はてなキーワード: 中耳炎とは
1歳の子供が熱を出した。
中耳炎持ちだから、抗生物質がもらいたいのだが、発熱してると外来を断れた。
別の小児科に問い合わせたところ、PCRしかやってないという。
どういうことかと聞くと、
「濃厚接触者になってしまうから、聴診器を当てたりは出来ない。喉くらいはみるけれど。薬は出せる。」
とのこと。
聴診器を当てたら濃厚接触で喉をみるのは大丈夫という基準がよくわからない。
うーん、もうよくわからない。
診断のためのPCRやめたらと思う。PCRの有用性を疑うわけじゃないのだが
「あなたは入院」「あなたはようわからん。家帰って寝てろ」と言うために、PCRは必要だろうか?
検査が陽性だろうと陰性だろうと、もうコロナとして取り扱うしかないと思うのですが。
あるいは、症状の強弱に関わらず念のため検査したほうがいいという人だっていると思う。
例えば、ここ数日以内に密室で会議をしたとか、どんちゃん騒いだとかいうなら、症状が軽くてもPCRすべきだろうし、必要最低限の会話しかない内勤だったら「念のため症状が治まるまで数日休んどけ」だろうと思う。
もう、本人のためにPCRで診断をつけるという段階はとうに終わってると思う。
まだ空港検疫から漏れ出した感染者をどう封じ込めるかという感じのシフトのまま、制度が動いている。
感染症法で5類相当にすればどうにかなるという話ではなく、コロナ患者は腫物扱いしろという圧力と、診断をつけてほしいという患者側からの圧力によって、「検査しかしない」だし、検査対象が先着順という状況に陥ってる。
このぶんだと、検査はコロナの抑止力にならないし、コロナに力を割かれて通常医療は回らないと思う。
以上、素人の考えでした。
もしも似たような症状の人がいれば参考にしてほしい。
別名が蓄膿症。
人間は鼻の裏側辺りに空洞(副鼻腔)があるのだが、そこに膿が溜まるのが副鼻腔炎。
副鼻腔炎になる人はそもそも副鼻腔の形状が炎症を起こしやすいため、ぶっちゃけ根本的な治療法は無い。
一時的に治っても再発することが多い。
稀な病気だと思われがちだが自覚症状が無いだけで罹っている人はかなり多い。
下記の症状の人は注意してほしい。
分かりやすいのは鼻の奥が熱いだとか痛いだとかだが頭が痛いとか咳が治らないという症状もある。
特に咳が止まらないのは喉に異常があると思われがちなので喉飴や風邪薬で対処しがちだが
鼻に原因があるのでそれだと一向に治らない。
なぜ副鼻腔炎になると喉がやられるか、というと鼻水が喉側に流れてしまうため。
後鼻漏(こうびろう)というらしい。前に流れ出るのが鼻水で、喉側(後ろ)に流れるので後鼻漏。
自分はずっとこの症状に悩まされていて、耳鼻科で診て貰ったときに副鼻腔炎が判明した。
とにかく医者に行く。
こんな素人の書いた増田の言うことを信用してはならない。医者に行って聞いてみる。
レントゲンを撮って貰って副鼻腔内に炎症を確認できれば副鼻腔炎が確定する。
まずは炎症を止めるために薬を処方してもらい、鼻うがいをして副鼻腔内を洗浄する。
そして謎の煙が出る装置で鼻の中を消毒(?)する。
鼻うがいだ。
副鼻腔を清潔に保つことが大事なので鼻うがいを継続して行うしか戦いに勝つ方法はない。
特に「あー」という声を出しながらやらないと耳の方に洗浄液が行ってしまって中耳炎になることもあるとか。
耳鼻科へ行けば丁寧に教えてくれるだろう。(病院によるだろうが)
また、病院にあるような鼻うがい装置は大変よく出来ていてスムーズかつ痛みもなく鼻うがいができる。
ただ、毎日病院に通うわけにもいかないので家庭に準備しなくてはならない。
テレビでは鼻うがい用の製品がCMしているが、はっきり言って高い。
という疑問を抱くことだろう。
ハンディタイプ、ポンプタイプなどの機材がお手軽価格で買える。
初回は専用粉末のサーレが付属しているので
