はてなキーワード: キャラクターデザインとは
忘れないようにメモ
「UN-GO episode:0 因果論」 (上映:約45分予定) 11月19日(土)よりTOHOシネマズにて2週間限定レイトショー上映 監督: 水島精二 ストーリー・脚本: 會川昇 アニメーション制作: ボンズ [上映劇場] TOHOシネマズ六本木ヒルズ、TOHOシネマズ渋谷、お台場メディアージュ、TOHOシネマズ府中、 TOHOシネマズ川崎、TOHOシネマズららぽーと横浜、 TOHOシネマズ名古屋ベイシティ、TOHOシネマズ東浦、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、TOHOシネマズ伊丹、天神東宝 原案: 坂口安吾「明治開化安吾捕物帖」 監督: 水島精二 ストーリー・脚本: 會川昇 キャラクターデザイン: pako、高河ゆん アニメーション制作: ボンズ 制作: 「UN-GO」製作委員会 [キャスト] 結城新十郎: 勝地涼 因果: 豊崎愛生 海勝梨江: 山本希望 虎山泉: 本田貴子 速水星玄: 入野自由 海勝麟六: 三木眞一郎 「UN-GO episode:0 因果論」 (上映:約45分予定) 11月19日(土)よりTOHOシネマズにて2週間限定レイトショー上映 監督: 水島精二 ストーリー・脚本: 會川昇 アニメーション制作: ボンズ [上映劇場] TOHOシネマズ六本木ヒルズ、TOHOシネマズ渋谷、お台場メディアージュ、TOHOシネマズ府中、 TOHOシネマズ川崎、TOHOシネマズららぽーと横浜、 TOHOシネマズ名古屋ベイシティ、TOHOシネマズ東浦、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、TOHOシネマズ伊丹、天神東宝 原案: 坂口安吾「明治開化安吾捕物帖」 監督: 水島精二 ストーリー・脚本: 會川昇 キャラクターデザイン: pako、高河ゆん アニメーション制作: ボンズ 制作: 「UN-GO」製作委員会 [キャスト] 結城新十郎: 勝地涼 因果: 豊崎愛生 海勝梨江: 山本希望 虎山泉: 本田貴子 速水星玄: 入野自由 海勝麟六: 三木眞一郎
高河ゆんって久しぶりに見たわ。
最初見たのはカラートーンの美麗なイラストの頃(CLAMPも当時カラートーン多用で美麗だった)
漫画家としても活動しているのね。
コミカライズも読んでみようかな。
あれだけ「ガンダム」から外れたデザインのキャラクターを持ってきたけれど、
機動戦士ガンダムAGEは、結局「ガンダム」だった。
第1話を見ただけで全てを判断するのは良くないとは分かっているが、この失望感はどうしようもない。
お前が勝手に期待しただけだろう、と言われればその通りだ。
しかし「小学生向け」と言われてああいうキャラクターを持ってこられたら、「新たなガンダム」を期待してしまう。
今こうなってから思えば、平成生まれに対してのファーストガンダムとしてSEEDが提示されたのと同じことだったのだ。
キャラクターデザインを少し変えて、主人公の能力をちょいと底上げして。
ただそれだけの、「いつも通りのガンダム」。「ガンダム」をなぞるもの。縮小再生産。
ガンダムAGEもそうなのかもしれない。俺が間違った方向に過剰な期待をかけていただけなのだろう。
それでも俺は「新たなガンダム」への期待を持ち続けている。
hukeという初音ミクさんをパクったブラック★ロックシューターの作者が今度はダンボーをパクる
http://hamusoku.com/archives/6130168.html
上の記事にイライラっとしたので、思いの丈をぶつける
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<基礎知識?>
下の短縮URLは Wikipediaにおける「ブラックロックシューター」についての記事へのリンク
>元々はhukeが2007年12月26日にpixivや自身のブログにおいて発表していたキャラクターイラスト。
>注目を集めるきっかけとなったのはsupercellのryoがこのキャラクターに着想を受けて
>音声合成ソフト「初音ミク」を用いて曲を作り、hukeが映像を付けて2008年6月13日に
>『初音ミクがオリジナルを歌ってくれたよ「ブラック★ロックシューター」』として
以下は、ASCII.jpのブラックロックシューターについてのhuke氏へのインタビュー記事
『スランプに悩む自分を変えた「ブラック★ロックシューター」』(2009年8月28日)
http://ascii.jp/elem/000/000/449/449394/
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<思いの丈>
そもそも初音ミクというキャラクター自体、強いストーリー性や性格付け等の
設定を持っているわけではない。
つまり一部の人々に「初音ミクのパクリ」と判断されるキャラクターが
存在するとすれば、その殆どは、初音ミクの外見的特徴との類似点を持っているに
過ぎないのではないか。
確かに、ブラックロックシューターは初音ミクに類似する点(と言っても髪型とスレンダー体型くらい)を
幾つか持っているように見える。ブラックロックシューターの発表が初音ミクの登場より時期的に
後であることから、ブラックロックシューターが「ミクのパクリ」と揶揄されるのもある程度は仕方ない。
しかし、ブラックロックシューターの持つキャラクターイメージは、ミクのそれと類似しているとは
考えにくい。それは、ミクではなくブラックロックシューター自体をメインに据えた
オリジナルのゲーム・アニメが作成され商業展開されていることからも伺える。
ブラックロックシューターに端を発するhuke氏は、確かに初音ミクの存在に大きく支えられた
部分もあるが、それだけに頼って現在の人気を得たとは言いがたい。
最近、複数の2chまとめブログ(ハム速・カナ速など)にて、「アンチhuke」的な
記事がまとめられている。huke氏のファン達の一部は、このようなアンチhuke的記事に対して
「huke氏の人気への嫉妬の表れ」という評価を下すことも少なくないようだ。
寧ろ、ハム速などのまとめブログの運営者達は、huke氏の人気を認めているに違いない。
ここ数ヶ月で、huke氏がキャラクターデザインを担当したシュタインズゲートの人気拡大に伴って
hukeファン数は大きく数を伸ばしたと推測する。
シュタインズゲート熱も醒めやらぬ今において、アンチhuke記事を公開すれば
このような発想が、最近の2chまとめブログ管理人達の間で共有され
どうなのかしら
じゃあ煽ってみるか~みたいな
// 追記
個人的にhuke氏とブラックロックシューターが好きなんだよね
初音ミクっていう存在を(結果的に)取り込んで人気を広げた上に
初音ミクという設定に縛られない作品展開を見せてるのはクールだなって思う
あと、ブラックロックシューターを観る時はいつだってミクさんの幻影がチラつくけど
なんかそういうのも含めてブラックロックシューターだなって感じ
完全パクリでも完全オリジナルでもない空気。なにこれよくわかんない
ハム速みたいな大手まとめブログがネガティブ方向に煽り立てることで
もっとブラックロックシューターみたいな、フワフワした存在を産み出して行って欲しい
ネットを彷徨っていたら、自分が構想中の創作物とほぼ同じキャラクターデザインや設定、演出を使ったweb漫画を発見した。
これでは、自分の創作物がパクリで著作権侵害になってしまう、という不安が頭をよぎった。
色々なパクリ騒動を斜め読みしてきたけど、意識してなきゃ似るわけないと人事みたいに感じていた。
よく考えたらこのweb漫画じゃなくても、今世にある何かに自分の創作物がそっくりな可能性はあったわけで
精神衛生上、パクリや著作権侵害のラインとは何かを勉強しておく必要はあったのかもしれない。
で、色々検索して勉強したのだけど、なんというか曖昧なんだなぁと感じた。
