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はてなキーワード: 梅雨とは

2021-05-15

今年の梅雨時期は傘をささずレインコートで濡れるように街を歩こうと思う

無精髭を生やし雨のたまりをふみ歩いて解決できない問題を抱えた顔して下を向いて歩こう

コンビニタバコを買って一口だけ吸って捨てるような人生を歩こう

2021-05-10

anond:20210510094356

フローリング無垢材と化粧板貼るものとでは別物だけど、無垢ならば高いけどいい香りで見た目も綺麗、でも柔らかいから凹みとかの傷当たり前って物です。

乾燥させたからアロマどうこうってのは香りの話なんでしょうけど、乾燥させたら反る前提で、例えば28mmで最初は製材→加工し20mm→そこから床板用にホゾいれて販売とかそういうものなので乾燥させたらどうこうではなく、乾燥させて加工した上で規格外はねるが正解です。

日本は高温多湿なので梅雨から秋にかけては湿度が上がるので無垢だとしっとりした感じがあるかもですね。

anond:20210509122922

実際にはアメリカ住宅需要急増で原木含めて外材の輸入量が極端に減ったのと、コロナ絡みでコンテナが動かなくなったのが始まり

当初は外材の製材業者も手持ちがあるけど薄くなると製品価格は上がる→安かった内地材需要シフトしていくって流れになり、それが昨年秋くらいから。

原木を山から切り出す→市場原木を売る→製材業者が買って製材する→製品市場で売って、それを加工業者やビルダーなどが仕入れて建材にするってのが一連の流れなんだけど、山師さんは冬場は雪で切り出せなかったりするから需要が増えて値上がりし始めた頃から原木が減り始める時期でもあった。

ビルダーも冬場は着工少なくはなるんだけど、値上がり絡むから安いうちにおさえたい、でも原木少ないか絶対数も少ない、製材所も売れるから原木仕入れたい、でも原木少ない…となると、製品価格上がる→原木価格も上がるの無限ループ

冬が終わっても4月5月は補助金がまだでていないか山師さんもそこまでまだ動かないか無限ループが今も続いてる。

ただコンテナがそろそろ動き始めてるから梅雨から夏にかけて落ち着いてはくるだろうってのが大方の見方

今回のウッドショックで体力のないビルダーや工務店事業縮小や撤退もそれなりに出てる。

これが全てだけどね。

2021-05-09

年末増田

都民ファーストはそこそこ健闘したと思いきやアクセルふみこが大やらかしした昨今だけど、年末増田は元気に過ごしているかな?

こちらはワクチンはそこそこ進んでいるのに、ちょっと供給不足になったところをつらまえてはここぞと叩く、

コロナストレスの捌け口を強迫的に求めて彷徨一種パニック集団のようになっているよ。

重傷者や死者よりも感染者ばかりを論う日々に梅雨よりもうんざりしているのだけれど、年末はどんな感じかな?

ある程度ワクチンに目処は経ったかな?

総選挙も終わったよね、スガはどうなったかな?まさか小池がしゃしゃり出てきてたりしないよね?

スガで選挙は戦えないとは思うけれど、かといって対抗馬もいないしね。また例によって分裂分党かな?

自民はどれくらい勝って負けたのかな?

外食普通にできてるのかな?もう流石に緊急事態マンボウだってのは終わっているよね?

うそう、海外はどうかな。

イギリスマスク不要に舵を切ったところだけれど、どんな結末を迎えているかな。

米中はどうなっているかな?

武漢ウイルス説は進展しているのか、それとも「そうでしたっけウフフ」状態かな?

経済はどうなっているのかな。

うそう悪くなることはないと思うけれど、ポストオリンピック衆院選挙後という時勢を考えると何が起きても不思議じゃないかもしれないな。

どんな返事をもらえるのか、楽しみにしているよ。

2021-05-06

[]164日目

自転車:524kcal/21.29km

今日今日とて手抜きの運動梅雨が来ると同時に破綻するやつ)

