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2017-05-02

ゆとりにとっての世界

ネタバレ注意】

クリアの人はUターン推奨

FF15クリアしてから何となく思ってたことがやっと言語化できそうなので書いてみる。

個人主観から偏りとか間違いとかいろいろあるけど、あと長すぎるけど、暇な人だけ、広い心で読んでな。

FF15主人公ノクティスは、ゆとりここに極まれりとでも表現するべきゆとり権化たる20歳若者である

東京新宿モデルにしたインソムニアという小国の中の、都庁モデルにしたというお城が彼のおうち。

お父さんから借りた高級車を乗り回して旅をする。

道中その高級車はバカ息子(ノクティス)とその取り巻きDQN丸出しの改造を施され、当初の荘厳な姿は見る影もなくなる。

ノクティスは一国の王子様でかなり甘やかされて育ち、身近にいる同年代友達ともタメ語でしゃべるけど結局はおつきの人たちなので厳密には対等な関係ではない。

旅の道中、その友達悪態をついたりからかい合ったり、20代若者らしい他愛ない会話がものすごくたくさん出てくるのだが(終盤の急展開を際立たせるためにあえてそういう何気ないシーンを強調するという演出なんだけどそれはまあ今はいい)、ノクティスの口調がまあぞんざいなこと。

お前、神様から世界を救う役割を任された王子様じゃなかったらとっくに見捨ててるからな、と言いたくなるシーンが多々ある。

ノクティスはおつきの3人の男友達とともにずっと一緒に旅をするのだけど、4人の中で暗黙のうちに「父親」「母親」「きょうだい(弟?)」「主人公」と明確に役割が分かれており、母親役の友達への態度が特にひどい。

戦闘中に敵に襲われてしま

もっと敵の動きをよく見ろ」

母親から指摘され、その言葉が終わらないうちに心底ウザったそうに

はいはいはい

とか反抗期中学生でも今どきやらない返事。

今日の天気は?」

と、自分スマホ見りゃすぐわかることをわざわざ尋ね

快晴だ。気温も上がるだろう」

としっかり答えてくれたのに

「ほーん…」

と生返事。

うわ感じ悪い、ってちょっと引くレベルゆとりっぷりなのだ

すぐ

だるい」とか「眠い」とか「なんでこんなことやんなきゃいけないんだ」みたいな愚痴ばっかり言うし。

終始こんな感じなので父親役のやつからは何度かマジギレされるのだが、それにも「な、なんだよ…」と被害者みたいな顔をするか、もしくは「わかってるよっ!!全部わかってるんだよっ!!」と精いっぱいの虚勢を張った内容のない返ししかできない。

神様から世界を救う役目を任されたノクティスが、かように重度のゆとりであるがゆえに、悪者の悪だくみを食い止めるのに間に合わず世界ほとんど滅亡する。

町は廃れ、村は滅び、どこもかしこ魔物であふれかえり、わずかに残された人類が肩を寄せ合って細々と生をつなぐ世界

そこでようやく、ノクティスは覚醒する。

時間はかかった(10年かかっている。その間に多くの犠牲があった)が、ついに悪者を倒し、世界平和を取り戻したのだ。

これがFF15ストーリー

誇張でなく、ストーリーの半分ぐらいは、ノクティスのダメっぷりとそれをけなげに支えるおつきの3人の珍道中を描くことに費やされている。

残りのうち4.5割ぐらいは隠しダンジョンややり込み要素、最後の0.5割が覚醒ノクティスの無双シーンとエンディングエンディングは泣けた)。

「すでにほぼ滅んでしまった世界を救う」

というのがなんか不思議な感じがした。

まあFFはこういうの結構ありがちだし、FF6も一度世界崩壊してから後半のストーリーが始まるし、FF10も緩慢に滅びゆく世界を変えるっつー物語だし、だいたい「悪者が大規模な破壊行為を行って取り返しのつかないことがたくさん起こったが最終的にはそれ以上の被害が出るのを食い止めた」って感じで、世界結構な損害を被ってはいるんだよね。どの作品も。

…なんだけど、他の作品主人公一味がものすごい精鋭揃いで当事者意識も高いし自分がやらねば誰がやるって決意とか覚悟がわりと最初のころからしっかりある。旅のはじめの目的から世界を救うことになるまでは偶然や成り行きもあるんだけど、その成り行きを受け入れるのも早い。状況を理解してからよっしゃそういうことなら一肌脱ぎますか!!ってなるまでのタイムラグほとんどない。当たり前のようにみんな世界を救うという目的を共有し、それに向かって邁進する

