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2018-01-29

金融シンギュラリティ

 今、仮想通貨話題である。この仮想通貨が将来現実通貨に取って代わるようになる時点を金融シンギュラリティと名付け、その可能性について語りたい。

 まず、過去においての通貨について考えてみよう。

 もともと通貨は金を中心とした貴金属で成り立っていた。金そのもの価値があるので、それと物品を交換していたのだ。しかし、ある時点から金そのものをやりとりするよりも金と交換できる券をやりとりする方が便利だという発明がされる。それが金本位制に基づく通貨の始まりだ。この時点でのは通貨仮想金と呼ぶことができるだろう。

 そしてそのうち、別に金本位制ではなくても通貨に信用があれば問題がない、ということに気がつく。この時点で、今まで仮想金であった通貨仮想ではない財産となったのだ。

 さて、その通貨の信用であるが、これは何によってなされているのだろう?それは、国が通貨を発行し、これが様々な物品やサービスなどと交換できる価値のあるものだ、と宣言し、国民もまたそれを信じることで通貨の信用は担保され、通貨財産たり得るのだ。

 では、現在国家によって保証されている通貨の信用であるが、根本としては信用があればいいのであって、それを国家保証ではなく、人々の信頼のみによって保証することはできないか?それが仮想通貨の発想の原点だ。

 だから仮想通貨は人々が信頼できる仕組みというもの内包している。それがブロックチェーンによる取引記録の透明性だ。

 通貨というのは所有者がいる。ある所有者からどの所有者に通貨が渡ったかということを記録する取引履歴が明快ならば、物理的な通貨が目に見える形で存在しなくても、ある所有者が持っている通貨いくらなのかということがわかる。現実通貨が、取引履歴不明瞭でも物理的に所有している者が明確ならばいいということとは対象的だ。仮想通貨物理的に存在しないために、所有者を表すには取引履歴がどうしても必要なのだ。この点で、取引履歴というもの仮想通貨命綱だということがわかるだろう。

 そしてその命綱である取引履歴、これは当然個々人が勝手に主張することができない仕組みになっている。正確には、個々人による取引履歴の主張はできるが、それが第三者によって承認されないと正規取引履歴として記録されない。ジャイアンのび太から仮想通貨をもらったかのび太仮想通貨は俺のものだ、と主張したところで、それを周りの人々が承認しないとその仮想通貨のび太の手元からジャイアンに移ったという事実取引履歴は記録されない。なので、ジャイアン仮想通貨を持っているというようには見なされないのだ。

 みなさんは、みんなが取引履歴監視することで保証される取引履歴、つまり所有者を表す記録を信用することができるだろうか?仮想通貨のものを信じられるだろうか?

 もしできるのならば、次のステップに進もう。とはいえ、だいぶ話は飛躍する。

 仮想通貨が人々に信頼され、実際の通貨と変わらないかそれ以上の利便性を持った使い勝手を獲得していったらどうなるだろう?具体的には、商取引仮想通貨が直接使えるのが当たり前になるなど。

 そのとき現実通貨価値仮想通貨と比べて下がっていくと考えられる。

 そして現実通貨価値ゼロになり、仮想通貨が完全に現実通貨に取って代わる時点がやがて現れるかもしれない。

 その時点を、金融シンギュラリティと呼びたい。

 では、金融シンギュラリティに到達した時点で何が起こるのか?

 まず、既存政府による金融コントロールが全く不可能になるだろう。それどころか、国というものがなくなってしまうかもしれない。

 なぜなら、現行の通貨は国による保証によってその価値担保されているが、その価値ゼロになるということは国に対する信頼もゼロになるということだからだ。加えて、仮想通貨には国境もない。そのため、国が仮想通貨による税収を始めてなんとか存続する、というシナリオも期待薄だろう。

 そんな世界になってしまったら、所得の再分配ほとんど行われなくなるだろうから近代国家が出来上がる以前のレベルにまで貧富の差が拡大するだろう。もしかしたらそれよりも酷いかもしれない。

 個人的には、金融シンギュラリティが訪れた後の世界アナーキズム支配されたディストピアになるようにしか思えない。

 しかし、仮想通貨はすでに社会に現れてしまった。それをなくすことはもうできないだろう。

 同時に、現実通貨仮想通貨に対抗して価値を維持し続ける世界というのも個人的には想像しづらい。いつになるかはわからないが、金融シンギュラリティはやがて訪れると思われる。そしてそれは、人類史を大きく書き換えることだろう。

 そんな時代に生きていることは幸運なのか不幸なのか?

 それはわからないが、仮想通貨というもの人類にとっての福音になるよう願ってやまない。

2018-01-27

女だけの街って切り取り方自体おかしいよね。

犯罪率の高い男という生き物を排除した街」じゃん。言ってることは。

その差別性にも気付かない頭なのか、気付いてもスルーするずるさなのか、「寄り添えー寄り添えー」ってさ。

女の発言は多少問題あっても多めに見よう、という態度に女性蔑視内包されているのに何故気付かないんだろう。

身近な人には寄り添ってしかるべきだけど、ネットで全肯定ってむしろ侮ってるか悪意の有る人のやることだよ。

いや、寄り添う男は沢山いると思いますよ。夫は元知り合いから「ネット性犯罪被害者落としやすい」と聞いたそうな。

まあそりゃそうだよね。寄り添った風装えばいいんだから

耳の痛い意見を言わない人間そいつは対等な人間じゃありません。

この世は悪意に満ちあふれている。だからこそ誤りを認めつつ前進する力、つまり理性が必要なんだよ。

2018-01-25

保守光と影

左派価値観(https://anond.hatelabo.jp/20180120234044)を書いたおっさん増田っす。ダラダラ長い補足をつけるのは何なので放置していたんだけど、いくつか気になるブコメをつけていただいたので、続きというわけではなく別記事で書いてみたいと思うよ。