アニメ感想的なやつをまとめようとしたら数が多すぎて収集つかんなった

2021-05-05

みなさんの負の力により連休最後も雨でしめくくることができました

これもひとえに弱者男性たる増田たちの怨念と執念がもたらす力場があってこそです

お疲れ様でした、ここから梅雨を挟むのでしばらく休息してください

また夏本番を迎える7月に集結しましょう

それでは「くたばれリア充!」

2021-05-04

anond:20210504215154

家の中だと場所取るけど梅雨時期は役に立つんだよな、タオル干し。

あと二三週間したら一か月以上も長く続く梅雨突入

夏物とシーツ系のストックを今のうちにじゃぶじゃぶする。

カビ臭くなる前にカーテンもじゃぶじゃぶだ。

2021-05-01

anond:20210501090055

6月になると日本梅雨になるので、そこでいっきコロナは終息します。

オリンピックを中止する必要は全くないのです。

2021-04-14

anond:20210414215036

日本には四季がある。

その上、更におまけで梅雨がある。

2021-04-12

この梅雨の近い季節にリンゴ🍎とハチミツ🍯をキッチン放置すると

次の日にカレールーが出現していることがあるので、情操教育に良くない、

いや、少子高齢化の日本には寧ろ良いのだろうか…

2021-04-11

お前たちはだめだねえ。なぜ人のことをうらやましがるんだい。僕だってつらいことはいくらもあるんだい。お前たちにもいいことはたくさんあるんだい。僕は自分のことを一向考えもしないで人のことばかりうらやんだり馬鹿かにしているやつらを一番いやなんだぜ。僕たちの方ではね、自分を外ほかのものとくらべることが一番はずかしいことになっているんだ。僕たちはみんな一人一人なんだよ。さっきも云ったような僕たちの一年に一ぺんか二へんの大演習の時にね、いくら早くばかり行ったって、うしろをふりむいたり並ならんで行くものの足なみを見たりするものがあると、もう誰たれも相手にしないんだぜ。やっぱりお前たちはだめだねえ。外の人とくらべることばかり考えているんじゃないか。僕はそこへ行くとさっき空で遭あった鷹がすきだねえ。あいつは天気の悪い日なんか、ずいぶん意地の悪いこともあるけれども空をまっすぐに馳けてゆくから、僕はすきなんだ。銀色の羽をひらりひらりとさせながら、空の青光の中や空の影かげの中を、まっすぐにまっすぐに、まるでどこまで行くかわからない不思議な矢のように馳けて行くんだ。だからあいつは意地悪で、あまりいい気持はしないけれども、さっきも、よう、あんまり空の青い石を突っつかないでくれっ、て挨拶したんだ。するとあいつが云ったねえ、ふん、青い石に穴があいたら、お前にも向う世界を見物させてやろうって云うんだ。云うことはずいぶん生意気だけれども僕は悪い気がしなかったねえ。」

 一郎がそこで云いました。

又三郎さん。おらはお前をうらやましがったんでないよ、お前をほめたんだ。おらはいつでも先生から習っているんだ。本当に男らしいものは、自分仕事を立派に仕上げることをよろこぶ。決して自分が出来ないからって人をねたんだり、出来たからって出来ない人を見くびったりさない。お前もそう怒らなくてもいい。」

 又三郎もよろこんで笑いました。それから一寸立ち上ってきりきりっとかかとで一ぺんまわりました。そこでマントギラギラ光り、ガラスの沓がカチッ、カチッとぶっつかって鳴ったようでした。又三郎それから又座すわって云いました。

「そうだろう。だから僕は君たちもすきなんだよ。君たちばかりでない。子供はみんなすきなんだ。僕がいつでもあらんかぎり叫んで馳ける時、よろこんできゃっきゃっ云うのは子供ばかりだよ。一昨日おとといだってそうさ。ひるすぎからかに僕たちがやり出したんだ。そして僕はある峠とうげを通ったね。栗くりの木の青いいがを落したり、青葉までがりがりむしってやったね。その時峠の頂上を、雨の支度したくもしないで二人の兄弟が通るんだ、兄さんの方は丁度おまえくらいだったろうかね。」  

 又三郎は一郎を尖とがった指で指しながら又言葉を続けました。

「弟の方はまるで小さいんだ。その顔の赤い子よりもっと小さいんだ。その小さな子がね、まるでまっ青になってぶるぶるふるえているだろう。それは僕たちはいつでも人間の眼めから火花を出せるんだ。僕の前に行ったやつがいたずらして、その兄弟の眼を横の方からひどく圧おしつけて、とうとうパチパチ火花が発たったように思わせたんだ。そう見えるだけさ、本当は火花なんかないさ。それでもその小さな子は空が紫色むらさきいろがかった白光しろびかりをしてパリパリパリパリ燃えて行くように思ったんだ。そしてもう天地がいまひっくりかえって焼けて、自分も兄さんもお母さんもみんなちりぢりに死んでしまうと思ったんだい。かあいそうに。そして兄さんにまるで石のように堅かたくなって抱だきついていたね。ところがその大きな方の子はどうだい。小さな子を風のかげになるようにいたわってやりながら、自分はさも気持がいいというように、僕の方を向いて高く叫んだんだ。そこで僕も少ししゃくにさわったから、一つ大あばれにあばれたんだ。豆つぶぐらいある石ころをばらばら吹きあげて、たたきつけてやったんだ。小さな子はもう本当に大声で泣いたねえ。それでも大きな子はやっぱり笑うのをやめなかったよ。けれどとうとうあんまり弟が泣くもんだから自分も怖こわくなったと見えて口がピクッと横の方へまがった、そこで僕は急に気の毒になって、丁度その時行く道がふさがったのを幸さいわいに、ぴたっとまるでしずかな湖のように静まってやった。それから兄弟と一緒に峠を下りながら横の方の草原から百合ゆりの匂においを二人の方へもって行ってやったりした。

 どうしたんだろう、急に向うが空あいちまった。僕は向うへ行くんだ。さよなら。あしたも又来てごらん。又遭えるかも知れないから。」

 風の又三郎のすきとおるマントはひるがえり、たちまちその姿は見えなくなりました。みんなはいろいろ今のことを話し合いながら丘を下り、わかれてめいめいの家に帰りました。

   九月四日

「サイクルホールの話聞かせてやろうか。」

 又三郎はみんなが丘の栗の木の下に着くやいなや、斯こう云っていきなり形をあらわしました。けれどもみんなは、サイクルホールなんて何だか知りませんでしたから、だまっていましたら、又三郎はもどかしそうに又言いました。

