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はてなキーワード: トップダウンとは

2017-01-15

画期的()ソリューション セキュリティフォントへの期待

自治体から情報漏洩は、僕らの大切な情報漏れることにつながる。総務省の人が言うように、「自治体セキュリティー強化は待ったなし」とはそのとおりだが、ではどうやって?
どうせどんなにセキュリティーウォールを高くしたって、横浜市役所で見られたように職員の手順ミスでの情報漏洩だったり、佐賀県公立学校情報Wi-Fiから故意に盗まれたり、絶対に、情報漏洩は防ぐことはできない。
ではどうすれば良いのか。発想の大転換。
2月に会社を立ち上げるが、「情報漏洩しても大丈夫。」そう、情報漏れた瞬間に、その漏れ情報ホワイトアウト化(蒸発)すれば良いだけの話。その特許技術を世の中に広めたいと思っています。
夏頃から本格化させようと思ったけど、情勢は思った以上に焦眉の急。急ぎます!!あなたの大切な情報を守るために。

2016-12-21

ほよ。研究者の皆様へ・・意見・問い合わせ先一覧

河野議員の一連のブログ記事を読んで分かったこと https://goo.gl/HVLeUc

河野太郎議員
文部科学省
内閣府意見登録システム

2016-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20161207224230

以前働いていた大学研究費の不正使用があってどうしようかとかなり悩んだ。その大学は毎年のようにいずれかの研究室不正使用があって、教授逮捕されている。トップダウンで筋の通らないことでも無理でもなんでも通ってしまうという体質の大学。こちら一人が頑張っても変わらないだろうし、告発するには労力もかかる、リスクもあるので結局告発はせず。でも巻き込まれたくないのでそこをやめた。関係する外部機関からの評判はすこぶる悪く(偉そうだ、一方的だ)、離職率もかなり高かったからよくあることだった。別に大学経営が傾いているわけではないけど、斜陽な感じはあった。違和感があるまま続けてもストレスたまるし、責任押し付けられる可能性もあるから転職できるなら転職するという方法もあると思う(ただ、大学職員は多くはOBなので簡単転職できるかは知らないけど。)

2016-12-07

大学職員入試合否判定について思ったこと

国公立大学職員

たまに学生に間違われるくらいの未熟者だけど、それなりの経験は積んできた。

 

先日臨席した教授会で、ある学科入試(非一般入試)の合否判定が行われた。

 

以下は、資料を直接目にしてはいないが、議論過程で把握できたことだ。

 

判定の原案によると、募集人員(少数)を大幅に超過した人数を合格としている。

募集人員無視しているだけでも、あやしさMAXなのだが、それだけではない。

 

水増しされた合格者の専攻分野が偏っているのである

この原案ボーダーラインだと、特定の専攻分野の志願者のみ全員合格となっているのだ。

特定受験生得点だけ上乗せ操作しているのがモロバレである

 

この背景には、権限強化している学長意向がある。

学長特定の専攻分野の学生数をどうしても確保したいらしい。

 

原案疑義を呈した教授が一部いたけど、結局原案通り承認された。

 

これではとても公正な選抜はいえない。

世間にバレたら間違いなく問題になるだろう。

なにより受験生全員に対して不誠実だ。

それでも、教授会事情を呑み込んで承認してしまった。

組織的不正行為といわれてもしかたない。

 

教授会が終わったあとで、職員たちは「ありえない」と囁いていた。

ちなみに職員教授会構成員ではないのでみずから発言はできない。

 

どこかに告発したほうがいいのだろうか。

 

(追記)

もういちど読まれることはないかもしれないけれど、主な反応にコメントを返す。上ではあっさり書いたので、判定のヤバさが伝わっていなかった。反応のおかげで頭の中を整理できた。

合格者数が多いのは辞退者を見込んでいるので問題ない

一般入試では、その通りだ。合格者数の調整と歩留まり予測は難しく、入試担当者能力が問われる。入学者は大幅超過しても定員割れしても、文科省から交付金補助金が不交付や減額になる。

だけど今回の入試一般入試ではない。合格者は辞退しないので全員入学する。だから一般入試で定員割れする場合を除いて、この入試で大きく超過する必要はない。超過しても1・2割増が一般的範囲だ。上で「大幅に超過」と書いたのは、1・2割程度の超過ではないからだ。

以下はたとえ話だが、募集人員10人のところ、当該専攻の受験生が4位、9位、12位、19位だったとする。19位までを拾いたくてボーダーラインを大幅に下げ、19人目までを合格にしたのだ。合格させたい受験生に相当下位の者がいたということは、公正に採点しようとした採点者がいて、採点の「上乗せ操作」がうまくいかなかったのかもしれない。