みんな世界を救うことに一生懸命なので、守りたくても守れなかったものとかを前にして、すごい落ち込むし、あのときああしてれば、って後悔したりする。

ひどいのになるとクラウドみたいに自我を失うレベルまでそういう後悔とか罪悪感とかに支配される。

ノクティス一行はそのあたりが結構のんびりしている。

守れなかった存在を前に悲しむことはあっても「自分の力が足りなかったから…」と後悔するシーンはほとんどない。

敵軍に理不尽理由で殺された人さえも、どうかすると自然災害で亡くなったかのようなニュアンス追憶していたりする。

自分がみんなを救わなくちゃ、と力んだりしていない。

自分を過度に追い込まないのだ。

その結果、世界がほぼ滅亡する。

でも、他の作品みたく

「遅すぎたのか…」

と後悔するシーンとかもない。

なんかこう、滅私奉公じゃないのだ。

いつだってマイペース、主軸は自分

たくさんの人が死んだ。

けれども、それでノクティスが「俺が至らなかったせいで…」と自分を責めたりするシーンはない。

3人の仲間達もそうだ。

いなくなったノクティスが成長して再び姿を現すのを10年待ち続け、ついに戻ってきた彼に「遅かったじゃねえか」と言いながら再会を喜ぶ満面の笑顔

「早くしないと、この世界が本当に終わってしまう…」

とか誰も言わない。

仮に彼らに

「ノクティスが戻ってくるのがもっと早かったら、被害もっと少なくて済んだのでは?」

と尋ねたらこう答えるだろう。

「でもノクティスが十分に成長するのには、これだけの時間必要だったのだから

ふるさとインソムニア廃墟と化しているのを目の当たりにしても

もっと早く帰ってきていれば…」

と後悔するシーンはひとつもない。

たぶんだけど、FF15意図的

「後悔」「自責

という要素を徹底的に排除しているのだ。

責任感の強いヒーローほど、そういうのがついてまわる。

救えなかったあの人への悔恨の情がしばしば世界を救う原動力にすらなる。

ノクティスにはそういうのはない。

いや、設定上はあるんだろうけど、描写がないのだ。

10年経ってふたたび仲間の前に姿を現したとき、これまでのヒーローだったら「世界がこんなになるまで何もできなかった自分はなんと非力だったのだろう」とかひとしきり嘆いてみせると思うのだけどノクティスがそういうことをする描写はない。

でもきちんと悪者は倒すので、自分役割を忘れているというわけでもない。

そういう描写を見ていて、ああ、ゆとりって確かにこんなだよなあ、と思ったのだった。

決して頭が悪いわけではない。

社会貢献の意欲はある。自分役割もわかっている。

自分にできることを、できる範囲でやる。

できないことを無理にやろうとしない。

そういうメンタリティを突き詰めていくと、ノクティスになるのだ。

からほとんど壊れてしまった世界を目の当たりにしても、ノクティスが自分を責めることはないのだろう。

彼はそのときそのときの彼にとってのベストを尽くしたのだから

まあ、それはそれで、いいのかもな。と思った。

後悔したって、自分を責めたって、死んだ人が生き返るわけじゃないんだしね。

現実仕事だって、考えてみれば、それでいいんだと思う。

今日行ったとんかつ屋で、あちこちのテーブルの上の食べ終わったお膳が全然片付いてなくて何だろうと思ったんだけど、若いエイター男の子結構のんびりしてる子で、ひとつ配膳が終わって、周囲を見渡して、近くのお膳をひとつ片付ける、という場当たり的な対処しかしないのでなかなか片付かないのだということが少し見ているうちにわかった。

もっと全体を見て、機敏に動いて全部のお膳を素早く片付けてしまおうよ。自分飲食店バイトしていたときにはそうしないと怒られてたけどな」

最初わたしは思った。

自分バイトしていた店ではそれが当たり前だったので、頑張って慣れた。

できない自分を責めながら、早くできるようになろうと努めた。

でもまあ、なんていうか、そこまでしなくてもいいんだよね。

たぶん。

わたしもウエイターも同じ人間で、人間にとって仕事ストレスは少ないに越したことはないというのは真実で、まあ自分を追い込みながら余裕ない感じで片づけるだけが正義じゃないよね、とか思った。

そんで、そのウエイターみたいに、上の世代からの白い目もものともせずに、自分のペースで、できる範囲でできることをやる、自分を過度に追い込まない、というような働き方をする若者が増えれば、日本はだいぶ変わるんじゃないかな、とか思った。

うーん、やっぱりなんか言語化できてないな。

まあ、ゆとりも悪いことばかりでもないかな、と思ったんですよね。

長々とごめんなさい。

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170418135326

それは主人公じゃなくてヒロインの役目だろ

主人公がそんな滅私奉公奴隷思考で話を引っ張って行けるかよ&

主人公として読者が共感出来るかよ

2017-04-14

専業主婦になりたい

anond:20170318211212

主「夫」じゃなくて

主「婦」

俺は男だけどね

(ちなみに既婚子有り)



俺は100%家族のために生きたい

愛する夫と愛する我が子のためだけに生きたい

家族のために滅私奉公

腹を痛めて愛する子を産めることに猛烈な憧れがある

もちろん会社で働くことだって間接的には「家族のため」かもしれない

でも必ず働いているうちに

「こんなことしても家族にとっては何のメリットもないけど、会社(あるいは収益自分地位)にはメリットがある」

みたいなことは絶対ある

そしてそのためにリソースさかなきゃいけない(あるいはさきたくなってしまう)ことは絶対ある

そうじゃなくて

俺は100%家族のために生きたいんだ

家族のためだけに睡眠時間を削り、趣味時間を削り、体力や精神力を使いたい

愛する夫や愛する我が子の望みならそれがどれだけ自分負担であっても応えたい

仮に自分死ぬことで家族が一番幸せになるというのなら喜んで死にたい

愛する家族のためだけに生きて、死ぬのが一番理想的生き方なんだ

2017-03-27

http://anond.hatelabo.jp/20170327224701

いわゆる戦前全体主義思想って

天皇陛下への滅私奉公矯正する一方で

国民天皇陛下の子供みたいな思想があるから

その場合障害からってじゃけに扱うのもいろいろとまずそうなきがした。

ナショナリズム全体主義ってのは「国民の一体感」が必要から

障害なり貧困なりで「分断」が起きるのは戦争起こしてでも防ぎたいだろうし。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316191915

文化祭関係なく、学校行事の度に

滅私奉公的なことを言い出す人はいたけど、

あれって森友学園とどう違うんだ?

