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はてなキーワード: 我が闘争とは

2021-04-05

ヒトラー家系ラーメンでは硬め濃いめ多めで注文するべきである

以降ではご飯は当然注文しているものとする(軟弱なユダヤ人はなんと無料ご飯すら注文しない)

ご飯を食べながらラーメンを同時に食べ進めるのであるから、したがって食事中に麺が伸びることは当然予想できる。したがって麺は硬めのほうがよい。

また、ご飯のおかずと言う観点から考えた際に味が濃い方が良いことは明白である

油の濃いめは各種調味料とのハーモニを考えた際に外せない存在となる。

したがって『硬め濃いめ多め』こそがしんに優れたカスタマイズであると言える。

ちなみに貧弱なユダヤ人コメを食べないがために『柔め薄め少なめ』などという劣った注文をしている。

我が闘争』より

2021-03-30

ヒトラー「土壇場を乗り切るのに必要なのは勇猛ではなく、冷静な計算の上に立った捨て身の精神。」

我が闘争より

2021-02-10

ユダヤ人は劣等民族」だと思ってた人っているの?

我が闘争』、イキリ高校生だったときに半分くらい読んで挫折したんだけど、そのへん読んだ感じヒトちゃんは「ユダヤ人は劣等民族だ、邪魔から殺したほうがいい」と思ってたんじゃなくて「ユダヤ人は優秀かつ狡猾なので、潰しておかないとこっちが食われる」と思ってた感があった

つか、民族浄化ってだいたいそんな感じなイメージある

「劣等民族」云々はただのレトリックで、むしろ実力を認めているからこそ根絶やしにしようとする、というか…

実際に何もかもが劣る劣等民族実在してたとして、それを根絶やしにする意味ってあんまりないしな

ときどき「ユダヤ人は劣等民族などではない!」みたいなニュアンスのことを言ってる人がいて、びっくりする

狡猾ではない、なら分かるんだけど、劣等ではないのはみんな分かってるんじゃないのか

ホントに劣等民族だなんて思っていた人はいるのか?

2020-10-24

anond:20201024163621

読んではいないが、その話を聞くと、我が闘争を読んでるのはひろゆきホリエモンかぶれそうなやつだな。

いや、ネトウヨ全般そうか。

我が闘争』の浅い感想

高校生とき背伸びして読もうとしてみて(ナチス共感してたとかではなく、純粋に怖いもの見たさ)7割くらい読んだとこで投げたんだけど、けっこうやるな〜と思うようなことが書いてあった

印象的だったのは「世の中の人間の大半は文章がマトモに読めない馬鹿」みたいなことが熱弁されてる部分

あそこを読む人間は「俺は違うけど世の中の人間は馬鹿だよな」みたいなことを思うはずで、そうやって優越感を持たされてしまった時点で自動的ヒトラー側に寄せられる感じがあった

抽象的で、客観的基準が出しづらい基準によって世の中をバカと非バカに分け、「世の中ってこういうバカ多いですよね〜」と書くと読者が勝手に親愛の念を抱いてくれるというのはひとつテクニックかもしれん

2020-08-07

ヒトラーは本当に間違っていたんだろうか?

今、我が闘争を読んでいるんだが、まるで預言書のようだ

共産主義の末路を始めヒトラーが言ったことが現実になっている

ナチスは今ではすっかり悪の化身として定着しているがヒトラーは虚飾のない現実のもの直視しただけじゃないのか?

ヒトラー人間の唯一の存在意義民族生存拡大させることにあると言ったが、誰がこれを否定できる?

否定したら後に残るは虚無ばかりだ

根無し草の一個体となった人間はせいぜい血眼になって快楽をどん欲に追い求める以外やることがなくなる

そんな生き方がむなしいことはわかるだろ?