なるべく教科書的なおおよそのところを書くつもりだけど、やはり人間なので私見は入る。明確に個人意見場合マーキングします。また左派右派って分類は今回の場合そぐわないので、革新保守と言う表記で書くよ。

右翼も現状否定では一致してるからな、左翼のそれとなにが違うんだろ』

革新保守の何が違うのか? どっちも「今の社会をより良い方向に一歩でもすすめる」という点では一致しているのにどこが違うの? っていう疑問はなかなか良い切り口だと思う。

教科書的な答えは「革新は(ある任意の)理想の状況や体勢に跳躍、急進しようとする」「保守は方向に進むにしても一歩ずつ漸進(ゆっくり進む)してゆく」なんだけど、まあ要するに違いは「アクセルの踏み方だけ」。もちろん現実的には進むべき理想の方向や、その方向に進むにしても進む方法の実現手段では様々に意見割れるんだけど、そんなもの革新と呼ばれる人の中でも保守と呼ばれる人の中でもバラバラなので、革新保守の違いは? といえばアクセルの踏み方くらい。

でも、「違いは速度感だけ」っていうと、凄く小さいことに聞こえるし、なんでそんなことで揉めてるかさっぱりわからないよね。

増田的にこの部分を説明してみると以下のようになる。

「長い歴史と非常に(っていうか非常識なまでに)ユーザーの多い複合型の巨大Webサービス存在する。日常的なメンテバックアップはあるのだけど、このサービスに対して現在ユーザー環境や競合サービスを鑑みて大規模改修を加えることになった。

なお、この大規模回収にあたってサービスの停止やユーザー不利益を与えることは許されないとする。また別サービスを立ち上げてのテストユーザーサービス間移動も許されない。

方針A:サービス機能ごとに切り分けて細かい部分を解析して、小さな改修を加えて、少しずつ改善していく。改善を繰り返す。

方針B:機能単位、あるいはサービス単位、あるいはそれらをより大きな範囲コードを新作してブロックごとまるっと入れ替える。」

方針Aが保守と呼ばれている思想で、方針Bが革新と言われている思想

こうしてみると「AとBってぜんぜん違うじゃんよ!?」ってなるとおもう。主に現場悲鳴的な意味で。

他の競合サービスへのキャッチアップや理想の快適サービスを目指すのであれば、たしかにBが良い。最近開発された新技術も突っ込めるし、技術負債の返済もできそう。だけど、Bでなんかトラブったとき災害ってAの比ではない……。でも競合サービスに勝つため、あるいは環境変化に追従するためにどうしてもBを選ばなきゃならんこともままあるわけで……。そもそもAではなくBでしかたどり着けないサービス設計方針転換だってある。

じゃあAの、つまり保守の言い分ってのは何なのか? と考えると「人間集団(および集団の作るもの)なんて絶対ろくでもないアホやアホミスが混じってるものなんだから、いきなりすごいことしようとしてもコケるんだよ。今現在サービスは稼働してるんだからゆっくり進んでいくしかないんだよ」というもの

例えておいてなんだけど国家というのはWebサービスと違って逃げ場がない。他サービス移住とか容易く出来ないし、サービスが停止あるいは混乱したらすごい大きな迷惑がかかる。死人とか出ちゃう。だからゆっくり行こうぜ。と。

保守のこの言い分は説得力がある。人間は数が増えれば増えるほどカオスになっていっちゃう生き物だからだ。

革新(この場合左派リベラルも)は「みんなから見て素晴らしいこの理想を見せれば、その素晴らしさを理解したみんなは協力してくれるから、この理想は実現するはずだ」という理想主義ともいえる無邪気な思いを持っている。それそのものはそこまで間違ってるわけじゃない。明るい未来ビジョンも見せずに人がついてくるかと言えばNoなので、理想を見せるというのはとても重要だ。

その一方で、理想に耽溺しちゃうと説得する手間を惜しむようになる。程度の低いリベラルは「正しい理想はこれなのになんであなたはそれが分からないの? バカなの? 死ねば?」みたいな態度になりがちだ(あえて例は挙げないけどみんな心当たりあると思う)。

そこへ行くと保守というのは「人間は全員バカなので正しい理屈他者に必ず認められるとは限らないし、ましてやそれが正しい設計や正しい実装として実現されるとも限らない。失敗前提でいくしかない」という、ある現実的な、ある意味非常に後ろ向きとも言える考えを持っている。

だが一方で、保守のその後ろ向きさは「俺はバカだしあんたも多分バカなので、今俺が考えてることを理解してもらうためには手間ひまかけて説得しなきゃならん(それでもうまくいくかどうかは賭けである)」という考えも内包している。つまり、説得したり協力したり、時には泥臭く妥協したり、薄々間違っていると思うことでも頭を下げたりすることを前提としているのだ。

私見だけど、自民党という政党歴史とか規模において他よりの一歩抜きん出た存在になったのは、まさにこの「説得の手間ひまを惜しまない文化意見細部は異なる他人同士が同じ舟に乗るというノウハウを持った」という理由によると思う。これがすなわち思想政治的な正しさ保証するわけではないけれど、多人数が話し合うという政治現場に対して技術力があるという言い方は出来るだろう。

