「発達障害者」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 発達障害者とは

2017-05-24

何で左利き日常生活に困難があるのに障害者でないんですか?

身近な発達障害者左利きを見ると、左利き人知れず生活に困難を強いられています英語障害は困難を意味する difficultyと言います

なぜ左利きは健常者なんですか?

参考

世の中の製品(道具や機械楽器など)は、右利き用に設計されているものが多い。これは左利きにとって不便なだけでなく、危険性が高い場合がある。また一般左利き用の製品は右利き用に比べ割高であり、経済的負担を強いられる。

機械操作ボタンの多くは(向かって、以下同)右側に配置されている。

エレベーターボタンパソコンテンキーエンタキーカメラシャッターボタンなど、ほとんどが右利きを前提にしている。ただし定員の多いエレベーター左側にボタンがある機種もある。

テレビ受像機の電源スイッチや、自動販売機硬貨投入口は向かって右側にある。

ノートパソコンマウスの差込み口(USBジャック)、DVDなどの光学ドライブ右側についているものが多い。また有線ネットワークアダプタコネクタ左側に付いていることが多く、ケーブルを挿すと左側のスペースにはみ出るほか、CPUクーラー排気口左側に付いていることが多く、熱気が左側に排出されるためマウス左側に置きにくい。

マウス使用する際、メインでクリックする方を左ボタンとしている。(右手場合に押しやす人差し指が左ボタン、押しにくい中指が右ボタンに配置される)

電話機の受話器は左手で持つように配置・配線がなされている。右手ダイアル・またはプッシュボタン操作したり、メモを取ったりするため。

日本自動改札機右側に投入口やICカードセンサーがある。

洋式の水洗式便所の洗浄レバーも通常はタンク右側にある。

缶コーヒーや缶ジュース等の飲み口(プルタブ)は右手で開けやすいよう、切り口が左奥方向に折れていく構造になっている。

アイロンの電源コード本体右側から出ている物が多い。左手アイロンをかけるとコード邪魔になる。

机に引出しが付く場合は概ね右側にある(ただし学習机では引出し部分が机の左右どちらにも置けるものもある)。

公衆電話ボックスの折れ戸式の扉は、左手では非常に開けにくい構造になっている。

電子レンジコインロッカーの扉は左開きであるが、これは左手で開けて右手で品物を出し入れするためである

文字右手で書くことを前提としている。

文字の多くは上から下への縦線と左から右への横線で出来ているが、左から右への横線が左手では書きにくい。これは習字英語筆記体特に問題になる。左利きは紙を右へ傾けて字を書くと横線が左上から右下への斜線になるため書きやすくなるので、多くの左利き無意識のうちに紙を傾けて書く。また鏡文字を書いてしま左利きもいる。

横書きで左から右へ文字を書く場合、書いた文字左手が触れ、乾いていないインクがにじんでしまうことがある。(縦書きアラビア文字ヘブライ文字ではその心配はない。)

なお左利きでも右利きと同様にペンの鞘を右手前に倒して(ペン先左前につきだして)持つ者もおり、その場合は上記の左から右への横線の書きにくさや横書きの際に乾いていない文字左手が触れるといった問題が起こりにくく英語筆記体普通に書ける。

刃物・工具の類も右利き用に作られたものが多い。

はさみの噛み合わせはほとんどが右利き用であり、左手では非常に扱いづらい。(刃が噛み合わない。)ただし左利き用や両利き用のはさみ存在する。

片刃である日本剃刀、小刀、和庖丁の多くも右利き用である。また両刃であるカッターナイフ左手で持つとロック部分を手のひらで覆うかたちになるのでしっかりと握ることが出来ない。

缶切りも本来右手で引く力を利用して開けるが、左手では押し込む操作となる。(近年ではプルトップ式が主流になり、困難は減った。)

錠前コルクスクリューパチンコなどは、右手で回転しやすくなっている。なおスロパチンコにはCRサンダーVという左ハンドルの機種があった[8]。

剣道では利き手に関わらず、右手が柄の鍔側・左手が柄頭を握るように指導される。

卓上式のボール盤操作するハンドル右側に付いている。

まだまだ山のように左利き社会生活に困難があり発達障害者と同様、社会においてできないことも、右利きより得意なこともあります人口割合もどちらも15%で日本にはそれぞれ1000万人暮らしています。困難があっても見えにくかったら障害者扱いされないのですか?

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/左利き

ミアキス進化から考える発達障害問題

http://anond.hatelabo.jp/20170522132625

について

http://q.hatena.ne.jp/1495428314#comment

コメントを書いたので転記+追記

生物学発達障害者擁護こじつけた論にみえます

他論を述べます

今は、発達障害者定義がすごくひろがっており、自閉症スペクトラムの「非常に薄い」部分も治療対象になるのではないか検討にくりいれられています

極言すれば「リア充」すなわち社交性で生き残る性質が100点満点の人でなければ発達障害の要因があるとされます

私にとっては、発達障害とは、新しい形質ではなく、昔からの、座業職人百姓や鉱夫のような、自然から直接資産を汲み出す産業必要だった性質みえるのです。それが今となっては機械職場を追われ、ゲームコンピュータという資産を汲み出すしかなくなっているわけです。

その意味ではミアキスのような「古い」存在だというのは納得いきますが、犬猫すべての可能性を含むとかいうふうにはちょっと納得がいきません。それは遺伝子プールのもの性質であるはずでしょう。

