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はてなキーワード: バリバラとは

2019-09-18

anond:20190918010224

バリバラとかドクターGみたいな番組民放じゃ絶対作れないだろう。

ユーフラテ制作番組とかもはや国宝でしょ。

地上波で一番面白いのは間違いなくNHKなんだよな。まあ「今時地上波放送なんか見ねぇよ!」という不満はわからなくもない。ネットの方が面白いのは確か。

2019-08-26

24時間テレビ感動ポルノなのは明らかだけどさ

仮にそのポルノ辞めたとして

嵐やらジャニーズやらの仕様控えてさ

完全善意のよう分からんそこら辺の舞台俳優揃えたとしてさ

(どうせ声優とかのオタク界隈は協力してくれないだろうな)

ガクッと寄付額が少なくなったとして、じゃあそれが障碍者の為になるの?

 

おまえらって結局対案出さないやん

バリバラみたいなシニカル番組は集金効果ないしさ(NHKでやってる時点でお察しのお察し)

障碍者にとっては多少バカにされて誤解されたって、ああやって金を稼ぐしか方法ないじゃん

日本人世界一障碍者他者に大して冷たいんだから 

 

乙武みたいな四肢無しマッチョばかりじゃねえんだぞ? 

少しは考えたらどうだ

2019-08-18

「どうして障害者のことをかわいそうだと思ってはダメなのですか?」という問いに答えられなかった話

「どうして障害者のことをかわいそうだと思ってはダメなのですか?」

私が参加していたアクセシビリティの授業で、こう問いを発した学生がいた。

そのとき現場には衝撃が走った。問われた講師も、明確に答えられてはいなかった。確かに、なんとなくそう思ってはダメなことは知っているが、なぜだろうか。

私は障害当事者なので、密かにその言葉にショックを受け、なんとなく見下されていると感じた。そのことを悶々と考えた軌跡を忘れないうちに書いておこうと思う。

その思考きっかけとして、24時間テレビから始めてみた。

今年も24時間テレビが始まる。障害者の方がなにがしかチャレンジし、芸能人24時間走るらしい。毎年のことで、私のTwitterのTLには良い反応は流れてこない。当事者の間で、この番組が好きだという人はあまりたことがない。かくいう私も好きではない。当事者でなくても、批判している人は多い。NHKでは「バリバラ」という裏番組放送し、それが24時間テレビ揶揄したような内容で話題になった。

障害」のことを知ってもらうという役割はあるかもしれないけど、それにしたって切り取り方があまり一面的であるもっと理解につながる番組だったらいいのに。

私もそう思う。でもそうならない。なぜ?たぶん、それがウケるからで、視聴率が取れるから

私が24時間テレビ良く思っていないのは、この構図をまざまざと見せつけられるからだ、と気づいた。障害者ががんばる、それを見て感動する。だけどそこに、私や私の大切な人がああならなくてよかったという感情がないと言い切れるか。私の人生はそんなにいいものじゃないけど、下には下がいる。その人たちが頑張っている!私はまだマシだ、明日から頑張ろう。そう思ってなんかいないと言い切れるか?

障害者を取り巻く「上下」の構図を「感動」というもので見せつけられている気がしてならない。もっと悪く言えば、感動のための道具で、人間扱いされていない。そういう番組世間ウケる

その構図を突き付けられる事件は、ここ最近頻発しているように見える。おそらくSNSの台頭がきっかである視聴率というオブラートにまだ包まれていた刃よりも、個人意見という生身の刃があちらこちらに存在している。相模原障害者施設殺傷事件ときの、あのしらけた雰囲気京アニ事件との反応の差を指摘した意見もあった。参院選での、れいわの舩後靖彦さん、木村英子さんの当選公費負担に対して巻き起こる議論。信じられない…と思わざるを得ないツイートに何万件ものいいね