ストーリーや設定は似すぎなきゃいいとか言われても、やっぱり似てしまうこともあるだろうし、
キャラクターデザインに至っては、ミッフィー訴訟やDob君事件など、これでダメなのかと思われるものを見つけてしまった。
あれでダメだと、萌え系のキャラなんか殆どが危険領域なんじゃないかと思う。
髪型や髪留めや髪の色、リボンや靴下ニーソ靴など、この手のデザインはほぼ汎用部品化されている。
服のデザインが最後の砦だろうけど、これも汎用部品化されているものが多く、例えば制服なんかは似ているものが多い。
しかしそれに関して何も動きはないということは、有り触れた人物デザインに関しては甘いのだろうか。
(メーカー名は当時のものと、現在のものが入り混じって表記されています。ご了承ください。)
■92~94年 黎明期
それまで、液晶を搭載した台はなかったので、登場するとしても、
パチンコの盤面に描かれる
スロットの台パネルに描かれる 例:「バニーガール(オリンピア/1988)」※1
パチンコの役モノとして、動きがある部分に小物として取り入れられる 例:「ニューモンロー(西陣)」 ※2 「ビンビンバラエティ(西陣)」※3
程度でしかなかった。
もちろん、これらで登場した場合でも、実写調であったり劇画調であったりするのが普通だった。
萌え市場というものは、80年代にソコソコ形成されていたことを考えると、パチンコ/パチスロの萌えの取り入れはやや遅かったのかもしれない。
1991年、初カラー液晶搭載パチンコ「麻雀物語」(平和)※4 が登場。
この初カラー液晶において、大当たり直後に女性の1枚絵が出てくるが、この時の女性のタッチが、既にアニメ調であった。
そして、この「麻雀物語」の大ヒットを受けて、パチンコメーカー各社は、一気にカラー液晶搭載に突き進む事になる。
しかし、データ保持領域が大量にある訳でもない当時においては、荒い画素数で数カットの女性が登場する程度のものばかりであった。
そんな中でも、大手メーカーは、それなりに「頑張った」萌えモチーフを投入してきている。
平和が、初出の麻雀物語以降、「プリンセス物語(平和)/1993」※5 「弾丸物語(平和)/199?」※6 等、「物語シリーズ」として、この手の台を出し続けた中、
これに対抗し、爆発的ヒットを飛ばしたのが、「フィーバーパワフル(三共)/1992」※7 となる。
今でも三共のマスコットキャラクタとして、ここの出す台のあちこちに顔を出したり、主役となったりしている「夢夢ちゃん」の最初の作品。
そしてもう1つ特筆すべきは、この台の姉妹機として、「フィーバーガールズ(三共)/1993」があること。
パワフルに比べて台数は出なかったが、
「版権と組み合わせた」「オタクを直接ターゲットとした」「萌え女性そのものを完全と主役としていた」「物語性を持たせた」
という意味で、「萌えパチ」として挙げられるべき、初めての台は、この台が一番相応しいかもしれない。
「おたくの星座(FC用)」の版権を使い、キャラクターデザインが江口寿史…という辺り、実に80年代溢れるテイストがタマラナイ台。
(またこの声優陣が、千葉麗子とか高田由美とか井上喜久子とかね…)
http://ameblo.jp/hi-up-turbo/entry-10006810607.html
※2■「ニューモンロー(西陣)/1991」
http://ameblo.jp/hi-up/entry-10005413668.html
http://blogs.yahoo.co.jp/newmitsuborn2008/13239836.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%BB%E9%9B%80%E7%89%A9%E8%AA%9E
http://retropachi.blog18.fc2.com/blog-entry-55.html
http://ameblo.jp/hi-up/entry-10044450859.html
※7■「フィーバーパワフル(三共)/1992」
http://ameblo.jp/hi-up/entry-10005687824.html
http://www.geocities.jp/pachinko_palor_teruteru_777/newpage31.html
【パチスロ】
この頃はまだ動き無し。
■95~99年 普及期
【パチンコ】
連続大当たり規制&カード化、台の設置許認可ルールの変更など、業界として大きな事件が続いた。
そんな中で、液晶搭載機が普通となり、データ量も格段に増えていく中で、萌えモチーフの台も、それなりに受け入れられていった。
いわゆる「萌え」が、たった3年程度で、あっという間にパチンコを侵食していったのは、かなり面白い事と思う。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6455634
「ミルキーバー(ニューギン)/1995」
http://ameblo.jp/hi-up/entry-10110632872.html
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4852532
96年には、(版権としてはちょっとしょぼいが)既にゲームメーカーとの開発連携は始まっていた。
当時爆発的に導入された「CR大工の源さん(三洋)/1996」も、アイレムとの連携/版権モノである。(打ってる人は全く知らなかっただろうけどw)
http://ja.wikipedia.org/wiki/CR%E5%A4%A7%E5%B7%A5%E3%81%AE%E6%BA%90%E3%81%95%E3%82%93
http://www.youtube.com/watch?v=WFOU4Cp4OKg
しかし、今のように「まず版権を取って、その版権の人気にあやかる」という動きが出てくるまでには、もう少し先にすすまないといけない。
※個人的にはこの辺りも結構衝撃だった。
絵的に十分なレベルに達したと、初めて思わされた台
「CR乙姫(メーシー)/1998」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9814525
及び、バカだなと笑いつつ、「絵柄が揃うだけ」から1歩踏み出した(踏み出しすぎた?w)台
http://ameblo.jp/hi-up/entry-10009539191.html
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6300433
【パチスロ】
なぜか、パチンコへのカラー液晶搭載とは背を向けたかのごとく、2000年まで、パチスロ台へのカラー液晶搭載は無い。
但し、萌えモチーフは欲しかったようで、パネルやモチーフとしての進出は、少しずつ始まっていた。
http://777.nifty.com/cs/kuchikomi/777_777/freeList/n3_1/n3_2/aid_onsentengoku/1.htm
(この後しばらく、テクノコーシンは、この女性キャラクタを用いて台をリリースし続ける)
■00年~ 氾濫期
【パチンコ】
既にこの頃には、「液晶は当然として、どのような絵を使うか」という面で、コンテンツ不足が目立ち始めてきた。
完全オリジナルな路線に走るケースよりも、有名人/アニメ/ゲームなどの版権を持ってきた方が楽で、客が付きやすいという流れも出来つつある。
但し、オリジナルキャラで一発当てて…という夢は捨てがたいらしく、今でも各メーカーは様々な手法を試しているというのが実情かもしれない。
パチンコオリジナル版権で、オタクファンがそれなりに付いた台として幾つか。
※完全に趣味の為、偏りがあるのはご容赦を。
「CR 超絶合体SRD(サンセイR&D)/2007」
「CR 上にまいりま~す(エース電研)/2009」
【パチスロ】
2000年に、初のカラー液晶搭載機「ゲゲゲの鬼太郎(サミー)/2000」が登場以降、萌えの侵略が一気に進むか…と思われた。
