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はてなキーワード: 義憤とは

2017-04-25

ブコメ含めてワイロに肯定的バカが涌いててワロタ

http://anond.hatelabo.jp/20170415172249

いざ自分たちが「貰う側」となると途端にスケベ心出しやがるのな

自分の頑張りを評価してくれる人がいるんだから、その人のために頑張ろうという気になる、って

そりゃ森友で忖度された人も同じこと考えてたかもなwwwww

はてなーって無能のくせに「自分は本当はもっと評価されて当然なんだ!」っていう惨め極まりない肥大化した自尊心があるから

正当な評価がされてないという不満を常に燻らせている

からブラック企業なんかを見ると我が事のように義憤を滾らせるのだがなんのことはない俺にもカネをよこせという不満の八つ当たりに過ぎん

ブラック企業で対価を不当に搾取されているという言い分までは百歩譲って理解するとしても、

その対価を不当な手段で得ることを肯定してどうすんだよボケナスどもwwwwwww

2017-04-13

http://anond.hatelabo.jp/20170412171905

> この件に怒った山井が、一旦合意していた共謀罪の審議入りを拒否したとのニュースみて「そらそうよ」と思ってたら、竹下一言謝罪して正常化したと受け入れただと。山井和則ホント何考えてるんだ?

アベニクシーの義憤燃えてる増田が吹き上がってるだけで、こういう採決も単に与党議員だけじゃなくて野党議員からしてもそういう程度のよくあるプロレス的な話だってことじゃないの。

http://anond.hatelabo.jp/20170412203144

ネタタグが付けられると警戒心が高まる増田に言ってんのか当人ネタを言いたがってんのかわからいから。

あと「京都ゴミ大学」これは明らかにゴミ大学作なのにタグがついてない時があって世の中の理不尽に憤りを感じる。

この熱い義憤をどこにぶつけたらいいのかわからなくなる。気持ち不安定になるし食事も喉を通らない。

だが食べてもないのにクソは出る。この思い、宿便ですか?

2017-04-04

今日の出来事

朝3時、腹が張る感覚で目覚める。以上に屁が出るが、無視して再度入眠。

4時、再び腹に異常を感じ目覚める。トイレに籠る。10分ほど放屁し続けると落ち着き、ベッドへ戻る。

6時起床。出社の準備をする。

以前はTVニュースなどを流し見ていたが、最近TVもつけず淡々と支度する。

元々TVを見ない人間だが、最近TV離れに拍車が掛っている。朝の情報番組とやらで職場での話題仕入れる気力が消滅したのだ。

このままTV処分してNHK契約も解約すれば清々するのではなかろうか、と時折妄想することもしばしば。

支度をしながら、今日の予定を思い起こす。気持ちは奮い立つどころか萎える一方だ。

7時。仕方なく出社。本来始業時間は8時半だが、この会社はクソ田舎の狂ったワンマン中小なので、生殺与奪を握られた社畜どもは金も出ないというのに1時間半前に出社を強いられている。

俺もそのクソ田舎の狂ったワンマン中小に飼われる社畜の一であるため、その暴虐の掟にしたがい出社を果たす。

今のおれにできることは、この理不尽の記録を集め、一年後あたりにせいぜい失業手当の猶予を消す証憑とする程度である

このクソ田舎の狂ったワンマン中小にも新卒社員が損耗率を考慮したうえで大量にかき集められている。

彼らはこの研修間中は仲良しこよしで和気あいあいと出社し、日がな大会議室で研修と称した洗脳を受ける。

こうして徐々に人間性をはく奪され、製造ラインの一設備、あるいはクソ管理職鉄砲玉として加工されていくのだ。

さて、今日仕事ぶりだが、朝から屁が止まらないというアクシデントとぴくりとも起らんやる気により、始業の段階から不振確信していた。

期末を過ぎ、決算に向けて各種資料をこしらえるのが俺に課せられた任務なのだが、部署内を飛び交う愚痴と先輩から八つ当たりにただでさえ低いモチベーションさらに下降させ、