障害者のことを人間扱いしないということが、時には感動として、かわいそうだとして、反応の差として、議論として、いいねの数として現れてくる。それは結構辛い。自分はその世界に生きていることが、恐ろしく思えてくる。エグい現実だ。結局、差別用語禁止なんかで見た目はそれらしく変わったように見えても、障害者積極的排除してきた頃から根っこは何も変わっていないのじゃないか

だけど、ちょっとした希望もある。それは、れいわのお二人が当選して、参議院の改修や制度検討についてすごいスピードで進められていったこと。知人と、当事者がいるとあんなに早く進むんだねという話もした。現場にいると分かるが、変化というものはそんなにすぐは訪れない。前例が、予算が、人手が、時間が無いといって。その間に私の時間はどんどん減っていくのだけれど。まあそれはおいといて、変化は起こせるものなのだということを実感できたことはすごく勇気づけられた。

問いに自分なりに答えてみる。

なぜかわいそうと言ってはいけないのか?かわいそうという言葉がまずどこから来ているのか考えたほうがよい。たとえ何もやましい気持ちがないという結論になっても、その言葉当事者を下に見る、人間として対等に扱っていませんという文脈を予想させる。それで世の中は溢れている。それが君個人言葉として、より鋭利に変化して当事者を刺すこともある。障害を「欠落」としてみるのではなく、「異なる」部分を持つ人として見てほしい。

2019-06-26

anond:20190626202800

今治タオルマスコミ好みのネタというけどマスコミ今治タオル炎上全然取り上げてないか問題なんだが。

NHK放送も、「報道」じゃないからな。「ノーナレ」というアナウンサーナレーション専門家解説もないドキュメンタリー番組からこそ、この映像放送することができたといえる。これがニュース7とかおはよう日本とかニュースウォッチ9とかで「報道」しようとしてたら直前になって止められてたか内容は大幅にマイルドになってたと思うよ。2月の「バリバラ」での放送も、「報道」じゃなくて「福祉番組」だからなあれ。

 

しかもな、BuzzFeedとかねとらぼとかの有名ニュースサイトが今治タオル問題最初に取り上げたニュース内容は「今治タオル風評被害」という切り口だぞ。NHK放送した会社今治タオル組合企業じゃないのにネット民今治タオルだとデマ流してる!ってBFねとらぼ記事にしたんだからな。

組合下請けがやったと認めるに至って、奴らもそのこと記事にしたけど、記事での今治タオルへの追及具合が、今までのコンビニフランチャイズ問題記事や他の労働人権問題記事と違って全然甘いの。こりゃ今後もやつらネットニュースすら深く追及することないだろな

2019-02-14

俺たちは無能フォレストガンプだ、っつー増田を読んだ

anond:20180224163548

ある時、テレビ映画フォレストガンプ」が放映された翌日、学校でセンセイが俺に言い放ちやがった。「お前は無能フォレストガンプだな」って。その時は腹が立ったけども、よく考えたら当たってた。そうだよな、映画じゃ主人公フォレストガンプは知恵遅れだけど、底抜けの優しさと脚の速さで皆から愛された。少なくとも才能があった。卓球だってアメリカ代表になるくらい強かった。

あぁ、わかるよ。とにかく愛されないんだ「俺たち」は。

ちなみに、製作者はフォレスト・ガンプをどう思っていたんだろうな。結論から言うと、彼らはガンプを愛したが、知的障害者は愛していなかった。監督ロバート・ゼメキスDVD副音声でこう言ってる。

IQが低い男の映画なんて作る気はまったく起きなかった」

監督が求めたのは、自分意思がなく、状況をただただ受けいれるだけの純粋無垢キャラクターだった。90年代映画にしてはちょいと古くさい知的障害者像だ。

じゃあさ、「フォレスト・ガンプ時代現実知的障害者たちはどうだったの?」っつー疑問が浮かぶわな。そこで調べたんだが、1950年1990年アメリカ知的障害者にとっても激動の時代だったことがわかった。