しかし、実際にあからさまにそれをターゲットとした台は、「賞金首(NET)/2003」まで見当らない。
NETとテクモが提携して、オリジナルキャラで液晶演出を作り上げて、何作かリリースしている台は、どれも「あざとい」といわれつつも、オタク層を掴んだのだけは間違いない。
「賞金首(NET)/2003」
「SuperBlackJack(NET)/2003」※Rio初登場
以降、NETは全面的にオタク層をターゲットとし、オリジナル版権の確立に突き進んでいる。
また、2004年にパチスロの性能許認可の方針が変わり、ギャンブル性を抑えられた台しかリリースできなくなった事をきっかけに、他のメーカーからも、新規顧客層を狙ってか、萌えを用いた台のリリースが出てくる。
とはいえ、パチンコ同様、オリジナル版権で戦っているのは一部であり、アニメやゲームで既に知名度のある版権を引っ張って作り上げるケースが殆どである。
パチスロオリジナル版権で、オタクファンがそれなりに付いた台として幾つか。
※完全に趣味の為、偏りがあるのはご容赦を。
「快盗天使ツインエンジェル(トリビー)/2006」
「がんばれ満月姫!(トリビー)/2009」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA_%28%E4%BC%81%E6%A5%AD%29
パチンコ、パチスロに関して、既存の版権(アニメ/ゲーム/漫画/芸能人等)を片っ端から抑え、メーカーへ販売。
また、メーカーが作った台の、店への卸販売など。
この会社が各種版権を抑えに出る前に取得した、幾つかの版権は、繰り返しリニューアルされてリリースされたり。特定の版権の噂が出たり出なかったり。ドマイナーな版権でしか勝負してこない小さなメーカーが有ったり。
今や、パチンコ、パチスロにおいて、台を売るセールスポイントとなった版権について、ここの会社抜きにして語れない事が非常に多い。
90年代萌えオタ向けアニメ・ゲームの、メイド服みたいな制服がキモイ。
ストッキングみたいな薄手の白やピンクのニーソが学校指定なのか全員一緒。超不自然。
このキャラクターデザインした人はちゃんと学校行ってたの?と思った。
でもこの異常さ、不自然さ、ダサさ、キモさが萌え文化から一般人を遠ざけてたと思うんだよね。
似たような変形セーラーの学校って実際にある。驚愕ハルヒの制服なんか更に普通っぽいよね。
ハルヒ、みくる、長門とで制服の着こなし方に違いがあるのもリアリティがある。
あー、長門みたいな子って確かに地味な色のカーディガンずっと着てるよね、みたいな。
二次は二次でしかないんだけど、この作品はちゃんと学校行って、観察してきた人が作ったものだなって気がする。
そのせいで萌え文化の敷居が低くなって、一般人も共感したり萌えたりしやすくなったんだと思う。
そういやけいおんの制服はハルヒより更に没個性だしリアルになったな。
萌え文化を昔からのオタクだけのものにしたい、リア充の暇つぶしに消費されたくない、って思うんだったら、
制服をダサくキモくしてリアリティを無くすことで、リア充が共感不可能にするしかないと思う。
メイド服みたいなフリフリのピンクとかの意味わからん制服だったり、
要するに、「かつて日本はゲーム関連で世界一だった」みたいな話があった。多分それはまあ事実なんだろうけれど、そこで疑問に思った事。日本が世界一だった当時と言えば、FF7とかが出てたあたりだったはず。じゃあその頃のアメリカで「何故我が国のゲームメーカーはファイナルファンタジーを作れないのか?」みたいな議論ってされてたんだろうか。
今アメリカでFPSが流行ってる(ぶっちゃけそればっかり売れてるように見える)現状を見てると全然議論してなさそうに見えるのは俺だけ?
国内のネット上でも「何故洋ゲーは日本で売れないのか?」みたいな議論は掃いて捨てるほど出てくるけど、あれって言い換えれば「何故洋ゲーメーカーは日本で売る気がないのか?」に置き換えられる話だよな。日本だけで売れてるソフトといえば、たとえばドラクエとかモンハンとか色々あるわけだけれど、じゃあそれらタイトルを海外メーカーが研究してる(してた)かというと全然そんな話を聞かない。その時点で「日本でのヒットを諦めてる」と言っていいんじゃないか。「諦めてる」時点で売れないのは当たり前だろ、と。
最近の洋ゲーを見ても、相も変わらず女性キャラクターは釣り目で頬骨が出っ張ってて不細工だし、出てくる男はムキムキマッチョで坊主頭が異常に多いし、あれで日本で売れると本気で考えてるとはとても思えん。「売れたら御の字。売れなければ売れなかったで別にいいや」位の認識しかしてないだろ。そんなに日本で売りたいならキャラクターデザインに日本の人気イラストレーターとか漫画家とか採用するくらいの事すりゃいいのに、そんな簡単な事すらやろうとしないしさ。
今のアメリカのゲーム産業が世界一なのはまあ確かだろうけれど、単にアメリカの市場だけがやたらでかいだけって話にしか見えないんだよね。違う文化圏では全然売れてないって点は日本のゲームメーカーと大差無いじゃん、と。
http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52373634.html
http://anond.hatelabo.jp/20100917191635
それは分かる。
が、あまりにもその仕事のことについて知らなすぎると感じた。
あれは夢を諦めさせるという問題ではなく、
自分の人生を描く・キャリアをこれから作る、自分の仕事を選択すると言うことへの視野の狭さを感じた。
アニメーター志望の子へ向けたような口調になってるけどすまん
http://anond.hatelabo.jp/20090521130235
これを書いた人間なんだけど
実際はとても恵まれた作品や人に出会えて、人並みの生活ができてるし、充実してる
物語と、その上でキャラがどう考えて動くのか、というのを考えるのがすごく面白い
体力が続く限りこの仕事で食っていきたいと思える
たぶん地元ではこれでも十分うまいとされてきてるだろうと思うから、打ちのめされる覚悟さえあれば何とかなる気がする。
センスがないとかデッサンが出来てないとかそういうのは、強く意識するようになれば成長するし。
あと採用する側に教える余裕があれば。
ただし、専門卒・高卒・大卒・元ニートで即戦力になる教育を受けた応募者がたくさんいる、という現状がある。
でもあれは根本的に「一生、絵で食べる」ってことへの知識が足り無すぎて怖くて採れないよ。
アニメーターという仕事が何をすることなのかを分かっていない。
正直この点についてはあまりにも甘すぎる。
自分という才能を売り出すのであれば、その売り出す相手のことを十分に調べることから始めるのが一番の早道
そこから、自分という才能を最大限に相手にアピールする方法を見つける。
それはポートフォリオの作り方だったり、日常生活で努力すべき事を意識することができる。
嫌いになっても仕事だから毎日絵は積まれている。
それもうまくなる事とはどういう事なのかを戦略的に、意識的に考えて描かなければ上手くはならない。
そこの段階について、「何かが違う…?」「そんな泥臭い努力はできない」「”世間に認められる私”という部分だけが欲しい」と思うだろうか。
もしそう思ったなら、それはそれ自体は「夢じゃない」のだ。
「自分がもつ ”ナニカ” を他人に見せて生きたい」という自己顕示欲を持っている人間は本当に沢山居る。
ただ、その顕示欲を満たす手段はイラストレーターになったりアニメーターになる事が全てではないし
アニメを例に挙げると、
プロデューサーのほうが、より深く作品の立ち上げから関われるし、
予算・スケジュールを管理し、キャラクターデザイン・声優の候補リストを作り、実際に発注する彼らこそ その作品の根幹を握っていると言ってもおかしくない。
アニメのDVDパッケージなどを作っているデザイナーさんも、こういうイラストやアニメの素材に触れる仕事で楽しい。