という疑問を抱くかも知れないが、要するにこれは塩だ。
鼻うがいが痛いのは浸透圧の関係なので生理食塩水で洗えば痛くない。
※サーレは塩+ミント系が処方されていてスッキリ感は高めなので買っても良いとは思う
1Lの水に対して9gなのだが、9gなんていう面倒なものは量りたくない。
一度は量ってもらいたいが、小さじ1杯の食塩はだいたい5g〜6gぐらいになる。
水が500〜600mlに溶かせばだいたい0.9%の食塩水が完成する。
正直、きっちり0.9%にする必要は全く無いので適当に微調整するといい。
食塩もキッチンソルトで構わないが、粒が細かい塩にしないと溶けないので注意。
キッチンで使うモノとは別に分けた方が衛生面・心理面でも良いと思う。
副鼻腔炎対策として毎朝の鼻うがいが日課になったが想像以上に生活が快適になった。
副鼻腔がスッキリしているというのは気分的にも非常に良い。
何より鼻詰まりや後鼻漏が無くなったので呼吸が整い、脳がクリアになったようにも思える。
また、副鼻腔炎が解消した・コロナの影響かもしれないが風邪を引いていない。
毎年3,4回は風邪っぽい症状に悩まされていたが昨年はゼロだった。
健常な人も鼻うがいを試して欲しいと思っている。
突然鼻水が噴出することだ。
副鼻腔に貯まった生理食塩水を完全に排出するのが難しい場合がある。
いくら鼻をかんでも出てこず、ふとしゃがみ込んだりしたら突然出てきたりする。
ぎりぎり定型発達な俺の成長記録
子供のころから習い事などは続かなかった。そもそもタスクがあること自体がストレスで、いざ始めてしまえばそれほど嫌ではないことも、「習い事に行く」ことが嫌で続かなかった。
これについては、小学生に上がってから習い事を始めさせ、すぐに続けさせることを諦めた両親に感謝しかない。当然塾にもいかなかった。
なお、長じては飲み会嫌い、付き合い嫌いとなって開花し、無事、友人づきあいも交際も消失した。
継続ができないので、低学年の連絡帳などは、ほぼ真っ白だった。人生のやり残した感の端緒は連絡帳に違いない。
根気が無いので暗記もできなかった。例外は百マス計算で、多分自分の(興味ないことへの)集中力の限界がここらへんだったと思う。ミスは多かったが計算ができたことで何とか自我が保たれた。
テストはとにかく第一感で解いて見直ししない事で折り合いをつけた。空いた時間は、問題用紙にひたすら迷路を書いていた。
当然、ケアレスミスで点数は落とすし、漢字の書き取りなどは壊滅しているので満点にはならないが、8割くらいはとれていたので、ほおっておかれた。これも助かった。
すでにある程度分かっていることを繰り返すと激しく集中力が落ちたので、予習も復習もしなかった。小学生の頃はそれでも授業の進行が遅かったので、まだ終わらないのかと時計を凝視している嫌な生徒だったと思う。
待合室で漫画にかじりついていたので、近所のお医者さんに、この子は将来大物になるといわれたが、そんなことはなかった。
真面目に頑張ればなんにでもなれると、無責任に言う親だったが、中学生ぐらいには、医者とかパイロットとか100点をとれる人向けの職業には就けないと確信した。
なお、中学から始まった英語も暗記科目なので死んだ。たまたま近所に、例文の単語を隠してその単語を問う5W1Hの文章を作成するという特訓をしてくれる人がいて、英語の構文に慣れたので、全く筆記ができないにもかかわらずセンター試験でそこそこ点数が取れた。
理科は、とにかく根気が無いので、難しくて(解けなくても恥ずかしくない)薄いということでZ会の問題集にお世話になった。
なお、社会は地図帳にもかじりつくタイプ(鉄)の人間なので地理一択だった。
小さいころから人前が苦手で学習発表会とかは仮病を使ってよく休んだ。実際問題、風邪もよく引くし中耳炎なども一通りやられたが。