「サイクルホールの話、お前たちは聴ききたくないかい。聴きたくないなら早くはっきりそう云ったらいいじゃないか。僕行っちまうから。」

「聴きたい。」一郎はあわてて云いました。又三郎は少し機嫌きげんを悪くしながらぼつりぼつり話しはじめました。

「サイクルホール面白い人間だってやるだろう。見たことはないかい。秋のお祭なんかにはよくそんな看板を見るんだがなあ、自転車ですりばちの形になった格子こうしの中を馳けるんだよ。だんだんにのぼって行って、とうとうそのすりばちのふちまで行った時、片手でハンドルを持ってハンケチなどを振ふるんだ。なかなかあれでひどいんだろう。ところが僕等がやるサイクルホールは、あんな小さなもんじゃない。尤もっとも小さい時もあるにはあるよ。お前たちのかまいたちっていうのは、サイクルホールの小さいのだよ。」

「ほ、おら、かまいたぢに足切られたぞ。」

 嘉助が叫びました。

「何だって足を切られた? 本当かい。どれ足を出してごらん。」

 又三郎はずいぶんいやな顔をしながら斯う言いました。嘉助はまっ赤になりながら足を出しました。又三郎はしばらくそれを見てから

「ふうん。」

医者のような物の言い方をしてそれから

「一寸ちょっと脈をお見せ。」

と言うのでした。嘉助は右手を出しましたが、その時の又三郎のまじめくさった顔といったら、とうとう一郎は噴ふき出しました。けれども又三郎は知らん振りをして、だまって嘉助の脈を見てそれから云いました。

「なるほどね、お前ならことによったら足を切られるかも知れない。この子はね、大へんからだの皮が薄うすいんだよ。それに無暗むやみに心臓が強いんだ。腕うでを少し吸っても血が出るくらいなんだ。殊ことにその時足をすりむきでもしていたんだろう。かまいたちで切れるさ。」

「何なして切れる。」一郎はたずねました。

「それはね、すりむいたとこから、もう血がでるばかりにでもなっているだろう。それを空気が押おして押さえてあるんだ。ところがかまいたちのまん中では、わり合あい空気が押さないだろう。いきなりそんな足をかまいたちのまん中に入れると、すぐ血が出るさ。」

「切るのだないのか。」一郎がたずねました。

「切るのじゃないさ、血が出るだけさ。痛くなかったろう。」又三郎は嘉助に聴きました。

「痛くなかった。」嘉助はまだ顔を赤くしながら笑いました。

「ふん、そうだろう。痛いはずはないんだ。切れたんじゃないからね。そんな小さなサイクルホールなら僕たちたった一人でも出来る。くるくるまわって走れぁいいからね。そうすれば木の葉や何かマントからまって、丁度うまい工合ぐあいかまいたちになるんだ。ところが大きなサイクルホールはとても一人じゃ出来あしない。小さいのなら十人ぐらい。大きなやつなら大人はいって千人だってあるんだよ。やる時は大抵たいていふたいろあるよ。日がかんかんどこか一とこに照る時か、また僕たちが上と下と反対にかける時ぶっつかってしまうことがあるんだ。そんな時とまあふたいろにきまっているねえ。あんまり大きなやつは、僕よく知らないんだ。南の方の海から起って、だんだんこっちにやってくる時、一寸僕等がはいるだけなんだ。ふうと馳かけて行って十ぺんばかりまわったと思うと、もうずっと上の方へのぼって行って、みんなゆっくり歩きながら笑っているんだ。そんな大きなやつへうまくはいると、九州からこっちの方まで一ぺんに来ることも出来るんだ。けれどもまあ、大抵は途中とちゅうで高いとこへ行っちまうね。だから大きなのはあんまり面白かあないんだ。十人ぐらいでやる時は一番愉快ゆかいだよ。甲州ではじめた時なんかね。はじめ僕が八やつヶ岳たけの麓ふもとの野原でやすんでたろう。曇くもった日でねえ、すると向うの低い野原だけ不思議に一日、日が照ってね、ちらちらかげろうが上っていたんだ。それでも僕はまあやすんでいた。そして夕方になったんだ。するとあちこちから

『おいサイクルホールをやろうじゃないか。どうもやらなけぁ、いけない様だよ。』ってみんなの云うのが聞えたんだ。

『やろう』僕はたち上って叫さけんだねえ、

『やろう』『やろう』声があっちこっちから聞えたね。

『いいかい、じゃ行くよ。』僕はその平地をめがけてピーッと飛んで行った。するといつでもそうなんだが、まっすぐに平地に行かさらないんだ。急げば急ぐほど右へまがるよ、尤もそれでサイクルホールになるんだよ。さあ、みんながつづいたらしいんだ。僕はもうまるで、汽車よりも早くなっていた。下に富士川の白い帯を見てかけて行った。けれども間もなく、僕はずっと高いところにのぼって、しずかに歩いていたねえ。サイクルホールだんだん向うへ移って行って、だんだんみんなもはいって行って、ずいぶん大きな音をたてながら、東京の方へ行ったんだ。きっと東京でもいろいろ面白いことをやったねえ。それから海へ行ったろう。海へ行ってこんどは竜巻たつまきをやったにちがいないんだ。竜巻はねえ、ずいぶん凄すごいよ。海のには僕はいたことはないんだけれど、小さいのを沼でやったことがあるよ。丁度お前達の方のご維新いしん前ね、日詰ひづめの近くに源五沼という沼があったんだ。そのすぐ隣となりの草はらで、僕等は五人でサイクルホールをやった。ぐるぐるひどくまわっていたら、まるで木も折れるくらい烈はげしくなってしまった。丁度雨も降るばかりのところだった。一人の僕の友だちがね、沼を通る時、とうとう機はずみで水を掬すくっちゃったんだ。さあ僕等はもう黒雲の中に突き入ってまわって馳けたねえ、水が丁度漏斗じょうごの尻しりのようになって来るんだ。下から見たら本当にこわかったろう。

