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はてなキーワード: 多数決とは

2017-03-14

キノの旅の痛さ

多数決の国?だっけ。

あの手の作者にだけ都合のいい話が臭すぎる。

こういう星の王子様メソッド本を称賛するやつにろくな人はいない。

2017-02-28

トロッコ問題多数決解決したら少数派が負けるのは当然だから

分岐器を操作してるやつを撃ち殺すしかない

2017-02-27

文系永遠に作者の気持ちでも考えてろよ〜作者のフレンズと作者の意

文系は作者の気持ちでも考えてろよwwwという文系に対する典型的煽りがある。

元々がネタスレ気味な2chネタなので、「マジレス」するのもどうかと思うが、「本当に文系は作者の気持ちを考えているのか?」について書いてみたい。




これについて書こうと思ったのは、以下の記事を読んだのがきっかである




けものフレンズ考察班VS哲学的ゾンビ

http://honeshabri.hatenablog.com/entry/philosophical-friends




いずれにおいても、根底にあるのは、作者・製作者の意図気持ち考察することこそが重要という発想ではないだろうか。

しかし、少なくとも現在文学において、作者の意図気持ちを推測・考察することはそこまで重要視されていない。

現在では、神としての作者の意図を探るのではなく、主として、作者から離れた作品のものテクストから何が解釈できるかが論じられるのである

(いわゆる「作者の死」。ここら辺の議論ロラン・バルト以降、色々と展開しているけれど面倒なので省略する。)

この考えのもとでは、文系は作者の気持ちを考えているのではなく、「制作者はそこまで考えてないと思うよ」というツッコミはあまり意味がない。

制作者がそこまで考えてなかろうが、作品自体からその解釈が成り立つなら、その解釈は「アリ」なのだ




では、その解釈が成り立つかはどう判断するか?

作者の意図に沿うかで判断することはできない。

判断方法としては、ざっくり言えば、作品の内容と整合するかを基準として、その解釈が支持を得られるか、という多数決的な方法しか取り得ない。

乱暴方法だが、これしか方法がないのである

文学における解釈とは、このようなルールのもとでのゲームとも言えるだろう。

もちろん、作者の意図を探る、というルールゲーム可能ではある。

しかし、個人的には、それよりも作者の意図を離れた解釈を論じるゲームの方が面白いと思うし、そちらが主流なのだ




では、作者の意図解釈と全く関係いか、というとそうでもない。

作者は、あえて明確には表現しないことにより、解釈余地(穴埋めの余地)を持たせることがある。

受け手がそのような作品解釈をすると、作者がこっそり埋めた宝物を見つけることができるのである

はっきり表現しすぎては解釈余地がない。

分かりにくすぎては解釈しようがない。

優れた文学とされるものは、この宝物の隠し方が上手いものが多い。

現代日本において、これを最もうまくやってのける作家の一人が村上春樹だろう。




もっとも、作者が整合的な解釈を想定せずに作品を作ることがある。

新世紀エヴァンゲリオンがこれだと言われており、上述の村上春樹も、ねじまき鳥クロニクルについて似たような批判がされたことがある。

作者の意図する整合的な解釈を求める立場からすれば、このような行為は、作者の裏切りにも思えるかもしれない。

しかし、作者の意図無関係解釈をする考えであれば、そんなに目くじらをたてることではないのではないかと思う。

もっとも、そのような作品に(作者の意図しない)面白い解釈が成り立ち得るかは別論である




以上に述べたことから分かるように、たくさんの人がけものフレンズについて考察をし、その考察がある程度の人に受け入れられているのであれば、制作者がどこまで考えているかはともかく、その解釈は(文学的に)アリなのである

