はてなキーワード: アクセサリーとは
二次創作には手を出さない系オタだったのに、別ジャンルにハマり支部を見るようになったが最後、自分でもかきたくなってあれよあれよという間に始まってた。
自分で二次創作して、それを他人が見てリアクションするというのは、かなり衝撃的な体験で新しい感情が生まれたので、忘れないように記録しておく。
ツイッターに絵をあげて、それに対して好評価のリプをもらった時、「二次創作はポイント二重取りだ」と思った。
自分にしか生み出せない、自分の性癖を反映した推しに対して「てえてえ〜〜〜!!」となる。
誰のためでもない、完全に自分を満足させるために作ってる。
誰のためでもなく、自分のためだけに作った物に共感されるってすごいことだ。
見ず知らずの人が自分の作った物で「てえてえ〜〜〜!!」となってくれる。一緒に「てえてえ〜〜〜!!」できる。
それがとてつもなく嬉しくて楽しかった。
仕事で作った物を評価されるとか、ハンドメイドのアクセサリーが売れるとかとは、全く違う体験だった。
もちろんそれを評価されるのは、二次創作とは違う種類の喜びがあるけれど。
経験がないから憶測だけど、多分オリジナルのキャラや漫画を評価されるのともちょっと違う。
ビジネス関係なく自分の好きなものを作ってても、それが「推し」か「推しじゃない」かでちょっと感覚が変わると思う。
まず前提に「推しに対する愛」があり、公式で供給されない部分を自分で作って補う。それに対して共感してくれる人と一緒に尊ぶ。
という、あくまで主軸は一貫して「推し」であることがこの体験の要な気がしてる。
まあつまり、私の人生に新しい悦びを与えてくれた推しに大感謝!
そして、私の拙い二次創作を尊んでくれる同担さんたちに大感謝!
それに尽きます。
こいつの反応見ればわかるけど、元増田の話、明らかに「男臭さ」が抜かれてる創作っぽいんだよな。だから批判する女がほとんどいない。だってセックスしてないからね。
男が実際に書くと男くさくて女は見てらんないから。創作でも事実でも。
経営者って言っているけど金を稼いでいる所とかそういう部分が妙にあっさりとしていて、金持ちだと言う部分がポルシェとブランドのアクセサリーしかない。
本物の金持ちってブランドで金を誇示しない。貧乏なのにブランド持ってる奴沢山周りに居るから。自分がどんな事業をしていて、どのように稼いでるか言うの。
ブランドで金持ちを語るのは情報商材売ってる奴とそれに騙される女だけ。
「25歳も差があれば金だけ貢いで養うのは当然」みたいなフェミの夢みたいなのを感じる。当たり前だけど「女の子と一緒にしっぽり飲むだけで幸せ」なんて男居ないから。老人でもチンポでしか女みてないから。
「昔遊んでいて枯れた男」の設定も女の夢。男ならわかるけど、「経営者で」「昔遊んでいて」「ガールズバーに行ってる」時点で若い子食い散らかしてる性欲の権化しか居ない。
場末のスナックに美人の女なんかいねーよ、現実見ろ。安給のサラリーマンのオッサンを股間で食い止めるのに精いっぱいなのは単純に器量が足りないから。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/89010?media=frau]
この記事を読んで自分は今、ずいぶん前に振った恋人に、ようやく失恋したらしい。
そして、「佐藤との時間に面白味を感じられなかったのかもしれません。新しいインプットが佐藤からはもらえなかったというか」。
この言葉が頭に流れ込んできた瞬間、脳みそ溶けそうなくらい泣いた。なんでかはわからなかった。
でも、ちょっとずつ、言葉に、カタチになってきたので、このネットの隅っこに書き残させてもらいたい。
生まれて初めての、両想いの恋人だった。大好きだった……と思う。
就活をして、社会人と話して自分の人生の在り方を考えているうち、相手の世間知らずさにいらいらすることが増えた。
増えた、と言うか、今まで見て見ぬふりをしていたものが噴き出しはじめたのだと思う。
自分に尽くしてくれる良い人だと思っていた。自分の夢を応援してくれる人だと思っていた。でも、あの人の夢を、自分は知らない。
あの人は、この一度きりの人生で、いったいなにをしたいんだろう?
