はてなキーワード: 校正とは
勤め先の職場を休んでいる。
パートで、自治体関係のゆるい職場、最初は事務だと聞いていた。
実際は、よく分からない仕事がてんこもりでこれが事務かという所だった。
聞いていた話と違うことなんかはどこにでもあることと割り切れた。
最初の4ヶ月くらいはやることもなく平和すぎて時間の過ごし方に悩んだ。
まだ会話はあった。
それが過ぎて新しい上司が来てから急に愛想の良かった直属の上司が一言も話さなくなった。
新しい上司は気のいい親分肌の上司なので私も上司も普通に話していた。
私が何か気に障ることをしたのだろうか、体調が悪いんだろうかと
心配しつつ、人数も3人の小さな職場だったので元に戻そうと努力した。
そのうち指示すらしてもらえなくなった。
確認のために質問すると「さっき言っただろ」
指示が不十分なので追加で質問すれば「そんなことも分からないのか」とため息をつかれる。
段々会話することすら恐怖で直属の上司の前に立つと冷や汗がでるようになった。
段々自分が仕事1つろくに出来ない駄目な人間だと思う様になった。
気のいい一番上の上司は丁寧に一緒に考えようとしてくれ、正直助かったと思っていた。
直属の上司の方が知っているので聞きに行かないと進まないことが多い。
その内一番上の上司の心が手に取る様に分かってきた。
立場上上とは言え、何かを薦めようと思ったらその部下を通さなければ進まない。
段々、職場でもパソコンに向かって人間関係の改善を投げてる様な様子になってきた。
必死で話しかけても返事すらない。指示もなく書類を投げられ、任せられてた会議も外された。
ここら辺で、一番上の上司にこのままだと仕事をしたいという気持ちがなくなりそうだと
申し訳なく思った一番上の上司が私の得意分野で仕事を用意してくれた。
恐らく仕事が楽しいと思えば続ける意欲が沸くだろうという厚意からだ。
しかし、それも指示を仰がないと進められない。
任せたとはいうものの、資料をこっちが用意して提出したら校正もせずにスルー。
なんでこんなことになってるんだろう。
そればっかり考える様になって職場のドアを開けた途端に目眩と吐き気で
周りの人から顔色が良くないと言われてた。
ある日、他の職場の人と会話してたら「うちの課長が」と笑いながら愚痴られた。
どうして自分はこんな深刻な状態で動けなくなって泣きながら会社に行って
誰にも相談せずにいるんだろうと思ったら涙が出てきた。
今ある仕事が落ち着いたら辞めたいと。
その次の日に直属の上司からいつもの様に理不尽な怒られ方をされた。
もう駄目だった、
でも死ぬわけにはいかないので、一番上の上司にメールを書き、休職させてもらった。
それでもこんな状態で休んでいる自分が駄目人間でと考えて死にたくなる。
このまま辞めるにはどう持ち込めばいいのか分からない。
NHKとかのテレビを始め、新聞やラジオとか雑誌や書籍ぐらいにならでたことがある。別に何かをするわけでもなくそこにニュース性があれば取材っていうのは来てしまうものだ。でも取材される側にメリットがあるということはあまり無い。
新聞に自分の写真がのった切り抜きを爺ちゃんにあげると喜んでもらえるぐらいだ。NHKとかに出ると地方の久しい人から電話がきたりする。3分でれば1~2本。
売りたいパッケージやサービスがあって、メディアに登場するのであれば効果はあるのかもしれないが、業界紙で一面に乗って朝一から十件だとかそんなもの。それを多いととるか少ないととるかは人それぞれ。四大新聞だかの一面に自分の固有名詞がでるぐらいの経験はあるが、そんなものがきっかけでうまく回る商売なんてものはない。メディア掲載は結果のひとつの形でしかないから載るために努力なんかすんな。
メディアはそれを見聞きする人は多いので、もともとの知り合いが、こないだ見たよ!ぐらいの話題にはなる。
少し考えてみて欲しい。知り合いがメディアに乗っているのに気がついたことは? いままでで新聞などの記事をみて具体的に問い合わせたことがある? この一年ではどれくらい? 一日に何人の名前が新聞に乗っているのかを考えると、よほど繰り返しでないと人々の記憶にも残ることなんてないよね。そして喩え数万人の目にふれていようが、そういうところを辿ってまで調べるモチベーションがあるのはこちらを食い物にしたい営業だけなんだ。あ、そういう意味では抜群に効果はあるよ。営業電話ががんがんかかってくるの。先物だとかそういう金融商品会社からだけどね!
メディアに露出することで高まる信用もあるよね。でも、それで与信がついて金が借りられるわけでもなし、そういう信用があなたのビジネスにとって必要?
効果があるなと思うのは書籍。これは比較的重要。アーカイブ性があるので、それについて調べようと動機を持ったひとが調べるのでお客さんにもなるし長く効果がある。また、雑誌なども、大手は基礎情報や写真を関連で使いまわすので最初にきちんとした取材対応が必要。
他?
