はてなキーワード: 美少女アニメとは
まあ、何々と同じなんでしょ?って言ってる方はぶっちゃけジャンルの話をしてるんであって
日本文学は全部日本書紀のパクリでしょ?みたいなことを言われようがそこは否定しようがない事実だから無言で頷く他よりない
(海は全ての生命の母でしょ?と言われてカチンとくる必要も反論する必要もないように一言そうだねというだけで良いのと同じ)
(創作物は作られる前段階で他の創作物と全く被ってないのかチェックされる以上は何らかの過去作品の影響を必然的に受けるものであると認識するべき)
作品にとって最も重要なのはビジネス的側面から言えば売上(利益率)であり何がルーツかはどうでもいい(勿論特許侵害に値しない範囲での活動に限る)
そして消費者サイドからしたら「どれが一番買いたいのか」でありこれまた何がルーツかどうかは極めてどうでもいい
仮にもしうる星と同じなんでしょ?(いつまでそんなもんみてんだバーカ)と言う意味で言ってきたとしても
それと深夜美少女アニメを見たいと思っているユーザーの気持ちとは何ら関連性がない
ジャンルとしてルーツがそうであったところで購買者の購買欲の有無とそれとは何ら関係性がない
同じジャンルならどの歌手・曲も大好きなんてやつがまずいないのと同じようにジャンルが同じだからといって購買欲が上がるかどうかは人それぞれ
同じものだから飽きる・同じものだから続けられる、そこは個人レベルの問題でありうる星がルーツかどうかは関係ない
なのでこの発言に同意したところで購買欲を否定できるものではないし、購入動機が消失するわけでもない
単にジャンルのことに対して問うているに過ぎない質問に正しい返答をすればよろしい
つまり、美少女アニメを観ているからといって、馬鹿にされない時代になった。
今の若者は、まるでドラマを観るかのような感覚で美少女アニメを観る。
テレビや雑誌のインタビューを見ていると、アイドルや女優など、若い女性タレントがよく「私って実はオタクなんですよー」と、本当によく言う。
アイドルや女優のオーディションをやれば、ほぼ全員が「私ってアニメオタクなんですよー」と自己アピールするらしく、
審査する側は「またかよ」「もうそれ個性でもなんでもないから、いちいち言わなくていいよ」とウンザリしているそうだ。
私生活が充実していそうな若者とカラオケに行けば、まあ皆アニソンばかり唄う。
15年前までは、「美少女アニメを観ている」なんて言えば格好のイジメの餌食だった。
なのに、だ。
おそらく20代前半ならサラッと「俺オタクだよ」と言えてしまうのだろう。
20代後半のオタクは、学生時代オタクであることでイジメられていたトラウマがあるのか、隠す。
でもそういう奴に限ってワキが甘い。
スマホの待ち受けが美少女キャラだったり、リュックサックに美少女キャラの缶バッジやキーホルダーをつけてたり。
着ている服も、「今時そんな服どこで売ってるの?」と逆に聞きたくなるような時代遅れの服を着ていたり、まるでパジャマみたいなネルシャツを着ていて、どこからどう見ても「ダサい童貞」にしか見えない。
キモオタであることはバレバレなのに、必死に「俺はオタクじゃない!」と言い張る。
誰もそんな話してないのに、急に初音ミクの話をしだして、「うわ、気持ち悪っ」って空気になったら
「ボカロを聞いてるからってオタクじゃない!ボカロはアニメと関係ないし、立派な音楽ジャンルのひとつだ!」とかボロボロの反論をしだす。
どうしてこういう奴は自分がオタクであることを認められないのか。
アニメショップに買い物いくなんて、オタク以外ありえないのに。
バレバレのオタクのくせに自分がオタクであることを認められないからキモいんだろうな。
みんなで飯を食いにいこうってなっても、そこに一人キモオタがいると
「そんなの金の無駄だ!」とかわめき出す。
じゃあ、お前何しに来たんだよ。
もう30近いってのに、マックですまそうとする。高校生の放課後かよ。
大人が集まって飯食いに行くんだから、せめて酒が飲める店にいこうよ。
自分勝手な理由でワガママこく。周りに合わせようとは一切しない。自分さえよければそれでいい。
そんなんだから学生時代イジメられてたのに、30近くなってもまだそのままなのか。
もう無理矢理にでも風俗つれてくしか変える方法はないと思うのだが、
キャバクラですら「そんな汚い場所には行きたくない」「時間と金の無駄」だもんな。
(最初の居酒屋はブーブー文句たれながら来ても、次はキャバクラ行こうってなると帰る。
