はてなキーワード: 憂鬱とは
A「あの時代は異常だった……。あの異様な空気に飲まれておかしくなっていた。同調圧力に屈してはならない」
B「そうですね。軍人も市民も皆が時代の波に飲まれておかしくなっていたと思います。あの悲惨な結末は皆の責任だと思います」
A「お前ちょっと空気読めよ。あの時代の一般市民は同調圧力に苦しんでた被害者なんだからそういう言い方はないだろ」
B「は…はぁ」
みたいな。
流石にここまで雑な展開はないけど内容的にはこれと同じような事になってるシチュエーションちょいちょい見かけて憂鬱になるわ。
土砂降りの冬の日。
いつもより早く学校が終わり、電車に乗って帰宅している途中、父に迎えの連絡をしていないことに気がついた。
雨の日のお迎えは父に連絡というのが我が家の決まりごとだったが、普段メールをしない父には電話連絡という手段しかなく最寄り駅に着いたら連絡しようと少し憂鬱になった。
田舎の駅の待合室はとても寒く、出来ることなら待たずに帰りたかった。
改札口を抜け、人が少ない場所に寄り携帯で連絡しようとすると父の姿が見え、慌ててかけよった。
「えっ、何で?」
驚く私に父は、「何でって、お前のお迎えだよ」と呆れながら告げる。さも同然にそう言うが、私は連絡をしていないのにと頭を捻るばかりであった。
「昨日、早く学校が終わるって言ってたろ」
「えっ、うん。ありがとう、でも」
終わる時間は告げていなかったし、雨だって急なことだった。携帯の着信履歴を見ても父からの連絡はなかった。
「少し待ったよ。でも、来るのがわかってたし」
もう少し遅かったら連絡したよ、と言う父に今度は私が呆れた。
車に乗ると車内は暖かく、私が寒い思いをしないようにという父の配慮が感じられた。
「おかえり」
そう告げる父に、緩んだ顔がバレないように引き締める。迎えに来てくれたことが、凄く嬉しかったと気づかれたくはなかった。
しかし、私とは打って変わって父はどこか嬉しそうな顔をしているのできっとバレているのだろう。
「ただいま」
しかたがないので、私も笑った。
ちょっと前に流行ってたロウトみたいに受け口が広くてキャパシティが少ないという絵の載った心が弱い人の話ではないけれど、俺はどうも痛みに弱い。
デコピンだのシッペだの肉つまみ攻撃だのをされると「痛っ」「ええっ、これで!?」といったやり取りをちょいちょいすることになる。
痛みや刺激を感じた時に、無視し続けたり耐え続けることができなくなるまでの閾値が人より低いらしい。
極端に筋肉がないわけでも太っててムチムチとかいうわけでもないけれど、
血圧を測られるだけでも圧迫される腕が痛くて眉間に思いきりしわを寄せて我慢している。あれを数分も続けられたら音を上げそう。
正直パワフルな人が相手だと握手ですらちょっと痛いことがある。
採血の痛みはその日ずっと痛いので腕に違和感が付き纏って筋肉が凝り固まるのか、そのうち腕を上げること自体しんどくなる。
単純に刺激に対して感覚過敏めいた傾向があるので、そういうのも影響しているのかもしれない。
その他のあるあるとしては
硬い机の上に肘や手首の骨のあたりをつけるとか、リストレストに手首を預けるだけでも痛くて落ち着かなかったりする。
服の袖の縫い目やボタンが他の物に触れて押し付けられて当たっている程度の事でも仕事に差し支えるレベルで痛み出す。
襟首の狭いシャツは首が苦しい→痛いとなってしまうので着られない。
ネクタイは相性が悪い、就活と成人式と卒業式とバアちゃんの葬式に参列したあとに毎回原因不明の熱を出して寝込んでたのは慣れないイベントの疲れだろうけれど、
Yシャツにネクタイやタイピンの感触で過度に体が緊張状態になってたのも一因ではないかと思っている。就職先の選定基準に私服勤務必須というのも面倒な体だ。
タンクトップやナップサックは肩に細い紐が食い込んで痛い。靴下のゴムが肉に食い込むのも痛い。
もちろん腕時計もダメ、社員証を首から下げるのも重み(社員証何gだよ……)が掛かっている部分が我慢できないほど痛くなるので、胸ポケットに装着するか襟の裏を通して首に紐が当たらないように注意する。
