はてなキーワード: 組み込みとは
むしろ Web エンジニアは Linux そんなに知らんだろ。
オレは組み込み系 Linux やってるけど、組み込み系 Linux エンジニアの方が kernel カスタマイズしたりドライバー組み込んだりしてるから、Web 系より Linux 詳しいと思うぞ。
初心者がプログラミングを身に着けるのに、LinuxとCLIは必須とか言い出すのが意味不明。
しかもUbuntuのインストールとかじゃなくWSL2入れて覚えろとか、駆け出しの開発者にそんな難しいことできるわけねーだろっていう。
そりゃ「Web系の」プログラミングだったら、そこら辺のノウハウが必要なのはそうだろう。
でもプログラミングはWeb系だけじゃないし、Web系がほとんどなわけでもないからな!
組み込みやモバイルだったらLinuxをCLIで触る機会なんてまず皆無なので、最初から学ぶのは時間の無駄だし、もっと優先して覚えるべきことはいくらでもある。
それこそWeb系だろうなんだろうが、プログラマなら機械語やラインエディタくらい覚えろ当然だろ?ってレベルで意味のない勉強だったりするわけで。
こういうこと書くと
とか言い出すバカがいるんだが、POSIX原理主義のほうが世界が狭いことにいい加減気づけっての。
過去に遡れば、薄っぺらい機械でしかなかったPCにすら日本語処理で大きく劣っていたくせに「UNIXは美しい」とかほざくアホがいた頃から、何も変わってないのな。
しかも今でこそ猫も杓子もLinux推しなのに、Linuxが出た頃は「ワナビーのクソガキが使うおもちゃ」として嘲笑しつつ*BSDが最高とか言ってたのは誰だったっけ?
差別主義者どもが恥を知れ。
モバイルアプリの開発したことないやつに、wikipediaからコピペしてきたような御託を並べられてもなあ。
iOSやAndroidがUNIXベースだろうがなんだろうが、LinuxをCLIでオペレーションするノウハウも知識も、実際の開発じゃ全く使わないんだわ。
プロセスやメモリの話はOSがなんだろうが普遍的に必要になってくる話だけど、初心者が最初から必ずしも知っている必要はないし、そもそもいきなり教えるにはハードルが高すぎる。
ということで、モバイルアプリの開発じゃLinuxもCLIも全く不要な知識。
組み込みOSがLinuxじゃないのは今どきレアというのも、テキトーこいてんじゃねえよ。
そうじゃない環境もいっぱいあるし、Linuxに限らず組み込みOSをCLIで操作するなんて、これまたアプリ開発のレイヤーじゃ最近は稀なケースも多い。
なので、組み込みもまたLinuxやCLIの知識が必須というほどではない。
完全に独立した技術スタックになりつつある、しかし出来る人間が非常に少なく胡散臭い優秀なフリをしたエンジニアが数多くいるように見える。
さらにとっつきやすさから新人も参入しやすくカオスな雰囲気を感じる、自分の周囲を見た感じでも技術スキルは低めの傾向が見える。
トンカチを持ってそれを振りかざすことを目的にしちゃってるような人間が多いように見えるし、そうでない人間はそもそも技術へのキャッチアップが低い傾向にある。
昔からそんなに変化がない、AWSやGCPの運用や設計もやることがある。
WEBアプリケーションのフレームワークが無いと仕事できない、とにかくDBが大事でプログラミング能力はフレームワークの使い方に寄っている。
DBが大事なのでプログラミングスクールだろうが独学だろうが、勘所を掴むのは困難で実務ありきで成長する必要がある。
大量のトラフィックを扱う人は分散のための設計なども心得ているものの、大抵は場当たり的な対処しかしていない。
IaaS登場以前は空気が乾燥した寒い部屋で黒い画面相手に定形作業をしていることが多かった。
昨今SREと呼ばれるようになり地位が向上しつつあるが、業務内容も広がってきておりIaaSの設計能力が大きく問われるようになってきた。
WEBフロントエンドほどではないが、仮想OS、IaaS、コンテナなどそこそこのテンポで技術が進歩している。
この他にも過去の名残だったりIaaSを触る都合、社内SE的な仕事もしたりする、相変わらず深夜対応もある、辛い…
年1回、必ず新機能が出てくるので定期的に技術をキャッチアップ出来る必要がある。
国内に限定すると技術スキルは高めの人が多い傾向が見えるが人間としては癖の強い人が多い傾向も見える。
(ちなみに少ない観測範囲だが海外勢は微妙な技術レベルの人間が多かった。)
給与レンジはピンのほうはそんなに高くないがキリのほうはそこまで低くない。
ここ20年ぐらいで台頭してきたITエンジニアとは別種の雰囲気を持つ印象、詳しいことは分からない。
技術力はあまり重視されない、コミュニケーション能力や簿記などの会計知識が重要視される。
給料は低め。