今の日本は概ね保守な方向の国だと思うのだけど、じゃあ、この記事説明した保守という思想に弱点がないのか? といえばそんなこともない。

革新原理主義と相性が良くてダークサイド落ちしやすいように、保守も泣き所がある。それはおおざっぱにいえば「怠惰」だ。

「今現在サービスが稼働してて、変な改修をするとサービス悪化するかもしれない」という考えは、一歩間違えれば容易く「今動いてるんだからこのままでいいじゃんよ」になりうる。そんな風にメンテをサボったシステムリスクで膨れ上がる爆弾みたいなものだ。

また同じように「更新を停止して監視が緩んだシステム」は既得権益の温床になる。特定ユーザー利益を受けたり、地位に居座ったりすることが固定化されてしまう。

この怠惰は話し合いの場にも及ぶ。「アホ同士の話し合いなんてどうせ完全な合意や完全な正解はないんだから、話し合いの内容なんて適当に打ち切って地位が上の人の命令に従えよ」という怠惰は、本当に発生しやすい。妥協必要だっていうのは保守の言い分なのだけど、妥協し過ぎという怠惰には目も当てられない。

これらの怠惰保守思想は本当に相性が良い。世襲制や不顕性のつい良い地方農村的な自治体とか、血族経営企業とか。

しかし、左派がそうであるように「保守の綱紀を引き締めるのもやはり保守であるはずだ。

そもそも保守真骨頂は「たゆまぬ、あきらめぬ」ことにある。

社会をより良い方向に一歩でもすすめる」に関して、その理想の輝かしさは革新保守だ。実現の確度を度外視して「一番良い理想をくれ!」で動ける革新に、保守キラキラでは勝てるはずがないのだ。そういう革新の優位性にたいして保守ができる返答は「たゆまぬこと、あきらめぬこと」でしかない。

一歩一歩は小さくても、「ずっと歩き続ける」「不断改善を続ける」「さぼらない」ことが保守思想本質的な光だ。

その意味保守は「議論をつくす」と胸を張るべきだし、自分メンテするシステム監視を厳しくすべきだ。「相手自分とは全く思想の違う存在でも、ギリギリギリギリまで説得を続ける」という汗のかき方が保守美徳であるはずなので、保守的には「むしろ議論バッチコイ!」くらいが健康的だと思うよ。

2018-01-18

かつて私たちは地下に暮らしていた

特に何を主張するでもない駄文です。1級暇人の方はどうぞお読みください。



昔々ある人間たちが、誰の目にもとまらないような陽の射さない地下で他人との交流を細々と持っていた。顔も見えず声も聞けないそのコミュニティには、陽の当たるところへは出せないような声が星の数ほど集まって、カオス文化が生まれた。

それは大抵の場合根暗で、ウジウジドロドロして、「何だこんなもの」と地上の人々に馬鹿にされていた。が、確かに光るものがあったこともまた事実で、そんな一期一会フラフラした心地よい集まりを求めて多くの人間が暗がりへとやってきた。

おとぎ話ではない。他者との交流ネットワーク一般に拡がり始めた頃の話である

インターネット私たち生活に深く入り込んできてからの年月はまだ浅い。日本へ今の形の原型となるネットワークが入ってきたのもたった30年ほど前。それ以前からあった今は亡きパソコン通信も、全盛期は2、30年前あたりだ。ましてや冒頭のような光景掲示板などで繰り広げられていたのだって、(今の現役ネット世代若者が考えるとけっこう昔に思えるが)20年やそこらではないか

パソコン通信というクローズドネットワークからインターネットというオープンネットワーク時代が移る中、個人サイトやら電子掲示板やらがぽつぽつと栄え始めた。顔も見えない声も聞こえない文章だけのコミュニティは、この時地上の現実からひとつ階層を落とした地下世界を構築したのだろうと思う。決して表には出せない愚痴嘲笑も争いも裏事情も何もかもを内包したカオス空間だ。

まもなくインターネット上にはその場の思いつきや便所の落書きレベルからなぜ本気を出したと言わんばかりの美文やイラスト企画まで、さまざまなもの漂流し始めた。地下世界スラム街のような様相を呈し、いわゆるオタクを中心に物好きな人間たちを取り込んでブクブクと膨れ上がっていったわけである

その頃の地上世界では「ネットなんて」「掲示板なんて」「オタクなんて」みたいな認識が当たり前だった。相手の顔も見えない世界なのに、現実を見もしないで貴重な時間をムダにして、と。基本的に地下世界の住人も生身は地上に置いているから、そんな後ろめたさを背中に抱えて、それでもただのらくらと面白いものを求める。

漂う気配には地上世界で吐き出せない陰があり、カキコによる争いは絶えずどこかで起こって燃え上がり、でもたまにいいものを見つけて嬉しくなるような、全くもってグチャグチャの空気が流れていた。

当時の地下世界において人々の理性や社会性は普段より3~8割減っていたと見ていいだろう。感情の赴くままに場を荒らしてはゲラゲラ笑い、煽られては顔真っ赤にして怒る、老若男女が子どものように感情を表せる場だったと言える。そこに地上世界倫理を持ち込むのはお門違いなのであった。

嘲笑・叩きはお構いなし。グロ画像やら有名人やら見知らぬ一般人写真までもがジャンジャン流れ、肖像権何それ美味しいの状態である淫夢の語録やクソコラなども、そのあたりの流れによって大きくなったものニコ動などに共有されて爆発したようなものだろう。そういうアングラ文化電子掲示板界隈からニコ動mixiTwitterといった拡散力の強いサイトへ流れこみ、2000年代に大きく盛り上がった。