から変な雑音に対する惑わされずに、考察班においては、思う存分考察をしてほしい。

けものフレンズは見たことがないが、切にそう願っている。

2017-02-23

http://anond.hatelabo.jp/20170223200143

「まあ殺人犯の心の声も防衛本能的に見れば多数決なんです、」と言って場を濁す。

2017-02-16

いじめ学校解決することは不可能だということ

anond:20170215155517

結論として言いたいことは、いじめ教員発見し、捜査し、解決することはできないということでする。

いじめ発見できなかった責任を追求するのは止めてほしいと言うことである

なぜか学校はいじめの解決能力があると思われている。そんなのは幻想である

子供の言うことなんて二転三転して実の親でも聞き出すのが難しいのに子供証言だけでいじめという恐喝罪やら暴行罪をどうにかできたら世話ない。

冤罪危険性も非常に高い。ただの喧嘩なのにいじめられたなどと言って仲の悪い子を陥れるのなんてよくある話。

子供の頃に学校先生に嘘の告げ口をされて怒られた…とかよく聞く話であるが、そんなことしたら加害者が逆襲して教員を陥れる。

なので学校も当然非常に慎重。いじめ発見してもマイナス評価を受ける。加害者不登校になったり、あるいは冤罪でっちあげて学校加害者にされる。

やってないと言われて言い張られるとはっきり言って打つ手はない。

周囲の子供の証言多数決人気投票、回りもみんなぐるなのでまったくあてにならない。

閉鎖された学校で誰から見ても間違いない客観的証拠が見つかるなら苦労はない。水掛け論である

監視カメラがあったって普通の会話や遊びといじめを線引するのは至難の業だろう。

結果、いじめを訴えても証明できる可能性は限りなく低いと思ってほしい。

残るのはいじめっ子と見捨てられたいじめられっ子が残る閉鎖された空間である

診断書ぐらいじゃ話にならない。現場を押さえても遊び・巫山戯だと容易に言い逃れされてしまうのである

学校教員には捜査権も逮捕権も裁判権もない。いじめ発見できたらそれは超能力である。そんな能力人間である教員にはない。

考えもなしに何にでもかんでも学校に詰め込んだ結果がこれだ。

弱肉強食の檻の中に閉じ込めて逃げられない。そう思い込んでいる。

いじめられたら逃げろ。不登校になれ。学校なんていかなくていい。

学校本来目的である学習塾に立ち返る。少年院仕事はやめよう。

2017-02-15

いじめがあればすぐ警察通報すれば解決という風潮

全面否定はしないのだが前提が間違ってる話が多いので一応ツッコミ

警察便利屋じゃないし冤罪にも慎重

なぜか警察が万能だと思われている。そんなのは幻想である

子供の言うことなんて二転三転して実の親でも聞き出すのが難しいのに子供証言だけで恐喝罪やら暴行罪で立件できたら世話ない。

冤罪危険性も非常に高い。ただの喧嘩なのにいじめられたなどと言って仲の悪い子を陥れるのなんてよくある話。

子供の頃に学校先生に嘘の告げ口をされて怒られた…とかよく聞く話である子供は嘘つきで利己である

なので警察も当然非常に慎重。万が一警察事情聴取の後に子供を傷つけて不登校になったりしたら完全に警察加害者になるからだ。

やってないと言われて言い張られるとはっきり言って打つ手はない。

周囲の子供の証言多数決人気投票になりかねないので参考程度にしかならない。

閉鎖された学校で誰から見ても間違いない客観的証拠が見つかるなら苦労はない。水掛け論である

監視カメラがあったって普通の会話や遊びといじめを線引するのは至難の業だろう。

結果被害届を出しても実際に立件される可能性は限りなく低いと思ってほしい。

立件されなかった場合残るのはいじめっ子と見捨てられたいじめられっ子が残る閉鎖された空間である

普通指導証拠は要らないが立件となると診断書ぐらいじゃ話にならない。プロ探偵を雇うぐらいは覚悟してほしい。

ここらへんは3月のライオンでも読んでほしい。

桐山林田教諭あかりさんが知恵や勇気が足りなくて通報しなかったのではないことが客観的物語を通せば分かるのではないか

被害者の子供の居場所を奪う

警察を呼ぶ。それはつまり担任だけでなく学校全体、他の父母、そして結果的には他のクラスメイトどころか全校生徒も巻き込むことになる。

当然警察聴取するのは親を通さなければならないので結果的に話は全校生徒と父兄に広がることになる。

半径数キロで暮らす子供にとっては学校とはほぼ世界のすべてである

それなのに自分トイレや校舎の影に隠れて密やかにいじめられていたことが世界中に露呈するのである

警察即刻通報派はこのストレスを軽視しすぎてるように思う。

実は自分いじめられた経験があるのだが絶対に親に言わなかった。なぜなら絶対に大ごとにされるからだ。

もしあの時親が学校に怒鳴り込んでホームルーム話題にされたりしたら自分はそれこそ命を断ったかもしれない。

そもそも学校中に知られることよりいじめのほうがツラいのならいの一番に告げ口してるはずだ。

いじめっ子以外の世界はいじめられっ子にとっては大切なのだ

経験ダメ父親子供いじめられてると知るとすぐに「じゃあ転校しよう」などと簡単に言う。それが子供を追い詰めてることも知らずに。

すぐに警察を呼ぼうと言うのはこういうよくいる育児に無関心で無責任父親対応と同じである

警察を呼ぶべきとき

ここまで書いておいてなんだが私は別に警察通報のすべてが悪いとは思わない。

ケースによっては通報すべき。ただ通報すべきケースというのは限られるというだけだ。

まず動かぬ証拠必要である最近多いLINEなどでのいじめ動画拡散なんかは完全にこのパターン

証拠となる動画いじめを表すコメント付きなのだから話は早い。

ただ被害者の親が手に入れられる可能性はたまたま他の父兄が見つけたとかクラスグループLINEで回ってきたのを幼馴染の子が両親に見せてくれた…等かなりレアケースになるだろう。

