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はてなキーワード: 鶴見済とは

2019-03-18

ピエール瀧感謝する。

1995年青山正明雑誌『危ない1号』を創刊、特集は「ドラッグ」。96年に鶴見済が『人格改造マニュアル』を出版人格なんて簡単に変えられる、たとえばクスリを使えばといった内容。

で、鶴見済覚醒剤でパクられて『檻の中のダンス』を出版する。レイヴカルチャーに感化された鶴見社会に閉じ込められた身体ダンスで開放せよと説く。レイヴにはドラッグは欠かせない。特にアシッドエクスタシーはこの頃、日本でもアンダーグラウンドではたくさん流通していた。

96年には『RAINBOW2000』という大型レイヴ富士山の三合目で開催されて18,000人が集まった。フジロック前夜だ。石野卓球アンダーワールド、CJボーランドケン・イシイ細野晴臣アンダーグラウンドから一気にオーバーグラウンドへとテクノが浮上した。NHKでも特番放送されたこフェス日本におけるテクノムーブメントピークだったような気がする。

当時、電気グルーヴ武道館コンサートをするぐらいには成功していた。その一方でクラブカルチャーにもどっぷり浸かっていて、新宿リキッドルームイエローマニアックラブなんかで卓球や瀧がぶっとんでる姿を見かけた。瀧は20代からコークをやってたらしいが、六本木アマンドあたりを歩いているイラン人に声をかければ簡単に手に入るブツひとつだった。スピードよりもクールドラッグジャンキーの間ではそんな共通認識だった。

1995年前後東京クラブシーンはよく言えば熱のある、まあ、テクノに狂ったやつらが大勢いた。この空気感言葉で伝えるのは難しい。ひとつ言えるのは決して退廃した雰囲気ではなく、広義のテクノ音楽未来を感じ、皆、高揚感に溢れていた。当時のことを体験している、そして今もクラブに通うおじさん、おばさんたちは、この界隈の人たちがドラッグが大好きなことを知っている。テクノドラッグは相性がいい、というか、クラブミュージックドラッグありきのカルチャーだという側面がある。本人たちも当事者だったりするので黙して語らずだが。

瀧がパクられて、あの頃の郷愁を糧に生きていたやつらは、まあ俺のことだが、色々と終わったんだなと現実直視することになった。ドラッグ被害者のいない犯罪だというが、いま自分がパクられたとしたら妻や子供がどれだけ肩身の狭い思いをして、世間の冷たい目に晒されるかと想像すると辛すぎる。

90年代サブカルは終わったんだ。Shangri-La幻想だった。ロマン優光新刊を買おうと思っていたが今回の件で読む気も失せた。その金で息子に何か買ってあげようと思う。

2018-03-11

蛇足の追記もろもろ

男たちは呪われているのか-「アナ雪」のクリストフに見る脱ヒーロー https://anond.hatelabo.jp/20180309162913

ちょっと前にこれ書いた者です。

はてな匿名ブログ全然慣れてないから、勝手がわかってないけど、コメントざっと見て思ったことを蛇足で追記させてください。

めっちゃ極端なことを言う。

主語デカイ」勢の人は、本文中の主語の前に適宜「 一 部 の 」って脳内補完してね。

記事ではあれこれ書いたけど、古い男女観を完全に否定したいわけじゃない。今までの性役割ヒーロー像、プリンセス像も好きな人は好きなままでいいと思う。

けど、それが絶対価値観なんじゃなくて、数ある選択肢のうちのひとつみたいに相対化されたらもっと楽になるよねってことが言いたかった。今はまだ価値観の転換が始まったばかりだから、「アナ雪」みたいな、ある種の男女逆転劇を思い切り描くことが必要なんだと思う。

過去ももちろんそういった特徴を持つ作品はあるよ。でも社会や人々の意識がそれほど伴ってなかった。今この世の中で、そしてディズニーが正面切って描くというのは意味合いが違う。クリエイターの込める思いも違うし、受け取る側の意識も違う)

萌え系の戦闘美少女アニメアナ雪と同質だとは思わない。嫌いじゃないし、作品によっては面白いと思うけど、やっぱり男の人が作って男の人が喜んで見る戦闘美少女は、わりとコレジャナイ感があるんだよな…そういう意味男性監督ウテナプリキュア革新的だったと思う。特にウテナはまじですごい。『マッドマックス 怒りのデスロード』をバラ風呂に沈めてスポーツカーで轢いたらウテナになると思う。異論は認める

男女問わず、強いヒーローになりたい人はなる。それはちょっとしんどいって人は無理しない。卑屈にならない。相手を貶めない。

ヒーロー像が好きなのは女のほうなのだから、それを女が捨ててくれないと男は救われない」

コメントでこういう意見もちらほら見たけど、やっぱり女を取得することで救われようとしているから、その価値観を手放してもらわないとどうにもならないと思う。

ちなみに、アナ雪ではハンスみたいなヒーロー像は、悪役として思いきり否定されている。ハンスはハンサム青年で、よその国の王子だ。13人兄弟末っ子で、他の兄弟いじめられながら育った。

ハンスはアナを騙し、アナ結婚することで氷の国の権威を得ようとした。それはアナを一人の人間としてではなく、パワーゲーム必要な駒、モノとして見なす父権社会象徴のように思う。最後アナはハンスを否定して、クリストフを選ぶ。人としてフラットに接してくれるクリストフを。

ハンスもある意味父権社会犠牲者なのに、さらアナを踏みにじることで自分が救われようとした。父権社会に苦しめられてきたのに、そのシステムに便乗して再び他者を苦しめるって、苦しみの再生産でしかないよな。不毛すぎる。虐待されて育った子供が親になって、自分の子供を虐待するみたいだ。作中ではハンスの否定とともに、そこらへんもしっかり否定してるんだと思う。

ハンスが本当に救われるには、やっぱり父権社会から自由になるのがいいんだと思う。難しいけどさ。

いくらお金持ちでも年中モラハラされたら普通に離婚するもん。一緒に生活するならクリストフのほうがいいわ。

そんでもって、やっぱりヒーロー像が好きな女の人はいて、それは当然だと思う。ヒーローヒーローでかっこいいしね。

プリンセス像が好きな男の人がいるのと同じことだ。プリンセスプリンセスできれいだしね。そういう人たちはそういう人たちでマッチングしてくだけの話だ。

「『ありのままのおれ』でいいとして、それでは結婚できない。非婚化が進んだら少子化になる、社会が滅びる」

みたいなコメントもちらほら。

個々人の非婚選択少子化社会の衰退っていう図式もまあ、わからないではないんだけど、だからといって総結婚社会にはなかなか戻れないと思う。そういう社会の流れだから

日本が総結婚社会だったのは、高度経済成長恩恵で、むしろ特殊現象だ。戦争特需があったからこそのフィーバータイムだし、社会お金があったからみんなが高校卒業終身雇用結婚→父は仕事、母は子育て定年退職みたいな、社会のレールを敷くことができていた。フィーバータイムは終わったので、これからは男女問わず生涯未婚で死ぬのが当たり前みたいになると思う。それが怖いと思うのは、そういう社会ロールモデルを知らなくて不安からだ。「ふつうじゃない」と思うからだ。でも「それがふつう」だと思って呪ってくる上の世代はどんどん死んでいくので、あんまり気にしなくていいと思う。加速度的に時代は変わっていってるし、過去常識・慣習はすぐに役に立たなくなる。

そんで一方で、フランスみたいに出生率が上がった国は、シングルマザー婚外子積極的に認めていたりする。サザエさん的なオールドタイプ結婚育児を促す日本会議とは真逆方針だ。

出生率が上がった。フランス少子化を克服できた本当の理由って?

https://www.huffingtonpost.jp/2016/11/11/work-or-child-rearing_n_12910186.html

から本当に少子化を嘆いているのであれば、むしろ結婚できない・離婚される」男がいることを、積極的に認めていかなきゃいけないんだと思う。「結婚できない・離婚される」女も同様に。「家での子育て」から社会の子育て」という意識に切り替えていく。現状、日本シンママ貧困率を見ればわかる通り、「家父長制をはみ出したふしだらな女には罰を与える」と言わんばかりの、この父権社会のほうが否定されなきゃいけない。真に出生率のことを思うのであれば。とよその国の成功例を見て思う。

また、「少子高齢社会」って、本当に悪いことなのか?? とも思ったりする。みんな深刻そうに悪い悪いって言うけど本当か???

世界人口は74億とかで、このまま増えると地球資源は枯渇してしまうとも言われている。

俯瞰的に見れば、そんな世界で無理に子どもを増やす必要あるのか? 自然に減りつつあるならそれでいいのではないか??

かに年金だとか、上の世代のツケを下の世代が払うシステムの渦中にいる我々にとってはたまったものではない。

しかし「7つまでは神のうち」なんて言われた昔と違って、今は子供簡単死ぬ時代ではなくなった。人間は豊かになり長寿になり賢くなるにつれ、「たくさん死ぬから、たくさん産む」という生き物ではなくなりつつある。「弱肉強食」じゃなくて「適者生存」だから子どもをたくさん抱えるより、少数の子供を大事に育てましょうねって社会に変わっているんだと思う。

門外漢なんだけど経済観点でみると、「失われた10年」が20年、今や30年になりつつある。数字の上や物資の面では豊かなはずなのに、庶民生活から長時間労働はなくならないし、なんだか閉塞感がある。疲労感も取れない。漠然と将来が不安だ。ここからさらに発奮して、経済成長しろ結婚しろ子どもを産め、人口を増やせというのは、ちょっと無理ゲーすぎるのでは??? 実態に即してるのかそれ???