金の無駄だかなんだかで、友人が死んだときも葬式に来なかったし、友人が結婚しても式に来なかった。学生時代お前をイジメから助けてくれたやつの葬式に来ないとは、薄情すぎてさすがにガッカリした)
そもそも、学生時代つるんでた俺らと久びさに合うことすらお前にとっては「時間と金の無駄」なんだろう。
そんな調子だから、社会人になってから俺ら以外の同級生からは相手にされなくなって、
アニメしか見てないから原作は知らないけど、アニメで満足してるので原作は読まないけど、すごい面白いと思った。
武装少女マキャヴェリズムを見ていない人にも分かるように武装少女マキャヴェリズムを解説すると、美少女とチャンバラしてキャッキャウフフな学園生活を送るバトル系美少女アニメ(漫画)です。以上
何故ぼくがこのアニメを面白いと思ったかというと、このアニメは「キャラクターが立っている」からです。
銃刀法に喧嘩を売るような学園生活を送る作品が何千何万と作られてしまった今の時代において、ストーリーにおいて優劣が付くことはほとんどないと私は思っています。
余りにも段取りが悪いと目が滑り減点対象となる、程度でしょう。
特にこのアニメの場合は段取りはとても普通、四天王系のキャラクター(天下五剣)を次々に倒しては仲間にしていく、昨日の敵は今日の友って古い言葉もあるけど方式であり、プラス評価もマイナス評価も存在し得ないです。
つまりは、この作品の評価軸はほぼ1つ、キャラクターの立ちっぷりにあるわけです。
さて、みなさんは「キャラクターが立っている」と聞いて何を想像するでしょうか?
「そのキャラクターに人気がある」「そのキャラクターが遠目に見ても分かる」「そのキャラクターが独特である」「そのキャラクターがかわいい(かっこいい)」「そのキャラクターが他のキャラクターと区別できる」「そのキャラクターの作中での役割がはっきりしている」「そのキャラクターの話題だけで何日も話せる人が存在する」「そのキャラクターが登場すると雰囲気が変わる」「そのキャラクターが作品の看板になる」「そのキャラクターでコラ画像が作られる」
様々な物がありますよね。
どれも正しいと思います。
私が今回使っている意味での「キャラが立つ」は「そのキャラクターの作中での役割がはっきりしている」という部分についてです。
ごめんなさいクイズじゃないのにクイズみたいになりました。段取りミスったかもです。
とにかく、私が武装少女マキャヴェリズムを面白いと思うのは、それぞれのキャラクターの役割がはっきりしているからです。
では一度、私の考える武装少女マキャヴェリズムのキャラクターの立ち位置を語ってみます。
納村 不道 ー混沌/善 ー主人公 社会的束縛からの開放を望む視聴者の気持ちの受け皿
鬼瓦 輪 ー秩序/善 ーヒロイン 社会に自分たちを認めさせたい気持ちの受け皿
亀鶴城 メアリー秩序/中庸ーチョロイン チョロインを求める気持ちの受け皿
花酒 蕨 ー混沌/中庸ー狂言回し 姉御肌のキャラクターを求める気持ちの受け皿
眼目 さとり ー混沌/悪 ー中ボス 世界に漂う正体不明な悪意の具現化を求める気持ちの受け皿
因幡 月夜 ー中立/中庸ー雷電 解説担当のキャラを求める気持ちの受け皿
マツコ ー中立/善 ー相棒 男同士の熱い友情を求める気持ちの受け皿
天羽 斬々 ー中立/悪 ーラスボス 宿命的な戦いを求める気持ちの受け皿
大体こんな所でしょうか。
見ての通り、どのキャラがどのような役割なのかがとてもハッキリしています。
微妙に役割が被っている所も無いわけではないのですが、明確な役割被りはありません。
ストーリーの運びもそのキャラクターの役割を崩すことなく進んでいます。
まずヒロインを仲間にし、ヒロインを焚き付けるためにチョロインを用意し、ヒロインレースとは別枠で動けるキャラクターを味方につける、と、やり尽くされた伝統を崩すことなくとても丁寧になぞっています。
まるで伝統芸能の如く、役割のハッキリとしたキャラクターがその役割の通りに動く、ただそれだけの作品です。
しかし、それが私にはとても心地よいのです。
昔の作品をまた見ればいいと思うかも知れませんが、それでは違うのです。
何が違うかと言えば作られた時代が違うのです。
昔の作品にはどうしても、当時の感性、デザイン、流行り、文化、そういった物があるのです。
もしもそれらを今見れば、「懐かしい」という気持ちが生まれてしまうでしょう。