こういう明らかな客観的証拠を手に入れられ自分の子供が限界だと思ったなら転校を覚悟するよう子供を説得し通報することも選択肢だろう。

ただいじめ認定されたとしても別にいじめっ子死刑になるわけではないし、いじめ事実が広く知られて子供自尊心を深く傷つけることに変わりはない。

おまけ

もちろんこんな手もあるよ?ぐらいの選択肢の一つであればかまわないと思うが警察通報すれば解決!みたいな短絡的な声が多すぎる。

インターネットいじめが発覚したら警察に即時通報しろ!と言ってる人はたぶんいじめられっ子ではなかったのだと思う。

まりいじめられっ子、要は被害者気持ち乖離してるからである

もちろんいじめっ子は憎いし、なんとか罰を与えて矯正すべきである

ただ罰するためには被害者もっと傷ついても仕方ないと言わんばかりの声には黙ってろと言わざるをえない。


まとめ

結論として言いたかったのは警察への通報いじめに対する特効薬のように吹聴するのは止めてほしいと言うことである

通報有効なケースが稀にあることは否定しない。ただそれは千差万別多種多様いじめのごく一部だ。

いじめ特効薬などない。個別事象にいちいち知恵を絞って考える他ないのだ。

ネット上に『いじめ』についての情報は山ほどあるが、そのどこにも100パーセント解決方法は載っていない。

それぞれ立場性格も、関係してくる人間の配置も違う。

から、どのケースにも効く完璧な答えなんて出てこない。

からって、諦める訳にはいかねんだ!「答えが見つかんないから何もしませんでした」じゃ話は進まねえ

羽海野チカ3月のライオン』6巻より抜粋

特効薬なんてない。

考えもなしに何にでも抗生物質使ってると効きもしない上に良い菌も殺して体調を崩し最後には耐性菌で自分死ぬよって話と似ている。

めんどくさくても毎回考える必要があるのだ。

2017-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20170207014913

ノイズ化した正義の成れの果てなのか、正当な社会問題提起かの線引きって、どういう基準で誰が決めんのよ。

多数決言わずもがなまさか増田が決めるなんて言わないよな。線引き決める自体正義のヒマ人」の行為じゃねーの?

2017-02-04

http://anond.hatelabo.jp/20170204095952

多数決を疑う』読みました?

1人1票方式だと、多数派ではなく少数派の意見が勝ってしまうことがあるので、より正確に多数派意見を拾える方法を考えるというのが主たるところで、多数派はアホという話ではなかったかと思うのですが。

日本アメリカ政治を見ていて思う事

やっぱり一人一票の多数決による民主主義はうまくいかないよね。民衆50%偏差値50未満のアホなので、キチガイ選挙に勝ってしまう。

多数決を疑う: 社会的選択理論とは何か」みたいな本の内容を義務教育で教えて、システムを変えていかないと人類はこのまま滅びる。

2017-02-02

欠陥だらけの多数決

どうして未だに無知大衆にも選挙権を与えるのか

  

EU離脱トランプ当選の結果でも学ばなかったのだし、もうウヨ排除した話し合いで決めるか、デモ活動大統領とか決めるような民主主義システムでいいと思う

2017-01-30

「新しい」国民戦線についての5つの偏見フランス語web記事翻訳

https://twitter.com/goeland_argente/status/825881166334996481

このツイートに触発されて、以下の記事を訳してみた。

Cinq idées reçues sur le “nouveau” Front national

http://www.lesinrocks.com/2015/04/18/actualite/cinq-idees-recues-sur-le-nouveau-front-national-11742654/

フランス語はそんな上手くないし、フランス政治には全然詳しくないのでひどい訳です。

どんどん誤りを指摘してください。補足してください。何ならもっといい翻訳をつくってください。

*****

「新しい」国民戦線についての5つの偏見

モンペリエ大学パリ政治学院政治科学助教授であるアレクサンドル・デゼは、『問題になっている「新しい国民前線」』の中で、ステレオタイプに反して、国民戦線については、新しい点よりも昔から変わらない点の方がはるか重要であることを示した。


1 国民戦線は「フランス第一党」ではない

2014年選挙での国民戦線の戦績が良くなったことは否定すべくもない。しかしながら、そのことを過大評価してはならない。アレクサンドル・デゼは次のことを思い出すように促す。地方選挙において、国家レベルと結びつけて考えるなら、1995年ときのように、票の4.7%しか獲得していない。これらの結果を、2012年大統領選挙の時の人口10000人以上の都市におけるマリーヌ・ル・ペンの結果と比較してみよう。そうすると、今回の地方選挙の結果は、票数に関してはいくらか劣っているものだと言える。ヨーロッパ選挙に関していえば、かつて聞かれたように、29.4%のフランス人国民戦線投票したのではない。棄権考慮に入れるならば、有権者10%だけである

奇妙にも、県の選挙の結果は、彼らの前進を示している。ただ、世論調査での高い予想のせいで、この結果は過小評価されている。国民戦線候補者は43の県で1位であり、1107の小郡(canton)で、降りずに留まっている。

これらの結果というのは、国民戦線を彼らのスローガン通りの「フランス第一党」とするには不十分なものであるアレクサンドル・デゼは、国民戦線存在感というのは、市町村レベルでは副次的ものであり、地域圏(1880人の議員のうち118人、議長は1人もいない)・県(4108人の議員のうち62人、議長は1人もいない)・国会(577人の代議士のうち2人)のいずれのレベルでも甚だ不完全なものである党員の数について言えば、国民戦線には42000人の活動家がいるが、その数は依然共和党社会党よりも少ない。


2 国民戦線は「政権のすぐそばに」いるのではない

2011年1月マリーヌ・ルペン国民戦線党首に選ばれてから、「脱悪役(dédiabolisation)」という戦略が実行されるようになってからエリゼ宮(※大統領官邸)への道のりは既に引かれたのだ、という声がしばしば聞かれるようになった。しかし、全くそうではない、とアレクサンドル・デゼは静観している。「この読みはメディアの大多数によって共同でつくられ引き継がれたことによって認められているのだから政治的フィクション領域に属するような話である。」

