はてなキーワード: くそとは
2 名無しさん@12周年 :2012/02/15(水) 01:17:28.43 ID:xOw4ewDn0
今まで無職とか、派遣の人を馬鹿にして笑い者にして、やれ自己責任だ、甘えだ、ゴミだのクズだのと叩いて、「勝手に飢え死にさせとけw」とか残酷なことばかり吐き捨ててたけど、それらの行為の報いは全部自国、ひいては自分の企業、自分の生活に跳ね返ってくる。
本来なら、「お願いしてでも」20~40代なんて安定雇用で「全員」が働いて「頂いて」、結婚してもらって子供最低2人以上、出来れば3人、4人と産んでもらわないと困るのに、その現役世代が最初の就職如きですら悲壮感漂わせながら必死に求職活動しないといけなく、大勢がつまずくような社会にしてしまった。
そして一度つまずいたら二度と戻れない社会を、弱者を馬鹿にしてそのまま放置してきた。
現役世代に金の不安を与えたら、それが非婚化・少子化に直結するのは当たり前のこと。本当に愚かだ。
社会全体でニートだ派遣だと弱い男性をクズ扱いして、「こんな人間誰が採るんだよw」といって笑い者にして余裕ぶっこいてた会社員様が、超少子高齢化・人口減少による内需の縮小で、自分の所属してる企業が大赤字で潰れる。そして年金も破たんし国ごと崩壊。
今自分がこの日本と言う豊かな国で、豊かなインフラで、幸せに生活出来てるのは、「この国のどこかの誰かが子供を作ってくれて、その国力によって維持されてる」ものなのに。
昔の為政者はそれが分かってた。
「全員揃って、みんなで豊かにならないと、国は決して繁栄しない」ことを知ってた。
「自分だけ金持ちでいられる」なんてそんな虫のいい話は決してない。
金持ちになるには、庶民に自分の会社の商品を買ってもらってなんぼだから。
その庶民をないがしろにして、子供産めないような状況になっても「自己責任」「努力不足」と吐き捨ててたら、自分のところの商品を買ってくれる人がいなくなるのは当たり前のこと。
安泰と思ってた自分の企業が、その報いを一身に受けて潰れる日が来るなんて夢にも思ってなかっただろう。
弱い者を大事にしなかった国は滅びる。弱者を馬鹿にして見捨てた報いは全て自分に返ってくる。
因果応報。
俺の言いたいことを代弁してくれた
よくそれを「日本文化の問題」とか「日本の男尊女卑…」とか「男の無理解」とかで説明する無知がいるけど逆だからね。
でも
「そうやって女を家庭や母親の枠にスポイルして崇めたり幸せのモデルにしたりするのこそが、女の社会進出を阻むための陰謀である」
って叫ぶ女権運動家が現れた。
この人たちにとって、全ての男が敵だったのはもちろん、
家庭モデルで崇められたり幸せを感じてるムチモウマイな女も敵だった。
ムチモウマイな女に対しては
「まず安住してる居場所を焼き払えば居場所が無くなって自分達の仲間になるに違いない」
「主婦は古い」「主婦はかっこ悪い」「主婦は寄生虫」「主婦を求める男もダサい」「主婦を容認する男はバカ…」
女権運動家の作戦が見事に成功したのは今の社会見てわかる通り。
母親や主婦を貶めるようになったのは全く近代の女性主導の運動の結果。
男も女も居場所場が壊されただけで放り出されたけどね
=本来の目的から解放・放逐された結果、地道な努力をせずに自己目的的、自己完結的にその自由を享受する姿勢
原発推進派も、反原発推進派も、橋下派も反橋本派も、どちらも目くそ鼻くそになるのはこれが原因。
・島宇宙化
=若者の内向化のことと言われるが、実際は世間が崩壊した結果、寄る辺なく数名の仲間と共に漂流している状態と捉えるべき。
自分のことをアッパーミドルとか言っちゃいつつも不安を隠しきれない女子大生などが典型例。
=社会貢献したい若者の数は増加し続けているけど、まともな社会活動に参加する人は増えてない残念なニッポンの現状
=民衆が持つ独自の規範。これが破られるとリアルネット問わずにいきなり炎上する。
このことを知らないと非常に危険。日本のモラルは肯定より否定の形で表現されることが多い
・親密圏、公共圏
=内田樹が大好きな言葉。彼の脳内ではこれがあれば全ての社会問題解決するくらいの万能薬。
彼の語るこれは、なぜか年功序列的な概念とドッキングしており、ユートピア化している。
彼が批判しているのは常にこのユートピアの実現を脅かす何かである、と考えれば、彼のブログが非常に読みやすくなる
・承認欲求
=若者による、言っていることはわかるがお前の言い方が気に入らない、というふてくされた態度のこと。
逆に言えばほめてやれば簡単に動くのでコツをつかめばこういう若者ほどチョロい。
=友達がいなくても、ネットさえあれば、その気になれば友達は作れるという希望のこと
・近代化
=ムラの外側を創造することなく一生を終えていた村人たちを、
