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2023-11-19

anond:20231119121726

そりゃフランスにおいてはカトリックプロテスタントユダヤ教以外は全部カルトから

からもう書いてるように、もし真宗大谷派ですらフランス活動してたら認定される

逆にオウムフランス活動してないかセクト認定はされない

anond:20231118203326

憲法学じゃなくて”憲法学”学でしょ。

聖書解釈教義を決めてるキリスト教カトリックプロテスタントと同じで、”解釈”を信仰してるだけ。

それが憲法学(学)。

憲法学内で埋められた余白が多すぎる。

2023-11-13

キリストの幕屋ファンダメンタルとか言わないで欲しい

http://dailycult.blogspot.com/2023/11/blog-post.html

id:nomitori アメリカでもそうだけとファンダメンタルキリスト教団体イスラエルにとても親和的なんやなぁ…。宗教からのその辺りの理屈を聞いてみたい…

ちょっと長くなるのでこちらで。要点はこんな感じ

について書く。なお書いている増田はいわゆる宗教二世ではあるが成人後も自身意思教会に行き続けているクリスチャン

キリストの幕屋について

これは「カルト新聞」に載っている記事、なのでその文脈で捉えて欲しい。ググれば主流派から異端視されていることがすぐわかる。

なお異端カルト社会的な悪性を持つ集団)ではなく、その教えには(宗教的にはともかく一般論として)一定妥当性を持つケースもある。プロテスタントから見た異端とは、「使徒信条から外れた教えを唱える人たち」と言える。

使徒信条

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%BF%E5%BE%92%E4%BF%A1%E6%9D%A1

キリスト教団体イスラエルについて

これは一言で語るのが非常に難しい。

だが最近世代間の差と共和党支持母体についてのNHK記事は読んでおいてもいいか

https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/489097.html

ポイントロビイスト存在と、共和党支持母体である福音派ががっつり噛み合ってしまっているところかと。それに対して若い世代には反発やしらけがあることがわかる。

福音派年寄りは何も考えずにイスラエル政権を支持しがちだが、クリスチャンであったとしてもそこは一枚岩じゃない。だが多数派であり声の大きいところでそういう風に言われがち。実際礼拝の中でも言及されたりしてるみたい。

宗教面での理屈について

これも難しいが無理矢理まとめると

ということだ。

聖書には「エルサレム平和のために祈れ(詩篇)」と書いてある。闘うための武器資金供与せよ、ではない。

もっというとここで用いられる平和という言葉は「シャローム」といい、神の平安の総称となっている。つまり単に他者との争いの状態を避けるとか、そういうものではなく「全能の神とともにいる祝福を享受する状態である

一方でユダヤ歴史イエス・キリスト否定排除してしまったのも事実であり、新約聖書には次のようにも書かれている

エルサレムエルサレム預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。 見よ、お前たちの家は見捨てられて荒れ果てる。 言っておくが、お前たちは、『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言うときまで、今から後、決してわたしを見ることがない。

‭‭マタイによる福音書‬ ‭23‬:‭37‬-‭39‬ 新共同訳‬

https://bible.com/bible/1819/mat.23.37-39.新共同訳

これはイエス自身言葉であるクリスチャンにとっては前述の使徒信条イエスキリストによる裁きのときがくる、ということを信奉しているわけだけれども、そのときがくる前提条件が、エルサレム象徴的に都市名であらわされるがユダヤ人をさす)が、キリストに立ち返ることであると示されている。



NHKとかのメディアでも「イエスユダヤ人だから」とか言ってイスラエルを支持する人を切り取って放映しているけれど、聖書の教えにたつならば、平和を求めるのは当然であるし、それ以上にその平和は「神は愛なり」と説かれているその教えのうちでないといけない、というのが聖書をそれなりに読んでいるつもりの自分なりの姿勢

スパゲッティモンスターだなんだと揶揄されがちではあるが、全知全能の存在自分は信じているし、その介入だけがパレスチナ問題解決しうると思い、戦況のニュースに悲しい気持ちになりつつも今夜も平和祈ります🕊️

2023-11-12

anond:20231112125541

「全ての人間が何らかの「職業」に就いているべきっていう愚かな世界観根底にある」

カルヴァン主義かどうかはしらんがたしか高校先生とかプロテスタントよりも厳しく洗脳するな、サラリーマン以外は人にあらずって。

2023-11-01

[] そのはっぴゃくさんじゅうさん

ラマーッス

 

本日世界ヴィーガンデー、日本においては計量記念日灯台記念日自衛隊記念日古典の日点字の日、カトリックにおいては万聖節諸聖人の日、一部プロテスタントにおいては全聖徒の日、メキシコにおいては死者の日となっております

わざわざ万聖節とか諸聖人の日とか書いてるのはハロウィーン自体万聖節の前日って意味があるからです。

からきっと今日大事なんですよ多分。

肝心なことを見失うことってたまにありますね。

皆さんは気をつけていきましょう。

 

ということで本日は【本質の見極めよいか】でいきたいと思います

本質の見極めよいか本質の見極めヨシ!