OLの人でコミケで同人誌を出してファンもいて好評で、商業の仕事も普段の生活に影響でない範囲で請けている人。
気の合う友達と自主制作アニメを作ってyoutubeで数十万再生されて、ネット上で広く認知されている人。
とか、自分自身で絵を描かずともその欲求を満たす職業や、欲求を満たしつつも収入を得る生き方というのはあるし、
こういう人たちの方がよっぽど「夢を叶えた」人たちのように感じる。
お金の事は軽視されがちだけども、すごく大事だ
まず、一番身近な家庭環境である両親と同じ程度の生活を再現できるか?という所を真剣に考えて欲しい
もしそれが叶わないと言われる職業であるのならば、その環境に耐える覚悟が自分にはあるのか?って所。
もっと具体的に言うと、東京の平均家賃+公共料金+食費を出して、それをお給料でまず払えるのか。
アニメーターに限らず、
その職業で理想とされるキャリアアップのモデルケースがあるのか、それは自分にも実現可能な物なのかとか。
アニメで言うならベタななのは、動画→原画→作画監督→キャラデみたいなイメージ。
そしてその段階ごとでどれくらいの年収を得られるのか。
彼女を養わすことができないから一般の職業に就きます、と言って辞める人がすごく多い
だけど、その時点で一般の職に就くことはかなりのタイムロスだ。
それだけの覚悟があって業界に入った人なら、なんとかなるだろう。
が、まず入る段階でそこまで考えては居なかった、という人を見ていると本当に悲惨だ。
自分の人生に責任を持てるのは自分だけ。 だけども自分の人生を楽しめる場所へ行ける足も持っている。
わざわざ苦しい方向へ行きたいと思う人間なんて居ない。
そのためにも自分の生きたい場所のことを事前によく調べて
勉強を、部活を、目標への努力をして自分の人生を掴んで欲しいなーって思うんだ
2008年夏にストライクウィッチーズが起こした奇跡はまだ記憶に新しい。
ヤマトからガンダムそしてエヴァへと続いたSFアニメ、エヴァ以降に生まれ席巻した萌えアニメ、その両方を奇跡的なバランスで兼ね備えた名作である。
00年代末期にして生まれた00年代の代表作である事は誰もが疑わない事であろう。そのDVD第一巻の売上は推定累計15000本の大ヒット。
だが後の「けいおん!」の50000本、「化物語」の80000本と比べると見劣りしてしまう。
この2作品は実に特殊である。化物語の特徴的な演出は普遍性があるとは言いがたいし、けいおん!に至っては本放送当時、多数の同業者が首を傾げた事実がある。
そんな言わば傷物の作品が何故これほどまでの売上を誇る事が出来たのであろうか。
結論から言ってしまうと「女性アニメオタクにも配慮した結果」である。
化物語も個性あふれる多種多様なヒロインが登場する作品であるが、原作からして女性ファンが多く、アニメも人気男性声優を起用する事で
否応なしに女性を惹きつける事に成功している。
けいおん!は劇中に女性キャラしか登場させず、ヒロイン達も非常に媚びた言動をするキャラクターであり、一見男性向けのように感じるが
その実、女性の嫌がる性的要素を徹底的に排除してあり、加えて、京都アニメーションの高い演出力によるリアルな描写に反した
いかにもアニメ的な言動をするキャラの“ちぐはぐさ”が、逆に「これはフィクションなんだ」と無意識に訴えかけ、女性に抵抗を感じさせない。
そして決定的なのがキャラクターデザイン。いわゆる「萌え絵」と言うものが浸透した現代において明らかに異質な絵柄。何と言うか、非常に“ブサイク”
まるで平安美人のようである。この絵柄は近年の京都アニメーション作品の中に蔓延し「涼宮ハルヒの憂鬱」第二期の中にも見え隠れしている。
特に「らき☆すたin武道館」におけるこなた達を見れば、いかに“けいおん顔”がブサイクであるかは誰でも容易に一目瞭然である。
だがしかしこのブサイクさが重要なのである。「家庭教師ヒットマンREBORN!」におけるヒロインへの女性からのバッシングを代表するように
女性オタクは非常に嫉妬深い。アニメキャラクターへも容赦なく負の感情をぶつけてくる。
けいおん!はあえてキャラクターの外見をブサイクにする事でそれを回避する事に成功しているのである。
そういった様々な配慮により、女性の目にも耐えうる作品になっているのである。
こう言った要素の片鱗は08年秋から始まった「とある魔術の禁書目録」に感じられ、翌年の「とある科学の超電磁砲」に引き継がれる。
09年「けいおん!」から始まり「化物語」「とある科学の超電磁砲」と女性配慮アニメが台頭する中にあっては
男性主観の象徴である百合アニメ、そのブームの延長線である「咲-saki-」が失敗し、「大正野球娘。」が不発に終わったのも時代の必然だったのである。
時代。そう、ストライクウィッチーズ誕生の奇跡によってアニメは一つの限界を向かえ、新たな時代へと進まざるを得なかったのである。
そして10年代に突入した現在、女性配慮の意思を受け継いでるアニメがある。それが「WORKING!!」「Angel Beats!」である。
WORKING!!も「けいおん顔」のようなブサイクさを踏襲し、化物語のように男性キャラクターを兼ね備えている。EDで男性キャラクターを立たせているのは
「バカとテストと召還獣」でも見られた手法だ。そして「種島ぽぷら」のような扇情的な造形をし、女性の逆鱗に触れるようなキャラクターは不自然なまでに隅に追いやっている。
こういった細かい「配慮」で非常に少ない放送局でありながらDVD売上30000本に届こうかという勢いを叩き出している最中である。
そして「Angel Beats!」だ。このアニメも近年のアニメとしては男性キャラクターが多く、直井というキャラに緒方恵美を起用するなど女性に配慮しているアニメである。
しかしこの作品の真価は非常に特殊な設定で、00年代に流行った要素を意図的に詰め込んでる感があるのは誰もが思うところだろう。
真っ先に思いつくのが涼宮ハルヒ以外何者でもないヒロインのデザインと、SOS団を思い起こさせる「死んだ世界戦線」略して「SSS」だ。
意図せずにこうまで類似した設定を作るものだろうか? あえてやっているとしか思えないのである。
では何故そんな、ともすればバッシングの的になる事をあえてやるのか?
一つ思う。
00年代の要素すべてを一途に消費させ、新たな10年代のアニメを始まらせるためではないか。
そんな「架け橋」になろうとしているAngel Beats!が、「女性配慮」という00年代末期に「けいおん!」「化物語」が起こしたばかりの新時代の要素をも
内包している事に驚きを隠せない。……これは偶然だろうか?
古き時代と新しき時代を繋いだAngel Beats!、その終了によってアニメはようやく10年代のスタートを切る事が出来るのだろうか。
7月からは待望のストライクウィッチーズ第二期が開始される。
他にも「みつどもえ」や「侵略!イカ娘」「神のみぞ知るセカイ」そして「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」のアニメ化が決定
話題作が目白押しだ。
それらの中から「10年代のストライクウィッチーズ」が現れる事を、ただひたすら祈ることしきりである。
洗濯ものを畳みながら見たりしてて、なんだかんだで、いままで放映された分は二回ずつくらい、繰返し観ている。
なんでこんなに面白いと思うのか?
備忘のために、まとめてみたい。
--
筋だけを面白いと思うなら、アニメを繰り返しては、観ないと思う。
絵も動きも音も好きだから、時間を費やして、原作本を読むのではなく、アニメを観るのだと思う。
(※私は同内容ならば、映像を観るよりも、活字を読む方が速いので...。)
今のところ、このアニメで私が最も好きな場面は、第四話の樋口師匠がデルタ突端(川の砂州部分)に座って歌う場面。
実際、それは話の筋には必要ないイメージ映像(歌詞だってナンセンスだし)。
でも映像が作り込まれて、時間もだいぶ割かれていて、素晴らしい!
