はてなキーワード: タイムラインとは
iPhoneのsafariでtwitterのタイムライン開く
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ホーム画面に追加
って手順でtwitterのurlのショートカットをホーム画面に置くじゃん?
なんで反応ないの?
本当にお前らおっさん連中に興味ないのな。フェミや浮気の話やらはすぐホットエントリするのに
id:tomita_yuuta id:junglejungle id:white_yellow id:sbedit1234 id:uncorrelated id:sunechamacell 高須賀 山本一郎 しんざき
以外に教えろよ。もう出ないといけないし時間ないんだよ
初めてつながりを持ってから、もう何年になるだろうか。
いわゆる「推し」の人たちがいる。
きっかけは一瞬のことで。
「あ、この人いいな」と思って、その次の瞬間には、手が動いてもうフォローしている。
直接の動機は、投稿の内容だったり、文体だったり、プロフ画像だったり、絵だったり、全体の雰囲気だったりで。
直観がほぼ十割だと思う。
たまたまリツイートで流れてきたり、ある人のタイムラインを見ているときに気づいたり。
いいなと思う投稿だったり、心動かされたり、なにげない日常の風景だったり。
それは楽しみであり、癒やしでもある。
リアルな自分は口下手だし、言葉を交わすのが億劫のようにも感じる。
会ってみないとわからないこともあるけれど。
「推し」の人は異性のケースもあって。
一方、私にはパートナーがいて。
他方、「推し」の人もそうだというケースもあって。
だからというわけでもなく、私は既に満ち足りているので、強く熱情を求めることもない。
このまま何年、何十年と、デジタルなメディアを通して、互いに老いていく姿を遠巻きに眺めているのも悪くはないかな、という気もしている。
ツイッターを見ていると、「○○(発言者とはあまり関係がない人もしくは集団)が喜んでいるのを見ていて楽しい」という呟きをそれなりに見る。
自分の身内や親しい人が喜んでいるのが嬉しい、というのは理解できるが、自分と関係のない人が喜んでいることの何が楽しいのか?
むしろ自分は普段こんなにも満たされないでいるのに、こいつは喜んでいてイライラする、としか思えない。
ただもちろん、そんなことを公言していたら人間関係が上手くいかないことは分かる。
だから、冒頭の発言はそういう世間体のためなのだろうと思ってしまうのだが、それにしては頻繁に見るし、どうも本心から言っているようにも見える。
それが不思議でしょうがないし、もしみんな(言っている殆どの人)が世間体の為なんだとしたら、疑心暗鬼にならなくて済むので誰か教えてください。
ここからは知らない人には本当にどうでもいい話だと思うので分ける。
自分は最近モバもデレも、プレイしていると上記の理由でイライラしてやまないので、担当の出番の時以外プレイしていない。
だからどのくらい素晴らしかったのかは分からないが、タイムラインを見る限りかなり素晴らしいシナリオだったらしい。
理解できないのは、担当が出ていた訳でも無いのに楽しそうなツイートをしている人のこと。
素晴らしいイベントに自分の担当以外が出るということは、言い換えればその分出番を奪われているということに他ならない。
自分はこの事実を思って、本当に深夜の自室で涙を流してしまった。
でも、タイムラインで見る殆どのモバマスプレイヤーは今回のイベントに満足しているようだ。
おそらくは、そのことよりもシナリオの感動が上回ったのだろう。その反応を見ても、自分はこの事実で悲しくなってしまいイベントを読む気になれない。
自分は一般的な感性よりも狭量なのだろうか。それとも、そのイライラを隠すことが出来ないくらい子供だということなのだろうか。
顔も本当の名前も知らない。でも、話していることや文字から伝わる人柄に無意識に惹かれることがある。
本の作家や記事の記者のような存在に対して感じる気持ちを、私はあるTwitterユーザーに抱いている。
まず、私自身のことを述べておく。
主に二次元の作品を好んでいるオタクだ。現場もちょくちょくあり、日々好きなコンテンツのことについて見たり聞いたりして人生を充実させてる、よくいるタイプの奴だ。
ただ、周りに同じ趣味を持つ人がいない。周りの友人の好きなコンテンツが(次元的に)真逆であることが多く、普段好きなコンテンツについて話すことがあまりないので、Twitterは「自分と好きなものが同じ人の呟きが眺めるもの」として利用していた。