国民や個人という自立した存在として引き上げようとしたプロジェクトのこと。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1696012.html
それを言ったら、この手の情報を発信できるやつ以外全員情報弱者だと思う。ぶっちゃけ科学者一強。
あと、売り切れただけですぐに「バカが殺到したからこんなことに…」とか思ってる人は
震災直後のコンビニの品物がなくなった時に大騒ぎしたバカと一緒で流通とか経済学の理解について弱者だろうと思うわけで。
twitterで大騒ぎしてる人たちの大半はこの手の目くそが鼻糞を笑ってるような状態で微笑ましい
有象無象の消費者たちについて、どいつが情弱かが決まるのはもうちょっと後だと思う
人が集まれば必然的に9割は情弱になるけど、逆に言えば1割は情報強者になる。
よく調べず周囲の空気に流される9割の屍はどうでもいいが、
残り1割の情報強者の実践レポートを読める日を楽しみにしてる。
具体的に言うと、今回の件を元にして、うまいトマトジュースが認知され、広がり、安く入手できるようになるなってほしい。
賢しらぶってtwitterでごちゃごちゃいってるバカたちよりはずっと歓迎に値する。
バナナはともかく、納豆はこの手の動きがあまり見られず非常に残念だった。
ブームが起きたら、それをきっかけにいろいろ調べる人が好きだ。
これは横じゃない方がお答えするけど
このレスはとてもいい疑問だ
(「WWEの全盛期は10年前だもん!」とかいう「言い返せばなんでもいい」レベルのズレズレアンポンタンレスとは大違い)
>プロレスで八百長だって自分からバラさなければいいのと同じ。
というのは、処女じゃないとしても、それを隠しておけば「ファンタジーを堅守(引用)」できるって話だろ?
だとしても、処女じゃないことを積極的にばらす必要はまったくないよな?
既にチラッと出てるとおり、
そしてこれは、プロレス業界が主体的に選んだことじゃないんだよね
昔の客は
素直に信じてくれる客だった
今の消費者はそうじゃない
きちんと気づいて冷笑的に突っ込むし、
動かぬ証拠まで掴んでネットにアップして共有するようになった
そこで「芝居です」と積極的にぶっちゃけて大幅な路線変更した団体と
状況の変化で否応無くそういう二択を迫られたと言っていい
虚構を維持するエンタメが不可能になってきてるんだよ
そういう意味で、プロレスとアイドルって言うのは、確かに「虚構エンタメ」という共通性のあるいい例えなんだ
で、
だけど、
「バレバレでも自分からバラさなければいい」のポジション選択者は
結局こっちは、「これまでの価値が崩れてるのに新しい価値を創出しない」という保守的路線だったからね
プロレスについて言えば
っていうのは「いい」どころか破滅的な選択だった
使いにくいと言うより、まともに動かない
ずっと読み込み中だったり、クリックしても何も変わらなかったり
広告業界人がどうであれ、佐々木俊尚さんは言論人としてはたいしたことはない、という一般人としての評価だけどね。
一般人というか「ITジャーナリスト」をみるギーク目線だね。彼が「キュレート」する元ネタ書いてる人らは知の巨人だけど、リーグが違う。
日本の偉大なキュレーターって誰がいるかな?まあ政治経済、安全保障の世界では、青山繁晴さんだろうな、間違いない。
しかし我が国のコメンテーター(佐々木さん含む)の「売れ方」っていうのも歪だね。
やっぱ強いのは、その道の実務をやっていた人で、政治経済のコメントでも元官僚の人らはさすがにいろいろ的確。
佐々木俊尚さんで言えば、あの人ITのキュレーターとして売ってるみたいだけど、その世界の実務経験がないのが徹底的に弱い。
キュレーションっていうのは、自分は空っぽだけど、情報収集はしていてパッケージングして商品化する能力はあるんですよ、って事じゃないんだよ。
元々その人がもってる知見のすごさに基づいて、混沌としてみえる世の各種事象を関連づけて、必要ならば新しい概念化さえしてまとめあげる事なの。
日本人が自己主張しないのは、和の美徳と相まって往々にして出る杭は打たれると云う悪習にもよる。
さっきの広告業界の人らと佐々木氏のやりとりでも思ったが、なんと自己主張のしにくいことよ。
僕なんかはさしてシガラミがない立場なので(もともとそういう方向性を指向してきた一方で社会的に無責任であると言い換えることもできる)
こうやってTwitterで好き放題言えるんだけど、ああやって社名を出してケンカするぞ!と恫喝するのは、そうやれば黙るという暗黙の了解があるからだろう。
佐々木さんはさ、言論人のつもりならば(僕はすでにTLで書いたようにまったくその専門性を評価していない)なんかやるならば言論でやれよ、って思う。
君がやってるのは、そういうシガラミで自己主張できないのを悪用した恫喝だろ?”