 

それでは今日も一日、ご安全に!

2023-10-31

[] そのはっぴゃくさんじゅうに

ワイエルシュトラーッス

 

本日ハロウィン世界勤倹デー、日本においてはガスの記念日、陶彩の日となっております

また、一部のプロテスタントの方々においては宗教改革記念日となっております

 

ハロウィンといえばお菓子くれなきゃいたずらするぞの奴ですが

まぁ結局それは余裕があるから受け入れられるものであってサンタ正月も出来ねえところはとことん出来ねえですから

上手いこと誤魔化してきただけです。

でも、その誤魔化すという気持ち大事なのかもしれません。

サプライズというか、イベントというか、そういう節目節目の出来事がないとただ暑かったり寒かったりするだけですからね。

後は斜に構えるだけじゃなくて、ちゃんと楽しむことです。

不器用ながらもイベントが行えるような、そんな順風満帆人生がこれからも続くかどうかなんてわかりませんからね。

楽しめそうなら、楽しみましょう。

 

ということで本日は【長所確認いか】でいきたいと思います

長所確認いか長所確認ヨシ!

 

それでは今日も一日、ご安全に!

2023-10-07

2023/10/07 弱さゆえの優しさ

私は優しい人間である高齢の方が困っていたら助けるし、友人が落ち込んでいたら励ましたりする。

しかし、私は弱く浅ましい人間である高齢の方を助けるのは自分が困ったときに助けられたいからだし、友人を励ますのも自分が励まされたいからだ。

見返りを求める優しさは、弱さゆえの優しさであり、私は実際優しいと呼べるのか。

私は優しいとはとても呼べないと考える。

それならば、強さゆえの優しさが本当の優しさなんだろうか。それも、なんだかそうだと思えない。

優しさ、を強いかいか推し量る事がそもそも間違えているのかもしれない。また、道徳と優しさを混同しているのかも。

そもそも優しさとはなんだろう。調べてみる。

優しさ、について調べて見たが、全体的に余裕があり、見返りを求めない人間が「優しい」とされるらしい。やはり強さゆえの優しさが優しいと呼ばれるのだろうか。

納得がいかないのは、おそらく私の周りが弱くとも優しい(と私は思う)からである。私の家はプロテスタントであり、弱くとも(ある意味では見返りを信じている)優しい人に多く接してきた。それらは優しくないのだろうか

