はてなキーワード: 新規参入とは
ごめんよ。偶然そこに生まれてしまったんだ。農家の長男が偶然そこに生まれてしまったように。偶然に。
その事実を受け止めて商人として、生きていく道を究めることができたのであれば、商店街もそれを使う人たちもハッピーだったんだろう。
30年で街は変わってしまった。
渋滞していた中心地の道路はバイパスができて、渋滞は解消された。
実は渋滞は賑わいだったのだ。それがなくなったもの痛手だった。
それまでは、商店街に空き店舗ができるまでは、新たな出店ができなかった。
田んぼを埋めれば、それも容易になる。
新規参入者が恐ろしい数で増えた。
跡継ぎと呼ばれた子供たちは、街の変化をみて、どうするか身の振り方を小学生のころから考えていた。考えていなかったかもしれないけど、自然と選択肢は絞られていった。金がないからだ。
アメリカの大規模ショッピングセンターを見学に行った人、勉強会を開いて、ドラッグストア、コンビニという新業態を学んで、実践していった人たちだ。
この人たちは、その手の商売の研究をして、郊外に出て新しい商売を始めていった。
すでに20年前にはジャスコのような巨大新規参入者と地元資本として真っ向勝負をしていた。もしかするとすでに合従連衡の渦に巻き込まれたかもしれない。
その子供たちは、その背中を見て、それぞれ別の道を歩んでいった。
で、問題は残った人たちだ。
うまく立ち回った人たちは、商売を縮小して、土地と家を残した状態で廃業した。その子供たちは月給取りになって、街を出ていった。
何も手を打たずにうまくいかなかった人たちは、土地を家を手放すことになった。
どちらにしてもシャッターは閉まったままだし、空き地が駐車場になる。
あと、商店街というか旧市街地には、戦前の大地主の生き残りの人もいる。商業地は農地解放の対象とならなかったからだ。この人たちは、本業が地主なので、趣味のようにコミュニケーションの手段として店をやっているかもしれない。さらに土地持ちの人の相続が紛糾した場合、所有者が増えて、再開発は困難になる。
飲食や食品加工はそれなりに残りやすかったし、ただ仕入れた商品を売るだけの業態はなくなった。多少の技術がいる電気店みたいなのは、大手家電店の作業の下請けをやっていたりする。
育っていく過程で、衰退する状況にどう対処するかを考えたら、勉強して進学することも別の業態に対応できるように技術を身につけて別の職業に就くことは、順当な判断だと思う。
新しい道で生きていくよ。
めんどくせーなー
なんしゅうするんだよー
「テレビ局がお金ないからないものは取れないから電波利用料下げろー」
みたいな主張なら
でおわり。
「テレビ局が赤字だという事実が電波利用料が適正価格でない証拠だー」
という主張なら
でおわり。
電波オークションは先例があって大きな財源になってるけど「ソースがない」んだよねw
君が「オークションしても安くなるに決まってる!」っていうのの先例はなんだろうか?w
じゃーさーじゃーさー
今の額を最低ラインにしてオークションすりゃ損はないじゃん
さあやろうよ!w
「赤字が出るような事業からさらに電波利用料をとることは無理」なら
結局「テレビ局が赤字」と「電波利用料が適正価格より高い」につながるのは明らかだろう
君が何のソースも検討もなく「新規参入ならもっと儲けられる」って喚くんだろうけど
新規参入したって過去の著作物も利用しにくいし今のテレビ局の関連事業もないわけだからもっと経営きつくなるのは明らかだろうに
ブクマとトラバの数のギャップを見て、関心の対象に分断があるというよりは、ブクマをみて増田に書き込みをわざわざするという新規参入組というのは基本的に少ないんだろう。
となるとトラバの数は、増田に常駐している人の数に比例することになるのだが、それにしてはトラバの茂り方に偏りがある。内容、分量、時間帯とも。
議論というのは二人以上でするのが普通なのだが、偶然?同じタイミングで対話の形にみせかけた議論が行われたりするw
なので、異端者がたまたま入り交じったときには、議論の進め方に顕著な違いをみることができ、常駐者のイライラ感を見て取ることができるのだが、まあそんなことは稀だ。基本的に。
そういう意味で、増田に常駐している人は、関心の対象(直近ではhttp://anond.hatelabo.jp/20110812151413、http://anond.hatelabo.jp/20110812145633)にかなり偏りがある。
本人は気がついていないのかもしれないけど。
活動例
大体問答はテンプレみたいなものであり、一定の様式美に則って行われていることがわかる。
目的を達成すると速やかに遁走するので、余分なトラバがつかないことも特徴の一つである。
話題をそらすために行っていることもあり、論点をずらす手法には特定の傾向を見て取ることができる。
なにより、短時間に短文のトラバをつけるところに、心理の一端を見て取ることができる。
特定の内容の時だけ使用する文体が出現する。そしてそいつが複数出現するも、内容は同じ。
ネトウヨでもなんでもいいけど周回遅れのことをドヤ顔で書き込むなよ。
君の言ってるようなことへの反論はとっくに出てるので
1.テレビ局の扱う電波は特別に許されているだけの、本来公共のものである。
2.あの業界は事実上新規参入が排除され極度に国に保護されている。
3.以上より、「営利企業の勝手」「嫌なら見るな」だけでは通らない。
4.韓国は政府を挙げて自国コンテンツの海外供給・流通に資金を出している。
5.従って、韓流コンテンツの供給は単純な需要供給市場原理の外にある。
6.以上より、韓流コンテンツの継続的供給は需要の実在を保証しないし、
「需要が無ければそのうちやむ」という期待も成り立たない。
7.キムチ鍋やプルコギピザを人気ランキング1位にすると言った類の数多くの操作を見ると
製作陣の心情的・もしくは個人的な韓国への入れ込み・傾倒・癒着が全ての根底にあるのではないのか。
(もしそうであるなら、それが「個人の趣味」「勝手」では済まないこと1~3の通り)
というような感じ。
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブについて、各所で話題になっていたマサチューセッツ工科大サイトの感想も翻訳してみた。初音ミク現象を基に、情報を巡る様々な活動の基盤となるメディア・プラットフォームのあり方について考えたもので、書き手はミクが市民主導のメディア作りをするうえで参考になると考えているようだ。残念ながら一ヶ所、fro-ducerなる意味の分からない用語があったのでそこは翻訳していない。意味を知っている人がいたらご教授願いたい。
urlは以下の通り。
http://civic.mit.edu/blog/condry/miku-japans-virtual-idol-and-media-platform