国民戦線は、国政の責任者に至るまでには、おそろしいほどに枠組みを欠いている。他の党との「融和」を誇示するような最近のいくつかの手がかりのうち、いくつかはあまりに短い間であったし、あるいは、内部で問題視されていた。さらに、権力の扉は国民戦線に対して無情にも閉じられたままであるだろう。選挙制度上の理由で、今まさにそうであるように、国民戦線政治的孤立したままでいるだろう。「この孤立は、2回に分けての多数決投票が影響力をもつ政治システムのうちでは、権力への道を妨げる最大の障害物になる。」


3 国民戦線は「新しい」党になったのではない

国民戦線は他の党と同じような党になったのだろうか? マリーヌ・ル・ペンによってなされた刷新というのは、本当に党の顔を変えてしまったのだろうか? アレクサンドル・デゼによれば、これらの疑問への答えは改めて否定的ものであるマリーヌ・ル・ペン就任の前と後での国民戦線戦略プログラムとその支持者を比較して語るところでは、「マリーヌの国民先生ルペン国民戦線の間には、新しくなったところよりも十分多くの変わらないところが多い」のである。脱悪役? 国民戦線歴史は、絶え間なく更新される脱悪役の試みの歴史である。したがって、右派へと国民戦線差し出す手のうちに、あるいは、立派な風貌を打ちだすことによって新しい支持者を集めているとされている周辺的なさまざまな手段のうちに、新しいものは何もないのである

プログラムに関していえば、国民戦線は常に自らの基礎に立脚している。反体制批判国家の特恵、国家防衛欧州連合拒否ユーロ圏から離脱失業不安の原因と見なした上での移住拒否である。反リベラルへの再定位は1992年に遡るが、マリーヌ・ル・ペン社会的演説は、連続性を担っている。


4 マリーヌは、そう信じられているのと異なり、反ル・ペンではない。

リーダーシップに関して言うと、マリーヌ・ル・ペンは、彼女父親イメージとの対照によってそのメディア上のイメージが形作られている。「このような対照性が推測されていることは、国民戦線に新しく投票するようになった人が、自らの投票正当化するために持ち出されるような、最先端議論になっている」とアレクサンドル・デゼは語る。しかしながら、言説における一連の相同性や、マリーヌ・ル・ペン自分父親について反対を示さなかった機会を列挙するこの研究者によれば、マリーヌ・ル・ペン彼女父親との差は、思われているよりも微々たるものである。例えば、2014年5月に父ルペンが「エボラ殿下」の介入が「人口爆発」と移民問題解決しうると主張した時、あるいは、彼が2015年1月に「私はシャルリーではない。私はCharlie Martel(※イスラム教徒ヨーロッパへの進出イベリア半島までで食い止めた8世紀フランク王国の王)だ」といったとき。これらはいずれも、議員の免責特権恩恵を被ることはなかった(「人種的憎悪扇動」として彼女を追及することは、現在進行系で行われている)


5 「マリーヌの国民戦線」は、過激派と切り離されたわけではない

最後に、その組織図に関して、「粛清」という幻影を生み出しながら、党によって過激すぎると判断された特定の諸個人排除した。しかしながら、アレクサンドル・デゼが述べるところでは、「国民戦線過激極右グループ活動家たちと、緊密な関係を維持している。」コゴラン市(Cogolin)の国民戦線市長は、GI(Génération identitaire)の共同創設者であるジュリアン・ランゲラ(Julien Langella)を広報担当として2014年に起用した。ボーケール(Beaucaire)の国民戦線市長は、GIスポークスマンであるダミアン・リュー(Damien Rieu)を、市の広報部長補佐として任命した。二つの例を挙げれば十分だろう。

長らくNewsPicksを利用していたがやめた

利用者が増えた結果、

素人の糞意見がヨイショされるようになって削除

ああ、多数決って怖いですね

恐ろしい恐ろしい

2017-01-20

鬱の脱出の仕方 漫画うつヌケは意味ない

知人が鬱になったっぽいのと、

ブックライブで「うつヌケ」なる漫画が出てきてそれをチラ見したら分析してるようで大したこと書いてなかったので

この日記を書くことにする。

 

結論から言うと

自己肯定することで解決する。

 

もう1つ加えるとしたらこ自己肯定を外的要因に一切頼らずに形成することができれば解決する。

どういう意味か?

「周りが認めるから自分は認められているのだ」

これは外的要因を必要とする自己肯定感であり、

自分を認める他人がいなくなった時点で瓦解する。

なのでこれで一時的回復したとしても、無くなればまた鬱に戻る。

必要なのは

例え個室に一人でぶち込まれ他者と一切コンタクト取れなくとも、

70億人が自分批判否定してきても揺るがない「自己完結肯定感」の「自己肯定」だ。

 

これを自力で作るのは非常に難しい。

大抵の人間自己肯定自己完結型のようでいて、

今までの成功例や他者から評価自分経験や実績の積み重ねにより形成されているため、

ほとんどが外的要因による自己肯定だ。

ここが無意識破壊されると知らずに鬱になり、

また脱出する手段も分からない(治療部位が分からない)ために治すことができなくなる。

自己完結型の肯定を手に入れれば変革のための自己否定ストッパーを設けることができるので、

土台不可能努力目標客観的是正できる。

結果として無理をしなくなり心身ともに守られることになる。

ただし、自己肯定による非変質部位によって発生する無知や非学習能力によるリスクも付いてくるので、

自己肯定を作り出す際は十分注意して取り組まなければならない。

 