大体経済人口無限に成長していくわけがないと思ってしまう。宇宙空間じゃないんだから。必ずどこかに天井はあると思うし、横ばいになったらそのうち減るだろう。今はその過渡期なんだと思う。経済人口価値観もなにもかも。

過渡期を支える人間は本当にしんどくて貧乏くじに思えるけど、モノがあふれ返った時代からこそ、本当に「足るを知る」みたいな価値観大事なんだと思う。断捨離とかもそうだけど、足し算ばかりが幸福ではないと多くの人が気付き始めてる。上司世代バカにされがちなゆとり世代さとり世代の特徴って、社会の縮小期における適応の姿だと思うのだ。

から自分を苦しめるだけの固定観念は手放して、意識だけでもせいぜい楽にやろうやブラザーという気持ち個人的には。

アナ雪」の話題からかなり脱線したけどそんな感じだ。あれこれ書いて楽しかった。

ジェンダーはじめ「当たり前と思っている常識社会の仕組み」が苦しみの原因、っていうことは大いにある。知らぬ間に「こうしなきゃいけない、ああならなきゃいけない」と思わされている様々なことだ。だから、そこに自覚的になるだけで苦しみを客体化できて楽になることはある。

「これが普通だと思ってたけど、それって今ここだけのローカルルールだよな。世界って広いし、これだけが正しいわけじゃないよな」っていう気付き。鬱の認知療法と似ている。

あれがつらいこれがつらい。現実はままならないし、他人環境も変えることは難しい。物語主人公じゃないんだから、そう簡単解決することはできない。

けど物事に対する自分の考え方だけは変えることができると思う。現実逃避かもしれない。根本解決にはならない。けどままならない現実に拘泥して、無駄に苦しむこともないんじゃないか??? 何を思ってたって現実は変わらないんだから

最後に、私が読んで楽になった、認識の枠組みが広くなったと思う本を列挙したい。面白いよ。出版社各自ぐぐってくれ

広井良典人口減少社会という希望

・ルトガー・ブレグマン『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働

上野千鶴子『女ぎらい ニッポンミソジニー

クリスチャン・ザイデル女装して、一年暮らしてみました。』

中村元ブッダの人と思想

平田オリザ『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』

ホセ・ムヒカ世界もっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカ言葉

長谷川英祐『働かないアリに意義がある』『縮む世界でどう生き延びるか?』

デーヴィット・D・バーンズ『いやな気分よ さようなら 自分で学ぶ「抑うつ」克服法』

佐倉統遺伝子VSミーム

phaしないことリスト

大原扁理『年収90万円で東京ハッピーライフ

鶴見済『脱資本主義宣言

・永崎裕麻『世界いちばん幸せな国フィジー世界いちばん非常識幸福論』

佐藤勝彦『眠れなくなる宇宙のはなし』

鴨長明新井満自由訳 方丈記

高野秀行未来国家 ブータン

マイケル・J・サンデルこれからの「正義」の話をしよう

・王谷晶『完璧じゃない、あたしたち』

アランワイズマン人類が消えた世界

エリック・ホッファーエリック・ホッファー自伝

以上だ! じゃあな!

2015-11-02

大麻何が悪いんだ

どうやらTPPに参加することが決まったようだ。個人的には大変嬉しい。

自宅で1人で喫煙してるだけで何が悪いだっていう話だが、話の通じない連中はしかたない。

今日タイトルの通り「俺が大麻やって何が悪いんだ?」ということについて書きますのでよろしくおねがいします


まず、大麻の吸引は違法だ。法律でそう決まっている。

捕まった場合刑罰を受けるわけだがそのためのコストというものもある。具体的に言うと

刑務所の中で無理やり木工細工を作らされ、それを売られてはした金を貰う商売である

刑務所の中」を読めばわかるけど、あんまり入りたくない場所だと思う。知り合いに刑務官がいるが今もかわらないらしい。

どうせならもっと生産的なことをやらせればいいのに(強制労働とか)