もう帰った方がマシだと思いながら資料をつくる。

欠伸とガスは止まらないのも辛い。

やる気が出ないうちに、新規業者から未払いの問い合わせがくる。

どこかのクソが発注するだけやって請求書を回さなかったらしい。しかしながら、そのクソはもう居ない。

先方に謝罪しながら、社内申請の手配をする。守りもしない癖に規定だけは一丁前にあって、尻を拭く下っ端の人間けがその制約を受けるのだ。

午前がつぶれる

昼食は社食だが、俺の休憩時間メンツが最悪である

最悪過ぎて書くだけで辛い気持が蘇るので割愛する。とにかく、このクソ田舎の狂ったワンマン中小象徴するようなメンツである

俺は会社と飯を食べるのだ。

飯をよそいながら、俺はさっとテーブルを見まわし、災厄のないテーブルに着く。

少し前は相席でも気にせず、むしろ同席の方と世間話などしたものだったが、最近はひとりになりたくて人のいない席につく。

昼食から戻ると、席のある島で休職していた女の子を見かける。どうやら、退職するらしい。

海外大学を出て、トライリンガルだという才女、しかも真面目なよい子だったのだが、このクソ田舎の狂ったワンマン中小精神が形になったようなクソ上司にあたってしまい、

一時期は随分辛そうにしていたものだ。

彼女の身の上を案じ、クソに義憤を燃やす先輩方。その場面をどこか遠くを見るかのように眺める俺。

先輩方はきっと親切でまっとうな人間だ。しかし、やりどころのない憤りの果てを思うと彼女へ掛けるはずの言葉が出なかった。

そうこうしていると、人事がやってきて先日サンプルとして受けた適性検査の結果を見せられる。

結果は協調性および人間関係の構築に難があるとして不適。もっと人間に興味を持てみたいなことがグダグダ書かれていて、

そいつを俺に突き付けた若造が「○○さん、採用取り消しですねェ」などとほざく。ちなみにこいつも同じ検査をうけて不適の評価をたたき出している。

確かに、この半年ほど人づきあいだの社内外の人間関係だのが非常に億劫に思えて、かなり適当にやっている。

これはいかんと思い、書庫にてスマホで「人間関係 関心 改善」などとググったりするが怪しいカウンセリングセミナーばかりヒットする。

認知療法がいいのかなぁ、などと悩みながら作業するうちに終業となる。働き方改革ッッッ!!などと喚いてるわがクソ田舎の狂ったワンマン中小には残業は無い。

ただ、終業後なぜか着席しているのだ。だいたい2~3時間くらい。こうして事実を書きだすだけで、なぜか涙が滲むのだなぁ。

昼食から無心で働くと、そろそろ空腹の絶頂を迎えようという時間である上司と先輩はどっかからギッた菓子やら適当な外出時に購入した菓子を頬張る。

うんこ下っ端にはそういった健康文化的な最低限の生活保障されていないため、すきっ腹を抱えながら、ああ解放されたら何食おうかなぁとか考えて耐え忍ぶ。

そういえばいつの間にか腹のガスは治まっている。

PCを消し、退勤しようとすると「もう帰るのか」「お前、全然仕事していないだろ今日は」等と温かい見送り挨拶をいただく。一礼して社屋を出る。

コンクリートガラス張りの牢獄から一時の解放だ。

張りきった飯を食いたい気持ちともう帰って寝たい気持ち、この両方を勘案して最適な飯を食べる。

俺は定食が好きだ。

さて、あとは帰宅してシャワーして寝るだけだが、ふと日記というものを書きたくて書きたくて無性に書きたくてどうしようもない気持に駆られたので、

こうしてはてなIDを作って書き込んでいる次第であります

さ、明日はどんな一日になるだろうか。

せめて、少しはマシな一日になるといいのだけど。

2017-03-15

私はかつて差別主義者だった、『けものフレンズ』を観るまでは。

 私はかつて差別主義的なケモナーだった。

 ご存知のようにケモナーには様々な派閥存在する。

 メスケモ派、オスケモ派にはじまりマッチョ派、モフモフ派、デブ派、ショタ派(なぜかロリほとんど見ない)、モンスター派(極左人外連)、トランスファー帝国肥大化公国、融合辺境伯領、ロイヤル竜奇兵連(ドラゴナーズ)、爬虫人類委員会レプタリアンズ)、キグルミ派、母性探求派、海生動物会議(「海の人々」)、四ツ足派だけどズーフィリアじゃないもん派(愛ケモ主義極右)、丸呑みだけが人生だ派、卵胎生出産教会インターレイシャル(人×ケモ)派、反インターレイシャル派……

「天はケモナーの上にケモナーを造らず、ただし、ケモナーの横には無限ケモナーを造った」

 とは近代日本における先駆的ケモナー福沢諭吉名言である

 産業革命以降の通信技術の発達は、孤独だったケモナーたちに「同好の士」を発見する機会を与え、ファンダムの拡大に成功したものの、

 同時に細かな嗜好の違いによる派閥対立をも生じさせ、その軋轢がついに二度に渡る世界大戦の引き金となったことは今更説明するまでもないだろう。

 そうした争いは近年まで衰えることなく続き、いつしかケモナーたちは「派閥が違えば殺し合って当然」という野蛮な虐殺言語所与のものとして生きるようになっていた……。


 私もそうだった。

 私もある狭い派閥こそ唯一かつ至高と信じ、他者排除差別によって所属派閥への帰属意識を高めていった。

 派閥意志に叶うと思えば、喜んで我が手を血に染めてきたし、かつての友人たちをためらいなく2ch晒した。

 なかでもいっそう劣悪とされ、他のありとあらゆる派閥から敵視されていたのが「ケモミミストである

 サイバーコネクトツー・スペクトラムでいうところの「レベル2」。

 「ニンゲン身体に、ケモミミ(としっぽ)がついてさえいればよい」とする日和見主義的邪教徒たちだ。

 彼らにはケモコミュニティ内において最初から人権など与えられてこなかった。

 なので、ふだんは「一般人」に紛れて潜んでいたのだが、ときおり何かの間違いで何も知らない”レベル2”がケモコミュニティに迷い込んでくることがあった。

 多くの場合、彼らは痕跡も残さずにコミュニティから「除去」された。


 中道過激派秘密ケモナー警察あいだで流行ったジョークにこんなものがある。

 「”レベル9"(いわゆる真性の獣姦嗜好)はケモナー以上に進化してしまったケモナーだ。だから畏敬をもって殺す。

  ”レベル2”はケモナーになれなかったケモナーだ。だから哀れみをもって殺す」

 私も彼らを憎んだ。

 でじ子の肖像を何枚も焼いたし、それ以上におぞましいこともやった。


 