「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」

の皇運をクラスに置き換えたようなことを毎日毎日聞かされて発狂しそうになったのは自分だけか?

リベラルはてなー的にはあれはどう思うんだろ。

キャラ文化祭廃止!」

キャラって運動会だけを嫌ってたか?どっちかというと、文化祭も嫌ってた覚えがあるんだが。

少なくとも自分は、先生の言うとおりに適当にやってりゃいい運動会ある意味楽だったしそこまで嫌いではなかった。


しかし、文化祭に関しては大嫌いだった。あの「クラスみんなお友達」「みんなで協力しましょう」みたいな構図。

クラスに貢献しなさい」「宿題なんかやってる暇あったらクラスに尽くしなさい」「そして文化祭で優勝するのだ」とかいう気味の悪い言葉の数々。

戦時中滅私奉公を思い出して、ネトウヨ高校生だった自分ですら、ヤバイと思った。リベラルはてなーなら、これこそ問題にするべきではないのか?

クラス所属してるかどうかも怪しいような陰キャラとしては、文化祭のほうが嫌だった。

なぜクラスから自分は何の利益萌えていないどころか、スクールカースト底辺として馬鹿にされ、迫害されているのに、尽くさねばならないのか。

クラスの片隅でラノベ読んでるような気持ち悪い自分が、クラスのために努力なんてなんでしなきゃいけない。

そして、自分も含めた陰キャラたちは、文化祭の方を廃止せよという思想だったように思えてならない。

http://anond.hatelabo.jp/20170316131621

http://anond.hatelabo.jp/20170316131621

自他の区別がついてたら運動会自由参加になるでしょ?

自他の区別がつかないアスペがそうやって運動会正当化するのめっちゃワロ

いや、結果がどうこう以前に、参加しないって事前の練習も含んで意味が無いってことだから

教育においてくっそムダな時間大人快楽のために滅私奉公ってサイアクでしょ。

金ももらえないのにフェラさせられてるレベル虐待なんだけど、

自他の区別がついていないアスペ親は自分の心地よさを最優先させるから仕方ないね

2016-11-20

ママがおばけになっちゃった批判のあれ

母親なんてたまには明日自分死ぬかもしれないと思わんとしんどくてやってられん!!!

の子の為なら死ねるけど、延々続く毎日滅私奉公しんどいんだよ!

しんどいから寝たいけど子供が同じ遊びを何度もやりたがる、寝たいけど明日私が死んだらこの子もっと愛を送れば良かったと思うだろうな…的な刹那的な気分にたまにはなりたいんだよ!!!

ママ死ぬ話なんて子供が怖がり傷つくとか、世の中には祖父母が死ぬ話とか色んな絵本があるんやからたまには母が死んでもええやん!!!子供死ぬ想像とか本気で怖いから嫌な気持ちは解るけどええやん!!!

寝ない子誰だとか地獄とか子供を怖がらせる絵本もうなるようにあるし!!!

子供を傷つける物は全く近づけずいつも安定した滅私奉公ができる母なんてしんどいねん!!!

2016-11-15

女性社会進出を最も阻んでいるのは女性自身ではないか

共感してくれる人はいるだろうか。

女性社会進出を最も阻んでいるのは女性だと思うことについて。

ワークライフバランスが〜等々言われているけれど、私が働く上で最も苦痛に感じているのは先輩女性社員の妬みや僻みなんです。

社会人そこそこで結婚して社会人5年目になった頃に子供ができて、そのあたりから先輩女性社員の態度が明らかに変わってきていた。子育てのひと段落した契約社員の先輩は「働きながら子育てするなんて甘い。子育てするなら家庭に入りなさい。」とよく私に言っていた。言いたいことはわかるけど夫婦共働きでないと金銭的に子育てが難しいことをやんわり伝えても駄目だった。アラフォー独身管理職の先輩は残業せずに帰る私を煙たく思っていたのか、家族持ちは扱いづらいわねと良く言っていた。キャリアを積むなら滅私奉公で働かなければいけないという考えのようで、確かにその先輩は仕事に関しては素晴らしいと思う。だからなおさら自分夫婦仲や子育てなどあれこれ言ってくるのがつらかった。仕事を続けたいなら子供は親にでもなんでも預ければ良い。仕事がやりたければ夫に主夫にでもなってもらえばいいじゃないとかいろいろ言われるのが嫌で。自分夫婦仲の悩みを他の同僚に話していたら「私はそんな面倒なら結婚なんかしなきゃいいのに。仕事だって半人前のくせに。」と言われるし。

恨みつらみを書いてしまった。すみません。どうしても仕事か家庭かの二元論になってしまって、両立しようと頑張ろうとするとそれぞれの価値観をぶつけられることに疲れてしまったんです。自分より15歳以上のアラフォー女性から嫉妬を感じるんです。「自分若い時は女性仕事と家庭を両立するなんて許されていなかったのに、お前に両立なんかできるわけない。私ができなかったんだから、お前もできないようにあるべきだ」と感情的にぶつかってくるのをやめてほしい。男性先輩社員無理解より女性先輩社員嫉妬が怖い。とても理想の働きかたなんて、程遠いですよ。だって感情は消せないじゃないですか。怖いですよ。