(録画をしたままで未見のひとがいたら、第四話の、10分を過ぎたあたりを観てみてほしい。
主人公が亀の子タワシを探し終わって、夕暮れのなか、妹弟子の明石さんと帰る途中で、歌う樋口師匠を橋の欄干から眺める場面がそれ。)
この作品を通じてのキーアイテムのひとつである「海底二万里」をモチーフにして、
樋口師匠が居る砂州が、魚のように、潜水艦のように盛り上がって、
半袖で過ごす京都の夕暮れ、川べり、半袖と髪を揺らす風。
むかし何度か遊びに行った京都の空気が克明に思い出されて、「あっ!」と言ってしまった。
デフォルメがはげしいキャラクターデザインを、実写ベースの背景に配置していることで、
観ていて楽しい。
そして、とても面白い本だと思った。
とくに「何度繰り返せたとしても、きっと自分は同じことをするだろう(してしまうんだろう)」
という主題を、とても気に入った。
それから、村上春樹の書くものの一連の通底にも、同じ主題が流れていることを思い出した。
私はこの主題・考え方について、とても大事な考え方だと思っている。
不器用・不健康な精神の持ち主が、できるだけ健康的に生きていくためには、とくに有用だと思っている。
この考え方が出来ない場合には、過去のことを悔み続けて現在を過ごし、未来をダメにしていく可能性が高くなる。
(村上春樹は、あんなにも同じモチーフを繰返し描いて、繰り返すたびに昇華していった稀有な良い例のように見える。
近年は、あのモチーフから脱したようにも思われるし。)
ところで、話が逸れるが、この考え方のまま、すべてを放棄してしまうと、それはそれで未来がダメになることも、念のため書いておく。
出来るだけ健康的に生きていきたいなら、この考え方を、立脚点として使うと、有用になる。
「今」しかない視点を捨てて、「過去」「いま」「未来」を見渡す視点の立脚点として使うと、有用になる。
「未来からみて悔いのない、過去を繰り返せたとしても同じことを繰り返してしまう、そんな選択や行動を今その都度していく」
みたいなそんなかんじ。ヴォネガットのトラファドール星人いわくの時間の概念のことも書き加えてみたいけど、脱線しすぎなので自重。
さて、ひるがえって四畳半のアニメは、原作に忠実に話をすすめていきながら、繰返しを、主題をとても楽しめるものにしているように思う。
アニメならではの情報量の多さ(絵とか音とか)が、楽しめるようにとても工夫されていると思う。
思いもよらないところで、絵や音を繰り返したり、
状況の繰返しにおいて、絵や音を繰り返さなかったり。
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長くなりすぎた。 続きを書くことができたら、また。
ビックリマンチョコを久々に買いたくなって店行ったら置いてなかった。
調べたら「ルーツ伝」てのがつい前にやってたらしいが、もう時期的にどこにも売ってないらしい。
で、ビックリマン諦めて帰ろうとしたら「神羅万象チョコ」なるものを発見、シールが入ってるものと勘違いしお試し買いした。
キャラクターデザインに小坊の時に買ってたコロコロ臭がしたので懐かしさもあって買った(実際に宣伝はコロコロがやってた、※対象年齢3歳以上)。
で、開封…シールではなくビニール袋に梱包されたプラスチックカードだった。
コレクター癖のある自分はビニール袋を開封せずウエハースのカスをはらってバインダー(やのまん)に突っ込んだ。
wikiで確認したら開封後のカードは価値がほぼ0になるのでこれは良い判断だった。
最近はアーケードカードゲーム(三国志大戦やLORD OF VARMILIONⅡ)をあんまりやらなくなったので随分資金的に余裕があったので大人買いを始めた。
揃わない…どういう事なの…もう60枚目よ…(現在王我羅旋の章、第三弾24種類のコンプを目指してウエハースと格闘中)
金銭的には大した事ないけどウエハースがきつい、ビックリマンチョコといい、何でこういった食玩はウエハースなんだろう…
此処まで書いて落とし所も何も無い、酷い日記ダナー(´・∀・`;)
ゲームミュージックとかキャラクターデザインとかキャラクターに声を当てる声優とか、そういった要素での「楽しまれ方」はまだまだ洋ゲーは未開拓だよなーと思う。
ドラクエやFFのBGMの作曲者はゲーム音楽に少しでも興味を持った人なら大概知ってるだろうし、(ごく一部ながらも)贔屓にしている声優が出演している事で購入を前向きに考える人だっているだろうが、洋ゲーに関してはそういった話は全然聞かないんだよな。
たとえば洋ゲーの代名詞のように持ち上げられる事が多い「ギアーズオブウォー」シリーズだって、ゲーム自体を賞賛する人は多いけれど、そのうち何パーセントが主人公マーカス・フェニックスの声を演じている人を知っているのか。あ、ちなみに日本語版は廣田行生ね。
小説じゃなくて創作だけれど「週刊うらGおふぁんたじー」なんてどうだろうか。
声優の斎藤千和やWebラジオのスタッフが中心となって、リスナーから設定やキャラクターデザイン、セリフ、果ては音楽やキャッチコピー、声のイメージなど、何でもいいから募集して話を組み立てていっている。
この手の企画にしては珍しく、そろそろ配信を開始してから1年たとうかというのに勢いが衰えそうもない。
破綻させないポイントは、公式が二次創作のノリで集まるアイデアに対して、決定権を持つ人間がチョイスを行う様子が配信されてる部分にあると思う。プロジェクトの参加者も「声優のWebラジオを聴く人」という方向付けがあらかじめされていて、個々の価値観にも大きなブレがない。
それに加えてこのラジオの上手く作られてると思うところは、どれだけプロの犯行が増えてもクオリティだけを求めて素人リスナーを置いてけぼりにしないことによって、参入障壁をできるだけ和らげ裾野を広げてることだと思う。
40分番組が40回、最初から聴きたい人にとっては、追いつくまでの長さがハードルかな。10分間天丼食べてるだけのシーンとかあるしw
マンガもアニメもゲームも面白けりゃいいんだけどな。誰が作ろうが関係ない。
映画監督とちょっと違う気がするな。
プロデューサーの知名度が低いのはメディアが取り上げないからじゃなくて、企業が作って個人名を強調しないからかも。
メディアに載せる努力もしてないんじゃないか、企業の宣伝・広報戦略とか。
個人名出したら売り上げに効くって事なら、必然的に知名度上げにかかるだろうけど、どうなのかな。
ゲーマーじゃないんで良くわからんわ。
個人名勝負のヒット作の後は、期待が大きくなるだろうから、そこそこの出来でもはずれとか言われたりして、ね。
宮崎アニメってだけで、集客できるんだからそりゃ持ち上げるわな。
初めから宮崎駿の名前であれだけ集客できたわけじゃない。無名じゃポニョは作れないよな。
関係ないけど、
宮崎駿は自分で絵を描くから、アニメの監督っていえる気がする。
ゲドやった息子は絵コンテ描いたのかもしれないけど、キャラクターデザインは宮崎アニメ=ジブリのもので、
絵はナウシカですごく本物っぽいよくできた複製セル画だと思って買いました。実際複製セル画と売ってあった気がします。
・・・・でももしかして、と今更ながら思うのですが・・・・・
あれは本物だったんでしょうか?