 現代ケモナー社会は、あらゆるケモナーには自分自身同胞である他のケモナーの「性欲」を認め、尊重することができる能力、そして性的志向の善し悪しについて自ら判断する能力があるというフマニスト的前提をもって、各人に普遍的ケモナー権を付与しようとしてきた。

 一見それは理性的合理的、かつ人道的な判断基準なように思える。

 だが、人は他者の良い面よりも悪い面を重視する傾向にあるようである。それが上記のような派閥争いとケモミミスト蔑視の引き金となったのである



 だが忘れもしない2017年の某日。

 私は『けものフレンズ』を観た。

 もちろん、観る前は”レベル2”だと貶していた。

 しかし、一種社会現象となるにつれ、そして「一般人」たちがけもフレを「ケモナー」と結びつける言説を多く弄するになるようにつれ、私は「世間無理解を忠実バラなぬ」という一種義憤から、けもフレを鑑賞したのである


 最初はなんと退屈でつまらなく、くだらないアニメだろうと思った。

 だが、一話の終わりにさしかかったあたりから胸がざわめきはじめ、

 画面にかじりつくようにして二話に没入し、三話を見終わるころにはすっかりフレンズたちに魅了されていた。

 のみならず、こう思うようにさえなっていた。


「これは”われわれ”について語られた、”われわれ”のためのアニメである」と。


 ケモナー一般に受けいられる性的志向ではない。というか、世間的には性的志向ですらないと考えられがちだ。

 同胞たちは自分たちの好きなものカミングアウトできずに日々気持ちを圧し殺して生きている。

 ファンダムとは、そうした「のけもの」たちを包摂するために存在するやさしいシェルターではなかったのか?

 それがいつのまに、我々自身から「のけもの」を作り出し、排除し、殺し合い、差別するようになってしまったのか――


「姿かたちも十人十色からこそ惹かれ合」い、「みんな自由に生きている」場所

「飾らなくても大丈夫」な場所

 それこそが我々が最初に求めたファンダムのあるべき形ではなかったのか?


 蒙が啓かれるとはまさにこのことだった。

 すべての教えは『けものフレンズ』のなかにあったのだ。 


 私はいてもたってもいられなくなり、地下壕から出て地上へとあがった。


 灰色廃墟が広がっていた。

 だが、つい先刻まで鳴り響いてはずの銃声や悲鳴はすっかり止んでいた。

 地には戦車ではなく瓦礫の影で戯れる少年少女が、空には爆撃機ではなく大きな翼の鳥たちが遊んでいた。

 こんな穏やかで静謐時間はどれくらいぶりだろう?

 まるで、あらゆる憎しみが「ぼくのフレンド」に包まれて溶けて消えてしまったのかように。


 私はあてもなく、ただ何かにつきうごされるかのごとく歩いた。

 そして、数分もしないうちに反対側の地下壕から出てきたであろう年老いた男と出くわした。

 老人はあきらかに”レベル2”であった。

 ふだんなら我々の姿を見て怯えて眼をそらすはずの彼らが、瞳に決意をたたえ、凛としてこちらを見据えている。


「きみも、観たのかね?」

 そう老人は問うてきた。

 私は無言で頷いた。 

 頭を傾げた途端に、一条の熱い何かが頬をつたい、顎からしずくとなって焼けた大地に滴った。

 涙を流している、と自覚したのは、湿った点が地面に染み込んで数秒経ったころである

「私は、私たちは」とうわずる声で私は言った。「許していただけるのでしょうか。あなたたちとフレンズになることは……できるのでしょうか?」


 老人は痩せこけた顔に、穏やかな微笑を浮かべて応えた。

「笑おうじゃないか。ともに笑ってみよう。

 高らかに笑い、笑えば、フレンズなのだ

 喧嘩してすっちゃかめっちゃかしても仲良しに戻れる」   


 そうとも、と老人は私の肩を叩いた。

 ここが、われわれのジャパリパークなんだ。

 われわれは『けものフレンズ』というサンドスターを通過して、今一度生まれ直したのだ。

 まっさら状態で。

 だから、ここからはじめよう。 

 本当の愛は、ここにあるのだよ。

2017-02-18

右とか左とかで考えてもしょうがないと思うけど

最近出てきたSEALDsとか古市とかは左翼っぽいイメージで言われがちだけど年寄り受けテレビラジオ受け狙ってるし

やってることは実質ガチガチ保守だと思う

ネトウヨのほうが良し悪しはともかく不正をただす的な義憤で動いてる分相対的に左っぽく見える

2017-01-27

利益主義こそ平和の道

利益史上主義って、悪の象徴みたいに言われるけどさ、正義のための行動のほうが平和の敵だと思うよ。

韓国少女像設置だって義憤に駆られてやってるわけじゃん。

特にあっちの高校生とかすげー熱心で。

イスラム国だってさ。

お金問題ってのは、ウィンウィンな解決がある。

正義問題となると、ウィンウィンはない。

あるいは無理やりウィンウィンを作ろうと、他に敵を作ってさらなる悲劇

正義ほど胡散臭いものはない。

2017-01-13

はてなにいるいい人たち

彼らはなぜはてなにいるのだろう?