人間適応能力が広いから、育て方によっては発達障害者範疇にも、範囲外にもなり得るし、社会の変化スピードによっても定義がかわるのだというほうがまだ納得がいきます

さらに極論すると、字を早く読ませよう、小学校入学までに50音と足し算くらいは、と早期教育常識になっている(教育憲法に定められた国民義務ですからね)と、子が発達障害になりやすいのかもしれません、というほうが、遺伝子プールを引き合いに出されるよりはずっとわかりやすい。

 

でも元益田がいいたいのは、日本マスコミ美談依存症で「不自然」を悪者にするキメツケがひどい。差別行動などをひき起こしやす局面から、とにかく何を引き合いにだしてもいいから、穏やかに共存の道を探ろうという最後の部分だけだとおもうのですけどね。ミアキスを犬ネコ攻撃たかどうかなんてダレにもわからんわ。

 

=======

リア充が非常にもとめられているのは、福祉国家の最大労働者である介護者に必要資質が「うたれづよいリア充」だから

でも昭和初期の生まれは非常にデリカシーのない言動をする

(口さがないのがあたりまえだった。差別用語日常で平気で口にしていたし今でも口にする)ので、

適応障害」程度なら、介護経験すればだれでもなるといっていいくらいだ。

そのなかで「どうやら生まれつき介護や対人サービス業に向いていない性格」の人は「発達障害の気がある」とされる。

自閉症さえも、遺伝子レベル特定はされてないのに、発達障害=生まれつきと扱うべしというキマリはへんだけど、「疑わしきは生まれつき」とあつかったほうが社会無理解によるいざこざは少なくなるだろうということだね)

(まあ、仮に早期教育はよくなかった、なんて判明したって後天的まれつきだ、直せないからそのまま扱うしかないという結論になるんだし)

  

昭和後期生まれ団体ジュニア)が食い止めている間に早く逃げろといいたいが、

段階ジュニアこそ早期教育がなされた最初期の世代なんだよね。

粉ミルク最先端のはやりの育児だったし、排ガス大気汚染最悪期で育ったから肺は弱いし。

ちびまるこでいうまるお。へたれ

2017-05-23

発達障害なら発達障害気持ちがわかるし仲良くできるみたいに勘違いしてる人が大勢いるけど嘘だから

発達障害だって発達障害者みたいなやつはうざいと思っています

2017-05-22

発達障害だった(と思う)同僚と苦闘した話

先日のNHK特集はみていないのですが、ツイッターで流れてきたこちらのツイート




借金玉さん、有名な方ですね。

私は多分定型だと思いますが、この方のブログは参考になるので好きです。

このツイートを見て、まさにそうだよなあと思ったので、体験談を少し書いてみます


以前、職場で、発達障害らしき人がいました。

その人がカミングアウトしたわけではなく、というかその人自身自覚があったかも怪しい(多分なかったと思う)のですが、

その人と組んで約三年間仕事をした私は、彼女発達障害だったんじゃないかなと思います


仮にAさんとしますが、Aさんの発達障害らしきポイントは、


仕事優先順位が立てられない。どうやっても立てられない。何度言ってもできない。目の前にある仕事からやってしまう。

・極端に走る。少なめ、とか、多め、とかが理解できない。少なめと指示を受けたらゼロになり、多めといわれたら100になる。

・上の派生で、可能性の話が通じない。「おそらく~だろう」といわれると、Aさんの中では『決定事項』に変わってしまう。

・一つ一つの仕事は非常に丁寧だが、どれほど客が並んでいても同じペースで行う。状況に応じての効率化ができない。

・一から十まで話さなくては伝わらない。省略は非常に危険で、まず正しく伝わらない。


あとこれは、発達障害というより、彼女うつ病を患っている(これは本人が話した)ことから来ていたのかなと思うのですが、

・非常に頑固である。こちらが理屈立てて説明しても、まったく受け付けない。本人の中の妄想が最優先される。


この妄想というのは、主に情報の伝達に関してですね。

臨機応変に動くことが不可能である』『情報上司からの指示など)を脳内誤変換する』という合わせ技の上に、頑固さが加わると

まさに地獄です。

ものすごく自信満々に間違った指示を私に伝えてきて、それはおかしくないでしょうか…?と尋ねても、一切聞く耳を持ちません。

ちなみに私のほうが後輩で、彼女が先輩であったので、なおのこと大変でした。


先に書いておきますと、私は彼女がとても嫌いでした。

なぜなら入社して一か月のとき、私が些細なミスをしたら、その件で彼女に五時間叱責されたからです。

障害のあるなしに関係なく人を苛めることができるという例ですね。

それでも仕事のできる人ならば、いずれ尊敬の念も沸いたでしょうが、実際には上記のとおりでした。

私は彼女誤変換に悩まされ、振り回され、また彼女マイペース仕事をし続ける分、必死フォローしなくてはなりませんでした。



ここからが本題なんですが、

私は彼女がどうして『仕事優先順位を立てられない』のか、

どうして『極端に走る』のか、

どうして『情報誤変換して伝えてくる』のか、


本当にわからなかったわけです。

最初は、彼女には、この職種経験がないからだろうと思いました。

優先順位を立てるという仕事の仕方をしてこなかったのだろうと思いました。

彼女は三十代後半で、私よりも年上で、『やってできないはずがない』と思っていました。


そうではないのだと思い知るまで、二年近くかかった気がします。


ひとつ例を上げます


私は彼女と組んで仕事をしていましたが、私のメイン業務入力や処理であり、彼女カウンター担当でした。

私は業務上プリントアウトすることが非常に多く、プリンター彼女のそばにありました。

と、いっても、彼女から一歩、私から五歩程度の距離です。


私が印刷をかけるたびに、彼女は出力された紙を、私のところまで持ってきました。

お客様がどれほど大勢待っていても!