1950年

劇中、フォレスト・ガンプ少年IQの低さから公立小学校への入学拒否されかけたのだが、ママ校長にファックを決めたおかげで難を逃れた。

愛する息子を守るため、裏技に手を出すのも当然だ。当時、知的障害者施設にぶち込むのが当たり前だった。そして、施設はひどいなんてもんじゃなかった。

1965年ウィローブロック州立学校という知的障害児の施設リークされた。

潜入リポーターが残した記録によると、4000人しか収容できないにもかかわらず、6000人にものぼる障害児が押し込められ、服を着ていない人や、ほとんど介助されず放置状態の人など、人間生活する環境とはとても思えない状況だった。

このニュースアメリカ全土に衝撃を与え

とにもかくにも、この時代知的障害であると判定をされたら終わり。その先に人間尊厳はない。

1950年代には知的障害者の親たちが施設への批判を始めたという動きもあったらしいので、ガンプのママが知っていても全然おかしくない。

ちなみに、映画では校長から特別支援学校への入学をすすめられ、ママが「そんなところでタイヤの修理方法勉強させません」なんて言い返している。

個人的には、史実に基づいたやり取りなのかという点でちょっと疑ってる。

というのも、当時の特別支援学校には簡単には入れなかったらしいからだ。教育を受けられる障害者は全体の5人に1人程度。軽度だからほいほいと入れるのだろうか。

それに、修理工の授業なんてあったのだろうか。卒業後、施設にぶち込まれるのであればそんなもの必要ないわけで。ここは有識者コメントを求む。

■1960~1979年

ガンプがベトナム戦争英雄になった1960年代

血の日曜日事件アラバマ州舞台でありながら公民権運動スルーしたことで、白人礼賛の保守映画認定されがちな本作であるが、1960年代黒人だけでなく障害者にとっても革命的な時代だった。

1963年には脱施設化の転機である精神病及び精神薄弱に関する大統領教書(ケネディ教書)」が発表され、

1972年には、Wyatt vs. Stickneyの訴訟で、軽度の知的障害のある人たちは入所施設収容されるべきではないという判決が出された。

公民権運動だって知的障害者に大きな影響を与えた。アメリカ障害当事者団体の中で一番強力な権利擁護運動団体といえば「ADAPT」だ。(まあ、身体障害者向けの権利団体なんだが)

設立者のウェイド・ブランクはガンプのお膝元アラバマ州公民権運動にかかわっており、その運動のノリでADAPTを設立したってわけだ。

個人的には、ガンプがキング牧師に会わなかったことより、ウェイド・ブランクスカウトされてないほうが疑問なわけだ。

■1980~1990年

アメリカ全体が脱施設化に向けて動きはじめたのはいいが、「じゃあどうやって地域で暮らすの」というのが目下の問題だった。

ガンプは走りたいから走っていたが、現実知的障害者たちはそういうわけにはいかない。

結局デモなりなんなりで、「地域暮らしていいよね!」、「俺たちにだって権利があるよね!」と市民了解を得るしかない。

というわけで長い年月がかかったわけだが、1990年に「ADA法(障害を持つアメリカ人法)」という決定的な法律が成立した。障害による差別禁止する公民権法だ。ダン中尉政府おっぱい限界です的な裏事情はあるものの、いよいよ連邦政府障害者の権利を認めたのだ。