『ああ竜りゅうだ、竜だ。』みんなは叫んだよ。実際下から見たら、さっきの水はぎらぎら白く光って黒雲の中にはいって、竜のしっぽのように見えたかも知れない。その時友だちがまわるのをやめたもんだから、水はざあっと一ぺんに日詰の町に落ちかかったんだ。その時は僕はもうまわるのをやめて、少し下に降りて見ていたがね、さっきの水の中にいた鮒ふなやなまずが、ばらばらと往来や屋根に降っていたんだ。みんなは外へ出て恭恭うやうやしく僕等の方を拝んだり、降って来た魚を押し戴いただいていたよ。僕等は竜じゃないんだけれども拝まれるとやっぱりうれしいからね、友だち同志にこにこしながらゆっくりゆっくり北の方へ走って行ったんだ。まったくサイクルホール面白いよ。

 それから逆サイクルホールというのもあるよ。これは高いところから、さっきの逆にまわって下りてくることなんだ。この時ならば、そんなに急なことはない。冬は僕等は大抵シベリヤに行ってそれをやったり、そっちからこっちに走って来たりするんだ。僕たちがこれをやってる間はよく晴れるんだ。冬ならば咽喉のどを痛くするものがたくさん出来る。けれどもそれは僕等の知ったことじゃない。それから五月か六月には、南の方では、大抵支那しなの揚子江ようすこうの野原で大きなサイクルホールがあるんだよ。その時丁度北のタスカロラ海床かいしょうの上では、別に大きな逆サイクルホールがある。両方だんだんぶっつかるとそこが梅雨つゆになるんだ。日本が丁度それにあたるんだからね、仕方がないや。けれどもお前達のところは割合から西へ外れてるから梅雨らしいことはあんまりないだろう。あんまりサイクルホールの話をしたか何だか頭がぐるぐるしちゃった。もうさよなら。僕はどこへも行かないんだけれど少し睡ねむりたいんだ。さよなら。」

 又三郎マントがぎらっと光ったと思うと、もうその姿は消えて、みんなは、はじめてほうと息をつきました。それからいろいろいまのことを話しながら、丘を下って銘銘めいめいわかれておうちへ帰って行ったのです。

   九月五日

「僕は上海シャンハイだって何べんも知ってるよ。」みんなが丘へのぼったとき又三郎がいきなりマントをぎらっとさせてそこらの草へ橙だいだいや青の光を落しながら出て来てそれから指をひろげてみんなの前に突つき出して云いました。

上海東京は僕たちの仲間なら誰たれでもみんな通りたがる

anond:20210411011127

いい家に住みなよ

風呂に浴室乾燥機付いてるといいぞー

洗濯機乾燥機みたいに縮まないし、梅雨も楽だし花粉関係ないし。

24時間ゴミ捨てOKも楽だし、宅配ボックスあるのも最高

2021-04-06

この春大きく迂回する増田須丸スイカ浮く季男折る刃の子回文

おはようございます

この時期仰げば尊しよね。

もともと入学式の時に歌われる歌だったって知ってた?

ウソだけど。

なんか今年は春すぎるの早すぎる感じがして、

あっと言う間に春が終わってしまいそうな勢いだわ。

うかうかしていると、

梅雨でしょ、

はいいけど梅雨は遠慮被りたいわ。

カラッと晴れた天気のもとスカッとなにかしたいわね。

具体性に欠けるけど。

まあどこかに出掛けたいというか、

現実逃避したいというか、

なんというか。

そんでさ、

高速道路とか走ってるとき

この先事故渋滞10km!

3車線中2車線規制

通り抜けるまで2時間かかりそう!って

渋滞ニュースで載ってたのよ。

まあよくあることじゃない。

そう言う時、

ナビゲーションシステムを迂回する設定にしたいけど、

どうあがいても

昨今のナビって最短ルートかそう言うルートしか考えられないのか、

そうね、

多少は渋滞迂回モードとかはあるけど、

高速道路を大きく中央道を迂回して東名を走るとかって

そう言う迂回の仕方はしないじゃない。

道知ってたら良いけど、

関東の込み入った道ってよく分からいから、

ナビゲーションシステムを設定し直すわけじゃない。

首都高から中央道高井戸へ向けて

手動で設定しなくてはいけないから、

なんか便利なものを使っているのか使ってないのか、

そう言う時ってこっちの気持ちが追いつかなくてモヤモヤするわ。

経由地追加で高井戸インターを追加しないと中央道経由してくれないのよ。

しかも走り慣れてない道だから

ここで中央道を迂回した方が早いのか、

東名を車線規制されて渋滞覚悟で行った方が早いのか、

そんな勘ももちあわせてないので、

走ってる先の渋滞情報ガンガンに入ってきて便利なのに、

回避する術は考えなくちゃいけないところが

ニューマンって感じがするわ。

ナビゲーションシステムと戦う時ってあるじゃない!