さて、今は2010年代もそろそろ終盤である。この日記タイトルで、かつて私たちは地下に暮らしていた、と書いたのは、今やインターネットは地下世界ではなくなったのだと個人的に思ったからだ。

インターネットで出されたコンテンツが瞬時に世界中へ回る時代。昔だってそうだったが、今では拡散スピードが違う。LINEFacebookInstagram若者たちコミュニティを作る。「微レ存」が女子高生にまで浸透したりして、一般人といわゆるオタクとの境界線も昔に比べると曖昧になりつつある。

もはや掲示板にもTwitterにもニコ動にも、陽の当たらない場所はほぼない。全てが地上世界に引き上げられ、インターネットはれっきとしたひとつ社会として君臨するものになったのだ。

れっきとした社会として認められるということは、当然利用する人々の意識・行動にも倫理や理性、ルールが付きまとう。今もかつての地下のノリは受け継がれ、クソコラ炎上煽りも健在だが、「そういうのはどうかと思う」というような理性的意見によって自主的規制されることも増えた。

からと言ってそれが悪いと言うつもりは全くない。むしろ当然の結果である人間が一つ所に固まれば、そこに独自ルール生まれる。ルール文化となって拡がり、人が大きく増えればひとつ社会になる。そうなれば法や倫理が、社会における不都合を放っておくはずはないというものだ。

ただ少し寂しいとは思うが。

冒頭で言ったように、私はこれに関してどうこう主張したい訳ではない。ある日何となくネット窮屈だな」と感じ、地下世界文化の流れを思い、ちょろっと考えをまとめてみようか、となっただけの戯れ言である批判意見も大いに結構だし、むしろここまで読んでいただけていたらそれだけで驚きだ。よっぽど暇なのか。

これからインターネットひとつ社会として、ちょっとの闇を内包しつつ地上世界に在り続けるだろう。さらに月日が流れて、今の世の中では想像もつかないような新しいネットワークが出てきたら、また物好きな誰かがそれを使って地下に新しい世界開拓するかもしれない。

また新しいカオスが生まれて膨らんでいく過程を、できればこの目で直に見届けてみたいものだ、と考えているところである

2018-01-03

anond:20180103001740

それは視点日本全体にあって嫌だと思った黒人内包してるから差別でしょうね

ネット上で童貞叩きを批判する一方黒塗りを擁護するような意見を見かけてそのダブスタに首を傾げているような様子だとお見受けしたので、ネット上でのその二つの事案の大きな違いを説明したまでです

2018-01-02

anond:20171230111228

産む産まないの主体でありながら論理を道具として扱う人間というもの定義の中に

苦しみが内包されてると自分は思うから全くピンと来ない話だなこれ

決定的な部分を意図的無視してるから空論にしか見えない感じだ

逆に言えば「仮に苦痛が一切ないなら産むべきなのか?」って問いにも出来るけど

そんな問いに意味は全くない

2017-12-31

anond:20171231042133

そうだな子が親を選べないと言う決定的な欠陥を家族制度は内包しているしな

2017-12-17

anond:20171217074003

わかる

5年間セックスしてないから実質処女ですwとか

旦那しかモテたことないか喪女ですwとか言う人は滅びてほしい

喪女モテない女の略語ではあるけど「モテモテじゃない女」って意味じゃないんだよね

彼氏いない歴=年齢で処女で(知らない人に拉致されてレイプされたとかは除く)一度も告白されたことがないって意味内包されてる

その辺分かってない人が大勢喪女板に押しかけてきたり喪女の終わり具合を知らない男が押しかけてきたりで喪女板はもうずっとまともに機能してない

場所をどんどん奪われる

2017-12-06

福山雅治オプトアウトしたいんだけど

自分ライブ童貞専用出口作って、かわいそうだから一人あたり自費で五円あげるよみたいな、そういう、差別内包したノリを良しとする人であることや、国を代表するといっていい有名人がそういうことをやるのが許されているという現状が苦手すぎるので、福山雅治ビジュアル文字列をなるべく目に入れたくないと思っている女です。

でもこれがなかなか難しい。もともと日本TV番組ほとんど見ないので余裕だろうと思ってたら、思わぬ場所被弾することがある。例えば、福山雅治結婚したとき、当時の官房長官だったかが「これをきっかけに女性には子供を産みたいと思ってほしい」というような問題発言をした。この一件から日本製エンタメ系だけ見なきゃいいとはいかなくなり、少子化問題における日本政府対応批判する文脈ですら出てくるようになってしまった。この間も、新聞を読んでたら社説に出てきた。インターネットでも関連用語などをミュートしているけど、なんというか「福山雅治」というのがただの個人を超えて普遍性の高い概念のようになっていて、とてもじゃないが避けきれない。全く関係のない文脈からひょっこりと顔を出す。もう日本を出るか、そうでなければ福山雅治という存在和解するかの二択しかないと思ってる……