合格者超過はこれまでもあったことで問題とは思わない。ただ今回ざわめいたのは、さすがに特定専攻だけを全入させるために、10を19にするのは「度が過ぎてる」ということ。外野から見ても不自然だ。

最終的な入学者数は変えられないので、この措置のしわ寄せは一般入試におよぶ。いま一生懸命受験勉強している一般入試受験者にとって、合格機会が減らされてしまう。

私大入試では、もっと露骨得点操作をしていると聞いたことがある。裏で操作し公平な試験のように見せているのはコンプライアンス的にどうかとおもうが。)

資料ない=証拠ないよね

その通りだ。証拠を出せないか告発しようがなかった。資料入試課が保管している。持ち出せないし、入試課は表に出さないだろうから文字通りのお蔵入りだ。資料には、順位受験番号と(操作済みの)得点結果と合否が記載されている。誰が見ても、順位合格ボーダーラインが不自然なことに気がつくはずだ。

合格者発表の受験番号の並びで、カンのよい受験生高校はすでに気がついているかもしれない。

募集人員を少なくして倍率を高く見せている

少なくともここはそうではない。倍率はそれなりにある。大学はやりたくないが受験機会を増やさざるを得ない。文科省入試改革で推薦入試AO入試の枠を拡大しなければいけない事情がある。

学長権限集中

その通りだ。不正の原因はここにある。学長予算権限が集中し、この数年間で学内雰囲気が変わってしまった。

文科省 > 学長 > 教員

の構図が強化されている。一見ガバナンスの統制がとれ組織経営的にはスマートになった。実際は意思決定プロセストップダウンになり、学長のアメとムチが容赦なくふるわれるようになった。今回の不正判定は、教授会積極的に実行したというよりも、みな学長のムチが恐くて、おそるおそる不正に手を染めたのだ。

この専攻は学長肝いりで実現し、大学広報の目玉になっている。つまりこの専攻の入学者が低調だと、大学にとって都合がわるく学長メンツがつぶれる。このことを関係者全員がおびえている。学長は、交付金をくれる文科省から評価を落としたくない。教員も、学長の意に沿わない判定を出して、学長から評価を落としたくない。なぜなら人事評価予算などの権限を最終的には学長がにぎっているからだ。

こうなると、みな組織の上にいる者の機嫌ばかりを気にする。教育の質や研究倫理や公正な選抜といった大学本来果たしていた機能が弱くなる。なにより受験生のことを考えていなくて大学としてヤバいと思う。