社会悪義憤を示し、むごい事件に心を痛め、社会常識に照らしてコメントを残す。

まともな人たちがどうしてはてななんてやってるんだろう。

地獄か何かが立ち現れるような思いがする。

2016-12-16

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/1059584

外部に漏らしているという意味では、どちらのやっている事も変わらないと思う。どちらが悪いも良いも無いと。

総会屋2.0の話もさもありなんだし。町山さんがある種義憤に駆られて暴走しているのも判る。

2016-12-01

偽善告発すべきかためらっている

私は障がい者2級だ

さて、障がい者支援を謳っているタレントは多くて珍しくもない。けれど、本気で解っているのかというと疑わしいこともよくある。タレントに限らず「支援」と言いつつもかなりの人が、自己中心的に、自分が気分がいいからやっているのだろうし、人というのは残念ながらそういうものだろう

障がい者のためのコンサートをしているとあるプロミュージシャンの話だ。(認定されているかは私は知らないが)当人も軽度の視覚障害があるらしい

私は以前、そこのファンから面と向かって露骨暴言を浴びせられ会場を追い出されたことがあり、怖いしもう酷い目に遭いたくないので、行けなくなった

それだけならば辛抱していようかと思っていたのだけれども、そのミュージシャンからも直接に、動画配信サイトブロックを受けてしまった

私は何もしていない。居るだけでもダメらしい

正直に言ってくだらない話なんだけれど、感情というのは自ずと浮かんでくるもので、悲哀と義憤もおぼえている。もしこの事実公表したら助かる人もいるんじゃないかとも思うけれど、公表したら彼らのいわば「なかよし会」で甘やかしあって承認欲求を満たしあって愉快になっているのを妨げることになるし、そうしたら私がますますボコられるのも目に見えているわけで

バカバカしい話だから、私ひとりが辛抱していればいいだけのことなんだろうから、結局は黙っているつもりだけれど、この不条理に内心はグラグラ揺れてフツフツもしている。ひとことで簡単に言って、人って所詮はそんなものだし、とりわけ日本人ってそういう奴等だからしかたないんだよ。何を言っても無理なんだろうね

怒るのに疲れた

話題WELQ問題は、何らかの形で自分にも影響してきそうだし、アクセス稼ぎのためにとんでもないクソ情報を見せられたことが判明したので、大いに怒るべきだと思う。

でも、それ以外の最近話題になったスケートリンクに魚を凍らせた問題とか、シャドウバース大会のクソ運営とか、小数点計算の話とか、正直なところ、自分人生に1ミリの悪影響も与えないから、物凄くどうでもいい。ああ、そう、ふーん、そんなこともあるんだ、くらいの認識で、そこまで騒ぐことか?とも感じてしまう。たぶん大半の人にとっても、人生に1ミリの影響も与えない事象だと思うところ。そもそも伝聞でしかわかってないことだから、どうしても提起した人の一方的情報判断することにもなるし。

そんな事象でもネットでは怒る人がいっぱいいる。他人事みたいに言うけど、自分もかつてその怒ってたうちの1人だ。

でもねえ、正直なところ怒るのに疲れたよ。怒っている人は若くてエネルギッシュなんだろう。もう、それなりに年を食ってきた自分にはそんなエネルギーはない。

そのせいもあって、最近は許すようになったことが増えてきたと思う。怒るのって疲れるんだよ。

義憤に駆られて怒ることは別に否定はしないし、そういったことで社会悪を正してもらえれば、それはそれでいいけども、自分はもう怒ることに疲れた

ネットは人の怒りを煽ることが多いので、年をとるとネットがつまらなくなるというのも、それが理由の一つだと最近思うところ。

2016-11-25

日本人の脱ノンポリ化、左翼志向がまったく新しいサブカル(サブカルチャー)の萌芽になるかもしれない

https://www.amazon.co.jp/七二-仮-高山直人-ebook/dp/B01DDAUVMA

貴方は読んでいるかどうかも怪しいかもしれないが、かつて、私は七二(仮)という電子書籍文化カーストXというもの提唱した。

詳細は実際に書籍を読んでほしいので省くが、早い話が、エリートヤンキーオタクのいずれにも属さな文化階級で、わかりやすく云えば、理性と精神価値を重んじる階層で、エリートとは正反対性質で、精神価値を重んじるお宅と、理性を大事にするヤンキーを足して2で割ったものだ。