自己完結型の肯定を作り出すには、

まず他者評価によって変わらない物をリストアップすること。

例えば「納豆ソースかけて食うのが最高に美味いのに同意してくれる人がいない」という事実があったとして、

もう一度この事実を見つめ直す。

自分にとって最も大切なことソースをかけて最高に納豆を美味い状態で食うことであって、

そこに他者が介在する必要性はそもそもないのだ。

目の前に大統領がいたら食いづらい気はするだろうし、

大好きな恋人家族と食うなら楽しいだろう。

でもそれは納豆ソースをかけて食うのが好き、という事実に対しては何ら影響がない。

まり本来他者から評価や影響を考慮せずともいい事柄なのに他者から評価肯定を求めているという、

まるで無意味行為に執着しているのだ。

土台、大多数からそんな食べ方を同意されるはずがないのだ。

ならひっそりと自分だけで楽しめば良いではないか

この単純な自己完結型の肯定の簡潔さすら知らない人間が世の中に溢れかえっているという事実から

まだまだうつ病患者としての予備軍は水面下にタンマリといるであろう。

 

大事なのは他者批判否定非難評価があったからといって

自分が出す答えと評価を変える必要性があるのかということだ。

そもそもの話、多数決でいえばこの世に1人しかいない自分の力ではどうやっても他者に数で勝つことはできない。

なので多数決によって自分趣味嗜好をコントロールするというのは自分抹殺するのと同じことだ。

例え誰一人賛同者がいなくとも自分が心からそう思ったならそれに従うことが個としての尊厳であり自由だ。

もちろんその結果、社会から反発が返ってきたとしても甘んじて受け入れるもよし、斜めに弾いてもよし、だ。

もう少しマイノリティであることが自然だと気づくべきだし、

自分マジョリティ比較していたずらに評価を下げることもまた無意味だと気づくべきだ。

必要なのは自己完結だ。

 

追記するかも

2017-01-09

http://anond.hatelabo.jp/20170109133638

まだ漠然とした考えだけど、

社会の全員が同じ行動をしたときに、好ましい状態になる行為がその社会における善なのかなって思ってる。

何をもって好ましい状態と考えるかは人それぞれだけど、そこは多数決的に考えてるのが妥当なところかなと。

2017-01-02

http://anond.hatelabo.jp/20170101160726

JTのすけのくそまらねえダジャレの1年振り返りエントリは何の工夫もなくても数百ブクマカンタンに付くから

所詮互助会か否かは、民主主義的な多数決で決まるってこった

嫌なら出てけよ、はてなからな、っっっっっってかああ!!!???

2016-12-28

http://anond.hatelabo.jp/20161228170808

阿呆を逆手にとって

民主主義だ、なんだ」といいながら

馬鹿オーディエンスを集めて多数決で無理やりねじ伏せる糞なやり口もあるから安心しろ



というか阿呆ほどクソリプみたいな放言を厚い面してほざいて場をかき乱すだろ

2016-12-20

どうでもいいけどさあ

LGBTは繊細でナイーブものから絶対に取り扱い注意みたいな風潮がわからない

どうせこういうこと言ってる人って当事者じゃないでしょ

LGBTの人全員にアンケートとって100%そう言われたなら納得するけど…

単にその人が自分性的指向プライベートな部分だと捉えてるかどうかでしょ

その人が性的少数者かどうかなんて関係なく、誰にでもある秘密みたいなものなんじゃないの

秘密はばらしちゃいけないし、秘密じゃなければ特別扱いする必要もないんじゃない

確かにマイノリティには配慮必要なんだろうけどさ

それって単に多数決の少数派には配慮しろって中学校社会科で教えられるような単純な問題じゃないのかな

正解は当事者の数ほどあるだろうし、本当に「LGBT理解のある人」なんて当事者にも居ないだろうって思うんだけどなあ

2016-12-16

論理問題

○○を受け入れることはできない。○○によって問題が起きる可能性はゼロではない。なぜ受け入れなければいけないのか



○○にオスプレイ米軍原発を入れるか、日本に住む外国人の方や移民を入れるか、

あらゆる思想に対する無制限言論/思想の自由を入れるか

性的表現暴力表現の自由を入れるか

精神病棟や刑務所移設を入れるか



この論理については、リスク制御できるかどうかや、リスクに見合ったメリット論点にすべきだが

リスク可能性を無理に制限すると福島原発問題になる

想定外」はつきもの



結局みんな同じ論理を訴えているし、それが正しいかどうかを決めるのは多数決

右翼左翼/リベラル多数決を嫌う

自分たちは正しいのだ、と

でも自分たちは正しいと証明できる人は少ない

世の中の大部分はやっぱり感情論多数決で出来上がっている

2016-12-10

原発関連の費用国民負担となる件

ある程度なら仕方なく受け入れるさ。

多数決はいえそういう国になるような投票の結果だから

投票しなかったとか、投票義務を怠っておきながらその責任から逃れようとするのはおかしいからね。

私は反対派だ。て、政治家同様、そんなの証明きっこいかいくらでも言える。

結果的にそういう国になり、その責任は負うべきだ。

ただ、ね。

納得がいかないとするならば。

東京電力は潰れ解体売却するつもりで出費しなよ。

労働者はともかく、使用者報酬返上しなよ。

原発推進派の政治家がた、あなた方の責任国民より重い。

全くもって静まってしまっているけど、腹切なよ。

その上でなら、仕方なく了承するさ。

国はあれこれ金使わない方策を練る前に国民同様国が導いた結果として受け止めてよ。

平等の名の下に一定率の負担が行き渡るなら、結局貧困層が喘ぐだけじゃないか

試算は22兆円。納税者世帯で割るとどんぶり勘定30〜40万円くらい?