2016-12-01

週間文春「ユニクロ潜入一年」を読んで

今週の文春。

連載なので、具体的に某ファストファッション企業の売り場から見える実態と闇の深さの考察は次号を読まねばならず、

今週は導入部分といったところか。

しかし、今回触れられていたバーゲンと呼ばれる催事間中販売員店舗業務従事する労働者過酷労働環境プレッシャーは、

いくら初めから納得の上で課せられた「仕事」とはいえ、読んでいて本当に胸が痛くなる。

自分にも身に覚えがあるからだ。

自分10年間、某大手アパレル店長をしていた。

アパレル流通においてSPAの中で店舗対面販売部門は、その売り上げを通信販売・無店舗型のインターネット取引に取って代わられつつある。

販売員を長時間拘束し、人件費家賃含め諸経費がかかりすぎる店舗経営というのは、これから縮小の一途をたどるのは明白だ。

売り場は、今、時代に即したやり方でもっとスピーディー情報伝達体系を模索して変化しなければ生き残れない。

しかし、記事を読む限り、そして同業他社の様々な人たちから聞く限り、

いまだに売り場というのは原始的かつ高圧的なトップダウン形態支配されている。

ブランド名商品力だけでは響かぬ、移り気で流動的なお客様が購入に至る過程において、

接客販売」というのは、

商品の力だけでは補えぬ「知識」「信頼」「安心」を生み、ブランドファンを増やすという点において、非常に重要仕事だ。

広告ネームバリュー商品力だけでは補えない、人と商品との「出会い」と「絆」は、

しろ今こそ実店舗経営は他社との明確な差別化を訴求するための、強力な武器になりうると思う。

売り場は、そこに行った者にしか味わえぬ強烈な「体験」がある。

販売員お客様個性に合わせて演出し、魔法をかけ、喜びと優越感を体感してもらう。

だが、その売り場に今となっては「数字」「雑用」「クレーム処理」ばかりが、しわ寄せのように押し寄せる。

働いている人々のポジション賃金も、本社に属する者より低く安い。

過去には現場重視の会社も多々あったが、この不況でグッと数が減った。

年齢が上がり売り場に立てなくなった古参販売員の他業種への流出も、具体的な受け皿がないままダダ漏れ状態

数字キッチリ取れるほどの販売力、心地よいサービス提供する接客力というのは、数ヶ月〜1年ではなかなか身につかない。

しか販売離職率は上がり、キャリアの浅いバイト派遣ばかりで、接客スキルの質の著しい低下も、最近はとても目に付く。

「売り場重視」「働きやす環境」を謳う何社かも、比較すれば他の業界に比べ圧倒的に賃金福利厚生共に水準には全く届かない。

今回のこの連載が、業界においての接客に携わる人たちの労働待遇改善地位向上の動きにつながりますように…と、

応援意味も込めて文春を購入した次第。

2016-11-25

日本人の脱ノンポリ化、左翼志向がまったく新しいサブカル(サブカルチャー)の萌芽になるかもしれない

https://www.amazon.co.jp/七二-仮-高山直人-ebook/dp/B01DDAUVMA

貴方は読んでいるかどうかも怪しいかもしれないが、かつて、私は七二(仮)という電子書籍文化カーストXというもの提唱した。

詳細は実際に書籍を読んでほしいので省くが、早い話が、エリートヤンキーオタクのいずれにも属さな文化階級で、わかりやすく云えば、理性と精神価値を重んじる階層で、エリートとは正反対性質で、精神価値を重んじるお宅と、理性を大事にするヤンキーを足して2で割ったものだ。

今回はそれについて現代視点で少し考えてみよう。

大企業が仕掛けたり、ましてや政治行政実施するわけではないのに、ネットと連動する形で自然と大きく盛り上がった文化現象と言う風に考えれば2000年2010年代の「オタク」も今の「デモ」も類似している。そしてどちらも、世の中の支配的な構造に圧迫された人たちが参画しまくったのだった。

OOAだけでなく、高齢ネット原住民ファッション関連の騒動活躍したこと、東海道新幹線から和製自爆テロリスト」が生まれことなどを考えると、日本の主流もノンポリ優勢の構造ではなくなりつつあり、むしろ今の左翼パルチザン化の流れに合流するような兆しを私は感じている。

いずれも社会の日陰者扱いされた鉄道オタク文化バイクオタク文化大衆文化にぶち上げた「流れ」の当事者たちがもしも左翼に合流するとどうなるだろう。すでに日本でも韓国10分の1の規模のデモは頻発している。「自分がでネット原住民流行煩い大人から無意識バイクお宅にはまっていた人」がこれに加わるとどうなるだろうか。

日本社会の抱える相次ぐ問題である汚職裏社会スパルタ労働(ブラックなんて可愛い言葉はもうやめよう)に続いて、鉄道業界にも政治イデオロギーがらみの黒い噂が立ち込めているという。所謂ネット原住民空間はともかくとして純粋鉄道オタクさえ右翼バッシングが多いのは、単に右翼憎しという日本人としての公憤や鉄道の印象を悪くされたオタクとしての義憤だけでなく文化への干渉があるからだと思う。裏社会沙汰で自身が影響を被ったり、私鉄解体されるために遊び場所鉄道からなくなることもあると思う。

既にJR北海道とか認知症右派団体がらみの大炎上があるわけで、今後もこれに匹敵したり凌駕する騒動汚職が続くことは必至なんじゃないかと思われる。そういう繰り返しがあれば、不満によって私鉄否定論支配的になり、ネオリベに怒りの矛先が向かうようなこともありえなくないだろう。

ポストファミコン世代とかリア充世代とか、30代以上のオタクからすれば「自身弟子左派かぶれ」な人間がすでに左翼の側にある。同じく強烈な文化発信地であって同じように1980年代2010年代時期にトップダウン的な潮流のもとで大衆文化化が進んだ「デモ文化オタク文化左翼(リベラル含み、ネオリベ除く)が手を結ぶ」可能性もありえなくはない。

そういうものを「公のお墨付き」と位置付けて、往年の西側諸国のように大衆文化国民コントロールを円滑する道具にしつつ、対外PRのための政策芸術として用いようとしていた日本の政治からすると、サブカル大衆文化という大きな文化軸に矛を向けられることだけは避けたいと思われる。

2000年代福知山線事故以降、日本エスブリシュメント層は鉄道オタク的な文化嫌悪するようになり、それまで叩く側にあった車・バイクサブカルチャー文化を急に持ち上げだした。そしたら2000年代後半にエスブリシュメント層によるノンポリ道路文化迎合政策鉄道文化政治思想家潰しが激化し、1990年代には等しくのいかがわしいとされた両者は全く別の道をたどった。

