はてなキーワード: 甘ったれとは
これはただの甘ったれな人間の、心の整理がてらに書いたここ数年のお話です。自己嫌悪の文章です。
もともと、好きで行った大学ではありませんでした。天文学をやりたいと思っていました。しかし、受験の出願をするとき、親に猛反対されました。「天文学なんか食ってないからやめなさい」、と。私と両親は大げんかしましたが、天文学では物理が必要になります。でも私は物理が大の苦手でした。だから泣く泣く諦め、両親が勧める医療系に進みました。一応、両親は最後の方は私のすきにすれば良いと言っていましたが、医療系に行くと言ったら喜んでいました。
だけどやっぱり、心の底から笑えません。同じ学部の友達を作りたいと思えません。勉強も全く面白くないです。毎日後悔ばかりです。一年生なのに留年してしまいました。
今は入学してから三年目、二年生です。この大学に入らなければよかったと思わない日は一度もないです。
退学することを考えます。でも、できません。退学したら働くことになりますが、働きたいと思えません。働いて幸せになる未来が見えません。
私はひどい人間です。今の状況から変わりたいと思いつつ、働きたくない、他の分野に興味が持てないと言い訳ばかりをして現状を変えようとしません。なんだかんだで優しく色々援助してくれる両親に甘えっぱなしです。しかもそのくせ、内心は両親のせいでこんな大学に入る羽目になったと逆恨みしています。
「おいらがわるいことしちゃうのはお前らがいじめるからだぞう」
低能先生なんて増田で匿名で「議論」っていって煽り煽られるのが、唯一の楽しみだった40代引きこもりが、情報開示請求通って匿名でいられなくなって、ネットの空間ではきれいさっぱり思い出さなくてもよかったリアルな自分の悲惨な状況があらわになることに追い詰められて、パニくって、そんな自分がただの無力な中年引きこもりであることが露見することがどうにも認められなくて、自分が無力ではないことリアル空間でも「力」があるのだと誇示したいがために、ネットの有名人を殺害するという欺瞞に満ちたどうしようもない公開オナニーをやった挙句、承認欲求まるだしの犯行声明を増田に残して現実から逃亡した気になっている、そんな自分の人生を他者のせいにしたままのどうにもならない甘ったれの馬鹿だ。
もういちど言う。
老人が「今の若者は甘ったれてる」とか言うのを目にするけど、いつの時代も若者が常に正しい。俺はおっさんだが、若者の価値観のほうが正しいと思っている。
老人の考えは時代遅れである。成功体験とか生存バイアスにとらわれすぎて、自分の価値観だけでしか物事を判断できていない傾向にあるように思う。全ての基準は「俺の若い頃は」だ。だが、若者は今を生きている。
クルマ離れがある。これについて老人は「ステータスとしてのクルマを買って、美女を従える気概を持て」と言う。しかし、若者は各々が今の状況を鑑みて「クルマは要らないのではないか」という判断を下している。決して大多数の若者が裏で示し合わせてクルマを買わないのではない。
音楽とかゲームとかのサブカルもそう。老人は「昔の音楽は良かった」なんて言うけれど、それは単なるノスタルジーでしかない。第一、音楽に良し悪しはない。老人が時代について行けなくなっただけ。
フリン効果がある。人類のIQは常に高くなり続けているという理論である。特に新しい世代は客観視に優れているそうだ。昔の人間は「俺が知らないからそれは存在しない」と断罪する傾向にあることもわかっている。物事を判断する際に重要なことはメタ的視点であり、客観視だ。物事を客観視できる若者は正しい。
「若者は根性が足りない、努力が足りない」と言う言説も聞く。確かに努力は重要かもしれない。だが、若者は正しい。とすれば、今の世の中は努力が無意味な世界になってしまっていて、若者だけがそれを見抜けていると言うことはできないだろうか。
俺はおっさんだ。だが、自分よりも年下の若者が正しいと思っている。個人としてではない。全体としてだ。たしかに「ロマサガ2みたいなすごいゲームは現れないなー」とか「昔のインターネットは良かったなー」とか思うことはたまにある。だけど、若者が作っている今が常に正しい。俺が間違っている。これは絶対だ。
若者に、例えば「クルマはあったほうがいいよ」とか「ロマサガ2っているゲームがあってだな」とか言いたいのであれば、根性論やポジショントークではなく、実例として見せていく必要があるのではないか。「Undertale」を若者がプレイしているかどうかはわからないが、そうやってきちんと努力して訴求していくことだ。年金暮らしやエスカレーター式の出世にあぐらをかきながら「今の若者は」とのたまうことに説得力はない。