実はこの法律ハリウッドにも大きな影響を与えている。

「マイレフト・フット」、「レナードの朝」、「ギルバート・グレイプ」、「フィラデルフィア」。

90年代ハリウッドでは障害肯定的に捉える映画がたくさん作られた。フォレスト・ガンプもこの延長線上にあることは間違いない。

革命なのは2000年代ファレリー兄弟だろうな。いよいよ障害者ご本人が登場しちゃうんだもん。

さて、冒頭のロバート・ゼメキスの話に戻る。彼は障害肯定的に捉える映画企画が通りやすい状況を苦々しく思っていたのかもな。

だって俺、興味ねーし」っていう。

結局ADA法に逆行するような、意思のない愛されキャラフォレスト・ガンプが作られたし、世間もそれに乗った。

まあ、素の「俺たち」は苦々しく思われているわけだ。

知的障害者だって苦々しく思われてる、それは同じだ。それでも権利を主張してきたし、いくつかは勝ち取ってきた。

今じゃグループホームなんかで暮らしながら、地域生活エンジョイしてる知的障害者もいる。

日本の話だけど、この前バリバラ地域子育てしてる知的障害者夫婦が出てたぜ。ハロー1950年代、これが2019年だ。

から、俺は無能な「フォレスト・ガンプ」をやめて、こいつらを参考にすることにした。権利があるんだって言いつづけてやるさ。

俺にだって自由希望を持つ権利があるし、

俺にだって、周りから尊重されていいはずだし、

俺にだって、平均的な経済水準を保証されていいし、

俺にだって普通地域普通の家に住んでいいんだ。

当然のように、俺たちにはその権利があるんだ。

2019-01-04

anond:20190104133729

それはお前の妄想だぞ。

うちの職場にも、障害者雇用で働いてるダウン症の奴とか居るし、野垂れ死んでなんかおらんわ。

ダウン症の生きる道は「ダウン症として生まれてきたこと」を武器にしておままごとするしかないみたいな思い違いが、ダウン症の子を殺すんやで。

まぁ、本当にダウン症武器にしてのし上がってしまった、バリバラあいつに憧れてるダウン症の奴は多いだろうが。

2018-12-27

anond:20181227054823

障害者ネタに出てくるだけで未だにこれだけ不適切だのの扱いを受ける

バリバラ障害芸人達も奮闘しているが、なかなか社会を変えるまでには至らないものだね

2018-08-29

anond:20180829112304

特に好きでも嫌いでもない層だけど、何事も「ゴリ押し」は嫌われやすいわけで、テレビ側は反発が大きさ込みで製作して話題作りの道具にしてんじゃないの?

直感動だけであの膨大な尺を消費するのは凄く勿体ないなあと思う。

障害者あるあるネタお笑い番組、健常者への毒吐き、ただの失恋話、障害者はでるけど主役でもなく感動もなく普通に面白いドラマ、とかそういうの作ればいいのに。

NHKバリバラはそのタブー無視してて結構攻めてるよね。

24時間って障害者特別にして健常者との溝を広げてるようにしか見えないんだよね。

2018-08-26

anond:20180825225946

今日バリバラ生放送がこういうテーマだった

視聴の主体障害者フォーカスしていくにはどうするかっていう感じ

それにしても放送時間が短いよな

せめて1時間くらいあってもよさそう

2018-07-30

身体障害者だけどテント泊でフジロック行ってきた

体幹5級です。難病患者で疲れやすい。車いすではない。杖ではない。ずっと立ってるのつらい。長距離歩けない。

良かった点

1,11年前にフジ行った時はヤマト運輸荷物を送ったのですが、えんじ色のヤマト運輸かまぼこ型の建物に、みんなの荷物が山になっていて何百もある中を、一つ一つ自分のを探した。周りの人と協力して名前を聞いて「それ出てきたらおしえますから!」なんて言ってた。

今回フジ行くことになって一番の懸念事項が「ヤマト運輸荷物探し」だったんですよ。くそ重い荷物のなかで、ひっくり返しながら自分荷物探していくなんてできないよー。

今年行ってみたら伝票をバーコードでやって、奥の棚からヤマト運輸の人が持ってきてくれた!事前に心配していたことの大半が、この時溶けていったのだった。

2,体力を温存するようにしていたので、テント出るのを昼過ぎかにした。

オデッザの後、「なんかわたしまだ元気じゃん?これからアンフェアとか行っちゃう?」って思ったけど、ホワイトからテントまでの遠さを思ってやめた。

全身濡れて辛かったので、スクリレックス途中で帰った。睡眠時間取ることを心がけました。

3,子供を連れて行かなかったこと。ほんとにあの暴風雨は死を予感したので、連れて行かなくて良かった。

つらすぎて面白い

1,土曜夜の暴風雨テントがぺしゃんこになり、髪と服びしょ濡れでテントの布の中に挟まって時を過ごしたこと姿勢は、寝てるから辛くはないが、トイレに行ったりテント状態見るため外にでるとびしょ濡れになる。一応モンベルゴアテックスみたいなの着てたけど5年ぐらいたってるから、濡れて不快暴風雨のなかわたしは4回トイレに行った。(傘なし)