メガネはいろんなタイプに何度挑戦しても耳が痛くて痛くて1日はつけていられなかった。
マスクも痛くなさそうなものを選んでも、やっぱり耳にかけると2時間ぐらいで痛み出すので、柔らかいゴム紐で首の後ろで結んでみたりするが、耳よりはもつけど結局首筋が痛くなったりする。
ダボついていないズボンのポケットに替えのボタンが入ったままになっているとケツが痛む。
ダボついたズボンのデカいケツポケットの生地が座ったときにすこしヨレて圧力がかかるのもケツが痛い。
あとジーパンの前ポケットのあたりのなんか妙に入り組んでて分厚い部分とかもふとしたときに圧迫されると痛みやすい。
トランクスのゴムがジャストサイズだと腰が痛むから買ったらまず少し動けば勝手にずり落ちるぐらいまでゴムを伸ばしてから履く。
ニット帽をかぶってゴーグルをつけたら、耳と側頭部が圧迫されて違和感、我慢してかぶっていたら痛みに変わって堪えられなくなってスキー教室をリタイア。
マフラーをゆるく巻いても重苦しく感じて、そのうち首とか肩とかがガチガチに凝って頭痛までくるから巻けない。
子供の頃だと、体育の赤白帽のゴムが触れるのが気になったのかすぐ嚙みちぎって親に怒られたり、水泳帽が苦痛だったり、ドッヂボールで痛くて転げまわったり。
爪もお湯でふやかしてからでないと切れなくて、中学で衛生検査に引っ掛かった時に無理にその場で切らされたが、
痛みで声を出さないように必死で堪えていたけれど片手終わるぐらいで涙が止まらなくなってしまってびっくりされた。
Tシャツの袖の長さの調節だけで少し我慢すれば過ごせる春から秋までは気楽なのだが、冬場になってくるとさすがにいろいろ着ないといけないから憂鬱だ。
なんだか感覚過敏の話と痛みに弱い話がごっちゃになってしまったが、なにあkと生き辛くて不便なのはもうこの際仕方ないとしても、
こんな感じなのを口で説明しても人にわかってもらうのがなかなか大変なので、なんか説明しやすい検査とかできればいいのになーと思う。
何ヶ月か前、ある人にめちゃくちゃ怒られたことがあって、その時の映像が某国営放送で、この前の日曜日に放送された。
まあ、炎上するだろうなと1ヶ月前から憂鬱だったのだが、ネットを見ると予想以上に燃えまくっていた。特にコメントをするつもりはなかったが、知り合いからも、「かわんごさん(仮名)が正しいと僕は思っているから」というような、よくわからない励ましのメッセージがたくさん来るので、一言、ここで書いておこうと思う。
まず、あのシーンにおいて、どちらが正しいといったことはないと、僕は思っている。それぞれ違う考え方、違う感じ方を持つ別々の人間であるというだけの話だ。
事実としてあるのは、僕が「ある人」を不快にさせることを、「ある人」のテリトリーでやってしまったということだ。それについては全面的に僕の失敗であり落ち度だ。
そもそもあの場はなんだったのかというと、CGの世界でどういう技術が開発されようとしているかを知って欲しかったからだ。放送で使われたのは、自社で作った映像の一部が映っていたが、実際は他社も含めた事例紹介の中の一部が切り取られてテレビには放送されたわけだ。
おそらくは否定的な反応だろうというのは事前から予想はしていたが、まあ、なんらかのヒントや刺激になれば十分だぐらいに思っていたのだが、想定していたよりも、かなり、めちゃくちゃ怒られた。
さて、放送されると炎上するだろうというのも予想していたわけだが、こっちの方も想定以上にネットは燃えた。事前から分かっていたのに、なぜ、あのシーンを放映することを許可したのか。事実をいうと一旦、断った。当たり前だ、なんの得もない。
でも、再度、どうしてもと頼まれた時、結局、いいよ、と言ってしまったのは、頼んできたAさんの気持ちになると、そりゃ、あのシーンは使いたいよな、と思ったからだ。自分でもドキュメンタリー映画の制作に関わったから分かる。撮影してもどうしても使えない映像というのが存在する。本当はそれを使うともっといいものが作れるのに使えない。あんな美味しい映像をAさんが使いたいと思うのは当然だよなと思えた。