原発の道を決めた方の収入では毛ほどかもしれませんが、痛手を被る人もいる。

いい加減、この茶番の幕を下ろしてほしい。

ああ眠い

2016-11-29

http://anond.hatelabo.jp/20161129221411

思うんだけど、両親の介護とか老後の生活の支えということで考えると、パートナーよりもむしろ兄弟姉妹とか親類が多い家庭の方がリスク的には低くなるんだよな。

極端な例だけど7人きょうだいで全員独身場合と、一人っ子同士の結婚でいけば、前者の方がリスクとしては低くなるんだし。

より確実に老後の介護家族押し付けたいと考えるなら、一夫一妻制とかポイして多夫多妻制認めた方がよくない?離婚とか死別したあとに孤独になるリスクも低くなるし。

多夫多妻制を認めるとなると、夫1人妻2人の家庭で夫が死んだときには妻同士で婚姻が成立するから同性婚もOKだな。当然に。

問題は夫3人妻4人とかの夫婦生活で誰か一人を離婚させようとしたとき多数決ものすごく揉めそうなところか。

そんなディストピアはいかがでしょうか。

2016-11-26

離島限界集落大麻を吸って、誰が迷惑するの?

ゾーニングできてるじゃん。被害者なき犯罪逮捕劇がなけりゃ誰も迷惑しない。

根本的にワイナリーや、クラフトビールのブルワリー地域おこしするのと何が違うというのか。

犯罪化して、規制して、課税すべし。


被害者なき犯罪 - Wikipedia





追記:「村の人に迷惑かけたじゃないか!」というブコメ複数いただきました。

それは現在大麻の所持・栽培・売買が違法であり、逮捕劇によって騒動をもたらしたからですよね?

大麻使用による迷惑ではなく、大麻取り締まりの"逮捕による迷惑"です。

大麻に関わる新しい法律ができれば、なくなる"迷惑"ですね。

離島民が迷惑してます。誰も住んでないと思ってんの? 石垣島には5万人近く住んでんの!! 一度は追い出されたんだけどねー。いつの間にか戻って来てた。 - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/shimasoba

そこに元々住んでた人やその子孫。当たり前だろ - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/mouseion

イメージ問題観光で食ってる。 - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/pzp

高樹沙耶移住したことで、石垣島在住の約5万人にどのような迷惑をかけましたか

大麻吸引による被害と、大麻取締法違反による騒動への言及が混ざってませんか?


あなたの隣の住人が大麻吸ってたら嫌でしょ。 - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/jhflh

嫌いな人たちなら犯罪者として取り締まってもなんとも思わない、という発想ですね。


来年からアメリカデバッグ始めるからテストが終わってから段階的に導入しよう。 - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/yamadadadada2

テストアムステルダムクリスチャニア、ニンビンで実証済み。すでに10年以上の歴史があります

日本法律では外国で吸おうが違法行為帰国した瞬間に捕まるから真似しちゃ駄目だぞ - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/Fushihara

なるほど、ブコメで「海外でやれ」「そういう国へ行け」って言ってる人たちは違法行為教唆してるわけですね。恐ろしい恐ろしい

おまわりさんこちらです。いつもお世話になっています。ええ、またはてなブログなんです。すみませんいつもいつも、、、 - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/is0ladelcane

増田って、「名前を隠して楽しく日記」であって、匿名掲示板ではないのに、なんでこんなことを書いてしまうのか(´・ω・`) - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/gui1

この増田文章はどの法に触れましたか大麻取締法に疑問を持つことは犯罪でしょうか?民主主義言論表現の自由への弾圧ですね。

増田ルサンチマンを燻らせていないで法改正へのロビイングから始めるのが筋。 - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/dot

増田でコソコソ法改正へのロビイングしてる、って解釈をする人がいるかもしれないし、いないかもしれない。


「人に迷惑をかけなければ何をやっても良い」なんてしょうもない考えすよ - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/yy00610106

ジョン・スチュアート・ミル、ディスってるの…?

法律っていうのがあってだな。 - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/nine009

日本法治国家であると同時に、法改正憲法改正もできる民主主義国家であります法改正を訴えることに何の問題が?