むしろ、乗らないほうがいいんじゃない? だからメディアジャーナリスト対策は考えておく必要がある。
1つ、ジャーナリストのことを知ること。
理論(笑)?非倫理的な人達もいるので数字のチェックどころか、名前のチェックすらしてこないことがある。記者会見とかで対応してしまうと、いろいろなところが同時に記事を書くのでコントロールできない。Web記事などで名前が間違っていることを申し出ても治らねぇんだ。他がほとんどコピペなのに唯一文脈を変えるだけに手打ちしたっぽいところが間違っているってどいうことだよと思う。どこでだれに取材したらそんな情報がでてくるんだ?と不思議でならない記事になってしまうことが日常ちゃめし。お茶漬けでも食いながら書いのかと・・・・・・。
雑誌社の記事の場合は掲載前に校正チェックがある。新聞もテレビも基礎情報の確認はしっかりある。5分の報道のために一時間とか半日取材がある。え? Web? 他のメディアの記事をきっかけにメールや電話で聞いてくるだけなんじゃないの? うっかり名刺なんかわたそうものなら問い合わせ先はこちらと会社の電話番号や個人のメールアドレスが全国公開されてしまうなんてこともあった。基礎情報の確認もしてこないようなメディアは相手にするべきではない。掲載前の記事は公開しないだって? 取材元に情報の確認をすることはありませんという宣言でなくて?
当方側の言ったことの意味を理解せず、全くの逆にしてしまったり、脳内補完や勝手にストーリーをでっちあげ記事を書かれることが嫌だったら、こちらから手取り足取り情報を案内してあげなければならない。プレスリリースをコピペするだけでそれなりの記事になると思うと彼らは記事にしたがる。仕事が楽だからね。
でもね、そこまでしてメディアにとりあげられて何かいいことあるかな?って少し考えなければいけないかもしれない。なぜなら、取材をうけるあなたはすでにスタートアップをしているわけで目立ていいシーンかそうでないシーンかの見極めは重要。自分の手持ちのカードを見せてポーカーに勝つのは結構大変よ? 役満テンパッてるときに目立つバカがどこに居る?アホの子か?アホの子なんだな??
まわりの会社で商品を扱っているところは事前チェックを取材条件にするところもある。取材する側からすると煩わしいのかもしれないけど、会社からすると記事ひとつが致命傷になることもあるので必然。記者がよかれと思って書いたことがネガティブなことだってあるんだ。そういうところがチェックできない会社は滅びる。既存のお客さまに悪影響がでることだってあるんだから。
ベンチャー誌などで特集記事を組まれた社長の2年後の敗退率聞いたら驚くぜ。そういう意味では2年前の記事を拾い読みして、その雑誌などがどちらへの試金石なのか確認してみると面白いかもしれない。たとえば日経ビジネスなんかがやはり凄いなと思うのは例えば初音ミクのリリース前にきちんとページを割いてクリプトンの会社の記事を組んでたりするところなんだよね。単純に取材力と審美眼の差だと思うんだけど、メディア対策がうまくいったから初音ミクができたわけじゃないじゃない?そんなもんだよ。たまに、売れないタレントひっぱってきて、取材費くださいとか、こっちがかね払うのかよ!?的なものまであるし、なんかもうちょっと怖いよね。営業か税務署がやってくるよ!
目立ったら商売の難易度はあがる。弾丸飛び交う最前線に踊りでて武勲をあげられる新兵がいたら相当なもんだよ。おまえさまはデコイなのかい? 嚢中の錐っていってね、目立たないようにしてても目立ってしまうこともあるんだ。生き残りたければ、できるだけ目立つな。身を屈めてできるだけ頭を低くしろ。ここは戦場なんだぜ!
つうか、Amazon kindle上陸の話な。
電子出版で、Amazonの取り分が55%もあるので論外だとかなんとか。
匿名としてリークさせてる記事があったり、何でそんなことになってるか、なんで出版社はそれが正しいと思ってるか、
(あくまでも友人が出版社につとめていてその話を聞いた中から)説明しようと思う。
迷惑かからない範囲でぼかすし、全ての出版社がそうではないし、危機感を持ってる若手は多いというのも念頭においといて欲しい。
まず、出版の経路から。7割を占めるのが一般書店だ。(残りはコンビニとかね)
それぞれの役割を簡単に振り返っておこう。
出版と取り次ぎだけ補足しておこう。
出版社は、紙に印刷するダケじゃなくて、編集して校正して割付して校了してと、色々調整してくれたり売り込んでくれたりと本当に色々やってる。なので高給取り。
取次が何であるかというと、出版大手5社で3割を占めるとは言っても、細々した出版社が数千社ある。数万ある本屋といちいちやりとりしてらんないので間に挟む。
で、Amazonの55%ってのが一人歩きしても変なので、まず今までの金の取り分を見ておこう。
さ、コレを見てAppleの30%が取りすぎだ!とか言ってた人は少し考えてみよう。
書店や出版社の人がパーセンテージに関してあまり触れないのは、当然この割合が念頭にあるからだ。
小売りや飲食店など、商売をした人ならわかる通り、経路が存在すれば当然その人たちに払うお金がある。
本屋は当然ボランティアじゃない。売ったらお金をもらえるからやっとるわけだ。
1500円の本を売れば、330円が本屋の儲けになるわけだ。取次は120円、著者は150円、出版社が900円。
(実際には金融と揶揄されるぐらいややこしくて酷い事になってるけど、まずは割合で)
よく、取次だとか印刷をすっとばせるから電子書籍は安くできるはずだ!と言われている。
出版社の6割の取り分のうち、紙への印刷が大部分を占めてれば確かにそうだ。でもそうじゃないことが多い。
また取次も8%なので、そんなに減らない。
具体的に1500円の本で考えてみよう。
どうだろう、安いだろうか?高いだろうか?