そんな時に上記のような方、いわゆる「推しユーザー」に出会ってしまった。
自分の好きなキャラを描かれている絵を見かけて「素敵な絵だな」と思い、推しキャラが同じならまた見れるかも、という位の気持ちでフォローボタンを押した気がする。
めちゃくちゃ面白かったのだ。
自分にはない言語センス、自然な文体だけど伝えたいことがバリバリ伝わってくるツイート。絵がお上手な方はツイートも達者なのか!?と思ってしまうくらい面白かったのだ。今までフォローしていた方のツイートも好きだったのだが、その方のは何と言えば良いのか…なんかすごくツボにきたのだ。
それから、その方のツイートが流れてくる度にちょっと嬉しい気持ちになった。
さらにその方は、親しみやすい雰囲気からか、よくTwitter上で他ユーザーさんと会話をしていた。その様子がタイムラインに流れてきたときも、楽しそうな雰囲気を感じて無関係な自分も暖かい気持ちになっていた。
漫画みたいな例えをすると、憧れの人の様子を物陰から覗いて見ている気分だった。
だが、Twitterであるものが流行し始めたことがきっかけで、私の気持ちが揺らいでしまった。
なんと、それにメッセージを送ると設置者に匿名でメッセージが届くのだ。
友好的なその方は、是非にと、その箱を設置してくださった。普段話したりしない人からのコメントも歓迎している旨もツイートしてくださった。
その方がメッセージに回答しているのを見たり、自分からも質問やその方のイラストが好きだといったメッセージを送ったりするのが楽しかったし、その方との距離が少し近づいたような気持ちになった。
今振り返ってみると、ここで少し「あれ?」と思った。
匿名サービスはあくまでもこちら側は匿名で送っている。だから、受け取り側からは、誰が送ってきたのかは基本的に分からない。
でも、送り主からしたら「自分→相手」が成り立っているような気分になってしまうのだ。実際の自分は、実態を持たない霧のようなものなのに。
そりゃそうだ、だって自分が送った内容がどんなのかは知ってるから。だから自分のメッセージとして認識している。
何回かメッセージを送っていた当時の私は、いつからか眺めているだけで満足出来なくなってしまっていた。
そして、思ってしまった。
「見ているだけじゃなくて、話をしてみたい」
と。
単に一人のユーザーとして関わってみたいだけならまだ良かったのかもしれないが、匿名サービスという段階を経てしまったせいで、勝手にこちらは相手に対して親密な立場になっているのではないかという幻想を抱いてしまったのだ。相手からしたら、全然知らない人なのに。
そのことに気づけていなかった私は、後悔をする出来事を起こしてしまった。
先述の通り、私が好きなコンテンツは現場(イベント)が定期的に行われているジャンルだ。
色んな媒体で盛り上がる系のコンテンツにハマったことがないので分からないのだが、ファン内でしばしば(どちらかというと主観的な)暗い話題がされていることもある。
私は閉鎖的なオタクなので元のツイートが届くことは(運良く今までに)ないのだが、その方には届いてしまっているらしく、その話題について悲しんでいることがよくあった(そういう話に対して肯定的な姿勢でないところも良い人だな…と思う)。
それがたまたま続いてしまった際に、このようなツイートを見た。
「近頃悲しい話ばかりで寂しい。もっと楽しいことを言って欲しい」
その時に、私は行動を起こしてしまった。本当なら、物陰から覗き見しているような私でなく、その方と親しい方がアプローチしてくださるのを待つべきだったのに。
匿名サービスを使って、励ましとその方への感謝の気持ちを文字数制限ぴったりになるくらいの分量で送ってしまったのだ。
あなたのイラストや呟きが私のエネルギーになることも沢山あった。
こんな感じのことを送った。今思うと重すぎる。あまりに重すぎるラブレターだこれ。しかも我ながら、匿名なのめっちゃたちが悪い。
これでスルーしてくれたらまだ良かったのだが、その方から返答が返ってきた。
そこには、そのメッセージが嬉しかったということが書かれていており、まさかの返事に私は舞い上がってしまった。
「いつか現場でお会い出来たら、感謝の気持ちを直接言わせてください」
送った後に気がついた。
これは、送ってはいけなかった。
匿名であることで敷居が下がったから気軽に書いてしまったけれど、これはこのサービスを通して書くことではなかった。