クラフトビール利尿作用すごい。

風に恐怖を感じたし、もしここで飛んできたポールがささって死んでも、SMASH責任を問わないでくれと思いました。(スマッシュ go round

2,レッドマーキーの脇から入口の、あの草生えてるところの傾斜角度。ここにゲート作るって正気じゃない。転びやすいので怖かったです。

3,防風雨の後の日曜帰るので、びしょ濡れでくそ重い荷物多分10キロぐらい、テントサイトからヤマト運輸までかついで持ってった。かたつむりの速度で下をむいて歩いてく。それからまた、シャトルバス乗り場までが遠い。

提案

自転車タクシーを50台ぐらい導入してほしい。長い距離歩けない人とか疲れた人とか。

バリバラメンバーフジロックに連れて行き番組をつくってほしい。

2018-07-09

鶴瓶の家族に乾杯

ほんと不愉快番組だな

高齢家族が好きで観てるけど

この番組パワハラセクハラの講習にそのまま使えるんじゃないか

やってはいけないことの悪い見本としてさ

あと普通に芸能人が来ましたで~~さあ喜んで喜んで~~って感じで行くのが不快

映りたくないですって人もいるんだろうけどそういう人は普通に編集で切られてるのか

それとも田舎町の同調圧力的に断りにくい状況でそれすら難しいのか 

NHKって先鋭的な価値観番組とこういう旧弊ものが同居してるのある意味すごい


(7月10日追記)

反応が結構あってびっくりしてる

介護していて、被介護である高齢家族が好きで見てるので

チャンネルはどうしても変えられないんだよね 観ないですむならほんとは変えたい

そして介護ながら見聞きしている状態からかにそこまで細かくは視聴できていないと思う

思い込みで言ってる部分も確かにあるなと思った

この番組が苦手なことは変わらないけど、事実と違っているとこは素直にごめん

番組について色々書いて下さった方ありがとう

 

自分介護をしているまさに家族現場

一定以上の年齢の男女には夫または妻がいて子供や孫がいてもしかしてまだ両親もいて、幸せもの

それについて言及したり尋ねたりすることは失礼ではない、

みたいな価値観が疑われない前提で番組が進んでいく感じを

何年も毎週繰り返し見続けるの苦痛だなって話をしたかったんだけど

取材を受ける当事者環境田舎同調圧力うんぬんの部分は

かに余計なお世話自分が言うべきことではなかった ごめんね

そして被災地方面の方々は本当に心配だね…

バリバラハートネットTVのような多様性について紹介する番組がある一方で

家族なら大人なら○○していてあたりまえ、という感じの番組もある

件の高齢家族バリバラバカにしながら見ているので、それにつきあうのもつらい

うちの家庭環境はこれといって乾杯ではないって話でした 以上です

2018-02-13

R-1決勝に視覚障碍者が出場するそうだ

バリバラを見ていて思った感想だけど、

こういう抜出した個性の人はそれにかまけてしまって、

間の取り方がイマイチだったり、内容がオーソドックス個性ごり押しになりすぎる印象がある。

個人的に脳性マヒブラザーズなんかはもっと笑い取れると思う。

この人のネタはまだ見たことがないけど、そうでないから決勝まで残ったんだろう。

期待したい。

2017-11-09

バリバラ

録画してたバリバラを見た。

バリバラは気が向いたときに見てる。

自分は、難病を患って闘病生活送った後に重度の身体障害が残ったアラサー女。

障害は今でも少しずつ進んでる。

NHK バリバラ | 特別企画 脱・MZK! (最もズレてる健常者)