そして、もう一つは、別にAさんは何か映像を捏造しようとしているわけではない。実際にあった映像を撮影できたんだから使いたいと言っているだけである。本当にあったことをそのまま放送したいと言っているだけだ。まあ、できるなら使って欲しくないけど、彼が本当に使いたいと思っているのであれば、それを断るのは卑怯であり、僕の我儘であると考えたからだ。
実際にどのように映像が使われたのかは、まだ見ていないので知らないが、ネットの画面キャプチャーや感想を見る限り、そこにあったのは本物の僕自身であったと思う。
怒られて、本当に困ってしまって半笑いを浮かべている僕、なんとか言い逃れようとしている僕、そして、でっぷりと突き出したお腹も含めて、全て、本当の僕が映っていたのだろう。
放送を見て、僕を心配してくれている周りの人は多いようなのだが、本当のありのままの自分が映し出されたとして、それで情けないとか、醜いとか、嫌悪感を持つ人がいたとして、まあ、しょうがないよねとしか思わない。誤解されたわけでなく、本当の僕を見てそう思ったんだから、諦めるより他にない。
本当の僕を見て嫌う人間に、嘘の僕を見せて好感を持ってもらいたいとは思わない。
というわけで、僕を心配している人に、一言いっておきたいのだが、心配は無用です。
ただ、今回、僕を攻撃している人たちをがっかりさせても悪いので、正直にいうと、今回の炎上で本当に傷ついたことがひとつあることを告白する。
月曜日から糖質制限を始めた。今回の炎上で改めて、人間は外見でそのひとの人間性を判断するということを確認した。どうやらデブは醜い心の現れであり、人間性を否定するに十分な根拠らしい。そう考えている人間が多いことは認めなければいけない事実だろう。
今回は本気で糖質制限をしようと思う。倒れても、また、立ち上がり、ぼくは前に進み続けるだろう。実際、月曜日の夜は、ついお菓子を食べてしまい、昨日の夜もシュークリームを半分だけ食べてしまった。その度に、僕は立ち上がり、再度、糖質制限を再開している。僕は今度は諦めるつもりはない。
そうだ。最後に書いておくと、放送ではめっちゃ怒られていたが、もちろん、僕は今でも毎週月曜日は、僕を怒ったひとの会社に出社している。まるでジブリのように素敵で暖かい職場だ。むしろジブリそのものといってもいい。特に最近は怒られることもなく平和に暮らしている。
個人的には、取調べの可視化は行うべきだしこれで告発状受理しなかったらケーサツの威信は地に落ち最悪の恣意的暴力装置に成り下がると思うが、それはそれとして、標題の両者はとても相性が悪いのが気になる。
取調べ可視化の具体的なツールとしてどういうものが想定・議論されているのかよく分からずとりあえず録画録音による動画公開と前提しておくが、例えば録画中で取調べされてる容疑者の態度が死ぬほど悪かったとき、我々の社会はどんな風に判断するだろうか。
単に容疑がかかったという段階では当然の権利を要求することさえ、ずうずうしいとかふてぶてしいのでけしからんみたいな、そういう話になりはしないか。
「これだけの悪事に関わっていてこの態度なら、警察も暴力に走るのは仕方がない」という流れになりはしないか?
今回暴行で死亡したのではないかと言われている容疑者だが、なんの容疑かと思えばなかなかスゴイ事件である。
こういう事件の容疑者の態度がゴミだったとき、「それでも彼は法的には犯人でなく容疑者に過ぎないのだから守られる必要がある」と冷静に考えることができる社会になっているだろうか?
あるいは、取調べ可視化を経てそういった成熟した社会を目指す余地というか下地が、既にできている社会だろうか?
ネットリンチやバッシングのネタとして消費されておしまいにしないというコンセンサスが、せめて社会の構成員の半分くらいにおいては、取れていると言えるだろうか?