7月2日土曜日、私は普通じゃないライブショー、日本から来たヴァーチャル・アイドルの米国デビューを見に行った。彼女は市民メディアについて私たちに何かを伝えられる存在だと思う。
初音ミクはアニメ・エキスポにおける催しの一つとして、ロサンゼルスのノキア・シアターで公演した。完売したコンサートには、多くがコスチュームに身を包んだ4000人を超えるファンが訪れ、ステージ上で生の演奏家の横に投影された「人間サイズ」の映像であるミクが床からせり出してくると、彼らは叫びケミカルライトを振った。
ミクは甘く歌い、幅20フィートある放物線状の鏡に沿って跳びはね、大半は熱狂的なテクノダンス・ポップな曲目を駆け抜ける間、決して汗をかかなかった。ステージの脇には彼女と他のバンドメンバーをクローズアップした映像がスクリーンに映し出されていた。彼女はちょっとしたおしゃべりもした。「はじめまして、初音ミクです」。そしてバンド(ギター、ベース、キーボード、ドラム)と6人の弦楽器奏者たちを紹介した。私たちは彼女に拍手を送り続けた。
「あたしたちは歴史を作っているのよ」と、私の隣に座った若い女性が友達に話しかけていた。たしかにそんな気がした。そして政治とポピュラー音楽について私が知っていると考えていることについて、改めて考え直した。
誰もが喝采しているが、何に対して? ステージ上、私たちの注目が集まる場所には誰もいない。単に仮想アバターが存在するだけだ。何のアバター? 一体誰の? それは私たちの。
大衆文化は政治と同様、しばしばステージ上の(あるいはスクリーンに映された)リーダーを前提としているように見えるが、その影響力や、しばしば創造性そのものが、どう転んでもより幅広い分散型の集団行動から生まれてくることを、ミクは示している。ミクは未開拓の可能性を孕む世界、クラウドソースな動員モデル、そして一部はソフト技術(ボーカロイド)、一部は文化的なアイデア(ミクというキャラ)からなるメディア・プラットフォームに関する有益な事例について、言外にほのめかしているのだ。
ミクはYAMAHAが開発し2004年から販売を始めたボーカロイドと呼ばれる音楽合成ソフトウエア・パッケージの声として作られた。ボーカロイドはガレージバンド[音楽制作ソフト]同様、演奏用の道具として音楽を作ることができるが、その際にメロディーと同じく歌詞を書けるという特徴も持っている。別の企業、クリプトン・フューチャー・エンターテインメント[ママ]が2007年、漫画風の画像と経歴設定(16歳、身長、体重、その他)と一緒に、追加音声であるミクを発売した。
http://www.crypton.co.jp/mp/pages/prod/vocaloid/cv01_us.jsp
重要なことに、クリプトンは画像に対する著作権を強く主張しない方針を定め、キャラクターが彼女自身の生命、より正確に言えば私たち自身の生命を持てるよう制限を解いた。いわば私たち誰もがレディー・ガガのために音楽を作り、それを彼女が私たちのために演じてくれるようなものだ。ミクがリアルじゃないってことが問題だって? それじゃレディー・ガガはどのくらい「リアル」なんだい?
ファンはそれにこたえ、さまざまな共通の服装及び像(たとえばネギ)を共有しながら数百数千の音楽ビデオをオンライン投稿した。以来、日本の動画シェアサイト、ニコニコ動画への投稿及びコメントを通じて増幅されたファンの取り組みのおかげで、ミクはスターの座へ駆け上がった。いわゆる「Nicodo」[ニコ動]はユーチューブと似ているが、動画を見ていると利用者のコメントがスクロールしていくところが違っており、それによって参加者の視点というレイヤーが追加されている。
今日ではミクのP(『プロデューサー』)は彼らの作品をオンラインで販売し、日本のカラオケスポットでは好きなミクの歌をダウンロードして歌うことができる。クリプトンは、彼ら曰くクリエイティブ・コモンズの模倣であるPiaproというオンライン・サイトを持ち、連携促進とライセンス供与をするシステムを作っている。ファンの作品は他の販売経路を通じても売られている。2010年11月、東京・池袋で開かれ私を含めた7000人の参加者を集めた完売のファン・コンベンションでは、集められた500のファングループがボーカロイド関連の音楽、ポスター、DVD、イラスト本、テレビゲーム、装飾品その他を販売した。
こうしたファンの興奮ぶりを踏まえると、ビッグ・ビジネスが仲間に加わろうとするのも不思議はない。2009年以来、SEGAはProject Divaというタイトル名でミクの携帯機及びアーケード向けゲームを作成している。トヨタも今や広告シリーズでミクを使っており、彼らはミクのロサンゼルス・デビューの前にCMを公開したほどだ(いくらかの非難も浴びたが、おそらくは善意に基づいて作られていた)。とはいえ究極のところミクはファンの取り組みによって命を吹き込まれており、ミクが商業主義の世界に足を踏み入れるのを見るのが興味深いのもそれこそが理由だろう。
ミクは、以前から知られていた市民メディアのための教訓のいくつかを補強する存在だ。人々が参加するには本当の開放性が感じられることが必要であり、共有と対話がコミュニティー形成のカギになる。管理された知的財産権システムよりも自由な文化の方がより何かを生み出す力があり、新規参入と商業主義化は、特に人気が高まった場合は常にリスクとなる。
だがミクは分散型の創造性について、ウィキペディアとも人間のセレブとも異なる特殊な図式を提示している。ミクにはバックグラウンドが欠けている。彼女には予め定められた人格はない。彼女は唯一の完成した空想世界に存在しているのではない。このウィキ=セレブは、将来がプラットフォームに在る時代において、昔ながらの人間のセレブを白物家電のように見せてしまう。
この事実は民主主義と参加についての考え方にも別の道筋を提供するのだろうか? 行動と人気を生み出すのがリーダーたち以外の社会的現実だとしたら、メディアに関する問いは表現される内容よりも、プラットフォームのあり方、それがどれほど開放的であり、それが許す創造性の形式がどんなものであるかに振り向けられるだろう。
クリプトン社長の伊藤博之は2011年10月、ミクと計画されている英語版を含む関連プロジェクトについて議論するため[MITの]比較メディア論を訪れる。彼はこの現象を、エンターテインメント産業について再考する機会だとみている。「これは普通ではない形の創造性です」と、コンサート前にLAで短時間出会った際に彼は言った。「私たちはコンテンツを作成する過程を作り変えているのです」。ミクが機能するのは分散型のファン=製作者グループの関与があるからだ。おそらくこれはプロ=シューマー[生産消費者]の終焉であり、fro-ducer[残念ながら意味不明]の台頭なのだ。