一方は冷遇されたためにプロテスト積極的集団となり、一方は厚遇されたために御用化したが、この二極構造が、今まさに変わっているさなかにあると思う。それがどうなるのか気になっているため、最近社会運動テロシーンの動向にはずっと注目しているのだ。

2016-11-18

http://anond.hatelabo.jp/20161118171514

残業をなくしたらどうなったかって記事、少し前にはてブにあがってたね

作業時間としては短くなったけど、トップダウン型の社員裁量ほとんどない事務作業型の仕事に変わったとか

良いとも悪いとも一概には言えないけど

自分もあまり好きではない働き方かもしれない

2016-10-26

「定時を過ぎてから仕事」は「赤信号になっても横断歩道を渡っている」のと同じ。

ルール違反をすればそりゃ早く目的地に着くことはできるよ。

ミスったら車に轢かれて死者が出るのも最悪過労死する残業と同じ。

>だが、果たしてそれが「余計な仕事」なのか?しかし、制度は待ってくれない。余計な時間仕事は全て悪なのだから時間のかからないように仕事をしなければいけないし、そのように命令しなければいけない。

上司から命令される仕事だけで手いっぱいである。だから必然的仕事ボトムアップからトップダウンとなる。このように文化を変えないと多分どこの会社も失敗する。

会議は一番時間無駄なので、削減される。このためますます合意形成という形ではなく、上意下達方式になる。

とまるで「定時のせいでイキイキと仕事が出来なくなった!」って言いたそうな文章だけどそれが反社会的活動という方向に増田はまず意識を変えるべきだろう

お金があったら必要ないものまで買ってしまうのが人間。「残業時間を確保して不必要仕事を買っていた」のが増田会社

無駄遣い止めようや

http://anond.hatelabo.jp/20161022131254

2016-10-22

定時退社を導入するとどうなるか

 定時退社を導入するとどうなるか。私の勤めている会社は1年前から導入したので、どうなるかを書いてみようと思う。(サービス残業休日出勤・持ち帰り残業も厳禁。定時になると文字通り締め出される。)

1.「余計な仕事」をしなくなる、命令できなくなる。

 別に残業できなくなったからといって増員配置される訳ではないので、仕事の量は変わらないし、締め切りも変わらない。だから、皆「余計な仕事」を減らすようになる。

 例として、例えば企画を立てるにあたってA案、B案、C案と作っても採用されるのはひとつだけだから、はじめから2つに減らす、あるいは決め打ちでひとつの案しか作らないようになる。

 これは上司も同じで、複数作成することを命令すれば、当然作業時間が2・3倍増えるため、おいそれとそういった命令はできなくなる。

 だが、果たしてそれが「余計な仕事」なのか?しかし、制度は待ってくれない。余計な時間仕事は全て悪なのだから時間のかからないように仕事をしなければいけないし、そのように命令しなければいけない。

2.ボトムアップからトップダウンになる

 部下の方から採用されるか分からんのに「こうした企画はどうですか?」という作業は全て無駄になるかもしれないし、そうなると「余計な仕事」になるから、部下から企画提案することはなくなる。

 上司から命令される仕事だけで手いっぱいである。だから必然的仕事ボトムアップからトップダウンとなる。このように文化を変えないと多分どこの会社も失敗する。

 上司から部下に指示する時も当然漠然とした指示ではだめで、具体的に指示する必要がある。

3.会議ミーティングが減る

 会議は一番時間無駄なので、削減される。このためますます合意形成という形ではなく、上意下達方式になる。

 まとめると、①会社意思決定を完全にトップダウンにしないといけない、②部下は命令されたこと以外はやらないものと心得なければいけない、③その仕事がはたして定時に終わるか考えながら上司命令しなければいけない、④会議ミーティング時間無駄から減らさなければいけない。ができないと定時退社制度は失敗して、ただのサービス残業強要になってしまうだろう。

 定時退社制度会社文化かえるということだ。本当に変える意識会社がどれだけあるだろうか。

 追記1 個人的には電話が一番の無駄だと思う。さすがにまだ廃止されていないが。

 追記2 この1年を通じて勤労意欲は激減した。他人仕事を進んで手伝う事もしなくなったし、突発的な仕事他人からまれ仕事を憎むようになった。新しい仕事企画も考えるだけ無駄なので考えなくなった。(もちろん正式仕事として割り振られれば別だが。)しかし、ある意味会社は誠実に社員部品機械として扱うようになったのだともいえる。