そんな私の気持ちとは逆に、その方は「こちらこそ是非」といった優しい言葉を返してくれた。誰かも分からない私に対して。
ここでの後悔は、匿名であるにも関わらずその方へ近づこうとしてしまったことだ。
せめて、リプライをする勇気を持てていたら、こんな気持ちにならなかったと思う。
でも、知らない人から急にリプライなんて来たら驚かせてしまうだろうし、やっぱり出来ないというのが心情だ。
もし今後、本当に現場でお会いする機会があったら、私は「あの時のメッセージの者です」と言えるのだろうか。
今の私は言えそうにない。
きっと、話せても「Twitter見てます」くらいしか言えないのだろうな。
せめて、「あなたのイラストとツイートが好きです」くらいは言えたら良いな。
それか、あのメッセージのことだけは、忘れて欲しいと思ってしまっている。
そんな私は、やっぱり見ているだけの方が良いのかもしれない。
わたしのようにNOが言えなく、押しの強さに負けるような人は
あんまり関わりたくない人にSNSのアカウントを教えてほしいと言われて、なかなかきっぱり断れなかったりする。
おにいさん方の「つかラインやってる?」「Facebook申請していい?」「インスタ見たい!」を
その場ではOKしつつ、後でバレないように切っている。言わばネット弁慶である。
一番質の悪いことをしているのかもしれないが、全然仲良くない人からいいねをされたり、クソリプをもらったりで辟易しつつも
だからといってブロックしたり、それに気が付かれるのも...と悩んでいる諸君のために
「これだと名前分からないから教えて」と言われたら名前もしくは苗字のみを教える。
金輪際会わない相手なら、偽名を言う。
その後、相手からLINEが来ても絶対に開封せず、そのままブロックをする。
LINEのブロックは相手から何を送っても既読がつかなるだけなので、万万が一再会するようなことがあっても
「あの後スマホが壊れてしまって...」「名義変更しちゃったんですよね」などと言い逃れれば良い。
Facebookを申請してくる相手という時点で本名が割れている。
かといってこいつとタイムラインでやりとりしとうないわ!いいねとか押されたら寒気がするわ!という時は友達ステータスのみを残して
タイムラインが相手から見られないようにすれば差し障り無く済むのだ。
そのためには、Facebookの投稿の表示範囲を「友達のみ」になるように限定する必要がある。
友達申請してきても「今、充電切れてるので後で承認します。」などと言ってスマホからすぐに承認せず、PCのブラウザからFacebookを開く。
承認したらすぐに相手のプロフィールページから「他のリストに入れる」→「制限」を選択。
「制限」リストに入った人は友達同士であっても公開ステータスの記事のみしか見ることができない。
Instagramはフォローされたらとりあえずフォローを返しておく。
相手は知らぬ間にフォローが外れるから、タイムラインに出てこないことにすぐには気が付かない。
再度フォローしてきても、フォローを返して、時間を置いてブロック、ブロック解除をすればいい。
これは残念なことに相手からタイムラインが見えてしまうのでいいねが付いてしまう。
instagram同様、フォローをされたらとりあえず、フォロー返しして、
「なんかフォロー外れたんだけど」などと言われたら「操作ミスじゃないですか?」と返せばいい。
はてなやTwitterではほぼVtuberとは関係のないBL界隈から援軍があったと注目されているけど、タイムラインを眺めていると援軍に駆けつけているのはBL界隈だけでないことがわかる
例えとして列挙するなら「漫画家」「画家」「小説家」「CGクリエイター」「動画クリエイター」「音楽家」「造形作家」「記者」「プログラマー」などがわかり易いほど散見している
一言で示すなら、どうやら「表現者」と呼ばれる層がキズナアイ擁護派のオタクへ援軍として駆けつけているようだ
タイムラインを見ていると判るが、いわゆる「オタク」と一括りするには無理のあるイケイケな属性を持つような表現者まで混じっており、キズナアイ問題はどうやら表現者にとってセンセーショナルな事件のようだ
確かにこれまでのオタクに関わる倫理問題を振り返ると、今回のキズナアイの話が広まった速度は相当速い部類に入る
メディアが反応する前に表現者が一致団結をしてキズナアイへ配慮を求めた発言に非難を示した
これまでのオタクに関わる倫理問題ではオタク文化を擁護する声は本当にオタクだけだったが、今回はなぜかオタク以外の表現者が擁護しているのだ