森さんが最後に書いておられるように、個人の見解と会社員としての見解は異なる。
言論の自由とは前者のことを指し、佐々木さんはそれをXX社のだれだれと会社員の属性を強調する形で、言論の自由を抑えこむ喧嘩の仕方をした
失礼なのはお互い様。その失礼を踏まえてドンパチやるんなら最後まで筋通せと。
それも含めて言論であって、「自分と相手の立場」を利用して黙らせようとするのは言論人として恥ずべきこと。
丸山をひっぱたきたいとか言ってた人
「言論でやれよ」っていっても、その言論に上げるまでもないわけですよ。失礼なメンション返してくる奴って。本当に上から目線で「お前バカか、ちげーよクソwww」程度しか書いてこないんだから。で、そういう人に応答してあげると、待ってましたとばかりに俺論理を振りかざす。時にはまっとうな人もいるけど、なら最初っからソレをちゃんと書いてこいよと。そんなに個人であることが重要なら、匿名のアカウント取って、それで対話を促せばよかったじゃん。個人情報が分かるアカウントでクソのようなツイートして謝るハメになったのは、完全に自爆でしょ。
だってこのまとめ見てたら、個人と個人の言論のぶつかり合いじゃなくて、
「立場があるから」「守るべきものがあるから」最後に頭を下げました、ってそういう風に見えるのは万人が追認するだろうし、
佐々木さんはそういうふうに持っていったよね?
「相手の社名や実名は判明すればどんどん暴露していくよ。」と晒し姿勢を明確にして
「こっちも容赦しないからね。自分の身に振りかぶってこないことを神に祈ってなよ。」
と言いながら「反論できないなら今後ずっと黙っててくれ」って何だろうこれ??
あくまで言論で反論できないんじゃなくて、佐々木さんが反論させないように立場を利用して、その口を封じたんだろう?
これやったら言論人として終わり。まあ僕は彼は最初からまったく評価していないけれど。
相手がうんざりして退いたら相手が退くように自分が仕向けたのだと言いはる人
「佐々木さんはそういうふうに持っていった」っていうのは「立場を言い訳に逃げるように仕向けられて」って意味じゃないんですか?
「立場を言い訳に逃げるように仕向けられて」なんてどこから見たらそうなるのかな?
「立場があるから謝らざるを得なかった」というのが普通でしょう。
逃げたのは言論のぶつかりあいで逃げたのではない。
そんな形跡はこのまとめのどこにあるんですか? 社名云々、恫喝されはじめて逃げざるを得なかったんでしょ?
そんなに個人であることが重要なら、匿名のアカウント取って、それで対話を促せばよかったじゃん。
個人情報が分かるアカウントでクソのようなツイートして謝るハメになったのは、完全に自爆でしょ。
だからこんな風に個人としての文責を取るという健全な言論を、会社員としての責任に転嫁させようとし、
挙げ句の果てに貴方のように「だったら匿名でいいじゃん」とか言わせる帰結が言論人として「腐ってる」んじゃないですかね?