若者は常に正しいと私は考えている。
「セクハラってそんなに重大な問題か?」って書いて集中砲火受けている増田を読んで結構驚いた。アレがネタとか釣りとかで無く本気で書かれているんだとしたら、結構深刻に社会性の認識がズレている一団がいるって事だよね。ブコメの中にも少ないけど、同調してる人もいたし。眺めててちょっとマジかよと思った。
書いてもどうせ論点が霧散すると思うけど、まず最初に「報道されている事が全て真実だとしたら次官の行為はマズいよね」って所から話しをしてみる。
まず問題になった録音の当日。電話で記者を食事に呼出したのは次官。これどう考えても「親睦深めましょう」って趣旨の呼出しじゃ無いよね。相手が記者で以前から「記者と取材対象者」という線で繋がっていた関係性なので、当然食事の場でも「記者は職務として次官しか持ち得ない情報を得たいと思って来ている」って事は前提だよね。(ここで「いやそうじゃない可能性が微レ存」とか言う人はストーカー気質があるので注意してね)この時点で「記者に職務上の手柄を与えるも与えないも次官の胸先三寸」って状態だよね。つまり「情報優位の立場を利用して相手を呼出し、職務上相手が退席しにくい場をセットした」って事だよね。その上で情報を与えるか否かに関してははぐらかして「胸触っていい?」「縛っていい?」と「相手に性的な屈辱を与える言葉」を断続的に投げかけ続けたって事だよね。コレがハラスメントでなければ何がハラスメントになるんだ?って話しだよね。
「情報優位な力関係」を利用して「職務上その場から逃げにくい立場にある相手」を目の前に呼びつけ「相手の意志や来訪の趣旨とは無関係な性的屈辱を言葉で一方的に与え続ける」って、コレ、相当卑劣な行為だよね。コレのどこが「言葉遊び」とか「男女の駆け引き」とか「アプローチ」に繋がるんだろうか?ひょっとして元増田含めて吹き上がっている人はコレを「言葉ぐらいならセーフにしろ」って思ってるのだろうか?そんな事ないよね。
次官の今回の行動は「性的な内容をはらんだパワーハラスメント」以外の何物でも無い。登場人物の年齢や性別をシャッフルしても完全にハラスメントとして成立する事案じゃん。違うかな?違わないよね?それなのに「オジサンがキモイと差別されつつある」とか「女が恣意的にハラスメントの解釈を拡大させている」とか「これじゃアプローチ出来ない」とか。何を言ってるの?って思う。
はっきり言って元増田含めて吹き上がっている人の主張って、今回の次官の件とは全然関係無いよね。単純に「自分達が女性と距離を縮められない」っていう「あなた達自身の問題」を他人や社会の流れのせいにして駄々をコネているだけじゃんか。元増田や同調しているブコメの人達さ。その子供染みて甘ったれた考え方を捨てないと本当にマズいんじゃ無いかな?そんな考え方してるとこの先ずっと世と異性を恨んで、ひとりぼっちで生きて行く事になると思うよ。
あなたが異性との距離を縮められないのは、セクハラの告発が一般化しいている事とは一切関係ない。本当はそんな事わかってるんだよね。そうであって欲しい。なんて思うのだけれども。そうじゃなきゃ、この世は地獄だわ。
子持ちの女性議員がバッシングされたのは、「子持ちの女性」だからではない。
有権者から託された貴重な在任期間に産休を取ろうとしたり、夫をペット呼ばわりしたり、
公の議場に乳幼児を連れこもうとしたり、あまつさえ女性であることを利用して人間の壁を作ったりしたから。
この国の有権者数・投票者数は女性の方が多い。単に立候補者が少ない=女性自信の問題。
これも旧世代の名残である。身体上致し方なく発生する休職に対応できない経営者の問題であることは間違いない。
ただし、男性と同じように社会進出することを選んだ以上、男性にないクールタイムは許容されない。
映画館などのレディースデーとかはそれを見て女性でも来やすいようにっていう配慮だったけど性差別との声があったのか今ではほとんど見ない。
あれは痴漢が多すぎるから出来たものであって、本来ならそんなものない方がいいに決まっている。こんなやり方でしか解決できませんなんて恥ずかしすぎる。
人の(男性の)善意にすがっておいて、根拠もなく追い出すなど恥を知るべき。
男性もレイプやホームレス狩りの危険はある。しかし、それでもホームレスせざるを得ない立場に追い込まれてる。
男性の方が自殺率が高いのは。これも印象だけで語ってはいけないと思うが、
やはり今までの価値観だと男性が家や社会を支えなくては、というような世界だからではないか。その価値観を壊したらもっと生きやすくなるかもしれない。
社会進出し、男性相当の収入を得ても上方婚を維持している女性が、この価値観を維持する元凶。