 ブラック企業は、実際には社員部品機械しか思ってないくせに、まるで経営であるかのように働かせようとする。こうした企業に比べると、わが社は極めて誠実と言える。

2016-10-08

SE仕事自体は好きだが悩んでいる

前線SEで、

現職の社内SE(と呼べるかどうかわからない低レベル仕事から

前線現場に戻るかどうか悩んでいる。

現職は小売系の社内SEで、転職内定先は大手金融機関システム子会社絶対潰れないほど安定している企業

IT技術作業は非常に楽しく、達成感もあるが、

雇われ仕事として行う時は、経験上、冷静に考えると本当に色々難しい問題があることも

認識している。

楽しい仕事が楽しくないものになる要因としては、

・無理、又は無茶な納期によるプレッシャー

・出来るか出来ないかからないものに対し、金額スケジュール見積もらなければならない

プログラマーズ・ハイとその反動うつ、+運動不足

などがあり、

例えば、これまで経験したブラック企業では、

経営者システム営業が、正常な見積もりができない素人でありながら、短納期品質を売りにしている

ワンマン又はトップダウン経営で、何も意見が言えない

労務管理をちゃんとしていない・無きに等しい

という環境があり、仕事の楽しさをかき消してしまうほどのストレス環境だった。

今回はそれを教訓にして、探し得る中で最もしっかりしている企業を調べて見つけたつもりだが、

全く不安が無いと言うと嘘になる。皆さんはどう思うだろうか?

2016-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20160919221323

昨日、これを書いた元増田です

とりとめなく思ったことを書いただけなのですが、ここまで反響が多くてびっくりしました

やはり、みなさん、国語の授業には色々思うところがあったのですね

自分も色々参考になりました。ありがとうございます

元増田トラバには、もう個別に返信したので、

はてブコメントで気になったものピックアップして、この話題は終わりにしま

ボトムアップでは細部に拘泥して大意を読み取れない

端的に言ってすみません、これは、パーツを「繋ぐ」工程問題があるパターンです

そして、上手く「繋げ」られないのは我々国語教員の教え方の問題でしょう

ただ、思うに、大意が読み取れないのは、細部に拘泥しきれていないのではないでしょうかね?

要するに、ある「細部」を読み取ったは良いが、また別の「細部」を正しく読み切れていないから生じるのだと思います

どっちも使え

はい。その通りです。現にセンター試験は4つの大問を80分で解かなければなりません

評論古文20分では無理なので、漢文小説は15分で解けと生徒に言っています

この場合トップダウンの読み方をするしかありませんが、元増田で書いた通り、

トップダウンの読み方と言うのは、ボトムアップの読み方が出来て初めて習得できるものだと思います

例えを出すなら、

知識のある人が頭が良いわけじゃなくて、頭の良い人は総じて知識を持っている、という必要十分の問題と似た感覚です

それを無視して、トップダウンの読み方だけを授業に持ち込むことには疑義を示したい、というのが元増田趣旨でした

世の中まともな文章だけじゃない

はい。その通りです。自分が書いているようなクソみたいな文章もあります

ただ、「読みやすさ」のクソさと「内容」のクソさの峻別が出来るようになってほしいと、国語に関わる者として強く願っています

ですから、「読みにくい」文章でもなんとか読めるように、内容を吟味したうえで「クソ」と言えるようになってほしいと思っています

時々、「読みにくい」を「内容がクソ」とイコールで繋げたがる人がいますが、自分はそうは思いません

しろ、読みやすくて内容にも優れている文章が見つかる方がレアではないでしょうか?