「こっちも容赦しないからね。自分の身に振りかぶってこないことを神に祈ってなよ。」ってのは、普通恫喝として解釈されるが、
「立場を言い訳に逃げるように仕向ける」的に逃げ道用意してあげる、みたいな親切心だ、ってことですか?意味分かんないな。
街角で突然挑発してくるチンピラに構わないことを「腐ってる」というなら、腐っている方が正しいですよね。そんな暇ないし
だから、佐々木俊尚が相手の個人情報が丸見えだったから、それを使って恫喝して勝ったんでしょ。
広告業界の人はヘタレ逃げしたんでしょ。佐々木俊尚は正しいし、広告業界の人は情けない姿を晒した。
ソレの何が不満なんですかね? いいじゃないですかそれで。
私もサラリーマンだから、佐々木俊尚さんのいわば反則技に対してまともに戦えと言う気にはなれない。
佐々木さんも、孫さん以外で、まともな対戦してないわけだし、実力がよくわかりません。そろそろちゃんとガチンコで喧嘩してほしいな。
ノートン先生の延長のために思い立ってVプリカというものを作ってみた。ネット決済専用のプリペイド式クレカみたいなもん。
そしたら「シマンテックストアでは使えません」って出て涙目wwwwwwしょーがねーからコンビニ払いで延長そのものはしたんだが
さてどうするこのチャージした金額。貴重な食費削って入れたのに…
で、ふと思って好物の「トップバリュきつねうどん」をググってみたらあるじゃないですかイオンストア。あー、通販もやってんのね。
早速2ケース注文したったwwwwこれで元取ったは。色々捗るとはこのことかいwwww
2週間ぐらいiPhoneのソーシャルゲームをやっていたが、さっきやめた。
この2週間、起きてはひたすらゲーム画面をポチポチ、限界を迎えて眠たくなると寝る、起きたらまたポチポチ…と、書いてるだけで非生産的な日々だった。
このままゲームを続けてると、更に抜け出せなくなりそうだと思い、思いきってやめた。
このゲームを始めるまで、ソーシャルゲームが面白そうと思ったことは無かった。
怪盗ロワイヤルも試しに入れてみたことはあるが、時間を浪費するだけだし、時間を浪費したくなければお金を浪費するし…ということで、本当に無駄しかないと思っていた。
意外なことに、今振り返ってみるとこのゲームも、そこまで面白いと思った瞬間は無い。
大掛かりなバトルがあるが、そのバトルが少し面白いと思った程度で、家庭用ゲームにあるような爽快感や刺激は皆無だ。
では何故ソーシャルゲームから抜け出せなくなるのか、中毒になってしまうのか。
その答えはソーシャル性にある。
このゲームでは、チームを組んでバトルを行うという仕掛けがあるが、僕はそのチームのリーダーをやっていた。
元々は誰かが作っていたチームに所属していたのだが、他人に時間を左右される(バトルの時間はリーダーが決める)ことが嫌だったのと、リリースされて間も無いゲームだったので、自分でチームを立ち上げても、既存のチームとあまり実力に遜色が無いと思ったため、自分でチームを立ち上げたのだ。
このチームを立ち上げて数日で、仲間が続々と集まってきた。
頻繁にバトルを繰り返し、ゲーム内での順位もぐんぐん上昇した。
立ち上げて間も無くはランキング外だったが、1000位、500位、100位、50位…と10日ぐらいで上位50位以内に入るまでになった。
そのチームの仲間の間でも色んな言葉を交わし、チーム内で祭り上げられて行った。
ここまで10日かかってたのもあり、そろそろやめないと…という感情はあった。
元々、ランキング100位以内に入れればやめようと思ってたのと、あまりにも時間を無駄にしすぎているということに気付いていたからだ。
ただ、ここまで一緒にやってきた仲間を見捨ててやめても良いのか、50位までくればもっと上を目指せるんじゃないか、という感情が、その思いに歯止めをかけていた。
本当、アホでしょうもなくて安っぽい感情だと思う。
結局最終的にやめることになったのは、ソーシャルゲーム特有の安易な達成感を感じられなくなったからだ。
チームの順位も、50位以内は層が厚くそんなに簡単に上がらないし、開催されているキャンペーンも達成するまでどれだけ時間がかかるかわからない、個人の強さにしても、殆ど敵無しの強さになっていたこと…等々の理由があり、当初あったような、上を目指してどんどん攻略して行く感覚を感じられなくなっていた。
結果、チームのみんなに引退宣言をして、持っていたアイテムを友達に撒き散らし、やめたわけである。
ソーシャルゲームといえば、どんどん課金するイメージがあるので、今回300円の課金で止まったのは救いだと思う。
最初は本当にこんなつもりじゃなかった、インストールして1回起動して、15分ぐらいでつまらなすぎて飽きるだろう、と思っていた。
簡潔と言われても難しいな…。簡潔に語れないものが本質だと思うが。
少なくとも嫁に「一途」とか「私だけを愛してくれそう」とかは言われたことないな。
「誠実」は意味合いが(今の文脈に当てはまらないものなど)色々あって微妙だけど。
嫁に色々と厳しいこと言っても「厳しいのも優しさでしょう?」とかは言われたことあるな。
あとは俺が色々と人生に苦悩したりしながら生きていってるところも好きみたいだ。
付き合い始める前、俺が背の高いイケメンの友人(俺は背がかなり低い)に向かって冗談で
「少しくらい身長くれ!」って言ってるのを聞いて感じるところがあったみたい。
「卑屈さが全然なくて、コンプレックスを受け入れて昇華してるのが分かった」って。
確かに全くその通りなんだけどね。
6年間つきまとわれて鬱陶しいと思っていた女の子と1年間付き合ってみて思ったことを書く。内容が内容なので2chと迷ったが2ch怖いしもっと怖そうなこっちに書く。
高校3年生の頃、コースも違うあの子と出会ったのは生徒会に入った時だった。小さな身長と独特のしゃべり方が印象に残ったのを覚えているが、当時は授業をサボって生徒会室に入り浸っていたためクラスの女の子よりもよく会って話していたなあ程度の思い出しかなく、卒業して大学に入ればお互いに忘れ去るものと思っていた。
しかし実際は大学へ入ってからも度々メールを寄越したりmixiで繋がっていたこともあって、遠く離れた場所に住んでいるのに気付けば年に2度ほどのペースで会っていた。その間になんとなく流され二人で遊びに行ったりついうっかり家にあげてしまったおかげで簡単に童貞を奪われたりした。流されてこういうことをしてしまった自分がすごく嫌だった。
自分はこの子を恋愛対象に見ることができなかった。童貞は奪われたが、セックスを経験しお酒が飲める年になっても心は完全に童貞だったし、恋愛に幻想をたくさん抱いていた。それなのに、セックスがしたくなったらあの子を家に呼ぶようになっていた。相当な屑だなと他人事のように思っていた。ただ、付き合うまでは一度もイクことができなかった。