あの人の生き方に疑問をもった瞬間、急激に気持ちがさめた。気の迷いかもしれないと思って数カ月は耐えた。
でも、無理だった。このまま一緒にいるのはお互いの時間の無駄だ、と思ってさようならをした。
よくある別れ方だと思う。
数日間はさすがにかなり落ち込んだ。(振った側のくせに勝手なものだが。)
最後の日の、元恋人が泣く情けない姿も声も、言われたイタイ言葉も、ぜんぶ脳裏に焼き付いて離れなかった。
自分がわるかったのか? しんどかった。
でも、その次の週、今めちゃくちゃに好きな推しをテレビで見つけてしまった。
行った場所、たべたもの、思ったこと。なにげないことを報告できた人がいなくなって、からっぽになったぶんを埋めるように、推し活にのめりこんだ。
それから今までずっとずっと、「別れてすっきりした」「推ししか勝たん」と、自分にも、周りにも言い聞かせるようにして過ごしてきた。
実際、別れてからというもの急に就活が上手くいきだしたり、勉強に集中できるようになったり、良い事の方が多かった。
共通の知り合いから、あの人が「理詰めで振られた」と話していたと聞いた。
「あの程度で理詰めと思うなんて、社会舐めてるw」そう思った。
ほかにもたくさん、あいつがくすぶって、ダサい生き方をして、おもんないツイートをしていることを聞いた。なんなら見た。(バカすぎ。しにてえ。)
ダサすぎて、不器用でしょうもなくて、面白みがなくて、逆に笑っちゃった。でも、笑った後は、いつも虚しい。
Googleフォトのハイライトに表示される3年前の自分が、もらったアクセサリーを身につけた笑顔の自分が、
そういうところが好きだったんじゃなかったの? と、問いかけてくる気がした。
別れの理由が、「世間知らずだから」とか「一緒にいても得るものがないと思った」とか。
自分でも なんて最低なんだ、と思った。そういうところも受け止めるのが「愛」だと思っていたはずだったから。
あの人を愛していたはずの自分が、"悪者"で"酷い人間"になるのがつらくてしょうがなくて、理論で武装して、自分を正当化した。
「理詰めで振られた」、本当にそうだった。今なら元恋人の言い分を認められる。
あの人の心に傷を残してしまった(かどうかはわからんが…)自分のことを、何よりも自分自身が一番許せなかったんだと思う。
別れたことで今自分は幸せなんだ、自分は正しかったんだ、と思いたくて。
そんな自分と、そんな醜い自分の心を悲しむ自分が、ずっと戦っていたんだと思う。
そんな風に、ぐちゃぐちゃともつれた糸みたいな思いを抱える日々がダラダラと続いていたが、今日、冒頭に紹介したこの記事に出会った。
伊藤沙莉の演じたかおりと自分は、記事を読む限り、少し似ているように思う。
「普通」がイヤだったのだ。いろんなことに首を突っ込んで、少しでも周りと違う自分でいたかった。
あの人は「その向上心が好き」と言って後ろから見守ってくれていた。
「佐藤との時間に面白味を感じられなかったのかもしれません。新しいインプットが佐藤からはもらえなかったというか。」
これだ、と思った。この言葉が身につまされすぎて、涙が止まらなくなった。
自分の抱えていた思いは、これだった。
消費者でしかいられないあの人に、面白みを感じなくなったのだ。
出会った頃のあの人は、不器用だけれど必死に考えて、ものづくりをして、独自の世界を表現しようともがいていて。そこが好きで、尊敬していたのに。
いつのまにか消費者の立場に甘んじるようになったあの人が醸す「きみ"は"すごい」という空気が、限りなく居心地悪かった。
そして、それに続く伊藤沙莉のもうひとつのことばが、自分に"赦し"をくれた。
「佐藤と一緒にいて、アウトプットばかりすることに疲れてしまったのではないでしょうか。」
疲れてしまった。ああ、そうだ。そうなんだ。
自分は、疲れていたんだ。
やっと、「面白みを感じない」のは「疲れる」んだって気づけた。一緒にいて疲れる。それは十分に別れる理由になると思う。
とんだ最低で薄情な人間だ と、心のどこかで自分を責め続けていたけれど、ほかのひとも抱えうる気持ちなんだと知った瞬間肩の力が抜けた。
これも、さよならするための十分な理由にしていいんだ、と思えた。
めっちゃくちゃ泣いた。ようやく、「自分はこれでよかったんだ」と心から思った。