「読みやすさ」を守るために、「内容を理解すること」を拒絶してほしくないというのが自分の考えです

もう一度言います、「読みやすさ」を守るために、「内容を理解すること」を拒絶してしまうのは悪です

小学校中学高校じゃ授業のやり方が噛み合うわけない

おっしゃる通りです

小学校先生方というのは、非常にまじめな人が多く、丹念に、一生懸命にやっていると思います

ですが、小学校高校にもなると、言葉遣いから表情、距離の取り方まで、もういろんなことが違うのです

それ以前に、この業界は「他人仕事には口を出さない」という空気が強いですけどね

これはトラバですが消されていたのでここで

読解偏重をやめろ。話す聞く書くの練習をさせろ

はいすみません。「書く」訓練に関しては、本当に足りないと思っています、返す言葉がありません

他方で、「話す」「聞く」は、音声言語の発信と受信に対応していますが、

現実問題として「話す」「聞く」を言語だけで行うことは稀で、非言語コミュニケーションが伴う場合ほとんどです

一般的コミュニケーションにおいて、非言語的なものはその7割を占めると言われています

国語教育がそこまで立ち入れるかはなはだ疑問ですし、立ち入る必要もないと思います

しろ、純然たる「言葉(言語)」のみでどこまでコミュニケートできるかの限界線を知ることの方が大切だと思います

---

この業界は、どこまで行っても、場数を踏んで、手探りでやってくしかないのです

正直、わからないことばかりです

しかし、国語に限らず、教育現場は今、変わろうとしています

良い結果になるか悪い結果になるかは、蓋を開けてしばらくしないとわからないでしょう

また、純然たる「教育」が、どの程度社会に対して影響を持つかを正確に測定するのは無理です

それでも、「少しでもマシな」社会を作るために、自分にできることをやらなければなりません

日頃「つまらない」授業をしているバチが当たったせいかお茶が気管に入って噎せ込んで噴き出してしまいました

終わりにしま

「つまらない授業」というただ一つの

お前はまだなんも分かってない。自分のやり方に固執してるだけだ。

別にボトムアップとかトップダウンとか、そんなことは些末な問題なんだ。そこじゃねーんだよ。

金とって「つまらない授業」することがまずもって犯罪なんだよ。「つまらない授業」から身に付くものがあるか?ゼロ。どんなに「内容がいいんだ」と強弁しようが、「つまらない」と思われた時点でお前の授業には残飯以下の価値しかない。「生徒にとってはきっとつまらない…けれどそれは必ず役に立つはずです(キラキラ…」よくある詭弁だ。いつ役立つんだそれは。身にも付かないものが役立つ日なんかくるわけねーだろ。だからダメなんだ。いくらやり方がよかろうが、生徒が興味をもてないやり方だと思ったらさっさと撤退すべきだ。



それよりも、どんなやり方でもいい。生徒の頭を刺激しろ。常に目の前の教材にひきつけろ。自分の頭で考え、思考活性化させる瞬間をひたすらつなげろ。授業の時間をフルに使い、授業以外の時間に一秒でもいいか国語のことを考えさせるように導け。それがアクティブラーニングだ。生徒が主体的(アクティブ)に学んで(ラーニング)いるというのはそういうことだ。お前はアクティブラーニング根本から分かってない。溝上先生の本でも少しは嫁。



なお、ボトムアップ式読解教授問題は、ハッキリ言えば硬直化したその「テスト」にある。ボトムアップ式で読めているかどうかを問う「よくある国語テスト(マークでも記述でも)」については、方法論が確立した結果「読めてなくてもそこそこ解ける」という致命的な欠陥がある。問題を解かせた後で生徒に「説明」をさせてみたら俺の言ってることが良く分かるぞ。そのうえで絶望しろ。話はそれからだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160919221323

http://anond.hatelabo.jp/20160919221323

ボトムアップ式が文章読解において最終的な拠り所となることには同意しつつ、

トップダウン式を擁護する個人的意見をいくつか挙げてみる



すなわち文章というものが世の中にそれほど溢れておらず、

まともな文章ばかりが世の中にあった(と思っていた)時代には

ボトムアップを重点的にやっていても困らなかったが、

このインターネット時代、それでは時間いくらあっても足らんぞ、

というのが「時代の潮流」派の主張ではないかと推測する

http://anond.hatelabo.jp/20160920005340

元増田です

それ以外の読解なんてない

国語教育においては、まさに自分はそう思っていますが、

一部の教育関係者には、「つまらない授業」を極端に忌み嫌う界隈がいて、

ボトムアップ式の読み方は「つまらない授業」「時代遅れ産物」のレッテルを貼られ、

まさにその界隈に狙い撃ちされてる現状であります

現状の大学入試知識偏重で、考える力を養わない!とか、

平気でのたまう界隈に敵にされて、むしろ正当性が高まったような気も、冗談です

しろ自分は、トップダウン式の読み方で具体的にどんな教育活動をしているのか興味があります

大体想像はつきますが、うーん

2016-09-19

http://anond.hatelabo.jp/20160919223211

ふつうボトムアップトップダウンを併用している気がするけど、教育方法としては、トップダウンを主として教えるのはおかしいってことか

そうです、どっちも使えるならどっちも使っていると思います

ここから教育方法論の問題になりますが、教育現場には、「つまらない授業」を異常に忌み嫌う界隈がいます

この界隈に目を付けられているのが、いわゆる「ボトムアップ式の読み方」なんです

形式段落に分けて読むなんて古い!ナンセンスだ!そんな読み方は活動的じゃない!