ただ(出版社は最後まで印刷にかかる経費の割合を出さないだろうけども)印刷諸経費は20%〜30%ってとこだろう。
電子出版なら、出版社の取り分は、さらに削ろうと思ったら削れる。
紙の本より安く売る、55%が取り分だ、かなり豪快に見える。
出版社の取り分が45%になるわけだ。
(希望小売価格から55%を引いた額となっているのは、Amazonが100円セールで売って45円払うわけじゃないよ、と言ってるのだろう)
ここで、日本で受け入れられるであろう電子書籍の希望小売価格を考えてみよう。
紙の新書1500円を電子版1000円で売るのなら、まあ納得してもらえるだろう。
1000円なら、Amazonが550円(55%)、出版社が450円(45%)となる。
ただし、出版社は著者に印税を払うから、450-150=300円(30%)の取り分になる。
ここで「あれ?印刷費は2〜3割を占めてたんだから妥当じゃない?」と思ってはいけない。元々1500円の本だったハズなのだ。
つまり、900円(1500円の60%)のうち、印刷製本が半分を占めていたとしても450円(1500円の30%)が出版社の取り分だった。
これが、300円(1000円の30%、1500円なら20%!)になってしまう。出版社は、努力しなければ達成できない数字だ。
まとめよう。
Amazonは、取次8%+書店22%+印刷25%=55%を寄越せと言ってきている。
これはまあまあ妥当な金額だ。(判型を合わせる手間で5%ってのもまあ妥当)
問題は、電子書籍は安いはずだという圧力から「希望小売価格」を下げざるを得ないことだ。
すると、割合は妥当でも、金額で一冊あたりの儲けが減る。これが難しい。
しかし、自分の出版社だけがkindleから出ないのは怖い。だから、牽制し合う。
(これに小売りである書店との関係だとか、自前の電子書店だとかが絡むと、とてもややこしい)
流石にアマゾン、日本の出版社が飲めなくもないギリギリの金額で攻めてきている。
出版社はイヤなので、55%だとか60%がすごく大きい金額だと思って欲しい。
さらに、電子書籍だからって安くならないよ、とアピールしたい。
それが今Amazon Kindleを巡る出版社の立ち位置になる。
彼らの独占の仕方の前では、ウォルマートさえ街角の個人商店にすぎず、
そのような候補者は限りなくあるだろうが、
科学や最先端研究を理解することが望ましいということには、誰もが賛意を惜しまない。
最新の知識を欠いては安定した民主的決定は不可能だ。
タイムズ紙やサンデー・タイムズ紙をアクセスするのに24時間あたり1ドルという、
マードック流の購読システムには飽き飽きしている人も多いだろう。
しかし、少なくともその期間内はいくつでも記事を読めるし、ダウンロードしておくこともできる。
エルゼビアの出版する学術雑誌では、1つの論文を読むのに31.50ドルかかる(原注1)。
シュプリンガーは34.95ユーロ(原注2)。ワイリー・ブラックウェルは42ドルだ(原注3)。
1981年に出版されたレターを読みたければ、やはり31.50ドルだ(原注4)。
もちろん、(まだそれがあるとして)図書館で読むという選択肢もあるが、
図書館も多額の購読料に苦しめられている。
化学分野の学術雑誌の場合、年間購読料は平均して3792ドルだ(原注5)。
私が見た範囲ではエルゼビアの Biochimica et Biophysica Acta の2万930ドル(原注6)が最高額だ。
大学図書館は購読を打ちきることで帳尻を合わせようとしているが、雑誌購読費は予算の65%を占めている(原注7)。
そのつけは学生に跳ね返ってくる。
一方、学術出版社は論文と論文の査読と編集作業の大半とをタダで手に入れている。
コンテンツの製作に当たって支払いをするのは出版社自身ではなく、
そしてそれを読むために、私たちはもう一度支払うのである。
上がりは天文学的だ。
前会計年度のエルゼビアの経常利益率営業利益率は 36% (20億ポンドの収入中7億2400万ポンド)(原注
8)。
エルゼビア、シュプリンガー、ワイリーはそれぞれ競合企業を買収した結果、
研究者は最新の情報に追いつくためそれを読まなければならない。
多くの場合、出版者はたくさんの学術雑誌をパッケージとしてまとめて購読するよう、図書館に強制している。
この国の人々を食い物にした極悪人の一人、
ロバート・マクスウェルが学術出版でその財の大半をなしたことは驚くに当たらない。
製作と配布の費用をまかなうためにこれらの購読料を課さざるをえない、と出版社は主張する。
また(シュプリンガーの言葉では)「雑誌のブランドを築き、学術情報流通を電子的基盤で支援する」という付加価値を提供もしているという(原注10)。
「出版社が出版プロセスに与える付加価値は相対的にはほとんどないと考えられる。
もし出版社の反論するように出版プロセスがそれほど複雑で高コストだとすれば、40%の利益率は不可能だ」(原注11)。
大出版社は、投稿から出版までに1年以上の長いプロセスをかけることによって、
研究を伝播させるどころか研究を隠してしまっている(原注12)。
ここに見られるのは、公共の資源を独占し不当な価格を課す、純粋なレンティエ資本主義である。
その製作に当たって自分たちがすでに支払っている知識を得たければ、
これが学術界に対して害をなすのはもちろんだが、
世俗に対してはさらにひどいことになっている。
私は主張をするときは根拠となる原典をたどれるようにしておくべき、
だがその主張を私が公正に要約しているかどうか、読者が検証しようと思っても、
その費用を支払えるとは限らない。
数千ポンドを支払わなければならない(原注12)。
「全ての人は自由に……科学の進展とその恩恵を享受する権利を有する」とする世界人権宣言に抵触する恐れすらある(原注13)。
Public Library of Science (PLoS) や物理の arxiv.org などの優れた事例もあるとはいえ、
オープンアクセス出版は独占資本家を駆逐するには至らなかった。
「利益率40%の時代はまもなくロバート・マクスウェルと同様に終わりを迎えるかもしれない」と予言した(原注14)。