私は何度も彼女に言いました。

持ってこなくていい。自分で取りに行きますから。目の前のお客様を優先してください。

そういうと、三日ほどは、彼女は紙を持ってこなくなりますが、四日目にはまた同じことの繰り返しです。


些細なことに見えるでしょうが、相当にストレスでした。

彼女が待たせているお客様フォローを、私がしなくてはならないんですから

紙なんか持ってこなくていいかお客様対応を最優先してやってくれ!と思うのですが、

紙が出てくると、ダメなようでした。意識がそちらに向いてしまうのでしょう。


紙を持ってこなくていい、というのを、七回目くらいで、諦めた記憶があります


私はそうやって、ストレスに苛まれながら(彼女も同じようにストレスだったでしょうが

一つ一つ、彼女への対応の仕方を学んでいきました。いやおうなしに。


最終的に、私は、

・ある程度は、彼女に沿った対応をする(なるべく数字で区切って話すとか、一から十まで話すとか)

・八割方は諦める。

自分の身を守ることを優先し、彼女仕事が溜まろうともなるべく視界に入れない。


という境地に達しました。

できることを期待するから苛々するのであり、できない人なのだ認識してしまえば(まあそれでもイライラしますが)

少しはましになります


ここで一番最初借金玉さんのツイートに戻りますが、何ができて何ができないか、というのを伝えてくれるのは、

一緒に仕事をする人間にとって非常にありがたいです。


私は約二年間、ストレスと、いったいなぜできないんだ!?という思いと、どうアドバイスすればできるようになってくれるかという悩みに、

神経をすり減らしましたが、


彼女最初から、(発達障害だというカミングアウト別になくても良いので)、

自分はこういったことが苦手であり、こういったことは努力してるけど本当にできなくて、

こういった風に伝えてくれると助かる、という話をしてくれたら、


私もすごく助かったし、

あれほど彼女を嫌いになることもなかっただろうな、と思います



発達障害は、パッと見でわからいからこそ、伝えることが大事なんでしょうね。

ミアキス進化から考える発達障害問題

ネコイヌって共通先祖を持ってるんです。知ってましたか

その名もミアキス。姿はイヌっぽいネコ。何とも奇妙な印象です。地上に天敵がいたため樹上で生活するミアキスが「普通」でした。

そのミアキス平原移住し、体や心が普通ミアキスから変異して平原環境適応したのが【イヌ】なんです。

一方樹上生活を続け、樹上の環境により適応したのは【ネコ】なんです。

さて、ここで問題です。

この「普通」でなくなってしまったミアキスは「障害者」なのでしょうか?

大きな環境変化にそれぞれ適応しただけのネコイヌしか元祖ミアキス基準とするとイヌは異常といえるかもしれません。

パソコンゲーム携帯電話など「著しく急速」なデジタル化による生育環境の変化、ネットへの適応はヒトのコミュニケーション能力犠牲新しい時代におけるヒトの進化の傾向(多様性型)を示しているという視点はどれだけ正当性があると考えられますか?

イヌ的なミアキスネコ的なミアキス分岐が始まった時代元祖ミアキスは樹上生活適応せず木を降りてしまった少数派を障害のある異常者と認識排除しようと行動したでしょうか?おそらくそれぞれの居場所移住することで「住み分け共存」していったはずです。

一方ヒトはイヌミアキスネコミアキスを樹上か平原かどちらかで生活強要するように、同じ環境に異なる発達をした多様性型のヒトを押し込み生活困難な方を障害者と括っているのではないでしょうか。

イヌミアキスに薬を投与して心体が適応した平原を忘れさせ樹上生活への恐怖を軽減させたら、果たしてイヌ型はネコ型と対等に競争共存することができるのでしょうか?

生態学から発達心理学への提議です。現在人口の1/15に達していると言われる発達障害者日本10,000,000人という計算です。これだけの比率ならば冗談でなく進化過程とも受け取ることができるのかもしれません。関係メディアネット住民の皆様にもお願いです。どうか慎重に報道下さい。

■今読んでおきたい最新研究の動向について

自閉症者が人類社会に「不可欠」である理由 〜実は障害ではない!(正高 信男) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51688

2017-05-21

発達障害者連帯できない

NHKの方に投稿しようとしたけどこんなの絶対まれないだろうから増田の方に投稿する。

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ASDADHD併発の当事者です。

**歳のとき休職した際に診断をうけ、現在障害者雇用に切り替えて就労しています

就労については理解のある上司存在もあり上手くいっているのですが、

家と職場の外の居場所を作ることが出来ません。

 

これまでいくつもの当事者団体自助会に参加したのですが、真っ当な団体存在しないのです。

大手当事者団体であるNeccoですら不正受給を行い都から処分を受けています

(http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2014/08/20o8t400.htm )

中小団体も多かれ少なかれ参加費の不正会計などの不適切行為が行われています

参加者レベルでも障害者手帳等級主治医と結託して不当に上げるような話が当たり前のようになされます

私はそのような不正行為が許される風潮に耐えることができません。

 