民族生存のためには他民族を滅ぼそうことも必要になるのは当たり前のことだ

現実はおままごとじゃないんだから

日本人ヒトラーに習って今一度本気で民族生存について考えるべきだ

2020-07-15

anond:20200714122137

この増田の言うことはおおむね正しい。ただ一つだけ付け加えるとすれば、「社会的犯罪(誤り)とされる行為作品の中できちんと犯罪(誤り)として描かれていれば……」という条件が付くかな。それがあれば、読者の倫理規範は混乱しない、と一般に言われている。従って、特定犯罪行為描写があっても、それ自体作品としてNGではない……それは、多くの推理小説ミステリー等を見れば分かるとおりだ。あるいは俗にピカレスクロマン悪漢小説)と言われるジャンルも、特定の悪を肯定的に描いている部分はあるが、作中で彼らが完全に肯定されることは少ない(というか作中でそれが諸手を挙げて全肯定されていたらそれはもはやピカレスクロマンではなくホラーSF世界になってしまう。)

だが、そういう描写が作中でごく自然に「当たり前の常識」のように描かれていれば、それはかなり危険であり、倫理観が崩壊とまでいかなくても混乱したり悪影響を及ぼしたりする可能性はある。たとえばとある新興宗教教祖の本とか、(左翼的には)ウヨくん御用達漫画とか、(右翼的には)一部の左翼思想書とかが、そういうものだ。それらがどんな影響を及ぼしているか現実社会を見れば分かるとおりで、本来ポリティカルにNGであり規制すべきなのはそういう作物の方なのだが、それを規制するとなると、表現の自由との関係でかなり線引きが難しいし、規制したことの影響がどう出るかも判断しづらい。たとえば宗教を奇妙に社会から排除した日本で、むしろ根強く怪しい新興宗教が山ほど誕生したり、「我が闘争」を禁書にしたドイツネオナチが台頭したり、つまり社会的に「免疫のない状態」を作り出してしまうこともまた危険なのだ、と言えば分かるだろうか。

私はこの手のものは、人間の脳のOSに対するウィルスのようなものだと思っている。人間の脳OSには陥りやすい誤りの傾向があって、そういった作品はそのセキュリティホールを利用して、プログラム挙動に悪影響を与えたりするのだ。ウィルスが、改変しがたい人間人間性を基盤としている以上、ウィルスを根絶することは不可能だ。従って、適切なワクチンプログラムを接種したり、それがどのような影響を与えているかリアルタイム監視する機構必須であって、根絶できなくても社会的に大きな悪影響を及ぼす前に制止する、という対処方法必要なのだろうと思う。前者に当たるのが一部の「悪書」であり、後者に当たるのがこういったネット上の議論であるとかメディア役割とかなのだろう(後者一部の人間/権力のみに委ねるのはおすすめしない)。だから、現状のように、規制について活発に議論が行われつつ、悪書もそれなりに流通している、という状態もっと健全状態であるように感じている。そのどちらかが欠けると、とても危険兆候のように思われるのだ。

2020-06-25

我が闘争戦略は最終的に破綻する

ヒトラー我が闘争宣伝戦略だが、最終的に破綻するのである

具体的に言うと、リベラル

リベラル破綻してるのは、

「頭のいいやつなんか少数なんだからそいつらは切り捨てて、大多数のバカに敵を与え、悪い奴だ悪い奴だと繰り返し連呼しろ

というヒトラー戦術世界中でやったことにある。

その結果、リベラルだか何だかからない馬鹿の群れになって、ひたすら銅像を引き倒すだけのバカ集団が出来上がってしまった。

どうすんだろうねこれ。

2020-02-20

ネトウヨどもが論文書いていないと煽るから

フェミニズム論文誌に

ホロコーストや退廃芸術弾圧をおこなったナチスバイブル我が闘争」の改変パロが掲載されることもあるんだから

トランスフォビアを正当化する論文掲載されることぐらい驚くに値しないのでは?

2019-11-03

アンチフェミのための本当の社会構築主義入門(続き)

