にマグネシウムは不足気味で、これが筋肉の緊張やイライラを伴う不安神経症と関連しています。また、不安症のパニック的な発作を経験している患者の約半数は心臓のトラブルも同時に起こしていて、これらは食事中のマグネシウムの不足で起こり得るものであります。
まあアレだよ
若者は頑張らなきゃいけないのよ
老人を頑張らせるわけにはいかないでしょ
それを自覚しなきゃ
もはや老齢に近いおっさんだって、ひいこら言いながら毎日働いてるんだぜ?
もう若くないんだぜ? お前らみたいに夜通しでネットしたりする元気も余裕も、失われつつあるんだぜ?
それなのに毎日ひいこら言いながら働いてるんだぜ?
老人を頑張らせるわけにはいけないからさ
でも実際、もはや老年間近のオッサンがひいこら働いてるのが現状なのよ
それを自覚しなきゃ
そして、それを自覚できたなら、もっと頑張れるよ
「老人を働かせるわけにゃいかんよ」ってさ
「おっさんは休んでろ、働くのはそもそも若者の本分よ」ってさ
その筈なんだがねえ
だから、絶望していないで皆が人権を大事にするように啓蒙活動していくべき。しないと何も変わらない。
言ってることはそのとおりだと思うよ。でもってこれまでの話だったら、そういう啓蒙から何かが生まれたかもしれない。
ただこれからの話となると元増田の悲観や20100716020031の人の諦念の方が正確な認識だと思うよ。
今高齢者率は23%くらいだけど、元増田が年金受給する頃の2045年だと38%くらい。実際に問題になる「生産年齢人口100人で老年人口何人を支えるか」ってやつを見る老年人口指数だと今36人くらいなのが2045年には72人くらい。今でも高齢化で財政とかきつくなってきてるのにその2倍とか、啓蒙活動で意識を高めたところでどうにかなる話じゃないと思うよ。もう物理的にリソースが全然足りない。今の赤ん坊とかになっちゃうと更に凄まじくて、老年人口指数85とかの時代に老人やってくことになる。下手すると20歳から60歳まで全部束にしても65歳以上の老人より人口少ないとか、それってどんな社会だよ、まともな高齢者福祉が成り立つわけねーだろ、って話さね。
別にその責任は特定の誰かにあるわけじゃなくて、もちろん元増田なんかには何の責任もないんだけど、どうしようもないものはどうしようもない、ってことで。
(あえて責任を言えば20年以上も前に無茶苦茶な高齢化社会が来るという予測が固まって学者なんかはさんざん警告してたのに、それに耳をふさいで年金賦課方式なんかを続けてきた過去20年の政治家/マスコミ/有権者が悪いんだが、賦課方式やめて現在の老人にちゃんと相応の損をさせていたところで、いずれ超高齢化社会が来るのは変わらないわけで、破綻がちょっと先延ばしできるだけの焼け石に水・・・)
http://d.hatena.ne.jp/nyanko-wonderful/20100130/p1
所得税を引き上げると勤労世帯からのみ徴収することになるので、これからの高齢化社会を考えると好ましくありません。というわけで増税するならば年金生活者からも徴収できる消費税を引き上げるべしという議論になるわけです。
この人は年金からも所得税が取られてること知らないんだろうか。
老人からもっと所得税を取りたいなら、公的年金等控除・老年者控除・利子所得のマル優・70歳以上の扶養控除配偶者控除の加算の廃止縮小をやればいいのに。
それに年金の物価スライドの基準である消費者物価には消費税も含まれてるので、消費税が増えた分年金も増える仕組みになってる。だから消費税増税したほうが老人から取りやすいとはいえない。
私は、不登校はしませんでしたが、中学・高校生だった1977年から1983年にかけてなかなか友人関係がもてずに、ひとりでもんもんと悩んでいました。
大学生になり、成人した1985年にある精神科医の方の著書にめぐりあいました。現在語られるひきこもりに近い状態のひとたちについてとりあげられているのですが、18歳未満のひとたちばかりとりあげられているようでした。私と似たような状態が書かれているようでしたが、20歳以上のことについてあまりふれられていなくて、やはりちがうのかなあと悩んでしまいました。
1992年以降、「ひきこもり」とネーミングされた著書にめぐりあいました。私は、30歳近くになったのですが、10代や20代前半のひとたちについてはとりあげているようですが、30歳近いひとや30歳以上については、あまりふれられておらず、ここでも、私ははじかれているかんじがしました。
2000年をむかえ、「ひきこもり」という言葉もひろく社会に浸透してきました。1970年代にうまれたひとたちが、続々と20代から30代へと移行しています。専門家も「30代は珍しくない」とおっしゃっていますが、40歳近く、あるいは40歳以上のひとたちについては、あまり深く言及しておられず、またしても私ははじかれている気になってしまいます。
ひきこもりの支援策はいろいろと検討されているようですが、私という実態が、支援策からいつの時代にあってもはみだしているというか、はじかれているという気がするのです。私が現在の年齢のときに、現在の年齢に見合った施策がまとまっておらず、何年かしてやっとまとまるのですが、そのときは、わたしは、ひとつ上の世代に移行しているわけで、こんどは、もうひとつ上の施策ができておらず、またしても年齢的に突き飛ばされたようなかんじになてしまうのです。
これでは、私くらいの年齢のひとたちやそれ以上の年代のひとたちは、いつも玉突き現象をくらってしまって、支援が実態に追いつかない状態を繰り返しているような気がするのです。過去や現在に着目して、サポート案を練るだけでなく、数年後や十年後、あるいは数十年後の未来を予測しながら、ひきこもりサポートがされなくてはならないのではないかと思うのです。
これからの、中年期、中高年期、そして老年期の精神保健やその周辺の問題は、社会的ひきこもりの存在の認識抜きにしては、解決策が本物にならない事態にまでなっているのではないかと思うのです。
年齢に関係なく、現代は誰もが生きにくい社会になっています。社会的ひきこもりの当事者たちにも、そうでないひとたちにも、みんながくらしやすい社会がつくられるのがのぞまれるのではないかと思います。
これは、ライフサイクル仮説というので説明されることが多い。
一般的に、老後の貯蓄率<若者の貯蓄率で、老人が増えて若者が減れば、国全体の貯蓄率が減る。2000年以前は、日本に当てはまらない仮説だと言われていたのだけど、ここ数年で貯蓄率が減少してきた。
高齢化の進行に伴って家計部門の貯蓄率が低下するメカニズムは、ミクロベースのライフ・サイクル仮説によって裏打ちされるものであり
日本の家計貯蓄率の高さは、老後生活のために貯蓄に励んでいる現役世代の割合が高かったという人口構造に由来するところが大きかった。高齢化が進んだことによって65歳以上人口の割合が22.1%に上昇し、老年人口割合が最も高い国のひとつとなったことで、日本の家計貯蓄率は大きく低下している。
http://www.nli-research.co.jp/report/econo_eye/2009/nn090708.html