おそらく複製で間違いないと思う。理由は以下の通り。
よって、本物ではないだろう。
ちなみにセル画は非常にもろいので、飾っておいたりするとすぐに劣化して酷いことになる。基本的に長く使うものではないし。なので色あせてぼろぼろになった謎の物体として捨てられた可能性もあるのでは。まぁ無責任な予想だけど。
ちなみに、スタジオジブリは、もののけ姫の途中以降はデジタル制作になっているので、本編使用セル画などない事に注意が必要。千と千尋の神隠しに使用されたセル画と名乗るものがあったが騙されてはいけない。また、近年のハイビジョン制作のアニメーションはまず間違いなくデジタル制作である。
とはいえ、デジタル制作のアニメーションは絶対にセル画がないかというとそうではない。本編使用などではなく、ごく希に、雑誌やポスターなど用に版権イラストと言って、優秀な原画家やキャラクターデザイン、作画監督、時には監督自ら描くイラストというものがある。これをデジタル制作が本格化するまえは、本編がデジタル制作なのに、セルで書く人がいるらしい。これが出回る事がある。また、チャリティーオークションなどのために、特別に書き下ろしたりすることもままあるようだ。
これらは当然一品もので、しかも静止画として美しくなるよう、普通の動画用セルに比べて段違いの精度がある。また製法も異なるらしい。たとえばトレスマシン(セルに線画を移す装置)を使うと、カーボンがわりと早く劣化してしまうので、長期保存が必要と言うことで手でトレスしていたりとかするようだ。
ただし、これら普通の本編使用のセル画より出回りにくい上に、出回ったとしても恐ろしい額になる事が多いらしい。
と、別に収集家でもないしちょっと昔聞きかじった程度の知識を披露してみる。
詳しい人による補足突っ込み等あればよろしく。
それなりに書き込んでいたら亀増田&長文増田になってしまいましたが一応書いたので載せてみ増田。いわゆる一つの「増田の中心でアイマスを叫ぶ」というやつですね(違
アイドルマスター XENOGLOSSIA(ゼノグラシア・アニマス)が成功するためには何が必要か、考えてみた。ということでひとつ。
作品としてはイイ。
十分楽しめると思う。
「こんなのアイマスじゃない!」「まったくの別物!!(怒」とアイマスファンがネガティブキャンペーン張ってるだけで、ロボットアニメ好きなら、そこそこ普通に楽しめるかと。
からはじまる、アイドルマスターゼノグラシアは、ロボットアニメとしてはかなりよくできていたよ! と言う論をよんで、うんうんその通り、とうなずきつつ
まぁ声も性格も(伝聞より)まったく変えてしまって戦略として何がしたかったんだろう、って外側から思いはしたが。
よくわからんがこれ、どっか元の遺伝子残ってんの?みたいな。
その辺で元のファンの支持を得られなかったら、まぁ良くて「これはこれで悪くないかも知んないけど別物だよね」どまりだと思ったし
と言う意見や、
と言う意見にも同意できる。ゲームのアイドルマスター好きって立場から言うと「っていうかあれ何。72じゃないちひゃーなんて(ry」と言うことになるのは当然。
あれは、やよいと律子さんはよかったよね的な何かだったあれは。とはいえカニデレ万歳。なぜさん万歳。
と言う風に
的なアイドルマスターを愛するキモオタであるという立場から、アイドルマスター XENOGLOSSIAが原作ファンからも、アニメファンからも納得されるロボットアニメとして成立するためには何が必要だったのかを考えてみる。
え?ロボットアニメにする必要はない?いや、それを言ってはおしまいなのでスルーの方向で。っていうか下手に原作そのまんまアニメ化したら、くりぃむレモンのエロなし現代版(ニュージェネレーション)の二の舞になるだけのような気がする。それだったら素材として活用した方がいいと思う。そもそもプロデューサー役はどうすんだって話。(まぁいっそ女性にしてしまうとか百合に逃げると言う手はあるが…そんな中の人萌えをメインにしたようなアニメ見たいか? 俺は見たいが……とにかくそれを言ってはおしまいなので)
位置づけとしてはやはり「アイドルマスターのキャラクターが総出演で作ることになったドラマ」という扱いにすべきだったのではと思う。
当然ながら制作委員会名は「765プロダクション」で(C)を出すと。ただ設定はそれだけでは駄目なので、以下の点に注意すべきだったと思う。
この点だけ守っておけば、最終的には同一ですよといいわけはできたと思う。確かにそのままのストーリーでは無理があるかも知れないが、そこはストーリーを合わせることも可能であるはずなのである程度は。
後は、もう一つ。バンナム作成のゲームのデータを使った「次回予告」的な「楽屋裏」を作って、最後にワンコーナー設ければよかったのではないかと思う。もしくはアイドラで配信とかでも可。これでゲームとアニメを確実に地続きにすることができる。内容はあまりの雪歩のキャラクターの違いにとまどって「うまくできません~プロデューサーさん」と泣きつくとか、台本を初見したアイドルたちが、次回についてわいわい言うとか、そういうたわいのないものでいいのではないだろうか。(理想なのはセルフパロディだけど)アイドルマスター P.S.プロデューサーというネット配信のラジオがあるが、そこのオープニングドラマは、アイドルたちが掛け合いドラマを演じて、その最後に誰かが「○○○ですよね?プロデューサー(さん)」と呼びかけるという風に始まる。こんなかんじに「次回もがんばりましょうね!プロデューサーさん!」みたいにすればいいのである。
ただ、これをやってしまうとバンナムがいかにメディアミックスが広がろうと守っている最後の一線(たとえば亜美真美は絶対に2人であることをゲーム中では公表しない、等々)を破ってしまう事になるかも知れないが……まぁそこはラジオドラマ的な感覚でやってしまってもよいのではと思う。
というか、誰かアイマスMADでこの「ゼノグラシアの特定の話の収録後」という設定で作ってくれないかしら。今からでも、原作アイドルマスターとアニマス・ゼノグラシアをつなぐ架け橋的なものを。才能のあるプロデューサーさんの中にはアイマスもニコマスもアニマスも愛する人がいるはずである。だれか、どうか。お願いします(土下座)
ストーリーはぶっちゃけ何でもいいと思う。と言うかここは妥協すべきではないと思うが(その点では、修羅場系の部分にちひゃーとあずささんを配置したキャスティングはあっていると思う。あとまこまこりんも)しかし、中盤のやよいの出番の少なさについては断固抗議させt(ry
ただ、王道として考えるとサクラ大戦メソッドが可能ではないかとも思うが(歌と踊りとメカと萌えと燃え)それは完全に原作アイドルマスター側に振ってしまうことになるので、すでにゼノグラシアじゃなくなってしまうよなぁと思うわけで……。
絵についてはある程度しょうがないところはあると思う。2.5次元のあれをフルアニメにつかって上手く成功した例は未だかつてない。と思うので。そうなるとやはり昔ながらのぱらぱら漫画的手法のアニメーションになるわけで、そうなるとアニメ的誇張の方法をとらざるを得ないので、キャラクターデザインは変化する。
たとえばちひゃーの72が女の子のキャラクターとして成立するのは、そして、まこまこりんの真前が男前にならずにすんでいるのは、3Dを使ったぬるぬる動く、三次元的な動きの中で連続的に破綻のない映像だからであって、あれをアニメでやろうとすると、誇張がなければ無理である。
たとえば閣下が体を捻って、頭のリボンを指さす動作があるが、あれを従来のアニメでやろうとすると自然にするには相当の技術が必要である。あれは三次元的に成立しているからこそできることであって、あれを絵として描くには、立体としての形状を維持せずに誇張するしかない。つまり物理的な正しさを使用するのではなく、記号的・感覚的な部分を優先する必要があるのだ。
というわけで何が言いたいかと言うと、ゼノグラシアの中で、原作に比較的忠実な人々のキャラクターデザインは結構よくできていたと思うがいかがか。律子さんとか、おでこサンシャインとか。亜美真美とか。まぁ「お前誰!?」「特殊メイク乙」としか言いようのない人もいるが……。
まぁこれは実際の所、時期が悪かったとしか言いようがないけれど……。アニメの企画にはそれなりに金の動くプロジェクトであることもあって、年単位で時間がかかることも珍しくないそうで、そう考えるとゼノグラシアはアイドルマスターの総合的メディアミックス戦略の総称である「Project IM@S」が始まる前に企画がスタートして、動いていたことになる。その証拠にアーケード版のキャラクターしか出てこない。当然みきもでてないし、今だったらなぜさんのポジションは(少なくとも名前だけは)小鳥さんであっただろうと思う。
と言うことは、正直原作のアイドルマスターがここまでの規模のヒットになるとは全く予想外だったのではないか。始まった時点では所詮はアーケードの一部のマニアのゲームであるし、XBOX360などというメインストリームではない機種に移植であるわけだし。と言うか一体だれが予想するよ、CGM的な効果で、ネットのヘビーユーザー層やライターなどのアクティブでディープな人を中心にハートを掴み、コミュニティから口コミで人気が広がるなんて事。初音ミクだってまだ地上に現れてなかった時代だぜ。これを真の意味でピンポイントに「アイドルマスター」というコンテンツで発生するという事を予測できた奴は、そうはいないと思う。いたら出てきてくれ。とりあえず一緒に商売でもしよう。
ともかく、もしこれが今みたいに少なからずアイドルマスターというコンテンツが、非常に恵まれた環境で発達すると言うことが予想できていれば、もう少し違った戦略になるだろうと思う。というか、そうであったならば、ここまで原作と異なる事にしなかったのではないのか?そして、アイドルマスターというコンテンツからどれだけのポテンシャルが引き出すことができるか、少なくとも一番最初に目を向けさせるエネルギーとして十分かどうか、それがわからなかったので、そちらに変に依存することなく提携を切って、「原案」という中途半端な形で残してアニメだけで自立できるように改変をしたのだと思う。つまり「アイドルマスターのブームはアニメが引っ張る」つもりであったのだろうと。
たとえば今なら、アイドラ(XBOX360 アイドルマスター Live For Youで配信中のダウンロードコンテンツ)で撮影風景と称すドラマを裏を流すとか、そういう連携だってできたはずである。もし今やるのならば、提携すればよいだろう。
つまり早すぎたのである。この点で、戦略的には今の時期が一番適していると言える。
もしアレだったら961の面々に敵キャラを持っていってもおもしろいだろうし。
で、これだけうだうだ書きつづって一体何が言いたいかというと、アニマスもアイマスも両方すばらしい、と言うことである。それぞえ独立したコンテンツとしても十分成立するだけのポテンシャルをもっている。というか、アニメの方はむしろ、アイドルマスターがここまで大きくなると言うことを予測していなかった分、自立できるようにああなったと言うことも考えられるわけだがともかく。
でも、もはやゼノグラシアはアイドルマスターのファンの中では語られない存在になってしまった。では、こんな事を言っては無駄なのか?否。それは違う。
アイドルマスターはナムコではなく、バンダイナムコの製作であると言うことである。そしてバンナムと言えば、そう、スーパーロボット大戦である!