http://www6.nhk.or.jp/baribara/lineup/single.html?i=590#top

私は、バリバラに出演されている方ほど自分障害についての考え方を確立できていない。

できることなら今すぐ障害を取り去って走りたい、シロツメクサの上を転がりたい、海に飛び込みたい、雪に身体を埋めたい、境目がわからなくなるぐらい誰かを抱きしめたい

放送を見てハライチ岩井さんについて思ったのは、たぶん素直な人。障害のある人を身近に感じられなかったがゆえの他人事感。

でも、障害のある人だって障害のない人や自分と別の障害のある人の苦労とか存在を身近に感じられていないことが多いと思う。

障害のある人同士でも障害の種類や程度が違えば、壁を作ったり差別している現場を見たこともある。

何が言いたいかというと、岩井さんと友達になりたいなってこと。

岩井さんが好きなロックバンドは、私が20年以上愛してきたバンド。同じバンドを深く愛せるっとことは、心の深いところでつながれるということだと思ってる。

一緒にライブに行きましょう。そうすれば、障害があるから違うこと、障害があるけど同じなこと、わかると思う。

自分障害が無くなる代わりに、他の誰かが障害者になるとしたら」という岩井さんの質問に対する私の答えは、

みんなで分け合えたらいいのになということ。約100年の人生の中の少しの時間障害のある時間を生きてみたら誰しも得るものがあるはず。

障害のある人も、障害のない時間を生きてみたらどう思うかな。想像するほど自由じゃないかもしれないよ。

でも、そんなことはできない。でもでも、想像はできる。経験や想いを共有することはできる。そのことを加速させるために、学校職場趣味の場、街で、障害の有無とは関係なくつながれる社会にしていきたい。

岩井さん、ライブ会場で客席を見回してみてください。絶対障害のある人がいます。同じ空間で同じように音楽を楽しんでいる障害のある人がいます。実は身近にいるんですよ。

2017-10-17

ホモホモ代表する問題

どこかのゲイ保毛尾田保毛男が嫌だといったそうだ

おれがゲイだったらおそらく嫌だろうなとおもってその時はうなづいていたんだが

知り合いのゲイに聞いてみたら、「あんなのいいに決まってんじゃん」と言ってきて驚いた

そんなもんかなと思っていたらそいつがやってる店(2丁目)ではわりとみんな好意的な感じだった

だけどネットでは炎上し、フジテレビ謝罪した


ノースフェイスリュックが「ホモランドセル」として流行っていると話題になったが

名付け親ゲイコミュニティ冗談からだそうだが

それについてはむかしからその知り合いは否定的だった

ゲイ自分からネタにしたんだからOKなんだよっていうブコメみて何言ってんだって思った


何が言いたいかって、当たり前なのだが人によって違うという話


よくよく考えればそうだ

どこかの男が男を代表することにイラっとすることがあったからだ

男は強者だというなら女の人は女で考えればいい

どこかのオタク勝手オタク代表してるのを見てイライラたことがない人だけが石を投げなさいみたいな

オタクだっていろいろだろう、オタクオタク意見戦わせてるの見たことあるだろ(というか、それしかたことない)