セフレのような関係が1年ほど続いた。自分の屑さに嫌気がさして、俺なんかじゃなくてもっといい人を見つけて欲しい、と言った。その時初めて、あの子に彼氏がいることが分かった。それも付き合って3年になるのだという。なんとなく惰性で付き合っている、と言っていたことも深く印象に残っている。そのあと、その彼氏と結婚の話が出ていて悩んでいるという相談をされたのをぼんやりと覚えているが、その時はあまりのショックで何を話したか覚えていない。厨二の頭には「私と付き合うなら今のうちだ」というメッセージに聞こえたことだけは覚えている。
それから数ヶ月後に自分はあの子に告白した。好きだと言った。内心は「惰性で付き合ってるような男より、自分の方が幸せにできる」「人を幸せにできるなら、自分が犠牲になってもいいんじゃないか」というまさに厨二脳だった。何かを認めたくなかったのか、彼氏がいるのに他の男と寝るような女だ、と根に持っていたし、本人もにそう告げた。
あの子はすごく喜んでくれた。惰性で付き合ってる彼氏とすぐに別れ、自分のもとに来た。誇張でもなんでもなく、10分に一度くらいのペースで「幸せ」と言っていた。私のことが好きかと問われ、好きだと言った。
言葉にすると不思議なことに、なんだかそんな気がしてくる。就活で自分のアピールを盛りまくっていると、就活を終える頃には完璧超人にでもなったかのような気がしているあれだ。自分はなんだか気持ちよくなり好きだ、好きだと言った。時には愛してるとも言った。1ヶ月もすれば、自分は本当にあの子が好きになっていた。
のろけ話を書くのはもういいので、この1年間を簡単に書くと、半年経つ頃にはあの子はとっくに幸せと言わなくなっており、それから数ヶ月後にはあの子は会う度にため息をつくようになっていた。こちらから話し合いを持ちかけ、あの子からフられる形で別れた。フられる直前まで、自分はあの子が好きだった。
センス良いしおしゃれだし優しいしいい男だけど、ごめんなさい。本当に好きだったの。ごめんなさい。
あの子なりの優しさだったのかも知れないが、これ以上ない一撃だった。どうせなら後学のために気になる部分をボロクソに言って殴るくらいのことをして欲しかった。
自分はあの子が嫌いだった。自分の理解できないところで怒るし、普段は言いたい放題のくせに肝心なところでため込んで爆発するまで言わないところとか。なにより、人を悪く言うし、何が嫌いかを語るのが好きな、自分が一番嫌いな人種だった。これから付き合うかも知れない男の前で「惰性で付き合ってる」なんてよく言えるなと、付き合う前から別れることを考えるやつはいないとは思うが、もしそうなった時に傷つくのは目の前の男だぞ、と。
自分はあの子が本当に好きだった。変なところで怒っていたがなるほど確かにそういう考えもあるなと何度も思わせられたし、ため込んでいたものが爆発して怒鳴られた時には心から反省できたしもっと普段から頼れて相談できる男になりたいと思えた。嫌いなことについてズバズバと的確に叩くその口にすかっとしたし何度も感心させられた。
というのを最近見て、思うところあって勢いで書いた。1年間しか恋愛を経験していない未だに頭が童貞のような人間が言ってもかっこわるいが、恋愛において妥協はポジティブなことだ。女の子の彼氏を褒めると、そんなことないって心理が働いて別れるのが早まる、みたいなことを聞いたことがあるが、そんなことないけど現在仕方なく付き合ってあげてる、というのは、大きさはどうあれ「妥協してでも一緒にいたい」なのではなかろうか。
恋人が不満でしかたがなく、現在なあなあで付き合っている、という人は、「妥協してもう少し一緒にいてあげてもいいかな」と少しでも思っているなら、バカみたいに好きだ、好きだと言ってみたらどうだろう。いつの間にか相手への不満が変化しているかもしれないし、少なくとも「何それ急にどうした?」って笑い話くらいにはなると思う。
ラックスマン来航(大黒屋光太夫が同行)時に、幕府は慌てて直接蝦夷の国境警備を行おうとする。
さらに最上徳内・近藤重蔵らの調査により、北方警備の怠慢・アイヌ人虐待などの不祥事が明らかになり
松前藩は直轄領にされ、さらに翌年函館奉行の預りとなり、20年あまり藩を召し上げられることになった
※とはいっても、この間にアイヌ人は人口が2割以上減少するなど、それ以上に悲惨な境遇だった)
※今まで騒乱が起こったレザーノフ時も、ゴローニン事件(この時高田屋嘉兵衛がロシアに行く)も、どちらも幕府直轄時代の騒動。
その後返還がかなって34年経ち、去年ようやく松前城の新築が完成したばかりだったが
この松前城はいきなり時代遅れだったりしてどうしようもないので幕府が直接統治して国防拠点としようとする。
「樺太が日露雑居となり函館開港となれば待つ前には荷が重い」という理由で松前藩から土地没収)
(松前藩の言い分としては、幕府にしたって外国船上陸のさいにろくな対応ができていなかったし
そもそも松前藩が十分に対応出来なかったのは、対応の権限が松前藩にない上、情報すらよこさなかった幕府の怠慢が原因であるし、
今まで騒乱が起こったレザーノフ時も、ゴローニン事件(高田屋嘉兵衛)も、どちらも幕府直轄時代の騒動なのだが、そんな道理が通じる幕府ではない)
実際は、函館開港が大きな利権になること、その他蝦夷地に寄港する船舶からの租税徴収権などに目を付けられた形。
松前藩は領土返還、通行税回復を幕府に願い続けたがかなわず明治維新を迎える。
勤勉実直な父と、陽気な母の性格、さらにとびきりの好奇心を受け継ぐ?
(福沢諭吉の命名の所以は清国の法律書「上諭条例」から一文字とっている)
下士身分であったゆえ、身分の壁に悩む。諭吉も父を見て封建社会を憎むようになる。
父は諭吉が2歳になる前に病死。その後福沢一家は中津藩に戻るも福沢一家は言語・風習の違いから疎外されたりもする。
(父の死後も母が常に父の偉さを子供たちに話し続けたため、父の教えは強く受け継がれる)
幼い頃は、家事手伝いや内職をして過ごし、内職名人として有名に。
少年になってから親戚の中村家の養子に(跡継ぎが耐えないための保険にすぎず中村家に養ってもらったわけではない)
中津藩では儒学のみならず「鉄砲とそろばん」の教育にも力を入れていたため諭吉も儒学のみならず算術に大いに才能を発揮する。
子供の頃の諭吉の夢は「日本一のお金持ちになって好きなだけお金を使いたい」であった。
諭吉は西洋文明に出会う前からかなりの合理精神の持ち主であった。
14~15まで一切本を読んだことがなく、当時としては勉強を始めるのが非常に遅かったが
白石塾に入門した時身分制度の障害にぶちあたり、なにくそと死に物狂いで勉強。あっという間にトップに。
しかし能力で抜きん出ても認めぬ身分制度になおさら嫌気が刺していたところで、中津藩にも黒船来襲。
18の時に砲術訓練の名目で長崎行きを志願し、中津を離れ、長崎ではじめて蘭学に出会う。