今回はそれについて現代視点で少し考えてみよう。

大企業が仕掛けたり、ましてや政治行政実施するわけではないのに、ネットと連動する形で自然と大きく盛り上がった文化現象と言う風に考えれば2000年2010年代の「オタク」も今の「デモ」も類似している。そしてどちらも、世の中の支配的な構造に圧迫された人たちが参画しまくったのだった。

OOAだけでなく、高齢ネット原住民ファッション関連の騒動活躍したこと、東海道新幹線から和製自爆テロリスト」が生まれことなどを考えると、日本の主流もノンポリ優勢の構造ではなくなりつつあり、むしろ今の左翼パルチザン化の流れに合流するような兆しを私は感じている。

いずれも社会の日陰者扱いされた鉄道オタク文化バイクオタク文化大衆文化にぶち上げた「流れ」の当事者たちがもしも左翼に合流するとどうなるだろう。すでに日本でも韓国10分の1の規模のデモは頻発している。「自分がでネット原住民流行煩い大人から無意識バイクお宅にはまっていた人」がこれに加わるとどうなるだろうか。

日本社会の抱える相次ぐ問題である汚職裏社会スパルタ労働(ブラックなんて可愛い言葉はもうやめよう)に続いて、鉄道業界にも政治イデオロギーがらみの黒い噂が立ち込めているという。所謂ネット原住民空間はともかくとして純粋鉄道オタクさえ右翼バッシングが多いのは、単に右翼憎しという日本人としての公憤や鉄道の印象を悪くされたオタクとしての義憤だけでなく文化への干渉があるからだと思う。裏社会沙汰で自身が影響を被ったり、私鉄解体されるために遊び場所鉄道からなくなることもあると思う。

既にJR北海道とか認知症右派団体がらみの大炎上があるわけで、今後もこれに匹敵したり凌駕する騒動汚職が続くことは必至なんじゃないかと思われる。そういう繰り返しがあれば、不満によって私鉄否定論支配的になり、ネオリベに怒りの矛先が向かうようなこともありえなくないだろう。

ポストファミコン世代とかリア充世代とか、30代以上のオタクからすれば「自身弟子左派かぶれ」な人間がすでに左翼の側にある。同じく強烈な文化発信地であって同じように1980年代2010年代時期にトップダウン的な潮流のもとで大衆文化化が進んだ「デモ文化オタク文化左翼(リベラル含み、ネオリベ除く)が手を結ぶ」可能性もありえなくはない。

そういうものを「公のお墨付き」と位置付けて、往年の西側諸国のように大衆文化国民コントロールを円滑する道具にしつつ、対外PRのための政策芸術として用いようとしていた日本の政治からすると、サブカル大衆文化という大きな文化軸に矛を向けられることだけは避けたいと思われる。

2000年代福知山線事故以降、日本エスブリシュメント層は鉄道オタク的な文化嫌悪するようになり、それまで叩く側にあった車・バイクサブカルチャー文化を急に持ち上げだした。そしたら2000年代後半にエスブリシュメント層によるノンポリ道路文化迎合政策鉄道文化政治思想家潰しが激化し、1990年代には等しくのいかがわしいとされた両者は全く別の道をたどった。

一方は冷遇されたためにプロテスト積極的集団となり、一方は厚遇されたために御用化したが、この二極構造が、今まさに変わっているさなかにあると思う。それがどうなるのか気になっているため、最近社会運動テロシーンの動向にはずっと注目しているのだ。

2016-11-11

ネイティブ広告ハンドブックの騒動

ヨッピーの尻馬に乗ってるだけの雑音が多すぎ

たかヨッピー意見が主流かつ正しく思えるほど

 

しおたん「ハンドブックが難しい、読むのが大変><

中の人「あれくらい読めない奴がwebライターって(笑)

ヨッピー「分かりづらいという意見にはもっと耳をかたむけるべき!」(謎の義憤

結局ハンドブックの内容はさておき、お前の言い方態度が気に入らねえってなってるだけじゃん

 

ヨッピーの唯一の長所はああいう小難しいものを茶化しつつ分かりやす説明させるところだろうが

明後日の方向に義憤で動いてって馬鹿じゃねえの

 

そもそもあの程度マウンティングでもないし、業界人の悪さでもなんでもなく、叩いてる奴はどれだけ社会経験ないんだよ

お互い論点ずれまくってんのに業界人が偉そうとか言ってるはてブ民が特段に頭悪いけどな

2016-10-22

どうしてあの虚構新聞記事風刺なのか

http://kyoko-np.net/2016102001.html

この記事を読んだとき「痛快な風刺だ」と思った.でも具体的に何を風刺しているのか,とっさには説明が難しかったので,ここで整理する.

物申す人は「その怒りが独りよがりであること」を隠したい

怒りには,"私憤" と "義憤"の2つがある.私憤は自分の利害に関することについての怒り.義憤自分の利害を超えた事柄についての怒りだ.

主にネットにあふれる物申す人たちは,自分の訴える怒りを「義憤」だと思ってもらわなくてはならない.「あれは私憤だ」と思われた瞬間に,一緒に怒ってくれた仲間が去ってしまうからだ.怒りが義憤であるために必要なのはもっともらしいロジックだ.