http://www.goodbyebluethursday.com/entry/Miyazaki_Hayao
ドワンゴ川上氏への「極めて不愉快」発言は宮崎駿氏が圧倒的におかしい - さようなら、憂鬱な木曜日
毎朝会う身体障碍者の話は、本筋からズレてて宮崎駿はおかしいと思っていたけど、
何がおかしいのかまで考えが至らなかったから仕方なく出したんだ。
クリエーターならではのセンスというか、とにかくおじさんは本筋を伝える必要がないほどに怒っていますよーって。
まずちゃんと見てくれただけでも期待値は高かったと思う。
いいアイデアなら取り入れて、自分でもっといいものを作ろうという一社員からの社内へのご提案だと思っていたんじゃないか。
ところが川上は「こんなのできまっせ!気持ち悪いでしょ?ね?ね?」の承認欲求を満たしたいがだけのわがままだった。
宮崎からしてみれば「そんなものを聞きにきたんじゃねーよ。勝手にやれよ。」だろ?それに障碍者の発言はいらないんだが。
もしこれが川上の仕事なら、宮崎は宮崎自身に聞かないで勝手にやって欲しかったのだと思う。
そうでもしなければ、自分の息がかかるだけで勝手にメディアが騒ぎ立てる。
騒ぎ立てた挙句、川上量生というクリエイターがクリエイターとして死んでしまう危惧があった。
「宮崎に見せずに、自分でやりなさい。宮崎に見せるなら宮崎に対する提案なんだから、宮崎の気にいるものにしなさい。そのくらいこと川上ほどの人なら分かるはずだよ?」
って自分の仕事を侮辱されたわけじゃなくて、上司からの戒めだと思う。
「チームワークなんだからやり方やカルチャーは合わせなきゃ、それができないなら実力は我々も認めているから、1人でやればいいじゃん。」
よう、新入り。10年前の俺を見ているようだな。
俺も設計がやりたくてメーカーへ入ったら真っ先にテストをやらされた口だ。
すごくつまらない仕事で、毎日が憂鬱だった。だが今から思えば得るものも多かった。
そんな俺からお前に日々の仕事を楽しくする2つのアイデアを贈る。耳の穴かっぽじってよく聞けよ。
電気回路が外部の他の回路とつながる部分。Input/Output。略してI/O。
ここの評価は奥が深い。回路の中でも電源と並んでアナログ要素が非常に大きい箇所。
電子系の学科で習った回路理論が現実世界とリンクしていることが実感できるだろう。
さらに最近のGHzを超えるような高速インターフェースの評価ができるようになればいうことなし。
得難い人材として重宝されることは間違いないだろう。
経験を生かしてI/O周りの回路設計者に転身することも可能だ!
製品試験に使うロジックテスタのマニュアルは読んでみただろうか?
そこにはテスタの動作ブロック図が載っていたりしないだろうか?
そのブロック図から自分でテスタを作ることはできないだろうか?
頭の中だけでもいいから、Raspberry piのような組み込みPCと秋月で売っている汎用ロジックICで同じようなものは作れないか考えてみよう。
○朝食:ヨーグルト
○昼食:助六、野菜スープ(コンビニの1日に必要な半分の野菜がとれるてきなやつ)
○夕食:ちゃんぽん
○調子
はややー。
なんか風邪が大流行してて、僕座ってる島がガラ空きになって、少し寂しかった。
僕もなんか咳っぽいし、風邪かも。
○お便り返信
http://www.marugame-seimen.com/lp/app/
みんなもダウンロードしよう!
連休明けのこと考えて外出するなんてえらいなー
休日出勤はたいへんでしたね。
死んだら何にもならないですが、とはいえ辞めたら辞めたで、無職は無職で辛いのがまたしんどい。
死なない程度に折り合いをつけたいですね。
王将、最高!
oooooo4150 日をまたぐ時間になって夕食を考え中とは。くいしんぼうさんめ
そのかわり、はややーしてるでしょ。
oooooo4150 ヨーグルトの頻度が増えてる?
なにかの漫画でヨーグルトは朝より夜食べた方がいいって書いてあったのですが、やっぱり朝食べたい。
同じものを食べ続けるの好きなんですよね、なんか精神が安定する気がするんです。
しょしさるすべりけ!
しょしさるすべりけ!