大衆文化は、市民メディアを分析・設計する際に利用できる社会的力学を照らし出すものだ、と私は信じている。大衆文化は政治的参加のための媒体になり得るのみならず、特に人々に行動を促すという観点からどのようにアイデアが流れ影響をもたらすかについて把握するモデルも提供してくれる。
アニメに関する研究において、私は仮想のキャラクターがそれ独自で生成力のある創造性のプラットフォームになっているとの結論に達した。そこからより多くの種類のプラットフォームが出てきそうであり、創造され、築かれ、共有され、分配され、リミックスされ拡張されるのを待っていることを、ミクは明白に示した。ミクについて考えることで、私たちが未来において行動するコミュニティーを創造するための新たなアプローチについて思い描けるようになること、それが私の望みだ。
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブ、外国人感想その2「再生の約束」フリーダム訳
http://anond.hatelabo.jp/20110708223459
初音ミクLAライブ、外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」
http://anond.hatelabo.jp/20110709211718
初音ミクLAライブ、外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来の音色」
http://anond.hatelabo.jp/20110710234300
初音ミクLAライブ、外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」
http://anond.hatelabo.jp/20110711212701
初音ミクLAライブ、外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマスと世界征服」
http://anond.hatelabo.jp/20110712205546
初音ミクLAライブ、外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」
http://anond.hatelabo.jp/20110713211501
初音ミクLAライブ、外国人感想その8「ミクノポリス:コンサート・リポート」
http://anond.hatelabo.jp/20110714210122
初音ミクLAライブ、外国人感想その9「アニメ・エキスポ:初音ミク」
http://anond.hatelabo.jp/20110715222900
初音ミクLAライブ、外国人感想その10「アニメ・エキスポ2011(抄訳)」
http://anond.hatelabo.jp/20110716194029
初音ミクLAライブ、外国人感想その11「世界は彼女のもの:初音ミクはいかにして全てを変えたのか」
http://anond.hatelabo.jp/20110717201147
初音ミクLAライブ、外国人感想その12「アニメ・エキスポ2011でのボーカロイド体験」
私は本当に脱原発したいなら原発反対よりもクリーンエネルギー推進よりも何よりも電力自由化を求めた方が良いと思う。
なぜなら現状では、福島原発のような事故が繰り返されようともなお、原子力発電こそが合理的で社会的に正義であってしまうからだ。
産業界は経済的に競争力を確保できる程度の安価でかつ安定供給される電力を望む。
国は有事の際でも、資源を自力調達可能なもの、もしくは備蓄してある程度の期間供給できるエネルギーを望む。
というのも、ABCD包囲網により資源を止められることが第二次世界大戦戦争の日本の開戦の発端の一つになったように、エネルギーを安定供給できなければ戦争か暴動が起きるからだ。
福島原発事故で何人の命が奪われようとも福島を死の大地にしようとも、戦争や暴動による被害よりも損失は少ないと考えられる。
それゆえ、産業界と国からの条件を満たす発電方法は現状では原子力発電の他にない。
電力会社としても、燃料であるウランが石油やLNGと比べ備蓄がきき安定した値段で手に入るため、原子力は計算しやすい。
また、廃炉のコストを考えると原子力は経済的ではないと言われるが、国が原子力発電を安定したエネルギー源の一つとみている限り、
廃炉のコストは私たちの電気代に上乗せされるか税金によってまかなわれるだろうと私は予想する。
電力会社が電気を安定供給するために原子力をベースに持ってくるのは非常に合理的な経営判断といえる。
代替エネルギーとして太陽光発電や風力発電が有望視されるが、太陽光発電はいくら効率が良くなっても天候によって左右され、
風力はメンテナンス性に欠け、またどちらとも大規模化したところで原子力発電の安定した発電量には遠く及ばない。
東京電力が発表するのを止めたという洋上風力発電は原子力発電の発電量をまかなえるのかもしれないが、
電力会社は公益法人であるが株式会社でもあり、そのような冒険せずとも良くも悪くも長年使ってきて技術の蓄積もノウハウもある原子力発電を選ぶのは明白である。
そのため、そこで風力だ地熱だ波力だ海流だなどの他の発電方法があるといっても何の意味もない。
だからこそ電力自由化が必要だと思う。
それは、上に太陽光発電や風力発電は大規模化したところでうまみはないと書いたが、家庭レベルの電力であれば話は変わり十分実用に値するため、
電力自由化と自家発電の規制を取り払うことで、電力を分け合うスマートグリットの普及が進むのではないか。
また、電力自由化により新規参入を可能することで、電力会社の独占状態を崩し、消費者が何から作られた電気かを選ぶことできるようになれば、
他の発電方法に目を向けなければならい状況ができるのではないかと思うためである。
と、居酒屋でくだを巻くように思いの丈を書いてみた。
追記:福島第一原発が収束してないそばから新しく原発作るよーとかMOX燃料でプルサーマル進めるよーとか某電力会社が息巻いているけど、
資源に恵まれていないとされる日本が脱原発するためには、自然エネルギーだろうがメタンハイドレードだろうが
石油っぽいものを作れる変な藻だろうが重水素発電だろうが核融合だろうが、資源が自力調達可能なものを得なければ
脱原発はできないのだろうと、私は思っている。
そういった意味で高速増殖炉はまさに夢の技術ではあるのだけど……リスクが大きすぎて、他の方法を探した方が有意義ではないかと私には思える。
原発でも火力でも水力でも何でもだけど、その恩恵はそのリスクに見合うのだろうか?