そもそも既存当事者団体自助会が社会に参加できない重い症状の当事者向けのものであって

自分のようになんとか働けるレベル当事者向けの団体存在していないのもあるのですが、

重く社会参加できないが故に社会寄生しても良いとする基本的思考がそうさせているのではないでしょうか。

少なくとも当事者にある社会に対する、ひいては人類に対する憎悪もその傾向に拍車をかけているのは確かだと思います

 

私も確かに人類憎悪してはいるのですが、症状が比較的軽いが故に当事者連帯できず、社会とも繋がることができません。

私はどうすれば良いのか分かりません。

2017-05-19

「自他の区別がついてない」って今世紀最大のバカフレーズだな

「自他の区別がついてない」指示でも適切に理解する部下、便利で心地いいでしょ。

仕事の把握や優秀さは上司の方が上だ。

上司負担を軽減させた方が結果最大化の可能性は上がるので、自ずと答えは出てる。

こーいう「自他の区別がついてない」けど社会にとって有用事象いくらでもあるよね

「自他の区別がついてない」からメンヘラ女子はだめだ~非モテダメだ~発達障害者は駄目だ~と叩くマンネットによくいるけど、

偏見に目がくらんで「自他の区別をつけない」有用性に気づいてないだけなんだよね

「いついかなるときも、言語化して慮ってもらえないと何一つわからないアスペで~す」と自己紹介してんなぁと嘲笑ってる

「自他の区別がついていない」案件ってほぼほぼ

わたし普通とおまえの普通は違う」の方が適切だよね

自分の延長として扱う/扱われることではなく、ただの認識違いが問題なのに、

わざわざ人格攻撃に走りたいネット依存のクソまみれバカ犬は理解してないんだよなぁ。

追記

似たフレーズに「わたしはおまえのママじゃない」あるけど、

アレはどうやっても自分の後頭部へのブーメラン刺しにしかならず、自らの価値観無謬で信じてるバカからしか発せられないフレーズなので

バカフレーズというよりも盲信気狂の証明ですね

http://anond.hatelabo.jp/20170519015855

ああ、わかる。変えんのって超面倒くさい。

自分なりの「枠組み」があって、そこから外れると混乱するんだよ。

一旦枠組みが決まると、変えたほうがメリット大きいってわかってても「変える苦痛」に抵抗感はある。

個人差多いから全ての発達障害者がそうだと思われたくないし、僕のは軽度だから苦痛なだけで変えることは出来るって言うことは示した上で、発達障害者特性上難しかったり苦痛だったりすることに、ただ「変えろ」と言うばかりの対応って、視力が悪い人に眼鏡コンタクトもなしに「見えるだろ?見ろよ」って言ってるのと何も変わらないってことは知ってほしい。

特性理解した上で、眼鏡ぐらい自分で用意しろよと、僕は思うので、「障害者への配慮を」みたいな偽善を言うつもりはないけどね。

2017-05-17

江戸川 女子高生殺害青木正裕被告について

事件の内容が既知であることを前提に書く。知らない人はURLを。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170516-00000560-san-soci

憶測を踏まえて、彼について思ったことや犯罪者境遇などについて書く。また、この見解が上記のリンクニュースZERO報道内容をソースとした、個人の雑多な意見であることを念押ししておく。

まず、彼がサイコパスと指摘されていることに関して、昨今のサイコパスについて誤解を述べる。(参照:サイコパス-冷淡な脳-)

現在サイコパス倫理観の欠如した人間代名詞として、市井では乱用されているが、医学上、サイコパス及び精神病質は、脳の前頭前野皮質眼窩部と側頭葉前部、扁桃体などが18%ほど先天的に萎縮した遺伝的な発達障害者であることがわかっている。その結果、他者に対する共感能力の欠如が起因となり、倫理観の欠如が現れる。また、サイコパス特質として、不安に対する鈍感さ、過大した自尊心がある。ここにおける自尊心は、精神医学における自己愛パーソナリティ障害ナルシシズム的な歪んだ自己愛ではなく、正真正銘の等身大自分を愛していることであるサイコパスは決して自暴自棄にはならず、不安も感じない。不気味なほど前向きだ。今回の青木被告供述境遇から、彼がサイコパスでないことは明白である。よって、ここからは彼に罪悪感と不安が備わっていることを前提として書いていく。

この事件についてブコメに書かれているのは、「オタクによる犯行に関する意見」や「自殺しろ」、中には「どうせなら他の奴をを殺せ」といった過激ものであるが、この記事で最も注目すべきは彼の境遇だと思う。

彼は親から愛されず、周囲からいじめによって虐げられ、生活費のために借金までし、健康も患っていた。経済的に困窮してまで、親に頼らず一人暮らしをしていたのは、おそらく自身を愛してくれない母親といるのが苦痛に感じることや、愛してくれない母親感覚的に親ではなく他人に感じ迷惑をかけたくなかったことが関係していると思う。彼の自尊心精神は、その環境によって着実に蝕まれていき、もはや人生希望や魅力なんてものほとんどなかったのだと思う。アニメゲームは、おそらく彼にとっての現実逃避、唯一辛い現実を忘れさせてくれる憩いの場であったはずだ。彼にとってのオタクカルチャーは、犯行助長するものでなく、むしろ疲弊した精神癒し、こういった破滅的な末路を長引かせることに寄与したと思っている。残念ながら、それを回避させるほどの効果はなかったが。