布団の中で横になって、NHKラジオの株価とか気象通報を聞きながら窓から雲を見ている時間が、今思えば一番幸せだったかもしれない。
そんなことだから、大学に入る前から卒論発表に怯えていた。後に、卒論発表よりゼミの方がつらいし、終わらない恐怖より恐怖の結末のほうがましだ、と知った。
基本、話ながら考えることができないので、人前に出る前には準備が必要、トラブったら諦める、と自分に言い聞かせているが、社会人になってもいまだにストレスである。
また、字の汚さもなかなかのもので、自分の書いたノートは自分でも読めないので残っていない。
高校の恩師が、教科書という立派なノートがあるからそれを見ればいいと言ってくれたのは、一生の宝物である。
あとは、両親があまりうるさいことを言わない人たちで、17時帰宅21時就寝という簡潔なルールだけを課してくれたので、生活が整いやすかったというのはあるかもしれない。(大学入学まで変わらなかった)
以上
仕事の後で、私用により往復200kmのうちの往路でハンドルを握り、
翌日の仕事は午前中にかなりイレギュラーな対応が急に舞い込むという、
そして午後になって程なく、軽い頭痛と肩こりを覚えたと思っていたら、
オフィスで何台も稼働しているパソコンの動作音のうち、低い音の成分だけが
「ボボボボ…」という感じで、右の耳の中だけでやたら響くようになった。
更には右の中耳の、そのまた奥の方で何かが詰まった感じが出てきて、
これが「いきなり聞こえなくなった」とかなら明確に突発性難聴の疑いがあるので、
仕事を即切り上げて病院直行だけど、そういうのじゃないみたいだし…
などと思いながら明日には良くなるだろうと、その日はなんとか仕事をこなして帰宅。
しかし、翌日になっても良くならなかったので職場には遅刻することだけ連絡して
耳鼻科に行ったら、なんと右耳の聴力が落ちていた。
具体的には、125~500Hzくらいの低い周波数の音に対する感度が、右耳だけ
有意に落ちていて、特に250Hzの感度が左と20dBも差があるという結果に。
一方、外耳にも鼓膜にも特に目立った変化はないとのことで、これから考えられるのは
もしくは
のいずれかだろうとのこと。
どっちなのかは、これから処方する薬がどこまで効くかでだいたい区別がつくそうで、
これを聞いて血の気が引いたことは言うまでもないが、それでも早く治療を始めたほうが
いいということで、処方箋と引き換えに薬局で薬を入手してすぐ飲み、
そうこうしているうちに目眩まで覚えるようになった中、どうにか帰宅。
帰宅後も、横になっている状態から起き上がるとクラクラする状態が数時間続いた。
そこでやっと気づいたのだが、確かに部屋のエアコンの音が、右と左で聞こえ方が明らかに違う。
ということは、もしこれが元に戻らなかった日には、軽度難聴の聴覚障害者になるのは確定だろう。
数日後に再度診察に行くことになっていたが、その時までにどこまで回復するのか、しないのか、
本当に恐ろしかった。
そして迎えた再度の診察。
結局、これはいわゆるメニエールの症状が特に聴覚方面に出たということなのだろう。
また、これがストレス性のものだとするなら再発可能性があるわけで、ちょっと勘弁して欲しい。
次こそ永久に聴力を失うのでは…と思うと恐ろしいことこの上ない。
これからはなるべく疲労と寝不足を避けるつもりだが、精神的に大丈夫と思っていても
体がついて行かないというのは、どこまで頑張れるかの予測が難しいし。
日頃から差別や偏見を撒き散らしているせいで、周囲の人々から何も打ち上げてもらえない
実は中国ハーフだったとか、内部傷害があることだとか、帰国子女だったとか、親戚がヤクザだったとか、今は息子が中耳炎で通院してるとか、週末はジャニーズのコンサートを見ただとか、家族旅行でどこにいくかとか、あの映画が好き、あの女優が好き、あの作家が好きーーーそういうあらゆる話をして貰えない
プライベートはひた隠しにされる