https://anond.hatelabo.jp/20191103163514

の続きです

 ハッキングの偉大な点は、「社会的構築」の定義を諦めてその意図問題にしたところにあります。いわく、「社会的構築」というのは問題提起のための語なのだと。似た構造を持つ言葉として「搾取」があるとハッキングは言う。彼は例として「中産階級の男女が、代理母搾取している」とか「大学が、奨学金を餌に、バスケットスター選手搾取している」といった表現を挙げる。この2つの用例だけでも「搾取している」の必要十分条件を考えることはできそうにない。しかし、何かそこに問題がありそうなことはわかる(その問題が本当に「問題」なのかは別としてともかくそういう印象を与える)。同じキーワードで言えば筆者は「やりがい搾取」もまたこリストに入れられると考えています。誰が誰から何をどうやって何されているのかはわからないが、ともかく悪そうなことはわかる。実際、やりがい搾取がどうしていけないのかと論理的に導き出すことは多くの人の望みにもかかわらず永遠にできないでしょう。だからワタミとかのふわっとキラキラした言い訳がいまだに野放しにされているのであるワタミが「最賃以下で非人道的労働させたあげく自殺に追い込むの最高!」と言ってくれれば批判は容易だが「ありがとうという言葉は素晴らしいものです」と言うだけでは批判は難しい)。でもって社会的構築主義意図としてハッキングは次のリスト抽出します。

(0)現状では、Xは当たり前のことだとされており、不可避の事柄のように思える。

(1)Xのこれまでの存在には必然性がない、ないしはそれが現在あるような仕方をしている必然性はまったくない。今日のXのありようは、物事の本性によって決められているわけではない。端的に言って、それは不可避的ではない。

おうおうにして、社会構成主義者は、さらに一歩進んで、次のようにも主張する。

(2)Xの今日のありようは、まったくもって悪いものである

(3)もしXが根こそぎ取り除かれるか、少なくとも根本的に改められるかすれば、われわれの暮らしは今よりずっとましになるだろう。

 どこかで見た論調というか今やどこでも見かける論調ですね。Xには先程のリストのどれを入れてもいいし、「日本」「在日韓国人」「吉本興業を筆頭とするお笑い」や、もちろん「ジェンダー」「萌え絵における女性へのまなざし」「リアルでの性犯罪対象となる女性」などを代入しても構いません。以下ではX=宇崎ちゃん献血ポスターとして考えてみましょう。するとオタクはまず(0)で引っかかる。「現状では、宇崎ちゃん献血ポスターは当たり前のことだとされており、不可避の事柄のように思える」。いや献血ルームに数枚貼られてるだけやし、と。しか批判者たちは「日赤(という公共団体)が公共の場所に張り出した」という点を持って(0)を満たしていると考えているのでしょう。どこからどこまでが「当たり前で不可避」かはなかなか定義するのが難しそうなので、その点はオタクが譲ったとしましょう。(1)はまあよいのではないか献血ポスターが宇崎ちゃんである必然性あんまりなさそうである。確かに宇崎ちゃんのおかげで献血はいくらか増え、その点では必然性があると言えなくもないが、それは高木さんでも多かれ少なかれ同じことであり、批判者たちはどうせ高木さんも批判するのでこの点にこだわってもあまり生産的ではなさそうであるしかし(2)と(3)への「一歩」はオタクにとって断じて受け入れがたいものでしょう。ハッキングも述べているように、この一歩はまったく必然的ものではない。「Xは、現在の状況では不可避なものに思えるかもしれないが、しかし実際は不可避なものではなかった。しかし、だからといってそれは悪いものではない」と考えることも可能であるはずなのに、多くの社会構築主義たちはXへの嫌悪ゆえに(2)(3)へと進む。こうなるともう議論がまとまらなくなりますさら事態を複雑化させているのは「X=宇崎ちゃん献血ポスターに/代表される/(オタク男性/のまなざし」とかの場合でしょう。代表されてねえよとかオタクよりDQNのほうが問題だろとか女はいいのかとかまなざしがどうしていけないのかとか議論百出である。こうなるともう議論は無理でしょう。