考えてもよくわからなくなってきた。程度の問題か?そもそも強さ弱さで語るのがやっぱだめかも。寝るか。

どちらにしても、お節介にならないように人の事をよく考え、また自分負担にならない程度に抑えつつ、人に優しくありたいな。

2023-09-27

anond:20230927002619

ギリシアロシアは、カトリックでもプロテスタントでもない正教国。

要するに宗教戦争なんだよ。

まあフランシスコ法王の正体は、シリア正教会アレッポ府主教ハンナイブラヒムだ。

要するに、ローマカトリックっていうのは、シリア正教会傀儡にすぎないと考えられる。

ウクライナ戦争も、連中の権力争いが真相だろう。

まあ、ロシア側は、なんのこっちゃ分かってないと思うけど。

まり、○○人を殺したい、奴隷にしたいって連中が思った時に、都合よくけしかけられるのに利用されてるのがロシアなんだろう。

2023-09-20

宗教定義するにあたって重要なのが「信仰」、「実践」、「所属」の三要素です。

信仰」とは、神や天使や復活などの超自然的な力を認知的に受け入れることです。

実践」とは、教会やお寺、モスクに通い、祈ったり、洗礼を受けたりすることです。

所属」とは、自分カトリックプロテスタントイスラム教徒、「無宗教」などと規定することです。

2023-09-13

自分で選んでジャップオスになったわけじゃないのに

ジャップオスってだけでチビブサイク陰キャ変態ロリコン女性蔑視主義者烙印を片手に押されて困ってる。

選んでジャップオスになったわけじゃないのに。

来世はアメリカ人さらに言えばホワイトアングロ・サクソンプロテスタント民主党支持のアイバーリーグ卒の家系に生まれますように。

2023-09-08

先週コロナにかかってしまい、寝込んだりのどの痛みに苦しめられたりしていたが、ようやく落ち着いてきた。

そういえばとふと考えたら、その間に誕生日を迎えていて、また一つ、歳を取っていた。39になったらしい。

あと1年で40歳だと思うと、何というか、もう40かというか、まだ40かというか、何だかウンザリしたような気持ちになる。

コロナ療養中、熱が下がってきたころに、暇だからと何か小難しい古い本を読もうとした。

読もうとしたが、ちっとも読めなかった。まるっきり頭に入ってこない。

内容が難解なこともあるが、それよりも、この本を読んだところで何になるのか。

中世プロテスタントにあった倫理観資本主義との関係が俺の人生にどうかかわってくるのか。

そんな風に思われて、頑張って読み進めるのが馬鹿馬鹿しくなって、結局読むのをやめてしまった。

これでも若いころは読書家だった。

いや、年間100冊程度の読書量だったので、我、読書家ぞとイキれる程立派なものではなかったが。

それでもとにかく、読書であるという根拠のない自負はあったし、本を読むのは好きだった。本を手にするとワクワクした。ドゥルーズデリダなんかも頑張って読んだ。もう一切、内容を思い出せもしないが。

今はもう、気が付けば本も読めなくなった。読んで何になる、何の意味がある、そんな倦怠感ばかり募る。

仕事も張り合いはない。

責任感を持って、日々取り組んでいるつもりではあるが、10年以上も勤めれば、大抵はどうにかなる仕事ばかりになる。

出世できる性格だとも思わないし、向いているとも思わない。実際管理職向けのキャリアパスには乗っていないし、キャリア天井も大体見えている。

スキル習得も、会社からまれていなさそうだ。

子供は、やはり欲しい。まだ諦めたわけではない。

諦めてはいないが、俺の不妊は、先天性の疾患に由来しており、医者からも厳しいと言われると、徒労、という言葉が浮かんで消えない。

妻は、俺との子供は欲しいけれど、いなければいないで、決して不幸ではないというスタンスだ。

こんな俺を選んでくれた妻には、感謝してもしきれないし、妻のことは深く愛している。

だけど、本当のことを言うと、残りの人生はあと…年…と考えると、長いな…。と、ほんの少しだけ、感じてしまう。

日見テレビ番組で、91歳の老爺がインタビューを受けていた。

その爺さんは、朝の4時に起きて、2時間かけて地元海岸まで散歩するのだという。

それを、日に3度も繰り返すのだそうだ。

早くお迎えが来てほしいが、誰も迎えに来ない、と言っていた。

俺はそれを見て、虚しくなって、気が滅入ってしまった。

一日一日を、ただ歩いて時間を潰す、そんな毎日が終わるのをただ待っている。

俺もやがてそうなるのだろうか。そんな風に日々を送るのだろうか。

父のことを、最近考える。

70を過ぎた今でも元気に働いている。

さな頃はあれこれと家族で出かけていたが、高校に入って以降は、父と親しくした記憶ほとんどない。

30代になるまでは、父のことはあまり好きではなかったように思う。尊敬できない人だと思っていたし、大した人間でもないと思っていた。

しかし、俺と姉の二人を、中身はとにかく大人になるまで育てあげたこと、俺などは大学にまで行かせてくれたこと、それを思えば、大変にすごい男なんだと少し前から思うようになった。

少なくとも、子供を育てたことのない俺よりは、ずっと立派だ。

父は日曜の夕方になると、自室でCDを聴いているのが常だった。イーグルスなんかの、古い洋楽ばかり聴いていた。昔は、またか臭い音楽を流して、くらいに思っていた。最近では、なんというか、父はあれは、楽しいんだろうかと思ってしまう。

飽き飽きしたり、しないんだろうかと。

このところ自分が感じている憂鬱について色々と調べてみたところ、ミドルエイクライシス、あるいはミッドライフ・クライシスと呼ばれるものに、どうもよく当てはまっているようだ。中年になって、自分人生や将来に、不安を覚えたり、なにか間違った生き方をしているのではと疑問を感じたりする現象らしい。

第二の思春期とも呼ぶそうだ。

思春期、なんて言われると、なにを、俺はそんな青臭い、幼稚な人間じゃないぞ、といらだちを覚えるけれど、そういうところが幼稚なんだよ、と言われてしまえば、それはまあ、確かにそうかとなる。

30代でそうなるのは、少し早い気もするが、子供がいないとそういうものなのかもしれない。

どげんかせんといかんとは思う。

思うけれども、どうにかなるような気もしない。

そもそも生活に張り合いを求めているかと言われると、そういうわけでもないような気もする。

やりたいこと、というものを考えたとき、何も、本当に何も浮かばない。

ぐっすり寝たいという望みは、先日のコロナ罹患不本意ながら叶ってしまった。

やりたくないことないくらでも浮かぶ

何をするのも億劫だ。

億劫なのに、しばらくは終わりがくるような感じもない。

若い時には気にならなかった人生の長さに、打ちのめされているように感じる。

テレビで見た91歳の老人は、あるいは父は、どうなのだろうか。

2023-07-21

「布団の中でZINEを読んでみた」が面白い

トランスの人たちはno debateなんで、批判者の意見を詳しく読むことはないんだろうけど、TERFといわれている側はトランス側の主張をよく読んで矛盾理解してるんだよね