2017-11-30

男とメンズリブオタクエヴァ

おおよそ男社会というのが成立していたのはバブルが崩れて不景気が訪れるまで、

まり大企業にパワーがあって年功序列で男一人が定年まで働けば家族を養えていた時代の話だ。

そのあとウーマンリブが持て囃されたのも女も働かなにゃ食えなくなったのを「女性社会進出」とか言って誤魔化しただけの話であって、女性の権利を認めたわけではない。

その男社会の中でオタク排除された存在だったかというとそんなことはなくて、在りし日のオタク自身たちも強烈な男社会を構築し、

知識コレクションによるオタクマウンティングタワーを立て、女子供排除していたわけである

ゆえに不景気による男社会崩壊した後のオタクたちは、知識による他者との競争ではなく、より自身の中にある欲望に素直な「萌え文化を生み出す。

そこはかつて男に求められた能力がなくても、本当に「好き」という気持ちだけで居場所を与えてくれる自由社会である

90年代に一大ブームとなったエヴァは、庵野監督の今の自分の気分を作品にしたいというコンセプトの通りにそんな過渡期の時代の空気を映していて、

まりあれはお姫様を助けなければいけないという男の役割を全うできない王子様(シンジ)と、王子様より強くありたいお姫様アスカ)のジレンマお話である

最終回では多様な世界二次創作を包括する世界観提示され、一つの世界観に対する知識コレクションを競っていたそれまでのオタク文化との決定的な違いを打ち出した。

かくして「萌え」を手に入れたオタク文化は男社会に入れないもの達を内包して急速に発展していった。それが90年代から今までのオタク文化に起きていることである

2017-11-21

も~やっぱりポリコレは糞雑魚主義だったじゃんか

極論を内包できないものはどこかで必ず矛盾が生じる

それに対する解決姿勢すら示せないポリコレは糞雑魚

 

ウンコ食うのが好きだと公言してる人間

どれだけ他のステータスで他の候補者から勝っていたとしても

カレーCMの主演に抜擢できるか?

 

絶対不可能だろ

ウンコ食うのは何の犯罪性もないし個人自由であり保障された権利

なのにその一点だけでカレーCMできないなんてポリコレ的におかしいよな?

な?

な??

 

極論?

 

こっちからしたらお前らがいつも振り回してる棍棒は極論しかないんだが

毎回極論で殴られてるこっちの気持ち共感してくれ

2017-11-20

赤ちゃんは無邪気であり、それとは別にまれた時からである場合がある

子供に罪はないというが本当だろうか。

子供善悪区別はつかないという。

なるほど、子供人生経験知識が乏しいため、そうであるだろうという予測は概ね納得できる。

しかし、善悪区別がつかないということは、善悪性質内包しているという反証である

また、善悪の見境なく生きるという事は、生まれた時は善悪に別れると言って齟齬はないだろう。

まりは、生まれた時から罪の性質に振れた赤ちゃん存在するのだ。

そして生まれ赤ちゃんに罪はないという決めつけこそが、大人エゴであり罪である

罪を認識できない人間を利用しているのだ

2017-11-08

https://anond.hatelabo.jp/20171107205343

最近ヒットしたうちで最もリベラル的な思想に基づくメッセージ性を帯びたアニメは、間違いなくラブライブシリーズだと思うな。

海外ドラマgleeを手本にしてるだけあって、多様性、寛容、自由博愛平等精神エンパワーメントしていく美しい世界を描いている。

スポ根ものなのだが、誰かが何か統率をとって一致団結して向かおうとした時はうまくいかず、各々がてんで自由にのびのび行動してみた結果、とたんに世界が動き出して、素晴らしい結果にたどり着く、そんな展開がお決まりになっている。

はい保守的ローカリズムも同時に内包していて、たんなる左傾思想ではなくバランスの良い今時の思想になっている。

あとはガッチャマンクラウズシリーズかな。特に2期になるとがっつり政治色がでてくる異色の作品

ある種のサイバーリバタリアニズム推し進める爾乃美家累というキャラクター存在が目立つが、

やはり主人公のはじめが「理想的カリスマリベラリスト」のように描かれているのが大きい。

常識や既成観念に囚われず、豪快に行動するホリエモンのような性質を備えつつも、

それでいて傲慢さは極力感じさせない、かつ筋の通った思想を感じさせる、バケモノじみた大物感を纏った少女として描かれている。

2作あげてみたものの、実は、ほとんどの作品リベラル思想に基いているとも思う。

自由にのびのび活動する人間が生み出すダイナミズムと、きっと善き心の連鎖反応でうまくやっていけるという最大公約数的な人間底力を、「信頼する」。

そういう姿勢肯定していくことが、(本来意味での)リベラル的な考え方だと私は思うから

2017-10-28

民主主義にとって弱者は救うべき対象であるまえに敵である

民主主義という制度は、ほかのいかなる制度より大衆の知恵と道徳必要とする制度である

もし、知恵と道徳心をもたない大衆が多数となれば民主主義崩壊することを意味する。

ここの増田たちの論調はこうである

弱者とは、知恵も一般的道徳をもてないかわいそうな人たちである

弱者ほど知恵や道徳もつインセンティブは乏しいなどという合理化をする。

https://anond.hatelabo.jp/20171011081045

となれば民主主義にとって弱者とは爆弾であり、排除すべき敵である

集団にとって敵である存在を救う集団などこの世には存在しないのでないだろうか?

まり、かわいそうランキング揶揄する存在は正確には

民主主義にとって排除されるべき敵の脅威度合いを示している。

民主主義においてこういった弱者は救われることはない。

彼らの待つ運命は徹底的な攻撃である

そもそも知恵も道徳も持ち合わせておらず、民主主に対するほのかの敵意をもつ人間

民主主義に頼るというのは、もはやジョークの域に達しつつある。

弱者民主主義をよく思っていないだろうが、民主主義もまた弱者をよく思っていない。

では、弱者はどうすればよいだろうか?