2016-06-15

介護業界の質の低下とか人材不足かいうけどさ

やりがいを感じて介護仕事に就いたけど正直いって人材不足なんじゃなくて教育をする体制ができていないだけなんじゃないかと思ったよ。

大した給料も出ないのに残業残業お客様のためとか言って滅私奉公を強いられる。技術を高めるために研修に出ろと言うのはわかるけど、研修費は自己負担、勤務ではなく休みの日に自主的に行けという上司。先輩はそういう無茶な体制を乗り越えてきたと自慢し、自分達と同じ様に働けない部下をこき下ろす

どれだけ客が増えたと思ってんだよ。高齢化社会なめるな。

あんたらが若いころはゆっくり仕事する余裕があったかもしれないけど今はそんな余裕ねえんだよ。

ちゃんと指示しないくせにちゃんと仕事しろといい、自主的仕事をしたら勝手に動くなと言い。

確認をとろうとしても上司はいつも不在。確認なんかとれない。

何をやっても罵声を浴びせられ、若いからと言って夜勤を若手ばかりに振る。週3夜勤ってなんだよ。死ぬわ。

そうやって人外な扱いをしているくせに、お客様を大切に尊重しようなんてできるわけないだろ。そもそも上司としての仕事をちゃんとやってから部下に指導しろ指導できないならマニュアルを作れ。それができないなら黙ってろ。そんなんじゃいつまでも人材不足解決しない。

2016-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20160606155327

これね、はっきり言って、あなたに魅力が無いのが原因だと思う。

「女は男に養ってもらって当然と考えている」?

男の奴隷みたいになってる女を、私は何人も知ってる。

結婚してくれなくてもいい、同棲家賃を全額払っててもいい、食事も全部作る、

彼氏の分の弁当も作ってあげる、滅私奉公って感じ。

その彼氏がどんな奴かっていうと、見た目瑛太似。Fラン卒の中小企業営業職。

話していて頭がいい感じはまるでしない。ただルックスがとにかく良い。

好みの異性に対して奴隷みたいになる男女は普通に居る。

ジャニーズK-POPに貢ぎまくりの女も、二次元イケメンに貢ぎまくりの女も、何人も知ってる。

あなたの奥さんがあなたに対してそんなにふざけた態度をとれるのは、

どうせあなたは奥さんを手放せないと、たかをくくっているから。

あなたが魅力的で、他の女と結婚できる能力を持っているなら、

愛想をつかされないようにあなたの奥さんは頑張る。

原因はあなたに魅力がないこと。奥さん以外の女を惹きつける能力が無いとナメられていること。

奥さんにとってあなたが魅力的な存在ではない、「喜ばせたい」っていうモチベーションを生む存在ではないということ。

ないがしろが続いていいなら、そのままでいいんじゃない

悔しいなら、腹が立つなら、奥さんを捨ててもっと上玉の女を落とすつもりで、容姿改良に励んだほうがいいよ。

容姿大事だよ男女ともに。太った女なんかも、本当にないがしろにされてる。

2016-05-17

熱血ゾンビ

団塊世代自分たちが一時代を築き上げたとして老人となった今でも横柄に振舞っている。

目的を持つと猪突猛進目的がないなんて信じられないという。

その内容とは社長になる・政治家になる・一軒家を持つなどのいわば世間の見栄に関するもの形成される。

休日には接待のためのゴルフクラブが常備されていたし、無理やり山寺研修へと赴いたりする。

あらゆることに主体的であるように見えて実際には誰ひとりとして自分の道を歩いていない。

全て誰かがやってるから自分ができたものばかりであり、周囲がやってるから自分もやることに何も疑問がない熱血ゾンビ世代だ。

滅私奉公は体の良い言い訳しかなく滅私奉公の型に嵌められていなければならない人達だったという印象が強い。

その息子である団塊ジュニア世代自分がなく常に不満を抱えている。

団塊世代は目の上のたんこぶに敏感で自分のやりたいようにやると言いつつ企業から抜けださなかった。

ジュニア自分がなく不満がありながらも現状から抜け出せない。両者とも自分がなく自分人生を生きていない。

2016-05-10

39度のとろけそうな発熱にやられながら考えたこと

ここ42時間ぐらい39度近い発熱を繰り返している。息苦しく、頭が割れそうになり、思考もままならない。こんな状態を何度もやってきて、決定的に身体が消耗してきたのを感じる。熱が上がってくると男ながら情けなくも泣きたい気持ちになるが、うっすら目がにじむだけで、涙粒にはなりやしない。今、身体は男のセンチメンタリズムにつきあって、涙を製造している暇などないのだ。うぅ合理的。血も涙もないとはこのことか。

病気のおかげで、ひとつ哲学的な問いに対する答えが見つかった気がする。守るものがあるひとと守るものがないひとは、どちらが強いのか。

もともと守るものなんてなんにもないと思っていたクチで、私はひどく働いていた。フリーランスになったばかりで頂いたお仕事ひとつも断りたくなかったのだ。業種や詳細は控えるが、朝起きて仕事して倒れるように寝て、また仕事、そんな生活。これは滅私奉公というやつで、守るものがないからこそ発揮できる強さだ。自分の身体のことなんてチリほどにも大事にも思っていないから、こういう働き方ができる。