日頃から全てをdisり、差別するような奴にうっかりバレようものなら何を言われるかわかったものじゃないからだ
みんな違ってみんないいとは思わない
みんな違ってどうでもいいとも思わない
みんな違うことにも気づかない
仮面の下の顔を見せてもらえることはない
言葉は交わしても心は交わしてもらえない
仮面を被らない人と接したことがないから大きな主語しか使えない
誰も彼も皆、誰でもない。特別ではない。ただの他人。ただの背景。解像度の低いぼやけた人の群れ
愛すこともない、愛されることもない
そうして1人、偏見に殺される
自分の弟が生まれた頃のことを思い出すと、親がてんやわんやしてて、子供心に大変そうに見えていた。弟が生まれてから、母親はわいと手を繋いでくれなくなった。なかなか言葉を話すようにならなくて親と祖父母が心配していたり、夜中にひきつけ起こしたり、しょっちゅう中耳炎で耳鼻科に行ったり。スケジュール管理出来なくて予防接種受け損なったり。
だから、子育てって超絶大変なんだろうなと身構えていたんだけど、30年前より色々便利になってるので思ったほどではなかった。
もしくは弟妹がいても年齢差が小さくて、弟妹の幼少時の記憶が残っていないのだろうか。わいは弟と6才はなれている。
〜〜以下、余談〜〜
半端に当時の育児の記憶が残っているので、今の親向けの育児指導の内容が昔と結構違っていて戸惑った。日光浴とか風呂上りの白湯とか、今はやらないんだなあと。これって祖父母が孫にやろうとして迷惑! とよく言われるやつだよね。
このゲームは自己顕示欲が作用する方向が善のサイドに一方通行なこと
敵の後ろからそーっと近付いてロープで縛るか銃で無力化するかして、トラック奪っていたら自分の指が慣れた動きをするのにはびっくりしたけど、あっこれMGSでやったやつだ!!とわかって嬉しかった
あと装備整える画面とかMGSVTPPの出動画面とほぼ同じだけど、こういうのは知的財産権的に持ってきていいやつなのかな?
今は発売当初の熱めのファン層多い時期の動きに参加できてるから楽しいけど、少しでも廃れたらあっさりやめると思う
今後ストーリー進めていってトラックが開発できるようになるといいんだけど
熱は下がったんだけど鼻かむと左の鼓膜がボワボワして中耳炎っぽいし痰が絡む咳と喉の痛みがあるので寝ます
病院行きたい
大人、熱37.2度
最近頭痛が出てきたので今日脳神経外科にいくはずだったが、ついさっき発熱を意識した
中耳炎の背景から髄膜炎ではないかと不安になったが救急車を呼ぶほどではないと思い夜間の当番病院に電話
症状を伝えると1日分の解熱剤しか出せんし5000円かかるしと遠回しに断ってきたので諦めた
診てくれそうなところには心当たりがあるが、大学病院なので気軽には行けない
本当は当番医から救急性のある患者を選別してここへ投げるのではなかったか
直接ここにいくと手順をスキップすることになる
このルール違反が多いとパンクしてしまうからなるべく控えましょうと市のHPに書いてあるが、これだと違反せざるを得ない
さて、どうしよう
この子達は特別大人しい方ではないのだが、大人の言うことをよく聞けるし危険な行動を取る事が少なく、たぶん育てやすい方だと思う。
ところが去年の秋から今年の3月頃にかけて、突然二人揃って人が変わった様に暴れん坊になってしまい、私は今までになく育児に苦労することになってしまった。
今は二人とも元の子供達に戻っている。
・家の中で喉が張り裂けんばかりの奇声を上げて走り回る。
・スーパーなどに連れて行くと大興奮し奇声を上げながら走って行こうとするのだが、商品棚や他のお客さんなどにやたらぶつかってしまう。
・私が注意する・叱る・堪忍袋の緒が切れて怒ると、何故か大はしゃぎ。
・待って!危ない!など制止する声に全然反応しない。
・楽しそうに走り回っていたかと思うと酷く不機嫌になる。