二つはあると思っている。

ひとつめは民主主義という制度を変えることである

知恵や道徳を持たなくても維持できる制度へ移行すべきだ。

ふたつめが、弱者根本的な問題として道徳は持つべである

民主主義に好ましくない人間排除されることが弱者にとって道徳心もつインセンティブになる。

道徳心をもてば、弱者民主主義において救われる可能性が少なくとも出てくるというものだ。

こう考えてみれば左翼思想とは人を排除する論理内包する思想であるとするならば

民主主義とは極めて左翼的であり、民主主義肯定しつつ左翼批判するなどは道理が通っていない。

左翼的思想を除いていきしていけば結果として、民主主義は取り除かれる。

弱者にとっては好都合だが、強者は認めないので民主主義は取り除かれることはない。

やはり、もし一つ目の選択をとるなら、弱者による団結する必要を私は押すだろう。

ポリコレ的な視座とそれを振りかざす人々が内包する欺瞞汚物が明るみになってきている

2017-10-27

なんで宇宙は産まれ

誰に必要とされた

カオスはなぜカオスとしてある

この宇宙ではなく宇宙内包するこの世界自体がなぜある

何を求めてる

この宇宙じゃなければ何は欲しい

無限だろうが虚無だろうがなぜ必要なんだ

どうしたいんだ

2017-10-25

今回の選挙民進党希望の党立憲民主党に分断したが、

残念ながらそれだとおおよそすべての層を内包する自由民主党には勝てないんだよなぁ。

そろそろ

左翼右翼

リベラルコミュニタリアニズム

護憲派改憲派

あたりの用語をちゃんと適応してくれ。

各党の自認との隔たりがむごすぎる。

2017-10-19

anond:20171018200348

航空機安全率は基本1.5だよ。ただし全体に安全率掛けた値は終極荷重という永続的でない(三秒耐久)値として設定されているので、永続的な負荷としての安全率はもっと低い。そしてこの安全率、設計上のばらつきではなく、機体挙動での想定以上の負荷(たとえば設計限界を超えた乱気流に当たってしまったとき)を分解しないで切り抜けるためのものなので、静的な安全率では1.3以下と考えて良いかもしれない。

じゃあ材料のばらつきは、というと普通材料の静強度・疲労強度なんかは3-Basis(A値、B値、S値)といわれる実測値から統計処理した数値を使う。

これらの値はロット間ばらつきを内包するため、10ロット以上の実測値の平均・重心を取って設定する。これらのアフターデータロット履歴なども同時に加工メーカーに納入してた(昔は)。

おそらく今はもっと難しく、Al/Al-Li/Ti合金は熱処理・成形終えた後の状態で納品してるのもけっこうあるんじゃないかと思う。すると上で書いた値の大半は材料メーカー内だけで管理してることになるので、これらのデータを書き換えてるとなると真面目に問題になる。さすがに書き換えの幅が酷いことはないと信じたいけど。

検査するとしても、試験の半分以上が破壊的な試験なのでもちろん全数検査は出来ない)

2017-10-15

飯田産業】ローコスト住宅悲劇内容証明

2017年飯田産業から家と土地を買いましたが、いろいろと後悔する結果になりました。材料がローコストなだけでなく、人材もローコストなんですかね。契約を結ぶまでは愛想が良いですが、売ってしまえば後は知らないという態度が感じられました。自分が甘かったのでしょうか。とにかく、これ以上の犠牲者を出さないために、恥をしのん事実を公開します。飯田産業などのローコスト住宅を購入されようという方はよくお考えください。以下、飯田産業に送った内容証明です。かれこれ一ヶ月経っても何も応答がないというのが、また驚きです。

以下、内容証明

私と株式会社飯田産業平成29年3月13日に建築工事請負契約を結び、平成29年8月29日に引き渡しを完了しました。3月7日付けの不動産購入申込書において「和室部分のタタミをビニールタタミに変更」として、飯田ホームトレードセンターのO氏およびH氏と内容を合意していましたが、いまだに間違った畳が入っています。以下に問題点を上げます

問題点1:8月11日の建物のチェックの際に私がO氏に指摘するまで、畳が間違っていることを何も説明されなかったこ

問題点2:8月11日の建物のチェックの際の畳に関する私からの指摘にO氏が「すぐに是正します」と言ったのに対して、はじめて具体的な対応策が示されたのが、引き渡し予定日の僅か2日前の8月27日であったこ

問題点3:8月27日にO氏から提示された問題対応において、新しい畳の購入設置代金に加えて、本来、私が負担するものではない、元の畳の撤去費用が含まれいたこ

問題点4:8月27日にO氏から提示された問題対応において、新しい畳の購入設置代金に加えて、本来、私が負担するものではない、元の畳の設置費用請負代金に内包されていたまま是正されてなかったこ

問題点5:8月27日にO氏から提示された問題対応において、本来発生しなかったはずの、畳設置時の立会いの作業内包されていたこ

問題点6:問題4に対して8月28日にO氏から電話提示された対応内容において、一旦新しい畳を私が全額払う形で申し込み、その後にO氏がが元の畳に相当する代金を持参して返却するという不可解な内容であったこ

問題点7:問題4に対して8月28日にO氏から電話提示された対応内容において、O氏が持参し返却するという金額根拠不明で、受け入れがたいものであったこ

問題点8:8月29日にH氏に以上の問題説明したところ、これらの問題改善せずにそのまま引き渡しを完了することをH氏が容認たこ

上記の問題とは別に下記の問題もありましたが、これらは全て解決済みです。

問題点9:建築途中の段階で、隣接する遊歩道街路樹の枝が足場に当たったままの状態建築工事が進められていた

→私がO氏に連絡したところ、O氏が三鷹市に依頼して、数日後に三鷹市によって枝が伐採されました。

問題点10:建築途中の段階で、ポストの色が指定したものと違っていた

→私がO氏に連絡したところ、数日後に正しい色に是正されました。

問題点11:建物が完成した後、引渡しが行われる前に、建物の一階の窓が開けたまま中に人がおらず夜まで放置されていた時があったこ

→私がOしに連絡したところ、O氏によりすぐに戸締りが行われました。

問題点12:建物が完成した後、引渡しが行われる前に、フロアコーティングのために私がO氏に床材を問い合わせたところサンロードアートとの回答があったが、フロアコーティング業者が実物を見たところサンロードアートは間違いで、実際はルームアートであったこ