まあそれは人権でできないのである北欧の大量殺人者犯人はPS2をせめてPS3にしろ要求している。

いわく「最低限文化的ゲームハードってのがあるだろコラ」ということである

彼は犯罪者である。そして俺も犯罪者だ。何故ならば法律がそう決めているから。捕まっていなくても犯罪者である

だが状況は激変。アメリカでは大麻は解禁の流れだ。今ではもう10%の人間大麻の喫煙を

経験しているという調査もでているし、いちいち逮捕しちゃいられないのだ。

日本でも開いてるとはいえない刑務所だが、アメリカでは中にいる人間は膨大だ。いちいち大麻なんて面倒くさい。

それで解禁というのが流れだ。医療目的というのは嘘っぱちだ。PubMed検索してみてもトンデモしかない

エビデンスがないだからあたりまえだ。そしてそれは日本でいうなら左派市民団体みたいな連中ばかりだ。

大麻が無害であることと、使い方次第では新しい商売を始めることができるのは明らかだ。

要するに外に出して働かせようということだ。ゲートウェイドラッグの可能性と暴力組織への資金供給となる可能性はあるが

そんなものヤクザに仕切らせず健全やらせればいいのだ。むしろこの部分で反対をあげるのはJT関連者だろうけど

それは彼らの利益を奪うことになるから彼らがそう声をあげるのは当然のことだ。まあそれはいいとして

自宅で1人で喫煙してるのは誰の利害を侵害しているのか?ということである

俺はクローン病という持病があり、人工肛門がついている。

まるで末期のHIV患者かのように食欲がない。おそらくあと数年したらIVHを入れることになるだろう。

気分も鬱々として、抗鬱剤も一緒に処方してもらっている(ほんとは三割ちゃんとはらわないとだめ)。

でも、遵法精神が尊い人に聞いてみたいけどお前らはお前らの価値観押し付けるなと言いたい。

四十路すぎて嫁いない一人暮らしが、部屋で喫煙してて何が悪いんだよ。逮捕だ?ふざけるな、と。

ちなみに逮捕歴はありませんし今後もできるだけない方向に行きたいのですが、

どうしても使いたいときがあります。そうデリヘルです。あとは喫煙してからご飯食べたり。

独り身なので、趣味サッカーを見るぐらいです。行けるうちに現地に見に行けばよかったとしみじみ思います

この病気は死ぬ人は少ないですが、まれに腸がなくなったり敗血症で死ぬ人はいます

両親は生きてますので、自殺しようにもまだできません。一応生活保護とかではなくて資産もあるので生活問題ないが

何より恩恵を受けているのはこの日本という国の福祉制度です。世界最先端の医療はごくごく安価で受けられます

具体的に言うと三割負担で三万円だかの薬を二週間に一度、使います。つまり保険なら月20万円です。

まあインシュリンを打ったり透析したりするようなもんだと思ってください。お前らも糖尿病他人事じゃないからデブは用心しろよ。

話はそれたけど救われる身にならないと見えない景色というものはあるわけで、人にはそれぞれの言い分があるわけです。

高校生でこの病気にかかって以来は味の素がつくってるクソまずい液体を飲まされるわ、さらにこの方法にそんなに治療効果あるわけじゃないとかで

一体ここはどんな我慢大会だよみたいな状態で生きてまいりました。嫁もいないし正直うまれてきてすみません。全部、みなさまの税金で生きております

正直な話、税金たくさん納めてる人は優先的にサービス受けられるとかそういうふうにしていいと思うわ。

税金高いだ、弱者に甘いだ言うやつは「グラゼニ」読め。「グラゼニ」だ。金持ちがどんだけ金とられてると思ってるんだ。

日本は究極の社会主義国家で、弱者でもあれば神輿として盛り上げられるぐらい弱者が強い国だ。

ホームレスになってる人はあれは本来は五割が統合失調症の疑いアリだというトンデモ主張を見たことあるけど、実際網で捕まえたらたぶん実際そうだと思う。

ソッコーで生活保護受給させて病院入院させて、ってなるべきだ。実際それで食ってる病院もたくさんある。

人権上であれは保護しないとマズいのだ。でもできない、予算がないから。そして俺はその予算を貪っている。

弱者と一緒に活動してる市民団体政治家はみんなインチキだ。だが、それは彼らの商売なのだ。食うためにはしかたないという見方もあるだろう。

どこまで許容されるべきか?法がどうなのかなんて適当でいいのだ。東南アジア覚せい剤所持がガンガン処刑されるのは日本が発端だ。

日本が彼らに教えたのだ。そしてそれが普及して覚せい剤ときで死ぬ人がいるのだ。って言ったら鶴見済なっちゃうけどシャブはやってません。

身体的にリスクが高いので、体調が悪化する可能性が高いのです。まあリタリンはやったことあるからあの高揚感は知ってるんだけど、切れるとつらい。

テンションは無理にあげるとつかれるのだ。ちょっと落ちるぐらいがちょうどいい。道の端っこを歩いてますのでどうかそっとしておいてください。

両親が死んだらたぶん自殺すると思います。正直、トータルで赤字なんです自分という人間は。医療費いくらかかってると思ってるんだ。

日常的に、難病に苦しんだ人は家族世帯別にます。こうすると治療費がかからないからです。生活保護問題はいろいろあるけど、三兆円かかってるうち

その半分が高齢者医療費で使われています年寄りや死ぬ間際は金がかかるんですね。友だちも、寝たきり爺さんが10年生きたおかげで財産がごっそり減って

親族もつらくてみたいなことがありましたが、財産がある場合はそこから消化しなければいけないと思います。ただ、これは別に難病でなくても

家族統合失調症にかかっても同じ目にあうわけで、生活保護批判を極度にしてる人はしょせん自分は関係ないとたかがくくっているのだと個人的に思ってます

要するに立ち位置的にはモーリー・ロバートソン的な生活だと思ってください。僕は大麻だけです。

大麻タバコと同じで、タールを含んでいるので発がん性があります。ですがそもそも違法なので他人の前では吸えないわけです。

たまに使えるのはデリヘル女の子を待ってるときぐらいなんです。大麻効用は割愛しますが、幸い他のドラッグはやっておりません。

医薬品と同じでエビデンスは調べれば公開されているのです。怪しい薬はありますが、僕が使っている薬のような

以前は罰ゲームのような生活だったものが食事もとれるし食欲もあるみたいな効果がある人もいるのです。

成田健一という人がいました。この人はクローン病大麻やってて捕まったあと、裁判で「俺はクローン病ですが大麻は治療法として使っていたんだ!」

と主張して一部で話題になりましたが、やっぱり普通に駄目だよ違法から悪いんだよということで有罪になりました。

この人はまあ写真見ていただければわかりますが、生理的に嫌悪したくなるタイプ人間でかつ内容もペラッペラなので、大麻界隈と仲良くなってから

ケンカ別れしてどこかへ消えたという感じなのですが、結果的執行猶予つき有罪判決がでました。

現在の法律ではこうなりますが、もう一度同じことをやったら実刑になります懲役何年とかでしょうか。

そして木工とかの技術を学んで(どうせならITとかにしてくれ)時給あたり何円みたいなはした金を貰って出所ます

逮捕されるとイヤだし、そもそも日本では逮捕と報道された時点で解雇です。問答無用です。こないだのシャブミーベイベーもそうですね。(コカインでしたが)

見事な抹殺ぶりですが、逮捕されるのは行けないのです。おまわりさんはそれが仕事だから逮捕せざるをえない。仕事だから。商売だから。食うために。

どうせならPS2とかさせてくれよ。将棋は競技人口が少ないし、手合違うと面白くないんだよ。囲碁懲役とかになったら勉強しようと思ってる。

いや、懲役っていうか閉じ込められて食事が出来なくてって点では懲役入院も変わりないというか、俺の場合医療刑務所になるだろうな・・・・とか

日本刑務所はほんと古くて劣悪で無意味だよなとか出所した人が食えなくてまた入っちゃうのも彼らからすれば理解できるよな、とか

いろいろ考えちゃうわけです。納税額の軽く100倍は税金を使った上に、都営のバス電車はタダで乗れます。ほんと、うまれてきてすみません

幸い無職ではないので努めはできているのですが、こんな体だと嫁もこないし両親に申し訳ない。孫を見たかったろうなー。

でもしかたないんだよママ統計的にどんな家庭の個がこういう病気になるかってのはわかりつつあるんだけど欧米的なのが悪いんだよ。

欧米で話が戻りますが、アメリカは医療大麻といいつつ決して薬効を期待して解禁したわけではありません。面倒くさいからです。

懲役にも入院にもコストがかかる。大麻だけのやつは、もうまあいいだろ個人の自由だし、となっているわけです。

日本の法律はアメリカのものを貰ったので、当時アメリカでは大麻政治的事情で違法になったのでそうなってるのです。

ですが、アメリカではかわりつつあります。そしてかわるでしょう。カジュアル西海岸にいって大麻を吸う人も増えてきます

そしてそれは東南アジアに伝わり、そのまま定着しました。日本覚せい剤厳罰化しているのは戦後ヒロポンのせいですね。

覚せい剤は使うとヤバいのでやめましょう。たまに錯乱して暴れる人とかもいます心神喪失無罪なのが余計にタチが悪いです。

一方、大麻違法にしてなんのメリットがあるのか?まあ大麻やってるのはヒッピーみたいな薄汚いナリケンみたいな人間から否定したいのはわかります

ですが、必要な人もいるのです。コスト的に考えるなら俺は今すぐ自殺するほうがトータル得に思えます。ですがまだ両親がいるんです。

両親に逮捕される息子を見せたくもないし、いつもビクビクしてます。幸いなんとか働けているます所得は低いです。

障害者になると本当に得です。確定申告ではごっそり割り引いてくれるしバスも乗れるし優先的に生活保護も貰える。

障害者になれない人は一番損してる人たちです。彼らが幸せかどうかはわかりませんが、できるかぎり多くの人が幸せに生きてくれるといいと願って生きております

闇金ウシジマくんに「なまぽ編」あったけど、ほんと彼らと俺は大差ない。日本が豊かだからぶら下がって生きられているだけだ。

真面目に働いてる身としては生活保護の人たちは仕方ないな、と思う一面怒ったりもする。でも、しかたないだろう?

例えば難民だって、昔はベトナムからたくさんの人が逃げた来たじゃないか。命に関わる出来事あったら誰だって国外に逃げるだろ。

シリアで逃げられてる人は金がある人からだ。そもそも海外に移動するチケットを買えない人もいるのだ。

あそこではISISがもう悪辣非道しか言えないことをしてる。ここまで絶対悪な集団って今後あらわれるのか?

ホモからって突き落とされて殺されるんだぞ。お前がどんな宗教を信じるかはいから放っておいてやれよ。

意味不明もの押し付け合理的に考えてみろ。覚せい剤死刑ってそれ、子どもたくさんいるお父さんとかだったらどーすんだよ。

稼ぎ手を失ったら一家で学校行けない人が出てスカベンジャーになって困るだろうが。かわいそうだろうが。

俺はたまたま豊かな日本に生きてるが、こうして自宅でアニメ見ながらネットしたりPS4できたりするよ。でもそれはたまたまだ。

お前は生まれ変わったら人間になると思えるか?俺は地獄行きか虫かなんかに生まれ変わると思ってる。

結局この世は奪い合いなんだよな、とTWD見ててしみじみ思った10月ですが、その場その場になったらしかたない立場ってのはあるんだよ。

ただナリケンは、たまたま大麻すってたのを持病の治療のためだと主張しただけあって、大麻に大した薬効はありません。

あるとすれば食欲が増えるってことぐらいかな。計画的に使ってはいたのだけど、いよいよ大麻が切れてみるみる間に体重が落ちてきた。

逮捕されたとき、弁護の足しになるかなと思って体重の測定でもしようかなと思ったのだ。でも、これにした。

モーリー・ロバートソンみたく「僕は大麻しかやりません!」と言える社会がきたらいくらかの人は幸せになると思う。

クローン病にはなんの効果もないんだけれどね。ほんと、エビデンスなんてありゃしないし嘘です。

個人的にはほとんどの漢方も怪しいと思ってる。民主党政権時代事業仕分けで漢方とかなったけど、そりゃ薬効なきゃ税金だせないよ。

食欲増進剤を調べてみたらドクマチールぐらいしかなかった。あんな胃薬効くわけないだろうが。しかも薬価高いんだぞ!

発病前に心療内科にかかったときファーストチョイスで出されたのがこれだった。単純な人は、こんなのでも結構効果あるんだよ。

から漢方みたいなしょうもない薬がはびこっている。全部、日本が豊かな国だからだ。そしてそれはだいたいにおいて幸せであることだ。

文句をいうやつは活動家だ、なんて断定しちゃう単細胞がいるのも理解できる。文句しか言えないやつは日刊ゲンダイでも読んでろよ。

かいって自分はゲンダイ愛読者で入院中はウキウキ読んでたりする。選挙の前後になると買いたくなる。

それはさておき、こういうような状況だと仮定しますと僕は有罪でしょうか?それともそっとしておいてくれるでしょうか?

ほんと検索してドクマチールしか出なかったんで、怒りを覚えて書いてみた次第です。乱暴乱筆暴論お許し下さい。

もともと食べたら弱る病気なのに食欲がなく、体調はいもの強制的に栄養剤を飲むはめになりそうです。

ですが、これは国民税金です。真面目に飲むと1日2000円かかります。これ以上、国に負担はかけたくない。

逮捕されて刑務所に入れられるのもコストだし、入院するのなんてもっとコストだ。

前の薬は一本40万の薬で、それを一度うっかり自腹で払った時はびっくりした。これも税金だ。

大麻を使うと多幸感がでて楽しくなります。笑ったり、怖がったり精神的な作用があります

害はまあ昔から吸ってるし喫煙よりはいいんじゃないの?という程度です。タバコは国が税収として使っています

遠い将来、肺がんになって死ぬと考えると持ち出しのほうが多いかもしれません。そういう主張もあります

ですが予算がないと年寄りが飢えて死ぬのです。タバコ屋は未亡人障害者など、弱い立場の人は優先的に免許を受けられます

最近子どももいないのに、家庭もの映画とか作品を見ると涙が止まらなくなる。年をとると涙もろくなるって本当なんだな。

「誰も知らない」なんてボロボロ見ながらないてしまった。泣かせる商売にはまってるだけなのにね。

自分の周りでは亡くなった人もいれば連絡も取らなくなった人、結婚して子どもがいる人もいる。だが、みんながみんな幸せではないだろう。

僕はしいて言うなら大麻吸ってる時ぐらいが幸せだ。レトルト食べ物でもおいしく感じる。映画感情移入して見ることができる。

できれば僕の好きな人はみんな幸せでいて欲しいと願っている。自分をいいやつだなんて思いたいわけではない。

俺は地獄があれば間違いなく地獄に落ちるんだ。みんな言えないこともあるだろう。だがそれは別に法に触れることじゃないんだ。

自分が努力を怠った部分は認める。薬効や悪い効果については議論もあるだろう。だが、そっとしておいてほしい。

仮にいつか逮捕されたとして、そのあとにこういうことを主張するのはナリケンみたいであまりにも間抜けからここに書いておく。

繰り返すが大麻にはこの病気の治療効果はない。トンデモ市民団体が主張してるだけだ。それを都合よく利用しようとしてる人がいる。

でも、昔からそこいらに咲いてた葉っぱだろ?日本っていう国の労働効率は落ちるだろうけどだめなやつは何をやってもだめ。

それを自覚して隅っこで大人しくしてるから、頼むからそっとしておいてください。

2011-08-21

宇野常寛批評用語の名前空間リソースを浪費しすぎ

最後に、宇野は「〈いま・ここ〉だけが無限に広がるこのリトル・ピープルの時代の新しい世界においては、私たちは〈いま・ここ〉に「潜る」こと、徹底して内在的であることが逆説的に超越に接近してしまう」と語るけど、このレトリックって、大澤真幸麻原彰晃に対して指摘した、