エマが付き合うのはみんないい男の金のある男だ!ってそりゃ彼女がいるのは俳優界なんだから同業者やそれに近い人間とどうしても付き合いが増えるからでしょう。社内恋愛と同じと誰かが言っていたが言い得て妙だと思う。わざわざお恵みでまったく知らない男と付き合えセックスしろと言う主張はさすがにみっともなくないか。
単に、「ジェンダーロールからの解放」を主張しているエマのチョイスがジェンダーロールそのままなことにより、
いわゆる勝ち組男性(とされる人たち)が饅頭三個、弱者男性が饅頭二個を持っているとして、その他の人は饅頭なかったから少しずつでいいから一個ずつ分けてね、というのが現在や少し前の話だと思う。勝ち組男性がそれでも二個持ってるの変だからそこも改善していきたいね、という話をしているのに、弱者男性と叫ぶ人たちは、不当だ!俺たちの饅頭なのに!ずるい!ひとかけらだってやるもんか!と駄々をこねているように見えているんだ。
女性は1個の人と2個の人がいる。なのに女性であるというだけで饅頭を奪う。
キモくて金のないオッサンとやらが嫌がられているのはキモいからでも金がないからでも年を取ったからでもなく、充分権力を得ているのに自分が弱者ですと哀れっぽく叫び、まだ自分の権利は足りてないんですくださいと言っているからではないか?しかも大体の場合こういうことを言う人は自分たちより弱い人間のことを口汚く罵っていることが多いので嫌気が差しているのだと思っていた。
キモ金は権力など全く得ていないし、なけなしの権利すらフェミの攻撃にさらされている。
多数の怪我人が出てる時の災害時のトリアージを思い浮かべてね。より重傷の人から治療するのは道理ではないか。あなた方のやってるのは、血まみれで死にそうな人間を治療している時に、ほんのかすり傷の人間が「こっちが先だ!こっちの方がつらい!お前が痛かろうがこっちだって痛いんだよ!どうせそんなの詐病だろ!」とわめく行為だと思うよ。
なんで、フェミ等の一部の人間が勝手に、キモ金を後回しにできるの。
文句言うべきは社会であってフェミニスト(を名乗るのはとても恐れ多いくらいだし自称したことは一度もないが)にいちいち絡みに行ってお前らは俺たちのことを無視してる!攻撃してる!って被害妄想すぎてみっともない。
その中で、男性攻撃の先鋒であるフェミが反撃を受けるのは当然。
被害妄想もほどほどにしてほしい。
私は女だ。
その女である私に親戚の女は言った。
「結婚はいいものだよ、ひとりじゃないし。私も子供が嫌いだったけど産んだら可愛い。夫のお金も自由に使える。」
またその夫である男は言った。
「結婚しないでどうすんの、孤独死するの?老後ひとりで死ぬの?孫の顔を見せるのは親孝行だよ」
彼らには勿論守るべき家庭がある。子供がいる。
彼らの意見は私の人生を決定する上での一意見として聞いたものだ。これらの意見を踏まえ、また社会を観察するにおいてもやはり、私は結婚も出産もしたくないと思う。そして彼らの意見はあまりの価値観の違いに衝撃を受けるものだった。何故、何処が違うのかを記す。
ひとりじゃない。それにメリットはあるのだろうか?何時でも人がいる空間は、とてもつらい。気を遣う。一人で集中したいものと向き合うことが出来ない。別に私は人が嫌いなわけではないし、友人のことは大好きだ。だが、大好きだからっていつでも一緒にいたいか?と言えばそれは違う。互いの都合の良い気が向いたときベストなコンディションで楽しみたい。
②子供が嫌い
私は子供は好きだ。親戚の子供でも可愛いし、道行く子供たちも可愛らしいなと感じる。だが、自分の子供はどうだろうかと考えるととてもおぞましくなる。何故かはわかっている。私が、私自身と私の父と母のことを気持ち悪いと思っているからだ。仔細は省くが、両親は離婚している。父は浮気をした。母は私を殴り蹴り飛ばした。予定調和だ。崩壊する家庭なんてものもなかった。母は私のことを「私(母)の遺伝子を分けた人間」と言った。その通りだ。私は汚い父と汚い母の遺伝子のふたつたけで形成されている汚い人間だ。時たま人間でいられているのか不安になる。
こんな屈折した人間から産まれてくる子供は、かわいそうだ。きっとうまく愛せないのだ。そして幸せにしてやれないのだ。そう思う。何故両親は私を生み出す前に幸せにしてやれるのか考えられなかったのだろう。そして世の中にはそんな人々が多すぎる。子供は親の為に産まれてくるのではない。子供は子供の人生を生きる為に産まれてくるのだ。そう思いたい。彼らは幸せになる権利をもって産まれてくるのに。