法律を破ってもいい、何をしてもいい、とは一言もどこにも書いてないのですが。


無法地帯」って言葉知ってる? - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/kuro_pp

法律を一切無くせ、とはどこにも書いてません。「非犯罪化して、規制して、課税すべし。」と書きました。新しい法律を作れという意味です。

オウム事件を忘れたの? - anon.isc5.com/2016/11/taima-atumaru.html

その大麻コミュニティが発展して、サティアンみたいなアジトになったらどうするのよ? - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/aoven

間違った類推です。オウム真理教サリン製造し、テロ事件という加害行為を起こしました。被害者が明確に存在してます宗教団体やってて、田舎集団で移り住んだから悪いのだ、ってわけではないです。実際に今も田舎生活してる宗教団体はありますし、法律上は何の問題もありません。


大麻 害」で検索したら普通にこういうの出て来て害だらけと感じた - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/zz_sexy

そのアンチ薬物を掲げてるサイト英語版ウィキペディアによると、アメリカ新興宗教団体サイエントロジー関連っぽいですが。

Foundation for a Drug-Free World - Wikipedia


大麻暴力団資金源だから規制するわけで、 - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/u06nh

暴力団資金源にならないようにするため、海外の一部の国では合法化しています。逆ですね。禁酒法時代、酒を禁止したために反社会的勢力アル・カポネが有名)の資金源になりました。


議論すれば少数派に勝ち目はない。 - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/kunitaka

それは議論ではなく、多数決からですね。LGBT障がい者オタク少数民族、自らの意見権利を主張し、社会に浸透させている人たちが日本にもいます民主主義人権問題多数決ではないのです。



グローバルに考えよう。ゾーニングとして合法な国に行けば誰も迷惑しないと思うよ。 - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/ybc

違法ものが一部では合法という状態法治主義に与える影響がでかすぎる。 - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/son_toku

このグローバルゾーニング理論とあわせて考えるなら「日本違法ものが、海外の一部では合法」ってことの意味や影響も考えたいですね。

すでに日本には海外旅行留学中に大麻経験した人がいて、合法の国や地域から大麻を吸ったことのある外国人がたくさん来日してるわけですから

二度と一生そこから出てこないのならばいいのではないだろうか - http://b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/sharia

二度と出てこないと保証できるならいいよ。 ゾーニングってそういうことでしよ? - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/momopopohate

海外大麻を吸った人が、日本入国できなくなってしま!?

ポール・マッカートニーレディー・ガガ来日公演が見たい!

ブラッド・ピットジョニー・デップ握手したい!東京オリンピック



大麻で滅んだ国ってどこ?

これが通るほど薬物問題簡単じゃないというか、国が何個も滅ぶような歴史的経緯があるからな…。b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/TakamoriTarou

麻薬によって国が崩壊した清の話とか知らないのかな? - b.hatena.ne.jp/entry/310297382/comment/kenjou

医療用の大麻も含め、個人使用逮捕されない国や地域現在もあるわけなんだけど、滅んでないよね?

今は大麻の話してるんだけど、もしかするとアヘン戦争勘違いしてるのかな?

あれはアヘンを"禁止した"ことで売人だったイギリスの怒りに触れ、攻め込まれてぶっ潰された歴史なんですけどね。




追記:リンクを多数並べたためスパム判定されてる気が… 引用形式を変更しました。

2016-11-17

いじめ記憶

35歳になりいじめ記憶を辿るという、かなりどうでもいいことをなぜかしようと思ってしまった。そこまでハードいじめのではなかったのかもしれないがまぁ思い出してみよう

自分の中でいじめだったという認識があるのは保育園、小中?高の4時代中学はそこまででもないが順に辿ってみる



保育園

保育園はいじめっこが2人いた僕はジャイアンスネ夫見立てていたがさながら僕はのび太だった。

ジャイアンと僕は同じ女の子のことが好きだった。彼はいつも「女の子ちゃんは俺のモノだ」と言って誰も近寄らせようとはしなかった。多分、彼女も当時はまんざらでもなかったのだと思う。とてもうらやましかったのを覚えている。(これは嫉妬

保育園に通っている間は、ほぼその2人に毎日殴られ、泣かされて帰った。これは保育園ながら結構辛かった。ジャイアンスネ夫は僕とは違う小学校に入った。救われたと思った。



人間失格のくだりではないが同窓会などで保育園の時の話をすると、当時の僕を覚えている人がなぜかいない。存在感が薄かったのだ。写真にはよく写っているようで不思議がられる。



小学校

小学校は山側に住んでいる人と、谷側に住んでいる人にわけられた。小学校20人で1学年1クラスしかない小学校だったが、僕は山側に住んでいた。山側に帰るのは僕ともう1人だけ。残りの18人は谷側に帰る人達だった。おかげで、登下校時の話題に乗り遅れ、ブームに乗り遅れた。また、下校後に山側と谷側で遊ぶ交流もほぼなかったし、おまけに僕はピアノを習っていたため女のようだと言ってからかわれる日々だった。



そのうち成長してくるとクラスにはボス誕生した。もちろんボスは谷側の人であったため、しもべのような人を数人従えて必ず僕はのけ者にされた。ドッヂボール鬼ごっこサッカー・班決め。チームになるような何かの時には必ずヒエラルキー通りのチームわけになった。なので、勝ったためしがない。多数決では、彼の意見にみんなが賛成したのでかなり不条理な決定がまかり通っていた。先生もなぜか不条理なことを受け入れていた。



あるとき集団相撲というのが流行っていた。チームで分かれて全員をなぎ倒したら勝ちというルールで、特に土俵などは存在しない遊びだった。教室でやっていたらロッカーの角に頭をぶつけて頭から大流血した僕はすぐに病院に運ばれた。