結果、身体を壊して入院した。そして、発熱を繰り返すと、否が応でも自分の身体のケアを考えなければならなくなる。ただ元来が、滅私奉公型で働いてきた人間ゆえに、自分のためだけに頑張るという発想ができない。一体誰のためにいつまで続くともしれない発熱や痛みと戦えばいいのか?陳腐オチ申し訳ないが、頭をよぎったのは、入院に際していろいろと世話をしてくれた彼女存在だった。守るべきものがある強さとは、身を粉にして働くこととは正反対で、守るべき誰かのために自分自身をも守れる強さなんじゃないだろうか。だっていつまでもこんなところでへばっていたんじゃ、気を尽くしてくれた彼女に対して申し訳がたたんだろう。

さて一度、話を戻そう。守るものがあるひとと守るものがないひとは、どちらが強いのか。前者は、自己犠牲型で強力なパワーを発することができる。後者は、他者のために自分をもいたわることができる。どっちがいいのかは置かれた状況次第だか、長生きしそうなのは後者だと思った。

退院したら、きちんと彼女にいつもありがとうと伝えよう。あなたのおかげで今頑張ってます

入院中の病院より高熱にうなされながら

2016-03-24

若い奴のワガママ」論が国を殺す

 近ごろの若い女は無知ワガママから子供を産まんのだ。ここは一つ、ワシが正しい知識を授けてやろう。そして女どもの性根を叩き直してやらねば!

って考えが長年の間違いのもとだったんじゃないの?そんなやり方をずっと続けてたから、今の惨状があるんじゃないの?

少子化は、子供を産み育てることを厭う考え方を植え付け、日本人を根絶やしにすることを目論む勢力の陰謀なのだ」って電波は論外な。

人類だってまだそこまで本能ぶっ壊れてないんだから、将来に絶望してなければ大抵の女は子供産むんだよ。

今は収入低くてもいずれ昇給するはずとか、妊娠しても仕事辞めなくて済むとか、出産しても一人孤独子育てしなくて済むとか。子供産んでも大丈夫!って安心できれば子供産むんだよ。

産みたい気持ち邪魔しないだけでいいんだよ。

公務員大企業正社員ばかりがホイホイ結婚して子供作ってるのは、奴らがワガママじゃないからじゃねーよな。

ワガママが許されるほど身分保証されてるから、将来に不安がないからだよ。

個人のワガママを抑え付けて、全体に奉仕させるとどうなるかなんか、ソ連北朝鮮を見りゃ分かるだろうよ。

「我が社のために大事な話をします。社員滅私奉公しなさい。雇ってもらった恩を考えれば、残業代がほしいだの有休が取りたいだのとワガママは言えないはずです。君らも会社が潰れたら困るだろうに」とほざくブラック企業で働きたい奴がいるかよ。

若いうちから「女の務めは国のために子供をたくさん産むことだ」と叩き込み、公共心とやらを養ってワガママを許さなければ、二人といわず四、五人産むはずだ万歳妄想に浸る国でいいのか?

仕事してお金稼いで、子供にいい教育暮らしをさせたい、やりがいも感じたいし社会参加もしたいって「ワガママ」を当たり前に叶えられる国にするのか?

あの校長みたいな理屈をのさばらせとくなら、日本死ぬよ。

2016-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20160322232109

正直言うと、感情的には私も校長意見には賛同できてないから反論するのが心苦しいんだけど、個人的にはやっぱり今回の発言免職に追い込まれるのは処罰が重すぎると思う。

 

少子化社会問題で、個人に帰結させるべき話ではない」ってのは全くもって正論

ただ、この国の教育のあり方として「お国のために滅私奉公しなさいよ」と教えることが罰に値することかというと、残念ながらそれは違う。

最初投稿でもチラッと触れたけど、学習指導要領には個人よりも社会を優先させるような(ある意味においては個人の権利制限することを是とするような)教育方針が実際に散見できる。

この校長発言ある意味現在日本マジョリティたちの意見を分かりやすくまとめたものであって、オブラートに隠されていた主張を明けっ広げに表現したに過ぎない。

お国のために女性は我慢して子供を産んでくれ」という主張は個人的には賛同できるものではないが、処罰に値するほど「世の常識から外れているとも思えない。

校長思想が如何に誤っているとしても、それがこれまで是とされてきた主張であるならば、今回だけそれを処罰対象にするのは公正ではない。私はそう思う。

この件についても「正すべきは社会の方であり、校長個人に帰結させるべき話ではない」のではないだろうか。

 