→急遽フロアコーティング施工業者施工方法と代金を修正してもらい解決しました。

この段階に至って、もはや御社改善を期待することも要求することもありません。

だだ、以上が全て嘘偽りの無い事実であることを通知させていただきます

2017-10-12

宝石硬度についての間違い

モース硬度という奴なんだけど、

これは硬さではなく「キズのつかなさ」から算出されている

これは例えばダイヤサファイアをひっかい

どっちに傷がつくかどうかみたいな勝負をして算出されている

ダイヤ自体の堅さという点からいくと、

分子構造上弱い角度があって

そこから衝撃を加えると簡単パリンといくよ

特に弱いといえば、エメラルド硬度8のベリルだけど、

エメラルド自体結晶の形や非常に内包物を含みやす性質から、かなり脆い

エメラルド自身エメラルドカットと呼ばれる長方形八角形にカットされているのは

その結晶割れやすさの対策のため

純粋に堅さという面でみると例えばジェード(本翡翠)がわりと優れているか

ももちろん鎧にしたりとかそういうの無理だからね!

銀もふにゃふにゃだしプラチナと金もすぐパキっといくよ!

宝石はどれも繊細なのは変わりないので、取り扱いは注意してねッ!

2017-10-06

公明党支持者は立憲民主党候補投票しよう

自分のところの選挙区公明党候補が出ておらず、立憲民主党候補が出ている場合の話ですよ。

そもそも思想信条から言って、いまの自民党安倍政権)の政策って、ふつう公明党員や創価学会員がよく考えたら、違和感があるわけです。

『潮』や『第三文明』をさかのぼって見てごらんなさい。一目瞭然。

集団的自衛権閣議決定にしても、要件をがんじがらめにして、従来の個別的自衛権の枠を超えないように努めたことは、支持者にはよく知られているはず。

それを反故にしようと蠢動しているのが自民党の一派だったり希望の党の一派だったりするわけです。

延長戦に入った集団的自衛権議論 | WEB第三文明 (木村草太

http://www.d3b.jp/politics/4677



教育基本法ときだって、「愛国心」そのままを入れるのを公明党が阻止して、「伝統文化尊重し、それらをはぐくんできた我が国郷土を愛するとともに、他国尊重し、国際社会平和と発展に寄与する態度を養う」になったわけです。

これも支持者はよく知っているはず。忘れていたら反省すべき。

そして、これまたこ条項悪用しまくって教育現場での扱いをねじ曲げているのが、やっぱり自民党の一派だったり希望の党の一派だったりするわけです。

ただこれは政権与党である公明党がそれに加担する形になっている。じつに悲しむべきことです。牧口常三郎創価学会初代会長は草葉の陰で泣いているに違いない。

共謀罪にしても盗聴法にしても、公明党本来はやりたくないのです。

仮に公明党下野して立場が弱くなったら、やられるほうの側なのだから

それなのに通してしまたから、とにかく与党でありつづけなければならない。

公明党立ち位置矛盾を挙げたらキリがありません。ぐちゃぐちゃなわけですが、ここにきて「希望の党」さわぎで政界全体がぐちゃぐちゃになっています

希望の党花粉症ゼロだとか言いだしているそうな。

ネトウヨ内包してオカルトに染まるだなんて、救いがたいとしか

さて、この状況で公明党の支持者は何ができるか。

まずは、小選挙区の完勝と、比例区の一議席でも多い議席獲得。

これは言うまでもない。

同時に、先人が積み重ねてきた大切なもの蹂躙つくしてきた安倍首相率いる自民党議席を減らして その鼻を挫き、ネトウヨオカルト絶望しかない希望の党議席を減らし、不倶戴天の敵である共産党議席を減らすことを目指したい。

ここは、公明党がこれまで数十年のあいだ大切にしてきた「立憲主義」を掲げる立憲民主党候補に入れてみたいところです。

立憲民主党候補者を個々に見ていくと、いろいろとあるけれど、すくなくとも枝野の言っていることは信頼できるし、本来中道路線に近いところを述べています

安倍晋三浅薄言動とは比べるべくもない。

自民党頭打ちになり、希望の党絶望の党になり、立憲民主党がある程度の議席を確保できれば、公明党存在感は維持できるでしょう。

そして、不当な形で憲法改正が進むことを阻止できる。

仮に、自民維新希望衆院3分の2を取られたらどうなるか。

国政の大きな流れから公明党が外されるおそれが出てきます

公明党ブレーキが利かないかたちで物事が進んでいく、そんな怖ろしいことが起こっていいのか。

公明党支持者には、そこを考えていただいて、賢明判断を願いたいところですね。

立憲主義精神守る | ニュース | 公明党 (北側一雄

https://www.komei.or.jp/news/detail/20130603_11362

憲法 | 政策テーマ別 分かる公明党 | 公明党

https://www.komei.or.jp/more/understand/constitution.html

立憲主義立場から集団的自衛権行使絶対に認められない | WEB第三文明 (伊藤真

http://www.d3b.jp/constitution/4166

2017-10-05

anond:20171005113150

目先の合理主義を進めると長い目でみたときイレギュラー内包できなくなるというなら

それはトータルでみて合理主義ではないだろ

別に合理主義ってのは隙間をなくしてしまうってことじゃないぞ

Aさん→Bさん→Cさん じゃないといけなかった仕事

Aさん→Cさん で完結できるようにしてAさん、Cさん大喜び!