今こそ、スーパーロボット大戦でアイドルマスターゼノグラシアをやり直すべきだ!アイマスオールスターズがついにスーパーロボット大戦に出演!それでよいではないか!別にスパロボではなくてもいい。それと同じくアニメでなくてもいいので、ゼノグラシアをロボットゲームで作り直すと言う手もあるのだ。
そしてうまくいったらアニメの方の人気も再上昇で、ゲームも新しい方向性が誕生し(たとえば任天堂のキャラクター的に象徴的キャラクター化して様々なゲームに出演するとか)三つの解釈を融合させた劇場版とか……(以下妄想が続くため省略
どうだろうか。
後は、ゼノグラシア並にリソースを使い(特に音楽には、せっかくアイドルマスターの周辺には新進気鋭のアキバ系音楽を多数手がける音楽ディレクターが集まっているのだからこだわって)やれば、結構いい結果になるのではないか。
なお、最後になったが、アイドルマスター Live for Youに付属したアニメDVDをアニオタ視点で見てみると、あれは明らかにゼノグラシアの失敗をみて逃げてる。てか1回ぽっきりで音楽なんかは既成のものを使わざるを得ないにしたって、キャラクターデザインもっとちゃんと仕事しろ。さらに言えば中途半端なサービスショットなど不要だしつまらんと思う。さらにストーリーはそこらの愛のあるSSを採用した方がいいんじゃないかという、おそらく作品の質に関する要求以外の要素(予算とか)で制限があるような内容になっている。てか、Live For YouのDVD付をわざわざ買うような層はもっと高くても買ったと思うのでもう少し金をかけろよとも思う。
あれの見所は動くアニメ絵に映像にオリジナルキャストが声を当てていると言うその一点しかない。(と言いつつそれだけで十分に価値はあるが……今回はアニメが主題なので辛口評価は勘弁して欲しい)
なお、「うわぁ……」「キモオタ氏ね」「キモオタはキモオタの国へ帰れ」「病院へ逝け」と言った苦情については十分承知しているので勘弁してください(土下座)
誰かアイマスMADでこの「ゼノグラシアの特定の話の収録後」という設定で作ってくれないかしら。今からでも、原作アイドルマスターとアニマス・ゼノグラシアをつなぐ架け橋的なものを作ってくれないかしら。と大切なことなので二度言いました。
だからこそ今、原作を作れる人の需要が高くなってるんじゃないかと思わないか?
漫画原作、キャラクターデザイン、小説などなど。
タバコ・ブランド「KOOL」くのだけのことかもしれない。だが、あのとき的な手続きが隠されているのである。
わたしは、妙な安心
う??ん・・・悪くないけどGONZO人々が訪れた。ダレンは、アッパーな展開ながらも、いつもよりディープなトラックをセレクト。途中、キャノン砲とレーザーの空間演出で、さらに観客たちを高揚させていた。続くダブファイヤの人気PCゲーム『めがちゅ!』より、女神3姉妹のサポートする「DIMENSION K」が豪華DJを招聘し、ビッグ・パーティーを開催。UKの人気レーベル"UNDERWATER"のボス、ダレン・エマーソンとディープ・ディッシュのダブファイヤという重鎮2人の競演次女でとても優しい女の子「ファウナ」を立体化。
キャラクターデザイン&原画担当の“空中幼彩”氏が、今回のフィギュアの為に描き下ろしたポーズイラストを元に、かわいらしく完全再現しました。
ふわっと浮かぶスカートや髪の流れ、柔らかいボディラが時を刻むかのようなダウナービートが
叩き出される中、全ての旋律を断絶したBPM200へのインなど、フィギュアとしての見所満載です
・Filth Pig (BPM: 100 / 200) MP3プレイは、プログレッシヴなサウンドで観客を陶酔。デコレーションと先端のサウンドが化学反応をおこし、「DIMENSION K」らしい壮大な空間となった。
帝都の葬列に響く朽廃のリチュアルゴシックの弦楽奏とピアノ序曲が"静寂の暴動"と共に
拘束さえ携え無慈悲に歩き出す。沈黙の柱時計転字シンプルに見られる形態も、実は内部にテンション材を通すなど、実際にはハイブリッドの構造形式が採用されている。素朴に見えながらも、決してナイーブではなく、そこにはきわめて知そして主力技。
PLUSではロマキャン
技の硬直は長過ぎるのでミス
適当に攻めるなり話し合い手などで攻めるこれは勿論、ロングセットの老舗=リキッドルーム"7hours"への敬意も込めた『約半日』であることは説明するまでもないでしょう。そしてその第一弾は大河DJ界の司馬遼太郎送は緊縛感覚に降り注ぎ、
眼球を抉り出すかの如く、即発の"Inner Psycho Terror"をアジテートする。
しませてもらった、の悪い癖が出てる気がするなぁ。
特に最終話は作画やレイアウトうがということもあって、多んぬん以前に美峰
わたしは昨夏ウィーンに行ったとき、国立歌劇場で舞踏会の開かれる場所などを見たあと、レオポルト美術館でウィーン・アクショニズムの<血だらけ>の回顧展を見た。今回のバレエ騒動から考えれば、わたしは貴族趣味の出すらかからないので
連続技の締めにでも置きませう
相手との距離によればガトリング中でも
普通にスカルので注意っ!! 来レースを楽背景アニメですか?とか思ったり。
思い出してみれば屋内は結構いいかげんといとれば反撃必至!