電力自由化による停電の問題に関しては、理想的には各々が太陽光発電や風力発電やコジェネレーションなどの小型の自家発電設備を持つことと
その余剰分をスマートグリットで分け合うことで停電が抑えられるという考え。
だから電力自由化したところで小型の自家発電設備やスマートグリットが普及しなければ絵に描いた餅なんだけど、
小型の自家発電設備やスマートグリットが普及するためには電力自由化ぐらいの改革がなければ構造変化は起きないのではないかと、私は思っている。
35歳前後、長くとも40歳までが妥当なラインだろうか。
根拠はポスドク。
ただ実際問題として30過ぎた大人が、
「俺はミュージシャンになる!」
とかいってF押さえる練習してたりするのは、ね。
とりあえずライブである程度の箱使えるようになってればおkかな?
もしくはスタジオで指名されるようになるとか。
でもあれってコネだと聞いた。
漫画家は際どいってかアウトかな。
作家は問題なさそう。
というかそんなの大学生の暇な時期にちまちまでいいから始めとけよって話。
「お金を転がして儲ける」系、呼び方わからんけど金融系はいつからでもいいのかな?
ある程度働いて資金調達→参戦って流れか。
ただ、手持ちの少ない資金ぐらい化けさせられないと生きていけない世界のような印象。
ただ新規参入厳しいから修行して独立とか支店もらうとかの方が現実的かな。
ということで周りの目を気にしない、
かつ
ならば
呆れてきたので原因を考えてみようと思った。
日本における、一票の格差は恒常的に最大5倍に達したままである。先の参院選で高知の広田一氏は13万7千票で当選したが、神奈川の千葉景子法相(民主)は69万7千票を集めて落選している。全体にとって不利益な政策がとれられたとしてもフェアな競争がなされていないのであればいたしかたないというものだ。
政治への新規参入はほとんど成功しない。政治家家業の大抵は世継ぎかのれん分けだ。
有権者は投票すべき政治家がいかな人物であるのかという品定めを行う機会というものをほぼ得ることができない。政見放送は粗さえ出さなければ話題にもならないし、見られもしない。文書図画は決められた枚数しか配ってはならないし、選挙カーは名前の連呼しか許されてない。選挙期間中はWEBの更新はダメだとか本当に意味がわからないが、そうした現状を是とするのは既存の政治家だ。新規参入を防ぐための策はきちんと機能しているといっていい。
選挙前に配られる官報?には学歴と略歴とがんばりますぐらいのことしか書いていない。しかもみんな自由形式で書きたいことしか書かないから比較もできない。地獄の業火に焼かれろ的な「とんでも」は発見できても、普通の候補者だと違いがわからない。ネットショップで価格もスペックも比較できず写真だけで選べという店であたり商品が引けるわけがない。この場合消費者がとりうる選択肢は限られる。どこかの既知のブランド品から無難な商品を買うか、さもなくば買わないかだ。
結果、約半数が投票に行かないし、地方の首長選挙は現職が9割の勝率となる。保守的なのではなく、新規が得体が知れなすぎるのだ。誰に投票していいかもわかっていない有権者など、確率的な数でしかない。だから当選するために確実に投票してくれる組織を囲い込むことに政治家は腐心する。そのために地盤やお金が必要となり、結果、特定の組織に利益誘導的にならざるを得ない。たとえその組織の利益が大多数の利益を損ねるものだとしてもだ。バラバラに動く有権者は特定の利益のために組織だって行動する人たちのまえに為す術などあろうはずがない。
もっといえば罪刑法定主義なのかも怪しいところだ。判例主義といったところで検察と裁判の判検交流に代表されるように三権分立など建前になってしまっている。厳密にしてしまえば、物事なににつけても対立がうまれ滞ってしまうので、そのような体制のほうがいいこともあるだろう。だがバランスは重要だ。現状は人治が法や道理を押しのけるまでになっているのではないかと思う。
例えば先日可決された東京都の青少年保護育成条例の改正に代表されるように、法は立てるが、運用するのは、お目こぼしをするのは我々だという暗黙の権力行使を許していてはそもそも政治家は必要ではない。議会も必要ではない。
政治家自身、何を議論して、何を決めて、それがどんな結果を及ぼしているのかにまで想像力が働いていないのだろう。やはり局所利益誘導的なのだ。決定には関与しても、立ち上げにも、運用にも、またそれが為されているのかの確認にも公正に関与できていない。政治家がただの多数決要員なら無差別に選出された陪審員でやったほうがよほどいい。
以上の原因と仮定から、スキャンダルや醜聞にまみれ、日本の政治の質が低かったとしても致し方ない。
自浄効果も期待できず新規参入も無理なら当然の帰結だ。絶望した!