///

みっともない言い訳になるが、書かずにはいられないので……

私は自分リバタリアンだと自認しているので、感情的には今回の校長発言には相当頭にきている。

それでも校長処分するのは感情論に流された結果であって正当性はないと思ったからこそ、こうして投稿した。

あなたの主張は正しいと思うし、あなたのような考え方で動く社会であって欲しいと願っている。

2016-03-08

子育て自己責任について

とある雨の夜、保育園からの帰り道。

1歳の娘をバギーに乗せ、3歳の娘の手をとりながら、私は横断歩道の前で待っていた。

住宅地にあるバス通り、それなりに交通量は多いが、信号機はない。

朝の通学時間帯には、地域の父母が旗を持って立ち、子どもたちの通学の安全を守っている。

結局、スピードを落とすことなく走り去る自家用車タクシーを十数台ほど見送った後、やってきたバス横断歩道の手前に停車してくれた。

3歳の娘は危なっかしく傘を肩に預けながらも笑顔バス運転手に手を振り、私は軽く会釈をしながら横断歩道をようやく渡り終えた。

自宅への道を急ぎながら、娘は「みんな、なかなか止まってくれないよね」と、ぽつりと呟いた。

つくづく、この国で子どもを産み育てていくのは大変なことだと思う。

まず、十分な金銭的体力が必要だ。

出産費用にはじまり医療費教育費はもちろん重くのしかかる。

家族が増えれば住居の広さも必要になり、自炊するにも食材が増えた分だけ、食費の増加は避けられない。

年に一度くらいは遠方の祖父母に子どもと会う機会をつくろうと思えば、交通費もかなりのものだ。

子どもを育てるコスト負担しつつ、自分たちの老後に備える必要もある。

私たち夫婦は貯蓄も保険も、ずいぶんと積立額を増やした。

問題は、その原資となる収入だが、今や雇用の安定など私たち20代や30代には望むべくもない。

成熟し、縮小していく社会において、高度成長期のような右肩あがりの成長に伴う給与上昇は考えられない。

となれば、椅子取りゲーム競争に勝ち、立場給与を力づくで手に入れるしかない。

勝利しなければ、生き残らなければ給与の上昇を見込めないどころか、今の仕事すら失うかもしれない。

それも競争社会における自己責任なのだから仕方がない。

そしてその競争に参加するには、子ども存在は重たい足かせになる。

家に帰って子どもの世話をするために、そして週末には子ども時間を使うために、働く親たちは必死の思いで自らの仕事効率化する。

だがそれでも、突発的なトラブルがあり、夜遅い時間に設定される会議があり、そして就業時間後のコミュニケーションが命運を握る社内政治がある。

子どもを持つ親は、子どものいない同僚たちと対等に競争に参加することは難しい。

この国のビジネス社会は、仕事にすべてを捧げ、集中する覚悟実践要求する。

この競争は、ブラック企業だろうと、優良企業だろうと、実はさほどの違いはない。

では、夫婦の内の片方が仕事に全力を注ぎ、もう片方が子育てを一手に引き受ける分担をすればいいのだろうか。

私たちの親世代一般的だったように、企業戦士専業主婦という分業により、家庭を経営していけばいいだろうか。

答えはノーだ。

なぜなら、私たちの親世代私たちでは直面しているリスクの大きさが違いすぎるからだ。

かつて、日本企業滅私奉公要求するかわりに、少なくとも正社員として働く男性たちの雇用を守ってきた。

のしわ寄せは、結婚によって退職する若い女性社員や、パートタイム労働者が負っていたが、彼らは主たる生計者ではなかったから、それでも「雇用の安定」というお題目は守られていた。

今は違う。

主たる生計者が期間限定雇用に甘んじている状況は珍しくない。

正社員ですら、いつ競争に敗れ、仕事を失うかわからない危機感に常にさらされている。

から私たち共働きを選んだ。

どちらかが仕事を失っても、次の仕事を見つけるまで、家計を支えるためだ。

競争に勝たなければ所得の上昇が望めない社会で、成長し、お金必要とする子どもたちに応えるためだ。

そのためには、母親である私は急いで仕事復帰しなければならなかった。

数が足りない認可園に入れないリスク対処するために、先着順の無認可園を徹底的にあたって予約金も支払った。

秋生まれになるように調整したのは、産休明けにシッターを利用して急いで仕事復帰し、認可保育所選考ポイントを加算するためだ。

11月まれ1月後半からシッター利用で復職、生後半年を待たず0歳で認可保育所入園できれば、私たち夫婦収入でも対処できる。

本当は4月5月頃生まれの方が、0歳入園でもほぼ1歳に近く、子どもとの時間を持つことができるが、それでは約一年仕事を離れることになり、復職ハードルが高すぎる。夏から4月までをシッターで乗り切るのはあまり経済的負担が大きかったので、断念せざるを得なかった。

結局私は2人の娘を産んだが、仕事を離れていた期間は通算で一年に満たない。

そこまでして復職しても、いわゆるマミトラックからは逃れられないが、それも甘受するしかない。

保育園落ちた日本死ね!!!」というブログ話題になったが、ネットで何を叫ぼうと誰も助けてはくれない。

同情の言葉くらいはもらえるかもしれない。数年先には状況が変わるかもしれない。

それでは目の前の子ども、不運にもレールに乗れなかった家庭には手遅れだ。

誰もが自分の生きる場所を守り、しがみつくことに精一杯の世の中で、他者に手を差し伸べる余裕がある者などほとんどいない。

保育園に入れないのも自己責任だと切って捨てられる、それが現実だ。

ちなみに、そこまでして入った保育園も、子どもが体調を崩せば利用できない。

行政提供する病児保育のサービスはあまりに貧弱で、フルタイムで働く私たちには使いこなせる余地がなかったから、いざという時には高額な病児ベビーシッターサービス活用している。