それを求めてみているのならばそれはとても素晴らしいですが、そうでないならば時としてノイズになります。
オタクの多くは学校でいじめられる側だったはずなのに、なぜ学校アニメを批判しないのか。
学校で苦しんだ私は、たとえアニメや漫画の中でも学校を見たくないぐらいなのに……。
そしてオタクを傷つける不良生徒だけでなく、学校それ自体にも大きな問題がある。
数々の意味不明な校則によって生徒を締め付けたり、遅刻や忘れ物をしたぐらいで厳しく罰せられたり。
他人の失敗や他人が楽をすることを許さない不寛容社会は、学校によって育まれているのではないか。
大人の社会や専門分野を描くには相応の勉強や取材が必要だが、学校には誰もが通った経験があるので
何の準備もせず描くことができる。無教養で意識の低い作り手は、学校以外に描ける社会が無いので学校を描く。
二つ目の理由は、制服姿の女の子がエロいこと。世代を問わず日本男性は制服のJCJKが大好きなのだ。
学校に問題意識を持つことなく、ただ楽しく美しい青春時代としてしか描けない作り手。
これだけ学校アニメがあふれる現状にありながら、迷いなく学校アニメを出してしまう作り手。
そんな作り手がいくら自信や使命感を謳おうが、私は絶対に信用しない。
(http://anond.hatelabo.jp/20170324153831)
という増田を見て
あーなんかわかるなーと思ってしまった
「男慣れしていない」ような描写で
「今まで異性との肉体関係は愚か交際経験すらない」という絶世の美少女がたくさんいる
俺はそんなキャラにどうしても納得できなかった
世の中の男どもは皆ヤることばかり考えてるし
そんな中いい年した絶世の美少女が処女(男慣れしていない)なんてことがあるだろうか
多少の性格の問題なんてたいていの男からすれば「やってから考える」程度の問題でしかない
常に「私はエイズです」と看板持ち歩いてるレベルじゃないとありえない(それでも美少女ならセックス相手には困らないかもしれない)
例えば戦場で20年生まれ育ったにも関わらず人を殺したとも殺されかけたこともなければ
というキャラがいたら
「いやいや、んな都合のいいことあるわけねーだろ」
と思うかと思う
そんな感じだ
美少女たちが処女という現実味のなさからくる不気味さに耐えれないという矛盾を抱えていた
これはおそらく俺の美少女に対する想いが強すぎたせいだろう
美少女への想いの強さの余り
アニメの美少女たちを「工業製品」的な目で見れるようになった今では
こんな葛藤は感じなくなった(まったくゼロになったわけじゃないが)
美少女に対する思い入れが強すぎて生じたものじゃないのだろうかと思う
余談だが
そんな当時の俺が好きだったキャラは
このキャラクターがすげえブスでも変わらず可愛く思えるだろうなあというキャラを好んだ
それも美少女同士がキャッキャするより
【ガルパン】
ガルパンの戦闘シーンを見てほしい。大洗女子学園は窮地に陥った際に精神論的な玉砕戦法に走ることなく、
きちんと作戦を立て、それを実行して勝利する。その頭脳戦のカタルシスこそが作品の本質になっている。
ガルパンの最も際立った特徴は戦車を用いた頭脳戦であり、たとえ大勢の美少女が出ていようが、ガルパンは戦車アニメなのである。
【けいおん】
けいおんは実在する楽器を出したり、実在するミュージシャンをもじった名前のキャラを出したりしているが、
その楽器の特性を掘り下げたりしないし、モデルになったミュージシャンの特徴がキャラに反映されているわけでもない。
具体的な音楽論を語るキャラもいなくて、女の子らの雑談が一番の見どころになっている。
けいおんの最も際立った特徴は女の子たちがかわいいことであり、けいおんは音楽アニメではなく美少女アニメである。
美少女アニメとは、要するにポルノのことである。それは性欲という安易な欲求を叶えるための次元の低い創作である。
京アニはポルノにまみれている印象がある。FREEにせよユーフォにせよ、水泳や吹奏楽が男の子のかっこよさや女の子の可愛さを
フェミニストの男叩きよくない、支持を得られないと注意していた。
男性も辛いよなと思っていた
今はそうは思わない
女叩きは酷くなる一方。酷さは際限を知らない。ネット上どこを見ても女尊男卑女尊男卑男性差別男性差別…女性差別の訴えにはクソフェミだのま〜んだの言われ、女が嫌という程受けた扱いをほんの少しでも男が受けると女尊男卑!男性差別!の嵐。この上、フェミニストまでが男の味方をする必要ある?