ほにゃららでふがふがな社会に絶望した!と、いうところで思考を停止して右派左派同様ギャーギャー騒ぎたてるのも無理からぬこと。実際、じゃあ他に何か手立てあんの?と聞かれてもお手上げだ。誰か政治家の代わりをやれよといわれても、多分同じことをやらざるを得ないだろう。日本の政治はもはやこれで完成品なのだ。アラブでは、民主化民主化と騒いでいるが、日本には閉塞感はあっても打ち倒すべきシンボルもテーマもない。やはり行き止まりだ。
基本に立ち返る。
最大数の幸福を追求したいと考えるならば、人ではなく仕組みに裁量を持たせたほうがよい。そのためには公正な競争がなされなければならない。公正な競争がなされるためには、新規参入や撤退に自由度をもたせればいい。
既存の仕組みでも運用する人さえ違えば充分なのかもしれない。既存の政治市場と、並行稼動で仮想市場をつくっておいて、実際の議員の投票はこうだったけど、その地域の有権者の実際の意見はこうでした!的な仕組みがあるだけで、何がおかしいのか評価はできるようになる。というわけでYouつくって。
これは「新規事業として農業参入を検討していた全国企業のとある社員」が語っていて、
企業が新規事業として「農業事業へ参入できないか」検討を始めても、
結果として参入が少ない理由として
「窓口が市町村毎に分断されてしまっているから」と語っていた。
全国区の企業であれば、農業へ参入する際に、最適地(第一号参入地)のセレクト作業で
「全国47都道府県、1,000超の市区町村を、横一線に俎上に載せる」ことになる。
というか、農業は地域個別性が大きい上、市区町村の農業委員会の方針がてんでバラバラなので、
「上越市で参入OKでも、隣の柏崎市では参入NG」なんてことが日常茶飯事になる。
ということは、企業としては
「1,000を超える市区町村の農業委員会の方針、農業の実情を全てチェックする」というところから
「入口段階で、検討作業のボリュームにギブアップしてしまう」となる。
これが、ある程度一定地域との「取っ掛かり」がある企業であれば、
例えば日立製作所なら日立市を手始めに、旭化成なら延岡市を手始めに、ということになるんだろうが、
そういう「取っ掛かり」を持たない東京の全国企業だと、「1,000を超える市区町村の、
どこから調査をはじめたらいいのかわからずに、途方にくれる」ということになる。
「農水省として企業参入を増やしたいのなら、1,000を超える市区町村の中で、
炎上マーケティングといわれるマーケティング手法が話題を集めています。
彼らのいう「炎上マーケティング」とは、ネット上でいろんなトラブルを故意に発生させ、多くの人に注目してもらうことで、自社や関連サービスの(ポジティブとは限らないが)露出を獲得するものです。今回は、編集長が女性の投稿に対して難癖をつけ、その後再三にわたって罵詈雑言を浴びせ、勝手に終了して去っていく、というものでした。この手法は、炎上の対象にさせられた人、コト、モノが受ける非条理な(精神的、金銭的などさまざまな)損害が発生することが前提になっています。
http://blog.falcon-space.net/2011/03/please-do-not-call-it-marketing/
「ブログの書き方」を指南するようなHP、blogのなかでは、炎上について比較的寛容な態度が取られている物があります。このようなブログの意図としては、「批判されることを恐れずに自分の立場を明確にしてエントリーを書くことによって読み応えのあるブログを作ることがある」という主張で、私も非常に共感できます。
しかし、言葉には乱暴な側面があるので、面と向かって話しをすれば伝わるニュアンスが伝わりきらず、発信者側の意図を受信側が正確に受けとれない場合があります。その結果、「炎上させてもアクセスを稼げばおk」みたいな考え方をするヒトもいます。(多くのヒトはキチンと文を読み、咀嚼判断するのでしょうが、そうでないヒトも一部にはいらっしゃいます)
上記の様な、歩行者を打ん殴って注目を集める方法や、誹謗中傷をおこなう方法も炎上マーケティングといわれる物でしょう。
少し横道にそれますが、フェイスブックやツイッターを何の違和感も無く使用する若い世代からは、政治家や団塊世代などの古い世代は非常に遅れているように見えるのではないでしょうか?その反面、自分たちは、それまでの常識や利権に捉われない新たな人種として生まれてきたような感覚もおそらく生じていると思います。
よく年配世代の築き上げた社会システムが「失敗の出来ない社会」と揶揄されます。学歴が優先され、年功序列(崩壊しましたが)で、一攫千金のチャンスはほとんどない。
しかし、新たな世代の築いていく社会は、以前のものとそんなに乖離しているんでしょうか?
ウェブ系ベンチャーの先駆者達は口々に、新規参入者に好意的でドンドンのし上がれる社会構造を歓迎しているような発言をします。もちろん本当にそのような心構えを持っている方もいらっしゃるんでしょう。今はそのような方々は、年寄り世代を追い越す側に居ます。「追われる側」に回ったときに、同じようにオープンな態度で居られるのか疑問に思います。おそらく難しいでしょう。
だれでも、一度得た物を失うことへの恐怖をもっているし、既得権益は守ろうとするモンです。例えば、20年後のネットビジネスの様相を想像すると、4~50代の普通の人間が若手に酷なシステムの構築を必ずどこかで作っているはずです。
こう疑問に思っている人は少なくないのではないだろうか?
はてなブックマークではその答えを出しているかのような記事がいくらか人気を集めているが、どうにも納得できなかった。
例えば、「GREEで検索、無料です」と謳うGREEの釣りゲームでは、数回使うだけで折れる釣竿アイテムが2,100円。価格設定が理不尽なこと極まりない。まともな判断力があれば、こんな釣竿アイテムは絶対に購入しないだろう。いや、そもそもこんな不条理な設定になっているゲーム、最初からやる気もしないかも知れない。
こんなアイテムを購入しているのはあのときお婆ちゃんの手を取って店に入ってきた少年のように数もろくに数えられない少年ばかりなんじゃないかしらんと思ってしまう。親は無料だと思って携帯ゲームを子供にやらせてたら、二桁の数字すら数えられない子供が知らない間にアイテムを購入する。そして、翌月とその翌月にはとても高額な請求書がキャリアから送られてくるが、親は泣き寝入りするしかない。
ホントにこれが合法なの?"合法"でいいの?と思ってしまう。いやまあ、合法なんだけどさ…。
これはよく見かける視点だ。
子供が無料という言葉に釣られ、騙されて高額な課金アイテムを購入している、携帯の課金システムを悪用した非合法スレスレの商法だという視点。
果たして本当にそうなのだろうか?携帯ゲーム市場は今や1000億円規模である、本当にその巨額の利益が判断力のない子供によってもたされたものだというのだろうか?