しかし2010年のエルゼビアの利益率は1998年と変わらず36%のままだった(原注15)。
その理由は、大出版社がインパクトファクター上位に来る学術雑誌を手中にしているからだ。
こうした雑誌で出版することは、研究者にとって、研究費を獲得しキャリアを積むためにかかせない(原注16)。
とっかかりとしてオープンアクセスジャーナルを読むことはできるが、
クローズドな方もけっきょくは読まなければならない。
少数の例外を除いて、各国政府は彼らと対決することができていない。
米国 National Institutes of Health は、自らの研究費を獲得した研究者がオープンアクセスのアーカイブに論文を置くように求めている(原注17)が、
英国の Research Council の公共アクセスについての宣言は無意味の極致である。
それは「出版社が現在のポリシーの精神を維持しつづけるという仮定」に基づいている(原注18)。
政府の研究費に基づいて製作される論文がすべて無料の公共データベースにおかれるよう強制すべきだ(原注19)。
また長期的には、政府は研究者と協調して中間搾取者を追い出し、
ビョルン・ブレンブスの提案に沿い、学術論文とデータの世界単一アーカイブを作る取り組みを進めるべきだ(原注20)。
いまは略奪を受けている図書館の支出でそれを運営することもできるだろう。
George Monbiot
http://www.monbiot.com/2011/08/29/the-lairds-of-learning/
ちなみにボカロっていうのは例えば初音ミクとかに代表される歌声合成ソフト(ボーカロイド)で、
http://www.crypton.co.jp/mp/pages/prod/vocaloid/cv01.jsp
声優さんの声を大量に収録しておいて、
事前に収録した音を切り貼りしてるという点ではエレクトーンとかと同じ。
それがボカロ曲。
で、ほんまか知らんけども校内放送で使うのが禁止されたらしい。
たとえば「機械だから」を「機械のみで生成された楽曲の放送は禁止」というルールと思うと、
そして「歌詞が分からないから」を「歌詞が判別できない楽曲の放送は禁止」というルールと思うと、
誰が分からないと判断するのかという問題がのこるし、
じゃあ洋楽は英語が分かる人と分からないひとで判断が違うという問題がのこる。
これだと結局その教員が禁止するかどうかに委ねられているので、
その人の顔色を伺う以外に判断できない。
しかし、一見客観的っぽい理由を並べて、それが独裁だということを隠そうとしている。
(1) 「(教員の名前)が放送を禁止するかどうかをすべて判断する。」っていう完全独裁か
(2) 「以下のルールに従う曲は放送してよい。」というルールを張り出すか
この二つしかない。
とくに(2) はできる限り厳密にかかれるべき。
英語に関してはこれだけでかなり楽になるはず。
1.思い切って自腹で貿易英語系のビジネス英語大辞典を一冊買う。
2.下訳は「Yahoo!翻訳」に任せて、単語の意味がおかしい所は「アルク」で調べる。
自動翻訳は主語と述語の位置に気をつけて文法や主語や言い回しがおかしい場合は訂正する。
3.長文にしない。一文は短くする。
4.相手の書いてあることがわからなくなったら、選択肢を幾つか示してどのことを言いたいのか
選んでもらう。言い回しがグーグルで調べても分からないときは、素直にそう言ってもっと分かりやすい
言い回しに変えてもらう。日本の辞書には出てこない単語や言い回しは結構多い。
2.テンプレート以外のことはさせない。
東大卒。自分はギリギリで東大理Iに受かったぐらいの大したことのない頭の持ち主だが、東大に入ったおかげで、色々な東大生を見ることが出来た。その結果、論理操作能力というのは極めて遺伝的なものであるという事実を知ることが出来た。東大の中でも頭がイイ奴は、特に、時間あたりに操作できる論理操作の数が常人の数倍は速く、常人より1桁正確だと思う。この事実を知ることが出来たことが、東大に入って最も良かったことの一つだと思っている。
お勉強が出来るだけでは社会に出ても役に立たないというのは、その通りだと思うのだが、論理操作能力が速くて正確なことは社会に出る上で非常に役に立つ。特に、議論で圧倒的に有利になる。議論って言うのは、実は、試験よりも速くて正確な論理操作能力が要求される。その場で返答しなければいけないからだ。試験だったら、その場でとっさに答えを思いつかなくても、「とりあえず置いておいて、試験時間終了間際にもう一度見なおしてみるか」といった戦略が取れるが、議論の場では、相手は何十分も返答を待ってくれない。その場で返答しないと意味が無い。
論理操作能力は遺伝的なものだから、訓練しても高くはならない。だから、論理操作能力が低い(才能がない)我々のような人間が彼らに勝つためには、「論理操作能力が高いヤツとは最初からマトモに議論しない」ということが重要だ。例えば、相手が持っていない情報に基づいて反論する。いくら論理操作能力が高くても、知らないものを知ることは出来ない。それから、論理操作能力が高いヤツの前では、自分のやっている仕事を面白そうに見せない。論理操作能力が高いヤツが自分の仕事を持って行くからだ。
こういう勝つ技術の中でも一番多く使うのは「自分の仕事に関係ないことは黙っておく」という技術だ。会議の中で自分より論理操作能力が高そうな人間がいて、その会議が自分の仕事に直接関係なく、意見することで何か自分に利益がもたらされるのでなければ、黙っておく。論理操作能力が高い人間の意見は高い確率で正論なので、しばらく放っておけば、そういう人間が会議を引っ張っていくようになる。
論理操作能力が低い自分でも、論理操作能力が高い人間が多く集まる東大という環境にいられたおかげで、こういう論理操作能力が高い人間の中で立ち回る技術を身につけることが出来た。人類の大半は、論理操作能力が低い人間だ。みんなで、共闘して奴らを追い落とそう。
追記:最後の文の「奴ら」は、論理操作能力が高い人達の事です。時間がたってから校正しないと、こういう曖昧性に気がつかないのが、僕の論理操作能力が低い証拠です。論理操作能力が高い人達は、即興で曖昧性の低い文章を書くことが出来ます。