手当をされて戻ると「あれ?生きてるの?」と言われた。後になってわかったが、僕が病院に行っている間に先生指導のもと、黙祷されていたようだった。今でも信じられない。



しかし、小6の頃革命が起こった。クラスリーダー格の女の子が隣の席になると一気に仲良くなった。

その女の子と仲良くなることで女子陣が味方につくようになった。無論、男子たちとは更に距離が開くことになったが、初めて友達ができた感じがして救われたのは間違いない。



中学校

中学校では走り出しは順調だった。新入生代表挨拶自分が読んだためだ。

(とはいえ、新入生代表挨拶は、小学校の時誰もやりたくないということで、ボスが僕を指名したために決まったものだった。誇れるものではない)



入学して3ヶ月頃までは普通だった。しかし、突然風向きが変わった。それまで仲の良かったと思っていた人達が僕を外し始めた。僕が小学校時代弱者であるという認識が広まったのかもしれなかった。そして、若干名の無視を受けていたものの、そこからいじめが発展したということは特になかったが、中学時代はそのくらいだったので、平穏無事に終わったと思ってもいいだろう



高校

高校も走り出し1ヶ月は順調だったが、クラス人間関係では最悪の高校生活だった。少しづ友達が増えてきたと思ったら1日にして孤立してしまった。

きっかけは、前の席に座っていた1人の男子だった。ある授業中、居眠りをするととても激怒する先生がいたのだが、彼は居眠りをしていたので、起きなさい的な意味で、冗談まじりに消しゴムカスを後ろからなげつけた。そんなに深い意味はなかった。起きて振り向いたが、殺すぞくらいのキレ方をされた。

そのことにおいては僕も悪かったのかもしれない。



それからだった。何日もしないうちにみんながよそよそしくなって、気付いたら完全に無視される状況が出来上がっていた。これは高校3年の夏くらいまで続いたので、2年半くらいだろうか。

初期の頃は本当に1日が長くて辛すぎた。特に辛かったのは修学旅行だ。3泊4日の沖縄は最悪の思い出だ。オール無視されながらの班行動。これはいじめ人生の山場だった。



高3の夏に何が起こったかというと簡単で、ターゲットが俺ではなくなっただけだった。そこで、そのターゲットハブるため、俺に声をかけてくるようになったのだ。しかし彼らと仲良くなろうなどという気も一切なく、うれしくもありがたくもなかった。新しくターゲットになった彼はとても辛そうにしていたが、僕の2年半にくらべたらどうってことないだろうと思ったし、そしてその2年半無視していた仲間がターゲットになったところで、どうでもよかった。

長年無視をくらって、それでも頑張ってくらしているととてもタフになる。もう全然1人でも楽しめるような自分が完成していた。暇さえあれば、写真を撮ったり、美術室で絵を描いたり、学校を抜けて映画館に行ったり、本を読んだりしていた。おかげでちょっと人とは違う感性高校生になっていたのだと思う。



そして、予備校大学と進んだがそこはなかなか良い友達ができた。



▼その後

23くらいの頃、高校同窓会が1度あったので参加してみた。既に俺のことを忘れてしまっている人もいたが、よく参加したものだと自分でも思うがまぁよい経験だろう

きっともう同窓会はないと思うが、あったらまた参加すると思う。おかげさまで強くなったし、自分感性が活きる仕事もついた。結婚もしたし、今はよい友達もたくさんいる。



こうやって記憶を辿るのはなぜか自分はわからないけど、今はとても幸せから、なんか見返せたような気がする。それを実感したくて書いたのかもしれない

2016-11-11

http://anond.hatelabo.jp/20161111212415

おそらく「correctness:コレクトネス」?の意味で「コレクト」という言葉を繰り返し使っているかと思うのでそれを前提に反論しますね。

political correctness」は直訳すれば「政治的正当性」であり、「コレクト:correct」というものを直訳したときの「正解・正則」といったもの概念が少々異なります

ポリティカル・コレクトネス」を「コレクト」を前提にして理解しているのであれば、世の中の政治はすべて倫理的に認められる正義が前提になっていなければいけないというふうに推測されます

その点でなんとなく長谷川某氏を思い浮かべてしまうのですが、どうも世の中に対して「こうあるべき」「これこそがあるべき姿」という規範を持っている人ほど、政治的正当性(=political correctness)を理解しづらい位置にいるのではないかと思ってしまます

何度も繰り返して申し訳ありませんが「正義」という概念のもの歴史的に全く不安定ものであり、なにをもって正義と呼ぶかはほんの数十年の間にも大きく変化をしている全く普遍性のないものです。

ですので現在世界中マイノリティーが訴えているのは「コレクト=正解」ではなくあくまでも「ポリティカル・コレクトネスpolitical correctness政治的正当性)」でしかありません。

前提として「政治的」がつくのは、時の政権民主主義による世間多数決がその正当性を決めるからです。

その点がますます長谷川某氏と気が合うのではと思わせる要因なのですが、どうもあなた世間というものに対してウブすぎではないでしょうか?

http://anond.hatelabo.jp/20161111211842

残念ですが、私は一度も「私は正しい」とは発言していません。

繰り返しになりますが「正しい」「間違い」は世間的な空気多数決が決めるものであり言論はより多くの人を多数決に導くことができるかどうかでしかありません。

また返しになってしまうようですが、「自分が正しい」という解釈が生じるのはあなた自分のことをそう思って発言しているからでは?

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