徹底した俗物性、過剰なまでの〈内在性〉が、逆に、麻原の〈超越性〉の根拠になっているのではないか。(大澤真幸『虚構時代の果て』)

とまったく同じなのだけど、これは本人的には大丈夫なのかしら。

ttp://blog.livedoor.jp/toshihirock_n_roll/archives/51653048.html

たとえば『完全自殺マニュアル』の鶴見済氏やオウム真理教麻原彰晃は、「革命」を失った今、世界を変えるのではなく自分を変えようとしたわけですよね。ドラッグや「修行」によって。麻原は鶴見さんほど徹底できなかったヘタレから革命のでき損ないに走っちゃったわけですしかし、彼らのやったことはまさに「内在」的なアプローチだったと思う。だって世界変革を「諦めて」自分チューニングするんだから

でも、ぼくがこの本で書いた「拡張現実の時代」においては、先ほどのゲームの例が代表するようにネットワーク的なものに支援されて超越―内在といった図式自体が崩壊していて、徹底的に内在することが超越に近づくというモチーフが頻出する。「ここではない、どこか」ではなく「いま、ここ」に留まったままゲームルールを書き換えるための想像力の行使に焦点を合わせているわけ。それはそのまま「虚構の時代」(鶴見・麻原)と「拡張現実の時代」の違いでもある。ここもポイントで、「外部」を断念するというとすぐに鶴見・麻原的なものを年長世代自体は想像しちゃうけれど、それは90年代時間が止まっている思考ですね。21世紀的な現実は「徹底して内在することによる超越」が、自意識チューニングではなく現実コミュニケーションとして創作物の生成や社会変革の可能性の方向に向かっている。これがまさに「仮想現実から拡張現実へ」ということ。

ttp://synodos.livedoor.biz/archives/1813624.html

いやいやいや。。。ちょっとウノさん、何言ってるんです・・・・。「内在」っていうこれまで批評用語としては、「超越-内在」っていう二項対立の一項として使われてきた用語を、かなり強引に自分タームの「内在」(これってむしろ「組織インサイダー=内在者」っていう意味に近いと思うんだけど)に引きつけて使ってて、不要名前空間コンフリクトを起こしてる気がする。まさに、

文系評論はすぐに一般名詞専門用語化する傾向がある。しかも、その本だけでしか通用しない専門用語をすぐにつくっちゃうのだ。”壁_temp”とか、”想像力_temp”とかい名前にしてくれればわかりやすいのだが、我慢して慣れてみよう。

http://d.hatena.ne.jp/kawango/20110818

っていう奴。今まで現代思想界にはCritique.naizaiっていう広く使われてる変数なり関数なりがあったのに、そこにまた紛らわしいUno.naizaiっていう変数なり関数なりを持ってきてて、そこでCritique.naizaiをUno.naizaiと間違えてコンパイルした人に、「お前はUnoパッケージインポートしてないから俺の本が読めてない」って文句言うのはちょっと無理筋過ぎないか

まあ、用語の問題を脇に置けば宇野常寛の言いたいことも分からなくはない。現代思想社会理論がこれまで、超越(トップダウン理想主義的な社会モデル)か、内在(個々人の内面インナースペースからの改革)か、という二項対立に拘泥したきたのに対して、組織の内在者=インサイダーが、組織へのハッキング的なコミュニケーションによるアプローチをかけることによって、ゆるやかに社会を変えていきましょう、ってのが彼の言いたいことなんだろうなあ、と思う。だけどそこで、現代思想のこれまで数十年の歴史のある用語体系に土足で踏み込んで、「内在」なんていう一般名詞を無理やり自分タームで使うのは無理筋だし、これまでその用語体系を使ってきた人の名前空間を不必要に混乱させる振る舞いだと思う。せめて「内在者(インサイダー)的アプローチ」くらいの用語にしておいてくれれば分かりやすいのにねえ・・・

2010-01-28

[]最高に弱まった無職が薦める百冊より少なめの本

http://anond.hatelabo.jp/20100127001517

さらにヴァージョンアップさせるとこうなる。

差し替え
  1. 『私とハルマゲドン竹熊健太郎
  2. 『檻の中のダンス鶴見済
  3. 『翔太と猫のインサイト夏休み永井均
  4. 『アストモモンガ橋本治
  5. 因果鉄道の旅』根本敬
  6. 超芸術トマソン赤瀬川原平
  7. 自転車旅行主義』 香山リカ
  8. 天使王国浅羽通明
追加
  1. 『立志・苦学・出世受験生社会史』竹内洋
  2. 1968年スガ秀実
  3. 日本の思想』丸山眞男
  4. 現代詩の鑑賞101』大岡信
  5. 『「知」の欺瞞』アラン・ソーカル
  6. アナロジーの罠』ジャック・ブーヴレス
  7. 『「世間」とは何か』阿部 謹也
  8. 『一九七二』坪内祐三
  9. ストリートの思想』毛利嘉孝
  10. 数学ガール結城浩
  11. 虚数情緒吉田
  12. 『無産大衆神髄』矢部史郎山の手
  13. スカートの中の劇場上野千鶴子
  14. 日本文学史序説』加藤周一
  15. リベラリズムの存在証明稲葉振一郎
  16. 自我起源真木悠介
  17. 『知恵の樹』ウンベルト・マトゥラーナフランシスコバレーラ
  18. イスラーム思想史井筒俊彦
  19. トンデモ本世界と学会
  20. 自殺直前日記山田花子
  21. 東京いい店やれる店』ホイチョイ・プロダクションズ
  22. マクロ経済学スティグリッツ
  23. ミクロ経済学スティグリッツ
  24. 社会学』ギデンズ
  25. 文学とは何か』イーグルトン
  26. 日本史山川出版社
  27. 世界史山川出版社
  28. 『辞典・哲学の木』
  29. 岩波文庫解説総目録
  30. 社会学文献事典』
  31. 『BOOKMAPPLUS』
  32. 学問がわかる500冊』
  33. 『「テクノ歌謡ディスクガイド
  34. ミニコミ魂』串田努
  35. 山崎浩一世紀末ブックファイル山崎浩一
  36. 『いかにして問題を解くか』G. ポリア
  37. ゲーデルエッシャーバッハ - あるいは不思議の環』ダグラス・ホフスタッター
  38. 四次元冒険』ルディ・ラッカー
  39. 論理学をつくる』戸田山和久
  40. 倫理問題101問』マーティン コーエン
  41. 想像博物館荒俣宏
  42. 魔法使いの丘』ソーサリー
  43. 『変体少女文字の研究山根一眞
  44. 『グラモフォン フィルム タイプライター』キットラー
  45. フラジャイル松岡正剛
  46. アメリカン・コミックス大全』 小野耕世
  47. 東京大学ノイズ文化論」講義宮沢章夫
  48. 文学賞メッタ斬り!大森望豊崎由美
  49. ライトノベル「超」入門新城カズマ
  50. 現代思想1997年5月号『特集・ストリートカルチャー
  51. ユリイカ2007年6月号『特集・腐女子マンガ大系』
  52. モダンガール論』斎藤美奈子
  53. 『今月のフェミ的』あくまで実践 獣フェミニスト集団FROG
  54. 利己的な遺伝子リチャード・ドーキンス
  55. 『100台のコンピュータスタパ斉藤船田戦闘機
  56. 死刑全書』マルタン・モネスティエ
  57. エロスの涙』バタイユ
  58. 流行人類学クロニクル武田徹
  59. プログラムはなぜ動くのか』矢沢久雄
  60. エミュレータのしくみ』某吉
残しておく本
  1. ゲーム的リアリズムの誕生東浩紀
  2. 『逃走論』 浅田彰
  3. 『寝ながら学べる構造主義内田樹
  4. ゼロ年代の想像力宇野常寛
  5. 『ぼくたちの洗脳社会岡田斗司夫
  6. おたく精神史』 大塚英志
  7. 『よいこの君主論』 架神恭介
  8. 戦前少年犯罪管賀江留郎
  9. おまえが若者を語るな!』 後藤和智
  10. 『現代マンガの全体像』 呉智英
  11. カノッサの屈辱小山薫堂
  12. 『生き延びるためのラカン斎藤環
  13. ニッポンの思想』 佐々木敦
  14. 洗脳原論』 苫米地英人
  15. 『青いムーブメント外山恒一
  16. チベットモーツァルト中沢新一
  17. 自分探しが止まらない』 速水健朗
  18. 教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書ばるぼら
  19. 電波男本田透
  20. 貧乏人の逆襲!』 松本哉
  21. サブカルチャー神話解体宮台真司
  22. 趣都の誕生森川嘉一郎
  23. 『たかがバロウズ本。』 山形浩生
  24. 『超クソゲー箭本進一
  25. 日本映画史100年』 四方田犬彦
  26. 『シミュレーショニズム』 椹木野衣
  27. 恋愛小説ふいんき語り』 米光一成
  28. 戦後ギャグマンガ史』 米沢嘉博
  29. 日本の10大新宗教島田裕巳
  30. 『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』 ブルボン小林
  31. 映画の見方がわかる本』 町山智浩
  32. アダルトビデオ革命史』 藤木TDC