また、「情報処理能力」の方が適当ではないかという意見がありましたので、「論理」「操作」能力とした理由を説明します。「論理操作能力」というのは、平たく言えば、「頭の回転の速さ」だと思ってください。
まず、「情報」ではなく「論理」という言葉を使ったのは、「情報」では、人に上手く質問して情報を引き出す能力や、ネットや本で調べる調査能力を含むような誤解を与えると思ったからです。そういう調べ物が得意な人は居ますが、その人の専門にもよりますし、信頼できる情報源をどの程度「知っているか」という知識の問題でもあります。例えば、法学部卒の人が法律に関することについて情報入手能力が高いのは当たり前です。一方、「論理」なら、こういった調査能力を含むかのような誤解は与えません。ですから、「情報」より「論理」の方が適切であると思いました。
次に「処理」ではなく「操作」という言葉を使った理由は、「処理」では、処理した結果何をアウトプットとすれば良いのかが明確に決まっている、という誤解を与えるからです。例えば、漠然と「何かいいアイデアない?」と聞かれた場合は、欲しいアウトプットは定まっていません。このような得たいアウトプットが明確に決まっていない状況でも、与えられた条件から「この条件とこの条件をこう組み合わせれば、こういうことが言えて(=こういうアウトプットが得られて)、嬉しい!」ということを即興で考えつくことが出来る人がいます。僕は、「論理操作能力の高い人」という言葉で、こういう人たちのことを指したかったのです。
例えば、車を操作する、とは言いますが、車を処理する、とは言いません。「操作」という言葉が、どの方向に進みたいかを決めることをも含んでいるからです。一方、「車をA地点からB地点まで移動するという仕事を処理する」ということは出来ます。処理するためには、アウトプット(目的)が最初から決まっていないといけないのに対し、操作することは、アウトプットを定めることも含んでいます。ですから、「処理」よりも「操作」の方が適当であると思いました。
ところで、この文章では、遺伝的と先天的を同じ意味で使ってしまっています。僕が言いたかったのは「先天的」の方です。先天的だからといって遺伝的であるとは限りません。また、論理操作能力が先天的であるということは、実際に東大にいて、多くの東大生を見てきて、僕が経験的に(帰納的に)知ったことです。また、僕は、論理操作能力の高い人が東大だけに存在するとは思っていません。どの大学でも、名前が知られている大学なら、上位何%かは論理操作能力が先天的に高い人だと思います。東大は、その「何%」が、1~2割程度になっているぐらいです。東大は、一般教養の代わりに、シンフリ制度(最初は全員教養学部に属し、1年~2年前期までの成績で、他の学部学科に転籍する進学振り分け制度)を取っているので、学部・学科によって、論理操作能力の高い人の全体に占める比率は大きく異なります。シンフリ点数の高い学科は、やっぱり、論理操作能力の高い人が多いと思います。シンフリとかシケプリ・シケタイ・シケ長とかいった言葉を知っていることは、僕が実際に東大卒である傍証にはなると思います。
追記2:
言いたいことが伝わってこない、という人が何人かいるのですが、そういう方は、どこが悪いか教えていただけると幸いです。理系出身なので、各段落の1文目をキーセンテンスにして書く点や、曖昧性がないように書く点だけは気をつけて書いているつもりです。文章が長い(冗長性が無駄に高い)のは、校正してないのでしょうがないと思っています。
追記3:
何で「論理操作能力」っていう言葉を定義しただけで、こんなに反論が多いのだろう。とりあえず、「論理操作能力が高い」=「与えられた前提から、単位時間あたりに論理的な推論を用いて導き出せる有意義な結論の数が多く、また、その推論が精確なこと」と定義しておく。単に論理的な推論がたくさん出来るだけ(=論理演算能力が高い)では、コンピューターの方が人間より優秀だということになってしまう。論理的な推論を重ねて、「有意義な結論」を見出さなければならないから、「操作」という言葉を使った。また、人間は推論を間違えることも多々あるので(例えば、A→Bが、議論を進めていくうちに、B→Aも成り立つことになっていたり)、推論が精確であることも重要なので、「推論が精確なこと」を定義に含めなければならない。
「コミュニケーション能力」とか「国語力」とか「人間力」とかよりも、ずっと精確に定義できていると思うのだけど、何でこんなに反発を食らうのか分からない。
追記4:
英語を使うと冗長すぎるって言われそうなのでやめておいたのだが、やっぱり、書くことにしてみた。操作は、"operation"の意味で使っています。"operations"のように複数形に出来ることが大事。まぁ、"manipulation"の意味でもよいかもしれない…これも、"manipulations"にできるからね。"control", "exploit"の意味では使っていません。
追記5:
宇多田ヒカル心肺停止 / 医者が「残念ですが」と見放すも父が必死にマッサージ http://bit.ly/ezBXd1
ネットメディアのロケットニュース24が脳死状態になり、読者にまで見放されていたことが判明した。読者は釣りタイトルでPVを得られさえすれば良いと考えているロケットニュースをもう救いようがないと判断したのか、「マッチポンプでデマを垂れ流す残念な媒体」などとコメントしている。
ロケットニュースは1月10日、Twitter(ツイッター)で宇多田ヒカルさんが書き込んでいた出生時の出来事を記事化。1983年1月19日に宇多田さんが誕生した時、心肺停止状態だったが父親のマッサージで助かったという内容の一連のツイートを、「宇多田ヒカル心肺停止 / 医者が『残念ですが』と見放すも父が必死にマッサージ」というタイトルをつけた記事にして配信。宇多田さんがいま心肺停止状態になったニュースに見える釣りタイトルをつけて公開することで、多くの読者をダマしてPVを稼いだ。また、当初はタイトルと文章中の「心肺停止」の単語がすべて「心配停止」となっており、「釣りタイトル」「取材なし」「校正なし」のロケットニュースのメディアとしてのあり方に、多くの読者が心配な気持ちを持ったようだ。