…らしい、というのは、なんとなくのTwitterのタイムラインの様子から知ったというかリプなどからもしかして…?と思ったからで。
初めましてがどこだかがわからなくて、なんとなくたぶん人づてで知り合ってて会えば話す、みたいな感じの人で。
考えてみたらどういう方なのかということが話した内容くらいしかなくて、詳しいことはなんにも知らないふわっとした知り合いだった。
オタク界隈ではこういう、知り合い、よりは友達寄りだけど考えてみたらなんにも知らない、みたいな人が多い。
Twitterもフォローしていなかった、知り合いでも友達でも、なんとなくフォローしてない人って一定数いたし。
でもそのことで、つい先月話して一緒に写真撮って今ハマってるジャンルの話とかして笑ってた人が亡くなったのかもしれないということに確証がもてないなんて思ってもみなかった。
鍵かかっていて、ご遺族の方がたぶんツイートしたこと?がわからなくて、現実味がないしわからない。
なぜ?若いのに?そういえば年齢知らないけどたぶんわたしより歳は下だったと思うけれど、そこも詳しくは知らないけれど。
突然なくなるという点で、親戚の伯父さんが亡くなったことが前にあったのだけど、まぁそういうこともあるかもしれないよね病気もしてたしでもまだそこまでの歳でもなかったよね、と思ったことはあった。
でもなんというか、それと比べても現実味がなさすぎて、詳細もわからないからなぜ???しかない。
ひとときでも関わりがあった、親しくはなかったかもしれないけれど同じ趣味を持ってお話ししていた彼女が、幸せな人生であったと思えていたのならいいな、と願うことしかできない。
全編にわたって幸せきわまりないなんてことはないと思うしなによりまだこの先順当にいったら長いし心残りゼロなんてながくいきてもなかなかないだろうけどそれでも、幸せな部分の分量が多かったら良いなと、そうであってほしいと祈るような気持ちで。
そんなことを思いつつ、おもしろいことがあったらつい笑ってしまうし、人生はむなしくもあり楽しくもあり、たぶんこのまま続いていっていつかは終わるのだなとか。
もしかしたら明日にでも突然終わって、私のスマホから家族がなにか生前の云々みたいなことをつぶやくかもしれないのだな、とか。
ここがつながっていない友達なり知り合いにはきっと伝わらないのだな、まぁそれは私自身ならまぁいいか、とか。
でも仲良くしてた人なり知り合いなりがこの世からいなくなったことを知れないのはなかなかじわっとしたよくわからないダメージがあるものだな、とか。
全部勘違いだったらいいと思う。
アイドルとかキャクター、声優さん、俳優さんとか数え切れないくらい。
もしかしたら動物とか文具とかだったりもするかもしれないけど。
その推しはTwitterをやっていて、そんなに頻繁に更新しないものの、新しいツイートがあるとやっぱり何人かのファンがリプを送ったりしている。
私も目についたツイートにたまにリプ送ったりするし、それ用のアカウントをとっているんだけど、それについて色々思うところがある。
メールアドレスさえあれば複数アカウントを作る事は可能で、用途によって使い分けてる人は多いと思う。
実際、私もそうだし。
そのアカウントに鍵をかけるかかけないかは個人の判断で、何を書こうとその人の自由だ。
でも自由の中でも書いてある事で人間性ってすごくよくわかるなって見てて思う事がある。
この間、同担の人がタイムラインオススメユーザーに表示されてどんな人なのか少し興味が湧いたからホームを覗きにいった。
ただタイムライン見てる分に普通のツイートは別になんとも思わなかった。
でも、好きな推しが一緒でその人に関してのツイートが常軌を逸してた。
夢女子なんて言葉が世に出回るようになっているけど、恐らくはそういう次元の方なのだろう。
♡の乱用や、帰ってきた返事が自分だけ他人と違う仕様だったと狂喜乱舞として書いてあった。
正直異常だと思った。
キチガイみたいなツイートがステータスみたいな若干の風潮はいつの時代もあるけど、応援してる本人の見れる鍵なしのアカウントで、そこまでする勇気は自分のエゴでしかない。
私自体が古いオタクだから、推しが見れるだけで幸せ、存在を認識してもらえなくても応援しているファンがいるっていう事だけ知っててもらえれば良いって思う人間だからかもしれない。
それでも本人からしてみたら恋愛感情も本性もわからない人間が自分勝手に書いたそんなツイートを見たらまず恐怖だと思わないだろうか…。