「別れた方が楽しい」とかいう、自分を正当化するための逆張り感情ではなく。
Googleフォトでアーカイブに入れて目に入らないようにしていた元恋人の写真や、LINEのスクショ。
それらを一枚一枚手に取って、眺めて、ひとつひとつ噛みしめながらゴミ箱へ移動させた。思ったよりも枚数が少なかった。
3年、ながいようで、みじかかった。キラキラしてた。ようやく、あの人のことが好きだった自分のことも、認められた気がした。
60日後の自動削除を待たず、ゴミ箱を空にした。めちゃくちゃ泣いた。
長かった。別れてから結構経って、ようやくじわじわと傷ついて、悲しんで、懐かしんで、「今までありがとう」を心から言えた。
半年分くらいは出たんじゃないかってくらいの涙に乗って、あの人を嗤ったどす黒い自分も流れ落ちていった気がした。
ポジティブな意味で、あの人のことがどうでも良くなっていった。
あの人に「大口叩いて別れたくせに大した人間になってないじゃん」と思われるのが怖くて、デキる人間でいようと気を張っていたけれど、それもどうでもよくなった。
そして、「女々しい」だの「味しねえ」だの文句を垂れた推しの失恋ソングを聴いて、泣いた。
今まで自分は"失恋を"していなかったから、歌詞の気持ちがわかんなかったんだなあ。
そんなわけで、別れを告げてかなりの時間を経て。伊藤沙莉のことばのおかげで、私は失恋した。
ようやく、後ろを振り返らずに、前だけを向いて歩いていける気がする。
ここまで付き合ってくれたみなさん、ありがとう。
私と同じように自分を責めているひとに届くことを、願ってます。
中卒の両親の元に生まれた末っ子の私は、学費はもちろんの事、大学の受験料すら自分で払えと言われ、おまけに宗教一家の三世だか四世のため宗教絡みもダルダルで、親ガチャ当たりとは到底言えない人生だったと思う。
両親と同じように10代でデキ婚するだろうと思われていた私は、両親の期待外れに真面目に育ってしまった。
無駄に進学校に行きたがり、大学に行きたがり、学費がかかって迷惑極まりない子供だったんだろう。
さっさと子供を作り家を出てってくれたら親孝行になっただろう。
楽観的なものの見方が出来ず、常に何かを疑い、批判的にものを見る私は、後先考えずに行動する家族に毎日いらついていた。
子供に払う金もないのに犬猫は飼いたがる両親の金銭感覚にはほとほと呆れ絶望していた。
生きてるだけで金がかかるし、自分に莫大な金をかける価値も無いんじゃないかと思うと、生きていることすらバカバカしくなって死にたいと思った。
でも、自分の力でここから抜け出すために、幸せになるために頑張ろうと思った。
私だって学費も、留学費用も、通学代も、全部出してくれる親の元に生まれたかった。
入学祝いにブランドのバッグを買ってくれて、20歳の成人祝いには花束とブランドのアクセサリーをプレゼントしてくれるような親の元に生まれたかった。
でもここが私の人生だし、仕方ない。
ほんとにきつくなったらまあ死ねばいいかとライトな希死念慮はずっとあった。
25歳まで実家で暮らして貯金をしてから家を出て良い人がいたら結婚して、そんな将来が来たらいいなと夢を見た。
そんな矢先、姉が実家に舞い戻ってきた。
姉のせいで家は崩壊した。
私も疲弊した。
家の手伝いも何もせず、何を言っても言い訳ばかりの姉に、存在しているだけで腹が立って仕方なかった。
朝ごはんもお弁当も作って貰って、部屋をゴミ屋敷のように散らかしては掃除も親に任せていた。
もうただの怠けた豚にしか見えなかった。
友達も彼氏もいない、職場でも散々な態度をとってる姉はどこに居ても孤独で、それを発散するかのように自宅でYouTubeを大音量で流して大爆笑し、耳障りで仕方なかった。
それを申し訳ないとも思わず他人に迷惑をかけっぱなしで、自分がこうなったのは、親のせいだと他責思考で居続けた。
幼少期にまともな環境で育たないと愛着障害で精神的に不安定になりやすいのだと主張し、自分の現状をただ親のせいにして何も反省しなかった。
そうやって親のせいにしてたら楽だろうな、自分は何も悪くないって思えるから。
同じ親の元に生まれた私は、朝ごはんもお弁当も自分で作って、職場の人間関係も良好で、友達もいて 、彼氏もいる。違いはなんだ?