以下は、ロケットニュースの当該記事に対してのTwitterやはてなブックマークの書き込みから引用した読者の感想である。
「こういう誤解を招くタイトルの書き方ってどうなの?悪質じゃないかと思う。」
http://b.hatena.ne.jp/jinzaikei/20110110#bookmark-28084030
「アクセス得たいが為のタイトルにしか見えない、というか不愉快。本当に不愉快だ。」
http://b.hatena.ne.jp/axjack/20110110#bookmark-28084030
「タイトルの作り方が下衆」
http://b.hatena.ne.jp/toshiyam/20110110#bookmark-28084030
「こういう見出しが、媒体としての商品価値を下げてる、ってことに気づかないんだろうね。 」
http://b.hatena.ne.jp/clclcl/20110110#bookmark-28084030
「ロケットニュース・ガジェット通信 2chなどは運営の中身が同じで、マッチポンプでデマを垂れ流す残念な媒体です。 」
http://b.hatena.ne.jp/hachima/20110110#bookmark-28084030
「「戦術的勝利、戦略的敗北」の典型記事。今期のアクセスノルマは達成できても来期はどうかしらんって感じですな。」
http://b.hatena.ne.jp/STARFLEET/20110110#bookmark-28084030
「記者頭狂ってんのか?」
http://b.hatena.ne.jp/popos1987/20110110#bookmark-28084030
「生まれたときの話・・・ ロケットニュースはタイトル詐欺に近いぞこれww QT @pugeraccho 宇多田ヒカル心配停止 / 医者が「残念ですが」と見放すも父が必至にマッサージ http://dlvr.it/CzKjD #RocketNews 約11時間前 webから kazu7474」
http://twitter.com/kazu7474/status/24120111543619584
「記事中の「心肺」が「心配」になっているのが心配。。。(*´艸`) RT @alife511: 宇多田ヒカル心配停止 / 医者が「残念ですが」と見放すも父が必死にマッサージ http://bit.ly/hCxLqL 約11時間前 kani3104」
http://twitter.com/kani3104/status/24122313846820864
「昨日tweetしてたけど、記事に起こす必要あるのかな。J-CAST級にレベル低いなロケットニュース。 宇多田ヒカル心肺停止 / 医者が「残念ですが」と見放すも父が必死にマッサージ http://rocketnews24.com/?p=64512 14分前 TweetDeckから log1000」
http://twitter.com/log1000/status/24281892417175552
「内容が内容だけに、不謹慎ですよね。メディアとしての品格を自ら落としてしまっていると思いました…。RT @tak_hawk_d4: これはひどい RT 医者が「残念ですが」と見放すも父が必死にマッサージ – ロケットニュース24(β) http://htn.to/qsa6FR 約10時間前 HootSuiteから recruit21」
http://twitter.com/recruit21/status/24142344429248512
多くの読者がロケットニュースの驚くべき姿勢に衝撃を受けているようだ。しかし、なかでも「こういう誤解を招くタイトルの書き方ってどうなの?悪質じゃないかと思う」という書き込みに賛同している人が多いようである。
姉妹店ってことは、他のお店でもやっている
これが真理だと思う。何か間違えてるんだろうか?
姉妹店であれば似たような事を行っている可能性が高いかもしれないが、確実な証拠があるまでは断定することはできないし、してはならないと考えるべき。
それを「真理」とまで言い切って、しかも間違いないと思っている。
という風なことを
「とう風なことを」などという言い方は現在であっても出版社の校閲・校正で朱入れ訂正されるレベル。
http://anond.hatelabo.jp/20110103151807
によればこの表現に疑問を持たない人も最近は少なくないようだが、決して「現代の日本語」の「正解」ではない。
わざわざあげつらって得意げに指摘しているが、「昔はどうだか知らないけど」と、本当の正解を調べる気もない。
ようするにこれを書いた奴は自分の思い込みだけを根拠に他人を断ずることに疑問を持たない、オレ様主義な馬鹿なんですね。
最近こういう人増えてるのかなあ。怖いなあ。
むしろ、ゲイからはBL腐女子はゲイをおもちゃにする厄介者であるとずっと言われてきてますよ(笑)
根来祐さんは、とりあえず、↓を読みましょう。
http://anond.hatelabo.jp/20101212020414
腐女子注目の都条例についてメモ書き - ねごろのぷくぷく日記3
http://d.hatena.ne.jp/negorin/20101212/1292166703
その時も基本的に「反ポルノ」=女性を守る、という言説で、厳しい取り締まりが行なわれたが、実際に運用されてみたらターゲットになったのは、ゲイメディアやフェミニストアートだった。弱者をダシに弱者を攻撃する政策だった。
同性愛関係の議論では公的機関や公的資源を使って「同性愛を擁護/称揚する」のがダメという議論があった。「擁護/称揚」=「わたしは同性愛者ですよ」って言うこと自体が「擁護/称揚」とみなされ問題となった過去がある。それに抵触するかどうか、不安が残る。
よしながふみ の漫画の中にはハッピーなゲイカップルが出て来るが、「幸福そう」=同性愛賛美と読み取られ、それが「反社会的」と判断される可能性は?