そこまでしてでも、母親正社員という立場を守って働き続けなければ、子どものいる家庭を守ることはできない。

少なくとも私はそう考えている。

母親は一度仕事をやめ、子どもが手を離れる年にまで育ったら、再び仕事を探して働けばいいという識者がいる。

そういう人は、十分な学歴と意欲があり、健康な体を持ち、自分自身以外に面倒を見るべき存在がいない若者ですら、安定した仕事を得ることが難しい社会の現状を知っていて、そんなことを言っているのだろうか。

誰もがいつ仕事を失うかわからない、そして失業した際のセーフティネットがあまりに貧弱なこの国の仕組みを理解していて、言っているのだろうか。

自己責任」という言葉のなんと暴力的なことか。

ひとり、あるいは複数人間新生児から社会人まで育て上げる責任の重さを、親になったからには背負わなければならない。

それも親になるという選択をしたのは自分たちなのだから自己責任範疇である

費用も、機会も、制度をいかに利用して乗り切るかも、すべて親の才覚にかかっている。

それでも、私は自分たち家族が驚くほど細い綱渡りをしていることを自覚している。

もし娘たちや私たち夫婦の誰か1人にでも何か不慮の事故病気があれば、この綱渡りを続けられる保証はない。

ここまでは、物質的な話だ。

子どもを育てるには、物理金銭的に大変な努力必要なのはもはや否定できない。

次に、親になる者が直面するのは、精神的な困難だ。

公共交通機関子どもを乗せるなという論争が、日々至る所で巻き起こっている。

冒頭、娘が呟いたように、横断歩道ゆっくりしか渡れない幼い子どもを連れた親は、道を渡ることすら容易ではない。

私は別に子どもいるか配慮してほしいとは思わない。

必要なしつけはしているつもりだし、公共の場でのふるまい方を教育するのは当然親の務めだと考えている。

それでも、子ども連れでいることで向けられる世間まなざしに、どうしようもなく辛い思いをすることはある。

一人だったらとくに気にすることもなく車の間をぬって渡ってしまえる道も、子どもが一緒だから安全確認するまで辛抱強く待つ。

走り去る車をじっと見つめる娘の澄んだ瞳と、だんだん冷たくなっていく小さな手のひらに、どうしようもない心の痛みを感じながら、私は待つ。

帰省の時期、私たち家族はよく新幹線を利用する。

もちろん、指定席子どもも含めて人数分取っているが、たまたま私たちの近くに乗り合わせたビジネスマン風の男性は、あからさまなため息をつき、はしゃぐ娘たちを見て舌打ちする。

大きな声はださせない、椅子にはきちんと座らせる、そして食べ散らかすような菓子類は与えない。

飲み物はこぼさないようにストローやマグを準備し、それでも万が一に備えてタオルや着替えは常備する。

万全の準備をしているつもりでも、子どもの機嫌が悪くなることがある。

少しでもぐずれば即座に席を立ち、デッキであやす

だが、帰省シーズンともなれば、指定席車両デッキ自由席券の乗客で溢れ返り、苛立つ彼らは泣きじゃくる子どもを抱えて現れた親を睨み付け、ため息をつく。

一体、子を持つ親はどうふるまえばいいのか。

子が公共の場所で泣かず、疲れたわがままを言わないようになるまでは、外になど出るべきではないのか。

この国で、親子で公共の場にでかけることはあまりにも苦しい。

容赦なく投げつけられる批判まなざしを、せめて子どもが直接こうむることがないよう、親は細心の注意を持って配慮し、矢面に立つ。

人の親なのだから、当然のことだ。

だが、そう理解していても、親だって傷つく。

育児仕事を両立し、世間には頭を下げて生きていく。

自分で選んだ生き方なのだから仕方がない、これも自己責任だと言い聞かせ、今日もぐっと奥歯をかみしめる。

仕事を持ち、愛するひとと結ばれ、子どもをもうけて家庭を築き、社会に参加する。

今のところ、私たち家族はそれを実現できている。

本当に幸せなことだ。

川の字に並んで眠る夫と娘たちの寝顔を見る時、私は自分の歩んできた道が間違ってはいなかったことを自覚し、そしてたとえようもないほどの幸福感に満たされるのを感じる。

だが同時に、ひどく不安にもなる。

私はこの先も、この幸せを守り続けていけるのだろうか?

家族健康を守り、仕事を守り、娘たちの未来保障し、自己責任をまっとうできるだろうか?

身の丈に合わない幸せを追い求め、手にしてしまったのではないかと悩むことがある。

本当は、私のようなごくありふれた個人がまっとうできる責任など、自分ひとりが生き抜くくらいのことなのかもしれない。

仕事に集中し、結婚出産もしなければ、私がとるべき自己責任対象は私1人分でよかったはずだ。

(もちろん、親の介護は忘れるわけにはいかないが)

幸せを求めて、家族を築いたのは私のエゴなのかもしれない。

そのエゴの対価を、私ごときに支払い切れるのだろうか。

長くなってしまったし、いささか愚痴っぽくもなってしまった。

ただ、保育園子どもをいれられなかった親が怒り、子ども障害とともに生きる親が絶望してしまうこの世の中で、ありふれているはずの家庭を持つ親が何を考えているのかを伝えたかった。