女がいかに、「私女だけどこれはない」とか言ったって、「男性差別」を批判したって、男は女を見直さないし女の為に動こうとしない。そういうのを無視して「女はワガママ、女はクソ」と女叩きは加速するばかり。
過労死ラインで働くオッサンたちの幻覚を映像化、という触れ込みで始まったこのアニメ。
主に社畜、ワープア、意識低い系、外国人実習生に好評だったようです。2期(絶対殺れよ)が待ちきれません。
妄想世界の美少女を愛でることで明日への就労意欲を養うコンセプト。一億総活躍社会を目指すアベ政権はきっと政治利用してくれるでしょう。2期は血税で製作してください。
まぁ、他のアニメも『美少女キャラのお人形さんごっこ(by パヤオ)』という意味では妄想なんですけどね。
で、晴れてNEW GAME!難民になったわけですが、どうすんだよオイ!
それにゲーム開発現場で殉職しそうな(した)オッサンたちはどうすれば良いのですか?
小一時間(すいません嘘です。一秒です)考えたんですけど、NEW GAME!亜種とでも呼ぶべきSHIROBAKOを観ることくらいしか対応策は思いつきません。
『えまたそ〜』とか言いながらドーナツを食べるのです、2期が始まるまで、半年くらい?
……鬱病になるわ。
NEW GAME!第8話はロリ要員として涼風青葉と双璧を成す、桜ねねを中心に物語が進行する。
比較的序盤に、八神コウが冷蔵庫に入れておいたプリンをねねっちが食べてしまう事件が発生。
恐ろしいことに、この死ぬほどどうでもいい事案は最後の最後まで引っ張られ、尺の大部分はプリンの話なのだ。
あぁ、本作を途中から観始めた諸兄諸姉のために補足すると、この作品はデスマってるゲーム開発現場で過労死寸前のおっさんたちの幻覚を漫画・アニメ化したものである。
ゲーム会社でありながら、プリン消失に気づく心の余裕がある一点だけ見ても、完全にファンタジーであることがお分かりいただけるだろう。
今回のサブタイは『夏休みだぁああ!!』であり、無論おっさんたちの叶わぬ願望、魂の咆哮に過ぎない。
ちなみに登場人物たちが鋭意制作中のゲームは『フェアリーズ・ストーリー』というタイトル。
妖精さん(フェアリーズ)はおにゃの子たちだろうか、それともおっさんたち? いずれにしても本作は労基法の埒外に広がる幻想世界を舞台としており、妖精さんはきっと必ずいや間違いなくいるに違いない。
しかしながら、おっさんたちの妄想に終始しているというわけではなく、ときおり垣間見える現実が物語に奥行きを持たせており、日常系アニメに飽いたユーザーの視聴にも耐え得る作品だ。
例えば、冷蔵庫の中にレッドブルがチラ見えしたり、青葉とねねっちが土下座したり、寡黙なひふみん(今回は一言も喋らない)が失語症を発症した従業員のメタファーだったりと、ところどころにおっさんたちからのSOSが挟まれている。
エンターテイメント性を維持しながら、業界の窮状を訴える社会派アニメなのだ。
毎週『NEW GAME!』観てるんですけど、キモすぎるぞい。
徹底的に男が排除されたまんがタイムきらら空間で女の子がキャッキャウフフ。
もう3回放送されましたけど、3回とも可愛いおにゃの子が出てくるだけなのですよ。
初回を全裸待機で迎えた自分が恥ずかしいです。今は反省して服を着て観てます。
あと、エロすぎです。
ゆったりした服着てるのに、なぜか布地が乳に張り付いておっぱいが強調されてます。
頻繁に描かれる乳揺れも不自然です(全部『トップをねらえ!』が悪いんや)。
それと主人公の青葉ちゃんが幼い。
18歳っていう設定ですけど、私には小6くらいに見えます。
毎週、娘に会うような気持ちです。来いよアグネス、青葉ちゃんを保護してアグネス。
別に『NEW GAME!』に限った話ではなくて、美少女アニメ全般がキモいです。
女性性を売り物にしている点が政治的に正しくありません。フェミとリベラルとおちんちんは勃ち上がるべきです。
夢を見るのも大概にしてください。
男の妄想にしか存在しない美少女を愛でて、ニチャァと笑うのはやめましょう。
『オタクのみなさん、現実を見てください。あれ(アニメ)はただの動く絵です』って庵野も言ってたじゃないですか。
来週以降も私が膣序の乱れを監視する必要がありますね。……ふぅ。
人見知り、男の人苦手、巨乳、ちょいオタ、小動物好き、ぱっつん前髪って、女性声優じゃないですか。