「被害者となる子供」は時々ニュースに出てくることもある。そうしたニュースを流し見て、深く調べないまま「やはり子供を利用して利益を上げているのか」と納得している人も多いだろう。だが基本無料ゲームの課金ユーザー層が20代~30代であることや、RMT詐欺事件などで30代主婦などの被害者が出てくるなどこの仮定に反するニュースも多い。自説と相容れないために認識することを拒んでしまっていないだろうか?
釣りゲームにおいても、みんなが釣れるようでは面白くありません。
すぐに折れてしまう釣竿でゲームをする無料ユーザがいるからこそ、よく釣れる折れない釣竿の価値が上がり、有料ユーザとして「お金を払おう」という気を起こさせるわけです。
直接の売上こそ有料会員からもたらされるものですが、有料会員が楽しくゲームが出来るのは、無料ユーザのおかげなのです。
無料の携帯ソーシャルゲームが成り立つ訳 (さくらインターネット創業日記)
あくまで釣りゲームの面白さは自分が釣り上げたという達成感にあるはずで、無料でそれを感じられないならば課金アイテムを購入しようと思うより、やめてしまう方が早い。
対戦ゲームならばまだ話は分かる。しかし対戦ゲームも有料ユーザのほうが圧倒的に有利ならばわざわざ無料で続けようという人はいないだろう。これは携帯ゲームのヒット作「怪盗ロワイヤル」における時限金庫事件を引き合いにだせばすぐに分かる。怪盗ロワイヤルはお宝を盗みあうゲームだが、あるとき課金アイテム「時限金庫」が実装された。これを購入すれば3時間の間絶対に盗まれなくなり、お宝の盗み合いというコンセプトが崩れ、課金ユーザが圧倒的に有利になるのだ。このアップデートには非難が集中したため、実装後数ヶ月で時限金庫は販売中止に追い込まれた。
「無料ユーザを足蹴にして、有料ユーザが気持ちよく遊べる」のではなく、「無料ユーザも気持ちよく遊べ、有料ユーザはより気持ちよく遊べる」ことが基本無料ゲームにおいて重要なのだ。
無料ユーザも気持ちよく遊べるならば、有料ユーザがお金を出す動機はなくなってしまう。なぜユーザは3000円もする釣竿を購入するのだろうか?
実のところ面倒なので実際に釣竿が3000円するかどうか調べてないのだが、実はこの釣竿はゲーム内通貨でも購入できることは調べた。
つまり課金者の特権ではなく、無課金プレイヤーでも時間をかけてゲーム内通貨を集めれば使うことができるのだ。プレイ時間を短縮したいユーザが任意で現金を出すことでゲームを有利に進める。この発想は家庭用RPGでいえばテイルズオブヴェスペリアがDLCで採用していたものだ。
また高額な釣竿が必ずしもゲーム進行上必要でない可能性もある。
例えば結婚指輪に15万円のものもあれば100万円のものもあり10億円のものもあるように、目的を果たす上で必ずしも高額なものが必要となるわけではないが、高額な選択肢も用意されているという可能性だ。ゲームに例えるならば500円で販売されているハイポーションだけでもクリアは可能だが、1000円のエクスポーション、2000円のエリクサーも用意してユーザの懐事情にあわせて難易度を下げたりプレイ時間を短縮できるという発想だ。
しかしこう考えるとさらに疑問が湧く。安い釣竿でも十分なら誰も3000円もする釣竿を使おうとは思わないだろう。それでは利益が上がらないのではないか?
GREEの釣りゲームではある程度ゲームが進行するとプレイヤー同士でチームを結成することができる。そしてチーム単位で大会に出場し、釣果ランキングで上位を取ることができればGREEで利用できるプレミアムなアバターを入手することができるのだ。
これこそが課金を成立させる上で最大の肝だと思われる。
チームには絆レベルなどの要素があり、釣果を上げるほどチームに経験値を貢献することができる。またチームごとに釣果ポイントのランキングがあり常に競い合う状況にある。
無料で暇な時間に遊ぶだけのプレイヤーでも貢献できないわけではないが、課金アイテムを惜しまず高い釣果を上げるプレイヤーはチームコミュニティの中で重宝され、必要とされる存在になる。課金することが正しい、素晴らしいという価値観が作られる。
仲間、絆と言えば聞こえがいいが連帯責任という捉え方をすることもできる。
真偽は不明だが、FF11ではLS(チーム)を強化するために社会人プレイヤーに仕事をやめてくれと迫ったユーザーがいたらしい。つまり従来のオンラインゲーム、特にMMORPGにおいては「プレイ時間の長いユーザー」がコミュニティの中で重宝されてきた。そもそもFF11は効率のために途中抜けが許されにくく、1日に3~5時間確保できないならば迷惑なプレイヤーだというレッテルすら貼られるほどだった。それが基本無料ゲームへ移行することで「どれだけ運営にお金を貢げるか」へとシフトしていったのだろう。
それを加速させるのが大会の存在である。従来オンラインゲームを理解できるならば、いわゆるハイレベルノートリアスモンスター、攻城戦に相当するものだと考えていい。
プレイヤー同士が競い合う大会では無料アイテムを使うだけでは道具が不足し、到底勝ち抜くことはできない。より釣果を得られる(普通ならば必要のない)高額な課金アイテムにも手を出さなくてはならないだろう。チームメンバーが高額なアイテムに手を出す中、自分もチームに貢献しようと高額なアイテムに手を出す連鎖が生まれる。
こうして一部の高い客単価のプレイヤーがその数倍のプレイヤーを支える構図が作られるのだ。
この商法がやり口として正しいのかは分からないが、少なくとも「無知な子供を騙して利益を上げているのだ」「無料ユーザを蹴散らすのが課金アイテム購入の理由なのだ」というよりもこちらの方が納得いくのではないだろうか?