「〇〇はけしからん!なぜなら△△だからだ!」

△△の部分が自分の利害から離れていれば,そして皆が共感できるものであれば,それは高潔義憤として多くの同調者を得ることができる.多数の同調者を従え,怒りの先頭に立つこと.これはとても心地の良いものだ.

からこそ,高潔でありたい物申す人たちは,必死になって皆が納得できる理由付けをしようとする.たとえその怒りの出発点がごくごく個人的動機である私憤であったとしてもだ.

あの記事揶揄しているのは「高潔な物申し人の欺瞞

当然,叩くべき悪があるとき,怒るべき理由を探すこと自体は悪いことではない.

問題なのは本来「怒りを訴え悪を是正すること」が目的だった批判がいつの間にか,「それが私憤であることを隠すこと」が目的にすり替わってしまう人々の存在だ.要は「高潔な物申し人」としての自分メンツを優先してしまう,浅はかな人たちだ.

そういう人たちの作るロジックには当然無理が出てくるし,「結局それはお前の独りよがりじゃん」ということを感じた人から感情的な反発も引き起こししまう.

そうした「高潔な物申し人」の欺瞞を暴く一つの手段が,次のような思考実験だ.

あなた,「△△だから〇〇はけしからん!」と起こっていましたよね?

今同じように△△だから□□という状況が起きてますよね?

あなた,なんで□□を批判しないんですか?〇〇と一緒で怒るべきじゃないんですか?

つの研究例が以下で紹介されている.

http://ci.nii.ac.jp/naid/110009597540

Batson et al.(2009)は、架空新聞記事のなかで拷問を受けた被害者の種類を変化させ

アメリカ人兵士vsスリランカ兵士)、それを読んだアメリカ人参加者がどう腹を立てるか検討した。

すると、すべての参加者拷問行為道義に反すると判断したにもかかわらず、怒りは被害者

アメリカ人兵士ときしかまらなかった。

この実験では「道義に反するからアメリカ人兵士への拷問けしからん」と怒ったアメリカ人参加者が「道義に反するからスリランカ兵士への拷問けしからん」とは怒らなかったことによって,先の怒りが私憤でしかないことが暴かれてしまったのだ.

くしくも,例の虚構新聞記事もこの実験と似たような機能を持っている.「わいせつ性が高いから」という理由で数々の出版物批判してきた人たちに対して,「同じようにロボットの "わいせつ画" にも怒るんですか?」という問いかけを投げかけている.

過去自分批判に使ってきたロジックに従えば,たとえ対象ロボットであってもここは怒らなくてはいけない.そうしなければ「やっぱりあの怒りはお前の独りよがりだったんじゃん」と指摘されてしまう.それでは一緒に戦ってきた仲間が離れていってしまう.そんなのは絶対ダメだ.でも客観的に見て「ロボットわいせつ画に怒る」ことはどう考えてもバカバカしい.

自分の見栄のためによく考えもせず議論を展開してきた人たちに対して,例の記事は極めて痛快な板挟み状態演出している.

どこかほの暗いものが潜んでいるような気がする

http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20161021/p1

この記事を見ておいらふと思ったんだけどさ、なんかポルノ批判やら萌えバッシングを眺めていると、この手の批判者たちは、男やらオタクは(例えば支配願望みたいな)醜く汚らわしい欲望を持っている一方、我らは高潔義憤を抱いているっていう図式にしたがる傾向があるように見受けられるんだよね。これは単純に相手を悪やら劣っているものとみなすような一般的に見られるようなストレート怒りや敵意とはなんだか異質な感じがするんだよね。

からさ、おいら、ここには単純な正義感や怒りとは別なそこはかとなくほの暗いものが潜んでいるような気がするんだよね。

2016-10-20

モンキー高校自業自得人工透析

http://toyokeizai.net/articles/-/140774

こちらのエントリを読んで、長谷川豊氏の「自業自得透析」を思い出した。

教室内の生徒たちの間にも休み時間と同じ光景が広がっている。一人の生徒の席の前に数名が集まって、にぎやかにスマホゲームに興じているグループがいくつもある。教室の後方では数名の男子が、「うけるんだけど~」と言いながら相手の肩をばしばし叩いて、大声で笑っている。その足元では、まぐろのように伸びて一人の男子爆睡している。


件のエントリの冒頭で描かれている「モンキー高校」の日常風景だが、これ、長谷川豊氏が「取材した」という病院風景に驚くほど似ている。

文章の「生徒」を「患者」に、生徒の行動をそれっぽく変えてみるとこうなる。

病院内の患者たちの間にも健常者と同じ光景が広がっている。一人の患者の席の前に数名が集まって、喫煙をしているグループがいくつもある。病院の後方では数名の患者が、「うけるんだけど~」と言いながら相手の肩をばしばし叩いて、酒を飲んでいる。その足元では、まぐろのように伸びて運動をしようともしない一人の患者爆睡している。