私はこっちの道行きたいんだけど、

ナビゲーションシステムは引き返して戻った方がいいよって言うあのせめぎ合いよ。

ナビゲーションシステムがどこまで行って走ったら諦めてくれるかなポイント重要よね。

私は好みの道を行きたいの!って

そこは配慮ない機械的で無愛想な本当にマシーンって感じよね。

もうちょっと考えてよ!って

から高速道路情報重要よね。

走っていてナビゲーションシステムに入ってきた渋滞情報がもう表示されたときはもう渋滞にいる最中というか、

引き返せないところで言ってきたりするところもあるし。

まあ結果的には中央道を大きく迂回して東名高速道路へ回って走っても

ほとんどロスがなかったからよかったものの。

これトラック運転手の何時何分に荷付けしてね!ってピンポイントで指示された時なら困るわよね。

まあ私はレジャー感覚から

そんなに荷付けレヴェルでの精密な時間は求められないけど、

渋滞でただただずーっと待っているのも、

なんか高速らしからぬ拘束のされ方じゃない。

なんてね。

同じ時間待つなら

同じ時間なら迂回した方が私の性に合ってるってことよ。

まあ何が言いたかったって言うと、

そういうことよ。

どういうことかって?私にもさっぱりだわ。

でもスエズ運河を迂回すると考えると私の迂回なんてドーってことないわよね。

よかったね。

うふふ。


今日朝ご飯

野菜サンドしました。

なんか珍しいチョイス

春色トマトの赤が目に入ってきたので、

鮮烈な新鮮トマトうまうま!って感じかしら。

野菜サンドを救えた感じがしてよかった。

デトックスウォーター

今朝はちょっと寒かったので、

ホッツ緑茶ウォーラーといきたいところだったけど、

急須準備するの急には面倒くさかったので、

とろろ昆布ホッツウォーラーしました。

もうデトックスウォーターと言うよりは

料亭のお吸い物級の味ね!

簡単とろろ昆布でお吸い物、

いかがかしら。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-03-29

anond:20210329082628

うーん、一日中語るのは無理だけど、

例えば一緒に住んでいるとか、フルタイム職場にいるでもいいんだけど、

思い出したように、エヴァのあれってさ…、みたいに語るんだったら、

何日どころか何年でもできそうだけどね

そんな感じでくだらない話に付き合ってくれるオタな異性を募集したいぐらいな気もするのだけど、

からは一向に女の子は降ってこないし、昨日は雨だし、今日黄砂とかニュース言ってるし、

中国は昔農業のために人工的に降雨させる実験に核を使ったりしてたわけだけど、

今度は人工的に女の子を降らせる実験とか試みてほしいところ

そうすれば近い将来、今日の天気は雨のち女の子とか、曇りところによって女の子、とか、

最近梅雨女の子ばかり降ってくる日が続いて憂鬱だなあ、とかなるわけで、

女の子が降らないで困っている農家にも朗報となる気がするのだった

2021-03-28

頑張って家中の窓や細かい処を綺麗にしてる。

窓のパッキンのカビ取りなど。綺麗になってくると嬉しい。

100均でかったスキージーで窓を磨く。あら綺麗。

なんなら雨戸のサビとりとペンキ塗りもしよう

(もちろんお金がないかである

youtubeみて網戸の張り替えもやってみようかな

ぼーっとしてたら梅雨なっちゃうよ。

コロナ禍なのでGW存在が薄いよね。今年もお花見しかな。)

2021-03-19

早く梅雨にならないか

梅雨になれば、花粉も飛ばないし、黄砂も来ない。

梅雨は天からの贈り物。

うきうきしちゃうね。

2021-03-17

夏の前に梅雨があるのって勉強しないとゲームできないようなもんだよな

2021-02-09

anond:20210209215847

夏はあるな。草のにおい。

あと雨上がりのアスファルトのにおいは梅雨イメージ

2021-02-02

anond:20210202092213

乾燥かけたら服は痛むよ

普通にネット入れておしゃれ着とかのモード選択して自分で陰干しなりする分には普通

インナーとかワイシャツみたいな消耗品を干すのがどうしても面倒なときかにあると非常に便利、あと梅雨の時期とかな

2021-01-13

艦これサ終してくれ

私は艦これが好きだ。

好きだからこそ、はやくサービス終了してほしい。

今まで私が艦これをする中で感じた事とか、運営の態度とか、色々もやもやしているから思った事を書いた。

艦これはDMMGAMESのブラウザゲームで、

簡単にいえば美少女擬人化された軍艦を集めて育てて闘うゲームだ。

2015年夏イベが開催されている時に、仲の良い友人がやっていたので始めた。

当初は何もわからず、イベントも後半になった頃にようやくイベント存在を知った。

その時持てるだけの戦力を全力投入してE-1に出撃し、なんとボスにたどり着いた。

ドロップした霧島は今でも主戦力として頑張ってくれている。

イベントレアものが出るんだなあ、次はちゃんとやってみよう」

私は秋イベに備えて育成をした。

2015秋イベ。

この時にはすでに難易度が設定されていたので、

完走を目指すために最低難易度の丙(丁はこの頃はない)に設定し挑戦した。

結果完走もでき、新規実装されたGraf Zeppelinの掘りも出来た。

深海棲艦も新規に描き下ろされ、先行組の情報自分の戦力を照らし合わせながら攻略していくのは、とても楽しかった。

順調に育成もでき、装備も揃って来ていたので次のイベントで甲勲章を目指した。

2016冬イベ。

小規模イベント海域数は3つ。

札もないので十分な戦力を投入し、全て最高難易度の甲作戦選択

E-3ラスダンまでは順調だった。

ラスダンで何回出撃してもボスを落とすことができず、泣く泣く難易度を乙に下げクリアした。乙にしたらすぐ終わった。

とても悔しかった。

戦力が足りていないのか、それとも装備が足りていないのか。

次こそは、と思い備蓄も育成も頑張った。

2016年春イベ、新しいシステム実装され、新艦娘もとても楽しみだった。

この頃からおかしいなとは思っていたが、難易度が爆上がりしたイベントだったと思う。

基地航空隊は強いが資源を大量に持っていかれる、空襲でも持っていかれる。

ボスも道中も強かった気がする(正直あまり覚えていない)

