2018-11-04

推し」に想う。

初めてつながりを持ってから、もう何年になるだろうか。

いわゆる「推し」の人たちがいる。

かに推すつもりは特にないけど、自分の中での推し

きっかけは一瞬のことで。

「あ、この人いいな」と思って、その次の瞬間には、手が動いてもうフォローしている。

直接の動機は、投稿の内容だったり、文体だったり、プロフ画像だったり、絵だったり、全体の雰囲気だったりで。

直観がほぼ十割だと思う。

見つけるきっかけは、基本的に偶然で。

たまたまリツイートで流れてきたり、ある人のタイムラインを見ているときに気づいたり。

それから、その人の投稿を多く見ることになる。

いいなと思う投稿だったり、心動かされたり、なにげない日常風景だったり。

それは楽しみであり、癒やしでもある。

オフラインで会うことは、ほとんどない。

リアル自分は口下手だし、言葉を交わすのが億劫のようにも感じる。

会ってみないとわからないこともあるけれど。

推し」の人は異性のケースもあって。

一方、私にはパートナーがいて。

他方、「推し」の人もそうだというケースもあって。

からというわけでもなく、私は既に満ち足りているので、強く熱情を求めることもない。

このまま何年、何十年と、デジタルメディアを通して、互いに老いていく姿を遠巻きに眺めているのも悪くはないかな、という気もしている。

この感情名前を付ける必要はないだろう。

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