・テレビの音が聴こえないと癇癪を起こす。
以上の様な感じで、私は自分の子供への接し方が悪くてこうなってしまったのだろうかと悩み苦しんでいたのだけど、ある時長女に対してつい感情的になってしまって、
と怒鳴ってしまった際の長女の反応で、これは今すぐ子供達を病院に連れて行かなければならないやつだと気付いた。
長女はちょっと困った様に眉尻を下げて言った。
「聴こえるよ。聴こえない、聴こえる?……うーん、やっぱり聴こえないかな?うん?うーん、聴こえる、と、思う」
それですぐに長女を近くの耳鼻科に連れていった。
長女は両耳とも酷い「滲出性中耳炎」になっており、医師が言うには「これは殆ど耳が聴こえていないと思う」という事だった。
その時は次女は受診させなかった。次女は単に長女につられてはしゃいでいるのかと思ったからだ。だが数日後に心配になって次女も診て貰うと、やはり両耳中耳炎で、長女同様耳が聴こえづらくなっていた。
次女の方が幼いぶん深刻だった。聴力が発達する時期に中耳炎で耳が聴こえにくくなってしまう事により、聴力の発達が妨げられてなんちょうの様になってしまったり、言葉の習得が妨げられてしまうからだ。
子供達の様子がおかしいと感じ、更に日常生活に支障が出て来てから受診まで、二ヶ月もかかってしまった。それから投薬や手術によって完治するまでに一ヶ月かかった。でも幸い、二人の入学・入園には間に合った。
子供達がそこまで酷い中耳炎になった原因は、ただの風邪だった。二人とも、去年の秋から今年の春先まで、何度も何度も繰り返し鼻風邪を引いていた。それで数回小児科を受診していたのだが、鼻水だけしか症状が出ないし、アレルギー性のものでもなさそうなので様子を見ようと言われ、風邪薬を処方されて服用していた。
私はそのとき子供達の息が妙に臭いのが心配で、小児科医に相談したが、異常というほどでないしちゃんと歯磨きが出来ていないのでは?と言われて納得してしまっていたのだが、今思えば子供達の息の臭さは副鼻腔炎によるもので、二人は副鼻腔炎から中耳炎になったのかもしれない。
長女の幼稚園の担任の先生に中耳炎の報告をしたところ、大層驚かれた。担任も他の先生方も長女の聴こえが悪くなっていた事に気付かなかったのだ。
「今日一日の長女ちゃんの行動を注意して見てみたんですが、言われてみると確かに聴こえていないみたいですね。集団活動の際、周りの様子をきょろきょろうかがって動いていました」
親の私が言うのもなんだが、長女は賢い子なので、耳が聴こえにくく先生の指示を聞き逃してしまっても、周りの様子を見て聴こえないぶんをカバーしていたのだ。
子供達は今ではすっかり快復して、元通り、人の話をよく聞ける子供達になった。
長女は歌を歌うのが好きなのだが、中耳炎の頃の様に聴いてる私の鼓膜が破れそうな程の大音量で調子っ外れに声を張り上げて歌う事はなくなった。
長女の歌は結構上手だけれど、2月頃に覚えた歌を歌う時だけは酷く音程が外れている。
この一件以前、私は子供達が聞き分けよく穏やかな性分だったのを自分の育児が上手くいった結果だとおごっている部分があった。
だが、本当は子供達の性分のお陰で上手くいっている様に見えただけ、楽をさせてもらっていただけだと気付いて、凹んだ。
https://anond.hatelabo.jp/20180129125711
これの続き。(間違えて消したため再投稿)
時間ができたので、また書き残しておく。
体は大きくなっていたのに、1才過ぎてもズリバイと伝い歩きばかりで、ハイハイもしない。
特に心配はしていなかったけど、児童館や公園で会うママに、「まだ歩かないの?」とか「区の育児相談いってみたら?」とか言われるようになって、ちょっと面倒に感じていた。
夏の暑さをいいわけに、児童館から遠ざかっていた1才4ヶ月のある日。