生命の安全。虐待で亡くなる子供たちは、後を絶えない。私は子供を産んだことがないから、子供がいる孤独に苛まれる親達の気持ちは一生わからない。殴られた子供の視点でしかものを言えない。でも、本当に。命を産む前に、命を産むということを考えてほしいのだ。一人が誕生するということを考えてほしい。無理だと思ったら早々に投げ捨ててもいいと思う。だって、産まれるということは苦しい。楽しいこともあるけど、それでも悲しい。そして私は多分一生このままだ。親の影は消えない。こんな風になってしまう。子供はいつか大人になる。傷ついてひしゃげた大人になった子供にも責任がとれるのか考えてほしい。
教育。それはこの国で最も身近な未来への投資だろう。学さえあれば多くのことが出来る。しかしその学は金で買うものだ。そしてその多くが国民自身が賄わなくてはいけない。日本は教育に関する国の関心が低い。学費はいつまで経っても高いままで、勉強がしたくても親にお金が無ければ出来ない。いくら賢くても。だから親達は金を稼ぐ。子供の為に。私にはそれが呪いにしか感じられない。自分に使いたいお金を使えず、学費が馬鹿みたいに高い癖に学歴社会のこの国でそこそこの人生を歩むには学費を馬鹿みたいに払わなくちゃならない。少子化だのなんだのと騒いでいるが、結局子供を産むメリットを国が提示できていないのが原因ではないのか。教育はこの国の未来だ。だってこの国の未来は今産まれる生命が生きていくものなのだから。高齢化社会だなんだと高々5年10年先の問題ばかり見て、肝心の50年先100年先の国のことが見えてないのではないか。100年もすれば私だって死んでいる。でも、その頃に生きている子供たちがこんなくだらない、勉強を金で買わせられるなんて本当に馬鹿馬鹿しいことに苦しめられないでいてくれればいいと思う。
これに関しては気持ち悪いとしか言い様がなかった。私だったら自分の金を人に管理されるなんて真っ平御免だ。
④孤独死、老後
孤独死上等だよ。何なら身辺整理済ませて迷惑のかからないところで死んでやるわ。老後の世話だと全部それ家族にやらせる気なのか?どれだけ大変なことか…甘ったれているのか…。そもそもそれは子供を老後の労働力としてしか見なしていないから出てきた発言なのだろうか?私には理解できない。
まあともかくとしてだ。私の理想とする自分の老後の生活としては、トモダチコレクションがある。島の真ん中に、大きなマンションがあって、そこに友人や親しい人それぞれが一人で住んでいる。あれが一番いいなと思う。友人に会えるし、一人の時間はあるし。理想は老人ホームに世話になる前にさっぱりと死ぬことだが。安楽死を導入してほしいな。
⑤親孝行
私がまともな人間でまともに親に感謝していたら理解できたのかなあとも思うが全くわからない。申し訳ない。そもそも親孝行の為に産まれてくる子供が可愛そうだ。本当に子供のことを想って子供を産むことができた人たちはどれほどいるのだろう?数十年前は結婚しない女は気違い扱いされていたが。もちろん出産も含め。
長々と連ねた。彼らの意見を聞いたのは高々数秒だったが、それだけのことにこれだけ論ずることができるのは中々におかしなことだな、と思う。結局、結婚も出産もしたくはない。自分の為に生きて、家族の為だけに限定された生き方ではなく、もっと多くの誰かの為に生きたいのだと考えた。
2歳年上の子。就活に専念するから、って先月辞めちゃって、現在バイト先の友達ゼロ。
コンビニバイトなんだけどうちの店のバイト友達と私の2人以外全員男だったから必然的にその子とばっかり仲良くなって、男の人が苦手だったから他の仲間とは仕事上の必要最低限のコミュニケーションしか取らないでいたら当たり前だけど友達辞めた瞬間ぼっちになった。
自業自得だけど結構つらい。ぼっちなのも、友達が辞めてしまったことも両方つらい。
思えば私が入ったばっかりの日、馴染めるかなって緊張してたら2歳しか変わんないからタメ口でいいよ!友達なろ!って言ってくれたの本当に嬉しかったし、それから凄い仲良くしてくれて、マネージャーに理不尽な事で怒られてBYで泣いてたら一緒にごはん誘ってくれて愚痴聞いてくれたりとか本当にめっちゃ優しくて何回も助けてもらった友達だったから、そんな存在がもういない今の状況が精神的にきつい。
でもだからって就活で忙しいときにこんなこと愚痴って心配かけるわけにもいかないからLINEではうまくやってるよって嘘ついてる。それもつらい。
正直辞めたいって何回か思ったけど友達が辞めて寂しいから辞めますとかそんな馬鹿みたいな事言える訳ないし、他に仲良い子がいないから誰かに相談もできない。
そりゃあ2歳年上の時点で避けられない事態なのはわかってたしバイトは友達作るために行ってるんじゃない!甘ったれんな!って言われたらそれまでの話だけど、でもやっぱりしんどいものはしんどいんだよなあ。