自暴自棄になっていた」「死刑になろうとおもっていた。」という供述から、彼が死を願っていた、この現実から逃げたがっていたことが伺える。自殺を避けた動機については不明瞭ではあるが、やはりそれを為す気概がなかったのだと思う。「自殺すればいい」という直情的なコメントも見受けられるが、一人の幸も不幸も喜びも苦しみも感じる人間が、自らの意思で死を選択し実行する難しさを考慮しているのだろうか。自殺大国といわれることもある日本においては、他者自殺は珍しくないかもしれないが、一人の人間にとっては、自身の全てに自ら終止符を打つ人生最大の決断であるはずだ。容易に成せることではない。

から彼は自分ではない外部に殺害を委ねたのだろう。こんなことを言ってしまっていいのか不安ではあるが、少なくともこの国で最も効率よく確実に外部に殺害される方法は、司法制度における死刑執行を受けることだと思う。リスクを物ともせず、罪悪感を排斥、または抑制自己欺瞞していることが前提であれば、この国で極悪非道犯罪を犯すことは容易だ。多くの人々が周囲になんの警戒もなく、街を悠然と出歩いている。殺人を望む者にとっては、いつでも凶器などを用いて犯行を犯せる環境だ。それは多くの通り魔事件などが示している。そして今回、彼は「連続殺人をして、死刑になろうと思っていた」という判断に至った。しかし、この判断はもはや理知的計画性があったかどうか怪しいところである。心身ともに疲弊していた彼には長期的な計画想像試行錯誤ができるとはあまり思えない。おそらく思いつきに近いのであろう。倫理の軛から一度は解放させられた彼の思考は、この人生最後の機会を用いて、自身の醜い欲望を満たすことに帰着した。次は事件時の彼の心境と性的嗜好について書く。

ここから私が見たニュースZERO報道ソースとしている。

彼が犯行の標的として、バイトの同僚を選んだ動機は、殺害成功可能性の高さ、か弱く家に連れ込むことができるという合理性と「青木被告女性が首を絞められ、乱暴される様子に興奮する性癖があった。」というものと関連している。ここで注意したいのは、彼の性的嗜好が「女性が首を絞められ、乱暴される様子」であって、「女性の首を絞めて乱暴すること」ではないことだ。昨今の、アダルト業界カテゴリーに、二次元三次元を問わず、「強姦」というカテゴリーがある。また、そのコンテンツからこのカテゴリーの大きな需要が伺える。彼の自宅からそういった類のアダルトビデオが見つかっていると報道されていたので、彼もそのコンテンツ消費者であることがわかる。彼にとっての自慰行為は、オタクカルチャー同様、現実逃避の一つであったと思う。彼は創作物の、画面の向こうの非現実的世界にある「女性が首を絞められ、乱暴される様子」に興奮することを、「女性の首を絞めて乱暴すること」で興奮することと混同していた。大きな罪悪感は性的欲求を阻害するが、非現実的アダルトコンテンツはその罪悪感をなくさせ、単純な性的欲求のみを刺激する。事実報道によると、彼は被害者絞殺後、「遺体を見て申し訳ないと思った」と供述しており、罪悪感が起因となり、強姦を行うことができなかった、したくなかったようだ。

犯行中、彼は被害者の首を絞めるリアル感触の中、興奮なんてしないことに気づいていたはずであるしかし、もはや後には引き返せずそのまま犯行遂行した。犯行後、彼は現実に戻り罪悪感を感じた。そして、ここで彼は「遺体写真を撮った」と供述している。ここの行動の意図は明かされていなが、可能性の低い見立てとしては、画面の中に遺体を収めることで犯行を非現実的ものに感じたかったのかもしれない。犯行後、彼は当初の荒唐無稽計画を断念した。これは殺人に対する恐怖と罪悪感が原因だろう。また、彼の「すっきりした」という供述は、犯行それ自体が爽快なものであることを示したものではなく、自首までの二日間の意気消沈と冷静さを含んだ思考からくる人生へのけじめを示すものであるように思われる。

被害者は彼とまともに話してくれる数少ない人間の一人であり、彼にとってはそれなり重要存在だったと思う。自暴自棄になり盲目的に死に向かう彼はそれに気づいていなかった。二日間の冷静な思考気持ちの整理の結果、自身の罪について、本来備わっていたわず倫理観がその贖罪判断した。死にたいではなく、死ぬべきだと。

裁判中の、深々と頭を下げた彼の、遺族と被害者に対する謝意本心からくるものであると思う。死刑を望む彼に情状酌量を得るための演技は必要ない。おそらく、自暴自棄からくる死への渇望、被害者を巻き込んだ罪悪感、それに連なる遺族への罪悪感、わずかな倫理観からくる自身のあるべき姿、などの多くの感情思考犯行後の彼の精神を占めているのだろう。

おそらく、常人であれば、「強姦」のコンテンツを消費して、「女性が首を絞められ、乱暴される様子」と「女性の首を絞めて乱暴すること」を混同しないと思う。しかし、死を望むほど精神的に追い詰められていた彼には、そこまでの自己洞察はできなかったのである。この記事を見ている人の中には、このコンテンツ消費者のような、あまり公にはできない欲望を持っている人もいると思う。しかし、あなたブレーキを踏むことができ、社会的な行動をすることがさほど難しくないであろう。だが、彼のブレーキはもはや壊れていた。彼を取り巻く環境破壊したのである