自分本位で応援するオタクの自意識過剰思い込みツイートってこんなにも怖いものなのかとゾッとした。
他にも推しキャラの写メに同担を貶す文字が書かれた画像をアップしていたり、嫌いな同担をブロックしたという内容のツイートに♡がついていたりで、自分の生活している世界では見たことのないものばかりに恐怖を感じてそっとアプリを閉じた。
きっとこういう自分本位な行動する人が目立つ事が多くて、推しのファンがそういう人間ばかりなんだろうって思う人が少なからずいると思う。
そして、そういう状況になった時本人はきっと強火のオタクだからって誇らしく思ってしまうタイプの人間なんだと思う。
理解したいとは思わないし、ここで書いた事を万人に理解してもらおうとは思わないけど、自分の行動一つ一つが自分の推しへ少なからず影響を与える事を理解した上で発言をしてほしいと思った。
それを理解した上での行動ならばもう何も言う事はないけど、正直同担でいてほしくないと思ってしまうのは私のエゴになるのかはわからない。
私は魔法先生ネギま!およびUQ Holder!が好きなのですが、それをTwitterで好きだと言えません。
理由は簡単。これらの作品がフェミ的にNG作品だから。そして私の相互フォローの人たちは進歩的な女性が多いからです。
別にその人たちが嫌いじゃありません。むしろ好きな人たちだからこそ繋がりを続けてるわけだし、オフでも知り合いだったりします。
みなさん素敵な人たちです。
先程もUQの新刊が発売になるというツイートが流れてきてファボりたかったのですが、付いている表紙絵が登場人物の女の子たちの入浴絵。あかん!ファボすら他人のタイムラインに名前付きで流れる現状でこれはファボれない!と言った感じなのです。
個人的には魔法先生ネギま!もUQ Holder!もエロコメの皮を被ったとても優しい物語なのですが、ガワは間違いなくエロコメなのは認めざるを得ない。
女子ファンの目から見てもお約束として女の子たちが意味もなく脱がされる姿は正直擁護のしようがないです。そこだけは。
でも!でも!
ネギまの主人公ネギ君、そしてUQの主人公刀太君をめぐる100年単位の叙事詩はとても面白いのです!
それに出てくるヒロインたちもとても魅力的です。個人的には夕映っちとのどっちのコンビがとても好きです。ネギまの頃の同じ人を好きになってしまった親友同士という関係も非常に良かったですが、UQに出てくる二人の友情すら超えた相棒である関係も好きです。それと最近のイチオシは桜雨キリヱ!いわゆるツンデレなんだけど、その能力とか過去とか役割とか葛藤とか色々と味わい深いです。早く彼女の能力が必要なくなればいい。残酷すぎるから。
しかしながら、ネギまとUQを読んでいると作家の背負ってしまう属性的なところって本人の意思だけではどうしようもないのかもなぁと思います。
正直ネギまのラカン戦の頃の熱気と人気がずっと続いていればと思うこともあります。そうすれば、女性ファンでももう少し堂々と好きだと叫べる作品になっていたかもしれない。
でも、私は本当にネギまとUQが好きです。どんな困難な状況にあっても必ずハッピーエンドが待っている。それが確信できる稀有な物語だからです。それは赤松健という作家に対する信頼でもあります。
私がネギまにハマったのはもう10年以上も前のことで、最初はその必ずハッピーエンドが待っていることに気づいていませんでした。けれども、何年も読んでいるうちに気づきます。この物語は、誰も悲しい思いをして終わったことがないことに。どんなキャラクターにも救いが待っていることに(カトラスだけは今もまだ飲み込めていないけれど)。
それは、物語という架空の世界に何かを求める私にとって、最上のもののように思えます。
ここまで素晴らしい物語なのに、好きだと叫べないことが。もっとこうであったら、なんて酷いことを思ってしまうことが。
こういう性根もあってあまり堂々とファンです!と言えないのですが、それでも好きです。魔法先生ネギま!とUQ Holder!が。本当に。
絵描きについて。
朝、起きてツイッターを開いてみたら対照的な二人の絵描きのツイートがタイムラインに流れていた。
1人は商業目指してる人。もう1人は、webで(たぶん)趣味で描いてる人。
最初の人は、自分の絵への思い。こんなにも漫画家になりたい、強い気持ち。みんなに伝われ!この思い的なやつ。
後者は、創作の技術の話。こーすれば描くスピードが上がりそう。時間を有効に。効率化。もっと描きたい!