クリミア戦争は兵站補給、爆薬、衛生学の3つで革命をもたらしたとされる。
ロシアはノーベルの父エマニエル=ノーベルにより機雷を発明したり戦力的には奮闘したが、
産業革命により鉄道輸送を実現したイギリス・フランスとくらべて長期戦において不利を取り敗れる。
アレクサンドル2世は、国家の経済を中世以来の農奴制に依存してきたため産業革命が遅れ
クリミア戦争の敗北を招いたことを大反省し、農奴解放例を打ち出す。
大改革の過渡期には様々な矛盾が一気に吹き出すもので、逆に一揆・反乱・独立運動が続々と起こり
それらの打開策のため皇帝は軍事力を強め、国外戦を起こすにいたり、大改革は、大混乱へと突入していく・・・。
(日本も時間の余裕さえあれば、こういうことを経験できただろうということもできるし
逆に時間の余裕がなかったために、ロシアのような悲惨な流血時間や長い内乱をある程度避けれたと考えるべきか)
現代の愛国心というのが観念的な薄っぺらいものであるのに対し、
間宮林蔵は、この時代の誰よりも日本全土を自分の目と足で実際に把握し抜いた。
さらにロシア船が日本沿岸を海賊のように荒らし回った時に、択捉島で直接砲火を浴びつつ応戦するという経験までした。
ここまでくると、日本という領土に敬意を示さず土足で日本に上がりこむ外国人に激しい怒りを燃やすようになった
(しかし、土地のありがたさを知らず軽んじる人たちにはそう感じなかったのかな?そこまで考えてたらきりないか)
#その他#
昔生きていた人たちが、この本の中では今も生きてる。そう感じられる。これはスゴイことですよ!(安彦良和)
子供の頃から「こういう漫画を誰か描いてくれないかなあ」と、本気でずっと思っていました。そうしたら、ズバリみなもと先生が描き始めて下さいました。「よし!」とばかりに読み始め、「こりゃなかなか終わらないだろうな嬉しいな読みでがあるなあ」と思っていたら、本当に終わらなくて、もうずっと読み続けられて嬉しいことこの上なしです。いつまでも描き続けてください。ちなみに、小学生の頃みなもと先生のキャラをソラで描けるのは、クラスで僕だけでした(京極夏彦)
(訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)
村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。
ところがその目論見は外れることになる。
期待していたのは、バルセロナやパリやベルリンのような街だった。
そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ、劇場、文学、シットコム、フィルム・ノワール、オペラ、ロックといった、
西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタンな世界都市を私は期待していた。
誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。
実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。
そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。
アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、
私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。
最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、
どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。
私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。
そして蜂の巣状のガラス製ピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき、
ついにユキという村上のアシスタントに見つけてもらうことができた。
あまりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。
実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。
そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。
村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初の記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなたの最初の記憶はなにかと尋ねる。
それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。
彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。
流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル。
そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。
「明確に覚えている」と彼は言う。
「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」
村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。
その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶は自分の中にある、と感じた。
ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。
村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分の記憶を写し込んでいたのだ。
村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中、
週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。
その結果、電力、公衆衛生、メディア、政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。
大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。
この本はアジアで数百万部を売り上げ、
まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。