Bさんには新しい仕事をさせる

これが合理主義

Bさんが今のたらい回しが楽だから権力使ってこれを続けるのが非合理

2017-10-03

肉と魚を合わせた料理ってないの?

さっそくGoogleさんに聞いてみたところ

Yahooゴミ袋が糞の役にも立たない情報を持ってきてくれた

肉と魚を一緒に食べるのって変ですか?一緒にな

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13101044573

いつも糞みたいな候補出してくれて本当にありがとう

寄せ鍋は予想してたけど鍋ものにぶち込むのって

ベースのせいで無理やりまとめられるようなもんだから

肉と魚でないとダメという料理ではないよなー

俺はこういう料理を何色でも内包できるからレインボー料理と読んでいる

 

あと他に気になったのは

【お家美容】同じ食事で肉と魚を一緒に食べるのはマイナス

http://getnews.jp/archives/290923

「肉と魚を一緒に食べると太りやすい」その理由とは?

http://dietingmethod.net/meat-and-fish/

この辺りで言われている

・肉と魚一緒に食べると消化不良の原因に

・質の違うたんぱく質を同時に食べると酵素が混乱してしまい、消化不良を起こしやすくなる

本当かよw

酵素が混乱するとか初めて聞いたわw

科学データを探しているけど一向に出てこない

これが真実だとしたら経験上、

肉と魚を合わせた料理が産まれなかったというのもある程度納得できるが

いつものキュレーションサイトが出す嘘科学しか思えない

そもそもあれだけ酵素栄養学で嘘つきまくってた側が

体内で生成される酵素邪魔し合うとか消化不良起こすとかいっても信用できない

というか一度の食事でメイン級を2つ食うと

勝手食事量が増えて太りやすくなるに決まってんだろ

 

他にも外国でそんな料理がないか探しているけど

未だに見つける気配がない

鍋とかカレー長崎ちゃんぽんみたいにごちゃまぜで逃げてるのではなくて

肉と魚じゃないと駄目な料理ってないんだろうか

肉料理にしたって他人丼とかはあるけど

豚と牛を合わせたステーキなんて見かけたことがない

ハンバーグで合びきはあるけど、ぶっちゃけ100%の方が美味い

肉と肉の料理もっと開拓していくべきだと思う

世界中料理人はこれに挑戦していくべき

 

※追記

酵素が混乱する」

ガセでした

 

レインボー料理

鍋、シチューカレーラーメン

具罪の種類が多くても味をまとめられるパワープレイができる料理総称(出典なし)

 

>鶏むね肉とパクチーを鯵で包んでパン粉の衣で包んで揚げた、変わったフライは食ったことがある。もの凄く美味かった。

ちょっとぉ~やめてえ~?

検索地獄におとすのやめてぇな~?もお~

2017-09-27

本当にその二文は同じ意味なのか?

http://mubou.seesaa.net/s/article/453769484.html

恐らくは誰かの二番煎じになってしまうのだろうが、どうしても言いたくなってしまったので書く。

リンク先の二文、

「輸出が伸び悩む中でも、和牛が人気の牛肉や、和食ブームを反映した緑茶日本酒などは好調だ。」

「輸出が伸び悩む中でも、和食ブームを反映した日本酒緑茶和牛が人気の牛肉などは好調だ。」

これらの言っていることが互いに同じ意味なのか、それとも違う意味なのか。

悩ましい。

どちらが正解かを断ずる勇気は私にはない。

同じ意味判断する理路はリンク先で説明されているし、別段異論はないので割愛する。

違う意味判断する理路を説明しようと思う。

キー句読点ではなく、「など」の使い方にある。

まず、後者の文。

和牛」は後に続く「牛肉」に内包されるので、「など」の使い方は明確だ。

和食ブームを反映した日本酒緑茶」と、「和牛が人気の牛肉」の他にも、輸出の好調ものがある。

それは、二つ続く「和」に絡んだものなのかもしれないし、まったく違うものかもしれない。

そんな意味を読み取る以外にない。

一方、前者の文。

「など」が「和食ブーム」に内包される「緑茶日本酒」の後に来ているせいで、「など」がどこからどこまでを指すのか、いまいち判然としない。

読み取れる意味としては、少なくとも二つある。

一つは、後者の文で読み取ったような意味

もう一つは、「など」は「緑茶日本酒にのみかかっていて、「緑茶日本酒」の他にも「和食ブーム」に乗っかって輸出が伸びたものがある、という意味

もし今二つ目構造採用したならば、前者の文と後者の文は明確に、意味が違うということになる。

なぜなら、後者の文で「和食ブーム」に乗っかって輸出が伸びたのは、「日本酒緑茶」以外にないのだから

繰り返しになるが、どちらが正解かを断ずる勇気は、私にはない。

そういう意味では、日頃のことばに対する態度を改める、良い問題であるように、私は思う。

この問題に対する正誤だけを殊更に持ち上げて「教科書レベルの基礎的な読解力」が現代中高生には無い、と判断するには適さないだろうが、数あるテスト問題の中で、こういう問題が一、二問あってもいいのではないか

ことばの本質は「考える」ことにある。

私はそう信じたい。

2017-09-21

anond:20170921151737

正しく発せられた質問は、既にその答えを内包している。

質問3

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