2010-01-27

強くなりたい新大学生が本当に読むべき本100冊

この時期になると大学生向けに読むべき100冊みたいなリストが出回る。

あんなリストを真に受ける人も少ないだろうが……はっきり言って悲しくなるくらいお粗末だ。

ずらっと並べられた古典名著。あまりに埃の被ったラインナップにがっかりする。

こういった学問には「原書病」とでも言うべき、くだらない風習が根強く残っている。

原典や本文を極度に重視するのは不健全だ。それ自体は面白いとしても、その後発展と整理を経て洗練されている。

歴史的興味以外であえて出発点に戻る価値はすごく小さい。そんなところに本当の「教養」は存在しない。

難解で時代遅れな文章と格闘したって、趣味以上のものにはならないし、考える力は湧いてこない。絶対誤読するし。

そこで本当に頭を強くしたい人が読むべき書籍リストというものを作った。

これは単なる学問という空気に浸ってみたい人が読むものじゃなくて、日常に根ざした本物の力を分けてくれるものだ。

この100冊さえ読めば考える素材に困らないだけでなく、コミュニケーションの強者にもなれる。

飲み会で古臭い古典の話をしたって煙たがれるだけだが、この100冊をネタにすればそんなことにはならないし、

黙考はずいぶんと深くなるし、ブログネタに応用すれば必ず一目置かれる。

選んだのは現代的で網羅的、そして極めて平易なもの。どの分野にも精通できるように色んなジャンルのものを配置した。

この100冊を大学生活のうちに読み切れば、必ずや一生の財産になるだろう。

ここに挙げられた本が、現代最新型にアップデートされた真の「教養」だ!

新大学生が本当に読むべき100冊

存在論的、郵便的東浩紀

動物化するポストモダン東浩紀

ゲーム的リアリズムの誕生東浩紀

アナーキズム浅羽通明

ナショナリズム浅羽通明

右翼左翼浅羽通明

構造と力浅田彰

『逃走論』 浅田彰

『反芸術アンパン赤瀬川原平

東京ミキサー計画』 赤瀬川原平

ギャルギャル男文化人類学荒井悠介

ディズニー魔法有馬哲夫

テヅカ・イズ・デッド伊藤剛

マンガは変わる伊藤剛

ヤンキー文化論序説』 五十嵐太郎

オカルト帝国1970年代日本を読む』 一柳廣孝

『寝ながら学べる構造主義内田樹

ゼロ年代の想像力宇野常寛

『二〇世紀の批評を読む』 大谷能生

『ぼくたちの洗脳社会岡田斗司夫

オタクはすでに死んでいる岡田斗司夫

アメリカン・コミックス大全』 小野耕世

教養としての〈まんが・アニメ〉大塚英志

おたく精神史』 大塚英志

サンデーマガジン大野

キャラクターとは何か』 小田切博

『よいこの君主論』 架神恭介

『完全教マニュアル』 架神恭介

映画は撮ったことがない』 神山健治

『ポケットは80年代がいっぱい』 香山リカ

戦前少年犯罪管賀江留郎

スペイン宇宙食菊地成孔

東京大学のアルバート・テイラー』 菊地成孔

おまえが若者を語るな!』 後藤和智

封建主義者かく語りき』 呉智英

賢者の誘惑』 呉智英

『現代マンガの全体像』 呉智英

『定本日本の喜劇人小林信彦

カノッサの屈辱小山薫堂

お厚いのがお好き?小山薫堂

虚人のすすめ』 康芳夫

『生き延びるためのラカン斎藤環

ニッポンの思想』 佐々木敦

『シミュレーショニズム』 椹木野衣

ロックミュージック進化論渋谷陽一

日本の10大新宗教島田裕巳

ヒーロー正義白倉伸一郎

『箆棒な人々』 竹熊健太郎

『定本気分は歌謡曲近田春夫

完全自殺マニュアル鶴見済

洗脳原論』 苫米地英人

スピリチュアリズム苫米地英人

苫米地英人宇宙を語る』 苫米地英人

『青いムーブメント外山恒一

マンガ哲学する』 永井均

チベットモーツァルト中沢新一

ベストセラー構造中島梓

嫌オタク流中原昌也

『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書西寺郷太

前衛の道』 根本敬

『花咲く乙女のキンピラゴボウ橋本治

アーキテクチャ生態系濱野智史

タイアップ歌謡史』 速水健朗

自分探しが止まらない』 速水健朗

教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書ばるぼら

NYLON100% 80年代渋谷発ポップ・カルチャーの源流』 ばるぼら

ロマンポルノと実録やくざ映画樋口尚文

70年代日本の超大作映画樋口尚文

アダルトビデオ革命史』 藤木TDC

ワンダゾーン』 福本博文

『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』 ブルボン小林

ゲームホニャララブルボン小林

電波男本田透

喪男の哲学史本田透

世界電波男本田透

セカイ系とは何か』 前島賢

映画の見方がわかる本』 町山智浩

ブレードランナーの未来世紀町山智浩

『なぜ宇宙人地球に来ない?』 松尾貴史

貧乏人の逆襲!』 松本哉

サブカルチャー神話解体宮台真司

『14歳からの社会学宮台真司

『定本アニメーションギャグ世界森卓也

放送禁止歌森達也

職業欄はエスパー森達也

趣都の誕生森川嘉一郎

『興行師たちの映画史柳下毅一郎

殺人マニア宣言』 柳下毅一郎

『新教養主義宣言』 山形浩生

『たかがバロウズ本。』 山形浩生

訳者解説』 山形浩生

『超クソゲー箭本進一

戦後SFマンガ史』 米沢嘉博

戦後少女マンガ史』 米沢嘉博

戦後ギャグマンガ史』 米沢嘉博

漫画原論』 四方田犬彦

日本映画史100年』 四方田犬彦

日本文学ふいんき語り』 米光一成

恋愛小説ふいんき語り』 米光一成

2009-01-13

自分語り(了)

DENPA!!!行って来ました。

ここ5,6年で一番いいpartyでした。

掛け値なしに楽しい!!!

昼間っからやってるのも健康的(←こう書いて「おっさんに優しくて」と読む)で◎。

内容、客層、ロケーション、料金すべてに満足できる、レベルの高いイベント

ここまで"熱い"のは昨今ではかなり珍しい。マジおすすめ。ちょっとでも興味のある人は、一刻も早く行くべき。

とまぁ、ここまで書いて小休止。

自分は↓これ書いた人。

自分語り

http://anond.hatelabo.jp/20081223011009

自分語り(補)

http://anond.hatelabo.jp/20081223215937

自分語り(転)

http://anond.hatelabo.jp/20081224054429


「良いイベントだなー。こんな良いイベント久しぶりだー」と強く思ったのですが、

どうも悶々とするものがあり、それをこの2日間考えてました。

んで、marquee ( vol.70「次世代ファンタジー特集」に電刃の特集あり) とかユリイカ増刊号『初音ミク』とか買って

まだわからなくて悶々としてたんですが、主催者の"点と線"さんのブログを見つけてちょっとわかった気になったのでコメントします。

以下はアリバイとして書き残したい文章。もしかしたら読む人によっては不快に感じるかもしれません。

でも、申し訳ないけど気分を害すような文章をアップします。

(なので過去の『自分語り』で不快に思った人は読まないで下さい。)

ユリイカ増刊号『初音ミク』はほとんど読んでないのですが、

冒頭の佐々木渉氏へのインタビュー『生みの親が語る初音ミクアングラカルチャー』が抜群に面白い。

これだけで1,200円出す価値があります。今現在初音ミク関連の資料として最も価値のあるものじゃないでしょうか)

あと、情報量が多いのでメモ書き(コメント)でとどめます。

きちんと書いてる暇がないので。

では先に進みましょう。


//////memo//////

[前提]

テクノウチさんのブログ

自分語り133 - DENPA!!! 「超ライトオタク」 言説

http://www.technorch.com/2008/12/133---denpa.html

自分語り134 - 「超ライトオタク」 で何が悪い

http://www.technorch.com/2008/12/134--.html

自分語り135 - 「超ライトオタク」 ゆっくりした結果

http://www.technorch.com/2008/12/135--.html


電刃主催者の点と線さんのブログインタビュー

ライトオタク

http://blog.dropsnap.jp/tentosen/2008/12/post-23.html

慟哭 (3)

http://blog.dropsnap.jp/tentosen/2008/11/post-15.html

点と線インタビュー

http://besidegames.com/feature/024-01


竹熊健太郎大泉実成の「おたく/オタク」に関する対話

第3回 オタク密教オタク顕教竹熊健太郎氏との対話(1)

http://web.soshisha.com/archives/otaku/2006_1019.php

第4回 オタク自意識竹熊健太郎氏との対話(2)

http://web.soshisha.com/archives/otaku/2006_1123.php

第17回 オタクだけが残った〓竹熊健太郎氏との対話(3)

http://web.soshisha.com/archives/otaku/2007_1220.php


栃内新,左巻健男 編『新しい高校生物の教科書講談社ブルーバックス,71頁より

生命】 = 【生きている細胞】 - 【壊された細胞



[目次]

1.「慟哭 (3)」を読んで

2.装置(罠)-学校。その後は?