「うわ、立った!」という衝撃が抜けきらないうちに、今度はトコトコ歩きはじめた。
両手でバランスを取りながら、自分の足で歩いている子供の姿は、思っていたよりずっと大きかった。
毎日見ているから気づかなかったけど、本当に育っているんだなと実感できた瞬間だった。
子供の体重が10Kgに近づいてきた頃。突然、ベビーカー拒否がはじまった。
ベビーカーに乗せればギャーギャー泣き、どうにもならずに抱っこ紐に切り替える。
抱っこしてしまえば泣き止み、今度はじっと人の顔を見てくる。
泣きもしなければ笑いもしない。
わが子の熱烈な視線を受けつつ。ふうふう言いながら、空っぽのベビーカーを押して歩く。そんな毎日だった。
3ヶ月くらいでおさまったけれど、拒否がひどかった時期は、なんでこんなにベビーカーが嫌いなんだろうと悩んでいた。
その理由が判明したのは、2歳も半分を過ぎた頃のこと。
牛乳を買い忘れたのに気づき。近くのスーパーまで行こうと支度している途中で、ぱらぱらと雨がふってきた。
しかたない、抱っこして出かけよう。
そう決めて、ひさびさに抱っこ紐を取り出してきたら、子供が「だっこ? ねえ、だっこ?」と聞いてきた。
「そうだよ」と返事をすれば、今度はひざにかじりつき「はやく、はやく、はやく!」とせがみはじめる。
急かされるまま抱っこをすると、こちらの顔を見つめながら「ママ、だっこだね、だっこだね!」とニコニコ笑う。
それで、やっとわかった。
この子はベビーカーが嫌いなわけじゃなく、ただ抱っこが大好きだったんだ。
表情がとぼしく、しゃべりらない時期だったから、ちっとも気づかなかったけど、本当はあのときも「ママ、だっこだね」と伝えたがっていたのかもしれない。
結局、抱っこ紐でおでかけしたのは、それが最後になった。
でも、最後の最後にとろけるような笑顔を見れて、いままでの苦労がむくわれた気がした。
うちの父は、けっこうなヘビースモーカーだ。
母が妊娠してもタバコをふかしていたし、出産のタイミングで飲みにも行ったらしい。
この数十年間、母になんども蒸し返されているのに、笑うばかりであやまったりしない。いまだ昭和を引きずったまま、この21世紀を生きている。
そんな父だったが、初孫には気をつかう。
正直、タバコを吸うために換気扇の下に移動する父の姿なんて、想像したことすらなかった。
みんなが揃っている状態が大好きな初孫は、じいじがキッチンに移動するのを見れば、どうしたどうしたと迎えに行ってしまう。
なかなかタバコが吸えず、苦戦する父。
母は「禁煙したら、おじいちゃん?」と追い打ちをかける。ほかの兄弟たちも、母に同調して助けようとしない。
それでもタバコを諦めきれない父は、スキを狙って玄関から外に出た。
間もなく、じいじがいないと気づいた初孫が、大慌てで家中を探し回る。
「じいじー、じいじー」と呼ぶ孫の声にガマンができなかったんだと思う。
外に出てまでタバコを吸いに行ったはずの父は、1分もたたないうちに戻ってきて、みんなを笑わせた。
あの偏屈で頑固な父ですら、この子はかわいく思えるのかとビックリしたし、わが子をかわいいと思ってもらえてることが、照れ臭くもうれしかった。
※余談
部屋にもどってきたとき、父が「玄関まで来てくれるのはお前だけだよ……」とつぶやいたようだったけど、家族は誰も反応せず。いまも初孫だけがお迎えに行っている。
のばしのばしになっていたトイレトレーニングに取り組みはじめたのは、入園が決まってすぐのこと。
抗生剤の影響でおなかを壊してしまって、トイレトレーニングどころじゃなくなった。
旦那が出張で不在のなか、2人でトイレトレーニングをはじめた。
怖がっていたのは最初だけ。
一度成功すれば、そのあとは順調だった。
これなら入園に間に合う。
よかった、よかった……と胸をなでおろしたのも束の間。急におもらしがはじまった。
それなのになんで? なんで急にできなくなってしまったんだろう?