追記

彼はごく普通人間として生まれた。社会的意味でも普通な人生を、本来は送れたはずなのである。多くの者が彼などの犯罪者境遇犯罪者を生み出す起因について鈍感であるように思われる。もし彼が両親から愛され、周囲から適切に親しみを持って接してもらっていたら、彼は今回のような犯行を犯しただろうか。彼の自尊心は両親の愛によって確立され、適切な社会との接触により、健全精神が養われていれば、今回のような結果は起きなかったはずである。これは彼だけではなく、サイコパスを除く犯罪者ほとんどにあてはまることだと認識している。多くの犯罪者境遇は、現在ある程度の社会的地位を確保している者のほとんどにとっては無縁のものであり、想像すらカスリもしていないこともある。今回のようにその境遇報道されようとも、多くの者が犯行それ自体に目がくらみ、犯罪者自身について考えず、激情に任せた罵声を浴びせる。まるで彼が生まれつきの狂人であるかのように、自分たち一般人とは違う側の人間であるかのように認識する。彼はただの平凡な人間であり、現在の我々が彼とは違う道に進んでいるのは、たまたま彼とは違う環境にいたかである。決して、今の自分自身の力のみでここにいるなどとは思ってはいけない。頭でわかったふりをしても、先入観のどこか思っているというのもダメだ。我々がこの混沌とした世界で、今のところはある程度健全精神をもって犯罪を犯さず生きていける側の人間位置していることは、ただの偶然の積み重ねによる一つの奇跡だと思う。その境界線があまりにも曖昧であることを、彼と我々の違いがどれだけわずかなものであるかを自覚すべきである

こんなことを書いたところで何か大きな変化が起こるなどとは思っていない。こういった事例を避けるために政府がどれだけ社会に介入できるのか、個人にできることはなんであるのかはわからない。法は法であるから守る価値があるのであって、決してそれが正義であるから守るのではない。もちろん、法を施行する側の人間は、倫理正義を持ってそれをなすべきであるしかし、法の内側にいる我々一般市民が、少なくとも法のもとにいると意識している間は、法に対しては盲信的な姿勢が肝要となる。また、法を破った者を、倫理的非難非人間的である非難するのではなく、ただこの国のルールを破った者として機械的認識することが、重要であるように思える。健常者である犯罪者にも倫理はある。国家には守る価値のある秩序もある。なのに犯罪は今もなお横行している。犯罪が一つでも起こるような国は、それだけで、その社会に欠陥があることを示している。

2017-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20170512120926

語る当事者にすらなれないキモくて金のないおっさん発達障害者よりはマシなのだから

特に語るべきこともないと思います

LGBT当事者として語るのが嫌なら生活保護に頼りましょう

2017-05-07

http://anond.hatelabo.jp/20170507143241

そんなこと言い出したら原始時代に比べたら雑魚もいいところなんだから

発達障害者を殺すくらい誤差なんじゃないの

2017-05-01

学校の体育で球技を重視するのって発達障害者を振り分けるためだよね

発達障害者ってバレーボールとかバスケットボールとかの球技が苦手とされている。

学校教育発達障害者をこれらのスポーツスクリーニングして置けば管理やすくなるよね。

あとはチームプレーで仲間の足を引っ張ると言うことは必然的イジメも発生するし、発達障害者はチームプレーを重視する社会の中ではお荷物であることを叩き込めるという副次効果も期待できる。

2017-04-30

http://anond.hatelabo.jp/20170430044321

1対1とはいえ、それって感情労働でしょ?アスペに出来るの?出来ないよね、だって正直すぎるんだから臨床心理士やって患者を余計に鬱にさせたいの?

そうじゃなくてさ、マイペースに出来る仕事にしたら?ゆとりが持てる仕事。兄がADHDだけど、頭脳労働は辞めて派遣単純作業してたけど…。単純作業こそ辛く逆に刺激が無いと駄目だった様で、今は税理士やってる。

まあ…アスペADHDは違うとは思うけど。あと混合型だったらお互いの特徴が相殺されて、余計に適職を探すのは難しいだろうね。

という事で、増田が言った「残りの人生消化試合」って表現は正しいと思うよ。厳しいこと言うようだけど。あきらめて専業主婦すれば?家事も難しければ代行頼むなりすればいいし。発達障害者の尻ぬぐいをさせて仕事を増やさないでほしいし。

精神障害者引きこもり発達障害者でも稼げる手段を潰すのは辞めて

チケット転売が目の敵にされ、攻撃されてる。対策され転売できないようになると

これで稼いでる障害者引きこもり死ぬほど困る。

こういうのって働くことが出来ない人間の貴重な収入手段になってるんだよ。

言っとくが普通に働けとか言われても絶対に出来ない。病気からな。

MNPときもそうだった、合法社会では働くことの出来ない人間お金を稼ぐことのできた

貴重な手段だったのに潰されてしまった。

社会的弱者収入を潰すのはまじで辞めてほしい。

生活保護が増えるだけだ、マジで

2017-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20170425142650

エキセントリック言動をする人間排除せずにいられないのは多数派であることを嵩にきるゴミクズだよ

発達障害者等が存在すること自体を許さない狭量な奴

一例としてはN-Styles

2017-04-24

発達障害者向け コミュ障の治し方がすごい

発達障害コミュ障の治し方を具体的に教えてくれるブログを読んだ。

発達障害特徴の克服その2『コミュ障はこう治せ!』

HyogoKurumi.Scribble

http://hyogokurumi.hatenablog.com/entry/2016/03/30/003242


自分は常々、

アスペって自分の中でトライエラーを繰り返して記憶してコミュ障修正するらしい。

でもADHD入ってる自分にはなにがなんだかわからん

誰かアスペコミュ障治した人、方法を教えてくれー」

と思っていた。

まさにこのブログがそれ。


感想を三行で表すなら、

すごい。

わかる。

ありがとう……!