3.人類知に帰ろう

4.あなたはどう思ってるの?

5.ブクマコメに対する返答

6.参照元

------

1.「慟哭 (3)」を読んで

慟哭 (3)

http://blog.dropsnap.jp/tentosen/2008/11/post-15.html


「あー、デュシャンか。理解理解納得納得」って感じです。

こう言ったら失礼(ネタバレ)かもしれないけど、電刃はデュシャン - ウォーホール - 村上隆のラインの音楽ファッションverなのねと。

この流れだとたしかに「○○論」は確かに意味を成さないっす。「意味を成さないように働く機構」という罠・舞台装置だから。

(便器語ってもしょうがないし。まぁ、人類史上もっとも「すごい」便器なんだけどw)

次のエポックメイキングな事象はアキバのホコテン復活の時かもーとか妄想しちゃいました。

(補)

レディ・メイド

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%89

「泉」に関する個人的な解釈は、「心のヒダへの"effect"を芸術とするなら、

便器にサインして展示会に出しても芸術作品として"アリ"なんじゃね?」と提案している作品

デュシャンは「美術を"effect"とするなら、『美しい』でも『怒り』でも『恐怖』でも何でもいいじゃん」と

美術芸術)」を「拡大解釈」できる素地を作っためっちゃ偉大な人。

(それまでは「真善美」を追求するファインアートが主流だった)

ファインアート

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88


ウォーホールは「キャンベル缶も芸術作品じゃね?」と言った人。

(余談ですけど、村上隆美術史的「文脈」をきちんと押さえてるから海外で評価が高い。

作品オタク的である・でないとかは関係ないです。

美術史をちゃんと踏まえ、理論として一貫しており、装置として実際に働くから「海外美術界」では評価されています)

村上隆「これも芸術作品じゃね?」

ガイジン「あー、そうかもそうかも!!」


(電刃は村上隆と違って商売っ気が今のところなさそうに見えるから、反発(というか"やっかみ")も少ないかもしれないですね。)

ニコニコではちょっとあるみたいだけど)

(補の補)

電刃は「オタク等々を拡大解釈させる"装置"である」と言いたいだけ。

電刃を「芸術作品だ」とは言ってない。「芸術作品」という評価は「解釈が拡大する運動性」において無意味


2.装置(罠)-学校。その後は?

ライトオタク

http://blog.dropsnap.jp/tentosen/2008/12/post-23.html より

庵野監督が『気持ち悪い』でEVAを終わらせた心境から遠くはないです。

はてな民に対しては「気持ち悪い」かもしれませんが、

ホントは「パラレルワールド幸せそう?に学校に行くシンジ(を描いた庵野監督)」が正解じゃないですか?

(「気持ち悪い」は悪い意味ではない。↓参照)

映画エヴァンゲリオンの最後、「気持ち悪い」ってどういう意味

http://news4vip.livedoor.biz/archives/50801624.html

俺は電刃行って目の前ですんげぇかわいい長門がぴょこぴょこジャンプしながら踊ってて、

それ見ながらガン踊りできる幸せに絶頂を迎えそうになったけどなー。

現実」を住みやすくする手立ては、陳腐な言葉(≠「仲良く」)の中にすでにあるのになぁと。

アメリカヲチしようぜ!!」でいいような気がする。オバマ的な意味で。

(別にEUヲチでも構わない。もちろん)




3.人類知に帰ろう

ライトオタク

http://blog.dropsnap.jp/tentosen/2008/12/post-23.html より

正直なところ、その違いって、テクノウチ君の考察のように参加者が共通してポジティブかどうかじゃないかなとw

それで終わりじゃ駄目なの?むしろw。

(中略)

僕や参加者がそうだと言ってるんだからそれでいいじゃないと思うんだけども、

それでも解釈知的経験の枠)の媒介を人は要求する社会学囚人なので、

僕なりにそれ用の答を探求してみたんですが、もとよりそんなつもりはないので嘘はつけないなあというどうしようもない始末。

庵野監督が『気持ち悪い』でEVAを終わらせた心境から遠くはないです。

関係ないけど社会学部だった僕の卒論は「社会学永遠に社会そのものを追い越せない」というものでした)

(中略)

これは大変ありがたいことですが、DENPAはアカデミックな言説に幽閉されるよりも、ただ好きなものを好きという幼児的で野蛮で原始的な本能に基づいているのも事実です。それもコンプレックスをいだかず堂々と。

僕らは学論の探求ではなくエンターテインメントの探求をしている。

不恰好でも感動はほんものだ。

そのシンプルな行為がこんなにもやりにくく、珍しがられる時代になってしまったんだなあ

と感慨深くなりました。


marquee(vol.70)「次世代ファンタジー特集」より

文字打ちが大変なので割愛。

アート引用者注:「学問」という意味多分に含まれてる)はどこに行き着くために問い続けてるかわからない」というインタビュアーの質問に対し

点と線さん、「ポジティブエネルギーと、それを循環させる回転運動がコンセプト」と返答

点と線さんが社会学フレームで世の中をすっきり見れるように、

若い子にもその手段をゲットできるような仕組みを作ってあげたいなーと思ってみたり。

年下の子に「学問楽しいよー。いや、むしろキモチイイとすら言える!!」としか俺はまだ言えてないけど。

カウンターカルチャーであるはずの「学問」が、「幽閉」する機構として働く日本の異常性がアレなんだよなぁ)

あと、社会(工)学とかの立脚点がないままのポジティブって、

学生運動とか創価学会とかオウムとかプロザックとかと変わんない気がします。

(「社会工学」について否定する意見もありましょうが、

最近は「死なない程度の失敗ならおk(死なない程度に納めよう)」という考えの人多し)

鶴見済ですら

リタリン規制はやむを得ない

http://tsurumitext.seesaa.net/category/3920016-1.html

と言ってるのだから、たとえ手詰まりでも「ポジティブであればいい」とは言わない方がいいんじゃないかなーと思ってみたり。

まぁ、アメリカとかEUは全然手詰まりに見えないので、「手詰まり」こそが共同幻想な気がしますが。

(個人的にはバンクシーみたいな手法が好き。愛しつつコケにする系。音楽だとBUBBLE-Bさんとか)

バンクシー

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%BC

BUBBLE-B / アムロケット

http://jp.youtube.com/watch?v=54L9vxwpzN8

BUBBLE-B / バブルBのゆく年くる年

http://jp.youtube.com/watch?v=54L9vxwpzN8




4.あなたはどう思ってるの?

オタクって何?

オシャレって何?

大事なものは 何?過去現在未来歴史教養情熱創造破壊

疑問に疑問でお返しします。


----------------------------

5.ブクマコメに対する返答

「面白い」とか「なかなかのもの」とか言ってくれた人ありがとう

レスすると「キモイ」とか言われちゃうので、指摘してくれたコメにのみ応答。

自分語り』のブクマコメ

clonicle 言っていることはまっとうだが、「ジャンクフード」(=人によっては取るに足らない虚像)だと発言することでテクノウチ決断主義者に仕立て上げるのは悪質

決断主義」って言葉意味を調べましたが、よくわからなかったです。

購入厨」みたいな言葉

fuldagap「「ジャンクな物でも『おいしい』と感じる人が大半になったよ』って書いてあるだけだよ?」が微妙に誤読な気も。「化学調味料うめえ」じゃないかなーとか。総じて現役/引退オタク自己正当化合戦に見える

そうです。たしかに「化学調味料うめえ」なのですが、

化調まで抽象化しちゃうとかえって伝わりにくいかなーと思い「ジャンクブート」にしました。

(「化調」に対応するのが「ビート」だけになっちゃうので。音楽的広がりが欲しかったので「ジャンクフード」と表現しました)


自分語り(補)』のブクマコメ

fuldagap 「全員「アツイ」から、濃淡は金・環境時間の差でしかなかった」ってのは「アツ」くない人が見えにくかった時代がゆえの偽史だと思うなあ

「『おたく』とアイデンティファイされるようなファナティックな人々」が母集団ですから。

熱くない人たちは隠れキリシタン的に「おたくではなかった」。

y_arim ぼくの知る限り、昔だってヌルいひとはいた。だけど時間の経過とともに彼らは「卒業」し、一貫して熱かったひとのみが生き残った。すると「昔は誰もが熱かった」という言説が生まれる。「元ヌルオタ」をどう語るか?

(『タイムマシン』のエロイ的な意味で)幸せで「語り」に対してモチベがない人々に無理に語らせなくていいのでは?