特に疑問に思ったところ

アンブレラタームといいつつ、クロスドレッサーやオートガイフィリア存在を明言していない

>教えてくださいよ、○○○○大先生。「性別は一生変えられない」というのなら、私は○ぬしかないのですか?私の存在が「犯罪的なイデオロギー」なのですか?(p.32)

GIDでオペ済の人が自○をほのめかしていた。

→TGismはセルフIDを推進しているのにこういう時にオペ済GIDの人を矢面に立たせるのは違うと思う。

双方の意見のすり合わせが必要なのに、明らかに議論必要なことを自○をちらつかせて相手を黙らせて自分意見を通そうするのは感情的脅迫(=心理的恐喝/Emotional Blackmail)であり、モラル・ハラスメントではないか

ここで引用するにあたって、○○に書かれている個人名を伏せたが、実際は他称TERF側の意見もつ論者の名前が名指しされていた。

他称TERF側だって女性子どもにとっての権利との衝突があるし、安全や最悪の場合は命の危険があるから発言している。

戸籍性別を変えるための法律は極めて差別的な厳しい要件を課しており、全ての人が要件を満たせる訳では全くない。法改正の目処も立っていない。(p.27 水上文)

→特例法の性別変更要件を緩和するように求めていると思われる。

2003年に成立した「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律」(通称性同一性障害特例法)には、性別を変更するためには

①年齢要件 二十歳以上であること(成年年齢の引き下げとともない、2022年4月1日から18歳以上になった)

非婚要件 現に結婚をしていないこと

③子なし要件 現に未成年の子がいないこと

④手術要件(生殖不能要件) 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること

⑤外観要件 その身体について他の性別に係る身体性器に係る部分に近似する外観を備えていること

を満たすことを条件にしている。

そもそもこの特例法というのは「性別適合手術を行った性同一性障害者」が日常生活になじめるようにと設けられた法律だと認識しているが、この条件を緩和するということは、法制度がつくられた前提条件が覆されて法の意味自体が変わってしまうし、「性自認」のみで戸籍が変更できるようになる(いわゆるセルフID制度)。文字通り「男性器がついたまま戸籍女性」が存在することになり、女性スペースや医療統計などのさまざまな場面で影響を及ぼすことになることをわたし懸念する。

>違和の有無ではなく、まさしく特権性を名指すカテゴリーこそがシスジェンダーなのだ(p.28 水上文)

いわゆる「シス特権について

→「シス」は「トランスではない人」という意味で使っていて、わたしトランスではないしシスでもないので勝手に「シス」呼ばわりしないでほしい。

だいたい「シス特権」という言葉は、男性スルーして女性に対してわきまえろという文脈で発せられる方が多いし、わたしは「シス特権」という言葉女性抑圧の新たな形だと思っている。

他称TERFをプロテスタント右派と中核とする保守バックラッシュと同じ扱い(p.36 ゲンヤ)

→他称TERFに対する典型的レッテル。もう100万回みた。

他にも「アンチフェミ/家父長制に加担/統一教会/Qアノン/極右/トランプ支持者/オルトライト」とかいろいろ言われてるけど、違います

自認がどうであれ身体男性女性のスペースに入らないでほしい(女子スポーツに参入とかも含む)って言ってるだけです。

このように女性スペースを使う当事者でもない男性が、抗議する女性たちに向かってレッテルを貼って「女性スペースは身体男性を受け入れろ」といってくるのはよく見る。

自分がどれほど無責任で横暴なことをしているか、それこそ「男性特権」を自覚してほしい。

「その声には応答しない」とno debateを歴史修正主義をひいて正当化(p.40 高島鈴)

権利の衝突に関する議論をこうやって何年もno debateというスタンスで逃げ続けてきたようですが、世間にも「トランスジェンダー」や「トランス女性」の定義だんだんと知られるようになってきていて、そのスタンスでいるのもいい加減苦しくなってきているのではないでしょうか。

「ラディフェミ分離主義袋小路」(p.63 清水晶子)

わたしアカデミア事情には疎いのですが、清水晶子先生の専門はジェンダー学ではないんですよね?ジェンダー学専門の先生お話も伺ってみたいです。

https://note.com/000gwen/n/n6cb8f3e16d32

2023-07-01

anond:20230701132132

カトリックしろプロテスタントしろ正教会しろ別にイエスの信任なり認可受けてるわけじゃないし、児童虐待等やってた履歴も出てきてること考えたら規模の大小の違いこそあれどっちも異端だよね。

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