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WEBフロント、バックエンド、SRE、アプリあたりは幾つか交差する領域がある。
そういう人らが組み込みっていうのでやってる
業界人なのかもしれない
フロントエンド得意な人
増田にも潜んでるだろう
俺も躁鬱なので親近感がある
はせさん
ダジャレの人
ブクマでフィルタリングされてない素の増田ってかなり酷いと思うんだけど何が彼らをそんなに引き付けるんだろう
村に久しぶりに産まれてめちゃくちゃ可愛がられてる子どもみたいと誰かが言ってたのが印象に残ってる
徳島にいるらしい
たぶん今年で48歳
頭良さそうなおっちゃん
ほんわかしたブコメが多い
たまに怒る
軽い感じでブコメ残していく
https://anond.hatelabo.jp/20230602020358
こちらの記事が盛り上がっているが、技術情報というより、半導体企業の今の流れをまとめたもので、
半導体株はどうなのかが皆は知りたいのだろうと見える。
はてな界隈だと、ソフトウェアエンジニアが多いわけだが、半導体を設計するためのソフトウェア(EDA)の話にはおそらくならない。
あっても組み込み側だろう。
日本が先端ロジックで遅れているのは確かだが、今の2nm目指すと言っているのに対して、
何が難しいのか、何が課題なのか明確な説明出来る人はおらず、インテルやサムスンが苦戦してるから、というのをエンジニアでも言っているのを見る。
いまさらすぎるけどいまさらいまさらなスープストックの雑記事が上がってきたのでなんか考えたこととか書き残そうかと思う。
絵描きの世間ではパトロンサイトからAI作品が排除されて大勝利を唱和しているかと思う。
増田は、うーむ、(デジタル)手書き絵描きの溜飲は下がったけど勝てていない、遅滞成功ぐらいかなと予想する。
今回、(デジタル)手書き絵描き側に阿ったような内容になったのは、ひとえに(デジタル)手書き絵描きがお気持ち駆動する厄介な人間であることと、既存顧客であったから。
絵描きがお気持ち駆動することは今更言うまでもないが、トレパクや、絵はグレーセーフでグッズはぶったたくとかガイドラインや二次創作のありかた、検索避け、学級会などなど、感情と(日本の法律で有罪無罪問わず)私刑が先行する人類全体が持つ宿痾をとくに煮詰めたような人種が横行する界隈だ。
そんな(デジタル)手書き絵描きが自分の感情を害するAIを敵視するのは当然で、もちろんお気持ちクレームを多発する。した。
ハッキリ言って商売相手的にはクズの部類に入るが、それでも掴んだ、囲んだ顧客というのは大事だ。未だにみんなTwitterをしていることからもそれはわかるだろう。
だからギャーギャーうるさいものの大事な金ヅルな猿たち側に寄り添ったものの、本音はAI作品を取り扱いたかったと思う。
プラットフォーマーから見て(デジタル)手書き絵描きの反応はある意味予想通りだったが、それでも絵描きたちが容認する可能性もあっただろう。なぜならいわゆるAI絵師は絵描きの進化ツリー(木構造でもないし相互移行できるけど)に(今しばらくは)連なるものだからだ。AIは部分的にも全体的にも絵描きのツールになりえる可能性があるのは明白だろうし、AI絵の今後の発展は確実で不可逆であることもただの一般人でも感じるところだ。絵描きはいつかは向き合わなければならない問題。だからプラットフォーマーは即座に禁止せずしばらく様子見した。しかし結果、総体としての絵描きの感情、お気持ちだけの反対に落胆し、禁止に舵を切った形だ。もちろん審査の負荷や創作性などの表向き(かつ多少なりの事実)の理由もお出ししながら。
プラットフォームを分散させるのは管理が面倒だし人の分散もよくない。が、こうなったからにはpixivやエイシスは今後、AI作品を扱える別のサービスを開始するだろう。AIによる創作は確実に伸びていく分野だからだ。できれば既存サービスに組み込みたかったが、それこそ先行者の悲しみ・デメリット。顧客の属性が厄介に固まったばかりにそれはあきらめるしかなかった。
そして、そんなやっかいな既存顧客が居ない今後のfanboxやskebのような後発の類似サービスはほとんどがAI作品を許容する形でスタートするだろうし、AI禁止を謳う類似の後発サービスが現れたとしてもfanboxやskebなみには成長できないだろう。
AI禁止+AI専門 VS AI許可 のどちらが中期的に勝つかまではわからないが…。
あくまで今回の足並みをそろえたような方針は旧世代の、乗り換えや手札にできず取り残された、しかし金ヅルの老人たち。そんな(デジタル)手書き絵描きの無聊を晴らすためのものだった。日本で老人のための政策を打った場合の若年層の反応を想像してもらいたい。…その政策は勝利なのだろうか。勝利なのだろう。老人には。