そうして数千円、数万円をつぎ込んで大会を勝ち抜いたチームはGREEのプレミアムなアバターを入手したのであった。
アバターアイテムというのは仮想キャラクターの着せ替えのアイテムで、多くの基本無料ゲームプラットフォーム(モバゲー、GREE、ハンゲームなどなど)がこれを採用している。アバターアイテム一つに数千円も支払うのが妥当だと思えないかもしれないが、特に女性プレイヤーを中心に仮想のキャラクターの着せ替えに数万円をつぎ込んでいるプレイヤーが多いのが事実である。
またアバターアイテムは細分化されており、例えば「髪型」「服」単品なら数百円程度だが、トータルコーディネートすると数千円になるといった料金体系になっていることが多い。初めは中学生、高校生でも手の届く範囲から、コーディーネートに拘るほど必要な金額を徐々に増やし、課金アイテム購入への心理的な障壁を崩してく仕組みがまずGREE自体にあり、GREEで着飾ることを覚えたプレイヤーがよりレアなアバターのために基本無料ゲームに手を出し、高額な課金アイテムをつぎ込んでいくのだろう。意中のプレイヤーへのプレゼントのためにつぎ込んでいくというケースもあるのかもしれない。
Venture Now に掲載されていた「ソーシャルメディア利用動向、女性ユーザーが積極的。GREE課金は男性の倍」によると、このプラットフォーム会社の課金ユーザ比率は男性の11.8%、女性は21.2%で、平均すると16.8%しか課金されていません。
(女性比率が多いというところも気になりますが、今回は華麗にスルーします)
無料の携帯ソーシャルゲームが成り立つ訳 (さくらインターネット創業日記)
なぜ女性比率が多いのか、この記事では触れられずにスルーされているが、これで疑問は氷解したと思う。
ここで重要なのはアバターの持つ価値はプラットフォームの持つ価値に比例するということだ。GREEのアバターアイテムだからこそ数万円の出費であっても払う価値がある、もしこれがはてなのアバターだとか非モテSNSのアバターだったならば1銭も出すはずがない。
基本無料ゲームの争いとはこのプラットフォームの争いに直結している。現状モバゲー、GREEの2社が事実上覇権を握っており、新規参入ではアバターアイテムに価値を付与することはできない。
これから新規参入しようとしても、これら大手プラットフォームに参画して利益の大半をマージンとして吸い上げられて、残り汁で生き残るしかないと思われる。
或いはプラットフォームを牽引するほどの利益を叩き出す大ヒットコンテンツが作れるならば話は別だが、アイデアの上でも既に半枯渇状態で斬新でマスを惹き付けるようなものがこれから出てくるとは思えない。GREEが既存家庭用ゲームの移植に頼っているのが何よりもの証左だし、既存のヒットコンテンツである「怪盗ロワイヤル」にしてもその価値を最大化・維持するために莫大な費用をかけ数年間に渡り連日雑誌やTVにコマーシャルを打っているのだ。容易にヒットコンテンツが作れ利益を上げられるならそんな真似をする理由はない。
男にせよ女にせよまともな理論聞いたことがない。
性行為が大半を占める作品を放映可能な状態に置く事自体犯罪行為ですわな。
女優は対価貰って性行為してるんだから売春に当たってしまうしな。
倫理機構作って業界が統制されているからなんとか保っている状態で、三店方式と同じぐらいのボーダーライン上に居る。
時々ボーダーからはみ出した奴が持ってかれるしな。野外撮影とか。
職業自体の違法性を無視するとしても、健康面の配慮とか、収入が安定していないとか、
環境は最悪なわけで、そもそも職業としての体裁が整っていないと思うんだけど。
業界自体の自浄性とか犯罪性とか考えたら、業界の端っことか新規参入とか統制しきれていない辺りは軒並みアウト。
そんなところで働いてるのも当然アウトだろ。
そうではなくて、独自規格から始まったものが後日改変されて、正しく定義され規格化された場合、その日以後の新プロジェクトはその規格に従ってくれという事。(例外もあるだろうが)
当初true/falseという物はなかったが のちのちC++などのために定義された その定義の中には if(false){がelse節になるという自明の理が含まれている。
であるならば、falseという名前を含んだものがifでthen節になるルールを、後発規格ができたあとに作るな。という事。
そういうものが必要であるならば、ON/OFFであるとかActive/Inactiveであるとか、命名規則が矛盾しないルールを作って、規格化されたルールとまぎらわしい、ルールを作るのは、誤用の観点から、なぜ、そんな事をするのか?害悪じゃないのか?という事。
なぜならば、後発規格で定義された標準仕様に反するから、新規参入メンバーが混乱し、同一視した結果、意図しない潜在バグが発生するおそれもあり、教育コストの面からのデメリットしか無く、経済的メリットが挙げられない。コンパチビリティーで先発規格に合わせるのは除外して。(MS定義のFALSEなど、旧システムのfalseは仕方がない)
同様に int,short,long の定義は short<long でありint は適宜最適な長さ という意味なので my_longなどを独自定義せずに 4バイトが欲しいならDWORD(先発規格)かint32_tを定義するか使え</p>
いつまで、my_longを定義しているんだ!いい加減 規格に対応しろ という事。
10頃ライブラリを呼び出します。lib1_true lib2_true lib3_true lib4_true ・・・・ lib1がtrueだったときにlib2にtrueを渡して・・・その結果をlib3に・・・載せ替えて・・・ってどんだけ、コンパチの確認を目視でしなきゃならんのだと・・・。
各個人、各会社で独自仕様でしかも、C/C++の規格と紛らわしいとか、やめてくれ。可能なかぎりC/C++の規格で使えるものは使ってくれよ。と
来月で25歳になって、被選挙権を得る俺が本気で日本を立て直すための戦略を考えてみた。
・法人税減税。
・消費税増税。どう考えても仕分けや埋蔵金みたいな小手先の策で対応できるとは思えないので、
・札証、名証、福証等の地方取引所、東工取、東穀取のような商品取引所を大証に統合。
大企業中心の東証に対する、地方、新興、商品主体の取引所に再編。