県民ショーで自分出身県を代表して適当なこと言ってる芸能人が嫌だし

そして個人的な話だけど、僕は障害を持っているのだが、ぼくはNHKバリバラが嫌いだ

そんでなに勝手24時間disってんだよ、お前に何の権限があるんだ!かってに代表スンナ!と思った

感動ポルノとか知ったことを言うな

そんではてなの連中が「いやー意義のある番組だよね~」とか言ってるのが腹立つ

個人的ハゲ芸人ハゲネタが一番来る。

そう、僕は頭がちょっと薄いのだ

ハゲ自分ネタにしたからOKなんてことになるんだろうか?おれはネタにしてほしくないのだが


名誉弱者がかってに俺の代表して

自分弱者ステータスを利用して金稼いで

そんで強者がそれを利用して正当化する感じが嫌だ

もっと多様なんだよ、もっとグラデーションなんだよ


多様性~とかいって、ゲイのだれかがいったことすべてだと思ってゲイのかたもつやつ全然多様性じゃないだろと

障碍者も多様だぞ

多様性ってのは行きつくところでいえば個人だろ

ゲイの味方とかしてる時点で多様性じゃないんだよ


マツコがいつだったか私がゲイ代表するのはまずいみたいなことインタビューで言っててなんとなくわかるな~と思った、ゲイじゃないけど

自分は今働いている会社で唯一の障碍者だけど、周りの人にとっては私が障碍者のひな型になってしまう。それが怖い。

もっと多様なんだよ

2017-10-02

anond:20171002011842

例えばNHKバリバラや、海外ポリコレ配慮した映画ドラマは叩かれてないわけだよね。

ホモを扱うな、触れるな、とは誰も言ってない。保毛尾田保毛男けが叩かれてる。

扱い方を知らないから叩かれてる。

2017-09-29

anond:20170929220659

障害者差別はもともと「悪いこと」だと社会共通認識があったし

それと同時に障害者を「健気でかわいそうな人たち」と見る抑圧があった

感動ポルノ」とかね

その抑圧に障害者番組も加担していたのではないかという反省からまれたのがバリバラ

そのバリバラも結局は「感動ポルノ」に対する逆張りにすぎないのではないか

すべての障害者バリバラ出演者のようになるべきと思われても困る、という意見も既にある

保毛尾田保毛男とバリバラ

保毛尾田保毛男って前世紀の(悪い意味での)遺産とか負債とか叩かれてるけど、

常に迫害を受けつつも、乗り越えてきた、ハゲデブチビメガネやら、バリバラの自ら進んでネタになっていく精神とは全然違うのね

被差別意識を持たせてしまってる世の中も悪いけど、当事者が開き直らんと好転せんよ



詳しくは明かせないけど自分もいわゆるマイノリティー的な側面を背負って生きてるから(数年前にまた重荷が増えた)、気持ちはわかる。

わかるけど、

「俺ホモなんですよー!」って明るく言われるのと、

「俺……実は……やっぱりいいです」って隠されるのって周囲の反応が違って当然だと思うのです。

(実際背負ってる案件で周囲に明かせてるのと明かせてないのが混在してるから、割り切れないという気持ちはわかるのですが)

実際ゲイ方面の方って、ネタにして割り切って、振り切って自分武器にしてる人が多いのに勿体ないなーって。


自虐とはちょっと違うかな。

ホモでもない人が、典型的な(典型でもない差別的な)キャラクターを作るってことに反感を覚えることは否定しないけれど、そこを否定したら、コントとかキャラ作っての演芸方面コンテンツが終わってしまうとも考えられる。

バイトリーダとか、良くいるショップ店員的、とか大御所演歌歌手なのはOKなんでしょ?

じゃあ、そういういじられても平気でいられる地位を作っていかないといけないんだと思うんだけれど、そーゆーふーには進んでいかんのかねぇ

2017-09-11

バリバラで寝たきりの芸人の人が一発芸で、

自分シーツかけて死体

自分花束のせて、やっぱり死体

ってネタやってた

それに対して2chでは、同じように寝たきりの人に対しての配慮にかけてる、みたいな意見があった

まあそれを書いてるのは健康人間なんだろうけど

でも実際そういうこと言い出したらキリないよなあ

万人を納得させるものなんてそうそうないし

いちいちケチつくたびに自粛してたら何もできなくなっちゃうよ

かといって配慮しなくてもいいとも思わんけど

難しい問題だなあ

ちなみにうちの両親は二人とも福祉関係仕事してるけど24時間テレビとかまず見ないな

2017-07-01

バニラエアの件でいすみ鉄道社長ブログ賞賛の声が集まってるのが

いすみ鉄道 社長ブログ

車いす飛行機に乗る時は

http://isumi.rail.shop-pro.jp/?eid=2918

この記事にすごい数のブコメがついてる。

「腑に落ちた!」

結論出たね」

「人の気持ちに寄り添った優しさ」

完璧正論

「すばらしい」

「完全に同意

もやもやを代弁してくれた」

中立的

怖いんですけど。

中立記事入り口ちょちょっとバニラの非を指摘しといてるだけじゃん。

何と何の中に立ってるの?