外での練習なんて、夢のまた夢。でも、それじゃ入園に間に合わない。
本当にどうしよう。
一人でもんもんと悩むこと数日。
おもらしに気づいて、「残念だったね」と言いながらパンツを脱がせていたとき。ソワソワした様子で「あたらしいパンツ? あたらしいパンツはく?」と聞いてきた。
その表情と、パンツを連呼している様子を見て。「もしや……」と思いながら、ありったけのパンツを持ってきて子供に見せると、すかさずその中から一枚を選び出した。
選び出したのは、おしりに大きく新幹線がプリントされているもの。
買ってきたパンツを見せたとき、真っ先に手に持った一枚だった。
新幹線パンツを履かせてみたら、それ以降、一切おもらしをしなかった。
どうやら、お気に入りのパンツが出てくるのを早めたくて、わざとおもらしをしていたらしい。
いつの間に、そんな知恵が回るようになっていたのかとあきれ。ここまで強い愛着が育っているという事実におどろいた。
愛着が生まれたということは、自力で選ぶ力がついたということだ。
選ぶ力がついたなら、この子にとって好きなものが、身の回りにもっと増えていくはずだ。
それってすごく幸せなことだな。たくさん幸せになって欲しいなと、そんな風に思った。
ひと月ほど出張に行っていたパパが、ついに帰ってくる日。
不在中「パパは?」と聞きまくっていた子供に、「パパは夜寝るくらいに帰ってくるよ」と伝えた。
大喜びする子供に満足し、かわいいなあと眺めていたけれど、すぐに後悔した。
ギリギリに伝えればよかったと思いながら、「まだよ」と言い続け。
日が暮れてからは「夜だよ! まっくらだよ!」と繰り返す子供に、「寝るにはまだ早いよ」と返し続け。
グッタリも通り越した10時過ぎに、やっとパパが帰ってきた。
「パパだー!」と叫んだ子供は、うれしそうに笑う旦那の腕に、いきおいよく飛び込んでいった。
照れくさくて、パパとなかなか目を合わせられない様子も。
抱っこから下ろされても、めげることなくバタバタ追尾していく姿も。
全部がかわいくて、思い出すだけで頬がゆるむ。
トイレトレーニングも上手くいって。長かったワンオペも終わって。ようやくひと息つけたので、長々と文章を書いている。
毎日があっという間で、かわいいこと、うれしいことをちゃんと残しておかないと、すぐ記憶の彼方にいってしまう。
もったいないから、できるかぎり残していけたらなと思っている。
※追伸
私は、経験があるんですが、醤油差し(100均ので売ってる)を使ってその生理的食塩水(0.5-0.9%)鼻に流し込みました。冬は、温めた方が良いです。中耳炎にならないように、キチンと鼻水は出した方がいいみたいです。。(^^/
(ヨガとか、瞑想で鼻呼吸をしなさいってことで、鼻づまりのときにやりました。生理的食塩水がキチンと出来ていれば、そんなに、プールで息継ぎに失敗したときみたいに、鼻がツーン痛くはなりません。。)
それとも風邪でしょうか。
http://www.kawamura-jibika.com/blog/?p=250
より
3-1.
鼻を温めて深呼吸をする
鼻を温めると血流が改善され、鼻の中がすっきりしてくるはずです。
花粉症の鼻づまり、風邪の鼻づまりなど、どんなタイプの鼻づまりにも効果があるといわれています。
鼻に蒸しタオルを当てる
お湯をためたタライに鼻を近づける
熱がなければゆっくりとお風呂に入り、体を温めて血流を改善しつつ、湯気を吸いこむような気持ちで深呼吸してみてください。
外出中に鼻づまりを何とかしたい時は、使い捨てカイロを鼻の根元に当ててみましょう。
3-2.
脇の下を刺激する
テレビ番組で紹介され、鼻づまり解消法として注目が集まっているのがこの方法です。
子供のころ、横を向いて寝てると鼻づまりが解消されたという経験はありませんか?
脇の下にある自律神経を圧迫することで反対側の交感神経を刺激し、血管を収縮させて鼻の粘膜の腫れを改善する、という原理です。
鼻づまりなのに脇の下が関係しているの?と思った方はぜひ試してみてください。
やり方は簡単で、つまっている鼻とは反対側の脇の下にこぶしをはさみ、圧迫します。
こぶしの代わりにペットボトルでも構いません。
圧迫するときはこぶしを入れた脇を下にして、横に寝てみるとよいでしょう。
3-3.
鼻うがいをする
鼻の奥についた花粉やほこりをしっかり洗浄する効果がありますので、花粉症で悩む方は毎日行うと良いでしょう。
鼻うがいのやり方は以下の順序です。
煮沸した水で0.9%程度の食塩水を作る
顔を横に傾けるとスムーズですが、傾けすぎると食塩水が耳管に入り、中耳炎になりかねませんので注意してください。
また、鼻うがいが上記のようにできない方は、鼻で水を吸い込み、鼻の中を洗う要領で行っても構いません。
真冬は水が冷たく、そのままでは痛みを感じる場合もありますので、できればぬるま湯を使って行いましょう。
煮沸した清潔な水で行ってください。
だそうです。お大事に。