長谷川氏は数名の医師からこのような現状を聞き、病院でこのような光景を目にして、そして義憤かられてあのようなエントリを世に出した、と言っている。

モンキー高校問題」と「透析自業自得説」は、共通した問題から出発している。

まり、「いざという時に自分を律することが出来ない人がいる」という現実だ。

高校しろ病院しろ日常的な選択肢の一つ一つが将来の生活なり生命なりを形作る以上、

教師なり医師なりの言うことをキチンと聞いて、ある程度窮屈な時間我慢しなければならない。

でも一部の人はそれが出来なくて、指示や忠告を守れず、「易き」に流れてしまう、というものだ。

キチンとした「アリ」からすれば、疎ましく見える「キリギリスなのだろう。

さて、同じ問題意識から出発している二つのエントリではあるが、結論は全く違う。

透析自業自得説」で長谷川氏は、そんな自堕落な者は殺してしまえ、と言い、今も考え方を変えていない。

なぜそんな者たちを、若者の金で救わねばならないのか、と。

モンキー高校問題」で朝比奈氏は、そんな自堕落な者は退学させてしまえ、とは言わなかった。そうではなく

忘れてならないことは、彼らは家庭環境や、学校教育環境さらには周囲に気付かれなかった病気障害などの理由で「教育困難校」に入るしかなかったという点だ。そんな彼らをこのまま打ち捨てておいてよいのか。それは、そこに通う生徒にとっても、日本社会にとっても大きなマイナスにならないか

と、その者たちの「自らを律する力」はどこで欠如してしまったのか検証し、手を差し伸べるべきなのか、いかに手を差し伸べるのか考えよう、と言った。

比奈氏のこの考え方は、長谷川氏が自業自得だと息巻いた透析患者にも当てはめることができると思う。

家庭環境なのか、病気障害なのかはわからないが、彼らはどこかで自分を律する力を身に着けそこねたのだ。

からこそ、本当に大切な指示や忠告を守り通すことが出来ず、その結果、健康をそこなってしまうのだ、と。

このように考えた場合、自堕落にして病に冒されることは、はたして純度100%自業自得の結実だろうか。

自業自得から、すべての責任はその患者個人帰属し、健康文化的生活から退場せねばならないのだろうか。

私が長谷川氏の主張を受け入れられないのは、そういう疑問が消え去らないからだ。

2016-09-09

これはひどいタグをつけてるコメント低能率は異常

食べログ関連のコメント見てると顕著。

実際食べログカカクコム)が清廉潔白企業だとは思わんけど、評価が3になった件に関しては「アルゴリズムの変更」でも一応筋は通るし(騒いでる馬鹿は「グーグルで非リンクが100あるのに表示順位が低いのはおかしい!」とか普段騒いでるのか?)、揃ってる証拠的にはせいぜいグレーだろ。

PCデポの件でノーリスク義憤を振りかざす気持ち良さに目覚めたんだろうけど、こういう奴らいつか企業から訴訟食らったら面白いな。

2016-08-24

ヨッピーが「ジャーナリスト」ではない理由説明する



ヨッピーYahoo!個人投稿した「PCデポ 高額解除料問題 大炎上の経緯とその背景」という記事が爆発的な勢いで拡散している。Yahoo!個人ページビューに比例して報酬が支払われるから沖縄で一週間過ごしてもお釣りが来る程度の収入になったのではないか

ところが一部のブコメが見るに堪えない。「ヨッピージャーナリストに転身か」などと書いている者が少なからずいる。えっと、取材にかけた労力を上乗せして大甘な評価を付けたとしても、ヨッピージャーナリストはいえないんだよね。大手マスコミ関係者なら誰もが「この記事はアウト」と断言するはずだ。

しかヨッピーは、自身では風俗ライターなどと茶化しているが、以前に書いた記事を見れば有能さは一目瞭然。寝起きのような顔写真は嫌みのないセルフブランディングになっているし、顔アイコンを並べた軽妙なやり取りはいまやネットメディアにおけるパブ記事テンプレと化している。その上で文章にはジャーナリスト的な風味が加えられていてインテリを唸らせる部分もある。個人的にはよくやっていると思う。

しかし、それはあくまで「ジャーナリスト的」なものに過ぎない。大手マスコミで、駆け出しの記者が件の記事のような原稿を書いてしまったらどうなるだろうか? 赤を入れられるどころか、「当事者に肩入れして一方的すぎる」と完全にダメ出しを食らうのが関の山なのだ

ジャーナリストだって人間だ。義憤かられることもある。だが、その視点は常に公正中立ものでなければならない。公正中立とは、悪を断罪するという意味ではない。被害者(と主張する)側だけでなくPCデポ側の意見併記するのはもちろんのこと、悪印象を植え付けるような印象操作炎上を煽るようなことをしてはならない。最終的な判断は読者に委ねるべきなのだ

このあたりで「大手マスコミスポンサー配慮して書けないのだ」といった頭の悪い批判をする者が現れるだろう。だが全く次元が異なる。言っちゃ悪いが、PCデポとき配慮する理由など大手マスコミには欠片もない。記者倫理によりそうした報道はできないというだけだ。