E7だったかE6だったか基地航空隊ボスで4桁ダメージ出したのは覚えている。

私が育成した艦娘よりも、ぽっと出の基地航空隊の方が強かった。

バグやら不具合やらもたくさんあり、イベント期間が1ヶ月くらい伸びた。

Iowaはもらえたが甲勲章はもらえなかった。

思えばイベント開始のメンテナンスはいつも予定終了時刻より遅れていた。

最初は「夜中まで頑張ってて偉いな、無理しないでほしいな。」

運営に対してそう思っていた。

その後から現在に至るまでの記憶はあまりないが、

勲章を狙っては、最終海域地獄難易度で諦める事を繰り返し(完走最優先)、

艦これガチでやることもなくなっていった。

2020年梅雨イベ後。

時間があったので備蓄もし、戦力も固めて、装備も任務をこなして取りに行った。

いつも通り、運営小出しにしてくるぼやけた情報を頼りに、特攻がつくであろう艦娘を育てた。

今までで一番良いコンディションで秋イベに挑むことができた。

2020年秋イベ。

運営はいつも通り、いつ、何時にイベントが開催されるのかを出し渋り

ギリギリまで粘り、公表した。

同じ情報を何回もツイートし、イベント1,2日前くらいにようやく海域数の情報

イベントメンテナンスは遅れに遅れ深夜の解放

これもいつものこと。

色々省くが結果は乙乙丙乙で完走できた。

最後は友軍の竹が来て、ボスを刺す事を祈るお祈りゲーだった。

イベント攻略情報は先行組が時間資源を費やしてまとめてくれる。

(艦これは、運営から攻略情報基本的にない)

RTA勢、攻略勢の提督

攻略に欠かせない索敵値計算や制空値計算ツール制作運営している提督達には頭が上がらない。

彼らのおかげで今までのイベントも完走できている。本当にありがとう

そんな提督達が引退していった。

今回のイベント引退する提督は多かったように思う。

特にラムダさんが引退したのは界隈でも話題になった。

艦これ日和管理人さんも、いつからか丙丁のみの攻略になっていたが、引退したんじゃないかという噂も見た。

引退するのも、ゲームを続けるのも自由だ。

甲で攻略するのも、丁で攻略するのも自由だ。

ただ、引退していく提督に、

「甲が難しかたか引退するの?」

難易度下げればいいじゃん」

引退するとかいって界隈を盛り下げるな」とかは言うな。

勝手自分のTLでつぶやいてろ、引用リツイートは本人に通知が行くからするな。

引退する提督だって自由引退宣言していいんだから、本人に文句言うなよ。

私は低難易度提督から、甲提督の苦労はわからない。

からないが想像はできるし、彼らのおかげでこのゲームを楽しめていた。

全ての低難易度提督が、「難易度下げろ」なんて思ってない事はわかってると思うが、

それでもここにいることは言いたかった。

引退する提督も、甲提督もみんな艦これが好きだから勲章持ってるんだよな。

好きだから引退していくのもわかる、私も艦これが好きだから



今、艦これ界隈では引退やらサービス終了やら話題になっている。

今回引退が続出した原因は主に運営(C2機関)の態度、行動、言動だと思う。

直接の問い合わせフォームはない、twitterで直接意見(誹謗中傷ではない)を言おうものならブロックされる。

バグ解析班(解析は犯罪だが)が指摘するまで放置

バグ取りはしないのに謎のミニゲーム実装する。

このコロナ禍でのリアイベ開催、その内容もいい評判は聞かない。

艦これに全く関係ないボクカワウソキリン改二とかいう身内ノリの謎グッズやキャラクター艦これ側に持ってくる。

イベント開催も1週間前に詳細を出せばいい方で、メンテナンス時間通りに終わらない。終わらないなら、完了時間未定でいいのに、頑なに22:30とかいってる。

パッと思いつく限りでもこれだけ不満が出る。

ゲーム作る気も運営する気もないなら早くサービス終了してくれ。

お願いだから早く艦これを手放してくれ。

これ以上艦これを貶めないでくれ。艦これのことを嫌いにさせないでくれ。

どうせこれも通報されて、適切な処置とかされるんだろうな。

2021-01-04

地方在住者から見た『天気の子

少年少女友情恋愛感情?の結果、知らんどうでもいい都市が水に沈む話だ

少年少女結構好感の持てる感じの子らなので、応援したくなる

知らんどうでもいい街はどうでもいい

どうでも良・シティがどんなことになろうとノーダメージ なんなら現実に沈んでくれても一向に構わないくらいなので、フィクションの中で沈まれたところでなんの感慨も湧かない 

なので純粋ハッピーエンドに見える

 

東京がどうでも良いというのは嘘で、本当は憎い

なのでそれが水に沈むのはうれしい

そういう意味ではラスト付近で「なんやかんやで適応してる」みたいなエクスキューズを見せられるのは腹立つ 遷都しろや 東京を捨てろ

まあ、東京のみなさんは東京が大好きで大好きでたまらないみたいなので、多額の税金を投入して無理矢理あのちっちゃいギチギチのキモい都市にへばりつき続けるというのは大いにありうる