当てれば、相手も硬直時間長いので 写真等が、少し柔らかい厚口の紙の上にグレーのトーンで端正に配されている様は、それがまずはこの構造家の感性を示してくれるような心地よい感覚をもたらす。一方、一見きわめてうか普通なんだけど、屋外は妙に気合が入っているというか美峰っぽすぎ。一話からしてアクションとかもあるけどサンフランシスコっぽい背景とかの方が印象に残ってるからなぁ。
いつのまにか監督が2人いたり絵コンテも2人いる回が多かったような。
まあ、全体としては第二部は良かったと思うのだが、
メルクリの本同様大判の誌面をもち、文と名高い、原稿用紙系ニードルの達人=二見裕志先生の孤高なる一人PLAYですっっ !!!!!!!!!!!!!!!!。みなさん!シャンパンと枝折りとハンカチのご用意をっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!。(宇川直宏)
XXでは青キャンまでかかるようになった準備!
『グレンラガン』は「オタクの考える“昔ながらの少年向けアニメ”」であるという点については、その通りだと思います。
“少年向けアニメ”の定義として『魔神英雄伝ワタル』や『魔動王グランゾート』の様な作品が念頭にあるのも、同じです。
ただ、キャラクターデザインについて全く逆の意見です。
ヨーコのビキニスタイルを“オタク的”と解されていますが、コロコロやボンボンといった少年向けメディアには、セックスを感じさせない“お色気”が随所に存在していた様に思います。確かにヨーコは露出度の高い衣装で、おっぱいがプルプル動きますが、そこから性的なイメージを喚起するようなキャラクターにはデザインされていないと感じます。
参考までに、『ポケットモンスター』のカスミのタンクトップが、アメリカでは“性的”であるとしてアドバンス以降デザインが変更されたことはどう思いますか?
むしろ『ゾイドジェネシス』のキャラクターの方が、オタク的嗜好を意識して作られたものでしょう。あのデザインはツンデレや、お姉さん、といった属性から逆算的に図像化されたもので、坂井きゅう太というデザイナーは、その点で極めて優れた能力をもっている人です。
いまのところグレンラガンに出てきているキャラクターは、むしろ活劇の中で動いた時の魅力を全面に押し出したデザインのものがほとんどではないかと思います。
強いて言えばアニメエリート(笑)たるガイナックスゆえの、オタク臭、というか「俺達は解ってるんだぜ」というメッセージが、画面の隅々から感じ取れることがノイズといえばノイズなのでしょうが、それを感じるには高度のアニオタリテラシーが必要でしょう。『魔神英雄伝ワタル』だって、当時のオタクにとってはロリコンブームの残り香をプンプン感じさせる芦田豊雄デザインのキャラクターが満載なので、リアルタイムの少年少女視聴者にとってはあまり関係ないかなあ…と。
自分としては、上記の理由から、“内輪ノリの濃縮”というような閉じた作品ではないと思ったのです。
燃えに対して自分に近い感覚を持っている人だと思いますが、『グレンラガン』が最近の大張アニメや、ガオガイガー続編のような、カリカチュアライズされていない熱さ、ワクワクする気持ちを表現してくれる作品になってくれることを願ってやみません。
いまいち言いたいことがうまくまとまっていないのですが、そんなところです。
それでは皆さん御唱和ください!
「来週も面白カッコいいぜ!!」
自分はまったく逆の感想で、むしろ「昔ながらの少年向けアニメ的作品」でいまどきのオタク向アニメとは違うものを目指しているのが『グレンラガン』だと思ったんだけど、どのへんが“オタクの内輪ノリ”の濃縮だと感じたのか。よかったら教えて欲しいです。
あれは「昔ながらの少年向けアニメ的作品」じゃなくて「オタクが考える『昔ながらの少年向けアニメ的作品』」だと思う。
具体例を出すと「懐古厨乙」で終わってしまいそうだけど、自分が小学生の頃、アニオタになる前に見ていた『魔神英雄伝ワタル』や『絶対無敵ライジンオー』といった「少年向け」と躊躇いなく言える作品と比較して、『グレンラガン』にはアニオタ受けすることを狙ったノイズが多すぎるよ。
……もっと単刀直入に言えば、ビキニで半裸のおねえちゃんが特に意味もなく乳をブルブル揺すっているアニメを「昔ながらの少年アニメ的作品」と言えてしまうセンスが僕には全く分からないです(お色気シーンのあるアニメは個人的には好きですけどね)。「昔ながらの少年アニメ的作品」を目指すなら、あのキャラクターデザインのセンスはありえないと思う。少なくとも、両親と朝ご飯を一緒に食べながら小学生が観られるようなセンスではない。高年齢のアニオタ対象OVAとしてみるなら、ポップかつ肉感的でいいセンスしてると思うんだけどね。
回顧的なオタクが「昔のアレはよかったよねー」という過去の知識の共有で盛り上がる=知らない人にはわからない!ってのが“内輪ノリ”というなら、そう思うのも仕方ないかもしれませんが……今期の他作品と比較しても、萌えとかメカとかの“あざとさ”は(目に見える形では)一番少ないと思うのですが、どうでしょう?
うーん……過去の「知識」の共有というより、解釈枠組みの共有を「内輪ノリ」って言うんだと思うんだけど。『グレンラガン』のデザインや展開をあざとくないと感じられる人は、あまりにアニメオタク的な感性にどっぷり浸かりすぎではないだろうか。そりゃ『ネギま!?』や『ダンクーガノヴァ』あたりと較べればあざとくないでしょう。でも『ポケットモンスター』や『ワンピース』、『ナルト』、『鬼太郎』、『ケロロ軍曹』あたりと『グレンラガン』を比較してみて、「あざとくない」とはけして言えない。同じ枠の作品で言うなら、一年前にやっていた『ゾイドジェネシス』の方が全然あざとくなかった。
……うーん、ごめん。ちょっと書いてみたけど、どうも上手く言語化できないな。自分でもわかるくらい、あまり説得的なことが書けていると思えない。
しかし、これを臆面もなく「少年向け」と言えてしまうような人が、アニメの作り手や熱心な受け手に増えているのだとしたら(ブログのリアクションではそう見えるのだけど)、あまり僕には良いこととは思えないんだよね。いや、二回観ただけでなんでこんなデカい話をしているんだ。我ながらおかしいな……。
・追記
“燃え”とかウザいと思う人?
簡単に言っちゃうと、「ufoテーブルが時代に適応できてなかった」の一言に尽きる。
かつて「住めば都のコスモス荘」や「ニニンがシノブ伝」で注目を集めたカリスマ制作会社だったufoが
「フタコイ」と「コヨーテ」の失敗を挽回すべく、今まさにカリスマとして称えられている京都アニメーションの大ヒット作
「涼宮ハルヒの憂鬱」を猛烈に意識し、参考にし、ufoの全力を持って作り上げたはずの「まなび」だったが
この「時代適応力」のなさですべてが空回りしたと言える。
この時代適応力のなさがufoに発現してしまったのは言うまでもなく、フタコイ1話放送時のインパクトと、
それ以降との差異による視聴者の落胆であり、同じくコヨーテ1話Bパートと、それ以降の視聴者の落胆によるものだ。
では「まなび」はどうであったか。
まず最初に、ロリオタ受けを狙ったつもりだったのに、ドン引きされたキャラクターデザインが1つ。
そして極め付けが、文化祭のメインイベントでライブをやってしまう空気の読めなさ。
ハルヒと同じ事をやった、でも痛々しいが、問題なのはufoが文化祭=ライブと言う発想しかなかった事。
ここが、近い時期に同じ文化祭ネタをやったコードギアスだと「巨大ピザ」なのである。
(「ハルヒ」自身が文化祭=ライブなのは原作がそうなんだから仕方ないとして)
細かい部分の脚本や構成の未熟さは突っ込んでも突っ込み切れないので省略するとして
一言で言っちゃえば「時代に適応できなくなったオッサンたち」が無理して作ったアニメなのである。