そして私はこれから子どもを持つかもしれないひとに伝えたい。

今、この国で子どもを持つということは「自己責任」の範囲子ども全員にまで広げるということだ。

そこに伴う困難は、おそらく想像を絶するものがある。

それでも子どもが欲しいなら、産み育てる責任をまっとうしてほしい。

…ありふれた幸せに憧れているだけなら、残念ながらお勧めできない。

この国は総論としては少子化を憂い、子どもを求めている。

だが、各論では真逆であり、子どもを持つことはリスクであり、ペナルティしかない。

私たちは誰もが自分幸せ自由に追求する権利があるが、子どものいる幸せは非常に高価だ。

子どもを持っても、誰も褒めてはくれないし、助けてもくれない。まして見返りなどないし、批判さらされることが増えると覚悟してほしい。

それでも子どもを持つのは、子どものいる幸せがそのリスクペナルティ度外視させ、高価さに見合う以上の精神的な充足をもたらしてくれるからだ。

どうか、人生の大きな決断は慎重にしてほしい。

私は正直、覚悟が甘かったから、今でも時々こんな風に心を痛めたり、迷ってしまう。

まだまだだな、と思うばかりである

2016-01-24

ベッキー不倫純愛とか擁護されると

売れて印税収入ウハウハのバンドマンに近づいて略奪するよりは、売れないバンドマン滅私奉公で支える方がより計算のない恋愛っぽく純愛に近いイメージなのだが、どっちかと言うとダメンズウオーカーの方に近いかもしれんが、少なくともベッキー純愛じゃなくね?と不思議になる。

2016-01-04

http://anond.hatelabo.jp/20160104120258

昔の母親子供と夫と夫の家の奴隷として滅私奉公する事がごく当たり前のように求められていたわけで。

昔の母親がそれに耐えてまで「子供を産む人生」を選んでいたのは、「子供を産まない人生」のハードルがとてつもなく高すぎて

常人にはそちらを選ぶのが不可能だったからというだけ。

今の母親は一応人権くらいは認められてるからなあ。

2015-12-25

日本没落を食い止めるために、あなたたちができる7のこと

日本経済は没落し、軍事力も弱い。その上国民白痴ばかりで、自己中心的思想蔓延している。そのため凶悪犯罪もあとを絶たない。

このままでは日本は滅んでしまう。それを防ぐための処方箋提示したい。

1.自分がよければそれでいいという考えを捨て、社会に尽くそ

 今の日本おかしくなったのは、滅私奉公という

 社会に尽くせるなら、自分の命や財産なんて喜んで捨てられるはずだ

2.社会のためなら家族恋人、友人を喜んで殺める気概を持とう

 社会のためなら人の命なんてなんてことな

3.自分が人に迷惑をかけたら自傷しよう

 痛みを与えることで、人に迷惑をかけない人間性を身につけられる

4.医療費削減のために風邪を引いたりしても病院に行かない

 愛国心があれば病気けがで死んでも問題ないはず

5.テレビラジオ映画漫画アニメゲームポピュラー音楽小説ラノベのような、白痴化を促進させるものには触れない

 この手のメディアによって、我々は自己中心的な卑しい心性をインストールされている

 それとともにこの手の下劣メディア麻薬のような働きを果たし、人間本来持っている滅私奉公という欲求を捻じ曲げる

6.冷暖房を使わない生活

 自分の体と心を鍛えるためにも、冷暖房や防寒着を使わない生活を送ろう

 冷暖房頼りの快適な生活が、人間自己中心的にさせた

 

7.こんな駄文を真に受けない

まさか釣り丸出しのこんな文章に騙される人はいないと思うが一応

2015-12-18

http://anond.hatelabo.jp/20151218134811

小売やサービスも有るんだったらチャンスはありそうだね。地方企業プロパー会社経営者に対しての江戸時代さながらの滅私奉公ロイヤルティ能力以外に求められると思うから大変だとは思うけど、がんばっていきまっしょい

2015-11-10

http://anond.hatelabo.jp/20151110113007

それが嫌だから働く、ってのも実際は多い。

今の2,30代の子母親(5、60代)の子への滅私奉公っぷりって半端ないからね。まさに子の奴隷しか言いようのない母親が多い。

今の若い母親共働き指向って、母親と同じだけの滅私奉公育児をするのはとても耐えられない、でも専業主婦なのに母より劣る育児しか出来ないってのも気が咎めるから

そこから逃げる為の言い訳共働き、という言う面も強い。

仕事しているから」と言えば育児の手抜きが許されると思っている人って多いからね。

自分母親並みの育児をするよりは、大したことな仕事をした方が楽なんだよ。

この「母親と同じような育児なんて自分には出来ない」ってのは、少子化の一因でもあるだろうね。

仕事しているから」じゃ言い訳にならない、或いは産んだら仕事続けられないと思っている女は

母親と同じような育児ができないから最初から産まない」となりがち。

男は男で「父親と同じような収入が得られない、父親と同じような社畜にはなれないから最初から結婚しない」となってたりするが。

世代育児ハードルを上げ過ぎたんだよ。

2015-11-04

いじめを苦に自殺する奴は戦時中日本を思い出せ

なんでもいいから日本人主人公になる第二次世界大戦DVD子どもに見せればいい

天皇陛下ばんざーい  →飛行機でぶち当たりに行く特攻隊

サイパン島上陸  → 敵に撃たれて目の前で死んでいくみかた。

集団自決 国家総動員法 滅私奉公 贅沢は国民のなんとかだ!

全部見るべきだ。

いじめどころで自殺してる場合じゃない。

死にたくなくても生きるか死ぬかわからない状況で必死に頑張ってる人を一度でもいいから見るがいい

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