多分、なんにもなくて後進的で頭の悪い田舎者しか住んでない地方に住むくらいだったら雨に沈んだ東京に住む方がマシなんだろう

でも、客観的に見てさすがに延々雨の東京より地方の方がマシっすよ 普通梅雨ですら気が滅入るんだから一年中雨なんて最悪だ あの状況では東京民の東京至上主義は己を縛る鎖として機能するんだろうな、と思うとちょっと胸がすくような感じすらある

 

なので、あれがセカイ系だって言われると腹立つんだよな まあセカイ系文脈を汲んでるのは確かなんだけど、東京はセカイじゃないですよ

地方山村舞台だった場合あんなにセカイ系セカイ系言われただろうか?いいや言われなかったに違いない

つかそんなに小さくなくてもいいかもな 鳥取市とかが舞台だった場合どうなるか?とかを考えても面白い

とにかく、鳥取市がセカイじゃないのと同じように東京もセカイではない それが言いたい

そして全体としてあの映画は小気味良い

✖️「友達女の子を救うために東京犠牲になってしまった」

⭕️「友達女の子も救えたし、東京も滅ぼせた」

2021-01-02

中古の家ってこんなことが起きるんですね

この正月に手慰みに書くというだけの話です.

当時大学生だった僕は実家暮らしていました.中古の家で,母親の話すところによると父方の祖父が「この家でなければ家に関して援助はしてやらん」とのことでこの家に住むことになったそうです.お世辞にもあまりいい家ではなく自分の部屋もないため,「静かに暮らすこと」とは無縁の家族の声は聞こえ放題で,神経質な僕には居心地が悪かったです.しかし近くの大学に通っていたこととお金の面で家を出るメリットよりデメリットの方が勝りました.

3年生の梅雨の時期の夕方に,ある老女が家を訪ねてきました.家には父親と僕がいて,インターホンが鳴るなり父親は僕に対応するように促しました.カメラ付きインターホンスクリーンには,やや背の曲がった憔悴したような疲れたような顔の老女が映り込んでいました.「はい」と僕が対応すると

「〇〇か?」

と老女は言います.僕にはその「〇〇」という人物思い当たる節はなく,スピーカーで聞いていた父親もなんのことだかわからないといった様子でした.否定をしたのですが,しきりに「話がしたいので出てきてほしい」というようなことを言うので僕が降りることになりました.正直なところ,僕は何かの事件に巻き込まれるのではないかと気が気ではありませんでした.僕は体も比較的大きく単純な腕力では負けるはずもないのですが,憔悴した様子でしきりに出てこさせようとする様子はただならぬ雰囲気を持っており,恐怖を全く感じなかったと言えば嘘になります.恐る恐る玄関の扉を開けると,老女が

「▲▲か?大きくなったなあ」

と今度は違う名前を言ってきます.その名前は僕の名前ではありませんでした.どうやら先ほどの否定が伝わっていないようでした.僕がなんのことだかわからないといった顔をしていると,

「覚えてないかあんたが小さいころに会っただけやからな.お父さんはおるか?」

と言います.さすがに人違いされたままでは困るため,僕はその人ではないことを伝えた上で家を間違えてないか確認したのですが,老女も何のことだがわかっていないようでした.すると父親何となく普通ではないことを察したのか降りてきて僕にどういうことか説明を求めました.すると父親は何かに思い至ったのかその老女が訪ねていると思い込んでいる人の苗字を聞きました.その苗字は僕の苗字とは違うものでしたが,父親は全てを理解したようでした.

「☆☆さんはだいぶ前に引っ越さはりましたよ.ここに今住んでるのは✴︎✴︎です.」

父親は言い,表札を指差して老女に見せました.老女は納得がいかないという様子で,今どこにいるか分かるかといったことを父親に聞いていましたが父親も知らないようでした.ともあれ

「ほんまか...そうか...」

理解した老女は帰っていきました.この家は僕が1歳頃,つまり20年ほど前に住み始めた家でしたがその前に住んでいた親戚を訪ねてきたんじゃないか父親説明しました.続けて

「でも,あの人糖尿かなんかで亡くなったんちゃうかったかなあ」

と言いました.中古の家に住んでいるとこういうこともあるのかとか,引っ越したことが伝わっておらず亡くなったことも伝わっていないとは相当仲が悪かったのかなあなんて考えました.それで久しく会っていなかったが,何かに思い立ち話をしようとやってきたのかもしれません.もし仲を戻そうとしたなら残念なことだとは思いましたがあくま他人事という感は拭えませんでした.

事態が変わったのはその日の夜22時ごろのことでした.あの老女がまた訪ねてきたのです.昼間のこともあり明確な恐怖の感情が生まれましたが,僕も父親もふと一つの可能性にたどりつきました.

認知症ちゃうか...?」

ここから母親警察を呼ぶよう頼み,警察が来るまでの間に僕と父親で老女が認知症であるかを確かめる流れになりました.父親が,

「こいつと僕が昼間に会ってるんやけど覚えてる?」

と言うと,

「いや,覚えとらん.昼間来たんか?」

と老女は言います.間違いなく認知症でした.そこからは家はどこにあるのかとか誰かと暮らしいるかとか連絡できる人はいるかという話を聞きましたが老女は一人暮らしのようでした.しばらくすると二人組の警察がやってきました.何となくこの時間に面倒ごとが舞い込んできて気だるそうな様子でした.近所から野次馬もやってきてなんでこんなことになっているのかとため息をつきたくなりました.父親事情説明するなり警察が老女に身分証明できるものあるかなどの確認しましたがそういった類のものは持っていないようでした.さら認知症の診断を受けているか確認しました.すると,

認知症なんかちゃうで.名前も住所も誕生日も言える.」

と老女は答えました.この言葉が僕には強く刺さりました.「認知症患者自分認知症であることがわからない」ということを現実に見て,一人暮らしの老女が認知症である事態の重さに気づきました.結果的に老女は警察保護されることになりパトカーを見届けましたが,その日は何となく眠りが浅かったです.