 ここまで読んで、「社会構築主義ってろくでもねぇな」と思ったあなたちょっと待ってください。これが有効機能する場合もあるんです。たとえばハッキングはX=児童虐待の例を挙げていますが、日本におけるX=セクハラもまた社会構築主義的なフェミニズムがうまく機能した例といってよいでしょう。かつて日本ではセクハラ(という名前すらなかった行為)が当たり前だったが(0)、それはじつは不可避的な仕方のないものではないと女性たち(少し遅れて男性も)が気づき(1)、それが悪いものであると多くの人々が納得し(2)、まあかつてに比べれば圧倒的に改められ女性たちはましな暮らしができるようになった(3)のです。筆者は、フェミニストたちが基本的にこの理屈で動いていると考えており、それ自体はそこまで悪いものだと考えていません。が、今回問題となっているのは(0)についての根拠立て、そして(2)(3)への飛躍(とあえて言いますが)の論理的欠如であると考えています。たとえば太田弁護士の「公共空間環境セクハラしてるようなもの」という迂遠物言いは(0)および(2)への根拠立てが不足していることを示していますし、表現規制との関係では(3)について「もし〈ある表現〉が根こそぎ取り除かれるか、少なくとも根本的に改められるかすれば、われわれの暮らしは今よりずっとましになるだろう」ということがそもそも可能かが問われており、フェミニストはそれに明確な論理を提出することができていないように思われます。たとえば以前読んだ実写ポルノについてのジェンダー論者による論文では「女性搾取されている」という点から出発してはいものの、「なぜ搾取が悪いのか」「本当に搾取されていると言えるのか(ポルノグラフィは時として女性自己表現であることもありえます)」「ポルノを楽しむ女性はどうなるのか」「表現の自由という人類権利女性権利の兼ね合いはどうか」といった論点を丁寧にすくい、煮え切らない結論に至っていた記憶があるのですが(丁寧な結論はたいてい煮え切らないものです)、宇崎ちゃんについての議論はたいていそうした丁寧さを欠いており、そのために「お気持ち」と揶揄されているように思われます

 最後に筆者の「お気持ち」を表明させていただくとすれば、表現の自由という人類が勝ち取った偉大な権利を、これまでにそれを上回る理屈を持って規制し得たのは児童ポルノと『我が闘争』ぐらいのものであり(個人的後者はどうかと思ってますが)、それに比肩するだけの理屈けがフェミニストにできるとは思えないし、そもそもそれができないのは(インターネット上の、と言っておきますが)フェミニスト知的研鑽の欠如によるもののみならず、そもそもそれに表現の自由と天秤にかけられるほどの問題がないからだと考えています。まあこれもかつてセクハラを当たり前だと思っていたオッサンと同じく滅びゆく思想なのかもしれませんが、それならフェミニストの皆さんにはもっと論理的に以上の点を説明していただきたいなあと思う次第です。

2019-05-19

anond:20190519145414

からそうだろ

我が闘争とか

活版印刷が登場してただ同然で本を擦れるようになって以降は政治的意味存在する媒体

2019-05-18

anond:20190518184833

我が闘争の類書しか日本になし

日本人が作者の時点で読む価値なし

上司先生に媚びるために買われるのが日本人著者の作品存在理由

2019-03-04

anond:20190304215947

そう言わないと待ち伏せされて国民の敵だと怒鳴られて殴られるんだろ

怖い目にあいたくないしケガをしたくないか我が闘争を買ってハイルヒトラーとか言ってたドイツ人と同じ

そこらに憲兵がうろついて犬がやかましいからと拳銃で撃ち殺すのが自衛隊理想社会なら憲法改正してそうすればいい

皆が自衛隊ありがとうと本人はもちろん関係者家族にもヘコヘコ媚びてご機嫌うかがう美しい国になるよ

2019-01-23

anond:20190123092725

ヒトラー我が闘争って本知ってるか

あの本を持ってないと当時のドイツでは突撃隊(ドイツ自衛隊)に因縁つけられて殴られたり殺されたりした

愛国者ですと叫んでヒトラー万歳と言わないと仕事生命がなくなる人はああいうのを買って仲間アピールしないといけないんだ

2018-12-31

日本国紀を読んでる人を政治的スタンスで叩くの辞めてほしい

あれ左にとっても右にとっても良くないと思うんだよなぁ

しろあらゆる本を読んで自分で考えていくってのが人のあるべき姿なんじゃ?

共産党宣言だって我が闘争だって自由に読んでいいじゃない

2018-10-10

anond:20181010133939

なお海外ではフェミ=ファシストというのが確定して話題

流石に我が闘争学術誌に載せるのはバカすぎて笑えるわ

2018-06-25

anond:20180625182031

二度目の人生を~は作者のやらかしを庇ってまで出版するほどの商業価値がないとされただけだし…

作者が同人として出す分には支障ないんじゃね?