(声に出して読みたい日本語)
チャプター1を攻略中。
が、いきなりサイコロの謎解きでつまる、豪快に詰まる。
いや、謎解きの解き方はわかるんだ、
「マッチ棒パズルで、太陽と月のマークの数字を、インド数字を上面の時計に合わせて読み取ったもので組み立てる」
こうすればいいんでしょ、それはわかるんですよ。
ただ、時計面とインド数字の組み合わせが、まったく理解できない。
それぞれの面に書かれてるインド数字が、何時にあたるのかがさっぱりわからん。
これ、軽く僕自身の認知の歪み的なやつが邪魔してる気がしてならないから、かなり憂鬱になってきた。
ノー課金。
○ポケとる
を捕獲。
ログボのみ。
そもそも2枚でいいのか? というのも結論出てないし、うーむめんどいなあ。
○スマブラfor3DS
なんだか最近生きづらい。
明確な原因があるわけではないが、なんだか憂鬱。
突然将来のお金とか病期とかの心配したり、とっくの昔に過ぎ去ったトラブルを思い出して、あの時こうしてればよかったとか思ったり、
上司のなんだか嫌なところを頭の中で愚痴りそうになって、いやでも愚痴はよくないとか思いつつ、ストレス発散の為には愚痴るべきと理解してるのになぜか愚痴れなかったり、
こうやって思考が堂々巡りして嫌なことのループに陥ったりその他多数のもやもやが……
なぜだか最近生きづらい。なぜなのか。
原因は8つ上の兄だ。
ある日思春期を迎えた彼は、一人ではいてもいられなくなったのか自らの部屋にわたしを呼び出した。
そしてまだ天真爛漫だったはずのわたしに、死とは何かを語り始めたのだ。
冷めない眠り、永遠の孤独、知覚の喪失、愛する人たちとの永遠の別れ。
彼はときに涙し、ときに恐怖に身をちぢこませながら自らの不安を吐露し続けた。
あんなに頼りがいのある兄をこれほどまでに恐れさせるもの。それだけで死というものの恐怖を知るには十分だった。
若かりし頃、誰もが通るであろう死と向かい合う儀式を、わたしはじつに8年も早く経験することになってしまった。
それからと言うもの、何をしていても、どんなに楽しい思いをしていても、その直後には死の虚無感が襲ってきた。
夜、布団に入れば目覚めない不安に襲われ、永遠の恐ろしさに震えていた。
その頃の死とは、得体の知れないただただ恐ろしいだけの存在だった。
わたしの頭上には一本の糸があって、悪魔とも神ともわからぬものがその先を握っている。そして気まぐれにその糸を切ればわたしは死んでしまうのだ。
しかしわたしは自らが死んだことを自覚できない。それなのに突如永遠の孤独に放り出されてしまう。
思春期を過ぎ社会に出るまでの間、時間があるだけそんないつ訪れるかわからないことに対する恐怖に怯える日々を過ごしていた。
ところが、仕事に追われる日々を過ごしている間は、少しだけ死の恐怖から逃れられることがわかった。
今までは寝床に入ることすら恐怖であったのに、仕事で疲れていれば考える間もなく眠りに落ちることができた。
だからわたしは、死の恐怖から逃れるために仕事に没頭する道を選び続けた。
そうして気がつくと、わたしはある程度の時間的余裕を持て余す立場になっていた。
そしてその時間的余裕は、わたしに再び死の恐怖をもたらしたのだ。
しかし、それは今までのものとは少し違っていることがわかった。
あの頃恐れていたものよりも、リアルで身近なものになっていたのだ。
新聞には自分と同世代の著名人の訃報が並び、身近な人間の不幸も多く耳に届くようになった。
身体は少しずつ衰えを見せ始め、病気の治りも時間を要するようになってきた。
それまでは漠然としていた恐怖が、少しずつ姿を見せ始めてきたのだ。
この数十年で、いつ訪れるかわからない恐怖だった死は、今、いつ訪れてもおかしくない恐怖へと姿を変えていたのだ。
この先この恐怖はどのような姿に形を変えていくのだろうか。
よりその姿を鮮明にするであろう恐怖と、再び向き合い続ける日々が始まるかと思うと憂鬱でならない。
ここ4年くらい、朝起きて仕事に行きたくなかったり、イライラしたり、憂鬱なことがあるとデパスを飲んでいた。
前に一度心療内科にかかったときの残りを最初は飲んでいて、足りなくなってからは個人輸入していた。
よくないんだろうなとは思っていたけど、飲むとあまりにもすぐによく効いてやめられなかった。
デパスを飲むとテンションがあがって、元気が出て、仕事もゲームもバンバン進む。
覚せい剤ってこれを強くした感じなのかなと思った。
禁止前に追加でひと箱注文して、さあどうしようと思ったところで急に一切飲まなくても平気になった。
最初は、以前と同じく嫌なことがあっても「今よりもっとひどいことが起きたときのためにデパスを取っておこう」と思っていた。
しばらく続けると、「なんだ飲まなくてもなんとかなるじゃん」と考えるようになった。
今はまったく飲んでいない。