これで解決したと思い込んでいましたが,二週間後の昼間に老女はまたやってきました.その時も家にいたのは父親と僕でした.今度は事態理解ができている分,スムーズ解決しました.やはり前回訪ねてきたことは忘れていました.この話を聞いた母親は,何回もこられても困るといったようなことを言っていましたが,「対応してるのは俺と親父なんやけど...」と言いかけてやめました.

そして数日後,今度は僕が一人の時に別の二人の男女が訪ねてきます.あの老女の親戚でした.詳しく尋ねてはいないため事実とは異なるかもしれませんが,おそらく男性の方が老女の兄か弟で女性は妻のように見受けられました.男性の目やあの猫背雰囲気が老女にそっくりでした.以前から認知症であることを知っていたようでした.男性の方はとてもばつが悪そうであまり言葉を発さず,女性菓子折りを僕に渡しながら謝ると男性も頭を下げてこられました.僕は他人に頭を下げて謝られるのが苦手です.自分がする分にはいいのですが,される側になるとこちらの立場が上で謝らせているような感覚になってしまます.ましてや自分より何十歳も年が上の人が頭を下げる姿を見るのは忍びないことでした.せめて気分を軽くしてほしいと思いながら「いえ,全然問題ないですよ」といったようなことを言いました.菓子折りを受け取って二人を見送ってから何となく居心地の悪さは抜けませんでした.

それ以来,あの老女は一度も訪ねてきてはいません.施設に入ることができたのかもしれません.この出来事高齢社会独居老人の話を聞くたびにいつも思い出す話になりました.この話をすることで認知症患者が生きやすい世の中を作ろうと呼びかけているわけではないのです.もちろんそういう世の中ができれば良いことなのは間違いないのですが,僕はそのための具体的な行動を起こしているわけではなく,そういったことを呼びかける資格を持ち合わせていません.中古の家ならではの印象的な出来事を少し話したくなった.そういう話です.

2020-12-22

山本山ほうじ茶

もうすぐで70になろうかという母が「日本橋まで山本山ほうじ茶を買いに行きたい」と言い出した。

欲しいのは、3年前に友達のHさんと日本橋に行った際にお勧めされて買った、店舗限定お徳用ほうじ茶で、通販はしていないらしい。

かに数年前、母が「やっぱり専門店ほうじ茶は味が違う」とやたらと騒いでいたことを思い出す。

母はガラケー使いで方向音痴だ。コロナウイルス蔓延する最中余所様に道を尋ねるのも申し訳ないと言う。

仕方ないので、店舗限定お徳用ほうじ茶1パックの報酬で、人間Google Mapとしてお供することになった。

あっさり山本山に着いたが、母は「こんなに白い店じゃなかった」と宣う。「店のイロチとか知らんがな」と薄情なムスメが考えている間に、母は店員さんに「この店、昔からこんな色でしたか?」と、老人性の申し訳ない質問をしていた。どうやら、このお店は2018年の秋にできたらしい。そうなると、確実にこのお店ではない。

なぜなら、母にほうじ茶を勧めてくれたHさんは2018年梅雨頃に亡くなっているからだ。

日本橋地区には、デパ地下を除くと他の山本山店舗はないらしい。

「こうなったら、当時のルートを思い出して歩くしかない」と母は言う。

ルートを思い出せないからこうなっている」とか「お徳用ほうじ茶報酬では割に合わない」とか、様々な思いが頭を過ったが、こうなったら引かない母を一人きりにして、日本橋迷子になられても困るので、夕飯の準備時間までに帰ることを条件に付き合うことにした。

目的地も不明瞭なまま歩くこと1時間。「こんな店構えだった気がする。色も黒っぽい」と入った店には、念願の店舗限定お徳用ほうじ茶が売られていた。

店の名前山本海苔店だった。


母が「専門店お茶」と有り難がっていたのは、「海苔専門店お茶」だった。

まり馬鹿馬鹿しいので、本物の「お茶専門店お茶」を思い知らせてやろうと山本山に戻った。まっすぐ歩けば10分もかからなかった。

片隅の喫茶コーナーが無人だったので、「コロナが怖いから、出先で飲食しない」の約束反故にして、母の奢りでお茶を飲むことにした。1時間歩き続けたもうすぐ古稀と、在宅デスクワーカーの決意は脆い。

あれだけほうじ茶と騒いでいたのに、澄ました顔で「八女茶かしら、それとも宇治茶かしら」と悩む母を尻目に、お茶パフェ(単品)を発注

お冷や代わりに出されたのは、なんとほうじ茶だった。

私の手元のほうじ茶勝手一口飲んだ母は「海苔屋のほうじ茶の方が美味しいわ」とほざいた。

悔しいので、山本山ほうじ茶を自腹で買って家で飲み比べてみた。確かに、母のお供の報酬でもらった山本海苔ほうじ茶の方が美味しかった。

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