今回、ヨッピー世間の期待に応えようとするあまり勧善懲悪ストーリーを下敷きとしながら、ジャーナリスト的な視点を入れて記事を完成させたのではないだろうか。以前に氏が活躍したバイラルメディア批判からも読み取れるように、心のどこかでジャーナリストに憧れている部分があるのかもしれない(本人は否定するだろうが)が、これに味を占めてはいけない。自身が本当に正しい方角を向いているか、一度振り返ることをおすすめする。

2016-07-10

合法ロリグラドル死ぬほど許せない

合法ロリグラドル死ぬほど許せない。

ちなみに死ぬのは義憤ゆえに脳血管が切れそうな俺で、決してグラドルの死を願っているわけないので犯行予告ではない。

あれは全然ロリではない。断じてロリではない。ロリロリたる成分が全然ない。

世の中のロリ認定は歳の割に幼いっつー程度のものであって、

真性ロリ特有の特徴をまったく把握せずに、何となく子どもっぽい顔立ちだからOKでしょって感じ?

ふざけんな。

ロリってのは別に大人びていてもロリなんだよ。

顔も体も大人そっくりの発育具合なのに、どこか抜け切れない子どもっぽさ。立ち振舞い。

そういうところが良いんだろ。その意味紗綾デビューの頃から全然ロリ感が足りなかった。

逆に水波メイカ撮影中ですら露骨に機嫌が悪いのを

さなかった未熟なメンタルなところがガチロリ感ハンパなかった。顔も人類史上最強に可愛かった(特に小6のとき)。

どのみち最近合法ロリとか言われたもてはやされてる巨乳グラドルとかロリ界では産廃から偽装表示から

あれは全然ロリとか関係いから。

逆に伊藤美誠選手とか、中学生の頃から顔立ちはオバサンっぽかったけど、

初めの頃のぎこちない笑顔とか、カメラを向けられてテンション無駄に上がるとか、

そういうところがロリ全開だったから。高校進学前後天狗になってマスコミ慣れして産廃化待ったなしだから

本田望結ちゃんはもう全然ロリ感なくて銀座ベテランホステスくらいの老獪さだけど、顔がかわいいから許す。

2016-06-25

青山繁晴が嫌いだ。

彼の講演を聞けばよくわかる。

聞いていたら心が熱くなり、義憤が巻き起こり、日本国民としての誇りが目覚めてくるのがわかる。

愛国心に身を震わせる。

でもよく考えて見れば、レッテル張りカードタッキングバンドネオン証言利用、平凡化、転移、華麗な言葉による普遍化に溢れている。

青山繁晴は非常に優秀なアジテーターなのだ

平凡な僕なんかは簡単に、自らの思想を捻じ曲げられていく。

から嫌いだ。

そんな人が参議院議員になろうとしてるんだから、困ったものだ。

2016-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20160619171501

心にやましいところがあったり、批難されることがあったりとか、そりゃあるだろう。増田から

元増田のアレぶっちゃけ田舎叩き(と批判される視点)でもある。

保育園落ちたの私だ」は視点が違うと話が全然変わってくる話だ。

ところで

保育園子供を預ける人が起きてる時間帯?

これだけで創作認定してるようにしか思えないんだが、どうなん?

本当に困ってる人が迷惑するから釣りでも創作でも、嘘書くには後々のことを考えてから書きやがれ。

義憤を募らせているようだが。

保育園子供を預ける人が起きてる時間帯?

てのは本気で疑問になったから聞いてみただけ。もう一つの理由は後述。

案の定、気まずいか元増田自分発言を消した。

別に地方差別でわざわざ消すなんて、思ってもみなかったよ。だって増田差別発言放置されっぱなしだし、自分で消してる奴なんて見た事ない。

しろ自分に都合が悪い発言を削除する、となったら、普通、書いた人間が嘘を書いていたから、と思うでしょ。当事者で無い限り。

あそこで書かれている都内で次々と大型マンションが建てられ、て某地域しか思いつかないんだよね。たまたま知り合いが先祖代々あの地域人間で、残ってる家は数えられるくらいしか残っていない、と言っていた。

本当に書いたとおりで某地域だとしたら、非常に家が特定されやすいんだよ。しか子供が居るなんて限られてくる。だから、本当の昔ながらの住人だったらあんな事は書かないだろうし、ああいう言い方しないだろう、という推察。

あとは書いたとおり、

本当に困ってる人が迷惑するから釣りでも創作でも、嘘書くには後々のことを考えてから書きやがれ。

http://anond.hatelabo.jp/20160619164850

心にやましいところがあったり、批難されることがあったりとか、そりゃあるだろう。増田から

元増田のアレぶっちゃけ田舎叩き(と批判される視点)でもある。

保育園落ちたの私だ」は視点が違うと話が全然変わってくる話だ。

ところで

保育園子供を預ける人が起きてる時間帯?

これだけで創作認定してるようにしか思えないんだが、どうなん?

本当に困ってる人が迷惑するから釣りでも創作でも、嘘書くには後々のことを考えてから書きやがれ。

義憤を募らせているようだが。

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