親のせいにして自暴自棄になってたって、そこから生まれるものがないってわかってるから。現状を良くしたいなら頑張るしかないのにそうやってずっとずっと親のせいにして1ミリも成長してないなんて恥ずかしすぎるから。
迷惑をかけてない私が、なぜ?
出ていくべきはお前のはずなのになぜ私が責められないといけないのか分からなかった。
妹にナマケモノのように扱われ、疎まれ、妹のように上手く行かないことが辛かったんだろう。
わたしは今は一人暮らしの費用のために、仕事を終えてからパパ活をしている。
夜遅くに帰れば姉と接触する時間も減らせるし、お金も貯まるから。
けれど、どれだけ疲れていようと、遅くに帰ってきても、翌日も早起きで仕事をこなさなければいけないのはさすがに疲れてきた。
どうして、私だけがこんな思いをしなければならないのだろうか。
だらけた姉が家で母の作った夜ご飯を食べている時に、どうして私はおじさんとご飯を食べていないといけないのだろう。
早く幸せになりたい。
30万のアクセサリーを誰でも買えるとは言わんだろ
ここは壁打ち日記感覚で使っていいという考えのもと病院行けとしか感想が出てこないクソ駄文を書く事になった。こんなもの書くくらいなら早寝した方がマシなのに何やってんだろう。
今月2人と音信不通になった。
1人(多分ブロックされた)は何が原因かなんと無くわかる。同意の元でとった行動がおそらく原因だ。でも、同意の元とは言ってもこちらは本気、あちらは軽い冗談、その場のノリだったのだろう。社交辞令を見抜けなかった自分が恥ずかしかった。ごめんなさい。
その人はネットで知り合った仲だった。(あくまで)自分の中では長い付き合いだったし、ネット上での言動を知っていても、リアルでのその人の性格は知らなかった。だから「合わなかった、仕方がない、ネットなんてそんなもの」と思うことにした。きっと、その人にとって私と縁が切れたことはいい事かも知れないし。
もう1人は理由が分からない。でもその人に対して気に触ることをしてしまったんだろうな、とは思う。嫌な思いをさせて申し訳ないとも思う。でも、何が悪かったかわからない。
付き合いが長く喧嘩することは今までも多かったが、この歳になってまだ喧嘩をするのか...と若干呆れた。でも理由は双方にあるので自分だけが上から目線な感想を持ってはいけない。
でももしかしたら、ここらが潮時で、縁を切るべきなのかもしれないと思う。きっとあちらのためにも私とは早急に縁を切るべきなのではないか?と思うからだ。
その人は常識は程々にあり、私よりも社会経験はある。自分はその人と考えが違くても、違和感を感じても否定はしなかった。世の中は十人十色だし色々な人がいるから。
でもそれは建前で、実際は「否定したら怒るから否定はしなかった」が正しい。こう考えている時点で、忖度をしていたのだから元々合っていなかったのかもしれない。10来の仲で、同じ趣味を持っている大切な人だと思っていたが、多分私は「10年来」という事だけを重視していたのかもしれない。私はその人個人と向き合っていたつもりでいたが、本質ではアクセサリー感覚で見ていたのかもしれない。
こう考える時点で、私は人としてどこかが歪んでいる。いつから歪んだのか分からない。矯正方法も分からない。
私は喋るのが好きだし人の話を聞くのも好きだけれど、手紙を書いたりSNSで会話をしていても分かる。私は会話のキャッチボールがとても下手だ(業務連絡以外)。毎回返事には十数分くらい悩む。こう返したら自然か?や、嫌な思いをさせないか?とただひたすらに悩む。結果、よく分からない方向にボールを返してしまう。