62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学の最高峰としての地位を確かなものにしている。
疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界の大使となった。
そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。
アメリカによる戦後占領を受けた1949年の京都、日本の前首都である。
「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。
「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。
「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。
彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、
そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である。
彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説とジャズに没頭して十代を過ごした。
二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブを東京で開いた。
掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、
作家としての村上のキャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。
どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生を根底から変えてしまう。
29歳の村上は地元の野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴ・ヒルトンというアメリカ人助っ人バッターが二塁打を打つのを見ていた。
平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上は天啓に打たれた。
そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。
そして彼は書いた。
数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。
それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。
アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。
わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。
『名犬ラッシー』、『ミッキーマウス・クラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲、フランスの映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディラン、マーヴィン・ゲイ、エルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストック、サム・ペキンパー、ピーター・ポール&マリー。
以上はごく一部に過ぎない。
そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本の芸術の引用がまったくない。
村上作品のこうした傾向は日本の批評家をしばしば苛立たせている。
そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆に時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。
「時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。
30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。
すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。
彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。
そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。
「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」
そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。
30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンル(SF、ファンタジー、リアリズム、ハードボイルド)と様々な文化(日本、アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。
どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。
そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。
彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。
なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。
とはいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。
特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。
安全な言葉遣いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。
私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。
数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。
彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロン掛けが好きだという)。
靴は履いていない。
彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップでブラックコーヒーを飲んだ。
その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からのお気に入りの小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。
話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。
その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。
「大きいな」と村上は言った。
「電話帳みたいだ」
http://b.hatena.ne.jp/entry/dochikushow.blog3.fc2.com/blog-entry-2178.html
これはガチで賛成。
「読解力」ではなくて「読解についての個々人の責任レベル」について。
「読解力」で考えるならば、
平均点で見た時、板にもよりますが、2ちゃんよりはてなの方がレベルが高いケースはそこそこあるでしょう。
しかし、読解の責任についてははてブはかなり低いです。大事な事なので2回いいました。タイトル入れると3回目。
そして、それに輪をかけて低いのがtwitterのRT。
こちらは、読解力、読解責任ともに低いです。信頼する方がおかしい。
知らない人からのtwitterのRTが情報リソースです(キリッ という人はやべえです。
ましておかしいなと思いながらさらにRTする奴はいじめを批判する資格がない。
みんなから分断されて、部活の写真とかもち出されて「なのに今のお前は何やってんだ・・」とか哀れまれるべき。
はっきり言って、twitterのRTはもはや偽造通貨に等しい物があり、RTが多いからといって全く評価の対象になりません。
だから、最近は2ちゃんの記事がはてブで上位を独占するようになってきてる。
記事の価値が「2ちゃんで注目度が高かった」>「はてブの数が多かった」になりつつある。
まぁ2ちゃんだって大したことないから、まともなメディアからしたら目くそ鼻くそです。
たとえば○○のような・・・あれ、○○が表示されない。
記事の価値が「2ちゃんで注目度が高かった」>「はてブの数が多かった」になりつつある"はてブって昔からネット上の一地方中心都市程度の位置しかない気がするなぁ。2chは地方中核都市位はある
言うまでもなく、はてブに上がってきた記事の内、ですね。
事故のニュースじゃ決まって軽の方が亡くなってる⇒軽は自身に重きを置いてない・置かれてないような人が乗る車種⇒そこそこ責任が科せられてくる20後半独男で軽は恥ずかしい(と世間から見られてしまう)
以上の考えから、よく走って気に入ってたんだけど半年後に車検が切れるスバルR2から乗り換えようと思います。
年300万の底辺貧民なので予算は80~100万を頭金として、本体150~160万位の車を狙っています。中古含めて。
デミオスポルト(G:デザインが良くそこそこ余裕の走りが出来そう。維持費も安いしね。・B:内装が地味で、そこそこにしか走らなそう。)
スイフトスポーツ(G:このクラスじゃ(GTIを除いて)最高?B:デザインが…。ボディがリッター車なんで維持費が鬱陶しく感じるかも)
もう一声で、
ロードスター(良くも悪くも今しか乗れない。面白そうだけど、これ一台じゃ。あと通勤に使うと後ろ指指されそう。)
CR-Z(意外と洒落たデザインだけど、中身がFITとの噂も聞いて)
思うのだけれど、世の中の大きな動きというのは、私やあなたのような凡人がどうこうできるもんじゃないよね。
それについていいとか悪いとか言ってもしょうがない。
だから、馬鹿みたいに政治についてわかった口を聞くより、少しでも世の中の動きを理解して、
せめて自分の身の回りだけはその流れに押しつぶされないように対応していくしかないと思ってる。
だから、一番最初の記事で社会全体が変わるべきだ、なんて偉そうなことを言ってるけど、
実際のところは、大きなレベルでは問題を理解して、どっちの流れに進むかを考えるだけだ。
そして、小さなレベル、たとえばうちの会社とか、その周りはその流れにたいしてどう対応するか決めている。
で、変える必要があれば変えていく。そこまで考えて、やっとこさ身の回りのことをちょっとだけ改善できるんだよ。
私が最初から批判したかったのは、そういう最低限やらないといけない考えをすっ飛ばして、
阿呆みたいに「新卒採用なくせば全て解決」みたいに唱えている人のことね。
新卒一括採用はデメリットが大きいけれど、メリットも大きかった。それが逆転しただけだ。
メリット・デメリットの比は現時点で0:100じゃなくて40:60くらいかな。
世の少女マンガとか読んでると、お金持ちor玉の輿andイケメンとか、すばらしく素敵な条件の男の人と最終的にハッピーエンドになるお決まりのパターンが多い。
世の中に大富豪とか王族の結婚適齢期なお相手など、そんなにいっぱいいるわけもないのにと、醒めた目で見てしまうのは私だけなのかしら?
しかも、ストーリーが「ヒロインが勝手に思い込んだイメージや思い込み」でドタバタとすれ違ったり、衝突したり…。
現実的にそんなに思い込んでしまいたがりの短絡思考で、恋愛時and結婚後のコミニュケーションをうまくとっていけてるとは思えないんだけどな。
それ以前に、思い込みたがり病な女の子を、いくら綺麗だったり可愛かったりスタイルが良かったりだけで、そんなに愛せたりするのかしら??いたって疑問。
一般の人たちが思い描く恋愛や結婚へのイメージの層の薄さに愕然とする思いだ。
そういう私自身も独身から結婚へと移行する際に、これといった本物感など全くなかった。
結婚さえすればすべてがきっとうまく回っていくだろうという幻想を持っていた、すごく浅はかでおばかな女のひとりだったことも本当。
だからもちろん結婚がうまくいくはずもなく、生身の男と女のぶつかり合いで互いにすり減り傷つけあっていた。
そもそもみんな「男の人は働いて女の人は家庭で子供を産んで育て家を整える」という幻想的な価値観を、世界の普遍的な幸せの究極の姿だと世界中が誤解しているのではないか?
少なくとも私は、「男の人は女性よりも力があって、だから夫が妻を守る」というイメージをずっと持ち続けてきた。
結婚して、そのイメージが一つ一つ裏切られていくその過程で、私は心で不安感や違和感を感じないように閉ざす努力をし続け、そして結婚生活に色がなくなっていった。
相手のせいにする気はない。
全ては私が自分自身の力を「権威者」であるとオートマティックに認めた「主人」に譲り渡してしまったのが原因だ。
私が私自身の力を持ったままでいれば、二人の間の現実をもっと冷静に『幻想メガネ』なく見つめられただろうし、ダメージは最小限に抑えられていたと思う。