発達障害コミュ障

普段生活の中で周囲を困らせてしま

・悪意はない

・むしろみんなと仲良くしたい

・(コミュ障自分の行いを)反省している

・(自分なりにコミュ障を治すべく)頑張っている

努力しているのに治らない(カラ回り、悪化、泥沼化)

という流れがあるあるでとても切なくなった。

周囲に迷惑をかけている

=自宅や職場学校などの和やかな雰囲気を乱している自覚がある

このような場合

自死

引きこもり

他人社会を憎みながら生きる

どの選択肢もつらい。

つらかった。

職場グループ転々とする生活はつらかった。

周囲もつらかったと思う。

「生きるのはつらいことだ」と言われても納得できないくらい、つらかった。

適切なコミュニケーションができないのだから

しかった、死んだ方がマジだと思えるくらい寂しかった。


コミュ障を治せたら、社会普通に関われたら、自分は今より幸せだと思う。


このブログにたどり着つくまで

→「ADHD 療育のゴールとは」でGoogle検索

大人療育、受けてみたいけど「ゴール」はどこなんだろう。

ヒグコハ

http://www.higukoha.com/entry/2016/06/09/172128

ヴィパッサナー瞑想発達障害への対処方法が近しいことへの驚き

ヒグコハ

http://www.higukoha.com/entry/2016/04/01/230955

発達障害特徴の克服その1『ケアレスミスはこう治せ!』

HyogoKurumi.Scribble

http://hyogokurumi.hatenablog.com/entry/2016/03/21/025003

発達障害特徴の克服その2『コミュ障はこう治せ!』

HyogoKurumi.Scribble

http://hyogokurumi.hatenablog.com/entry/2016/03/30/003242

2017-04-23

発達障害かもしれないか病院行け」の弊害

生きることに悩んでいる人の苦しみがネット上で吐露されると「あなたはもしかすると発達障害可能性があるかもしれません。心療内科受診しましょう。」という趣旨書き込みがなされることが多々ある。

実際に病院に行ったことで、原因不明だった生きづらさが何なのか解明する手がかりを掴む人も確かにいるはずだ。

だが発達障害というものはここ10年ほどの間で、その名前けが世間認知されていった。

その定義も特徴も曖昧難解なこの障害説明することは容易いことではないのだ。

マスメディアを通じこの聞きなれない障害を知った人々は、ネット上で絶えず繰り返される人生の悩みと、それに対し発達障害を疑う返答というやりとりも幾度となくみてきた。

俺が指摘したいのはこれによって発達障害=変人無能という誤った認識インプットしてしまった人が多いのではないかということだ。

学校に馴染めない。虐められる。

仕事がうまくいかない。職場に居場所がない。

ご近所付き合いがうまくいかない。周りから浮いている。

このような悩みに発達障害可能性を指摘する書き込みが寄せられるイメージにより、逆説として発達障害は、集団に溶け込めず一般的事務的労働をこなすことができない人間が抱える障害と捉えられてしまってはないだろうか。

集団に溶け込めず一般的事務的労働をこなすことができないということは個人的体験であり、発達障害の特徴を端的に表した事象とは言い難い。

発達障害者には特有の苦手なことがあり、不幸にもそのために悩みの語り手はトラブルに巻き込まれしまったのである

発達障害者からといって皆が皆総じて友だちがうまく作れず仕事ができず社会から孤立しているわけではない。

定型発達者の中にもうまく社会生活が送れていない人がいるように発達障害者の中にもそういった人がいるというだけではないか

悲惨な状況にいる発達障害者ばかりが可視化されてきたことで、どうも日本では発達障害というものに過度にネガティヴイメージがついてしまったのではないかと思う。

発達障害者を「協調することができず通常の業務遂行することもできない人間」というふうに捉えてしまえば、配慮して共生していこうという寛容を保つことも難しくなってしまう。

最近では変わった人や冴えない人を蔑むためだけに発達障害という言葉が投げかわされているよう見える場面に出くわすこともあるようだ。

せっかく生きづらさを抱える人に発達障害というヒントが提示されても、発達障害者として生きることが世間の好奇と侮蔑眼差しに苦しむことになってしまっては意味がない。

これから時代必要なのは発達障害者社会参画を特に知識経験のない一般人イメージしてもらうために、実際に活躍する障害者ロールモデルとして紹介していくことではないだろうか。

障害者にも感情や慈愛はあるし、彼らは彼らが持つ道理にしたがって行動しているわけで決して思慮の浅い人間というわけではない。

このことをもっと意識するべきなのだろう。

2017-04-11

忖度社会を壊す

森友学園のように、忖度のせいで社会が混乱させられる

忖度できるのは定型発達者

相手意図していること、思っていることを汲んで行動するなど、発達障害にはできない

そのせいで叩かれるのが発達障害者

まり定型発達者社会を壊す

定型発達が社会破壊する悪者なのだ

2017-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20170408225029

いまだに「高機能自閉症」を名乗っている人は、増田の言う「愚かな発達障害者」の臭いがプンプンするよ。

高機能自閉症」は、単に「知的障害のない自閉症」というで意味しかないんだけど、「高機能」という言葉の響きからなんとなく平均より優れている印象を与えるから…だろうなあ。