今月や今までの経験から、私は人の見方が歪んでいる(常に本音と建前がある)、本音を伝えることが出来ない、会話を交わすことが下手であるという事にやっと気がついた。私は友人を作り関係を築き安定させるのがとてつもなく下手だ。
そんな私に振り回された2人は今月自由の身となった。
自分の欠点から、一人で行動をするのが楽で好きでたまらなくなったので結果オーライでは?と思ったが、人とまともに会話ができないのはただのコミュ障なのでやばいと思う。病院行こうかな。
父方のばあちゃんはずーっと俺の母さんをいじめて精神崩壊させてうちの家族をぶっ壊した張本人
マジでクソみたいな人間だから孫5人以上いるうち誰も寄り付かなくなって俺しかいないからめっちゃ喜んでる
ばあちゃんは金だけは持ってて浪費家で有名ブランドから誕生日にシャンパンや花束が届くレベルでバッグやアクセサリー死ぬほど持ってる
だいたいのことは金で解決するのにこれでも人が寄り付かないってのがばあちゃんのやばさが分かると思う
「ばあちゃんこれ持っていっていい?」って目の前でブランド品見せたら
これを毎週繰り返してる
色々調べてたら前持ってきたバッグはエルメスのバーキンっていうやつらしく
状態悪くなければ100万以上はするらしい
俺は大人でございますみてぇな達観してますみてぇな態度取りつつ、国がどうの政治家がどうの他人がどうのと文句だけには心を込めやがって、自分が努力しなきゃいけなくなれば達観を装いつつ逃げやがって
大人になれば天井が見えるとかいうやつも、何で天井が見えたら昇るのやめんだよ、天井へ触れられるまで努力すりゃ良いじゃねぇか、お前の成長限界まで突き進めば良いじゃねぇか、何で成長限界を目指さねぇんだよ、天井に触れて、それが本当にお前の限界なのか確認しろや
実力も運のうち、確かにそうだよ、金持ちのボンボンと俺達を比較すりゃスタートラインが違うだろうよ、そんなものは当たり前なんだよ
だがそれがお前が頑張らなくて良い理由にならねぇだろうが、妬み辛み怒り悲しみ、自分のクソみたいな感情を推進力にして頑張っていくしかねぇんだよ
アイツら自分を救わねぇと達観しつつ、誰か救って下さいと懇願するお前は何なんだよ、お前のその矛盾した感情論でお前の何かが変わるのかよ?
お前を救えるのはお前自身だと達観するのならば、お前自身がすぐに動いてお前を救ってやれよ
金があればお前の性根が変わると思うのか?ずっと他人と比較することしかしてこなかったお前の性根が変わると思っているのか?
立場があればお前の承認欲求が無くなると思ってるのか?ずっと他人と比較することしかしてこなかったお前の承認欲求が無くなると思っているのか?
お前らはいつも口々に言うじゃねぇか、個人個人の価値を大事にしろと。お前の価値の基準は他人なのかよ、お前が自分の価値を他人と比較してお前の価値を貶めているのはお前自身じゃねぇか。
お前は知ってるよな?知りながらそれを実行していないよな?
創作活動でも何でも良い、お前がその手で何かを作れば、何かを成せばお前の価値が証明されることをお前は知っているよな?
それを知っていながら実行しないのは何故だ?他人か?また他人のせいか?他人が居るからお前はプログラミングしたり日曜大工したり自転車で走ったりアクセサリー作ったり動画作ってYoutuberになったり出来ねぇのか?
違うよな?????お前が怠惰で卑屈で他人に厳しく自分に甘いからだよな??????
物事を極めるには長期の努力が必要だと知っていて、それを面倒に思って実行していないのはお前自身だよな?
お前が実行に移さないのは金持ちが存在するからか?スタートラインが違うボンボンが存在するからか?
インターネットへアクセスできる性能を持つデジタルデバイスが目の前にあり、そのデジタルデバイスはスタートラインに立てる道具であるのに活用してないのはお前自身のせいだよな?