改めて書くが、今回の(デジタル)手書き絵描きの大勝利は彼らに理があったからではなく、ただただあらゆるサービスは顧客を定着させることが大儀であり、かつデジタル空間では物理空間よりは比較的サービスの分割がしやすいからだった。
理ではなく金銭的な損得をもって鳴き声がうるさいが金を生むガチョウと今後プラチナを生む可能性があるアヒルの子を同じ柵に入れることをやめただけ。
経営者や業態、進化ツリーの進み具合・将来性などを勘案すれば、うるさい声を無視して進むべきと予測した道に突き進む場合もある。スープストックの場合はその例だったのだろう。お気持ちでギャオンと騒ぐ先細っていく独身女性の声に揺るがず、データと検証から出た客のライフスタイルの変化や世代をまたいだブランドイメージ、立地・戦略的に別サービスに分離できない(切り捨てるなら独身女性側だろうが)飲食という理由などなどをもって離乳食無料を決定したのだろうし、その反応にたいしての声明リリースをおこなったのだろう。
そして結局(デジタル)手書き絵描きも独身女性も哀れな人間であることは変わらない。
(デジタル)手書き絵描きが今、良い気分ならばそれでもいいだろう。将来結構な数の(デジタル)手書き絵描きがAIに流れるのも笑わない。(デジタル)手書き絵描きでなくてもAI絵師でも気質は別に変わらないしね。AI絵師が優れてるとも思わず絵描き全体がやっかいな人種だと思っているので。次の技術で同じお気持ちの絶叫が響くのも確実さね。
そう、増田は今回の騒動で絵描きがどういう人種であるかということを再確認させてもらった。程度しか得るものがなかった。
あるいは広がりゆくAIという腐海にあらがい風の谷という猫の額で生きる旧人類(新人類)の悲劇を観賞している気分にもなれるかもしれない。どっちかっつーと手作り宗教の土鬼か。
【前提】
・推進派
・元の作品の許諾を得ていないi2iは明確にアウト
・t2iの生成物の著作権は誰にも帰属しない(パブリックドメイン)
・よく言われるところの「AIイラストはファストフード、手書きは手料理」みたいな感じの考え方
その他情報↓
・絵は書く。文も書く。なお前者が1枚30分〜1時間のクオリティを年に数枚で後者は1000文字前後のSSを年に5-6本。
・一次創作メインで、作品のアウトプットは上の通りだけどうちのこの妄想話とかは一次創作仲間とVCで話してるうちに深夜とかよくある
・性癖倒錯(ケモ、ショタ、ロボ、リョナ 人間の女の裸で勃たない)
【本題】
端的に書くと「商用OSSみたいな感じで『生成物のクオリティと内容(+場合によってはアフターサポート)を担保する手数料』として適正な額の金を取るAIイラスト(イラスト自体はパブリックドメイン、再配布自由)」をAIイラスト規制派(デカ主語)はどう思うのかが気になる
いくらAIイラストとはいえ計算機のリソースを使うし生成物のチェックや最近だとなんとかNetとか技能的な部分も増えてきてる感じがする
当然知識の問題とかでそこまで辿り着けない人が多いわけで、そこに金を払えば生成してくれる(or 一定クオリティの絵を供給してくれる)業者は成り立ちうるのでは?というやつ
雑な偏見で書くと「巨乳のねーちゃんのこういうシチュエーションの絵を週n百枚出しますよ」とか「Skeb的な依頼文から絵作ります、リテイクやります」とかそういうやつ
話が纏まらんくなった
当たり前だろ!
なぜそうなのか分かるか? おれには分かる。
何故かと言えば物語にポリコレ要素を入れるという事は、「つまらなさを減らす」「面白さを阻害しているものを減らす」ことであって、「物語を面白くする」ことではないからだ。
順を追って説明しよう。
説明する必要あるか? 単体のポリコレは面白くない。つまらないのではなく面白くない。無味無臭だ。
ポリコレしかない映像を想像してみろ。男女人種均等、パワハラもセクハラもない映像だ。"面白くない"だろ。
(もちろんここでポリコレ的平等下でもヒューマンドラマで面白さは出せる、と言う人がいるかもしれない。でもそれはヒューマンドラマが面白いのであってポリコレが面白いわけではないよね? という話をしている。あと面白いからパワハラやセクハラを入れろという話でもないし、パワハラやセクハラは面白いという話でもない)
爆発しかない映像を想像しろ。恋愛しかない想像でもアクションしかない映像でもいい。"面白い"だろう。まあ一瞬で飽きると思うが、ポリコレはその一瞬の面白さすら提供しない。
ポリコレの役目は爆発や恋愛やアクションの面白さを受け入れるにあたり、視聴者や読者の脳から「でもこの話「(反ポリコレ要素)」だから引っかかるな……」という不快さを取り除くことだ。
では、「ポリコレは物語を面白くする」と「ポリコレは物語から不快さを取り除いて面白さを受け入れやすくする」は何が違うのか?