ジャンプの発行部数見れば、「いた」ことはわかりますから。

mkd5 オタクおたく」のうち岡田氏の守備範囲が「オタク」となったってことかなあ/「(淡から濃に行かない奴は、そもそも「おたく」と呼ばれていない)」これがヌルオタなのでは

「ヌルおた」は言語矛盾引き起こしますが、「ヌルオタ」は新語なので好きに定義しちゃってください。

kanose 面白い。けど、ぬるオタ的なバッシングが昔はなかったかといえば、そんなことはないと思うなー。

ミーハーという言葉などで批判されていたんじゃないかと

竹熊健太郎氏との対話(1)』での解説が一番しっくり来るのかなぁ。

個人的には「ミーハー」ってバカにする奴を馬鹿にしてたので、

おたく全般」にまで広げちゃっていいのかどうかはまだ自分として決めてないです。

6.参照元

は文字数制限を避けるために↓こっちに移動。

http://anond.hatelabo.jp/20090115000935

おまけ

TRANCEジブリミックス集(修正版)【トランス

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1756156

フック

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%83%E3%82%AF

ギミック

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%AE%A5%DF%A5%C3%A5%AF






(追記)

ああ、そうかそうか。書きたいこと書き殴ってたらレポ忘れてた。

"DENPA!!!"に行ってきたよ。

http://d.hatena.ne.jp/inumash/20090113/p1

[音]DENPA!!!には超ライトオタクはいたんでしょうか

http://d.hatena.ne.jp/republic1963/20090111#p2

[オタク]オタク!! DENPA!!! イエ!!!!

http://d.hatena.ne.jp/Masao_hate/20090113/1231821064

お三方とそう変わらない印象。

3Fではアニソン流してカラオケノリでオイオイって感じ。2Fと3Fの交流はぼちぼち。曲や3Fの込み具合次第かな。

ロンドンナイトは行ったことないけど、普通ライブとか新宿で昔やってたグルービー・ロックキャラバンとかと相似。

僕は2Fで「普通に」踊って楽しんでました。

テクノウチさんの時間は、3Fのお客さんが大挙していらっしゃいましてまったく踊れなかったので、僕的には一番…w

NHKの方(ETVカメラマンさん)は「アンディー」かなーっとちょびっとヲチしてました。

(こっそり追記)

metamix   きちんとオーガナイズされてる良イベントだっていうのは分かったけど、

その先があるのかどうかをもっと知りたい/クラブピーポーには文化考証なんてどうでもいいんですよ。

要はその現場があるかどうかだから。

「その先」「現場」ってのがどんなものをイメージしてるかにもよるなぁ。

Dir en grey」なのか「RYUKYUDISKO」なのか「初音ミク/ニコニコ」なのか「third summer of love」なのか。

「超ライトオタク」や「越境」云々は主催者も意図してない(?)「バズワードでのプロレス」(@inumashさん)なんで、

どの層がたくさん「ひっかかる/ひっかかってる」かにもよるかと。

(まぁ、お客がみんな「かっこいい/かわいい」と書かれているってことは、

ちょっとキモ目の"いわゆる"「おたく/オタク」はあまりいないってことでもあるような気がするのはきっと気のせい。)

(昔に比べて非寛容な人が減っただけのような気がするのもきっと気のせい。)



(おまけその2。佐々木渉さん、かなりクールです)

佐々木渉】  三年くらいしたら「初音ミク?そんなのもあったね」で良いんですよ。(中略)

まあウチも営利団体なのでもしかしたらヴァージョン・アップ版とか出すかもしれませんけど(笑)

ただ、引くタイミングは考えないといけませんね。初音ミクにまで泥を塗って、

グダグダと退いていくようなやり方は、やっぱり不味いので。

ユーザーさんからも「『ぷよぷよ』を作った会社株式会社コンパイル)が辿った末路を、よく調べておいて下さい」という

有り難いご意見をいただきまして(笑)。良いこと聞いたなぁと。

ユリイカ増刊号『初音ミク青土社、17頁)



(独り言)

ディスコクラブライブハウスイベントホール使用料、全部「ハコ代」って言うよね。

2008-12-23

自分語り(補)

ブクマ

どんどん語って文字にせよ


とあったので、↓これの続き(補足)を。

自分語り

http://anond.hatelabo.jp/20081223011009

1. <「ネクラ」「マニア」「おたく」「オタク」的な人>の定義とその変遷

「所属する共同体コミュニケーションに関心を持たないほど没頭している趣味を持つ人」

こんな感じでどうでしょうか。

異論反論もあるでしょうが、まずはちょっとアイデンティティ(Identity)についてお話させてくださいな。

自分は、アイデンティティーには2つの種類があると考えています。

ひとつは「能動的アイデンティティー」。もうひとつは「受動的アイデンティティー」です。

「能動的アイデンティティー」は、自らが<何か>に属していると自発的に感じるアイデンティティーです。

アメリカに長期滞在し味噌汁が飲みたくなった時に「あ、俺も日本人なんだな」と感じる。

これが能動的アイデンティティー

「受動的アイデンティティー」は、他人が自分に対しカテゴライズする/タグをつけることにより意識されるアイデンティティーです。

道を歩いていて「hey jap!」と侮蔑されたときに感じる「あ、自分日本人なんだな」と感じたときのアイデンティティーです。

・「味噌汁が好きな俺ってばやっぱ日本人」(能動的アイデンティティー

・「外人にジャップって言われたから俺は日本人」(受動的アイデンティティー


ここで注意しなければいけないのは、一般的には能動的アイデンティティーは<想像されたもの>でしかないということです。

イヨンスープを飲みたくなればフランス人なのかというわけではないし、「就職結婚、同僚は家族みたいなもの」と口で言いつつも、

会社人間」という自己言及がフィクショナルな物だというのを多くの人は理解できると思います。

ふぅ、ここでやっと「おたく」の話。

本来、「おたく」という言葉で表現されるような人々は「呼ばれる」ことで

受動的にアイデンティファイされてきたわけです。

こんな感じで

・「あー、君の事もっとネクラな人かと思っていたよ」(「暗い奴」という蔑視)

・「すごく詳しいね。○○マニアだね」(「詳しい人」という尊敬・排除)

・「それっておたくが読むものだよね?」(イミフなものは全部「おたく」と呼んで排除)

・外で遊ばないで家でなんかやってる人→ネクラ

マイナーなことにとっても詳しい人→マニア

コンパとかマスが認めるカルチャーに興味がなくて、漫画とか変な本とか読んでる人→おたく

なので、「ネクラ」と言われると「そうかなぁ?」と疑問に思い、「マニア」と言われるとちょっと喜んで、

おたく」と言われると意味がわからなくて「???」となるわけですよ。

(なぜこの「ネクラ」「マニア」「おたく」の中で「マニア」と呼ばれることだけが喜びにつながったのかと言うと、

マニア」だけは特定ジャンルですごい人・コレクター収集家意味を持って使われていたからです)

んで、時は過ぎ去り例の事件後、岡田さんが「おたく」な人たちのことを「オタク」と言い換えて、流通に乗せたわけです。

大塚英志氏などは、「おたく」から「オタク」に移行したときに宮崎勤的な「何か」が抜け落ちたと批判している)

(「おたく」から「オタク」と言い換えられたとき、マンガアニメゲーム文化が「なぜか」中心となった)

それまでは「店頭に飾ってもらえるくらいにプラモデル作りがうまくなりたくて毎日プラ屋に通う少年」とか、

マンガ絵が好きでファンロードに投稿する少女」とか「鉄道が大好きで教室でマイ路線の時刻表書いてる奴」とか、

「家にあるゲームをやりつくし、怪しげなソフト屋に通うマイコン少年」とかが一律「おたく」であったのに、

なぜかいつの間にか「美少女とかアニメ絵が多用されているマンガアニメゲームを消費する人」が

オタク」のメインであるかのような「幻想」が流通してしまったのが現在なのです。

我ながらなげぇと思うけど続き

2. ぬるヲタ vs ガチヲタ

自分史的には、ぬるとかガチとかって対立構造存在した記憶がない。

そもそも「おたく」な人は

「所属する共同体コミュニケーションに関心を持たないほど没頭している趣味を持つ人」

なわけだし、お金環境(部屋の広さとか)と時間が許す限り(程度差はあれ)没頭するのが「普通」だったので。

マイノリティ同士だから基本互助的だし、濃い人つまり金持ちは単純にスゲェとしか思わなかった。

新参が来ても友達少ないから、むしろ逃げられないように大切に扱ったしw

(ヌル鉄とがガチ鉄なんていない。全員「アツイ」から、濃淡は金・環境時間の差でしかなかった。

金もつとプラ好き少年ジオラママンガ少女同人、鉄は全国旅行マイコン少年は新機種と「相場」が決まっていた)

だいたい、自分たちのことを「おたく/オタク」とは思ってなかったしね。

受動的にアイデンティファイされただけだから、自分たちのことは

マンガ好き、軍事マニアミリタリー好き)、鉄道ファン(鉄)とか思ってた。

仲間内で受動的アイデンティティーの確認なんてもちろんやらない。

日本人日本人に「あなたは日本人ですね」と言っても意味がないように、

「あなたは鉄道オタクですね」なんて言ったことない。

ネトウヨ朝鮮日本人のことを「チョン」と言うように、「外部」の人が「おたく/オタク」って言及してた。

一昔前は呼ばれてはじめて「ああ、おれって『おたく』って呼ばれる存在なんだなぁ」って気が付くもんだった。

仲間内で(濃淡じゃない)興味の「深い浅い」がヒエラルキー化したのって、たぶんネットの影響で「連帯」できるようになってからじゃないかなと思う。

「ぬるヲタ」とか「ガチヲタ」とかって、昔は問題になんかならなかったしね。

(まぁ、今ほど情報作品があふれてなかったってのもあるけど)

(淡から濃に行かない奴は、そもそも「おたく」と呼ばれていない)

(言及するために「発見」された?)