といった感じで、古式ゆかしい国語教員を取り巻く状況は非常に厳しいものとなっています

自分は、元増田で書いたような理由から、「つまらない授業」を続けるつもりですが、教員養成大学初等教育コースなんかでは、もう完全にボトムアップの読み方は無かったことにされ、トップダウン式の読み方こそが素晴らしいと教えられているようですね

首肯しかます

http://anond.hatelabo.jp/20160919222610

なるほどそういうことか。

ふつうボトムアップトップダウンを併用している気がするけど、教育方法としては、トップダウンを主として教えるのはおかしいってことか

http://anond.hatelabo.jp/20160919221656

右から左に読んでいって、分からなければ調べたり考えたり書いたりして、また改めて読む

元増田です

その通りです

どちらもその通りに進むんですが、いわば、その下位フォルダに「トップダウン」と「ボトムアップ」がある、って感覚です

普通に文章を読むとき意識しないのが普通ですが、教えるとなると教育方法問題で、意識してしまます

教育方法論の問題なので、普通に文章を読むだけなら、あまり意識されない問題かもしれません

http://anond.hatelabo.jp/20160919221323

トップダウンボトムアップもよく分からん右から左に読んでいって、分からなければ調べたり考えたり書いたりして、また改めて読むって以外方法あんの?