出版社が拾ってくれるかもしれないし(この辺は権利問題とかあるかもしれないが)


我が闘争普通に出版されてるだろ。

2018-01-16

anond:20180116180202

なに、おまえのなかでは「我が闘争」って、読んだら弱者虐殺してしま催眠術みたいな本なの?

2017-06-15

表現の自由信者の救いがたい傲慢

クジラックスマンガの件で過去の例に漏れず「表現の自由信者ネットであふれかえっていて本当にうんざりしてる。

あいった事件の後でなおも迷わずに「表現の自由を守れ」と声高々に主張する方々に聞きたいのだが、君たちはその発言が「表現の自由を守るためには、多少の公益子供安全を損なう結果になっても仕方ないと思ってます」と言っていると同義だとちゃんと理解しているのだろうか?別にコレについては批判するわけじゃない。権利を守るというのは時としてそういうモノだ。たとえば凶悪事件犯罪者人権を過度に守ろうとするとその犯罪被害者人権侵害することが多々あるし、音楽書籍などコンテンツ著作者権利利益を過度に守ると、今度は消費者不利益をこうむることなど多々ある。すべての権利平等尊重するのは不可能で、片方の権利を過度に守ろうとするとそれに相対する別の権利侵害することになるからだ。だからそういう意識があって「表現の自由」を訴えているならいいのだが、どうもネット書き込みの大半からはこういう葛藤など一切感じられず、純粋に「表現の自由を守ることが絶対正義」と信じて疑わないような連中が多すぎるんじゃないか?と思ってしまう。

しかに「表現の自由」というのは近代社会の中では守られるべき価値観の上位にあがるものである。なぜなら「表現の自由」は往々にして「権力監視」「権力から自由」に密接に関係してくるから国家権力暴走を防ぐには必要不可欠である。ただ「表現の自由」の名の下になんでも表現していいというわけではない。たとえば欧米では表現の自由」のなかに児童ポルノレイシズムを煽るような表現には厳しい制限がかかる。児童ポルノコンテンツ欧米人には子供しか見えないアニメ顔のエロコンテンツは所有しただけで逮捕される国も珍しくないし、ヒトラーの「我が闘争」は発禁扱い。ヘイトスピーチデモ表現の自由には認められない。少なくてもクジラックスマンガをこれらの国で自主出版でもしたら確実に逮捕事案である。これを「表現の自由なんていって欺瞞じゃないか!」と批判するのはお門違い。だって表現の自由」は絶対的ではないんだよ。

ここまで書くと「それじゃ殺人レイプ描写がある小説ドラマ映画規制しろよ」などと反論してくる連中がでてくるだろう。まったく馬鹿げた反論だ。一口に「殺人シーン」といっても、その作品内の背景とかストーリー上の設定などで意味合いがまったく変わってくるからだ。たとえば同じ惨殺シーンでも「羊たちの沈黙」のように主要登場人物の異常性・神秘性を演出するために使われたり、戦争映画のように人間が虫けらのように殺される描写戦争凄惨さ、残酷さを演出したり、または復讐ジャンル映画では家族を殺された主人公がどれほど強い動機相手復讐していくか演出するなど様々である小説ドラマ映画殺人レイプシーンが許容されているのは、人間のコアな部分を演出するには、時には人間の暗黒面をちゃんと見せることも重要からである。それにこういった作品でもどのように陰惨に殺害されたか、激しくレイプされたかなんて長い尺をつかって表現するコンテンツなんてごく一部だ。(「食人族」とか)

もちろんその殺人シーンやレイプシーンが「ストーリー上それは必要不可欠なのか」「ただの過剰演出ではないか」という疑問は常につきないものだが、今回のマンガの件ではその議論以前の問題である概要を読むだけであれは「未成年女の子大人が騙してレイプする行為を楽しむコンテンツ」以外に何者でもないことが明白だからだ。だからもしあの作品を他の実写映画でたとえるなら女性女の子もつ親御さんにとっては「ストーリーなど特になく、哀れな被害者凶悪殺人魔に追い詰められジワジワと惨殺されていく映像を延々と見せられるだけ」な内容と同義である。君たちが「表現の自由」の名の下に守ろうとしているコンテンツとはそういったモノなのだよ。