(周囲の雰囲気変わったなぁと思った時期は、「スレイヤーズ」「天地無用」「ときメモ」「サクラ大戦

エヴァ」「ブギーポップ」「ビバップ」「ハルヒ」らへん。倍倍ゲームで「オタク」が増えた印象)

自分としては、岡田さんが"Yes,we are niggers.What's wrong with that?","Black is beautiful "的な意味合いで

オタクで何が悪いの?マンガ面白いでしょ?」って開き直ったという歴史を知らない若い子が増えたんだと理解してる。

それ自体はいい/悪いではないけど、意味もわからずファックミーTシャツを着ている人を見ちゃうような気まずさはあるよね。

3. サブカルってなんぞ?個人的にはクイックジャパン的な

を書こうと思ったけど、長すぎるから割愛。

リブロ-ABC-ビレバンに対する中野タコシェ-新宿模索舎的なカウンターを担っていたような気がする。

ボアダムスとかフィッシュマンズとか鶴見済とかアングラ演劇とかウヨサヨをからかうとか族とか風俗とか鬼畜とか

消えた漫画家とかタイとか死体とか爆弾少年その後とかだいたい赤田祐一周辺だった印象

2008-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20080608192110

かなり昔、鶴見済って物書き(って肩書きでいいんだろうか)が、

「『朝まで生テレビ』なんかを見て真剣に社会問題を語りがるクセに、自分の事がどうにもなってない奴。

そんな奴は自分の現状を直視できないが故に、代わりに社会を語ることで酔って逃避しているんだ」

と言ってそういう人を「社会問題バカ」と呼んでいた。

 

時は流れて、例え専門外でも知識ゼロでも小学生でも自宅警備員でも、2chブログはてなmixi日記社会を語れる現代。

全然知らなくても、全然文章を推敲しなくても簡単に「許せない」「死刑にしろよ」「一生テレビに出てくるな」とコメンテートできる時代。

今にして「社会問題バカ」って例えは的を得ているかもしれんと思う。

2007-12-23

「誰 かのために」の物語としての漫画版NHKにようこそ』 ??あるいは「本当は怖い共依存」??

 漫画版の『NHKにようこそ』は引きこもりの話ではな い。主人公原作小説ほどネガティブでも内向的でもなく、世界と敵の関係について考え込んだりもしない。自意識ベクトルが、原作ほどの自己嫌悪へは向か わず、他人や他人からの視線への過剰な関心という形で現われる。では何の話なのか? それは「誰かのために」の物語である。

 中原岬は幾度となく言う

「つまり…私は…/ひきこもりを助ける

 その…/天使みたいな…/もので…

 決してからかってる/わけじゃなくて…/本気の本 気!!

 つまりボランティア/みたいなもので…/別に佐藤君が 好きとか/そういう……」(2巻p123)

「あたしは佐藤君を/天使のように助けようと思っ て……」(2巻p168)

「わ…私は/弱者に優しい/天使というだけのことです」 (3巻p163)

「な…何ですか/関係ないじゃないですか!/私はただ天 使だから…

 佐藤君を助けなきゃ/いけないから!/クーリングオフ を申し込みに/来ただけじゃないですか!!」(3巻p165)

 「誰かのために」は通俗的な用法としての「共依存」と 言い換えてもいいかもしれない。「共依存」の人は、自分自身の問題と向き合う前に、身近な「困った」他人の問題ばかりに気を向けて、その問題の解決に身を 捧げてしまう。しかし、そのような態度が、根本的な他人の問題の解決に向かうことはない。というのも、そのような「困った状況」において、世話をされてい る彼/彼女は、自らの努力で問題を解決するチャンスを奪われてしまう上に、その状況が続くことを世話をしている彼/彼女が望んでしまいさえするからだ。こ れが、(やや通俗的な解釈ではあるが)「共依存」ということの意味である。

 「共依存」というと、互いに依存するようなカップルな どを思い浮かべる人もいるが、「共依存」自体は一方的な献身においてであっても(むしろそうであるからこそ)発生する。「自分が誰それから必要とされてい るはずだから、自分は誰それの世話をしてあげるんだ!!」と思い込んでしまうのが共依存だからだ。その意味で中原岬は、典型的と言ってもいいくらいの、 「共依存」である。

 「共依存」は引きこもりに近い状態ではあるが、社会性 としては引きこもりより一歩進んでいる。一般的に「引きこもり」は自分のことだけに関心が向いてしまい、外界に対しては一切の干渉/被干渉を拒否してしま うというイメージであるが、「共依存」においては少なくとも、「自分を必要としているはずの」他人に対する関心や干渉はあるのだ。これは、ラカンにでも言 わせれば鏡像段階などと説明されるのだろう。

 さて、「自分よりダメ人間を見つけたから」佐藤達広 と付き合おうとしたのだという、中原岬の告白は、原作においてはクライマックスの一部をなすほどに、作品全体において重要なものだが、それが漫画版では、 あえて秘密にするまでもないほどに、何度も語られてしまう。つまり、漫画版NHKにようこそ』とは、既に人間関係が「共依存的」であることが、明らかに なってしまった後の話なのだということにならないだろうか?

 興味深いことに、漫画版においては、中原岬以外の登場 人物もみな、多かれ少なかれ「共依存」的である。人間関係の契機がそのような、「誰かのための『優しさ』」として現われることが多い。主人公の後輩、山崎 は言う。

「僕は佐藤さんの事/尊敬してるんです/昔 僕がイジメられてた時……

 こんな…ダメな奴なのに助けて/くれたでしょう?

 僕…そんなの/絶対ありえないって/思ってましたか ら…」(1巻p31)

3巻で登場するマルチ商法の勧誘員女は言う。

「ただ…私は今まで/秋葉原オタク相手に/絵を売った り宝石を/売ったりしてきたわ

 何故だか分かる?

 私の兄がね…そうなの…

 …悲劇よね…

 それでも兄弟だから/私が養ってあげようと/思って必 死で働いたわ

 でも兄は働きもせず/人に迷惑かけるばかりで/部屋か ら出なくなって/もう6年になるわ

 そんな人の為に/お金を稼ぐのが/正直虚しくなってき たの…」(3巻p165)

 そして極めつけは、2巻で語られる、主人公と先輩女と の関係であろう。この関係が、中原岬と主人公関係と二重映しに見えるプロットは面白い。主人公は言う。

「もう逃げるのは

 やめだ!!

 たとえ拒絶されたって/向かい合わなきゃ/今までと同 じなんだ!!

 今度こそ/勇気を出して/先輩に言おう!!

 別に好きとか/嫌いとかじゃない

 ただ俺はこの人に/元気でいて欲しいんだ!!」(2巻 p107)

「そうだ!/そして何より

 この人(ルビ:柏先輩)の/笑顔を/守るために」(2 巻p115)

「そうだ…俺は/どうして彼女を/止めるんだ?

 結局 死ぬも生きるも先輩の/自由じゃないか?

 俺がとやかく/言う権利なんて/ないじゃないか!?

 …そうか…/そういう事か

 何故 俺が/彼女を助けたいのか/どうしてこんなに/ 辛いのか?

 つまり…/俺は彼女の事を――」(2巻p164)

 だが、この主人公の純情は、先輩にかかってくる一本の 電話、そして「……私/結婚します!」の一言で打ち砕かれる。「誰かのために」が成就するとは限らない。誰それが自分を必要としているはずだから、と思っ たところで、誰それが本当に自分を必要としているかどうかは分からないのである。そして更には、必要とされているからと言って、誰それに手を差し伸べるこ とが良いことだとも限らないのだ。

 このように、漫画版においては、「引きこもり」的な内 向自意識の問題は、半ば解決済みとも言える。「巨大な悪の組織と戦うことなどできなくなった」のが小説版の置かれた状況であるのならば、漫画版は「巨大な 悪の組織と戦う必要すらなくなった」後の話なのである。「もう“デカイ一発”はこない。22世紀はちゃんとくる(もちろん,21世紀はくる。ハルマゲドン なんてないんだから)。世界は絶対に終わらない。もっと大きな刺激がほしかったら,本当に世界を終わらせたかったら,あとはもう“あのこと”をやってしま うしかないんだ」(『完全自殺マニュアル鶴見済1993年)に対して、山崎はこう言うだろう「僕らは自殺だなんて/ドラマティックな事に/関われる資 格がありません…/どんなに落ち込んで苦しんでも…/この馬鹿馬鹿しい日常に帰ってくるだけです/もし帰ってこなくても/どこかで馬鹿らしく/死ぬだけで す」(2巻p182)。これが90年代00年代の差の一つである、というのは安易にすぎるかもしれない。だが、問題意識は確実に転換している。それを進 歩と呼んでいいのか分からないし、「共依存」は、描かれているほど楽なものでもないのだけれど。

 「共依存」は自意識の問題を解決し得るだろうか? そ して、宙吊りにされた「世界と敵」の話が、再び思い起こされることはあり得るのだろうか? それが漫画版NHKにようこそ』において今後注目したいとこ ろである。

 
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