国語教育

現職の高校国語教員

国語の授業というのは現在変わりつつあるらしい

今の20代以上の人なら、きっと、現代文の授業は、

形式段落意味の上で大段落に分けて、第一段落…のように形式段落ごとにちまちまと読解した覚えがあるだろう

自分も未だにそのやり方を続けている

これは、小学校先生に言われれば、古式ゆかしい方法論らしい

アクティブラーニングなんかが好きな人はたぶん生理的に受け付けないんだろう

しかし、自分はこのやり方を変えるつもりは今のところない

現代文(特に評論)の読解には、大きく分けて2つの読み方がある

1つは、トップダウン式の読み方で、全体をざっと理解してから細部に及ぶという、いわば演繹的な読み方である

もう1つは、ボトムアップ式の読み方で、細部を精読してそれを有機的に繋ぎ合わせるという、いわば帰納的な読み方である

多くの国語教員後者のやり方を取ってきた、特に中学高校教員

今、それが古式ゆかしいと批判されて、トレンディではないらしい

トレンディであるかないかじゃなくて、もっと別の方法から自分トップダウン式の読み方を授業に持ち込むのは反対だ

まずもって、トップダウン式の読み方というのは、まともに書かれた文章をまともに読もうとするとき、まともに使うことは稀であるように思う

それこそ、難関国立大の2次試験程度だ

そして、トップダウン式の読み方というのは、何より、それを履き違えた形で身に付いてしまうと、

自分の都合のいい/自分が読める箇所だけを繋ぎ合わせて何となく理解した気になって、こんなもんだろう、と都合のいい物語勝手に作り上げてしまう」

危険性が、ボトムアップ式の読み方より強い

それに、ボトムアップの読み方すらできない人は、トップダウンの読み方なんて絶対無理

しろもっともっと、細かい部分をきちんと読み込めるようにしないとダメだと思うぐらい

時代の流れだとか言うけど、

過去より現在が常に正しくて、未来もっと正しくなる」って考え、進歩主義以外の何物でもないと思うんだよね

「新しいものから」とか、「時代の流れなんだ」とか、それは主張の正当性を裏打ちするものではないと思う

「進んでる」とか「遅れてる」とかそういうフレーズ価値判断と絡めて使う人は大抵、論理的正当性を主張できないから、進歩で殴るしかない

から自分はこのままつまらない授業を続ける予定

2016-08-29

シンゴジラ見ててイライラしないのって

組織完璧トップダウンからだね

各々は自分権限内の仕事だけを懸命にやって、決定すべき事項は上にあげて、指示が降ってくるのを待つっていう、最高の環境

特に自衛隊攻撃を開始するところ、ここがすごい快感なんだよな

ボトムアップで状況が伝わってトップダウンで指示が下され実行されるシーン、興奮する

2016-07-27

内田茂氏を巡る報道についてと、都知事選挙について

どうも内田茂という人が、すごい権力持ってて

内田茂のトップダウン都議会が回ってるかのような報道のされ方だが

内田茂は、どちらかといえば都議会自民や、都庁役人の主流な意見

まとめている人で、猪瀬氏は

これらの人々と意見が合わないことが多く、またこれらと協調出来ない点があり、干されたと見たほうが良い。

もちろん、都庁役人都議会自民の主流派意見の中には、公共事業絡みで利権が絡んでるのも事実だ。

しかし、トップダウン独裁者気質があるのは

内田茂と対立する千代田区長や、小池百合子のほうがあると見たほうが良い。

例えるなら、橋下徹のようなものである

トップダウンによる改革利権を打ち砕くのを望むなら小池百合子を支持すればよいし

都庁役人や、都議会自民に従った、これまで通りの保守的なやり方を望むなら、増田を支持すれば良い。

どちらも支持できぬなら、鳥越なりマック赤坂なりに入れてくれば良い。

2016-06-26

才能ない編集者の末路を毎日考えてるけど

書籍編集者7年目にして会社員カースト最下層へ落ちた。

はてな見てると、作家デザイナーライターにとって版元編集者

強者」に見えるんだろうなと思う。

でも、そんな人は上澄み数パーセントだ。


会社ノルマ売上高刊行点数)にヒイヒイ言いながら

トップダウン方向性に則り、企画を立てまくり

ネットで著者を血眼で探し、新人はとことんディレクションし、

社内内部調整に駆けずり回り、デザイナーライターに頭を下げまくり

ようやく本ができて、プロモーションも全部仕込んで、PR記事を書きまくり


で、売れない。

売れる売れないは2週間くらいでジャッジメントされるから

1年がかりで作り上げた本も、3週間目には「存在しなかったこと」のように扱われ、

まあそれでも半年後くらいに、ノルマ未達成率とともに赤字額が提示される。


これを年間15回くらい繰り返す。

それを何年も、繰り返す。


やがて社内での立場もどんどん弱くなっていき

やばいと思って転職しようとしても、ヒットコンテンツがなければ他社にはそうそう入れない。

じゃあWEB鞍替えと思っても、WEBスキルがなさすぎる。

ていうか、すでにWEB業界編集者がどんどん流れてて

「紙の編集者プライドだけ高くて使いにくい」みたいな雰囲気になってる。

編集者とかクリエイティブとかもういい、と思っても、

つぶし効かないから、20代前半ならともかく、異業種への転職はかなり厳しい。


どこにも行けない。

無能と罵られながらその場に留まるしかない。

自分担当作は売れない、という事は痛すぎるほど分かっているのに

それでも新人作家を遠くに飛ばそうと全力を尽くすしかない。

新人作家は、編集者はなんでも正解を知ってると思ってる。言う通りにしますと頼ってくれる。

私についてきちゃだめなんだよ。

これが底辺版元編集者の実情です。

漫画家さん、デザイナーさん、ライターさん、編プロさん安心してください

版元編集者にも逃げ道なんてどこにもないですよ。




追記

ブコメしてもらった「担当される作家被害者」これは本当にそうです。

なんて詫びていいかからない。



念願の初著書に重版がかからなくても、

自分には力がなかったなんて、思わないでください。



私のように編集者がポンコツだったのかも。

テーマ時代と合わなかったのかも。

同日発売が多すぎて書店で埋もれたのかも。

カバーデザインがうまく目立てなかったのかも。

WEBで読まれるのが最適なタイプだったのかも。

機が熟してないのに何らかの事情で急がれてしまったのかも。

とにかく本が売れなかったのは、あなたのせいじゃない。



新人の本を出すのは当然ながらリスクがあって、

それでも出版したのは決裁する全員がきらめきに賭けたからです。



才能ない編集者にあたってしまっただけです。すみません

重版しようがしまいが著書はかなり強い名刺になるから、がんがん使ってください。

どうか作るのをやめないでください。

2016-06-10

差別は、実はまだまだ根強い。2013年には政府トップダウンで無理やり男女平等を促進して、大企業から数あわせが始まった。けれどそれは形だけのもので、トップダウンがなければ意識はまだまだ女性差別のまま。



女性女性成功を妬むし、男性女性からポジションを奪われるのは嫌。

女性の指示に従うのはプライドが許せず精神崩壊する、女は男の下であるべきだ!と、威張りたくて仕方がない子供なのである自分が女を従えて命令はできるが、命令されるのは精神崩壊する。




プライドが壊れるには、死にかけて地獄から甦らないとなかなか壊れないみたいだ。



また女性は、旦那職場女性仕事をするのを心地よく思わない。

これは、男も同じで、嫁が仕事をするのを嫌がるのは、職場男性いるから。

2016-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20160526123758

有難う御座いますロケフリや在宅勤務では、遠隔地側の環境整備にいろいろ注力しまますが、会社本体についても(在宅勤務などを臨時・おまけの勤務形態扱いするのではなく正式業務形態ひとつとして)ソフト面を含めて十分整備することが大切ですね。会社形態刷新されたら、事業面でも新しい動きが出来そうな気がしますし。アナログ人間さんには、トップダウン圧力で変革してもらうしかないのかな...

2016-05-04

日本企業時代の流れについていけてない

日本企業時代の流れについていけてない

東芝シャープ三菱自動車もそれに関連してそう

トップダウン方式な面が足を引っ張ってると思う

年功序列という考え方にも問題がある。

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