全然違う。この二つを一緒にしないで欲しい。
だってさっき書いた通り、"ポリコレは物語を面白くしない"のだ。物語を面白くしないのに物語を面白くするから入れろ、って受け入れられるわけがない。
例えば「この果物には甘みが足りない、塩をかけよう」って言われたら、知らない奴からは意味が分からないだろう。料甘くするなら砂糖が先だ。塩をかけろと指示するなら「塩をかければ果物自体の甘みが引き立つから」と先に提示するべきである。もちろんこれは喩え話だ。言いたいことは分かるだろう。
ただポリコレ支持者側が「塩を入れれば料理の甘みが逆に引き立つ」という因果をあまり理解しておらず、塩が甘い≒ポリコレは面白いという理解をしていそうなので、甘みを引き立たせる≒不快を取り除いて面白さを受け入れやすくする、という説明自体が出来ないのかもしれない……。
俺は、『ポリコレ支持者のうち多くが「ポリコレ面白物語と非ポリコレ面白物語を見て後者を受け入れられなかったとき、その理由についてあまり考えず「ポリコレが物語を面白くした」と考える』と思っている。人間全体が"そう"なんだからポリコレ支持者だって"そう"に決まっている。人間全体が物語について深く考えないし、浅く考えて簡単な結論に飛びつく。だからポリコレ支持者も"そう"だ。
では、全ての物語はポリコレを話に組み込むべきなのか? という話に移る。
これに関しては答えが出ない。難しい。俺が何かしらの物語を描くとき、無理のない範囲で組み込みたいなとは思っている。
しかしなんか色々すったもんだあった末、今では「ポリコレが物語に組み込まれている」「作者がポリコレを意識している」こと自体に不快感を覚える人間がいる始末だ。
難しい。
今から全然関係ない話をするのだが、ポリコレって物語の面白さを担保する要素ではなく不快を取り除く要素であるのだけど、テーマに使われる場合もある。
なんか前同性愛者のスーパーマンが話題になっていたが、連載前からポリコレ要素が大々的に喧伝されていた。
あれってどうなの? 俺はああいうポリコレがテーマの作品で「ポリコレがテーマです!」って宣伝されるとめちゃくちゃむしゃくしゃする。おれの中には「自作のテーマについて語る作者」という不快のスイッチがあってそこを踏む。今回のテーマは愛です、みたいに語る監督に感じるやつだ。いや勿論スーパーマンのときは作者が語ってたわけでもなかった記憶はあるが。
あと普通の話は男女差別きつくて読めないけど××はポリコレ遵守してるから読める、みたいな感想をたまに見るのだが、あれ普通に滅茶苦茶攻撃的な文章だからやめた方がいいと思う。
「最近の映画はポリコレきつくて見れないけど昔の映画は男らしさにあふれてるから見れる」みたいな枕で昔の映画推奨してるやついたらムカつくでしょ。
「今時"男らしさ"~!?」みたいな怒りより前にさ、"ポリコレきつくて見れない"の時点で怒りがきてその怒りが「今時"男らしさ"~!?」の方で爆発して男らしさをdisる形になるイメージ。
物語の面白さを引き立てたり、受け入れやすくする要素はあるかも知れないが、物語の面白さの絶対量を増やすことはない。
"物語の面白さを引き立てたり、受け入れやすくする要素"を入れることを、物語を面白くすると呼ぶ人間は多分多くないし、インターネットやツイッターでクソみたいな論争してる時にそこまで頭が回る人間はいない。(何しろ園士温みたいな実在の被害者が出てる"気軽に言及できない"案件と違ってみんな"気軽に言及してる"はずなので。)
物語を面白くする、が主目的であるとき、非ポリコレ要素、反ポリコレ要素で物語をより面白くするものがあれば止めづらい。
ポリコレテーマを喧伝すると興味ある人間からはポジティブな興味を得るが、テーマに興味がない人間(これはテーマが嫌いな人間だけではなくテーマに強い関心がない人間も含む)からは「テーマを語る人」という文脈でネガティブな興味を得てしまう。
難しい。