いい加減に死語は捨て去って「自閉スペクトラム症」で統一しとけよと思います

2017-04-08

http://anond.hatelabo.jp/20170408225029

どうにかしようと毎日模索して金も時間も使ってる発達障害者の私は

気がするとか多そうとかをソースダメ出しするだけのあなたを見てとても嫌な気分になったよ。

あなたも十分想像力が欠如しているから、診てもらえば。

http://anond.hatelabo.jp/20170408144506

発達障害者って想像力にかけてるから

発達障害の診断がくだされたせいで

周囲からあらぬことを影でいわれたり発達障害ってだけで排除されたりする現実に気が付かず、

「やったーこれで周りに合わせようと頑張らなくていいーみんな優しくしてくれる!」みたいな能天気なこと考えてる人多そうだよね

できない原因がわかってもね、どうそれをカバーするか考えなきゃいけないのに

社会的不具合が生じさせても許される免罪符か何かだと勘違いしてるんじゃないかって人が多い気がする

自分と向き合って適正や嗜好を明らかにして、自分にあった社会生活のあり方を模索するってことは

障害のあるなしに関係なく万人が避けて通れないことなんだよ

定型発達者でも自分のことをよくわからないまま自分に合わない職についたりしたら色々うまくいかないことがでてくるよ

逆にいえば発達障害の診断がなくても自分の適正をある程度見極められていれば自分マッチする生き方イメージできるし

障害という枠組みに囚われて自分がどういう人間なのかを考えようともしないような奴は

診断くだされたとしてもしみったれ生活を続けるんだよ

「だめな奴」から「関わると面倒くさい障害者」に周りの目が変わるだけだ

そう考えると診断のあるなしなんて大したことじゃないと思えてこない?

障害をすんなり受け入れられることが一概に聡明だとは言い切れないと思う

自分は頭がいいけど障害のせいでうまくいかず苦労してます」みたいなことを本気で考える人間ならばそれは愚かなものだろう

発達障害自覚することで人生悪化する人とマシになる人がいると思う

発達障害自覚することで人生悪化する人とマシになる人がいると思う。

脳科学医学が発達したおかげか、それとも社会経済的余裕がなく貧しくなったせいか、はたまた排外主義の台頭か、原因は知らないが、発達障害人間はけっこう多いということがわかってきた時代

自分発達障害だと自覚していない、潜在的人間ってたくさん居ることになる。しかも何百年も昔の時代から

事実に基づいて思考できない権威系・体育会系の人は、

発達障害自覚したら絶望するとか、認めないと思う。

プライドが高いので。人生悪化するタイプ

「"うつは甘え論者"がうつになったケース」なんかと同じ。

事実に基づいた思考科学思考ができ、かつ世間体をあまり気にしないか、もしくはある程度は理解してくれる人に恵まれている人なんかは、

今までの苦労や違和感の原因が、後天的性格努力不足などではなく、先天的な脳の性質であることを理解することで、苦痛が緩和され人生がマシになるタイプ

発達障害について学ぶと本人でなくとも第三者でも「あい発達障害じゃね?」と気づくケースもあると思う。そういったときに、本人に対してアウティングというか告知すべきかどうかは、わりとデリケート問題だと思う。

理解者が周囲にいるかどうかで、発達障害者人生って大きく変わる。発達障害者同士にも格差がある。

ありていに言うと、発達障害であっても成功者能力者は無罪、それ以外はただの役立たず。みたいな空気はある。

"貧しい"ってこういうことだと思う。

発達障害系の記事が注目を集めるたびに

皆さんが救われてほしいと思っているのは

能力がある発達障害キモくない発達障害の人のことであって

キモい無能発達障害者である自分にはなんら関係がないことなんだなということを痛感していつも無力感に苛まれ

国が早く滅んでほしいという価値観以外にコミットすべき理由が何も見つからない

2017-03-28

http://anond.hatelabo.jp/20170328200155

我慢も察することも止めて、

我慢(察する)できるようにならなきゃだめだと思うこともやめて、

思うままに「なんでなんでどうしたの!?」って言って、

それで離れる男は追わず反省もせず、

とうとう離れない男が残ったら、結婚できる。

要するに、女王様になって、

女王様好きな男と会うまで出会いと別れを繰り返す。

発達障害者自己肯定感が低いので難しいだろうけど、がんばれ。

もうひとつは「なんでなんでどうしたの!?」の言い方を工夫する。

責めるように言われると、ウザッとなる男は多いので、

(言う方に全く責めるつもりがなくても、受け取る方がそう受け取る場合を含む)

これを常に可愛く伝えることをマスターする。

責めるようなシチュでもノロケに変換して表現する。

定型発達者彼女は、そういうのを、相手状態を見て、態度を使い分けるのだが、

発達障害者には、そういう判断はつかないので、「いつも」それをやる。

キャバ嬢営業トークみたいな可愛い彼女の出来上がりである

ちなみに、これは結婚生活を長続きさせる秘訣でもある。

2つ目の方が受け容れやす世間受けがよい方針だと思うけど、

こういう小手先テクで目先の危機回避して、普通の男とくっついちゃうと、

長い結婚生活の間にどこかで破綻するので、

個人的には1つ目の方針オススメしたい。

発達障害者の側は変われない。

自分に合う男に会うまで待つ。打率は低くて当然だと心得よ。

発達障害のくせに、恋愛強者並の打率(付き合った彼と必ずうまくいく)

を目指すのは間違いである。

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