・製造業の大規模投資の税制優遇。韓国台湾のハイテク産業に対抗する。
・林業の近代化。林道整備、機械化、製材所、流通経路を含めた改革のバックアップ。
北方領土は2島返還で手打ち。経済水域は割と広いので名を捨てて実を取る。北の備えを南西にシフト。
・本気で常任理事国を目指す。新興国にインフラ売り込みをがんばる。
・FTAの推進。同時に利権の温床になっている中小農家の淘汰してJAを解体。専業農家、企業参入を優遇。商品作物輸出を図る。
・ミサイル防衛の推進。
・核武装はしない。維持費用がヤバイのと、不謹慎な話だけど世界で唯一の被爆国という立場を外交に生かすため。
・次期主力戦闘機はF-35を買う。三菱にはT-4後継の練習機の生産で仕事を維持。同時にこっそりF-3開発推進。
・F-35はVTOL型を購入して、いざとなったらDDHを軽空母にするぞというポーズを取る。
アメリカ空母で着陸訓練をさせてもらう。ただし、本気でやばくならない限り軽空母保有はしない。
・普天間基地の下地島移設。基地問題と防衛力維持の両立を図る。
・陸自のヘリの国産化。UH-X、AH-XはOH-1ベース。がんばれ川崎。
・若年層が高齢者を支える仕組みは限界だと思うので、同世代内の相互扶助の仕組みみたいなのができないか考えてみる。
・少子化なのに小児科医、産科医の不足、保育所の不足。よくわからないので詳しい人に頼む。
具体的には、
・首都圏高速道路網(圏央道、外環道、中央環状道)の整備。渋滞の緩和
・中央リニア完成と同時に伊丹空港を縮小してビジネスジェットの拠点に改装。国内線は関空に。
・なにわ筋線を建設して関空アクセスの改善。関空を西日本のハブ化。
北陸は名古屋とのアクセスを考慮して米原ルート。リニアがあれば東海道のキャパも問題なし。
石油・天然ガスの中東依存脱却と、製造業の競争力強化の観点で考える。
・地球環境変動のメカニズムを研究するための衛星、スーパーコンピュータ予算を増やす。
・ただし京速計算機みたいな無駄遣いはしない。東工大のTSUBAMEみたいな効率的なヤツをたくさん作る。
・安全保障と絡めて、早期警戒衛星の開発。ミサイル防衛の強化と宇宙開発の官需を作る。
・というか、有人宇宙開発やろうぜ。
・大規模な風洞実験室を北海道に整備。航空宇宙産業の強化と、地方振興を同時に図る。
・これらの財源は、排出権取引みたいな馬鹿らしい枠組みから離脱して捻出。
・レアアース代替材料の開発推進。
・広い領海を生かして海洋資源の調査推進。
・まともなNPO/NGOが活躍できる仕組み作り。昔バイトしたときの経験から考えて、
名誉欲の強い定年退職じじいや、勘違い主婦、自分探しの若者しかいないのが原因。
まじめな失業者や無職がNPO/NGOに参加していると職歴として認知されるような空気を作る。
最近警察がやってる路上駐車の取り締まりや、飲酒運転の罰則強化なみにしつこく政府広報すれば空気は変わる。
解雇規制の緩和するからには引き替えになる政策が必要だし、起業の増加につながるかもしれない。
・選挙区の一票の格差是正。都市部や若年層に不利すぎる現状を打開する。
・官僚に政策を丸投げせずに党でシンクタンクを保有して政策立案能力を高める。
働き口の少ない文系ドクターの受け皿になって、ドクターの雇用問題を考えてますよアピール。
以上、長文失礼。
そろそろ三年生とか三回生とかは就職活動に向けて活動したり情報収集してる頃かと思う。
で、あんまりにも好対照な記事がほってんとりで並んでて笑ったので。
http://techwave.jp/archives/51521559.html
http://d.hatena.ne.jp/satohhide/20101110/1289356513
「なんでそういうことを聞くんですか?」
と逆に質問する人は、まともな人間である。本当に下らないのだから。
これは、まともかも知れないけれども学生気分が抜けていない人だよね。
(正確にはまだ学生さんなんだから、それは酷な話かも知れないんだけれども)
なぜならこの「なんでそういうことを聞くんですか?」という質問には、意味がないからだ。
良く思い出せ。
「今、 日本にボールペンは何本ありますか」でも「時計が3:15をさしているとき、2つの針のあいだの角度は何度?(答えはゼロではない)」でもなんでも構わないけれども、そこで行われているのは就職面接だ。
大切な事なのでもう一度言う。企業が学生を選別する就職面接での質問だ。
「なんでそういうことを聞くんですか?」と問い返す学生が愚かなのは、その質問は就職面接にとって何もメリットが無いからだ。
例えばこれに答えが得られたとしよう。
「地頭力を見ています」「身近な話題を数理的に見ることが出来るか見ています」「ストレス耐性を見るテストです」...
面接批判をするかい?そんなもので頭の良さをはかられたくありません、とか言っちゃうのかい?
それとも、「へ〜そうなんですか。知りませんでした」とか答えるかい。何しに来てるのキミ。
自分が納得できないと、質問にすら答えないのかい?
質問の背景を知ってなお、その答えに変化がない場合、聞くのは馬鹿だけだ。
極端に言ってしまえば、納得しないと動いてくれない部下は異様に使いづらいのだ。
例えば上司から「日本国内のAndroidとiPhoneの比率調べて報告してくれないか」と言われて、
「なぜそんなこと調べるんですか?」と聞き返すのは、その質問が馬鹿だと思うからでも、納得して仕事したいからでもない。
その質問の背景を知らないと、使える報告書にならなかったりするからだ。
(仕事が出来る人は「新規参入の検討をするなら、うちの売り上げは北米でもありますし、国外も出した方が良いですか?」とか聞いてるな)
では、質問をしているのはどちらで、答えなければならないのはどちらだろう。
大学入試の時にも、解答用紙に「こんな問題で入学を決めるから知識偏重の教育になるんだ」とか書き込んだのだろうか。
毎日スーツを着て出社し、初めての社外の人とは名刺交換をし、愛想笑いで営業の話を受け流す。
全てくだらないことかも知れないし、愚かなことかも知れない。
じゃあ、何でそんな会社に入りたいと思うんだい?
新人が自分の判断で有効無効を判定して、くだらないと思えば社命を拒否できるような会社に行けばいいじゃないか。
きっとそんな会社もあるよ。頑張ってくれ。うちには来るな。