ただああいった作品が実際に性犯罪を誘発しているか?という疑問はさすがにわからないとしかいえない。もちろんゼロはいえないだろうが、それ以上の事は調査する人のバイアス価値観によってどちらにも転ぶ内容だと思う。これについては結論はでないだろうから議論するのは無駄だと思う。ただああいった作品自主出版はいえその気になれば個人で入手できる状態だという事実の一つ一つが日本性風俗文化を少しずつ形成しているのは間違いない。

児童ポルノ児童買春について絶対的に厳しい価値観欧米(かといって厳しくすればするほどその禁忌を破ろうとする人間がでてくるのも悩ましい)にとって、先進国でありながら日本性風俗のゆるさはやはり衝撃的だろう。風俗禁止法というものがありながらソープみたいなサービスが当たり前のように存在し、AKBみたいな大半が子供しか見ないような女性グループが下着がもろに見えるダンスをしながらテレビで踊っている。これらから彼らが感じることは「法律上では児童ポルノって駄目だけどさ、本音では若い子のほうがいいっしょ?20代30代のおばさんより10代の女の子のほうが興奮するよね」という空気ではないだろうか?欧米知識人日本性風俗文化軽蔑するのも無理はないと思う。

さてここまで長々と書いても、大半の「表現の自由信者には俺はただの欺瞞者で権力者側の規制賛成論者にしか見えないのだろう。別にそれはどうでもいい。ただ最後忠告するのは、これからも「表現の自由」で何やっても許されるのが当然だと思っていたら、最後にしっぺ返しを食らうのは君らだということだ。今回のような事件は単発であって欲しいと願ってはいるが、もし何かの間違いで1年の間に何回も立て続けのように起こったら、それこそ日本世論の大半は一気に「あん児童レイプ助長するようなマンガを許すな!国はちゃんと規制しろ!」に傾くだろう。そのときネット住民や一部の知識人馬鹿の一つ覚えにように「表現の自由重要さ」だけを訴えたところで大半の世論からは「ただのロリコン似非リベラル」のレッテルしか貼られないだろう。そもそも児童ポルノ関係では日本よりはるかに厳しい欧米のほうがちゃんとメディアによる権力チェックができてるんだから、「エロコンテンツ規制を認めたら権力暴走を招く」論はまったく理屈が通ってないのである

もし俺の予想するような最悪なシナリオがおきて日本性風俗に関する規制が厳しくなったとき、おそらく君らは日本人不寛容さ、無教養を嘆くんだろう。違うから。君たちの救いがたい傲慢さが原因だよ。もし今後も欧米よりもゆるい日本独自性風俗表現を守っていきたいと思うなら、むしろ君たちこそが行き過ぎた表現にはちゃんと警告をだして業界内で自浄作用が起こるように注意しなきゃならない。「こりゃ論理的やばいだろ」ってコンテンツ見つけたら乙武張りに「超えちゃいけないライン考えろ?」って冷や水ぶっかけ努力を続けないとならないんだよ。

ま、たぶん無理だろうけどね。

2017-04-18

渋谷PTAの件で思ったけど

成人男子対象に部屋とPCのチェックをして違法エロ画像がないかアニメ違法視聴サイトブックマークしてないかとか定期的に調べる必要があるんじゃないか

あと、我が闘争とかリフレ派のサイトとかそういうの見てないかとか

そうすれば今の右翼的風潮も変わるし治安もだいぶよくなるだろう

2017-03-20

我が闘争教育勅語から引用した言葉子供道徳教えるとか

言葉単体が普遍的かどうかよりも、

我が闘争から引用したっていう語り部の作り出す文脈がアウトなんだよ。

引用することによって暗に我が闘争教育勅語はいっぱいいい言葉が載ってるよっていうメッセージ子どもたちに伝えていることになる。

から普遍的価値観がどうとかいうのは通用しない。

2014-09-26

http://anond.hatelabo.jp/20140926154757

批判はいくらでもすればいいけど。「我が闘争」が翻訳されて売られている日本の方がマシだよ。すごく悪いヤツが書いた問題のある内容の本が出せないのは不自由だし。誰が、出せない本を認定するんだという問題もある。

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