事前連絡あったら断っていたらしいけど?そしたらはいじゃあ諦めますと言うのがあるべき姿ってことか。

最後のほうの「今回限りということにしましょうね」って言い方、

小さい子に「おりこうさんにしましょうね」と言うかのような言い方でゾッとする。

おりこうさんにしといて変わる社会ならよかったね。

この記事ブコメ群を見たとき

先日のPRつけるつけない騒動ときの徳力氏エントリ思い出して、

え、まさかこれでめでたしめでたしって収束してしまう?と怖かったけど、

いまだに騒動おさまってなくてほっとした。

実際、この社長が身近にいたらいい人なんだと思うよ。

同業者事情とか、健常者への迷惑のことはすごく考えてくれてるもん。

でもこの騒動に対するこの見解は、争点の捉え方は、

正しいものとは思えない、

そんな意見が半分くらいあってもいいと思うのに、

こんなにも絶賛の嵐なことに絶句

優しい文章って、多数派にとって気持ちがいい文章、ということ?

社長が言う「他の人に迷惑をかけないように」をすべての障害者が遵守していても、障害者迷惑のかからない社会がどんどん勝手に実現したらいいのにね。

パイオニア」と揶揄されなくてもよくなればいいね

NHKさんお願いします。

バリバラ議論してくれませんか。この騒動について。

2016-11-28

乙武さんは弱者なのか

乙武洋匡さん、離婚理由を語る

http://www.sankei.com/entertainments/news/161127/ent1611270010-n2.html

について。

実際見たのと記事では全然印象が違うのはいものこととして。

「これだけ身体的にハンディキャップあってバッシングされるのもすごいですね」というのはその通りで、このバッシングは、障害者という弱者に対するイジメ、というよりははるかに、強者に対するやっかみに近いと思います乙武さんがそこまでの存在になったことに関しては、本当にスゴイな、と思います

記事には出てきませんが番組では、乙武さんが実は話したかった話題、として相模原事件パラリンピックの他に、24時間テレビバリバラも挙げていました。かなり面白い話になったはずです。他にも今年は乙武さんに語ってもらうべき話題が多かったと思うので、非常に残念に思います

まあ、まだ怒っている方もおられると思うので申し訳ありませんが、個人的には人の家庭の不倫とかどうでも良いのですみません

あと、これは前から言いたかったことで、ついでに書いてしまますが、『五体不満足』は今、是非とも読むべき、読み直すべき本だと思います

というのも、私がこれを初めて読んだのは、Twitterで「手も足も出ない。あ、初めからなかった」みたいな障害自虐ネタを連発しているのを知った後で、その頃にはすでに乙武さんは成功者であり強者側でした。

そうなってから読んでみると、スゴイな、とか、面白いな、とは思いましたが、感動する、とかましてや、号泣する、というような感じはありませんでした。というか、どちらかと言えば、一言でいうとあの本は「自慢」ですよね。My Way的な。

もちろん、それだけではないのはわかりますし、あえてそのような面を強調している意図理解しているつもりです。それでもさすがに号泣はしない。

そう考えると、本が出始めの頃に感動して号泣していた人がいたとすれば、それはおそらく、障害者弱者としてみなして、いわば感動ポルノ自分勝手に作っていたのではないか。そんな疑念があるのです。

そういう観点で、『五体不満足』を今、もう一度読んでみて欲しいと思います。初めて読む人もそうですが、昔読んだ人には特に、以前との感想の違いを感じて欲しいと思います

それが結局「差別」ということではないか、と思うわけです。

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