例えば少女マンガの中にはゲイカップルが里親をして娘を育てるというストーリー等もあったが、こういった作品も「社会規範」を犯すものとしてジャッジメントされるのか?
↑こんなことを言ってる人がこの声明を出している。
東京都青少年健全育成条例改正案に反対する緊急ネットワーク:声明
http://blog.livedoor.jp/fujoshi2010/archives/51650119.html
「おんな子ども」をだしにしたを、BLはゲイをだしにした漫画に変えます。
BLはゲイメディアなんてとんでもない。そんなことは、馬鹿が言うことです。
BLはゲイへの偏見を助長します。BLで現実のゲイの実態を反映しているのは、
BLと同性愛は関係ありません。普段はゲイとBLは関係ないと言いながら、
都合がよくなるとゲイにすりよってきて、「ゲイ差別!」とか言う腐女子は
【アニメ漫画規制】「納得できぬ」 東京都の姿勢に不満…角川書店が国際アニメ出展中止★
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1291910117/
672 :名無しさん@十一周年:2010/12/10(金) 03:34:43 ID:JKfuNzht0
>>663
判ってないな
735 :名無しさん@十一周年:2010/12/10(金) 03:51:55 ID:JKfuNzht0
>>706
文盲乙w
すでに一ヶ月以上も前の記事がニュースとして流れていることに、
違和感を覚えたことはないだろうか。
アイドルやタレントのイベントであれば、終わった直後に記事が流れることも多い昨今。
イベントで起こったことを最中に追記し、終わった頃には記事を流す。
そんなパターンがほとんどだ。
新聞でも、次の朝には紙面上に載っている。
アニメやゲーム、声優のそれらは、ネットメディアであっても1か月後。
なぜそんなことが起こるのか。
まずは原稿と使用する写真を、主催社側の広報に送らなければならない。
それぞれのマネージャーがチェックし、さらに声優自身がチェックする場合もある。
声優10人、マネージャー10人(声優を兼任している場合も多いが)、
そして主催社の広報が確認するとなれば、21人もの確認が必要になるのだ。
すべてが完了した後、主催者の広報に戻り、すべての要望をまとめた上で書き手に送られる。
声優の数が多かったり、全員のプロダクションが違ったら最悪だ。
声優9人、プロダクションは5社に渡ったとあるゲームの声優イベントの原稿を書いた際、
全く戻ってこず、2か月後の掲載になったことが実際にある。
某アニメイベントでは3か月後という例もあった(自分ではないが)。
大規模なイベントならば、取材に入るメディアもそれなりの数あるだろう。
それに対し、広報窓口は1人2人。
変更要望を反映させた後の原稿確認も必要だし、
写真にNGが出されれば、代わりの写真を確認してもらわなければならない。
世に出るのは、イベント開催から一ヶ月以上経つこともわかって貰えると思う。
とても面倒くさい。
書き直しがないよう、無難な内容になる。
ほんの少しの難点だって指摘される。面倒くさい。納期が遅れる。書けるわけがない。
写真満載のイベントレポートを書きたい。でも、ぶっちゃけ書けない。
顔のアップなんて無理。肩から上も無理。
その公式写真ですら声優のチェックがはいるため、メディアの手に渡るのは2~3週間後だ。
とにかく時間がかかり過ぎるのだ。
しかも遅すぎる記事を掲載して非難されるのはメディア、そしてライター側だ。
悪しき業界の慣例としか言いようがない。
その慣例が、一般メディアを遠ざけていることには気がついていると思いたいが、
きっと気付いていないのだろう。
その業界にしかいない人には、気付くことが難しい。
他のネットメディアは一ヶ月後だが、
チェックなしで許され、翌日には掲載している新聞社が実際にある。
(許されているというか、新聞社側がこのおかしな慣例を突っぱねたという噂もあるが)
新聞社が多数入る取材に関しては、他のメディアにも速報が許される。
まるで、新聞以外のメディアは信用に値しないといわれているようだ。
そんな時代に、一ヶ月後の記事に何の意味があるだろうか。
この悪しき慣例は払拭されるべきだ。
それはつまり、通じりゃ何でもいいんだよ! ってことだろう。
確かに、そういう人はいる。だけどそれは、かなりみっともないことだよ。
あるよ。でも、みっともないと思ってないし、笑うなら笑う奴が悪いというだけの話。
俺は別にハリウッド映画に出ようというわけじゃない。言語や文化に依存しない科学技術を語ろうとしているんだ。その場で使われる言語が「英語」であるというのは単なる英語話者の既得権にすぎない。それ自体が本来は不公平なことなのは明らかだろう。原則論を言うならば、他人に英語を話すことを要求するならば、奴らは質の高い英語教師を自腹で派遣してさらに報奨金を払うぐらいのことはすべきだ、ぐらいのことは言えるんだぜ。
だからこそ、ちょっともののわかった人間なら、他人の英語を馬鹿にすることなんてしない。
当たり前だろうそれは。もし、中国人や韓国人がやってる中華料理店や焼肉屋に行って、店の人間のカタコト日本語を馬鹿にする日本人がいたら、そんな奴は軽蔑されるだけだ。料理店は飯がうまけりゃいいんだよ。それに対してこちらは金を払う。それ以上のことはおまけに過ぎない。
商売という「郷に入れば郷に従え」的な状況でもそうだ。まして学問の世界には「郷」はないんだよ。
よほどの天才か、よほどのお人好しか、どちらかでないか言えないと思う。
そりゃあんたの言ってる英語は「英米豪あたりの現地語としての英語」だからだろう。俺が言ってるのは「大人の事情で世界語の代用扱いされてしまっている英語」なんだから要求されるレベルが全然違う。
論文と公文書を一緒にする神経が理解できない。公文書というのは揚げ足を取る/取られないために書く文書だが、論文は本質的なところがわかれば細かいところはどうでもいいという文書だ。
むしろ公文書なら国際教養大だろうがどこの出身だろうが日本人には余程のことがない限り書かせたくないよ。まあ俺の書く公文書なんて特許ぐらいだが、日本人が訳したとおぼしきひどい翻訳が回ってきて往生することがあるんだよ。まあ、大抵の場合は英語の問題というよりも内容を誤解されているという問題だがね。いずれにせよ、本当のことを言えば日本語がわかる英語ネイティブに多少の金を払ってでも書かせた方がいい。その方が、後で校正する手間が省けて、結局は総額でのコストは減るはずだからね。
まあ、公文書であっても、日常会話や文学作品に比べれば圧倒的に簡単で、本質的には論文と五十歩百歩の世界なのは確かだけどね。所詮、論文やら公文書やらの言語は、用途が限定された「人工言語」みたいなものだと思った方がいいよ。日本語でもそうだろ。「ゆえに」だとか「~は、これを~する」とか、日常生活で絶対使わんだろ。
ところで、用途が限定された人工言語といえばプログラミング言語がその最たるものだ。あれって英語をベースにできているものが多いわけだが、まさか「英語ができない奴がプログラムコードを書くなんて神経は俺には理解できない」とか言わないよね?