商業目指してる人はまったくうまくなってないし、ずっと描くキャラが全身骨折で顔だけ漫画。そして、漫画のストーリーがわけわからない。
趣味の人は、好きなものを好きなときに好きなだけ描いてる。見ていると絵を描くの、漫画を描くの好きなんだなぁと思う。そして、うまい。
描いてきた年数はきっと変わらないだろう。
違ったのは熱量を使うところ。
この2人に限らず、商業目指してます!と声高々言う人ほどたいした事なかったりする。
なんか不思議。
某漫画関連で気になっているクラスタがある。そのクラスタの輪の中に入りたい。
けどtwitterを2回やめた身としてはもう二度とやりたくないという気持ちも強い。
以下やめた経緯など
院生~プー太郎の頃に使っていたアカウント。アニメとかラジオの感想を適当につぶやいていた。
そうしたら同じきらら系の某アニメが好きなアカウントにフォローされた。フォローし返したら「面白いこと書いていますね」と言われた。
そのまましばらく相互フォローの関係にあったのだが、よく見るとツイートが明らかに偏っている。政治的に極端だ。
某宗教の信者にヘイトスピーチをしているところも目撃した。でもそのアカウントはヘイトスピーチ反対ともほざいていた。何これ意味が分からない。
徐々に先鋭化していくアカウント。そのアカウントに悪印象を与えなくないと思い、なるだけ刺激しないよう当たり障りのないことを書き続けた。
しかし相手側は「俺たち仲間だよな?」と言わんばかりに自分を彼の陣営に引き込もうとしていた。
過激な思想にくみしたくないと思った自分はアカウントを消した。過激な思想を見続けることは心身に毒だ。頭がおかしくなってしまう。
ツイッタランドでは今日も過激な思想が喧伝され、それに影響を受けた人間が過激思想の再生産にいそしんでいる。togetterに至っては蟲毒の壺のようだ(嫌儲板の住人のためいわゆる「まとめ」自体大嫌いだが)。
きらら系の某アニメが好きなアカウントのように、一見無害なアカウントに見えて実は…ということも起こりそうで怖い。
ついでに件のアカウントには早稲田の新入生が引っかかって、無事過激な思想を植え付けられたようだ。早稲田のような超一流大学の学生が過激思想に引っかかるtwitterは闇。
大学学部時代~(一時中断)~プー太郎~社会人(現在)の頃に使っていたアカウント。
大学学部時代の同級生とリアルで相互フォローの関係にあった。数か月前、知人の裏垢(鍵付き)に招待された。
その裏垢というのが別の知人や親への誹謗中傷を書き連ねたアカウントで、見ているだけで全身の毛がよだつ気がした。
しかし知人の機嫌を損ねたら今度は自分が誹謗中傷のターゲットになりかねないと思ってしまい、誹謗中傷するツイートに「いいね」を押したりした。
そして今年9月4日。この日はたまたま休みだったため朝からタイムラインを眺めていたら、件の裏垢がツイートを投下したようだ。
内容は別の知人とやり取りしていたLINEのスクショを勝手にさらし、キャプションとして罵詈雑言を書き連ねたツイートである。
この瞬間、自分が「いいね」をつけることで彼女の誹謗中傷に加担していることに気が付いた。
これ以上誹謗中傷に加担することは耐えられないと感じた自分はアカウントを消した。「ネットで誹謗中傷に加担していました」と警察署にも出頭した。追い返されたが。
傍観しているだけでも誹謗中傷に加担しているようなものなのに、「いいね」をつけることでさらに誹謗中傷を加速させてしまった。
被害を受けた親や別の同級生には悔悟の念が生じている。どうやって贖罪すればいいか分からない。自分は明らかに加害者だ。そんな自分にtwitterをする権利などあるのか?
思想的に過激な連中に引っかからなかったり、誹謗中傷に巻き込まれないならもう一度twitterのアカウントを作ってみたい気がする。
しかしそうならない保証はどこにもない以上、twitterを使いたくないという気分も強い。
一体どうすればいいのか。
3)
で、今日「新潮45を潰せ」って言っているツイートが無いか、どんな人が言っているのかタイムラインを追ってみたんですけど、
編集部包囲デモを呼びかけている人たちや潰せと主張しているアカウントのプロフィールにはLGBTの記述があまり無く
それどころか、包囲を呼びかける人たちは編集部包囲に反対するLGBT当事者の森奈津恵に罵声を浴びせていました。
しばらくたぐっていっても不満をぶちまけたり潰れればいいという人はいてもそこまでですね。
同じことを感じた人がいたらしく、「新潮45を廃刊させようという人は当事者でも無く、当事者のツイートのリツイートもしていない」って書いてました。
つまり、当事者の実態を知らずにイメージで叩いた記事を、やはり「悪」認定して突っ込んだ非当事者を、「悪」認定して(LGBTごと)レッテル貼って叩いてるあなた、という