なんだか話がずれちゃったけど、英語を学ぶ、ということも、高度な「専門知識」を要するのです。
完全を期すなら、片手間にはとてもできないことだ。
だから、それを専門にする学校があってもいいじゃないの、と俺はいいたいんだけど、
色々教えてください偉い人。
自分で考えろってのはご尤もですが、色々な方の意見が聞いてみたいのです。
・Struts(ver2じゃないほう)上でのJava(max2000行程度)
・perl(max7000行程度)
・c/c++(ちょっと)
・Haskell(ほんの少し)
・VisualBasic(.NETじゃないほう)(ほとんど忘れた)
・HTML/CSS(セマンティック厨)(HTML5は勉強中)(バイトでWEBデザイン経験有)
・javascript(簡単なものなら)
・MovableType(CMSとして利用。ちょっとした企業サイトレベルくらいのものの構築。簡単なプラグインの作成とかも)
・Apache(セットアップと最低限の設定くらい)
・Tomcat(同上)
・Linux(CentOSとUbuntu。セットアップとちょっとした設定程度)
・AdobeのDTP系製品(CS2)(雑誌編集経験有、ただし学生レベル)
・Oracle(10g)(Bronzeレベルの知識とちょっと触ったことがある程度の経験)
・postgreSQL(ちょっと触ったことがある程度)
・会計関連の知識(日商簿記2級)(大学で管理会計をかじった)
・数学系の知識(論理とか集合やらの基礎。大学で計算機科学をかじった)
・印刷物/WEBサイトのデザイン(独学だけどそれなりに。一般人よりはそれっぽいデザインが作れるかと)
たくさん英語を勉強した方の日記を読んだ。さすが、素晴らしい努力かですね。
ただ、違和感を覚えたのは一生懸命参考書を読んだとか、テストが何点とかあんまり関係ないんじゃないかな。
筋トレを一生懸命やってムキムキのボディビルダーが、柔道で強くない見たいな感じです。
ネイティブにならないとわからないニュアンスとかノウハウももちろんあると思いますし、英語論文を作成したときは
かならずネイティブによる校正は必要です。でも8割ぐらいまではマスターできると思う。
英語はあくまで言語、どう使うかは千差万別です。すこし勉強したから英語すべてがマスターできるなんておこがましいんじゃないかな。
http://anond.hatelabo.jp/20100620101202
アメリカ人のスポーツ好きは異常。バスケもアメフトもホッケーもあるから、365日いつでもなんかのスポーツに盛り上がってるし。ただ、そのおかげで「レッドソックスの試合に行きたい」とかいうとそれで盛り上がれたりするから楽。アメリカ人はそのあたりアプローチの仕方さえ間違えなければすっごいオープンだと思う。ヨーロッパ人の方がその点ガードが固くて戸惑う。
英語は大切だけど、ハードスキルは「それがなければお話にならない最低限」なので、手を抜けないよね。こっちも所詮は雇われ外人だから、usefulだっていうところはちゃんと見せておかないと・・・。
Spring8は使ったことがないけど、添削してもらうと本当に英語は上達するのでお勧め。死ぬほど校正して提出した原稿が真っ赤になって帰ってくると凹むけどね・・・。
親の所得の多寡で人生を縛られるのはどこの国も同じだけど、もっときついのは、親の想像力の範囲内でしか子供の世界が広がらないってことだと思う。むかーし以下のエントリーでも書いたことだけど、親がバスの運転手だと「奨学金で大学院に進む」ことのメリットが想像できないんだよね。いくら理路整然と説明しても、想像力を超えた話を人間は受け入れない。それに比べれば、所得の多寡はまだ自力で何とかなる範囲内じゃないだろうか。想像力のほうは、既に親のそれよりもずっと遠いところを見ているんだから。自分はお金の問題は運良く乗り切れてしまったので、楽観的に過ぎる可能性はあるけど。
http://anond.hatelabo.jp/20070829100649
どちらにせよ、そこまで先を見てやっているのなら、いつか絶対にその努力に助けられる日が来ると思う。というか、いつの間にか努力を生かせる方向に人生が引っ張られていくもんだと思ってる。少なくとも自分と周りの人たちの人生ではそうだったし、そう思えないと努力って続かないよね。